しばらく兄さんに奪われてしまっていた前書きコーナーですが、どうにか取り返せました(笑)
それではどうぞ
欲望の渦巻く街、神室町。
ヤクザやゴロツキが犇めくこの街において、揉め事やトラブルは後を絶たない。
すると必然的に怪我をする人間も増えていく。
しかし、スネに傷のある者達は普通の病院に駆け込む事が出来ないのが現実だ。
もしも救急車を呼んだり普通の病院に駆け込んだりすれば、すぐ警察に情報が行ってしまう。
故にこの街には、そういった者達を受け入れ治療を施す"闇医者"が一定数存在する。
「おし……着いたぜ……!!」
バッティングセンターから出た海藤達がたどり着いたのは、そんな数ある闇医者がいる診療所の一つ。
泰平通り西にある一つの雑居ビルに居を構える"柄本医院"だった。
「東、エレベーターのボタンを押せ。二階だ」
「はい!」
東が先んじてエレベーターのボタンを押した。
程なくして開いた扉に三人が乗り込む。
エレベーターはすぐに動き出し、彼らを2階まで運んだ。
「ご、ごめんください」
東が二階のテナントの扉を開けた。
病院と言えば清潔感のあるイメージがあるものだが、その内装は病院と言うよりは小企業のオフィスと言った方が正しいだろう。
「ん?なんだ?」
中に居た白衣姿の男が、手に持っていたタバコの火を消して立ち上がった。
彼こそがこの診療所の主である闇医者、柄本である。
「柄本先生、急患だ。こいつを診てやってくれ」
「海藤か……!分かった、患者をこっちに寝かせろ」
海藤が背負った患者を見た柄本は、すぐさまオペ専用の手術台に錦山を寝かせた。
「おい、この左手は?」
「手のひらが貫通してる。おそらくドスか何かやられたんだろう」
「そうか……すぐにオペを開始する。そこのお前。コイツの服を脱がすぞ、手伝ってくれ」
「わ、分かりました」
柄本の指示に従い、東が錦山の服を脱がして患部を顕にさせる。
その有様に顔を顰めた柄本は、すぐさま手術台と共に手術室に入っていった。
すぐに"手術中"と書かれた赤いランプが点灯する。
「おじさん、大丈夫かな……?」
「あぁ、心配いらねぇさ。あの医者は凄腕だからな」
「そっか……良かったぁ……」
それを聞いた遥は安堵する。
もしもこのまま錦山が死んでしまえば、伊達や麗奈と言ったこの街で知り合った彼女の知る人達が悲しむ事になる。まして自分を助けに来た事で犠牲になってしまったとあれば、遥は彼らに合わせる顔が無くなってしまうからだ。
「なぁ遥ちゃん。お前と錦山のおじさん、一体どんな関係なんだ?」
海藤はここで、疑問に思っていた事を遥に問いかける。
年端も行かない少女と勤め上げの元ヤクザ。
そのあまりにも歪なコンビは、たとえ海藤でなくても疑問に思う関係性と言えるだろう。
「うーんと……錦山のおじさんは、私のお母さんのお友達なの」
「お母さんの友達?」
「うん。私、お母さんを探してこの街に来たの。そこで偶然おじさんと出会って、お母さんを探すの手伝ってくれる事になったんだ」
「そうだったのか……」
海藤は遥の行動力に内心で驚いていた。
母親を探すと一口に言っても程度はある。
買い物に出ているだけで直ぐに戻るのか、それとも何年も会っていないのかによって話は大きく変わるだろう。
そして、まともな大人であれば神室町という街がいかに危険かを知らない訳はない。
(受け答えもしっかりしてるし、ちゃんと育てられた子なんだろうな……って事はやっぱり…………)
何らかの理由で親に長い間会うことが出来ずにいてたまらず一人でやって来たのだろうと海藤は結論付け、深入りするのをやめた。
もしも海藤の推測が確かなら、かなり立ち入った話になるからだ。
「お兄さんはどこでおじさんと知り合ったの?」
「あぁ…………実はよ、錦山のおじさんと知り合ったのはつい最近なんだ」
遥の問いに対し、海藤は正直に打ち明ける。
元々彼は嘘をつくのが苦手な性分で、それが年端も行かない子供相手なら尚更の事だった。
それを聞いた遥はわずかに訝しむ。
「もしかして……お兄さん達もヤクザ?おじさんの事を狙ってるの?」
「あぁいや、狙ってるっつーか……」
海藤は言葉に詰まる。
実際にライバル心を燃やしているのは事実だが、ここでそれを言ってしまえば遥の抱く海藤の心象は最悪なものになってしまう。
と、そこへ東が助け舟を出した。
「自分と海藤の兄貴は、錦山のおじさんとある人を会わせたいんだ」
「ある人?」
「うん、その人は錦山のおじさんとお話がしたいって言っててね。それで探していたんだよ」
東の言っている事は嘘ではない。
彼らの受けている命令は"錦山を連れて来い"というものである。
もしも始末するつもりなのであれば最初からそのように動いた方が効率が良く、仮にそのような思惑であれば彼らのような一介の若衆や下っ端にお鉢が回って来るとは考えにくい。
つまり彼らに命令を下した若頭の思惑は錦山の始末では無く、錦山と直接会う事に他ならないのだ。
「…………」
しかし、遥は警戒心を解く事は無かった。
それどころか、黙りこんで真っ直ぐ東を睨みつける。
「あぁ……えっと…………」
その無言の圧に押されてしまう東。
小学生の女の子に押し負ける東にも情けない部分がある事は否めないが、遥の肝が座りすぎているとも言えた。
「……もしもお兄さん達の言ってる事が本当だとしても、私はその"ある人"の事が信じられない。これ以上おじさんの事いじめないで」
遥は年齢も背丈も倍以上違う海藤達に真正面から向かい合ってそう言ってのけた。
彼女にとって自分や錦山を狙う"ヤクザ"という人種は、真っ先に警戒するべき存在である。
遥の母親を探す手伝いをしてくれているだけでなく遥自身を守る為にも身体を張ってくれた錦山は、今の遥にとって紛れもない恩人なのだ。
そんな錦山が動けない今、遥はたとえ無謀であったとしても逃げずに立ち向かう。
生きる事は逃げない事。
それが彼女の人間性。長らく顔を合わせていない"父"の教えの賜物だった。
「おい東、警戒させてどうすんだよ」
「す、すんません……」
助け舟を出したつもりが逆効果になってしまい落ち込む東。
遥達にとっても東達にとっても、今の状況は決して良いとは言えない。
錦山が目覚めない事には遥も母親探しの続きを出来ないし、海藤達も命令を果たすことができないのだ。
「はぁ……ま、仕方ねぇか」
海藤は一つため息を吐くと、備え付けのソファに腰かけた。
ローテーブルの上にあるメモ帳とペンを拝借し、メモ紙に文字を書き込んでいく。
「兄貴?一体何を……?」
「黙って見てな」
海藤は淀みなくペンを走らせると、それをメモ帳からちぎって遥に渡した。
「遥ちゃん。おじさんが起きたら、これを渡しておいてくれないか?」
「これは……?」
「俺からおじさんへの手紙だ。それさえおじさんが見てくれりゃ、俺らの用事はひとまず終わりだ。おじさんの事は傷付けないって約束する」
それは海藤が咄嗟に思いついた策。
わずかな時間ながらも拳を交え、その目で見定めてきた錦山彰という一人の男の人間性を信じた策だった。
もしも錦山が海藤の思った通りの男であれば、この策はきっと成功する。
「……うん、分かった」
少しだけ躊躇った後、遥はその手紙を受け取った。
実際にここまで錦山を運んでくれたのは海藤であり、遥も海藤達本人に敵意や悪意が無いのは分かっていたからだ。
「ありがとよ遥ちゃん。…………母ちゃん、見つかるといいな。何もしてやれねぇけど、応援してるぜ」
「……ありがとう、海藤のお兄さん」
「おう。東、帰るぞ」
「へ、へい!……遥ちゃん、気を付けてね!」
「うん、東さんもね」
それぞれ遥に声をかけ、海藤達は柄本医院を出た。
エレベーターに乗り込んだところで東が口を開く。
「兄貴……錦山さんに何を伝えたんですか?」
「あ?別に大したことじゃねぇよ。ただ……」
「ただ……?」
「…………アイツは必ず来る。必ずな」
海藤はそう言って薄らと笑みを浮かべた。
彼は確信していたのだ。
錦山彰という男は、必ず自分の期待に応えてくれると。
『はぁ、はぁ、はぁ……!』
どこかぼんやりした意識の中、気付けば俺は一心不乱にそこを駆け巡っていた。
時刻は夜。扉や内装、外の景色等から察するにフェリーのような大きな船の上なのだろう。
各所で火の手が上がっており、危険な状態であると言えた。
(夢か、これ……)
俺は今の状況をそう理解した。
直前の記憶と今の状況とあまりにも違い過ぎるからだ。
『はぁ、はぁ……どこだ、桐生……!』
口が勝手に言葉を紡ぐ。
この夢において、俺の意思は反映されないらしい。
そしてどうやら、夢の中の俺は桐生を探しているようだ。
(この感じ、どこかで……)
俺はこの光景に既視感を覚えた。
確か以前、これとよく似た状況に陥った事があったはず。
『っ、桐生……!』
ふと、視界に映った桐生の姿を見て俺は合点がいった。
桐生は半裸の状態で一人の男のマウントを取り、その拳を振り下ろしていたのだ。
その背中の龍には色が入っておらず、年齢も若い。
それは17年前の光景。カラの一坪事件における最終局面での出来事だった。
『ウラァ!ウラァ!!』
怒りに燃える若き龍は、その身を焼くほどの激情のままに拳を振り下ろしている。
相手にもう抵抗する力はなく、その暴力は明らかに過剰なものだった。
それ以上やれば取り返しのつかない事になる。
だが桐生は、拳を振るうのを止めなかった。
『やめろ、桐生!!』
夢の中の俺が桐生のいるところに一目散に駆け出す。
最後の一線を越えようとする兄弟を止めるために。
そして。
『うぅぅぉぉぉぉおあああああああああああッッ!!』
桐生がトドメの一撃を振り下ろす寸前、俺はタックルの要領で桐生に飛び付いた。
ギリギリ間に合ったのだ。
後にコイツの背負う"堂島の龍"という看板が、悪名となってしまう前に。
『駄目だ、桐生!』
『錦……?』
夢の中の俺が涙目になりながらに訴える。
当時の俺は、心のどこかでずっと桐生がどこか自分の手の届かない場所に行ってしまうような気がしていた。
その最たる出来事が今、目の前で起きようとしていたのだ。
『越えちゃ、ならねぇ!その一線越えちまったら、戻って来られなくなる……!こいつ殺したとこでなんにもならねぇだろうが!』
『お前……』
止めなくちゃならない。
コイツをここで止めなきゃ、色んな人間が悲しむ。
桐生一馬という人間は、こんな所で"黒"に堕ちていい人間じゃない。
『勝手に先走んじゃねぇよ……兄弟!踏みとどまれ……!いつか……最後の一線を越えなきゃならねぇ時が来たら!』
そこで俺は、桐生に約束したのだ。
もしもこの先どうしようもなくなって、桐生が向かおうとしていた場所に足を踏み入れる事を余儀なくされたら。
そしたら。その時は。
『そん時は俺も一緒に越えてやる!!』
だから、と。
その先を紡ごうとしたのを最後に、懐かしい夢が終わりを告げた。
「………………………………ぅ」
最初に感じたのは、光。
それをキッカケに曖昧だった意識が明瞭になっていく。
「錦山くん……?」
ふと、耳に聞き慣れた声が聞こえてきた。
どこか艶っぽさのある、それでいて慈愛に満ちた声音。
「れい……な……?」
「錦山くん、良かったぁ……」
そこで意識がハッキリする。
目が光に慣れ始め、ゆっくりと瞼を開いた。
「麗奈………」
俺の視界に映ったのは昔なじみ麗奈の顔だった。
どうやら俺は一命を取り留めたらしい。
「っ、そうだ、遥は、っぐ、ぅぉおぁ……ッッ!?」
意識が途切れる寸前まで目の前にいた遥の無事を確かめようとして、俺の身体が激痛を訴えた。
特にドスで貫かれた左手の痛みが酷く、拳を握るどころか指の一本すらもまともに動かせる気がしない。
「無理しちゃダメよ錦山くん!遥ちゃんなら無事よ」
「ほ、本当か……?」
「えぇ、今はセレナで伊達さんと一緒よ。どこにも怪我はないわ」
「そうか…………」
安堵した俺は身体の力を抜いた。
それに伴って先程走っていた激痛も次第に引いていく。
ふと、見知らぬ天井を見上げた事で俺は今更ながら思い至った。
「そういや、ここはどこなんだ……?セレナじゃねぇみたいだが……」
「ここは俺のヤサだよ」
俺の問いに答えたのは麗奈でも伊達さんでも無かった。
現れたのは白衣を着た一人の壮年の男。
見た目から察するに恐らく医者なのだろうが、どうも俺には真っ当なカタギには見えなかった。
「柄本ってモンだ。神室町で町医者をやってる」
「そうか……助かった、礼を言うぜ」
「フン、礼なら後でコイツに言いな」
そう言うと柄本は俺に一枚のメモ紙を渡してきた。
中には文章が書かれている。どうやら手紙の類いらしい。
「お前をここまで運んできた奴からの預かりもんだ。起きたら渡すように言われてる」
「そうか……」
俺は柄本から渡された手紙を受け取り、目を通した。
差出人の名前は"海藤正治"。
出所してから何かと縁がある松金組の若衆だ。
"今日、勝手ながらバッティングセンターで倒れてたアンタをここまで運ばせてもらった。あのままじゃ死んじまってただろうし、何よりアンタと一緒にいた嬢ちゃんがあまりにも必死だったもんでな。もしもこの事に恩義を感じているのなら、まずはお嬢ちゃんに一言何か言ってやれ。そして明日の夜、喫茶アルプスに来い。お前に会わせたい人間がいる。待ってるぞ。海藤正治"
「海藤……」
奴は昨日、組の命令で俺を痛め付けて連れてこいと命令されていると言っていた。
しかしその時は遥を救おうとする俺に休戦を持ちかけ、今回はなんと敵であるはずの俺をあの状況から救い出してくれたらしい。
どうやら、応えなくてはいけないようだ。
「……アンタ、その様子じゃまだ無茶をするつもりなんだろう?」
ふと、柄本が俺に声をかけた。
「……どうしてそう思うんだ?」
「この街で医者やってりゃ、お前みたいなのは沢山相手にする。アンタの目もそいつらと変わらない、このまま終わるつもりはねぇって目だ」
柄本は俺の魂胆を見透かすと、一つの紙袋を渡してきた。中にはいくつかの錠剤とカプセルが入っている。
「コイツは?」
「速効性のある痛み止めと活力剤だ。切り傷や左手の風穴に関しちゃ傷口を縫わせて貰ったが、その痛みじゃ満足に動く事も出来ねぇだろう。もしもまだこの街で無茶やらかすってんなら、それを飲む事だな」
それは今の俺にとって、何よりも有難い支援だった。
流石、ヤクザを相手に商売をしてきただけの事はある。
俺達みたいな人種には、たとえ怪我をしてたとしてもやらなきゃならない時があるって事をよく理解してると言えるだろう。
「あぁ……分かった」
俺は紙袋を受け取ると、ゆっくりとベッドから起き上がった。
「錦山くん、大丈夫なの?」
「正直万全とはいかねぇが……ひとまずはセレナに戻ろう。伊達さんと遥が待ってる」
「……分かったわ。肩、貸してあげる」
「へへっ、心配すんな麗奈。これくらい、一人で歩ける……っ!」
しかし、そう言って立ち上がった直後に俺は強烈な立ちくらみに襲われた。
平衡感覚を失い、倒れかけた俺の身体を誰かが支える。
麗奈だった。
「もう、変なところで意地張らないの!」
「ぐっ、ぅ…………ちっ、情けねぇ……」
格好悪い所を見せてしまった事を恥じるのは、見栄を張ってナンボのヤクザ気質からだが、どうもカタギの麗奈にとっては関係の無い話らしい。
「すまねぇ……もう大丈夫だ」
「本当に?嘘だったら怒るわよ?」
「あぁ、今度は嘘じゃねぇよ」
「そう…………分かったわ」
訝しみながらもひとまず信じてくれた麗奈。
実際のところは痩せ我慢なのだが、動けないなんて言ってられる場合じゃないのも事実だ。
闘いはまだ終わらないのだから。
「先生、ありがとうな。代金はいずれ払いに来るからよ」
「そうかい、ならそれまで死なねぇ事だな。お大事に」
俺は短く礼を言うと、背中に柄本の軽口を受けながらその場を後にする。
外はもう、薄らと明るくなっていた。
如何でしたか?
次回は本編か断章か、少々決めあぐねています。
時間はかかるかと思いますが、お届け出来ればと思います。