錦が如く   作:1UEさん

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気ままにのんびりやっていきます。


第一章 親殺しの運命
最後の日常


1995年。9月30日。東京神室町。

ホストクラブ、バーや風俗店を中心に栄えたアジア最大の歓楽街。街中の店舗のネオンが常に光を失わない事から眠らない街とも言われるこの街だが、実際はヤクザを筆頭に危険な連中が各地から訪れては悪事を働く危険地帯でもある。

天下一通りと呼ばれる華やかなアーケード街は様々な人の往来があり賑わった様子を見せているが、一歩脇道を逸れれば取り立てのヤクザが債務者に追い込みをかけているなんてことも珍しくない。

そんな暴力と欲望の渦巻く街に、一台の車が止まった。

乗っているのはスーツ姿の二人の男。

「着きました」

運転席の男が助手席に乗っていた男に声をかける。

「あぁ」

助手席の男は短く返答すると同時に車を降りた。

街の喧騒と薄汚れた空気に一瞬だけ眉をひそめるが、この街では日常茶飯事なので直ぐにやめる。

「相変わらずですね、この街は」

運転席の男も思っていた事は同じらしく、やれやれといった様子で肩をすくめた。

「そうだな。だが、俺達ゃこの街のおかげでメシが食えてんだ。そう文句も言ってられねえだろうよ」

「えぇ、間違いありません。」

軽口を叩きあう二人の男。助手席にいた男の方が少し立場が上なのだろうか、運転席の男は敬意を向けている。

「それで新藤。例の店はどこにあるんだ?」

助手席の男の問いに対して新藤と呼ばれた運転席の男は即座に答えた。

「はい、七福通りのJeweLって店です。錦山の兄貴」

新藤の答えを聞いた助手席の男―――錦山彰は驚愕する。

「おい、そりゃマジかよ。よりにもよって、堂島の組長が一番気に入ってる店じゃねえか」

「え、そうなんですか?」

「あぁ。俺の顔もよく知られてる。何せあそこは、俺が組長に紹介した店だからな」

錦山は思わずため息を漏らした。今回の自分の仕事がより面倒なことを知ってしまったからだ。

「よりにもよって、俺が紹介した店で揉め事とはな‥‥ったく、今夜は約束があるってのについてねえ」

「それなら、さっさと行って片付けちまいましょう。すぐそこです」

「あぁ、分かった」

頷き合った二人の男の胸元で、代紋のバッチが光る。

彼らは真っ当な堅気の人間ではない。

この欲望の街を牛耳る関東最大の暴力団組織である「東城会」の極道なのである。

「にしても、この街のキャバ。それも堂島組のシマの真ん中でバカやらかす奴がいるとはなぁ

。とんだ命知らずもいたもんだ」

「えぇ、全く同感ですよ」

彼らに与えられた仕事は自分達のシマ、つまり縄張りとしている場所のキャバクラで起きた揉め事の対処だ。揉め事の主な原因は基本的にはタチの悪い酔っ払いなのだが、ただの酔っぱらいで動くほどヤクザも暇ではない。

「相手の情報は何か聞いてるか?」

「はい。なんでも地方にある組の人間だそうで、酒の勢いで好き勝手やってるとか」

しかし、その酔っ払いが裏社会の人間だった場合ならばそうはいかない。堅気の人間が対応しようとすれば、それこそ何の報復があるか分かったものではない。故に、シマの中の店はそういったことがあった場合にヤクザを呼び、対処を依頼するのである。

その用心棒の為の依頼料として店は、依頼した地元のヤクザに売上の何割かを報酬として支払う。所謂“ケツ持ち”と呼ばれるシノギの一つである。

「なるほど、田舎から来たお上りさんって所か。礼儀ってもんが分かってねえらしい」

「えぇ。兄貴からもキッチリ落とし前付けさせるよう言われてます」

情報を共有しながら足早に現場へと向かう二人。人でごった返す神室町だが、周りの通行人達は、自然と彼らを避けるように道を開けていく。この街では若いヤクザなど珍しくはない。

しかし、如何に若衆と言えど、その東城会の中でも最大級の勢力と影響力を持つ「堂島組」の所属ともなれば話は違ってくるのだ。

「よし、ここだな」

七福通りの中央、神室町の中心に近い場所で二人の足が止まった。今回もめ事が起きている店 「JeweL」だ。

「行きましょう」

「あぁ」

高級感のあるドアを開けて店内へと入り込む二人。普段ならば客やキャストの話し声で活気づいている店内だが、ボーイをはじめ店内の全員がしんと静まり返っており、スピーカーから流れるジャズの音楽だけが虚しく店内に響き渡っていた。

「おい、店長いるか?」

錦山は近くにいたボーイを捕まえて店長を呼ぶよう伝える。

こくりと頷いたボーイが裏方に引っ込んで程なくして、神妙な面持ちで店長が現れた。

「新藤さん、錦山さん、お疲れ様です」

「挨拶はいい、事情は大体聞いてる。例の奴はどこにいんだ?」

「はい、こちらです....」

店長に案内され錦山たちが向かったのは、一番奥のVIP席。

その少し手前のスペースにて二人のチンピラ達がボーイをよってたかって踏みつける等の暴行を加えていた。

さらにその奥。席の中央に赤いスーツを着た男がふんぞり返り、その両隣をキャストの女の子が座っているのだが、恐怖のあまりか凍り付いたように動けないでいる。

(おおかた、何かの粗相をしたボーイに奥の男の舎弟達がヤキ入れてるってとこだろう。チッ、勝手な真似しやがる)

「すみません、ちょっとよろしいですか?一体何を騒がれているんですか?」

新藤が最初に声をかける。あくまで敬語を忘れずに。

「あぁ?なんだテメェらは?」

錦山達の存在に気付いたチンピラ達が睨み付ける。

「自分ら、この店の仕切り任されてる堂島組のモンですが....」

「堂島組だぁ?けっ、知らねえな」

「見ての通り取り込み中だ。すっこんでろや、な?」

組の名を出しても怯まずに凄むチンピラ達の足元には、顔を真っ赤に腫らしたボーイが呻き声を上げて倒れている。

「コイツが何か粗相を?」

「あぁそうだ」

錦山の問いに答えたのは奥に座っている赤スーツの男だった。

「このガキが俺の一張羅に酒ぶっかけやがったのさ」

よく見てみると男のスーツの太もも部分に大きなシミが出来ている。ドリンクがこぼれたのは確かなようだった。

「高かったんだぜこのスーツ。弁償しろつっても金がねえなんて言いやがるからこうしてヤキ入れてんだよ」

「なるほど、つまりこういう事ですか」

錦山は得心がいったように頷いた後言い放った。

「貴方達はたかが安モンのスーツにドリンク零された程度でみっともなく因縁付けて、カタギのボーイに寄ってたかって手を出した、と」

その明らかに侮辱するような言い方は、チンピラ達に火を付けるには十分過ぎた。

「んだとテメェ?」

「もう一度言ってみろコラ!」

胸ぐらを掴むチンピラに対し、錦山はあくまで冷静に対応する。

「困るんですよ、そんな程度で堂島組の....東城会の直系組織である我々のシマで揉め事起こされるのは、なァ!」

瞬間、錦山は胸ぐらを掴むチンピラの手首を握り返すとそのまま力任せに腕を捻りあげた。

「いでででででで!?」

「て、テメ---ぶぐっ!?」

もう一人のチンピラが錦山に殴り掛かるよりも先に、新藤の拳が鳩尾に抉りこまれていた。

「こっちも忘れて貰っちゃ困るぜ、チンピラ。オラァ!」

新藤は膝から崩れ落ちるチンピラの顔面を思い切り蹴りあげた。

チンピラは泡を吹いて気絶し、同時に錦山も捻りあげていたチンピラの腕をそのままへし折って無力化する。

「ぎゃああああああああ!!」

「お前らは天下の東城会に喧嘩ふっかけたんだ。これくらい安いもんだろうが」

絶叫を上げながらのたうち回るチンピラに対してそう吐き捨てて、錦山は赤スーツの男に向き直る。

「さ、後はアンタだけだ」

「テメェら、よくもやってくれやがったな....?」

「ひっ....!?」

赤スーツの男は静かに立ち上がるとテーブルにあったドリンク用のアイスピックを手に持った。

キャストの女の子達が短く悲鳴を上げながら赤スーツの男から離れていく。

「新藤、女の子達を頼んだ」

「はい、兄貴」

錦山が一歩前へ進み、新藤が指示通り後方で女の子達を庇うように立つ。

「堂島組だかなんだか知らねえがいい気になりやがって!いっぺん死んどけやァ!!」

アイスピックを振り上げて襲いかかる赤スーツだが、酒のせいか元々なのか動きは単調でキレがなく、錦山は難なくこれを躱す。

「せいやっ!」

そして振り返りざまに顔面を右ストレートでぶち抜いた。

「ぐぶァ!?」

思わずバランスを崩す男に対し、錦山はすかさず追い討ちの前蹴りをボディに叩き込む。

「ぐ、ほっ!?」

腹を抑えて蹲る赤スーツの男の頭を錦山は両手で掴むと、

「は、?何しやがる....?」

「こうすんだよ!!」

全力の膝蹴りを顔面にぶち当てた。

錦山は男の鼻が文字通りへし折れるのを膝越しの感触で実感し、直後の悲鳴で男から戦意が失われたのも理解する。

「おい」

「ひ、ぃ!」

錦山は男の髪を掴みあげると、折れた鼻を抑える彼にトドメを刺した。

「アンタらがあのボーイにやった分、この後事務所で徹底的に可愛がって貰うんだな」

「ひっ....!」

顔面蒼白になる男だったが時既に遅し。

彼らはその無知さ故に、虎の尾を踏んでしまったのだから。

「堂島組、ナメてんじゃねえぞ」

ーーーその後、神室町で赤スーツの男とその手下達の姿を見た者は居ない。

だが、もし生きているのであれば骨の髄まで刻み込まれたであろう。

神室町を牛耳る極道の恐ろしさを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、時間食っちまったぜ」

店で暴れてたチンピラにケジメを付けた俺は、その後の後始末を新藤に任せてその場を去った。今頃先程の田舎ヤクザは堂島組の事務所で徹底的に痛め付けられているだろう。人の死ぬギリギリを熟知した兄貴分達から直々にだ。

(あー、おっかねえ)

考えただけで鳥肌が立つ。自業自得とは言え、そんな組の兄貴達にヤキ入れされる田舎ヤクザ達は哀れと言う他無いだろう。なんて感傷に浸っていた俺だったが、目的の場所が見えてくるとそんなモノは霧散していく。

今日、仕事の事を考えるのはもう終わりだ。

(さ、着いたな)

俺は天下一通りの中程にある雑居ビルへと足を踏み入れた。エレベーターで上の階に上がり、木製のドアを開けて店内に入ると、見慣れた内装と聞き馴染みのある音楽。そして着物姿に身を包んだ美人が俺を待っていた。

「いらっしゃ……あぁ、錦山くん!待ってたわよ」

「おう、待たせたな麗奈」

笑顔で迎え入れてくれた彼女の名前は麗奈。バブル期の頃からこの店ーーー「セレナ」をたった一人で切り盛りしてきた馴染みの敏腕ママだ。

「いつもより遅かったけど、何かあったの?」

「あぁ、ちょっとシマの店でトラブルがあってな。それで駆り出されてたんだ」

いつものカウンター席に座った途端、疲れがドッと押し寄せる。それは、ここが俺にとってもう気を張る必要が無い、プライベートな自分へと戻る事が出来る場所であるからに他ならない。

「どうする?先に何か飲む?」

「あぁ。いつもの奴、ストレートで頼むよ」

「分かったわ」

麗奈は慣れた手つきで酒を準備し始める。

今日はこの店にあと二人、家族と言っても差し支えない俺の身内が来る。ただ、今日は二人とも遅れてるみたいだ。

「なぁ、桐生はシノギがあるから遅れるってのは知ってるけどよ、由美は何処に行ってるんだ?」

「由美ちゃんは買い出しよ。ほら桐生ちゃん、ここ来るといつもお腹空かせてるじゃない?」

「そういやそうか。ったく、アイツ普段まともなメシ食ってんのか?」

「さぁ、どうなんでしょ?……はい、お待たせ」

「おう、ありがとよ」

俺は麗奈に礼を言うと、ロックグラスに注がれた琥珀色の酒をグイッと喉に流し込んだ。

酒が通り抜けた後の食道が熱を帯び、じんわりと疲れた身体に染みていく。

「っかーっ!ひと仕事終えたあとの酒はたまんねぇな!」

「錦山くん、なんだかおじさん臭いわよ?」

「へっ、うるせぇ」

麗奈と軽口を叩きあっていると、背後で店のドアが開く音が聞こえる。

振り返った先にいたのは大きめのジュラルミンケースを持ったグレーのスーツ姿の男だった。

いかにもヤクザでございますって感じの彫りの深い顔立ちをしたそいつこそが、俺の待っていた身内の一人。

「よぉ、桐生」

「あぁ、待たせたな錦、麗奈」

東城会直系堂島組舎弟頭補佐。桐生一馬。

俺と共に極道の道に足を踏み入れた兄弟分だ。

「相変わらず静かだなぁ」

そう言ってケースを置きながらテーブルに着く桐生の顔にも若干の疲れが見えた。

こいつにとってもここは、張り詰めていた気を抜く事が出来る憩いの場であるって事だ。

「あなた達がいたんじゃ怖くて飲めないでしょ普通のお客さん。だから今日は貸切」

ごもっともな事を言う麗奈を横目に、俺は桐生が飲む分の酒をグラスに注ぐ。桐生の最初に飲む酒はいつも俺と同じものだ。

「麗奈、由美は?」

「今買い出しに行ってるの。どうせまた腹減ったとか言い出すんでしょ?」

「違いねぇ」

俺は桐生の手元にグラスを置き、今進んでいるであろう案件について尋ねた。

「どうなんだ?桐生組の立ち上げは?」

その案件とは、今回のシノギを完遂させた暁には桐生は自分の組を持つ事が出来ると言う話だった。

桐生の役職は舎弟頭補佐と言う出世の本筋とは言い難い微妙な立ち位置だ。

だが、自分の組を持つ事が出来ればそこでシノギを伸ばして出世するって道が開けるようになる。

極道としてこれ以上誇れるものは中々ない。

「まだ決まった訳じゃない。組長が決める事だ」

だと言うのに、俺の兄弟分は謙虚が過ぎた。

確かに桐生は堂島組長からよく思われてはいない。

故に舎弟頭補佐って言う微妙な立ち位置の役職を与えていたんだろう。しかし、所詮はそんなもの組長の陰湿な小細工に過ぎない。

「組長も嫌とは言えねえよ、風間の親父がもうその気なんだ。堂島組はあの人で持ってるようなもんなんだからな」

俺と桐生の育ての親であり、俺たちをこの道へと導いてくれた親っさんーーー風間新太郎。

キレる頭と強大なカリスマを併せ持ち、仁義を重んじて生きる極道の鏡のような人だ。

現在は堂島組の若頭としての立場に甘んじているが、実質的に堂島組を動かしているのはその風間の親っさんであると言っても過言じゃない。

そんな人が桐生組の立ち上げを誰より楽しみにしているのだ。

決まったも同然と言っていいだろう。

「そこ行くと堂島組長は昔の自慢とメンツの話しか出来やしねえ」

数年前にあったとある事件をキッカケに堂島組一強と言われた時代が終わりを告げ、それと同時に堂島組長の権威も失墜した。

それ以来堂島組長は酒と女に溺れて自堕落な生活を送り始め、お飾り同然の存在へと成り下がっていたのだ。

だが、あんな小物でも親として仰がないといけないのが俺たちのいる世界なのだから世知辛い。

「控えろ、錦」

桐生も口ではそう言うが、こいつ自身思う所もあるのだろう。

軽く言ってくるだけで本気でたしなめようとはしなかった。

「ふぅ……」

俺はタバコに火を付けると、煙を吐いて誤魔化すようにため息を付いた。

持ち前の度胸と腕っ節で数々の修羅場を乗り越えてきた桐生はいつしか「堂島の龍」と呼ばれるようになり、今や東城会本家の中でも一目置かれる存在。

「またお前に、先越されちまったか……」

それに引き替え俺は、各方面に顔を売っちゃいるが未だ目立ったシノギや成果を上げる事が出来ていない。

自分でも分かるくらい、俺は燻っていた。

「……なぁ、錦」

「?」

すると桐生は少し言いにくそうに話を切り出してきた。

今度は、桐生が俺に尋ねてくる番らしい。

「お前、妹はどうなんだ?」

内容を聞いて合点が行く。

桐生が躊躇うのも納得だ。

「来月……もう一度手術だ」

俺には一人、同じ施設で育った実の妹がいる。

名前は優子。

幼い頃から病気がちで、良く入退院を繰り返していた。

それでも身体が成長して大人になってからは元気に過ごしていたのだが、三年前に重い心臓の病気が発覚。

風間の親っさんのすすめで、東京の大きな病院に入院する事になったのだ。

「多分、次で最後になる」

「最後……!?」

それ以来優子は、何度も延命の為の手術を繰り返してきた。

だが、先生の話では優子はもう長くないと言う。

「身体がもたないそうだ。これでダメなら、もう……」

「そうか……」

兄弟の顔が悲しそうに歪んだ。

桐生も優子の事はガキの頃から知っている。

そして、俺が優子の事を常に気にかけている事も。

「っ、」

俺は心のモヤを誤魔化すようにロックグラスを呷った。

さっきまで美味かったはずの酒が、今は絶望的に不味い。

重い空気が立ち込めるセレナだったが、まるでその流れを変えるかのように裏口のドアの開く。

そこに立っていたのは両手に買い出しのビニール袋を持った一人の女。

「あ、来てたのね!」

俺や桐生の姿を見た途端、花のような笑顔を見せる彼女こそ、俺が待っていたもう一人の身内。

「由美!」

「フッ……」

澤村由美。俺と桐生の幼馴染でセレナで人気No.1のホステスだ。

もっとも、ただの幼馴染とは訳が違う。

俺と桐生と由美の三人は、風間の親っさんの建てた養護施設の「ひまわり」で育った、いわば家族同然の存在だ。

「ちょっと、もう酔ってるの?私も入れなさい!」

「どうぞご遠慮なく」

由美が俺と桐生の肩に手を置いて間に入るようにして座った途端、気付けばさっきまであったはずの重たい空気は跡形もなく消え去っている。

由美には昔から、周りの空気を和ませて毒気を抜いてしまう不思議な力があった。

「由美の酒も、同じので良いか?」

「うん、おねがい」

「由美、そんなに買い込んで大丈夫だったか?大変だったろう?」

「大丈夫。誰かさんがお腹空かせてるだろうと思ったから頑張っちゃった、ね?」

「ぐっ……」

気まずそうに顔を背ける桐生。

酒のせいなのか照れてるのか顔がわずかに赤く見える。

「あら、桐生ちゃん一本取られたわね」

「ははっ、由美には何もかもお見通しだなぁ兄弟?」

「うるせぇ……悪かったな」

あの「堂島の龍」がタジタジになっている姿を見る事が出来るのは、日本中どこ探してもここだけだろう。

「冗談だよ。一馬ったら、そんなに拗ねなくてもいいじゃない」

「拗ねてなんかねぇよ……錦、もう一杯くれ」

「まぁ待てよ。由美、お待ちどうさま」

「ありがと、錦山くん」

由美にグラスを渡した後、桐生にもグラスを寄越すよう仰ぐ。

渡されたロックグラスにギリギリまで琥珀色の酒を注ぎこんでから零れないようゆっくりと手渡した。

「ほらよ桐生」

「お、おい。こんなになみなみと注ぐ事ねえじゃねえか」

「何言ってんだよ、今日の主役はお前だろうが。」

「どういうことだ?」

怪訝な顔をする桐生を横目に、俺はグラスを掲げた。

「みんなグラスは持ったな?それじゃあ桐生組の旗揚げを祝して、乾杯!」

「「かんぱーい!」」

「お、おい!だからそれは気が早ぇって……ったく聞いちゃいねえ」

主役であるはずの桐生をおいてけぼりにする形で始まった祝宴会。

麗奈と由美が最近のお客さんとあった出来事を語り。

俺と桐生がお互いのやらかしを暴露し合う。

そうして聞き手と語り手が入れ替わりながら、酒と共に時間が過ぎていく。

本当は祝宴会というのもただの口実で、四人で楽しい時を過ごしたかっただけだった。

そしてこの先もずっと、こんな時間が過ごせると思っていた。

俺だけじゃない。きっとこの場にいた誰もがそう信じて疑わなかっただろう。

だからこそ、

 

 

 

 

 

 

これが四人で一緒に過ごす事の出来る最後の夜になるなんて事を、この時の俺は知る由もなかったのだ。

 

 

 

 

 

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