錦が如く   作:1UEさん

46 / 102
最新話です
気になってる人も居るみたいなんで、描いてみました。

皆様も、ギャンブルは程々に


断章 1998年
ケジメ


1998年。某日。

神室町、天下一通り裏に存在するとあるビル。

そこに一人の男が連れ込まれた。

 

「オラ来いや!」

「ひ、ひぃぃっ!?」

 

サングラスにパンチパーマ、ネイビー色のスーツに紫のシャツといった如何にもヤクザ的な見た目をした大男に首根っこを掴まれて彼が引きずり込まれたのは"桐生興業"と言う名前の会社の事務所だった。

しかし、直後に男は自分が引きずり込まれたのがそんな生易しい場所ではない事を思い知る。

 

「あ……ぁ……」

 

事務所の中には普通のデスクやソファの他に、桐生組と記された提灯や額縁に飾られた"任侠"の文字が壁に飾られている。

桐生興業という名前はあくまでも表向きの名前。

男が連れ込まれたのは東城会の三次団体にして、直系風間組内桐生組の事務所。

れっきとしたヤクザの巣窟だったのだ。

 

「オラッ」

「ひゃっ!?」

 

無理やりソファに座らされる男。

そんな男をヤクザの若衆達が取り囲んで睨み付ける。

彼にとっては、生きた心地がしない状況だった。

 

「わ、私を……どうするつもりですか……?」

 

恐る恐る尋ねる男に対し、ネイビーのスーツを着た男、松重は答えた。

 

「ハッ……随分な言い様だな。俺はアンタを助けてやったんだぜ?"先生"」

 

男の名前は、日吉公信。

かつて、東都大学医学部附属病院で外科医を勤めていた男だ。

手術の腕は確かで病院内での信頼も厚かった彼だが、一つだけ厄介な悪癖を持っている。

 

「アンタ……結局借金まみれのまんまなんだってなぁ。やっぱり楽しいか?ギャンブルはよ?」

 

日吉は、重度のギャンブル中毒だったのだ。

表向きは優秀な外科医として活躍する傍ら、賭場や違法カジノへと入り浸ってはギャンブルに興じ、次々に負債を溜め込んでいた日吉。

彼が松重と出会ったのはそんな折だった。

 

「そりゃそうだろうな……かつての俺にとってアンタは、良いカモだったぜ」

「っ!」

 

松重はかつて、言葉巧みに日吉を誘導して彼を自身が経営する裏カジノへと誘って更なる借金地獄に突き落とした張本人なのだ。

もっとも、そのカジノは"組長"の命令で廃業となったのだが。

 

「で、裏カジノで一発逆転を狙うも負けが込んでイカサマ。そいつがバレて仕切りの連中に殺されかける…………たまたま見かけたときゃ驚いたが、俺が通りかかって無けりゃアンタは死んでたぜ?」

 

ギャンブルの負けはギャンブルで返す。

そんな考えで懲りずにギャンブルを重ねた日吉はイカサマに手を出し、ついには私刑の対象になってしまったのだ。

松重は仲裁に入ってその場を収めた後に事情を聞き出すと、そのまま首根っこを掴んで事務所まで引き摺って来たという訳だ。

 

「まぁ、礼を言えとは言わねぇよ。アンタがここまでの借金地獄にハマったのには俺も一枚噛んでいるからな。逃げ出したきゃ好きにするといい。まぁ……逃げれるもんなら、だけどな?」

「ひっ……!」

 

睨みを効かす松重と、その周囲にいる構成員達。

あたかも逃がさないという雰囲気を出しているが、実際の所彼らに日吉をどうこうするつもりは無い。

ここの構成員達は、カタギに対して危害を加えてはならないと普段から"組長"に口酸っぱく言われているからだ。

 

「それに逃げたとしても……アンタに先はねぇよ」

「ど、どういうことです?」

「さっきアンタを追い込んでた連中だがな、俺は"あの場だけ"を収めて貰うって事で話が付いてるんだ。ここから一歩でも外に出りゃ、アンタは再び追われる身だ」

「そ、そんな……!」

 

絶望する日吉だが、別に不思議な事では無い。

松重としてはあの場さえ凌げれば問題無かったのだ。

それに加え、彼本人としては日吉はどうでも良い存在なのでわざわざ救ってやる義理も無いのだ。

であれば、何故わざわざ松重は日吉を事務所に連れ込んだのか。

 

「分かったら大人しくしてろよ先生。俺らとしちゃ別にアンタに用も無けりゃ恨みも無ぇんだからよ」

「じゃ、じゃあ私は何のためにここへ連れてこられたんですか?」

 

日吉のその疑問は、すぐに明かされる事となった。

 

「松重の兄貴、親父がお帰りになりました」

「おう、そうか」

 

若い衆が松重にそう報告したそのすぐ後、一人の男が事務所へと足を踏み入れる。

 

「「「「お疲れ様です!!」」」」

 

先程まで日吉に睨みを効かせていた構成員達が一斉に頭を下げる。

グレーのスーツにワインレッドのシャツを着たその男を、日吉はよく知っていた。

 

「あ、貴方は……!?」

「久しぶりだな、日吉先生」

 

東城会直系風間組若頭補佐兼桐生組組長、桐生一馬。

神室町、いや関東全域を支配下に置く東城会の中は勿論外様の組織でさえ知らない者は居ないと呼ばれた伝説の極道。"堂島の龍"。

日吉にとっては、東都大病院在籍時以来の再会となった。

 

「親父、お疲れ様です」

 

応接間のソファに座っていた松重は、すかさず立ち上がって頭を下げる。

 

「あぁ。そこ、代わってくれるか?」

「はい、どうぞ」

 

松重は立ったまま桐生に席を譲ると、自らは桐生の背後に立って両手を背後に回した。

そして桐生は日吉の対面に座るようにゆっくりと腰を下ろす。

 

「こうして会うのは……数年ぶりか」

「え、えぇ……お久しぶりです……」

 

日吉はそう言いつつもバツが悪そうに目を逸らす。

彼は桐生に大して負い目があった。

 

「……お前ら、少し外してくれないか?」

「へい、親父」

「悪いな」

 

桐生のその一言で事務所の中にいた構成員全員が事務所から出ていく。

後に残ったのは桐生と日吉だけになった。

 

「日吉先生……俺はアンタを、随分探したぜ」

「え……?」

「実は、先生の事は二年前から調べさせてもらっていた。アンタがあの日……臓器ブローカーを紹介すると言ってきたその日からな」

 

かつて桐生が治療費の面倒を見ていた女性である錦山優子の主治医を勤めていた日吉は、心臓移植しか助かる望みは無いがドナー待ちでいっぱいであるとした上で、桐生に臓器ブローカーを紹介すると提案をしたのだ。

 

「調べた結果……アンタの言う臓器ブローカーは存在しない事が判明した」

「!」

 

日吉はどうにかして患者である優子を救いたい桐生の意志を利用し、臓器ブローカーへの紹介料として多額の金を請求したのだ。

理由は、借金返済の為の金策だった。

 

「おそらく俺に偽のブローカーの話をチラつかせて不安を煽り、金を工面させた後は夜逃げでもするつもりだったんだろう?フッ……ヤクザ相手に、大した根性じゃねぇか」

「い、いえ、それは……」

 

どうにか言い訳をしようとする日吉だが、この状況では下手な事は言えない。

目の前の男の機嫌を損ねれば最後、命は無いからだ。

 

「まぁ、それに関しては今は良いだろう。実際に俺はアンタに騙された訳じゃねぇ。優子も他のツテを辿る事で臓器移植には漕ぎ着けられたからな」

「そ、そうなんですか……?」

「あぁ、今はアメリカの病院でリハビリ中だ」

 

優子の無事を確認した日吉は内心で安堵のため息をついた。自分を騙そうとした事による報復では無いと分かったからだ。

しかし同時に、彼の中で新たな疑問も生まれる。

ならばどうして、自分は今ここに連れて来られたのか。

 

「だから、俺がアンタに用があるのはあくまで個人的な事だ……付き合ってもらうぜ」

 

世間話と称されたその話を、桐生は滔々と語り始めた。

 

「二年前。優子の見舞いに訪れる俺にある男が話しかけて来たんだ。名前は滝川と言ってな。肝臓の病を患っている娘さんが患者だった。覚えているか?」

「え、えぇ……」

 

日吉はその名前に聞き覚えがあった。

自分が担当していた患者の一人だ。

 

「病院で時折顔を合わせる俺達は同じ臓器提供のドナーを待つ者同士、度々会話をするようになっていたんだ。滝川はもうすぐ娘の番が回ってくると、とても嬉しそうにしていた。だが……滝川の娘さんは亡くなっちまった」

 

桐生は切り出した。

この話の本題。桐生が日吉をここに連れてこさせた理由を。

 

「ところでアンタ……ある代議士から賄賂を貰ったそうじゃないか」

「!!」

 

それを聞いた日吉は直ぐに思い至った。

桐生が何を言わんとしているのかを。

 

「見返りは、臓器提供の順番入れ替え。多くの患者がドナー待ちでいっぱいになっている所に、どういう訳か臓器提供を最優先にされた患者がいた。それがその代議士の息子。アンタが賄賂を受け取った張本人だ」

 

代議士であるその男は息子の病を治す為の臓器提供を求めて、日吉に賄賂の話を持ちかけた。

借金の返済に負われていた日吉はその話を了承し、その患者に優先的に手術を施したのだ。無論、他の患者には断りもなく。

 

「その結果、娘さんは臓器移植を受けられずに息を引き取った。日吉、アンタにその時の親父さんの気持ちが分かるか……?」

 

桐生は静かに感情を露にした。

眉間に皺を寄せ、猛禽類のような鋭い眼光で射抜くように睨み付ける。

 

「ぁ…………!」

 

日吉は心胆が震えあがるのを実感する。

堂島の龍が放つ殺気と威圧は、ただのカタギである日吉には刺激が強すぎた。

 

「どうなんだ、日吉?答えてみろ」

「っ…………」

「……日吉ィィ!!」

 

恐怖と緊張で体が硬直した日吉の態度に痺れを切らした桐生が吼える。

その咆哮は日吉の恐怖の限界値を越え、彼に生物的本能に基づいた行動を取らせた。

 

「す、すみませんでした……!!」

 

ソファから飛び退くように立ち上がった日吉は、その場で両膝を着くと、地面の床に額を擦り付けた。

 

「借金は膨れ上がる一方で、私は返済に追われる毎日でした……だから、一時の金欲しさに、つい…………」

「……それで?」

「む、無論、順番を入れ替えたのはその一回きりでした。滝川さんの患者はまだ若く、病状の進行も緩かったんです。だから、一度くらいなら問題ないと、そう思ったんです…………」

「…………はぁ」

 

日吉の釈明を聞いた桐生はおもむろに煙草に火をつけた。

有害な煙を吐き出しながら、桐生は嘆息した。

 

「くだらねぇ……それが本当に人の命を預かる医者の言葉なのか?反吐が出るぜ、この外道が」

「ほ、本当に申し訳ございません!命は、命だけはどうか……!!」

「テメェの立場を利用して患者の命を失わせたアンタが、一丁前に命乞いか?どこまで腐ってやがる……!!」

 

桐生は火のついた煙草を己の手で握りつぶした。

先端の火種は700度を超えるとされるそれを握り消した事で、桐生の手の平に熱を帯びた激痛が走る。

彼は今、自分に過度な痛みを与える事で己の内を駆け巡る怒りを必死に押さえ付けていた。

そうでもしなければ、桐生は目の前の男を殺してしまうからだ。

 

「お前……滝川の親父さんがその後はどうなったか知ってるか?」

「ど……どう、なったんですか……?」

 

桐生は床に蹲る日吉を見下ろしながら、吐き捨てるように言った。

 

「親父さんはその後……家で首を吊っているのが発見された」

「っ……」

「奥さんを早くに亡くした親父さんにとって、娘さんは唯一の生きがいだったんだ。だがそれを奪われて、担当医だったアンタは病院から姿を消した。……途方に暮れた親父さんは、自らその命を絶ったんだ。娘さんの位牌の前でな」

 

桐生は日吉の軽率な行いの結果で失われた二つの命があったことを告げた。

そして、その行いがいかに唾棄すべき最低の行いであるかを知らしめたのだ。

全ては、悲しい結末を迎えてしまった親子の為に。

もう声もあげられない二人のために。

 

「日吉……俺はアンタを、のうのうと生かしとく訳にはいかねぇ。でなきゃ、親父さんや娘さんが浮かばれねぇんだ」

「ひ、ひゃ!?」

 

桐生は日吉の頭を掴んで持ち上げると、首を掴んで壁に押し付けた。

 

「今から俺が言う事に従うか、それともここで半殺しにされた後で追っ手の連中に引き渡されるか……好きな方を選べ。それがお前のケジメだ」

「……!!」

「言っとくがどちらであっても俺は生半可な事はしねぇ。どう転んだとしても……幸せな生き方や、楽な死に方が出来ると思うなよ?」

 

日吉に与えられた選択肢は二つ。

ヤクザへの服従か、惨たらしい死か。

服従を選べば真っ当な人生には二度と戻れない。

一生ヤクザの言いなりになる事になるだろう。

だがそれを断れば、堂島の龍による鉄拳制裁が待ち受けている。その上で裏カジノの人間に引き渡されればタダでは済まない。

借金返済とイカサマのケジメを迫られて、臓器売買で売り飛ばされるのが関の山だろう。

 

「…………」

「……答えねぇなら、今ここでお前の首を折ってやっても良いぞ?」

「ひぎぃ!?」

 

桐生の手に力が篭もり、日吉の首がより強く締まる。

彼は"やる"時は"やる"男だ。

その言葉は決して脅しなどでは無い。

 

「わ……私は…………!」

 

極限の選択を迫られた日吉は、堪らず宣言した。

 

「し、従う!貴方に従います!だから、だから助けてくれぇ……!!」

 

答えは、前者。

たとえ真っ当に生きれなかったとしても、人間は命あっての物種なのである。

 

「…………そうか」

「うげほっ、ごほっ!」

 

桐生が手を離すと、日吉は咳き込みながら床に這い蹲った。

やがて彼の前に、数枚の書類達が無造作に投げ出される。

 

「その紙全部にサインしろ。そうすりゃ当面の間の安全は保証してやる」

「こ、これは……」

 

その書類には、日吉の今後の人生の在り方が記されていた。

 

「アンタにはこれから、こっちが指定した場所に住み、こっちが指定した病院で医者として働いてもらう。噂じゃ、医者としての腕だけは良いみたいだからな」

 

雇用契約書、住居契約書、誓約書。

それらにサインをすることはつまり、人生の大半を桐生組の支配下に置くと言っても過言ではない。

 

「アンタが現状抱えている借金は全額、そこで働いて返してもらうぜ。闇金連中には話を付けてやる。ただし……ギャンブルは一切認めねぇ」

「こ、この誓約書は……?」

「そいつは、アンタが俺の手の内から逃げないようにする為の誓約書だ」

 

日吉が指さしたその書類には、桐生組に隷属する旨が記されていた。

働く場所と住む場所を提供する代わりに、借金を返済しきるまで自由は無い。

病院と自宅のある地域のみを活動範囲とし、それを僅かでも出るような事は許されない。

つまり、事実上の軟禁状態になると言うことだ。

 

「もしもそこから逃げ出したり患者を死なせでもすれば…………どうなるか分かってるだろうな?」

 

桐生が再び日吉に圧をかける。

龍の睥睨する中で変な気を起こせば、今度こそ命は無い。

 

「…………はい」

 

日吉に残された選択肢はもう、首を縦に振る事だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後。

桐生は郊外に存在する、とある病院を訪れていた。

看護師の案内を受け、一つの個室へと足を踏み入れる。

 

「こちらです、どうぞ」

「あぁ……」

 

ゆっくりとドアを開けた先にいたのは、入院着を身に纏った一人の女性。

 

「一馬……!」

 

桐生が愛する女、澤村由美だった。

 

「由美、具合はどうだ?」

 

桐生が浮かべる表情には、先日に日吉に追い込みをかけていたような苛烈さは微塵もなく。

彼の生来の優しさと慈しみを現すような穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「うん。来週には退院出来るって」

「そうか……………」

 

ふと、桐生は目線を僅かに下げた。

彼の視線の先にある由美の腕には、一人の赤子が抱かれていた。

 

「あぁ、ごめんね一馬。本当だったら会わせてあげたかったんだけど……この子、ついさっき寝ちゃったばっかりで」

「そうか……」

 

由美の腕の中で安らかな寝息を立てているその赤子は、つい先日に由美が産んだ新しい命。

正真正銘、桐生一馬と澤村由美の間に出来た子供だった。

 

「そうだ、一馬も抱いてあげてよ」

「……………………」

 

そう言って優しく赤子を差し出す由美だったが、桐生は先程の優しげな顔から一転して表情に暗い影を落とす。

 

「一馬……?」

「……由美。今の俺に、その子を抱く資格はない」

 

絞り出されたその言葉には、これ以上無いほどの悲壮感が漂っていた。

 

「どうして……?」

 

そう尋ねる由美に対し、桐生は深刻な表情のまま口を開いた。

 

「俺が……その子供とお前を引き離しちまう事に、なるからだ」

 

桐生がそう語るのには、明確な理由があった。

 

「また、その話?」

「あぁ……」

 

今から数ヶ月前。

当時の桐生組は、敵対する組織と一触即発の状態になった。

桐生は自分の組が仕切る店舗やテナントなどに現れては騒ぎを起こす敵対組織の連中の対処に追われ、中々自宅に戻る事が出来ないでいた。

 

「あのねぇ……それはもう終わった事でしょ?」

「だが……それで由美は怖い思いをしたはずだ」

 

そんな時、事件は起こった。

由美が、その敵対する組織の連中に誘拐されてしまったのだ。

犯人はその組織の幹部で、組長である桐生を誘き出す事が目的だった。

 

「でも、一馬は私を助けてくれた。そのおかげでこの子も無事に産まれてる。それでいいじゃない」

「………………」

 

由美を救い出し、敵対組織との抗争を終結させた桐生だったが、騒動を終えた後に桐生の親分である風間が桐生と由美にある事を提案したのだ。

 

「……子供の前で母親を名乗れなくなってもか(・・・・・・・・・・・・・)?」

 

それは、桐生と由美の育った養護施設である"ヒマワリ"に二人の子供を入れる事だった。

もしも今後再びこのような事があった時に、桐生は明確な弱点を晒してしまう事になる。

風間はそんな可能性を危惧してそのような提案をし、由美はそれを受け入れたのだ。

自分の子供に対して母親を名乗らない事を承知の上で。

 

「俺が極道なばっかりに、お前には苦労をかけっぱなしだ。挙句に、母親としての尊厳までも奪っちまうだなんて…………」

「…………」

「だから俺にその子を抱く資格は……その子の父親を名乗る資格は……!!」

「……はぁ。まったく頑固なんだから」

 

拳を震わせて俯く桐生に、由美はやれやれといった様子でため息をついた。

 

「え……?」

「確かに私は風間さんの提案を受け入れた。それが原因で母親を名乗れなくなるかもしれない。でも、二度と会えなくなる訳じゃない」

「だが……!」

「それに、一馬 言ってたでしょ?誰にも手出し出来ないくらい俺が組織を強く大きくして見せるって。それって、そうなったら母親を名乗っても良いって事でしょ?」

 

辛い選択を迫られた由美に、桐生はそう約束した。

組織の拡大と強化に力を入れ、絶対的な力を手に入れる事で組や家族を守り抜く。

そうすることが出来れば、ヒマワリに預ける必要も無くなるのだから。

 

「それまでの辛抱なんて、お安い御用だよ」

「由美……」

「私は、一馬が頑張ってくれてるのはよく知ってる。私の為、子供の為、お世話になった風間さんの為、シンジくんや松重さん達の為。それに…………錦山くんの為に」

「!」

 

錦山が例の事件で逮捕された事実は、記憶を取り戻した由美にも聞かされていた。

自分を救う為にそのような事になってしまった事実に負い目を感じていた由美だが、伴侶である桐生が自分以上に自責の念に駆られている事を知り、それ以上何も言えなかったのだ。

 

「だから、私だって我慢しなくちゃ。それに……一馬だったら出来るよ。私、信じてるから」

「由美……!」

「だから、この子を抱いてあげてよ。立派なパパとして、ね?」

 

再び赤子を差し出す由美。

桐生はおそるおそるその子を抱き上げた。

 

「すぅ……すぅ……」

「…………っ!」

 

相も変わらず安らかな寝息を立てるその子を見て、桐生の涙腺に熱いものが込み上げてきた。

 

「ふふっ、どうしたの一馬?」

「いや……なんでもない…………なんでも、無いんだ……!」

 

言葉とは裏腹に、桐生の瞳からは滂沱の涙が溢れ出てくる。それはどこまでも暖かく、優しい涙。

 

「あらあら、泣き虫なパパさんだね」

 

由美はそんな桐生を見ながら、幸せそうに微笑んでいた。

 

 

 

これは、とある家族の幸せの一幕。

 

 

 

桐生一馬が東城会を抜ける二年前の出来事だった。

 




如何でしたか?

次回はアルプスでいよいよ松金組と邂逅します。
オリジナル展開になりますのでいつも以上に力を入れて書きたいと思います。
よろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。