錦が如く   作:1UEさん

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最新話です。

激動の予感……


第十一章 残酷な真実
和解と決裂


2005年12月9日。時刻は19時。

突如として始まった謎の組織との闘いは、応援として駆け付けてきた松金組の応援によって幕を閉じる。

その場にいた男達の中で怪我をしている者は松金組監視の下で柄本医院に担ぎ込まれて治療を受け、リーダー格の男は松金組の連中に拘束されていた。

この後は事務所で彼らの組織や目的について、洗いざらい吐かされる事になるだろう。

 

「遥……大丈夫か?」

「うん……おじさん。助けに来てくれたんだね…………」

「……当たり前だろ」

 

俺は海藤に託していた遥の無事を確認する。

先程も見た通り、遥はどこも怪我していなかった。

その事実に俺は安堵した。

もしも桐生の娘に怪我なんてさせてしまえば、俺はアイツに合わせる顔が無い。

 

「ごめんね……私が、勝手な事ばかりするから…………」

「いや……こっちこそ、さっきはカッとなっちまった。本当に情けねぇ」

 

さっきの俺はどうかしていた。

もしもあそこで遥を突き放してさえ居なければ、こんな事にはならなかった筈だ。

 

「へへっ……良かったな、遥の嬢ちゃん。錦山と仲直り出来てよ」

「うん……!」

 

海藤が遥の頭に手を置き、快活に笑う。

遥もまたそれに笑顔で頷いていた。

 

「感謝するぜ、海藤」

「気にすんなっての。言っただろ?俺は松金の親父がアンタと同盟を組んだ時から、覚悟は決まってるってよ」

「フッ……そうだったな」

 

海藤正治。この男には何かと助けられてばかりだ。

この借りはいずれ返さなければならないだろう。

 

「ぅ……ぐっ…………」

 

ふと、海藤の手元から苦しげな声が聞こえる。

松金組の構成員にヤキを入れられ、ズタボロにされた組織の男だ。

海藤に首根っこを掴まれ、力の入らない身体を引き摺られている。

 

「そいつの事、頼んだぜ。海藤」

「任せときな。俺流のやり方で徹底的に絞ってやるぜ。何か分かったらちゃんと報告してやっからよ」

 

海藤はそう言って邪悪な笑みを浮かべていた。

古今東西、ヤクザの拷問と言うのは並大抵のものでは無い。

男の口が割られるのも時間の問題だろう。

 

「じゃあな、錦山。嬢ちゃんも。」

「あぁ」

「海藤のお兄さん……どうもありがとう」

「おう!」

 

海藤は快活に答え、松金組構成員と共にその場を後にした。

 

「錦山さん……」

 

次いで声をかけてきたのは、スターダストのオーナーの一輝。そしてユウヤだった。

別室で閉じ込められていた所を、松金組が救出したのだ。

 

「すまねぇな一輝、ユウヤ。こんな事に巻き込んじまって……」

「何言ってんすか!そんな事言わないで下さい!」

「そうですよ。俺たちこそ、銃向けられたっきり何も出来ませんでした。すみません……」

 

大事な店を騒動に巻き込んでしまった事を詫びるが、一輝達からは逆に謝られてしまった。

だが、彼らに落ち度などあるはずが無い。

拳銃を向けられれば抵抗など出来ない。普通の人間なら誰だってそうなのだから。

 

「ん?ちょっと待ってくれ」

 

ふと、ポケットが小刻みに震えている事に気付く。

携帯電話の着信だった。

 

「もしもし」

『伊達だ。すまねぇ錦山。奴らを取り逃しちまった』

 

電話の相手は伊達さんだった。

連中を追いかけていたが、どうやら逃げられてしまったらしい。

 

「そうか……」

『そっちはどうだ?』

「あぁ、遥は無事救出した。遥を攫った連中も松金組がとっ捕まえてくれたよ。これから追い込み……いや、取り調べにかけて貰う所だ」

『へっ、今更気にすんな。聞こえなかった事にしてやるよ』

「フッ……これから遥を連れて賽の河原に向かう。現地で落ち合おう」

『分かった、気を付けろよ』

 

伊達さんと合流する約束を取り付け、俺は電話を切った。

今の神室町において、確実に安全と言えるのはもう賽の河原を置いて他には無かった。

 

「おじさん、どこかへ行くの?」

「あぁ……でも…………」

 

俺は遥と向き合い、覚悟を決めた。

今の彼女ならきっと、この事実を受け入れてくれると信じて。

 

「悪い。一輝、ユウヤ…………少し、外してくれないか?」

「……分かりました」

 

事情を察した二人がその場を離れる。

俺は、謎の男達から取り戻したペンダントをポケットから取り出した。

 

「おじさん……?」

「伊達さんの所に行く前に……お前に、伝えなくっちゃならない事があるんだ。ちゃんと、聞いてくれるか?」

「…………うん」

 

遥が頷いた後、俺はゆっくりとペンダントを遥の手に渡す。

彼女の母が、娘に託した"形見"を。

 

「美月……お前の母ちゃんな…………もう……死んじまってたんだ…………」

「……!!」

 

遥が息を飲む音が聞こえ、俺は思わず俯いた。

 

「俺は……お前の母ちゃんを、助け出す事が出来なかった…………!」

 

見知らぬ街に足を踏み入れて、右も左も分からぬ中必死になって探し求めていた彼女の"母親に会う"という願いは、二度と叶わない。

そんな現実を突き付けてしまう事に、俺の胸は張り裂けそうになっていた。

 

「ごめん……ごめんな、遥…………!」

 

たった一人の女の子の願いすらも叶えてやれない。

そんな余りにも無力な自分を俺は激しく呪い、憎み、責め立てた。

 

「…………おじさん」

 

遥の声に、顔を上げる。

彼女は、今にも泣きそうになりながらも俺に微笑みかけてくれていた。

 

「ありがとう、おじさん。私の事、気遣ってくれたんだよね?」

「遥……!」

「いいの、おじさん。実はさっきね、東のお兄さんに言われたんだ。"もしも私が優子先生の居場所を知ってて、その時優子先生が死んじゃってたら、おじさんに正直に話せる?"って……」

「!!」

 

それはおそらく、海藤と東が遥を保護している事にあった出来事なのだろう。

まさか東が遥にそんな事を言っているとは思いもしなかったが。

 

「その時ね、なんとなく思ってたんだ。もしかしたらもう、お母さんは死んじゃってるのかもしれないって……」

「…………」

「でも、先にそう思う事ができてたから……おじさんから、本当のこと、きいても…………ぜんぜん……だいじょう、ぶ…………っ!」

 

そう言って強がる遥の言葉とは裏腹に、涙腺からは透明な雫が零れ落ちる。

俺は思わず、目の前の遥の身体を強く抱き締めた。

 

「な……なぁに?おじさん……っ、私は…………だいじょうぶ、だから……!」

「すまねぇ……本当に、すまねぇ……遥…………!!」

「や、やめてよ……わたし、だいじょうぶ…………だいじょうぶ、なんだから……!!」

 

強がっていた遥だったが、やがて俺の胸の中で啜り泣きはじめた。

当たり前だ。遥は今、肉親が一人居なくなってしまったのだから。

 

「……!!」

 

俺の涙腺にも、熱いものが込み上げてきていた。

もしも俺が優子を失ってしまったら?想像するだけでどうにかなりそうになる。

だが、今の遥はそんな悲しみの只中に居るのだ。

そんな彼女の為に俺が出来る事など、もう何も無い。

せめてこうして、満足するまで己の胸を貸してやる事くらいだ。

 

「ぐすっ……ぐすっ…………」

 

やがて、どれくらいの時間が経っただろう。

遥の啜り泣く声は、段々と小さくなっていた。

 

「…………落ち着いたか?」

「……うん。ありがとう、おじさん」

 

目元を腫らした遥だったが、その顔は穏やかだった。

ひとまず、気持ちが落ち着いたらしい。

 

「ねぇ、おじさん……」

「ん?」

「私もね……おじさんに一つ、言ってなかった事があるんだ」

「言ってなかった事?」

 

遥が不意にそんな事を言い出す。

確かに遥とはまだ出会ったばかりでお互いの事はまだまだ知らない事が多いが、このタイミングでそんな事を言われるとは思ってもみなかった。

 

「聞いてくれる?」

「……あぁ」

 

全く検討が付かない。

遥の言葉に頷いた俺に待っていたのは。

 

「実はね───」

「なっ…………!!?」

 

あまりにも衝撃的な事実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神奈川県横浜市。

この地に根を張る極道組織"関東桐生会"。

発足してから僅か五年で、横浜の地で決して小さくない組織と支配域を獲得した任侠集団。

そんな関東桐生会の会長を務める男がこの日、横浜中華街にあるとある店から出てきた。

 

「…………」

 

その男の名前は、桐生一馬。

かつては東日本最大の極道組織"東城会"に所属していた極道者で、現在は関東桐生会総勢約500人の極道連中を率いるれっきとした親分である。

 

「チッ……」

 

そんな男の表情には今、暗い陰が差し込んでいた。

彼はある目的のためにこの街を訪れていたのだが、それを果たす事が出来なかったからだ。

 

「ん……?」

 

そんな彼の携帯に一通の着信があった。

彼の右腕にして、関東桐生会の若頭。松重からの着信だった。

 

「俺だ」

『お疲れ様です、松重です。ご無事ですか?』

「あぁ、問題ない。どうした?」

『…………先程"例の件"を錦山さんにお伝え致しました。ご了承も頂いています』

「そうか……ご苦労だった」

 

松重の要件は、仕事における定期連絡だった。

組織のトップである桐生と二番手を務める松重の間では、頻繁にこうした連絡が交わされている。

関東桐生会がまだ東城会の傘下組織である"桐生組"だった頃から頻繁に両者の間で行われている大切なタスクの一つだ。

 

『会長。そちらは如何でしたか?』

「…………」

 

桐生はふと、自分の出てきた店を振り返って看板を見上げる。

そこにある店の名前を忌々しげに見つめながら、桐生は苦々しく答えた。

 

「…………いや、ダメだった。交渉は決裂した」

 

店の名前は"翠蓮楼"。

表向きは高級中華料理を提供する飲食店だが、実際には横浜中華街を牛耳る中国マフィアである"蛇華"の本拠地である。

そして現在、関東桐生会と一触即発の状態にある組織でもあった。

 

「"横浜全域に存在する関東桐生会の全組織全構成員の完全撤退。それ以外に要求するものは無い"…………劉家龍はハッキリとそう言っていた」

 

桐生が今日この中華街に訪れた理由。

それは、関東桐生会のシマでいざこざを起こす蛇華に対しての和平交渉にあった。

もしも両組織が抗争状態になれば互いの組織の構成員はもちろんの事 周辺地域に住む一般市民にも危害が及ぶ可能性がある。

もしもそんなことになれば神奈川県警からのマークが厳しくなって、シノギや運営に対しても甚大な支障が出る恐れがあるのだ。

抗争など行うべきではない。

その行為は、あまりにも非生産的なのだ。

 

「すまない松重…………これでもう、蛇華とはとことんやり合う他無くなっちまった」

 

だが、交渉は失敗した。

こうなってしまえば最後、血で血を洗う大喧嘩が勃発してしまう事だろう。

それを防ぐ事が出来なかった自分を、桐生は強く責めていた。

 

『いえ、会長。貴方が気にする事はありません』

「松重……?」

『いずれ、遅かれ早かれ連中とはコトを構える事になっていた筈です。こうなった以上、カタギに危害が出る前にさっさと片付けちまいましょう』

「……フッ、そうだな」

 

松重のフォローに破顔しつつも、やはり桐生は負い目を感じずには居られない。

自分は果たして今後、どれだけ松重や組織の面々に救われていく事になるのだろうか。

 

『しかし、それにしても会長のやる事にはいつも驚かされます』

 

少し感傷的になっていた桐生を現実に引き戻したのは、電話越しに聞こえた松重のそんな言葉だった。

 

「……どういう事だ?」

『どういう事って……そりゃ無いでしょう?会長』

 

松重は半分呆れながら、桐生の行動について言及した。

 

『蛇華の連中と和平交渉に行く。ここまでは良いでしょう。ですが…………なんで無防備な状態で行っちまったんですか?』

 

先程、桐生は翠蓮楼から一人で出てきた。

500人規模の組織を束ねる男が、たった一人で。

そう、この桐生一馬という男。

敵の本拠地に行くにあたって、あろうことか護衛の人間も付けず拳銃等の武装も一切しない丸腰の状態で向かったのだ。

 

『そんなの、奴らからすりゃ狙ってくださいって言ってるようなもんじゃ無いですか』

「いや松重、それは違うぞ」

 

桐生の行ったあまりにも無謀で無茶苦茶な行動を糾弾する松重だったが、桐生としては考えがあっての事だった。

 

「俺は今日 蛇華と和平交渉をしに来たんだ。そんな場に武装をして行けば、奴らを刺激する事になりかねないだろう?」

 

桐生の目的は、あくまでも話し合い。

護衛の人間や武装をして身を護ろうとするのでは無く あえて無防備な丸腰で赴く事で、こちらに敵意が無い事をアピールする。

それが出来てこそ、腹を割った話し合いが出来ると彼は踏んだのだ。

 

『そうですか…………もしも自分がラウカーロンだとして、敵対組織のボスがそんな事をしてくれば俺はこう思いますよ』

「ん?」

『"自分達を相手に護衛も武装もしないこの行為は、我々を侮っている証拠だ。桐生一馬は、その気になれば自分達全員を簡単にねじ伏せられると思っている"……とね』

「………………………」

 

痛い所を突かれた桐生が押し黙る。

現に先程も、劉家龍から似たような事を言われたばかりなのだ。

 

『会長は和平交渉のつもりだったんでしょうが、それじゃあやっている事は挑発と変わりありませんよ』

「むぅ…………」

『やはり、会長に交渉事は難しいと思います。次回からは自分にお任せ下さい』

「いや、いつまでもお前に任せている訳には行かねぇ。俺がキチッと出来なきゃ他に示しが付かねぇからな」

『………………』

 

電話越しの桐生は当然知る由もない事だが、松重はなんとも言えない表情で押し黙っていた。

 

「それに、お前は関東桐生会にとって無くてはならない存在だ。お前の身に何か起こってからじゃ全てが遅い」

『はぁ……もういいですよ。貴方が頑固な事はもう十分 分かってますから』

「え……?」

 

この時、ため息を吐いた松重がこう思っていた事を桐生は決して知る事は無いだろう。

"こんな時、錦山さんが居てくれれば"と。

 

『それよりも、会長。交渉は決裂したんですよね?なのに劉家龍は、会長を無事に解放したんですか?』

 

松重は疑問に思っていた。

丸腰かつたった一人で本拠地にやってきた敵の総大将を前に、あの劉家龍が何もせずにいるはずが無い。

ともすれば、こうして松重が何の異常もない桐生と電話で会話が出来ている事自体が不思議である筈なのだ。

 

「いや、アイツらは交渉を突っぱねた上にその場で俺を殺そうとしてきた」

『やはりそうですか…………ん?ちょっと待ってください。という事は………』

 

嫌な予感を感じる松重に対し、桐生はいっそ清々しく答えてみせた。

 

「あぁ、俺はそこで"交渉"じゃなく"警告"をした。劉家龍含め、その場にいた蛇華の連中を全員ぶちのめしてな」

『全員って……え?蛇華本部にいた構成員を全員ですか!?』

「そうだ。俺を……いや、俺達 関東桐生会を敵に回したらどういう目に逢うかを思い知らせてやったぜ」

 

いとも簡単なように言ってのける桐生だが、彼の行為は人間としての領域を明らかに逸脱していた。

夥しい数の人間が詰めているはずの敵組織の本拠地に単身丸腰で乗り込んだ挙句、襲いかかってきた連中を全員返り討ちにしたと言うのだ。

 

『会長……貴方って人は…………』

「安心しろ。あくまでも警告だ。誓って殺しはやってない」

『いや、そういうことでは…………いえ、なんでもありません』

 

松重はこれ以上言及する事を諦めた。

いずれにせよ交渉は決裂し、蛇華との抗争は避けられない。

であれば先に戦力の大半を削れた事をむしろ喜ぶべきであると 松重は結論付ける。

"龍"を担ぐとは、そういう事なのだ。

 

『それより、どうしますか会長?こうして蛇華と抗争になっちまった以上、この先何が起こるか分かりません。錦山さんとの密会、別日に回した方が良いんじゃ無いですか?』

「いや、その心配には及ばない。あれだけ痛め付けてやったんだ。しばらくは劉家龍も動けないだろう。そっちは予定通り……ん?」

 

桐生が横浜中華街を出ようとすると、彼の目の前に中華服を着た男達が立ち塞がった。

そして、いつの間にか桐生の背後にも同様の男達が徒党を組んで待ち構えている。

いくら鈍感な桐生と言えど、この状況に置かれれば流石に察しは付いた。

 

「松重、急用が出来た。後でかけ直す」

『え、会長?』

 

松重の返答を待たずに桐生は電話を切る。

そして、自らを取り囲む殺気の檻に対して毅然とした態度で振る舞う。

 

「……蛇華の連中だな」

《桐生一馬……生きてこの街から出られると思うなよ!!》

 

中国語で激する構成員。

桐生は彼らの言葉を理解する術を持たなかったが、その意志を確認するには十分な殺気と頭数だった。

 

「フッ……いつでもいいぜ。殺すつもりでかかって来い!!」

 

関東桐生会初代会長。桐生一馬。

その男は誰よりも実直でありながら、誰よりも破天荒であった。

 

 




次回。

いよいよこの作品で、オリキャラを出そうと思います。
たった一人のオリキャラです。
実は伏線も張ってたりしますが、みなさんは分かりますでしょうか……?

お楽しみに
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