錦が如く   作:1UEさん

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最新話です。


約束

2005年。12月8日。時刻は午後8時過ぎ。

海藤は東と共に喫茶アルプスのある中道通りにいた。

彼らは今、アルプスから少し離れた場所で物陰に隠れて店の様子を遠くから伺っている。

 

「兄貴……?なんで店の前で張り込みなんかやってるんです?」

 

東が胸中に抱いた疑問を素直に尋ねる。

彼は錦山を案内した後、羽村の伝言通り帰っていいという旨を伝えた。

すると海藤はどういう訳かアルプスから少し離れた場所で張り込みを開始したのだ。

理解が出来ない東に対し、海藤は静かに答えた。

 

「……匂うんだよ」

「えっ?匂うって……何がです?」

「羽村のカシラがだ」

 

海藤は自分達を帰らせようとした羽村の行動を怪しんでいた。

彼が事前に羽村から聞かされていたのは"会って話をしたい"という事だったが、本当に一対一で話をするのであれば喫茶アルプスという店は非常に不向きなのだ。

 

(そして、相手はあの錦山だ。アイツの強さは羽村も知ってる。なにせコテンパンにやられた俺達を見てるんだからな)

 

そんな手練を相手にした一体一の話し合いに、用心深い羽村がなんの対策もせずに赴くだろうか。

海藤の出した結論は"否"であった。

 

「羽村のカシラの狙いは分からんが……どうにもきな臭ぇ」

「兄貴の勘って奴ですか?」

「あぁ。今日アルプスで間違いなく"何か"が起こる。それがもし、錦山に危害を加えるような事なのであれば……」

 

もしそうなら、海藤はそれを放っておく事など出来ない。

話し合いと称して誘い出した相手を罠に嵌めるというやり方が海藤の流儀に反するのもそうだが、海藤は昨日 遥と約束をしていたのだ。

 

("おじさんの事は傷付けない"……それがあの子との約束だからな)

 

カタギの女の子との約束すら守れないようでは任侠道が聞いて呆れるというもの。

海藤は己の中の"正義"に従い、張り込みをしていたのだ。

 

「あ、兄貴。店の連中が……!」

「なんだありゃ……?」

 

二人の視線の先で、異変が起こった。

それまで店内にいた人間が全員、一斉に店の外へと出たのだ。

その中には客だけではなく、店員の姿もある。

 

「兄貴、あれって……!」

 

そして、それと入れ替わるようにガラの悪い連中が続々と店内へと入っていく。

海藤達はその連中の顔に見覚えがあった。

 

「アイツら、松金組の奴らじゃねぇか……!」

 

ただならぬ雰囲気が漂うアルプス前。

おそらく中は錦山以外の人間は松金組の構成員達で占められているだろう。

海藤の抱いていた予感が確信に変わり始めた。

 

「くそっ、こりゃやべぇ……!」

「兄貴!これ、どうしたら……?」

 

指示を仰ぐ東を見て、海藤はすぐに命令を下した。

 

「東、お前はこの事を組長に知らせに行け!」

「あ、兄貴は!?」

「俺はどうにかして時間を稼ぐ!それまでに組長を連れて来い!いいな!?」

「は、はい!」

 

東が松金組の方面へと駆け出していき、海藤は急いで喫茶アルプスへと向かう。

 

「錦山ぁ!」

 

ドアを開くなり叫び声をあげる海藤だったが、そこには既に誰の姿も見当たらなかった。

 

「なに……?」

 

先程まで店内に居たはずの大勢のヤクザと錦山の姿が、今ここに見当たらない理由。

海藤には一つしか思い浮かばなかった。

 

(裏口から出やがったのか……!)

 

海藤はすぐに従業員口へと向かうが、ドアには鍵がかけられており開く事が出来ない。

 

「クソっ!」

 

海藤の力を持ってすればこの程度のドアは簡単にこじ開けられるのだが、下手な騒ぎを起こして警察を呼ばれる訳には行かない。

 

(待ってろよ、錦山!)

 

海藤はすぐに引き返して店を出る。

母親を探してこの街に来た、少女との約束を果たす為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

松金組構成員との乱闘は、一人のヤクザの怒号で幕を開けた。

 

「殺す!」

 

なんてことは無い、力任せで顔面狙いの右フック。

俺はその一撃を難なく躱して、右手に持ったスタンバトンをヤクザ目掛けて振り抜いた。

 

「ぐぶぎゃぁっ!?」

 

得物で殴った時の硬い感触と音とは別に、何かが弾け飛ぶような音が路地裏に響き渡る。

この新兵器の持ち味である、高圧電流が流れた証拠だった。

 

「この野郎!!」

 

気絶した一人目に続いて二人目が前蹴りを放ってくる。

俺はその蹴り足を左腕で抱え込むように捕まえると、片足立ちになった二人目の首元にスタンバトンを振り抜いた。

 

「うげぇっ!?」

 

再び手応えと同時に高圧電流が流れて、相手を気絶に追い込む。

 

「死ねやボケっ!」

 

続く三人目がドスを持ったまま特攻を仕掛けてきた。

俺はその刺突に対して後ろに飛び退いて距離を開けて躱し、ドスを持った手に向かってスタンバトンを当てた。

 

「うぎゃっ!?」

「オラァ!!」

 

流れる電流のショックでドスを取り落とした三人目。

俺はその間隙を突くように左足を振り上げて全力のハイキックをぶち当てた。

 

(よし……行けるぜ!)

 

それ以降、俺は襲いかかるヤクザ達の攻撃を避ける事に専念した。

そして、明確な隙を晒した瞬間を見計らってスタンバトンを用いて確実に仕留めていく。

 

「ぎゃぁ!?」

「きひぃ!?」

「あばっ!?」

 

狙いは首元だ。

殴ると言うよりも"置く"イメージでヤクザ達の首元に当てていく。

本来はそれだけだと高圧電流は発生しないのだが、グリップに付いたボタンを親指で押す事で電流は流せる。

刃物を用いて一撃で首元を狩る、さながら暗殺者のような戦い方だ。

 

「うぎゃあああああ!?」

 

そして。

最後のヤクザが高圧電流を受けて崩れ落ちることで、松金組構成員達との乱闘は一分もかからずに終わりを告げた。

俺はここまでの活躍を見せてくれた新兵器に思わず視線を向ける。

 

「初めて使ったが……コイツはイイな……!」

 

鈍器という話だったが、実際の使い心地としてはスタンガンの方が感覚が近かった。

首筋や喉元に当ててから電流を流す事で相手を一撃で気絶させる事が出来る。

リーチが短い分取り回しもよく、狭い場所で扱っても不自由が無い。

数だけの雑魚を相手取る上でこれ以上に有効な武器は中々無いだろう。

 

「馬鹿な……この人数を相手に……!」

「カシラ、ここは俺が」

 

慄く羽村の前に、一人のヤクザが出てくる。

ピンク色のスーツを着た、恰幅のいいヤクザ。

俺がさっき手首を捻ってやった奴だ。

 

「ようデカブツ。まだやられ足りねぇか?」

「テメェ……!!」

 

殺気立つヤクザ。

俺は手にした特殊警棒を懐に納めてファイティングポーズを取った。

あの手の武器は不意打ちだからこそ効果がある。

散々使った後では警戒されて対処されるのが関の山だ。

 

「テメェに、格の違いってやつを教えてやるよ」

「尾崎、油断するなよ」

「へい!」

 

尾崎と呼ばれたヤクザが、腰を落として俺を睨み付ける。

立ち会い直前の相撲のような体勢だ。

 

「来な。力比べだろうが俺は負けねぇぞ」

「ぶっ殺してやる!!」

 

言うが早いか。

尾崎が猛烈な勢いで突進を開始した。

俺はすかさず腰だめに構えて尾崎を迎え撃つ。

呼吸による脱力は既に完了していた。

 

「ぬぉっ!?」

 

尾崎が驚愕の声を上げる。

自分より一回り体格の違う相手に突進して、その相手が微動だにしなければ無理も無いが。

 

「言っただろ?負けねぇって」

 

俺は尾崎の両肩に手を添えると、顔面に膝蹴りを放った。

 

「ぎゃぶっ!?」

「ぅおおおおっ、らァ!!」

 

鼻をへし折り顔から流血する尾崎。

俺はそんな尾崎の胴を上から抱え込むように持ち上げると、力任せにぶん投げた。

力士を彷彿とさせる体格の尾崎が、無様に地面を転がる。

 

「おい、まだやれんだろ?」

「く、そがァァァァああああ!!」

 

すかさず立ち上がった尾崎が右腕を肩から大きく回しながら迫る。

全力のラリアットをぶちかましてくる気だろう。

 

「そう来なくっちゃ、なァ!!」

 

俺はその攻めに真っ向勝負を挑んだ。

尾崎の間合いに足を踏み入れ、彼に倣って俺も右のラリアットを繰り出す。

その直後、互いのラリアットが直撃した。

結果。

 

「オラァ!!」

「げはぁっ!?」

 

尾崎の身体が地面に叩き付けられる。

純粋な腕力による勝負で、尾崎に打ち勝った。

 

「おら、立てよ」

「こ、の……!!」

 

仰向けに倒れた尾崎は体勢を反転してうつ伏せになると、両手を伸ばして俺の両足を掴まえる。

 

「なっ!?」

「うぉぉりゃァ!!」

 

そしてそのまま立ち上がりながら両腕を腕に振り上げた。結果として俺の身体は仰向けに転ばされる。

柔道で言う所の双手刈に近い動きだ。

 

「どっせぇぇぇい!!」

 

その後、尾崎は巨体に似合わぬ跳躍力で地面を蹴って俺の上へと飛び上がる。

ダイビングボディプレス。

己の全体重を相手に叩き付けるシンプルな技。

喰らえばタダでは済まない。

 

「っと!」

 

すかさず地面を転がる事で、間一髪回避する事に成功する。

 

「ぐ、ぅお……!」

 

一方の尾崎は俺ではなく硬い地面に思い切りダイブしてしまった反動から、すぐに動けずにいる。

その瞬間が好機だった。

 

「ドラァ!!」

 

俺は尾崎が起き上がるよりも早く、その顔面にサッカーボールキックを全力で振り抜いた。

鈍い音と共に、確かな手応えを感じる。

 

「ぐびゃっ……!?」

 

折れた歯が何本か吹き飛び、尾崎が完全に沈黙する。

僅かに驚かされたが、大した連中では無かった。

 

「流石にやるじゃねぇか」

「あ……?っ!!」

 

しかし、ここで俺の余裕は消え去る事になる。

羽村が俺にチャカを向けて来たからだ。

 

「だが、いくらアンタでもコイツには勝てねぇ」

「……随分面白そうなオモチャだな」

 

減らず口を叩いてみせるが、消え去った余裕は取り戻せない。

下手に動けばその瞬間、俺の頭に風穴が開くことになる。

 

「おうお前ら!いつまで寝てんだ!」

「ぅ……」

「ぐ、っ……」

 

羽村の号令によって気絶していた構成員達が起き上がり始める。

スタンバトンはあくまで一時的な電気ショックで気絶させているだけ。

その為もたらすダメージとしては非常にすくなく、意識が戻れば戦線に復帰される。

これは、そんなスタンバトンの弱点が浮き彫りになった瞬間だった。

 

「チッ……」

 

形勢逆転。

残すは羽村一人だけのはずが復活したヤクザたちに取り囲まれて、あっという間に身動きが取れなくなってしまった。

 

(クソっ……どうにかして羽村の隙を突く事が出来れば……!)

 

このままでは一方的に嬲られた後にチャカでトドメを刺されてしまう。

それだけは避けたい。

一瞬で良い。

一瞬だけ、羽村の隙を突く事が出来ればそれでいいのだ。

 

「さぁ、やれテメェら!」

「「「「「へい!!」」」」」

「!!」

 

万事休す。

しかし、窮地に立たされた俺の耳朶を打ったのはヤクザたちの怒号でも羽村の銃声でも無く。

 

「うおおおおおおおおおお!!」

 

聞き覚えのある男の叫び声だった。

 

「なっ?」

「うぉりゃああああ!!」

 

声の主は猛烈な勢いで走ってくるとその勢いのままに地面を蹴って跳び上がり、俺の真横にいたヤクザ目掛けて渾身のドロップキックをぶちかました。

間違いない。

その男は先程まで顔を合わせていた松金組の若衆、海藤正治だった。

 

「海藤……!?」

 

海藤の突然の乱入に羽村が気を取られる。

俺はその一瞬を見逃さなかった。

 

「ナイスだ海藤!」

「な、っ!?」

 

羽村が慌ててこちらに銃口を向けるがもう遅い。

既にこちらの間合いだ。

 

「甘ぇんだよ!」

 

俺は拳銃を持った羽村の右手を痛む左手で無理やり掴み、右の拳で裏拳を放った。

 

「ぐぶァ!?」

 

羽村が鼻から血を流し、後ろに重心が行く所を左腕で無理やり引き戻し、裏拳を繰り出した反動で右ストレートをそのまま叩き込む。

 

「ふぅ、危なかったぜ」

 

羽村が取り落とした拳銃を蹴っ飛ばして遠ざける。

今の技は古牧の爺さんから教わった技のひとつで"古牧流火縄封じ 短筒の型"と呼ばれる護身術だ。

戦国時代の戦いの中で、火縄銃を相手にした際に生み出された技を爺さんが現代版にアレンジした技で、至近距離で拳銃を持った相手に対して非常に有効な手段だ。

 

(爺さんの弟子になってなきゃ、死んでたかもな……)

 

使える技を提供してくれた師匠に感謝しつつ、俺は海藤の方へと視線を向けた。

 

「無事か、錦山!?」

「あぁ、おかげで助かったぜ」

 

俺は海藤に無事を伝えた。

しかし、同時に疑問も残る。

今の状況、海藤にとってはかなり不味いはずだ。

 

「海藤、テメェ……自分が何したか分かってんのか?」

 

羽村が額に青筋を立てる。

それと同じく、周囲を取り囲むヤクザ達も敵意を向けてきた。

 

「それに関しちゃ羽村と同意見だ。海藤、お前どうしてこんな事を?」

 

俺の質問に対し、海藤はさも当然のように応える。

 

「俺はよ、錦山。あの遥ってお嬢ちゃんと約束したんだ」

「約束?」

「あぁ。意識を失ったアンタを病院まで運んだ後、あの子は俺らを真っ向から睨み付けて言ってきたんだ。"これ以上おじさんを傷付けないで"ってな」

「遥が、そんな事を……」

「だから俺は、お嬢ちゃんにアンタを傷付けないって約束した。その代わりに、"錦山を連れて来い"っていうカシラの命令を果たす為にあの置き手紙を残したんだ。しかしまさか……羽村のカシラがこんな事をしようとしてたなんてな」

 

海藤は昨日初めて会ったばかりの女の子との約束を守る為に、松金組という彼にとって絶対に逆らえないはずのものに反旗を翻した。

絶対の上下関係のもとに成り立っている極道社会において、かなり重い禁忌を犯してまで遥との約束を守ろうとしてくれたのだ。

 

「おい海藤!テメェに聞いてんだよコラァ!!」

「…………確かに俺ぁ、ヤクザとしてはダメかもしれませんがね。不思議と気分はスカッとしてますよ、羽村のカシラ」

「海藤……テメェ……!」

「東伝えに俺を帰らせようとしたのも、俺がこの場に居たら絶対に邪魔になると思ったから……違いますか?」

「くっ……」

 

自分の組の兄貴分。ましてや若頭を相手に一歩も引かない海藤。

その無鉄砲ぶりと男気は俺にとって懐かしくもあり、とても心地が良かった。

 

「ははっ、海藤。お前、気に入ったぜ……!」

 

俺はファイティングポーズを取る海藤の背中を守るように立ち、同様に構えた。

 

「錦山?」

「遥の為に体を張ってくれるんなら、俺はお前の味方だ。組に逆らった事に関しては、後で俺が何とかしてやる。だから、手ぇ貸してくれ!」

「ハッ……そいつぁ良い。おかげで気兼ねなく暴れられるってもんだ!」

 

 

怒れる羽村と、若干慄いている手下達。

対して、そんな連中に囲まれながらも不敵な笑みを浮かべる海藤と俺。

ハッキリ言って負ける気がしなかった。

 

「よし……いっちょやるか、海藤!!」

「うぉっしゃああああ!!」

 

松金組との乱闘は、こちらに海藤正治という強力な味方を付けて第二ラウンドを迎える。

 

 

 

そんな闘いの様子をビルの屋上から見下ろしていた"何者か"の存在に、この時の俺はまだ気付いていなかった。

 




まだまだ続きます。
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