多くは語りません。サブタイトル通りですw
それではどうぞ
2005年。12月8日。時刻は午後14時。
新宿、神室町の地下深くにある"賽の河原"。
その最奥にあるモニタールームにてこの空間の主である"サイの花屋"が、中央のメインモニターを見つめていた。
「……」
いつもであればサポートに回しているホームレス達も、今は席を外させている。
彼以外には誰も居なかった。
「…………」
モニターに映っているのは、二人の男女の姿だった。
男の方は迷彩柄のパーカーに緑色のニット帽を被っており、女はデニム生地のワンピースを着たお淑やかそうな見た目をしている。
この映像に映る男こそ、花屋が大昔に別れた息子である"タカシ"なのだ。
「ふぅ…………」
おもむろに葉巻を咥えて火を点ける。
吐き出される有害な煙には、花屋の複雑な胸中が多分に含まれていた。
今日、花屋がこの場の人払いをしたのは他でもない。
別れた家族に未練のあるような情けない姿を見せないようにする為だ。
それがひいては賽の河原のボスとしての威厳を保つ事にも繋がる。
「……………………」
映像の中でタカシ達は同じベンチに座っていたが、互いの態度は正反対だった。
タカシは金属バットを杖のように着いていて、どこか落ち着きがなく何かに脅えているような様子。
対して隣に座る女は黒いカバンを大事そうに抱えており、姿勢を正して毅然とした態度で座っている。
おそらくは、隣にいるタカシの事を信頼しているのだろう。
「……………………………………」
人払いをして人の目を気にしなくなった花屋は、その映像を食い入るように見つめる。
故に彼は、背後から現れた男の存在に気付くことが出来なかった。
「それがアンタの息子か?」
「っ!?錦山、お前、いつからそこに……!?」
驚く花屋をよそに、錦山はメインモニターに映った女を見て呟いた。
「ほぉ……いい女じゃねぇか」
錦山はかつての現役時代に色んなバーやスナック、キャバクラ等を飲み歩く事で常にアンテナを張っていた。
その過程で色んな女を目のあたりにして来た錦山だが、そんな彼から見てもその女は光るモノを持っていた。
「まだ歳若いが、あと数年もすりゃとんでもねぇ美人に化ける逸材だ……良い趣味してんな、アンタの息子さん」
「フン……ま、悪かねぇ」
鼻を鳴らす花屋。
モグサからの情報通り機嫌の悪そうな態度を取る彼だが、息子の女の趣味がいいのは認める所らしい。
しかし、花屋が懸念している点は別にあった。
「……どこぞの組長の娘でなけりゃな」
花屋はこの街において伝説の情報屋とまで呼ばれた男だ。当然、息子の選んだ女の事は調べ尽くしている。
その結果、息子の惚れた女は自分が散々自分が毛嫌いしているヤクザの娘である事が分かったのだ。
「この街の組か?」
「いや……浅草のケチな組さ」
跡部京香。
浅草を拠点とする任侠集団"跡部組"の組長である跡部京三の一人娘。
それが、花屋の情報網が拾った女の情報だった。
「デート……って雰囲気じゃなさそうだな。何かあったのか?」
「お前にゃ関係ねぇ話だ。それに今はお前向きの情報も来ちゃいねぇ。分かったらさっさと帰んな」
「なんだよ、つれねぇな」
「人の恋路にクビ突っ込むような野暮な事はするもんじゃねぇよ。大体、お前そんな事してられる立場じゃねぇだろうが」
素っ気ない態度を取る花屋。
口ではアレコレ言ってるが、花屋も一人の親。
心配するなという方が酷な話だろう。
錦山に対する雑な扱いも、その胸中を鑑みれば致し方ない事なのかもしれない。
「そうかよ……邪魔したな、花屋」
錦山は一言そう残し、モニタールームを後にした。
非常階段から上へと登って、水槽のある大部屋へとたどり着く。
その時。
「ん?」
大部屋の扉が開き、一人の男が足を踏み入れた。
白髪混じりの頭髪を後ろの撫で付けた壮年の男。
彼の持つ雰囲気と貫禄に、身に纏った灰色の着物がよく似合っている。
それはまさに、日本の古き良き時代の"旦那"という言葉が相応しい出で立ちだった。
「失礼、そこの
ふと、男は見た目通りの古風な口調で錦山に尋ねた。
男は花屋に用事がありここを訪れたと言う。
つまり花屋にとって"客になるかもしれない男"だった。
「なんでしょう?」
「アンタ……ここの主をご存知かい?」
「えぇ……花屋に御用で?」
「あぁ。ここに居るって話だったんだが……知ってるかい?」
男は花屋の所在を問う。
落ち着きこそ孕んでいるもののその瞳は真剣そのものだ。
余程知りたい情報があるであろうその男に、錦山は快く返答した。
「えぇ……花屋ならこの下にいます。そこの扉が非常階段になってますから、そこから降りれますよ」
「そうかい…………恩に着るぜ」
男はそう答えると、錦山の横を通り過ぎてやや急ぎ足で扉へと向かっていった。
「あぁ、そうそう。ついでに一つ」
そんな男を、錦山は振り返らずに呼び止めた。
「なんだ?」
「見た所、随分お急ぎの様子だ。余程知りたい情報があるとみえますが……あまり期待はしない方が良いと思いますよ」
「そいつぁ……どういうこった?」
疑問に思う男に対し、錦山は振り返らぬままこう続けた。
「花屋は、極道者が嫌いなんですよ。俺やアンタみたいな、ね……」
「!」
錦山は男の纏う服装や立ち居振る舞いから、彼の素性がカタギでない事を見抜いていたのだ。
東城会を相手に大立ち回りをしている元チンピラという立ち位置を面白がられている自分とは違い、唯のヤクザ者であるこの男に花屋が素直に情報を売るとは思えないと考えた錦山は、その事を忠告したのだ。
ヤクザ嫌いの花屋が、ヤクザ者の彼に欲しがる情報を売ってくれるか分からない事を。
だが、それをわざわざ告げたのには別の理由もあった。
「……それを分かってて、アンタは花屋と俺を引き合わせようってのかい?」
「えぇ。ついさっき、どういう訳か邪険に扱われたばっかりなんでね。俺なりの意趣返しって奴ですよ」
機嫌が悪いからと顧客をぞんざいに扱うとこういうしっぺ返しが来る。錦山はそれを分からせるためにあえて今回の行動に出たのだ。
「フッ……そういう事か。兄ちゃんも人が悪い」
男がその行動に思わず口元を弛め、錦山もまた不敵に笑う。
しかし、その後に男は毅然とした口調で言った。
「ご忠告痛み入るが、俺ぁその"花屋"に呼ばれてここに居るんでな。俺がヤクザ者である事はあちらさんも承知の上だ、心配は要らねぇよ」
「そうだったんですか。そりゃどうも、失礼致しました。それじゃ俺はこれで」
錦山はそう告げると、今度こそ大部屋から立ち去った。
残された男はふと思い返す。
(あの男……態度こそ少し軽薄だったが礼儀はキッチリしている。それにあの目…………)
男にとって印象深かったのは、錦山の双眸だった。
ギラギラした野望に満ちていながらその奥に優しさを湛えた綺麗な眼差しは、彼の率いる組織の若い衆の中でも持っている者は居ない。
今の極道達が忘れ始めた、古き良き義侠の心を宿す瞳だった。
(フッ……日本の極道にもまだ、あんな目をした男が居るとはな…………)
ここに来るまでに、過酷な道を歩んできた男。
何度も悲しみ、何度も嘆き、何度も苦しんできた自らの極道人生。
しかし、自分達の生きる極道の世界にもまだあんな男が居るのなら。
彼や彼の組の連中が生きる道が、決して無駄なものではないと希望が持てる。
(俺達の生きる渡世も、まだまだ捨てたもんじゃねぇな…………!)
跡部組組長。跡部京三。
極道の未来に差し込んだ一筋の光に、彼は静かに微笑んだ。
〜12月8日14時25分 吉田バッティングセンター店内の防犯カメラ映像より〜
神室町、吉田バッティングセンター。
店舗やテナントの入れ替わりが激しい神室町において、およそ30年以上前から変わらぬ姿を保っている、歴史ある遊戯施設だ。
そんなバッティングセンターのとある一角にあるベンチに、一組の若い男女が座っていた。
ジーンズ生地のワンピースを着た女と、迷彩柄のパーカーにモスグリーンのニット帽を被った男。
歳若い男女が二人一緒にいるその様は、正しくカップルの姿と言えるだろう。
しかし、二人の醸し出す雰囲気はデートというにはあまりにも重すぎた。
『……』
『……』
女の膝元には黒い鞄が置かれており、彼女はそれを大事そうに抱えている。
一方、男の方は金属バットを杖のように持ち、その先端で何度も地面を小突いていた。
さながら貧乏ゆすりのように。
『……!』
その時、入口のドアが開いて一人の男が店内に足を踏み入れた。
それに気付いたパーカーの男は即座に反応を見せるも、すぐに男から顔を逸らす。
『…………』
店内に足を踏み入れた男の見た目は30代後半。
黒いスーツとスラックスに、白いワイシャツをネクタイ無しで着用し、襟はジャケットの外に出ている。
そんな如何にもヤクザ者のような格好をしていた男が入ってきたら、大抵の人間は目を逸らすだろう。
パーカーの男もそれは同じ。
だが、目を逸らした動機については一般人のように恐怖から来るものでは無い。
『……!』
パーカーの男が意を決してベンチから立ち上がる。
そして後ろを向いたままの男へと静かに忍び寄った。
彼がスーツの男から目を逸らした動機は、怪しまれずにこういった行動に出る為だ。
そして。
『ぬぁぁあああっ!!』
パーカーの男が勢いよく金属バットをスーツの男に振り下ろす。
それを見ていた女が思わず目を逸らすのと、バットで何かを叩いた鈍い金属音が鳴るのは同時だった。
『…………おいガキ、こりゃ何の真似だ?』
しかし、スーツの男はまるで意に返す事無くその一撃を左腕で受け止めていた。
並の人間であれば先の一撃で昏倒は必至。今回のように腕で受け止める事に成功したとしても骨折は確実だ。
だが、スーツの男はその見た目の通り数々の修羅場を潜ってきた猛者。この程度の一撃で倒されるような三下では無かったのだ。
『クソ……!京香逃げろ!』
『うん!』
パーカーの男の指示に従い、京香と呼ばれた女がバッティングセンターを飛び出していく。
その後彼はスーツの男と距離を取り、その先端を突き付けながら問いかける。
『…………一人か?』
パーカーの男の声は何かに怯えているのか、若干小刻みに震えている。
それを見たスーツの男は様子がおかしい事に気付く。
まるで大勢が来る事を想定していたような口ぶり。
パーカーの男には、スーツの男のような格好をした連中に追われるような心当たりがあるのだろう。
当然、スーツの男には心当たりなどないのだが。
『待てよ、何か勘違い』
『うるせぇぇえ!組長に言っとけよ。娘さんは……京香は俺が幸せにしますってなぁ!!』
言うが早いか。
パーカーの男が再びバットを振り上げて襲いかかる。
狙いは頭。一撃で昏倒させるのを狙った一振り。
『っと!』
しかし、スーツの男は手練の猛者だ。
狙いが分かっている一撃など、容易く躱してみせる。
『この野郎!』
続いて二回、三回と振り回すタカシ。
乱雑かつ大振りの攻撃は軌道が単調で、スーツの男はこれまた苦もなく避け続けた。
『クソっ、うおおおおっ!!』
ヤケになったパーカーの男が得物を大上段に振り上げる。
そして、その瞬間を待っていたようにスーツの男は動いた。
『はっ!』
一気に間合いを詰めると、獲物を握って振り上げられたパーカーの男の両手を自らの両手で押さえ込む。
これでバットが振り下ろされる事は無い。
直後。
『うぐほっ!?』
パーカーの男の腹部に衝撃と激痛が走った。
スーツの男が両手を抑えたまま、がら空きになった腹部に膝蹴りを叩き込んだのだ。
『げホッ、ごホッ』
地面に倒れ込んで咳き込むパーカーの男。
その手に、先程持っていた金属バットは無い。
『おう。これで少しは聞く耳持つかよ?』
『っ……!?』
パーカーの男の得物である金属バットはスーツの男の手に渡っていた。
男はバットの先端をパーカーの男の眼前に突き付ける。
それを持って、この喧嘩は完全なる決着が着いた。
『クソォ……頼む、見逃してくれ』
『おい』
『そうだ、金を山分けしようぜ!俺達が逃げた事にすりゃ』
『おい!!』
『っ!?』
全く話を聞かないパーカーの男に痺れを切らしたスーツの男が怒声を浴びせた。
『見逃して欲しけりゃ落ち着いて俺の話を聞け。さもないと……もっと痛い目に遭う事になるぞ。返事は?』
『は、はい!』
『よし』
スーツの男はそういうと、パーカーの男に突き付けていた金属バットを捨てて、手を差し伸べた。
『ほら、立てよ』
『あ、あぁ……』
パーカーの男はその手を取り立ち上がる。
それを確認したスーツの男は、両手を広げて敵意が無いことをアピールした。
『結論から言うぜ。俺はただの通りすがりだ』
『えっ?じゃあアンタ……跡部組……』
『じゃない。今はこんなナリだが、れっきとしたカタギだ』
『そ、そんな……』
スーツの男はおもむろにタバコを取り出すと、慣れた手つきで火を付けた。
有害な煙を吐き出して一息付きながら、スーツの男は忠告した。
『まぁ、バットで殴りかかられた分はさっきの膝蹴りでチャラにしといてやるよ。ただ……もしもこの街のヤクザに同じ事してみろ。命がいくつあっても足りねぇぞ?』
『っ……!』
パーカーの男は思わず息を飲む。
スーツの男の話す言葉に、生々しいくらいの説得力があったからだ。
『い、いきなり殴りかかったりして、悪かった……』
『素直でよろしい。さ、理由を話せ。どうなってるんだ?』
ベンチの傍にある筒型灰皿に灰を落としながら、スーツの男は問いかける。
それに対し、パーカーの男は呟くように語った。
『追われてるんだ……俺たち』
『追われてる?誰から?』
『京香の親父……"跡部組"から』
それを聞いたスーツの男は納得したように頷いた。
『京香……さっき逃げたお前の女か』
『……あぁ』
『なるほどな、話が読めてきたぜ……つまりあの京香って女の親父は、お前に娘を渡したくないから追ってるって事だな?でもって、お前らは二人で駆け落ちでもしようって肚な訳だ』
スーツの男の問いにパーカーの男が黙って頷く。
それを聞いたスーツの男は思わず破顔した。
若さゆえの勢いの良さに、どこか懐かしさを覚えたからだ。
『はっ……良いねぇ!青春してんじゃねぇか、このマセガキめ』
『うるせぇ!……そうだ、俺早くアイツの所に行ってやらねぇと!』
『何処にいるんだ?』
『デボラってクラブだ。劇場前の』
『デボラ……また聞いた事のねぇ店だな……』
パーカーの男は知る由もないが、スーツの男はつい数日前まで刑務所に居た前科者なのだ。
彼の決して少なくない刑期の間に神室町は大分様変わりをしてしまっている。店の名前を知らないのも無理は無かった。
『なぁ、アンタ。悪ぃけどもう行っていいか!?』
『ダメだ』
パーカーの男に対してそう言ったのはスーツの男では無かった。
その直後、バッティングセンターの入口から、5人の男たちの集団が入ってくる。
先程の声の主は、その先頭に立っているリーダーの男の声だった。
『お前ら……!』
『タカシ。お前チーム抜けるってよ……メールで済む話じゃねぇだろうが!』
彼らはB-KING。
この街を根城にするギャングチームの一つであり、パーカーの男"タカシ"がつい数時間前まで所属していたチームでもあった。
『後で……筋は通すつもりだったんだ!』
『いいや、お前はトンズラするつもりだった。んな根性だからよ……パシリで鍛えてやってんだろうが!』
リーダーの男が怒鳴り散らす。
チームを抜けるという彼らからすれば大切な報告を携帯電話のメールだけで済まそうとしたタカシの不義理な行動に、リーダーの男は憤っていた。
『今急いでんだ!』
『ナメてんじゃねぇぞコラァ!』
まさに一触即発。
次の瞬間には大乱闘になりかねない状態の中、スーツの男が静かに動いた。
『あ?なんだオッサン』
リーダーの男がスーツの男に対して凄むが、決して怯むことは無い。
いくつもの修羅場を潜ってきた彼からしてみれば、リーダーの男の凄みなど猫の威嚇と大差無いのだ。
『行けよタカシ』
『アンタ……』
『さっき、俺は通りすがりだって言っただろ?バッティングセンターに来たからには、やる事は一つ』
スーツの男は先程捨てたバットを拾い上げると、リーダーの男に突き付けながらこう言い放った。
『今日、ちょうど打とうと思ってたのさ……ひねくれたカーブをよ』
不敵な笑みを浮かべるスーツの男に、リーダーの男は激高する。彼の発言は、明らかに自分たちを小馬鹿にしたものだったからだ。
『んだとぉ!?』
『ほら、さっさと行けよ!』
『……すまねぇ!』
タカシは頭を下げると、バッティングセンターの裏口に続く通路へと逃げこんだ。
これで彼は無事に、恋人の京香と合流できるだろう。
『オッサン……今更謝っても遅せぇぞ?』
『テメェらこそ、人の恋路を邪魔するような野暮な事はするもんじゃねぇよ?そういう輩は大抵、馬に蹴られて地獄に落ちんのさ』
『んだとオラァ!!?』
ヒートアップしていくリーダーの男。
それに追従するように、背後のチームメンバー達も続々と殺気立っていく。
そんな彼らの事など意に返さず、スーツの男は目線を監視カメラに向けてこう言い放った。
『おい、一つ貸しとくからな!』
『何言ってっか分からねぇけどよ……地獄ならこれから俺らが落としてやるよ!死ねやコラァ!!』
神室町のギャング、B-KING。
以降の映像は、彼らとスーツの男による暴力行為の一部始終を捉えた映像になるだろう。
閲覧には、要注意だ。
という訳でひねくれたカーブ回でした
このシーンは印象に残ってる人も多いんじゃないでしょうか?
果たして錦は二人を守れるのか。
次回もお楽しみに