伊達さん親子エピソードが意外と長引きそうです。
2005年12月8日15時45分。
神室町、天下一通り裏の第三公園にて錦山は伊達の娘である沙耶を見つけることに成功した。
ただし、同級生と二人で援助交際の真っ只中という最悪のタイミングで。
「ふぅ……」
錦山は沙耶達二人を公園のベンチに座らせると、煙草を吹かした。
空へと溶けていく煙を見上げてから、錦山は改めて沙耶に問う。
「さて、色々と聞きたいことはあるが……お前、ホントに伊達さんの娘さんなんだな?」
「……だったら何よ?」
沙耶は不貞腐れた態度でそう返す。
錦山は彼女の態度に関しては気に留めず、今問うべき事を問いかけた。
「伊達さんはこの事知ってんのか?」
「はぁ?」
錦山のその問いに疑問の声を上げたのは沙耶では無く、一緒にいた金髪の少女だ。
その声音からは"有り得ない"と言ったニュアンスが含まれており、そう思ったのは沙耶も同じだった。
「知ってる訳ないじゃん!頭おかしいんじゃ無いの!?」
「ま、そうだろうな…………」
沙耶の無礼な物言いに対し、錦山はあくまで冷静にそう応えた。その返答は、錦山にとって予想していたかものに過ぎなかったからだ。
「な、なによ?」
「自分の親に"その場の金欲しさで男に股開いてました"……なんて言える訳ねぇだろう。俺が親なら卒倒するぜ」
錦山は吐き捨てるようにそう言った。
欲望と権力が渦巻く神室町において、売春行為に手を染める女性は少なくない。
理由はただ一つ。金を手にする為だ。
(愛想つかして出ていったっつっても、養育費は伊達さんが払っている筈だ。なら、それなりに真っ当な生活が送れている筈なのに……)
生きる為の金を手に入れるための手段であるならばいざ知らず、沙耶はその場の金欲しさでそのカラダを安売りしようとしていたのだ。
錦山はそのあまりの短絡さと浅はかさを嫌悪していた。
「……か、関係ないでしょ!チクリたきゃチクりゃいいじゃん!」
「馬鹿。こんな事、赤の他人である俺の口から説明させんじゃねぇよ。やった事にキッチリ責任持ってお前の口から説明しやがれ」
「フン、冗談じゃない!肝心な時に何もしてくれないあんなダメ親父になんて、説明する義理なんか無いっつの!」
沙耶は勢いよく立ち上がった。
一刻も早くこの場を立ち去りたいのだろう。
「とにかくお金が必要なの!ほっといてよ!」
「ちょっと待った!」
公演を出ていこうとする沙耶を、錦山は呼び止めた。
「なによ!まだ何か、用……えっ?」
その行為を煩わしく思った沙耶が語気を強めて振り返った直後、沙耶は思わずそんな声を上げた。
それもそのはず。
自分に説教を垂れた上で父親を連れて来てもおかしくないこの男は、どういう訳か一枚の紙幣を沙耶に差し出していたからだ。
その額、一万円。
「……なに?」
「有益な情報を貰えれば小遣いをやる。そういう約束だっただろ?ちょっと予想外だったが、俺は目的を果たせた。これは報酬だ、受け取れよ」
「……フン!」
沙耶は鼻を鳴らすと錦山の手から紙幣を奪い取り、足早にその場を立ち去って行った。
「沙耶!」
「ふぅ……やれやれ…………」
ため息と共に煙を吐く錦山。
その顔には、この事を伊達が知ったらどうなるのかという不安が浮かび上がっていた。
「……ねぇ、オジサン?」
「ん?なんだ?お前も金が欲しいのか?」
「いや、そうじゃなくて…………オジサンは、沙耶の味方?」
沙耶と一緒にいた金髪の女子高生が錦山にそう尋ねる。
それに対し、錦山はこのように回答した。
「正確にはあの子の親父の味方なんだが……まぁ、似たようなもんだ」
「……そっか」
それを肯定的に捉えたのか、女子高生はポツポツと語り始めた。
「実はね……沙耶、変な男にハマっちゃってるんだ」
「変な男?」
「うん、正太郎とかいう奴。チャンピオン街のシェラックってバーの」
「シェラック……」
錦山はその店の名前に覚えがあった。
(その店……まだあったんだな)
10年前、彼がまだ現役の頃に顔を売って懇意にしていた馴染みの店の一つだった。
「それで、その正太郎ってのはどんな男なんだ?」
「なんか金のかかる男なんだって。それであの子、あんな事までして遊ぶ金作ろうとしてるの」
「なるほどな……」
巧みな話術で女を落として依存させ、惚れた弱みに漬け込んで金を搾取する。
その正太郎という男は、紛れもない女たらしという事なのだろう。
(本当にカタギか?そいつ……)
女を利用するだけ利用し、干からびたら捨てる。
そんな事をやる連中は神室町では珍しくない。
かつては錦山もそうやって金を作っていたヤクザを何人か認知しており、そう言った手合いから誘いを受けた事もある。
もっとも、それは彼自身の流儀に反するので丁重に断ったのだが。
「ねぇオジサン……あの子ヤバいかも。オジサン強そうだし、沙耶のお父さんの友達なんでしょ?何とかならない?」
「そうだな……」
本来は錦山には関係の無い話なのだが、彼は放ってなど置けなかった。
伊達は今や、錦山の追いかける事件にとって欠かす事の出来ない存在なのだ。彼が居なければたどり着けていなかった部分もあるだろう。
今こそ、その恩義に報いる時だと錦山は結論付けた。
「良いぜ、後の事は任せときな。ほらよ」
「ん……?」
錦山は金髪の女子高生にも一万円を差し出した。
疑問符を浮かべる彼女に、錦山は語りかける。
「俺を信用して、正太郎の情報を教えてくれただろ?その対価だ」
「いいの……?」
「今の俺にとっては有益な情報だったんでな。沙耶にだけ金を握らせたんじゃ不公平だろ?俺ぁ、そういうのはフェアで行くタチなのさ」
「そっか……じゃあ貰っとく。ありがと、オジサン」
「それと……」
錦山は紙幣を受け取ろうとした女子高生の手を引き、自分の元へ軽く引き寄せた。
「な、なに?」
困惑する彼女の顔を覗き込みながら、錦山は真剣な眼差しでこう告げた。
「悪い事は言わねぇからよ、もう売春なんかやめとけ。良い女ってのは、意外と身持ちが堅いもんだぜ?」
「は、ぇ、っ?」
「その辺がもちっと分かって大人になったら、また声かけてくれや。その時は喜んで付き合うからよ」
そう言って手を離し、錦山は一万円を彼女に握らせてからその場を後にする。
彼なりに彼女の事を慮った、真摯な忠告だった。
その忠告は、確かに彼女の心を打った
しかし同時に。
(やば……あの人、めっちゃイイんだけど…………!)
神室町のとある店で一夜限りのNo.1として君臨した経験もある錦山の整った風貌と大人の魅力が、一人の少女の心を奪い去って行ったのだった。
神室町、チャンピオン街。
店舗やテナントの入れ替わりや再開発が盛んに行われる神室町において、戦後の頃から変わらぬ姿を保っている長屋造りの飲み屋が軒を連ねる一帯だ。
バブル経済の折に再開発の利権を狙う東城会のヤクザによる地上げなども行われていたが、住民たちの結束によりそれを退けることに成功して今日までの姿を保ってきた。
俺はそんなチャンピオン街の数ある店舗の一つである"シェラック"に足を運んでいた。
10年前と変わらないドアを開けて、店内へと足を踏み入れる。
「いらっしゃい……って、アンタは……!?」
「よう、久しぶりだなマスター」
バーカウンターの奥にいたマスターは、俺と目が合うなり驚きの表情を見せた。
律儀で寡黙な性格が売りだったはずのマスターだが、流石に十年ぶりにいきなり現れるのは予想外だったらしい。
「10年ぶりだな、錦山の旦那。まさか神室町に帰って来てるとは思わなかったが……」
「まぁ、色々あってな」
「まだヤクザやってんのかい?」
「いや、お勤め行く前に破門にされてな。今はもうカタギだ」
「そうかい」
俺はマスターの正面の席に腰掛けた。
するとマスターが灰皿を寄越してくれたので、ご厚意に甘えて使わせて貰う事にした。
「ふぅ…………しっかしここは、10年前から変わらねぇんだな。どうだ?あれから儲かってるか?」
「そうだな、つい最近までは順調だったんだが……こないだ、お前がいた所の三代目が殺されただろう?あれ以来、街全体がピリピリし始めてな。常連もビビって姿を見せなくなっちまった。ったく、迷惑な話だぜ」
「そうなのか……」
俺は内心で冷や汗をかいた。
その一連の事件に自分が一枚噛んでいるだなんて、とてもじゃないが言えたものではない。
「せっかくなんだ、何か注文してってくれよ」
「そうだな、そうしたいのは山々なんだがよ。今日はゆっくり呑みに来たわけじゃねぇんだ」
「と言うと?」
世間話もそこそこに、俺は本題に入る事にした。
「今、人を捜しててな。正太郎って奴なんだが……この店にいるって話を聞いてな?マスター、何か知ってるか?」
「正太郎に?アイツなら三ヶ月前に店辞めたが……何か用なのか?」
「辞めた?そうなのか?」
「あぁ……」
マスターは苦い顔をしながら続ける。
「アイツは勤務態度が悪くてな。たまにお客さんであっても失礼な発言するし、無断遅刻やバックレは当たり前だった。まぁ最近の若いもんはそういう手合いが多いらしいが、少なくともウチには置いとけないと判断したんでね。クビにさせてもらった」
「なるほどな」
街中で犬を虐める三下と言い、ウリを持ちかけてくる女子高生と言い、最近は世の中をナメてる若い連中が多いようだ。
「何の用かは知らねぇが、アイツにゃ関わらねぇ方がいいぜ?」
「どうしてだ?」
「こないだ偶然街で奴を見かけたんだがな。明らかにカタギじゃなさそうな連中とつるんでたんだよ。ヤクザか、闇金か……いずれにせよロクなもんじゃねぇ」
マスターの話に俺は眉をひそめる。
何だか話がきな臭くなってきた。
「せっかくお勤めを終えて綺麗な身体になったんだ。自分から好んで厄介事に首を突っ込む事は無いだろう?」
「……俺の知り合いがその正太郎に関わってるらしくてな。今の話を聞いた以上、ますます引けなくなっちまった」
つい先程まで顔を合わせていただけだが、沙耶も立派な知り合いだ。
そんな沙耶が入れ込んでいるというその正太郎という人物。現状、マスターから聞いただけの印象は最悪だが、清濁あってこその人間だ。
この場においてクロだと断定するのは早計過ぎるというものだろう。
俺はなんとしても、正太郎から直接話を聞く必要がある。
「そうかい……なら仕方ねぇ、教えてやるよ」
そして
マスターの口から告げられた正太郎の居場所と正体は、俺にとって意外な場所と人物だった。
「正太郎なら、三ヶ月前からスターダストって店でホストしてるよ。源氏名は……翔太だったか?」
「なに!?」
"スターダスト"の"翔太"。
その店は言わずもがな俺が昨日一晩だけ働いた店で、翔太は俺をヘルプに付ける事でホストのいろはを教えてくれた先輩ホストの名前だ。
(まさか、翔太が……)
俺に色々と教えてくれた時はそのような悪い印象は無く、右も左も分からない俺に大して丁寧に教えてくれたものだ。
その時は良い奴だなと思ったものだが、どうやら店で猫を被っていたらしい。
「知ってるのか?」
「あぁ……こうしちゃいられねぇ」
俺は煙草を灰皿に押し付けると、急いで席を立った。
「悪いなマスター。また今度、ゆっくり寄らせて貰うよ」
「あぁ。その時はムショ暮らしの土産話でも聞かせてくれ」
「へっ、気が乗ったらな。じゃあな」
話を聞くだけ聞いて立ち去る冷やかしのような事をしてしまったが、今は仕方がない。
この詫びはいずれするとしよう。
(居るかは分からねぇが急ごう。もしも上がられちまったら元も子もねぇ)
俺は近場に停車していたタクシーを止めて、飛び乗った。
目的地は当然、天下一通りだ。
(時間は……)
ふと時計を見る。
時刻は16時15分。営業はもう始まっている時間だ。
(よし、流石にいるだろう)
目的地に着いた俺は運転手に料金を払うと、急いで車を降りた。
早足でスターダストへと向かっていく。
「あ、錦山さん。どもっス。今日は出勤っスか?」
「いや、ちょっと用事があってな。邪魔するぜ」
店前にいたホストに軽く挨拶をし、店内へと足を踏み入れる。
「錦山さん、お疲れ様です」
中に入った俺を歓迎してくれたのはユウヤだった。
「おうユウヤ。今日、翔太は来てるか?」
「あぁ、翔太ならあそこに居ますよ」
ユウヤはそう言って一階の客席を指し示す。
そこに居たのは制服から私服姿に着替えた沙耶と、彼女と笑顔で談笑する翔太の姿だった。
「翔太がどうかしたんですか?」
「いや、実は大きな声じゃ言えねぇんだけどよ…………」
俺がユウヤに事情を説明しようとしたその時。
「っ!」
「ちょっと……!」
俺とユウヤの間を一人の男が通り抜けた。
ベージュのロングコートを纏った中年の男。
「伊達さん……!?」
セレナで酔い潰れて寝ていたはずの伊達さんだった。
沙耶目掛けて一直線に歩いていく姿を見て、俺は焦った。
(おいおい今は……!)
絶対に面倒な事になる。
しかし、俺がそれを認識した時にはもう伊達さんは沙耶の目の前に立っていた。
「沙耶!」
「え……お父さん!?」
突然の来訪に面食らう沙耶。
「お客さん、困ります」
「どけ」
注意するために間に入った翔太を、伊達さんが無遠慮に押し倒す。
自分の娘の事とは言え、警察官である伊達さんにとっては褒められた行動とは言い難かった。
「ってて……」
「翔太!大丈夫?」
「沙耶、お前こんなとこで……」
押し倒された翔太に駆け寄る沙耶。
そんな沙耶に声をかける伊達さんだったが、実父のあまりにも身勝手な行動に沙耶の我慢は限界を迎えた。
「こんなとこで?なによ 今さら父親面?今日だって約束すっぽかした癖に!」
「それは……」
「お父さんはいっつもそう!会ったって何も言ってくれないし、つまらなそうにして……その癖、こんな時だけ父親ぶる!」
「沙耶……」
沙耶の文句に伊達さんは何も言い返せずにいた。
おそらく全て事実なのだろう。
「……帰るね」
「沙耶ちゃん!」
翔太の呼び止めも虚しく、沙耶は手荷物だったバッグを持ってその場を立ち去った。
「……」
「……」
複雑な親子関係の縺れを目の当たりにし、俺とユウヤは言葉を失う。
「クソっ……」
その場で顔を抑え、力なく項垂れる伊達さん。
今の俺はそんな伊達さんにかける言葉はおろか、滅茶苦茶になった今の空気を変えるような言葉も持ち合わせなかった。
(どうすんだよ、この空気……)
その場の空気に敏感な俺は、今のこの状態に息苦しさすら感じる。
こんな時、桐生はきっといつもの仏頂面で全く動じないんだろう。
(時々、アイツの鈍感さが羨ましく思えてくるぜ)
だが、無いものねだりをしても仕方が無い。
今はこの状況をどうにかするべきだ。
そう思い思考を巡らせようとした、その時。
「なによ!アンタ達!?」
店の出入口の方から沙耶の鬼気迫る声が聞こえてきたのだ。
「っ、沙耶!」
それを聞いた伊達さんがすかさず立ち上がって店を飛び出した。
「俺も行ってくる。後は任せてくれ!」
「は、はい!」
ユウヤにそう言ってから俺は踵を返して店を出た。
店の前では、沙耶がガラの悪いギャング達に捕まり完全に囲まれていた。
数は六人。そこそこの人数だ。
「その子から手ぇ離せ!」
伊達さんはそれに対し、真っ向から立ち向かって毅然と言ってのけた。
しかし、ギャングの男はそんな伊達さんに対してこう返す。
「アァ〜ン?コノ女はなぁ、ウチの会社に借金があんだよ。関係ねぇから引っ込んでろ!」
「借金!?」
(沙耶……そんなことまでしてやがったのか!)
思わず目を見開く伊達さん。
俺もその事実に驚きを隠せない。
「あぁ、この女ホストクラブ通いつめて借金まみれよ。借りた金返さねぇって言うからカラダで稼いでもらおうってワケ」
下卑た笑みを浮かべてそんな事をのたまう男。
自称、金融会社の人間らしいが少なくとも真っ当な街金では無いだろう。
「今度ビデオでデビューすっからよ。おっさんも買ってくれや」
「っ!!」
直後、伊達さんがギャングの顔面を殴打した。
ギャングのあまりの物言いに、我慢の限界が訪れたのだ。
「野郎ォ!」
怒りの声を上げる男。
それに呼応するようにしてギャングの一味が背後からビールケースを持って殴りかかった。
俺もこれ以上見過ごす訳には行かない。
「お父さん!」
「オラァ!!」
沙耶が悲鳴を上げるのと俺がギャングを殴り飛ばすのは全くの同時だった。
俺の右ストレートが正確にギャングの顎を打ち抜き、その一撃で地面に転がってそのまま動かなくなる。
「錦山……お前……」
「悪ぃな伊達さん……邪魔するつもりは無かったんだがよ。つい手が滑っちまった」
声をかける伊達さんに、俺はそう返す。
こちらとしても、ここまで関わったからにはトコトン付き合わせてもらう腹積もりだ。
「テメェら……覚悟は出来てんだろうな!?」
殺気立つギャングたちだが、残りの頭数は全部で五人。
文字通り、片手で事足りるだろう。
負ける気が微塵もしなかった。
「さて伊達さん。話の前に……ゴミ掃除と行こうぜ?」
「……あぁ!」
軽く頷き合い、俺達は拳を握る。
"現役警官"との共闘という服役前なら絶対に有り得ない状況に、俺は内心で驚いていた。
(人生、何が起こるか分からねぇもんだな……!)
だが、不思議と嫌な感じはしない。
伊達さんと共にギャング達に向かっていきながら、そんな事を思うのだった。
如何でしたか?
この辺りはどうしても原作と同じ流れになってしまいますが、錦らしさを大事に工夫は凝らしていくつもりです。
次回はいよいよ伊達家の事情のラストです
お楽しみに