いよいよあの組織が動き出します
2005年12月9日。
松金組の極道である海藤正治は弟分の東と偶然出会った少女、澤村遥を連れて韓来を訪れていた。
「遥ちゃん、どうぞ」
「やった!いだたきまーす!」
焼きあがった肉を東が皿に取り分けると、遥の目が爛々と輝いた。
すぐさまご飯と共に肉を口にし、美味しそうに咀嚼する。
「お、イイ食いっぷりじゃねぇか!俺も負けてらんねぇな!」
それを見ていた海藤もまた東の取り分けた肉をかっ喰らい、ジョッキで頼んでいた生ビールを喉に流し込む。
「っかぁー!ひと仕事終えた後の焼肉にビール!これぞ男の、いや 人間の醍醐味よ!なぁ東ィ!?」
「え、えぇ……自分はまだ未成年なのでビールの味はわかりませんが…………」
東は網の上に乗った肉の管理と並行し、肉にサンチュを巻いて食した。
脂の乗った肉と新鮮な葉っぱが調和し、格別の旨味を引き出す。
「うまっ」
「おい東、コメも食えよコメも!パワー出ねぇぞ?」
「えぇ、頂きます」
「海藤のお兄さん!コレも食べていい?」
「おう良いぞ、好きなだけ食え!子供は遊ぶのと食べんのが仕事だからな!」
海藤による太っ腹の大判振る舞いで、遥の胃袋がどんどん満たされていく。
来店してからわずか20分足らずで、空になった皿は五枚目を超えた。
「はぁー、おいしかった!ありがとう海藤のお兄さん!」
「おう、良かった良かった。人間、腹にモノが入ってないと始まらねぇからな!」
笑顔で礼を言う遥に、海藤は快活に応えた。
そして、いよいよ本題に入る。
「さて、遥の嬢ちゃん。代わりと言っちゃなんだがよ……錦山と、何があったのか教えてくれ」
「…………」
「今の俺達はもう、完全に錦山の味方だ。お前の母ちゃん探しも手伝ってやれる。だが、肝心のお前と錦山がそんな調子じゃ話にならねぇからな」
「……分かった」
遥は滔々と語り始めた。
神室町で錦山と出会ってからこれまでのことを。
そして、遥の母親について何かを掴んだにも関わらずそれを自分に対して打ち明けてくれないことを。
「それで私、ペンダントを置いて出てきちゃったの」
「そうか……そんなことがあったんだな」
「うん。ひどいよ、錦山のおじさん。お母さんを探すの、最後まで手伝ってくれるって約束したのに…………」
遥のぼやきに対し、海藤はやんわりと否定した。
「いや、錦山は約束を破ったりなんかはしないぜ」
「え?」
「考えてもみろよ。お前との約束を破るような男が、お前のために必死になって闘おうとなんてすると思うか?」
海藤の脳裏に浮かんだのは、バッティングセンターであった出来事。
遥を助け出すために"嶋野の狂犬"と拳を交え、血まみれになって倒れ伏す錦山の姿だ。
「もしも錦山が100億に釣られた輩ならそんな事はしねぇ。さっさと例のペンダントをお前から取り上げてサヨナラだ」
「じゃあ、なんでおじさんは私にお母さんの事を教えてくれないの?」
「……さぁな。それは俺にも分からねぇ。俺は錦山じゃねぇからな」
海藤は先日のアルプスの件を経て、錦山彰という男に対して抱いていた自分の評価が間違っていない事を確信していた。
錦山は、一度した約束は必ず守る。
決してそれを違えるような事はしない。
「だが、錦山は遥の嬢ちゃんの事を大切に想ってる。これは確かだ。だとするなら、錦山はきっと"言わない"んじゃない。"言えない"んじゃないのか?」
「言えない?なんで……?」
「相手を大事に想ってるからこそ、言えない事だってあるもんだ。例えば、そうだなぁ……うーん…………」
腕を組んで考えを巡らす海藤。
中々良い例えが思い付かなかったが、そこへ東が助け舟を出した。
「遥ちゃん。君がお母さんを探してるのと同じように、錦山さんは妹の優子さんを探してる。そうだよね?」
「うん」
「もしも遥ちゃんが、優子さんの居場所を知っていたとしたらどうする?」
「そんなの、おじさんに教えるに決まってるよ」
東が一つ一つ整理していくように質問していき、遥はさも当然のようにそれに応えていく。
しかし、次の質問をした瞬間に遥の表情が凍り付いた。
「じゃあ……もしもだよ?もしもその時、優子さんが死んでしまっていたとしたら?」
「っ!!」
息を飲む遥の脳裏に、東の言った情景が浮かび上がる。
「どうかな遥ちゃん。それでも君は、錦山さんに正直に話せる?」
「それは……」
遥は思わず口篭る。
それを知った時の錦山は、どんな顔をするのだろうか。
現実を受け止められず取り乱すだろうか?救えなかった事に憤るだろうか?悲しみに暮れて泣き出すだろうか?
いずれにせよ、良い事には繋がらない。
「兄貴の言っていたのは、そういう事だよ」
「…………」
東の助け舟により、遥は海藤の言葉の意味を理解する。
だが同時に、遥は嫌な予感をひしひしと感じていた。
もしも東の例え話が今回の例に当てはまるのであれば、遥の母親は既にこの世に居ない事になってしまうからだ。
(東……良かれと思ってやってくれたんだろうが、ちょっと逆効果だぞ……)
海藤は思い詰めた表情をする遥を見て、彼女が今 最悪の可能性を考えてしまっている事を察する。
もっとも、そこに至ってもなお取り乱したり癇癪を起こさない辺りは流石といった所だろうか。
「……まぁ、そういうこった。もう一度言うが、錦山は決してお前との約束を破ったりはしない。きっと、お前には言えない事情があるんだ。少なくとも今はな」
「じゃあ……その時がきたら、おじさんは私に教えてくれるの?」
「あぁ、必ずな。それは間違いねぇ」
海藤の口にする言葉には根拠が無い。
実際の所海藤は確固たる証拠を持っている訳でも実際に確かめた訳でも無く、ただの憶測で物事を語っているに過ぎない。
しかし、この短い期間で錦山を見定めた上で口にする海藤の言葉には彼自身の経験や直感に裏打ちされた不思議な説得力があり、遥を納得させるには十分だった。
「どうする?遥の嬢ちゃん」
「…………」
俯く遥。
彼女は数秒の沈黙を経て、顔を上げた。
「……分かった。私、おじさんを信じる!」
「おう、そうか!」
「ありがとう、海藤のお兄さん!私、おじさんの所に戻らなきゃ!」
「よし、そういう事なら俺達が送ってくぜ。東、準備だ」
「はい、兄貴!」
海藤たちは席を立って準備を始める。
そんな時、海藤の携帯に何度目か分からない着信があった。
「お、噂をすればだな」
海藤は現金を東に渡して会計を託し、電話に出る。
「もしもし?」
『海藤か!?俺だ、錦山だ!』
「おう、錦山。おつかれさん」
『何度も電話したってのに、なんで出ないんだ?いや……今はそんな事はいい。お前、遥を見かけなかったか!?』
電話越しに聞こえる錦山の声は焦りからか震えが混じっている。
本気で心配している証だった。
「おう、遥の嬢ちゃんなら今 俺らと一緒に居るぞ」
『なに?本当か!?』
「あぁ。お前と喧嘩して飛び出してきたのを偶然俺らが保護したんだ。で、今の今まで話を聞いてたってわけ」
『そうだったのか……』
錦山は電話越しに安堵のため息を零す。
海藤の思った通り、錦山は遥を大事に想っていた。
それを改めて実感し僅かに頬を緩めながら、遥と東を連れて店の外に出る。
「何があったかは知らねぇがよ……時が来たらちゃんと、嬢ちゃんに本当の事を言うんだぜ?」
『あぁ……恩に着るぜ、海藤』
「良いって事よ。じゃ、俺は嬢ちゃんと一緒に松金組の事務所で待ってっから…………」
言いかけた海藤が言葉を止めた理由。
それは、今まさに向かおうとしていた松金組事務所の方角から、見知らぬ男達が歩いて近付いて来たからだ。
『海藤……?どうした?』
「…………」
一歩ずつ徒党を組んで、真っ直ぐに海藤目掛けて歩いてくる黒いスーツの男達。
決して錯覚などでは無い。
海藤の野生の勘が、向かってくる男達が放つ殺気を敏感に感じ取っていた。
「あ、兄貴……!」
「なんだ?……っ!」
東に声をかけられた海藤が振り向くと、ミレニアムタワーのある反対側からも同様の格好をした連中が迫ってきていた。
「……錦山。予定変更だ今すぐ来い。焼肉屋"韓来"の前だ」
『なに?おい海藤!?』
海藤が電話を切るのと、黒いスーツの男達が海藤達を取り囲むのはほぼ同時だった。
「失礼、そこの方」
「……何か用か?」
先頭の男が物腰柔らかく海藤に尋ねる。
しかし、海藤は警戒を全く解かない。
それは東も同様で、遥を背中に隠すようにして庇う。
「私はある組織の者なのですが……訳あってそちらのお嬢さんを保護する任務を授かっています。彼女の身柄をこちらに渡して頂けますか?」
「警察……じゃねぇよな?テメェら何者だ?ある組織ってなんだ?」
「質問は受け付けない。優しくしている内に渡してもらいたいのだが?」
「お断りだ。この嬢ちゃんはウチの組の預りでな。警察ならまだしも、どこのどいつかも分からん奴に預けられる訳がねぇだろ」
「そうか……なら話し合いの余地は無しだ。おい!」
先頭の男の号令と共に、背後の男達が臨戦態勢に入る。
それと同時に、海藤がファイティングポーズを取りながら叫んだ。
「東、命令だ!今すぐ嬢ちゃん連れて逃げろ!ここは俺が引き受けた!!」
「は、はい!遥ちゃん、こっちへ!!」
「うん……っ!」
兄貴分の命令を受けた東が即座に遥の手を取って走り出す。
遥もまたそれに従って東に導かれるように駆け出した。
「逃がすな、追え!」
「はい!」
そうは問屋が卸さないと言わんばかりに背後の男達が東の前に躍り出る。
「どぉりゃァァ!!」
するとそこに、海藤がドロップキックを叩き込んだ。
瞬く間に東の行く道を塞ぐ壁が文字通り吹き飛ばされ、逃走ルートが確保される。
「東、行けぇ!!」
「兄貴、すんません……!」
東は申し訳なさそうに俯きながら、兄貴分の作ってくれた逃げ道を遥を連れて駆け抜けて行った。
「クソっ、待て!」
「おっと……こっから先は通さねぇぞ」
立ち上がった海藤が、すかさず男たちの前に立ち塞がる。
その双眸は、燃えたぎる様な輝きを宿していた。
「貴様……やってくれたな」
「へへっ、言っただろ。あの嬢ちゃんはウチの組の預かりだってな。アンタらに恨みはねぇが、仕事の邪魔させて貰うぜ……!」
男が一匹、獰猛な笑みを浮かべて吠え猛ける。
「行くぞぉ!!」
その全身にたぎる闘志を滲ませて。
12月9日。18時20分
ミレニアムタワー前で聞き込みを行っていた俺の携帯に、松金組の海藤から着信があった。
海藤の話では、セレナを飛び出した遥を偶然保護して事情を聞いていたらしい。
『……錦山。予定変更だ今すぐ来い。焼肉屋"韓来"の前だ』
「なに?おい海藤!?海藤!くそっ……!」
しかし、安心したのも束の間。
海藤は突然電話を切った。
「錦山、どうした?」
「海藤からだ。遥が見つかったらしいがどうにもヤバい状況らしい」
声のトーンの変化や不自然な言葉から、嫌な予感が脳裏を過ぎる。
「伊達さん、韓来に急ごう!そこで海藤たちが待ってるはずだ!」
「わ、分かった!」
俺達はミレニアムタワー前での聞き込みを中断し、先日まで"バッカス"があった通りを通過して七福通りへと駆け出した。
(韓来の場所はすぐそこだ、待ってろよ海藤!)
程なくして、錦山と伊達は七福通りへとたどり着く。
するとそこには、大勢ギャラリーに囲まれた中で大立ち回りを繰り広げる海藤の姿があった。
「海藤!!」
俺はすかさずギャラリーを掻き分けて渦中に飛び込み、海藤の背後にいた黒いスーツの男を前蹴りで蹴り飛ばした。
「ぐはっ!?」
「錦山……思ったより早かったじゃねぇか!」
不敵な笑みを浮かべる海藤の前に立つように構える。
掠っただけとはいえ銃で撃たれた直後なのにも関わらず大した根性だ。
「ミレニアムタワー前にいたんでな。無事か?」
「あぁ、問題ね、いっ……て、てぇ……」
しかし、傷はまだ塞がっていないのだろう。
肩を抑えて顔を顰めている。
「後は俺に任せろ」
「バカ言うな、いきなりやってきて美味しいトコ持ってくなっつの」
「はっ、そうかい……」
海藤が俺の隣に立ち、再びファイティングポーズを取る。
口では強がっているが、危険な状態だ。
松金の叔父貴の大切な子分を死なせる訳には行かない。
ここは俺が主戦力になるしか無いようだ。
「かかれ!!」
先頭の男の号令により、黒いスーツの男たちが一斉に襲いかかる。
数は六人。一人あたり三人の割り当てだ。
「オラァ、ハァっ!!」
俺は迫り来る一人目の顔面に右ストレートを叩き込んで一撃で沈めた。
続いて襲いかかる二人目も、初撃を避けてカウンターの左フックで打ち倒す。
「この!」
警棒を取り出して襲いかかってきた三人目は、鋭く打ち込まれたシャフトの打撃を既の所で躱し、警棒を持った手首を右手で掴んで無力化する。
「ドラァ!!」
「ぎゃぶっ!?」
すぐさま左のエルボーを鼻柱に叩き込んで怯ませ、追撃の正拳突きを鳩尾に突き刺した。
「ぁ、がっ!?」
「セイッ!!」
腹部を抑えて蹲る三人目の頭を抑え、顔面に膝蹴りをぶちかます。
これで目の前の全員は仕留めた。
「海藤!」
海藤の方に目を向けると、一人目を仕留めた直後に二人目からタックルを受けている所だった。
「ぬぉぉりゃああああ!!」
海藤は上から腰を掴んで相手を持ち上げると、パワーボムの要領でアスファルトに叩きつけた。
「がはっ!?」
「へっ、やるじゃねぇか」
「ちっ……撤退だ!」
自分たちの不利を判断したのか、先頭の男が指示を出して黒ずくめの集団が撤退を始めた。
「伊達さん!アイツらを追いかけてくれ!」
「分かった!」
伊達さんが頷き、直ぐに男達を追いかけ始める。
俺も一緒に連中を追いかけたいのは山々だが、今は遥の事が先決だ。
ここは伊達さんに任せよう。
「はぁ……はぁ……」
「海藤、大丈夫か?」
パワーボムをした体勢のままアスファルトに寝転がる海藤に手を差し伸べる。
流石に怪我をした身で暴れるのは堪えたのだろう。
俺の手を掴んで上体を起こしたが、それだけでも辛そうだ。
「何があったんだ?」
「さっきまで遥の嬢ちゃんとメシを食っててな。会計終わって店を出たら、急にアイツらが襲いかかってきたんだ。嬢ちゃんを渡せって迫ってきてな」
黒いスーツを着た謎の男達。
正体は不明だが、あの顔つきからして極道者では無さそうな感じがする。
ただ、遥の身柄を狙っているという事は十中八九100億事件の関係者達だろう。
「遥はどうした?」
「遥の嬢ちゃんならさっき東に預けて逃がした。俺がここで連中とやり合ってたのはその時間を稼ぐ為さ」
そこで俺はいつも海藤のそばに居たあの年若い少年ヤクザの事を思い出した。
なるほど。道理で見かけないはずだ。
「そうか……悪ぃな海藤。どうやら早速、こっちのゴタゴタに巻き込んじまったらしい」
「へっ、今更何言ってんだ。俺ぁもう、アンタと親父が手ぇ結んだときからとっくに腹は決まってんだよ」
海藤は立ち上がると、そう言って再び不敵な笑みを浮かべて見せた。
(やっぱ、桐生にそっくりだな……)
自分の身体を張る事に躊躇しない所や、組の命令とは言えカタギの少女である遥のために必死になってくれる所など、その男気溢れる立ち振る舞いは俺の兄弟分によく似ている。
もっとも、桐生の場合は些か表情が固いのだが。
「それよりも今は東が心配だ。追っ手がアイツの所に来てないと良いんだが……」
「そうだな……ん?」
ふと、俺のポケットが小刻みに震え出した。
携帯電話のバイブレーションだ。
「もしもし?」
『に、錦山さん……ですか……?』
声を聞いてか確信する。
電話をかけてきたのは、今まさに話題に出ていた東 徹だ。
「お前、東か?今どこにいる!?」
「なに、東だと!?」
『じ、自分は今、第三公園に居ます…………今すぐ、来てください……』
「分かった、直ぐに行く!」
電話越しに聞こえる声には覇気がなく、僅かに震えていた。
明らかに普通の状態では無いはずだ。
「錦山、東はなんて?」
「第三公園に居るらしい。だが、電話で聞いた感じ結構ヤバそうだ」
「なんだと……まさか、東の所に追っ手が?」
だとすると、危ないのは東だけじゃない。
遥の身柄も敵に渡っているかもしれないのだ。
「こうしちゃいられねぇ、行くぞ海藤!」
「おう!」
俺は海藤と頷き合い、すぐさま第三公園へと向かう。
東と遥の無事を祈りながら。
如何でしたか?
ついにあの連中がこの事件に首を突っ込んでくるタイミングです
物語も中盤まで来ました。
この調子で今後も頑張ります。