錦が如く   作:1UEさん

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最新話。
タイトル通りです。


どうか、受け止めて下さい。


悲惨なる現実

時は少しだけ遡り、12月9日。

騒動の終わったスターダストの店内にて。

 

「私ね───本当は、お父さんと血がつながってないんだ」

「なっ…………!!?」

 

遥が俺に打ち明けた事実は、俺の目を見開かせる程に衝撃的だった。

 

「お父さん、って……桐生と?」

「うん。小さい頃は気付かなかったんだけど……園長先生が話しているのを偶然聞いちゃったんだ。私の本当のお父さんは、今でも分からないの」

「そう、だったのか……」

 

意外だった。

遥の物怖じしない肝の座り具合は、桐生の遺伝だとばかり思っていたから。

 

(だとするなら本当の親父は誰だ……?)

 

実の娘がこのような目に遭っている事を、遥の父親は知っているのだろうか?

いや、きっと知らないのだろう。

もしも知っていれば真っ先に現れて救い出そうとするはずだ。

この街に巣食うゲス共の夥しい悪の手から。

 

「でもね、おじさん」

「なんだ?」

「お父さんと血の繋がった子も居るの。そして、私にとっては同じお母さんから生まれた大切な弟……」

「遥に弟が……?」

 

これも聞かされていなかった事実だ。

遥とは違い、桐生と美月の間に生まれた子が居るという。

そこまで聞いて俺は、段々と遥の言いたい事が分かってきた。

 

「……なぁ、遥」

「なに?」

「昨日俺とケンカした時よ、お母さんに"会わなきゃ行けない"って言ってたよな?それって、もしかして……」

 

俺の疑問に対して、遥は大きく頷いて答えた。

 

「うん……私がこの街に来たのは弟の為でもあるんだ。あの子、私以上にお母さんに会いたがってたから」

「やっぱりか…………」

 

本当に母親に会いたいだけなら"会わなきゃいけない"というのは少し違う。

何かをしなきゃいけないと思うのは、義務感から来る感情のはずだからだ。

 

「だからね、おじさん。明日お父さんに会いに行く前に、お願いがあるの」

「なんだ?」

「明日、弟にこの事話そうと思ってて……一緒に来てくれないかな?」

 

遥の願いは、彼女と共に弟に会って説明をする事だった。

神室町で出会ってからここに至るまでの経緯。

そして、遥たちの目的がもう達成出来ないことを。

 

「……分かった、いいぜ」

「ありがとう、おじさん」

 

そして、時は戻って12月10日。

東都大学医学部附属病院の一室。

俺は遥の弟であり、桐生と美月の息子である澤村新一と出会っていた。

 

「新一くんだな……改めて、俺は錦山彰。よろしくな」

「はい。よろしくお願いします、錦山さん」

 

新一の第一印象は、内気で人見知り。

でも、慣れてくればそんな事は無い。

大人しく物静かだが、話す時は俺の目を見てしっかり受け答えをする真面目で誠実な印象のある少年だった。

 

「それでね新ちゃん。おじさん、犬をいじめてた人に石を投げ返したんだよ!」

「まぁ、俺も見てて胸糞悪かったからな」

「お姉ちゃん、昔っから動物好きだもんね」

 

遥は俺と出会ったこれまでの話を、まるで一つの冒険譚のように語って聞かせた。

本来はあまり自慢げに語っていい事では無いのだが、遥くらいの年頃であればその体験は刺激的かつ貴重なものなのだろう。

恐怖の連続であったはずの出来事を"他の誰もが経験出来ないような事を経験した"と言う形に変換して落とし込む事が出来るのは、ひとえに遥の心の強さが成せるもの。

だからこそ俺は、そんな芯の強さを持つ遥が桐生の娘だと信じて疑わなかったのだから。

 

「それで、その眼帯のおじさんとはどうなったんですか……?」

 

話が進むにつれて、新一がそんな事を聞いてきた。

いくら大人しいと言っても彼は男の子だ。

遥以上にこういった話に興味津々なのは当然の事と言えるだろう。

 

「あぁ……ほれ」

「え……?」

 

だが、若い内からそういった世界に憧れを持つのは良くない。そう思った俺は、未だ包帯の巻かれた左手を新一に見せた。

 

「その眼帯のおじさんにやられたんだ。刃物でブッスリとな」

「……!」

「なんとか死なずに済んだし遥も助けられたが……一歩間違えば危なかったな」

「ご、ごめんなさい…………」

「いや、謝る事はねぇよ。俺もお前ぐらいの歳の頃はこういった世界に憧れたもんさ」

 

これが暴力の行き着く果てだ。

冒険やスリルに興味を持つのは致し方ない。

だが、それが行き過ぎれば取り返しがつかない事態になる事もある。

この子にはそういった世界に行かず、まっすぐ真っ当に育って欲しい。

俺の抱いた勝手な想いだが、きっと桐生も同じ事を思う筈だ。

 

「そういや新一。お前はいつから入院してるんだ?」

 

意識もハッキリしていて受け答えも問題なくこうして普通に話をしているし、顔色も悪くない。

個室まで借りて病院に入院しているが、俺には新一が何処かを悪くしているようには見えなかった。

 

「えっと……実は僕、昔から身体が弱くて……小学校上がってからはずっとこんな感じなんです」

「そうなのか?」

「はい……こうして病院で大人しくしてるだけなら良いんですけど、身体を動かすとすぐに息苦しくなっちゃって……」

 

そう言って少し俯く新一。

遊びたい盛りであるはずのこの時期に、学校にも行けず友達とも会えない日々は辛く退屈な事この上ないはずだ。

遥から聞く俺の話は、そんな彼にとって数少ない刺激的な娯楽だったのだろう。

 

「新ちゃん、肺炎っていう病気にかかっちゃったの。だから、身体とか動かすと直ぐに疲れちゃって……」

「そうか……」

 

肺炎は文字通り肺が炎症を起こす病気だ。

ウイルスや細菌など原因は色々あるが、気管支から肺に入り込んだ有害なそれらが炎症を起こす。

軽ければ咳などの症状だけで済むが少し動いただけでそうなってしまうという事だと、症状としては決して軽くない筈だ。

 

「そうだ、お姉ちゃん」

「ん?」

「お母さんの事は、どうなったの?」

「!!」

 

新一の口からその言葉が漏れ、俺と遥は息を飲んだ。

いよいよ、話さないといけない時が来たのだ。

 

「……おじさん」

「……あぁ」

 

俺は姿勢を正して真っ直ぐに新一の目を見る。

今日の俺は、これを伝えるために来たのだから。

 

「なぁ、新一……俺は今日、お前に大事な話をしに来たんだ。聞いてくれるか」

「え?は、はい……」

 

困惑する新一。

先程までフレンドリーに話していた相手が急に真剣な顔になれば無理もない。

だが、これだけは茶化して伝える事は出来ないのだ。

 

「美月……お前と、遥の母ちゃんは…………もう、死んじまってたんだ」

「…………………………え?」

 

耳を疑った様子の新一。

突然の事で頭がついて行かないのだろう。

 

「俺は、必死になって美月を探した。美月は、俺が知りたい事を知っていた筈だったからな。でも…………俺の仲間から、美月が死んでしまっていた事を聞かされたんだ」

「…………………………」

 

言葉を失い俯く新一。

彼の心中がどうなっているのかを察する事は出来ない。

だが、穏やかじゃないことだけは明らかだった。

 

「すまなかった、新一。俺は……お前の母ちゃんを、助ける事が出来なかった」

 

俺は頭を下げる。

病床に伏せる身で、母親に会える事を楽しみに今日まで過ごしてきたであろう少年の想いを叶えられなかった。

俺がもっと迅速に動けていれば、事態は変わったかもしれない。

そう考えると、やり切れない気持ちでいっぱいだった。

 

「そう……ですか…………」

 

それは、新一がなんとか絞り出した一声だった。

その声はどうしようもなく震え、形容し難い感情が吐息と共に伝わってくる。

 

「お母さんは……もう…………!」

 

しかし、最終的には悲しみが押し寄せてくる。

今にも泣き出しそうになる新一を見た俺は、ついに限界を迎えた。

 

「……遥」

「……なに?」

「俺は例の用事に行ってくる。だから……しばらくここに居てやってくれないか?新一のそばに」

「……うん、分かった。ありがとう、おじさん」

「俺は何もしてねぇよ。…………また後でな」

 

遥の返事を聞いた俺は踵を返して足早に病室を出ていった。

逃げ出したのだ。

俺はあれ以上、新一の姿を見る事に耐えられなかった。

 

「…………」

 

俺は携帯を取り出して伊達さんに電話をかける。

電話は直ぐに繋がった。

 

『伊達だ。どうした?』

「今、東都大学医学部附属病院に居るんだが、桐生との約束の時間が迫ってる。俺はこのまま向かうから、遥の事を迎えに行ってくれねぇか?」

『そうか、もうそんな時間か。分かった、任せておけ』

「すまねぇ、頼んだ」

 

電話を切り、俺は病室の前を去る。

部屋の中から聞こえる少年の泣き声を聞きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月10日。午後13時。

俺は約束の時間に指定場所である芝浦埠頭を訪れていた。

東京都の港区に位置するそこは、大きなコンテナで囲まれた船着場だ。

 

(懐かしいな……)

 

俺がここを訪れるのは、実に17年ぶり。

"カラの一坪"事件における最終局面で、当時 マトにかけられていた桐生を救う為に堂島組に逆らった俺は風間組や日侠連の連中と共にこの場所で最後の大暴れをしたのだ。

 

(あれ以降は兄貴分達が取引現場なんかに使っていたらしいが……俺は来る事が無かったな)

 

今はどうか知らないが、ここの地域にも東城会の力が及んでいた事を考えるとその力は絶大なものである事が窺える。

 

(さて、松重の話じゃここに桐生が来るはずなんだが……)

「失礼、そこのお方」

 

ふと、そんな風に声を掛けられる。

歳の頃は20代後半ぐらい。

黒い革ジャケットを着用した小柄な体格の男。

長い黒髪にパーマをかけた、まるで獅子の鬣を彷彿とさせる髪型が目を引くソイツは見たことの無い顔だった。

 

「俺に何か用か?」

「はい。錦山彰さん……で、お間違いないですか?」

「……何者だ、アンタ」

 

俺の問いに、その男は頭を下げて答えた。

 

「お初にお目にかかります。自分、関東桐生会舎弟頭補佐の斎藤ってモンです」

「関東桐生会……桐生の所の遣いか」

 

俺はその言葉を聞き警戒を解いた。

桐生の組の連中であれば俺を襲う動機は無い。

 

「へい。会長から、錦山さんをお迎えするよう仰せつかりました。ご同行頂けますでしょうか?」

「構わねぇが……桐生は何処にいるんだ?」

「ここではちょっと…………詳しくは車の中で」

「…………分かった」

「では行きましょう。こちらです」

 

俺は斎藤の言葉のままに彼について行き、用意された車に乗り込んだ。

車はすぐに発進し、人目を避けるように芝浦埠頭を出ていく。

 

「お手間をかけさせて申し訳ありません。これから親父のいらっしゃる場所までお送り致しますんで」

「あぁ、頼んだぜ」

 

車の窓ガラスには中が透けないようになる為の加工が施されており、内側から見る外の風景はどこか薄暗い。

ヤクザや芸能人の車にありがちな加工で、窓から顔を見られるのを防ぐ効果がある。

 

「斎藤……って言ったか?関東桐生会は今どんな状態なんだよ?」

 

俺は何気なくそんな話題を振ってみた。

思えば最後に桐生と会って以降、東城会のゴタゴタに手一杯で関東桐生会の事はまるで考えていなかったからだ。

 

「えぇ、それなんですが……」

「ん?何かあったのか?」

 

斎藤は少し躊躇うと、言い難そうに答えた。

 

「つい先日、蛇華と抗争する事が決まっちまいまして……」

「なに、本当か!?」

 

横浜中華街を根城とする中国マフィア集団"蛇華"。

元々は偽造パスポート等の取引が堂島組との間であったのだが、俺が刑務所に入る少し前に関係が悪化してからはそういったことは無くなっている。

 

(こないだのアレがヤバかったのかもな……)

 

俺が出所して間もない時、関東桐生会本部にやって来た蛇華の連中を相手に俺は思いっきり喧嘩を売るような啖呵を切ってしまった。

おそらくそれが両組織の関係に悪影響を及ぼしたのだろう。

 

「すまねぇ、俺のせいだ。俺があの時余計な事しなけりゃ……!」

「いえ、そんな!錦山さんのせいじゃありません!気にしないでください」

 

俺はその非礼を斎藤に謝罪したが、斎藤は即座にそれを否定する。

今回蛇華と抗争になったきっかけはもっと別にあると。

 

「元々、ウチら関東桐生会は蛇華とは反りが合わなかったんです。会長がまだ東城会に居た頃に蛇華総統の劉家龍と因縁があったのはご存知ですよね?」

「あぁ、勿論だ」

 

それは今から12年前の出来事。

堂島組長の命令で偽造パスポートの取引に向かった桐生は、出された飲食物に毒を盛られて昏倒。

その後桐生は地下室に閉じ込められ凄惨な拷問を受ける羽目になる。

偽造パスポートの値段の高さに腹を立てた劉家龍の差し金だった。

 

(だがそれは、当時の堂島組長の差し金でもあった)

 

後から知った事だが、今回桐生を取引に向かわせたのは堂島組に不満を募らせる蛇華に対するガス抜きであるのと同時に桐生の存在を疎んだ堂島組長の計らいでもあり、偽造パスポートの値段は蛇華の怒りを爆発させる為にわざと高めにされていたという事だった。

つまり、桐生が拷問の末死ぬ事まで堂島組長の思惑だったのだ。

 

(風間の親っさんは桐生を助けるためアジトに乗り込んだ)

 

そんな状態の桐生を助けに向かう事は即ち堂島組長への反逆に他ならない。

上の者が絶対である極道社会においてそれだけは許されない行為である。

風間の親っさんは共に行こうとする柏木さんと俺を叩きのめし、たった一人で蛇華の根城に向かっていった。

 

(だが……その時に親っさんは足を悪くしちまった)

 

100人は下らない蛇華の構成員を相手に二丁拳銃のみで相手取り、桐生を救出した親っさん。

だがその際に片足を撃たれてしまい、それ以降の親っさんは杖を着いて生活する事を余儀なくされた。

 

「そんな桐生会長が頭の組織が、自分たちの拠点である横浜に事務所を置いた事を蛇華はよく思いませんでした」

「まぁ……そうだろうな」

「今の関東桐生会って組織は東城会にいた頃に松重のカシラ代行が舵を取っていた桐生組の横浜支部が母体となってますが、その頃から蛇華の連中はこちらのシノギを邪魔したり、ちょっかいをかけたりしてたんです」

 

斎藤は語る。

関東桐生会と蛇華の確執は深く、いずれこうなっていたに違いないと。

 

「会長が抗争にならないようにってずっと下のモンを押さえ込んでいたのですが、事態は一向に改善せずに不満は募るばかりで……それで先日、会長が直々に和平交渉に向かったんです」

「桐生が、和平交渉……」

 

俺はそれを聞いた時点で何が起きたのか察しがついた。

あの不器用な桐生がまともな交渉事など出来る訳も無く、総統の劉家龍がその和平交渉に対して首を縦に振るはずがない。

となれば、導き出される答えは一つだ。

 

「……失敗したんだな?」

「えぇ。護衛も付けず、武装も無い丸腰の状態で交渉に臨んだそうなのですが、劉家龍は首を縦には振らなかったそうです……」

 

残念そうに言う斎藤だが、俺に言わせれば当然の結果と言えた。

そもそも相手に和解のつもりが一切ない上に桐生がそもそも交渉事に向いていないのだ。

となれば、自ずとその後の展開も予想が付くというもの。

 

「なるほどな。大方、交渉が決裂した途端に蛇華の連中が桐生を取り囲んだんじゃないか?で、それを桐生が返り討ちにした事で抗争が決定的になった、とか」

「す、すごい……!え、なんで分かったんですか!?」

「まぁこればっかりは年季の差って所だな」

 

桐生一馬という人間をよく知っていれば知っている程、その行動には大体検討が着く。

共に過ごした時間が長ければ長いほど誰に対してもそうなのかもしれないが、桐生は特に分かりやすいタイプだ。

 

「相変わらず、アイツは暴れさせたらバケモンだな。お前らも苦労するだろ?」

「い、いえ。そういうしわ寄せはむしろ松重代行が喰らってる気がします」

「あぁ…………」

 

脳裏に浮かんだのは、葬儀の時に助けてくれたあの強面の男の顔だ。

若頭代行という事は実質的なNo.2という事。桐生の暴走ぶりに一番振り回される立場にいると言っても過言では無い。

 

(そういえば、松重さんは若頭代行って話だが……本当の若頭は誰なんだ?)

 

代行とは文字通り、本来そこにいるべき人間の代わりをする事を指す。

それはつまり本来若頭であるべき男がそこに居るという事なのだが、その手の話はついぞ聞いた事がない。

 

「そんな訳で今、関東桐生会と蛇華は抗争中の状態なんです。その都合上、錦山さんのお出迎えには細心の注意を払う必要が出てきてしまったって訳です」

「そういう事だったのか……すまねぇな。俺達の為に」

「いえ、これが自分らの仕事ですから」

「そうか…………ついでに聞きたいんだがよ」

「なんです?」

「松重さんは代行なんだろ?本当の若頭は誰なんだ?」

 

俺は思い切って尋ねてみる事にしたのだが、斎藤は困ったように眉を顰めた。

 

「はぁ……それが、自分らも詳しいことは分からないんですよ」

「そうなのか?」

「えぇ。何度か聞いたこともあるんですが、松重代行は"その時が来れば分かる"の一点張りでして……」

「そうか…………」

 

どうやら斎藤もこの事については知らないようだった。

関東桐生会についても俺はまだまだ知らない事が多いが、その辺も今日しっかりと桐生の口から答えてもらうとしよう。

サシで正面から、正々堂々と。

俺に隠していた事も含めて全てを洗いざらい話してもらう。腹を割って話すとはそういうことだ。

 

「錦山さん、そろそろ着きます」

「あぁ」

 

斎藤の運転する車は都内を出て、郊外の道へと入っていく。

入り組んだ坂道をスムーズに進んでいき、やがて車はとある場所へと停車した。

 

「着きました、ここです」

「あ?ここって……」

「会長がお待ちしてます。お早く」

「…………おう」

 

俺は言われるがままに車を降りる。

木々に囲まれた丘の上に存在するそこは、話し合いをするには不釣り合いな場所。

人生を懸命に生きた者たちが、最後にたどり着く安息の地。

 

「墓地……?」

 

それは死した者を供養し、遺骨と共に安らかに眠ってもらう厳粛な場所。

とてもこれから話し合いをする場所とは思えない。

本当にこんな所に桐生は居るのだろうか?

 

「自分は少し離れた場所に居ます。また後ほど」

「あぁ、分かった」

 

斎藤はそう言うと、車を発進させた。

ここは東城会関係者の墓も多く存在する墓地だ。

悪目立ちする訳には行かないのだろう。

 

「…………」

 

待っていても仕方がない。

俺は早速敷地内に足を踏み入れた。

砂利を踏み付けた音が靴底から響く。

そして。

 

「待っていたぞ。錦」

 

俺を呼び出した張本人は、木陰に隠れるように佇んで俺を待っていた。

 

「桐生!」

 

関東桐生会初代会長。桐生一馬。

こいつと再会するのは、関東桐生会の本部以来だ。

 

「すまなかったな錦。こんな所に呼び出しちまって」

 

桐生は出会った時と変わらない、ダークグレーのスーツを身に纏っている。

その目にはサングラスをかけているのは、正体がバレない為の工夫なのだろう。

 

「全くだぜ桐生。一体なんのつもりだ?本当に全部話す気あるんだろうな?」

「勿論だ。でもその前に……お前に見せないといけないものがある」

「見せないといけないもの?」

「あぁ。ついて来てくれ」

 

桐生はそう言うと踵を返して歩き出した。

俺も、言われるがままそれについて行く。

数々の墓石が立ち並ぶ中を歩く桐生の足取りは、何処か重かった。

 

(桐生の奴、一体何をしようってんだ?)

 

珍しく、桐生の狙いが読めない。

だが、桐生が未だ何も語らない以上俺は追随する他ない。

俺たち二人は無言のまま、ただ歩き続けた。

そして。

 

「……ここだ」

 

桐生が、一つの墓の前で立ち止まった。

俺は桐生の視線を追うように墓石に視線を向け────

 

 

 

「─────────────は?」

 

 

 

────思考が凍結した。

 

「…………………………」

 

ここに来てもなお、桐生は黙して語らない。

まるで、目の前の光景が真実であるかのように。

 

「おい……桐生…………?」

 

時が止まったかのような錯覚の中、辛うじて言葉を発する。

 

「これは……なんの、冗談だ?」

「………………………………」

「おい……桐生…………黙ってんなって…………なぁ……!」

 

声が上擦る。

膝は狂ったように笑い、額は汗を吹き出し、心臓は今にも爆発しそうな程に脈を打つ。

 

「……………………」

 

嘘だ。

こんなのは嘘だ。

有り得ない。あってはならないのだ。

だって、こんな。

 

「………………錦」

 

桐生はようやく、その重い口を開いた。

開いて、そして。

 

「…………これが……現実だ」

 

目の前の光景が真実であると俺に宣告した。

 

「……………………………………嘘だ」

 

全身から力が抜けた。

膝から崩れ落ち、両手は地面に着く。

 

「……ウソ………こんなの…………嘘、だ……!」

 

地面に着いた両手の拳を握ると、真島にやられた左手が痛みを発した。

その事実に目頭が熱くなり、視界がぼやけていく。

 

「嘘だ…………嘘だ………………!!」

 

左手に走るその痛みが。

それを知覚出来ている事実そのものが。

目の前のこれが現実である事を、これ以上ないほどに裏付けていたのだから。

 

 

 

「嘘だァァァあああああああッッッ!!!!」

 

 

 

澤村由美。

 

 

それが、墓石に記された人物の名前であり。

 

 

俺の愛した女がもうこの世に居ないという事の、何よりの証明だった。

 

 

 




次回。錦が如く。

迫られる選択

お楽しみに

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