錦が如く   作:1UEさん

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最新話です。
いよいよケジメの時が来ました。
どうか見届けて上げてください


義理人情 後編

一方その頃、天下一通りにある風堂会館に一人の男が訪れていた。

 

「お疲れ様です!」

「おう」

 

頭を下げる門番役の構成員に軽く挨拶を返し、風堂会館へと足を踏み入れる。

階段で組事務所のある階まで上がり事務所のドアを開けると、中にいた構成員達が一斉に頭を下げる。

 

「「「お疲れ様です!」」」

「おう、おつかれさん」

 

そして、事務所中央の応接間にてソファに座る極道が男の姿を認める。

 

「よう、兄弟。待ってたぜ」

 

東城会直系風間組若頭の柏木修だった。

兄弟と呼ばれたその男は柏木に朗らかに挨拶を返す。

 

「おう兄弟。急に来ちまって悪かったな」

 

東城会直系風間組内松金組組長。松金貢。

柏木とは、ほぼ同じ時期に同じ親分の盃でこの世界に足を踏み入れた兄弟分だ。

部屋住みの頃から共に修行して少しずつ出世し、松金は自分の組の親分に。柏木は親組織のNo.2にそれぞれ出世した。

立場としては柏木の方が上だが、今でも二人は良き兄弟分として対等に接しているのだ。

 

「まぁ、座ってくれ」

「おう」

 

松金は短く答えると、柏木の対面の椅子に座った。

 

「どうぞ」

「ありがとよ」

 

お茶汲み係から湯呑みを出され、しっかりと礼を言う。

こう言った礼儀はたとえ下の者でも忘れてはならない。

柏木と松金が、親分である風間からキッチリ教え込まれた常識だった。

 

「それで、今日はどうしたんだ松金。何か話があるんだろ?」

「あぁ、その事なんだがよ……折り入って頼みたい事があるんだ」

「頼みたい事?」

「あぁ」

 

松金は僅かに身を乗り出すと、単刀直入に本題に入った。

 

「今、柏木に面倒見てもらってるウチのシマの店があるだろう?」

「あぁ……確か、テレクラだったか?」

「そうだ。実はその店のみかじめを横取りした野郎が居るらしくてな」

「なんだと……?」

 

思いがけない話に柏木は怪訝な顔をする。

その情報は彼にとって初耳だったからだ。

 

「あぁ。確か名前は松重とか言ったか。風間組の所属なんだって?」

「いや……アイツが今居るのは桐生組だ」

「桐生?あぁ、風間の親父の秘蔵っ子って噂の男か。確か堂島の龍なんて呼ばれてたな」

 

松金は桐生の名を聞いて直ぐに思い至る。

今や東城会の極道の中でその異名を知らない者は居ないからだ。

しかし、極道の世界において上下関係はとても重要視される要素の一つ。今回の一件はそれを弁えない行為と言っても過言では無い。

 

「桐生組は風間組の系列だがまだ新参だ。そんな組織の人間が古参の松金組のシマを荒らしたんだ。それも柏木が世話してる店でな」

「…………」

 

松金は静かにタバコをくわえた。

お茶汲み係がライターを取り出すが、静かにそれを遠慮して自前のライターで火をつける。

ゆっくりと煙を吐き出し、松金は柏木を真っ直ぐに見つめる。

 

「なぁ柏木。今回の一件、俺は事を荒立てたくはねぇ。だがタダで引いたんじゃ下のモンにも示しがつかねぇ。そこで頼みがある。その松重って奴を、ここに呼び出しちゃくれねぇか?」

「あぁ……分かった」

 

柏木もまた静かにタバコをくわえる。

お茶汲み係がその先端に火を点け、足早にその場を離れた。

彼は気付いたのだ。柏木の中の"鬼"が、目を覚まそうとしている事を。

 

「あの野郎共……どういう事なのかハッキリさせねぇとな…………!」

「!」

 

煙を吐き出す柏木の表情は先程とは一変し、まるで鬼のような形相と化していた。

理由はどうあれ"誰かにナメられた"という事実が彼の中にあるヤクザとしてのスイッチを押したのだ。

 

「…………柏木」

「なんだ?」

「野郎共って事は……その桐生にも落とし前を迫る気か?」

「当たり前だ。今の松重は桐生組の人間。そいつが下手を打ったからにはアイツにもキッチリとケジメを取らせねぇとこっちの示しが付かねぇ」

「待てよ柏木。さっきも言ったが、俺は事を荒立てるつもりはない。その松重って奴から切り取られたみかじめさえ戻ってくりゃ、ウチのモンへの示しは十分だからよ」

「ヌルいぜ松金。奴らは俺とお前の顔に泥を塗りやがったんだ。徹底的にやらなきゃナメられっぱなしだろうが」

 

宥めようとする松金と、妥協を許さない柏木。

彼らはかつて"仏の松と鬼柏"と呼ばれ、風間組の中でも名の知れたコンビとして知られていた。

身内に甘い松金と身内に厳しい柏木は、互いのその両極端な性質で組内の調和を保っていたのだ。

 

「だが、その桐生ってのは風間の親父の秘蔵っ子なんだろう?俺としちゃそんな若人の将来にケチ付けるのは本意じゃねぇんだが……」

「いいや、だからこそ締めるところは締めねぇとダメだ。いずれアイツの下には多くの極道が集まるだろう。その時、トップのアイツがキッチリ手網を握れてなきゃ今よりもっと酷い事になるのは目に見えてるからな」

 

柏木は桐生の将来に大きな期待を寄せている反面、警戒もしていた。桐生には人を惹きつける魅力、極道としての"華"がある事を柏木は知っている。

その"華"に魅了され、いずれ多くの者たちが桐生組の門を叩くだろう。

そして組織とは、大きくなればなるほどその制御は難しくなるもの。それはカタギであろうとヤクザであろうと同じ事だ。

もしも桐生組が大きくなった状態で今回のような事がまた起きれば今回以上に大変なことになる。柏木はその最悪の事態を危惧していた。

 

「おい、桐生組の事務所に電話だ。桐生と松重をここに呼べ」

「へい、カシラ」

「柏木、お前……」

「松金。事を荒立てたくないってお前の心遣い、痛み入る。だが、コイツは松重を桐生に預けた俺の責任でもあるんだ。ここは俺に任せてくれ」

「そうか……分かった」

 

決して折れない柏木に、松金もまた首を縦に振った。

桐生には気の毒だが、これで切り取られた分の金は確実に松金の所へ帰ってくる事だろう。

 

「か、カシラ!」

「あ?どうした?」

「お電話です!桐生さんから、カシラに代わるようにと」

 

電話番の男が受話器を持って現れ、柏木に受話器を渡した。その電話は今、桐生と繋がっている状態にある。

 

「柏木だ」

『お疲れ様です、桐生です』

「何の用だ」

『実は、柏木さんに報告しなくちゃならない事があるんです』

 

電話越しに聞こえる声には緊張感が感じられる。

桐生にとって柏木は良き兄貴分だが、同時に怒らせてはならない人物であるという事も熟知しているが故に。

 

「松重の事か?」

『……ご存知でしたか』

「あぁ、ついさっき聞かされたばかりだ」

『そうですか……柏木さん。自分はこれから松重と松金組の羽村さんを連れてそちらへ向かいます。この落とし前、キッチリ付けさせて下さい』

「何?松金組だと?」

「なんだって?」

 

思わぬ所で自分の組織の名前を聞く事になり、柏木の対面に居る松金が驚く。

 

「どうして松金組の人間と一緒に居るんだ?」

『話すと長くなります。詳しくは後ほど説明させて下さい』

「そうか…………分かった、待っているぞ」

『はい、ありがとうございます』

 

電話を切り受話器を電話番に返すと、柏木は松金に向き直った。

 

「桐生からの連絡だ。松重と一緒にお前の所の人間を連れて来るらしい」

「ウチのモンを?」

「あぁ。名前は確か、羽村とか言ったな」

「羽村だと?」

 

いよいよ驚きを隠せない松金。

そのただならぬ様子を見て柏木は問いかけた。

 

「どんな男なんだ?その羽村って男は」

「あぁ、最近ウチの若頭になった奴だ。だがどうして羽村がその桐生と一緒にいるんだ?」

「分からねぇ……だが、今はとにかく桐生を待つしかねぇみたいだな」

 

柏木はそう結論付け手に持ったタバコを再び吸った。

松金もまた頷き、お茶汲み係の入れたお茶に口を付ける。

 

「カシラ、桐生さんたちが到着しました」

「よし、通せ」

 

その後、僅か数分足らずで桐生達が到着したという報告を受ける柏木達。

柏木の承認後、桐生一馬を先頭に三人の男が事務所に足を踏み入れた。

 

「お疲れ様です、柏木さん」

「お疲れ様です……」

「待ってたぞ。桐生、松重」

 

頭を下げる桐生と松重に柏木は僅かに怒気を含ませて応える。それには、返答次第ではケジメを付けさせることも厭わないという意思が込められていた。

 

「親父!?なんでこんな所に……?」

「そりゃこっちのセリフだ、羽村。お前こそ何でこいつらと一緒にいる?」

 

一方の松金と羽村は互いがこの場所にいる事に疑問を感じていた。松金は羽村が桐生達と一緒に居る事を知らず、逆に羽村は松金が風間組の事務所に居ることを知らなかったからだ。

 

「松金の親分さん、ですね?お初にお目にかかります。桐生組の桐生一馬です」

「おう、噂は聞いてるよ。よろしくな」

「おい桐生、どういう事か説明して貰うぞ」

「はい、分かりました」

 

柏木の言葉に従い、桐生は先程あった出来事を説明した。

松重が松金組のケツモチ店舗からみかじめを横取りした事。

その"返し"として羽村が松重を集団リンチした挙句殺そうとした事。

羽村は羽村で、松重に対する殺しの依頼を匿名で受けていた事。それを割って入った桐生が力づくで止めた事。

そして、今回の件の報告とその落とし前を付けにここに来た事。

全て詳らかに語った。

 

「おい羽村!そいつはどういうことだ!?」

「お、親父……!」

 

直後、先程まで温厚だった松金が一変して羽村に対して激高する。彼は今、無許可で危険なシノギを請け負った事を激しく責めていた。

 

「組長の俺に何の相談もなく殺しの話なんか請けやがって……自分が何したか分かってんのか!?」

「で、ですが親父!この松重が先にウチのシノギを邪魔しやがったんです!オマケにコイツはカタギからも相当恨まれてたんだ。死んだって誰も不都合しません!」

「この……馬鹿野郎!!」

 

松金は握り固めた拳で羽村を激しく殴打した。

羽村の弁明の言葉は、松金にとって容認出来るものでは無かったのだ。

 

「ぐぅっ……!お、親父……!」

「そんな下らねぇ事のために殺しを……ましてや同門の人間に手ェかけようとしやがったのか!?あァッ!!?」

 

人間とは十人十色。人の数だけ違う考え方があるのは当たり前の事で、それは組織であっても同じことが言える。

しかし、極道の世界にはたった一つだけ古今東西どこの人間や組織であっても共通して言える"性分"があった。

 

「テメェは後一歩で、松金組どころか東城会すらも巻き込みかねねぇ大惨事を引き起こしてたんだぞ!!」

 

"殺られたら殺り返す"。

この国に生きる極道は皆、それぞれの組織の"看板"を背負って生きている。それが錆び付いてしまえば、彼らは生きて行けなくなってしまう。

故に極道達は他組織からナメられないよう、常に組としての威信やメンツ、沽券を護ろうとするのだ。

そんな極道達が、自分たちの組織の人間を殺されて黙ってなど居られる筈がない。

一人のヤクザの死は必ず報復を生み、その報復は新たな報復を更に誘発する。

そしてそれはいずれ大抗争へと発展し、血で血を洗う終わりなき悲しみの連鎖が絶え間なく続く最悪の結末を引き起こすのだ。

 

「そんな事になれば犠牲になるのはお前だけじゃねぇ!一体何人の人間の血が流れる事になると思ってんだ!!」

「親父……」

 

松金はこれまで、目を背けたくなるような惨状を幾度も目の当たりにして来た。

その度に彼は誓ってきたのだ。自分の子分達には、同じ想いは決してさせないと。

松金は己の利益や危機の為ではなく、子分達の危機や今後を想うが故に激高したのだ。

 

「松金の親分……」

「……なんだ、桐生組長」

 

桐生は松金組長に声をかけると、その場に両膝を着いて正座した。

そして真っ直ぐに松金組長を見つめ、決して目を逸らさずに告げる。

 

「この度は松金の親分に多大なるご迷惑をおかけした事、深くお詫び申し上げます」

「いや、桐生組長。事情が変わった。こっちこそ、アンタには頭を下げなきゃならねぇ」

「いいえ、それは違います。今回の一件、元を辿ればウチの松重が犯した事が原因です。その責任は、親である自分にあります」

 

桐生は懐から一枚の封筒を取り出すと、松金に向けてゆっくりと差し出した。

受け取った松金が中身を確認し、その額に驚愕する。

 

「こ、これは!?」

「松重が切り取ったみかじめ料の二倍、100万円入っています。これをどうか、せめてものお詫びとしてお納め下さい。この度は、誠に申し訳ございませんでした」

 

そうして桐生は綺麗に指を揃え、頭を下げた。

 

「桐生組長……」

「桐生、お前……」

「柏木さん……!」

 

桐生は座った体制のまま柏木に向き直ると、柏木にも同様に深々と頭を下げる。柏木の怖さと厳しさをこの場の誰よりも知る桐生にとっては、ここが一番の正念場だった。

 

「今回は、柏木さんの顔に泥を塗る事になってしまい、本当に申し訳ございませんでした!このケジメ、たとえどんな事であっても受けさせて頂きます!ですから……」

 

そこで桐生は、より一層の額を床に擦り付けて嘆願した。

 

「ですからどうか、松重の事は許してやってくれませんでしょうか……!」

「なんだと!?」

「え……?」

 

その言葉に驚愕する柏木と松重。

桐生は今、松重に降りかかる責任を一身に受けようとしているのだ。

 

「松重のやった事は決して許される事じゃありません。ですが、それは親である俺が松重を従える事が出来なかったからです!」

「桐生……」

「コイツのやった事の借りは自分のモノです。今回のケジメ、俺に付けさせて下さい!」

「組長さん、アンタ何やってんだ……?」

 

松重は思わずそんな声を上げた。

彼には桐生のその行動が、あまりにも理解できなかったからだ。

 

「なんで、俺なんかの為にそこまで……」

「…………」

「……ちっ!」

 

黙って頭を下げ続ける桐生を見て堪えられなくなった松重は、すぐさま桐生の真横まで駆け寄った。

 

「松重……?」

「柏木さん、松金組長、羽村のカシラ」

 

松重は三人に声をかけると、桐生に倣うようにその場に膝を付いて頭を下げた。

 

「この度は、誠に申し訳ございませんでした……!!」

 

松重も極道の端くれだ。

自分の組長にここまでさせておいて何もしないほど、彼も腐ってはいない。

 

「……なぁ柏木。もういいだろう」

「松金……?」

 

それを見た松金はそう言うと、桐生の目の前で片膝を着いた。

 

「顔を上げてくれ、桐生組長」

「松金の親分……?」

 

静かに顔を上げた桐生の前に、松金はあるものを差し出す。それは桐生が先程渡した封筒だった。

しかし、その厚さは桐生が渡した時よりも少し減っている。

 

「そこの松重が横取りしたみかじめの50万円はウチの連中への示しとして回収させて貰った。だが、羽村の奴のしでかした事がこうして明るみに出た以上、余分なカネは受け取れねぇよ。なにせウチの羽村はアンタの所の大事な組員を危うく殺しちまう所だったんだ」

「っ……!」

 

話題に出され、ばつが悪そうに俯く羽村。

彼としても組長である松金にあそこまで激されては、いくら言い分があったとしても閉口する他無かった。

 

「いえ、ですがそれはウチの松重が……!」

「へへっ、納得出来ねぇか?ならよ、残りのカネはウチの羽村がやっちまった分として返させて貰う。それで手打ち。それなら良いだろう?」

「親分……!」

 

松金は今回の一件を水に流すことに決めた。

そして、そのまま柏木にも目を向ける。

 

「柏木、俺からも頼む。コイツらを許してやってくれ」

「松金……」

「もうコイツらの誠意は十分伝わっただろう?それに、こっちには羽村の件もある。責められるべき要因はこっちにだってあったんだ。」

「………………はぁ」

 

柏木は長い沈黙の末、静かにため息を吐いた。

 

「幸い、松重の件も羽村の件も風間の親父の耳に入る前で良かった。みかじめの件は双方で手打ちになって、松重も殺されていない以上、これ以上何かを追求することはねぇだろう」

「それじゃ……今回の一件は……?」

 

恐る恐る尋ねた桐生に対し、柏木はあくまでも厳かに裁定を下した。

 

「今回は不問に付してやる。だが桐生、いくらお前でも次はねぇぞ?この事を肝に命じておけ。いいな?」

「柏木さん……はい、ありがとうございます……!」

 

改めて深々と頭を下げる桐生。

それは彼の義理人情を重んじる心と行動が、確かに松重という一人の男を救った瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄貴!」

 

風堂会館から出た桐生と松重の下へ、事務所前で待っていた田中シンジが駆け寄ってきた。

 

「シンジ」

「その後は、どうなりましたか!?」

「あぁ。何とかなったぜ」

「そうですか……良かった」

 

その言葉を聞きシンジは心の底から安堵した。

風間組の若頭である柏木は、かつて"鬼柏"と呼ばれる程の荒くれ者だったのだ。

桐生はもちろんのこと、シンジもまた彼の恐ろしさはよく知っている。

今回はそんな柏木を怒らせてしまったのだ。心配するなと言うのが無理な話だろう。

 

「なぁ、組長さんよ……」

 

すると、松重がばつが悪そうに桐生に声をかけた。

今回ばかりは、いつも取っている不敵な態度は見られない。

 

「なんだ?」

「さっき、なんでケジメを一身に受けようとしたんだ……?」

 

松重は、先程の桐生の行動について問いかけた。

風間組事務所で何が起きていたかを知らないシンジは、松重のその問いに対して関心を向ける。

 

「……松重の兄貴、そりゃどういう事です?」

「……組長さんは、俺なんかの為に柏木さんと松金組長に頭を下げるばかりか、ケジメを迫られるハズの俺を庇ったんだ。俺が切り取った金の倍額まで用意してな」

「えっ!?」

 

つい数時間前まで、松重は桐生の事を罠にはめて陥れようとしていた。

にも関わらず、桐生は自業自得の結果として命を狙われている松重を救い出すばかりか、自分がやった失態でないにも関わらずその責任を一心に背負おうとしたのだ。

 

「兄貴、なんでそこまで……?」

「…………」

 

シンジとしても桐生の行動は理解が出来ない。

松重は桐生に対して不遜な態度を常に取り続け、命令を無視したり嘘をついたりと好き勝手な事を散々してきた。

しかし桐生は、その責任は親である自分のものであるとしてケツを拭いたのだ。

そして、こうしている今でさえ松重に対して叱責しようとする様子も見せない。

 

「どうしてなんだ、組長……」

 

松重の問いかけに対し、桐生は毅然とした態度でこう答えた。

 

「お前が、ウチの組員だからだ」

「なっ……!」

 

桐生は真っ向から松重の目を見て言葉を続ける。

その瞳はとても力強く、どこまでも真っ直ぐで純粋だ。

 

「松重、お前は以前俺にこう言ったな?"義理人情と腕っ節だけで生き残れる程、ヤクザは甘くない"と」

 

その言葉は、桐生組が結成して間も無い頃。

意味の無い定例会に対して松重が言い放った発言だった。

 

「確かにお前の言う通り、金を稼ぐのは簡単じゃ無かった。お前に対して偉そうにしてはいたが、結局俺に出来るのは自分の身体を張ることだけ。それ以外の方法なんて思い付きもしなかった」

 

もしも数ヶ月前に桐生の元にドラゴンヒートの話が舞い込まなければ、今でも桐生は金を作る為の手段に悩み、頭を抱えていただろう。

ドラゴンヒートの仕組みは、桐生が生み出したものでは決してない。

ただ彼は、偶然その仕組みに関われるチャンスを手にしただけなのだ。

 

「今となっちゃお前の理屈も分からんでもない。でもな……義理と人情を忘れた極道は外道へと成り下がる。その果てに待っているのは悲惨な末路だ」

「…………」

 

松重は思わず俯いた。

何せ彼は今日、まさにその悲惨な末路を辿る寸前だったのだ。今の松重にとってその言葉はこれ以上ない程に重たいものと言えるだろう。

 

「俺は自分の組の連中にそんな末路を辿って欲しくねぇ。その為なら何度だって身体を張ってやる。どんな奴とだって立ち向かってやる」

「!」

「それが俺の目指す道……俺が往くべき極道だ」

 

馬鹿正直で義理堅く、どこまでも真っ直ぐなその姿。

たとえどんな状況であったとしても、揺らぐことのないその在り方。

これこそが"堂島の龍"。東城会の内外にその名を轟かす、紛れもなき伝説の極道の生き様だった。

 

(ったく……どこまでお人好しなんだ、この人は)

 

そんな彼の"華"に惹かれた男が今日また一人、一つの覚悟を決めた。

 

「組長さん……いや、桐生の親父!今までの御無礼、どうかお許し下さい!」

 

両膝に手を付いて頭を下げ、松重は宣言した。

 

「これより先、俺の命は親父に預けます!どうか自分を、地獄の底までお供させて下さい!!」

 

桐生組の一員として目の前の男を組長として仰ぎ、その神輿を担いでいく事を。

 

「……シンジ」

「はい?」

「構わねぇか?」

「えぇ。兄貴の決めた事なら」

「フッ……そうか」

 

松重の覚悟を見て桐生もまたある事を決め、シンジもまた異論は無いと頷く。

 

「松重……お前、酒はイケる口か?」

「え、えぇ……」

「なら、これから三人で飲みに行かねぇか?馴染みの店がすぐそこにあるんだ」

「いい機会です。酒を片手に男三人、腹を割って話しましょう」

「……はい、喜んで!」

 

1996年。1月某日。

この日晴れて桐生組は一枚岩となり、これをキッカケに神室町を拠点とする極道組織の勢力図が大きく描き変わっていく事となるのだった。

 

 




はい、という訳で松重光堕ちするの巻でした。
ここで忠誠を誓う事で本編のデキる右腕、松重若頭代行になる訳ですね。

次回はいよいよ本編再開。
そして"みんな大好きなあの人"が、満を持して登場です!
とうとうここまで来たか……と言った感じです。マッタリのはずでしたがここまで一気に駆け抜けて来てしまいました。
果たして我らが錦は桐生ちゃんと並び立つもう一人の伝説を相手にどう立ち向かうのか。
お楽しみに
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