今回、目を背けたくなるような、とある描写が出てきます(直接的な表現は避けています)
人によってはかなり抵抗がある表現かと思いますので苦手な方はブラウザバックして頂くか自己責任でよろしくお願いします。
それではどうぞ
2005年12月10日。午後14時。
郊外某所にある墓地にて、錦山は桐生と再会をしていた。
彼が桐生と再会した理由はただ一つ。
桐生が頑として話そうとしなかった真実を知る為だ。
錦山が長い獄中生活の中を鍛錬と共に生き抜く事が出来たのは、最愛の妹を救ってくれた桐生への感謝といつかそんな彼の助けになりたいと想う願いがあったからだ。
しかし、桐生の助けになる為には彼が抱えているモノや情報を知らなければならない。
だからこそ錦山は真実を知る事を強く望んでいた。
そう、望んでいたのだ。
「────────────────」
そんな今の錦山は、一つの墓石の前で両手を着いて蹲っている。
皮肉にもそれは、彼が知りたがっていた"真実"に辿り着いたが故のものだった。
「錦…………」
桐生が錦山の名前を呼ぶ。
しかし、返事が返ってくる事は無い。
「話……聞いてくれるか?」
「──────────」
「……………あれは今から、五年前の出来事だった」
それでも、桐生一馬は滔々と語り始めた。
錦山の望みであった"真実"を伝える為に。
2000年12月24日。
その日は年に一度のクリスマス。
俺はヒマワリの子供達へのプレゼントを持って孤児院を訪れていた。
その時、由美と優子が買い出しのために出かけると言い出してな。
俺は何かあってからでは遅いと思い、組の連中を護衛に付かせた。
今日お前をここまで送ってきた斎藤もその一人だ。
当時の桐生組は風間組の中で最も大きな派閥と規模を持っていてな。俺は勿論、組員達も滅多な事で喧嘩を吹っ掛けられる事はなくなっていたんだ。
だから、二人に危険が降かかることは無いだろうと安心しきっていた。
『お、親父……大変です!由美さんと優子さんが……拉致られちまいました…………!』
その報告を部下から受けた時は背筋が凍り付いたのを覚えている。
俺はいても立っても居られずヒマワリを飛び出して神室町へと向かった。
街にいるウチの組員はもちろん風間組内の構成員達や懇意にしているカタギ等、知っている人間全員に声を掛けて協力を仰いだ。
恥やプライドをかなぐり捨てて、方々手を尽くして無我夢中で探し回った。
そんな時に、俺の携帯に連絡があった。
シンジからだった。
『兄貴!二人が連れ込まれた場所が特定出来ました!』
その報告を受けた俺は一目散にその場所へと向かった。
神室町じゃ珍しくもない、潰れたホテルの跡地。
そこが由美と優子が連れ去られた場所だったんだ。
「由美、優子……今行くぞ……!」
ビルの中には二人を攫った連中が待ち構えていたが、俺はそいつらを全員片付けて先へと進んだ。
だが。
その先で待っていた光景に。
俺は絶望した。
「ぁ…………ぅ………………」
「─────!!」
その時俺の視界に飛び込んできたのは。
部屋の片隅で恐怖で震えて涙を流している縛られた優子。
衣服を脱ぎ捨ててベッドに乗った数人の男達。
そして。
「ぁ………か…………ず、ま……………」
そんな男たちに嬲られ、女性としての尊厳を穢され、衰弱しきった由美の姿だった。
「──────────────!!!!」
その後の事は、よく覚えていない。
だが、俺がふと我に返った時には由美を取り囲んでいた男達は全員死んでいた。
ある奴は首の骨をへし折られて。
またある奴はドスで心臓を一刺しされて。
そしてある奴は、顔と頭が完全に潰れて真っ赤になるまで殴られていた。
それをやったのが自分である事に気付いたのは、全てが終わった後だった。
「由美……!由美…………!」
俺は由美の元へ駆け寄って、アイツを抱き上げた。
体液と血に塗れ、全身を傷や痣だらけにした由美の身体は、もうとっくに手遅れだったんだ。
「か……か、ず…………ま………………」
それでも由美は、最後に俺に願った。
「は……はるか、と……し、しんい、ちを…………わた、し、たち、の…………こ、こども、たち、を……………おねが、い………ね…………────────────」
「由美……?おい、由美……!」
そして由美は。
遥と新一の未来を俺に託し、この世を去った。
「────由美ィィィいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
「───これが五年前のクリスマスに起きた出来事。錦。お前が知りたがっていた真実だ」
桐生の口から語られるエピソードを、俺はどこか他人事のような気持ちで聞いていた。
それは、紛うことなき現実逃避。
俺の心が、身体が、感情が。その重すぎる現実を受け止める事を拒絶したのだ。
ぼうっとする思考回路の中、夢でも見ているような気分に浸る。
「後から聞いた話だが、アイツらはその時に優子に手を出す事は無かったらしい」
「!!」
しかし、その言葉に俺は我に返って顔を上げた。
あまりの衝撃で失念していたが、拉致されたのは由美だけじゃない。
一歩間違えば優子も同じ目に遭っていたのかもしれないのだ。
「それは…………どうして、だ?」
「由美が庇ったそうだ。"自分の事はどんな目に遭っても良い。だから優子には手を出すな"と。アイツは……優子を守るために自分を犠牲にしたんだ」
「そんな…………!」
再び俺の心を絶望の暗雲が覆い尽くす。
優子には傷一つ付いていない。
だがそれと引き換えに、愛する女が悲惨な結末を迎えてしまったのだ。
やるせなさ、後悔、罪悪感、怒り、悲しみ、憎しみ。
あらゆる感情が綯い交ぜになるこの感覚。
それはまさに十年前のあの時。桐生を庇って懲役を食らった時の感覚、そのものだった。
「そして、俺は由美をそんな目に遭わせた奴を……この計画を企てた奴を絶対に許さないと心に誓った」
「誰なんだ?そんなふざけた事をしやがった黒幕ってのは……!?」
俺が感情のままに桐生に問い質すと、桐生は更に驚きの答えを返してきた。
「……世良勝。あの人が自分の出身団体である日侠連に指示を出していたんだ」
「なっ!?」
世良勝。
先日何者かに殺された東城会の三代目。
その男が、由美を攫って殺す事を計画した張本人だというのだ。
「なんだと……?世良会長が?何かの間違いなんじゃないのか?」
世良は風間の親っさんから極道のイロハを教えこまれた大の風間派だ。
カラの一坪事件をきっかけにのし上がったやり手の極道で、会長就任後も親っさんにだけは敬語で喋っているという話だった。
そんな世良が、親っさんや桐生の身内であるはずの由美を殺すはずが無い。
そう思った俺だったが、桐生は静かに首を振った。
「この件はしっかりと裏が取れている、間違いない」
「そんな…………」
「世良はある人物から由美の殺害を依頼され、その実行役として日侠連を動かしたらしい。由美を強姦したのは日侠連の連中の独断だったそうだが……今となっちゃどっちでもいい事だ」
桐生はそう言って眉間にシワを寄せる。
きっと事件当時の事を思い出しているのだろう。
桐生の全身から発せられる怒りのオーラがそれを物語っていた。
「……桐生、もう一つ聞きたい事がある」
「なんだ……?」
「遥と新一の事だ。アイツらは結局、お前の子供なのか?」
「新一……そうか。新一にも会って来たんだな」
桐生はサングラスを外して俺へと向き直り、ハッキリとした口調でその問いに答えた。
「遥と新一は紛れもなく由美の子供だ。美月と言うのは、由美がよそ行きの時に名乗っていた偽名なんだ」
「偽名、だと……?」
「あぁ。俺との関係がバレた時に危険が及ばないようにするためにその名前を名乗るべきだと、風間の親っさんが言っていてな。由美はその提案を受け入れたんだ」
澤村美月。
それは桐生の身内である事がバレて危険が降りかからないようにする為の偽装工作だった。
由美と美月は同一人物。
遥と新一の母親である彼女はもうこの世には居ない。
だが、そうなると新たな疑問が湧いて出てくる。
「ちょっと待てよ桐生。じゃあ俺が探していた"美月"は一体何者なんだ!?」
俺が血眼になって探していた"美月"。
本来その名前は由美の名乗っていた偽名。
しかし、由美は五年前に既に死んでしまっている。
つまりつい先日まで生きて神室町に居たはずの美月は、由美とは全くの別人という事になるのだ。
「あぁ、俺もそれが知りたかったんだ。美月という偽名を由美が使っていた事を知るのは風間の親っさんと柏木さん。そして今の関東桐生会における古参連中だけ。だが……」
「……今の関東桐生会のメンツに、神室町に入れる人間はいない」
「そうだ。だから俺は真相を確かめる必要があった。神室町に居る美月が、一体何者なのかをな」
本来存在するはずのない由美の妹、美月。
それがどんな人物であれ、桐生や関東桐生会にとって何かしらの影響を与える人物なのは間違いないだろう。
桐生としてはその身柄を早急に確保する必要があったのだ。
故に、桐生は俺に美月の事を見つけ出すように要求してきたという訳だ。
「そういう、事だったのか…………」
「錦……改めてお前に頼みがある」
桐生は改まって俺に言った。
「なんだよ。まさか、また俺に手を引けとか言うんじゃねぇだろうな……?」
「いや、それはもう言わねぇ。錦……お前を男と見込んでの頼みだ」
桐生はそう言って俺に頭を下げた。
それと一緒に右手を差し出して、こう告げる。
「遥と新一。二人を連れて、一緒に来てくれないか?」
「なに……?」
その提案は、俺にとって一番待ち焦がれていたものだった。
大恩ある桐生の力になる。兄弟分の助けになる。
出所直後の俺が目指していたモノが今目の前にあるのだ。
それも、桐生が二人の子供を護りたいと願う最高のタイミングで。
「遥は今、俺達ヤクザのゴタゴタに巻き込まれている。お前は知ってるかもしれないが……真島の兄さんが遥を狙っていたのも、俺を誘き寄せる為だ」
その一件は当然把握している。
何せ今の俺の左手はその時にやられた傷が未だに残っているからだ。
「遥がそうなってる以上新一の事も心配だ。もし俺の息子である事が割れたらどんな目に遭うか分かったもんじゃない。だからそうなる前に、何としても二人を俺の手元に抑えておきたいんだ」
「桐生…………」
「美月が死んだ以上、優子に関する手掛かりは白紙に戻った。だがそれも追って必ず明らかにする。関東桐生会全員、優子の居所を突き止める為に尽力すると約束する。だから……頼む、錦」
桐生一馬という男は出来ない約束はしない。
俺が遥と新一を連れて来れば、優子を探す為に関東桐生会の力を借りる事が出来る。
それは今の状況下において最良の選択と言えた。
「桐生…………」
力の抜けた右手を、ゆっくりと桐生の手に向かわせる。
良い意味でも悪い意味でも、この手を取ることは俺にとって間違いなく一つのターニングポイントになるだろう。
「っ!」
しかし、桐生はすんでの所でその手を引っ込めた。
一瞬 何をしたいのか分からなくなった俺だが、直後にその理由は明らかになる。
「お久しぶりですね…………桐生の叔父貴」
突如として真横から聞こえたその声は、俺にとって聞き馴染んだモノだった。
ゆっくりと声のした方に顔を向ける。
「お……お前は……!?」
白いスーツにショートリーゼント。
貫禄の着いた眼差しを持つその男の手には、鞘に収まった刀が握られている。
そしてその背後には、彼の部下らしき男たちが複数人待ち構えていた。
間違いない。
ソイツは、俺の弟分。
十年の間に幹部にまで上り詰めていた男。
「新藤!」
「お疲れ様です……兄貴。ご無事そうで何よりだ」
任侠堂島一家若頭。新藤浩二。
今や風間組や嶋野組に勝るとも劣らない程の勢力を獲得した東城会の二次団体。
そのNo.2である新藤が、大勢の部下を引き連れて現れたのだ。
「どうしてここが……?」
「兄貴には申し訳ないのですが、後をつけさせて頂きました。桐生の叔父貴に会いに行ってたのは想定外でしたがね」
俺は内心で舌打ちをした。
尾行には警戒をしていた筈だったのだが、どうやら俺が甘かったらしい。
「……俺の命を狙ってんだな?」
任侠堂島一家は、俺に親を殺された旧堂島組の連中が徒党を組んで出来た組織だ。
松金組の羽村に対して俺を襲うように指示を出したのも、任侠堂島一家だ。
そんな松金組が俺と同盟を組んだとなれば、いよいよ本家が出てもおかしくない。
「いいえ、今の俺達が狙っているのは兄貴じゃありません。桐生の叔父貴の方です」
「は?」
しかし、新藤は首を振った。
今の自分達の狙いは俺ではなく桐生の方だという。
かつての親を殺した俺を差し置いて、桐生を任侠堂島一家が狙う理由など存在するのだろうか?
「なんだと?」
「フッ……この後に及んでしらばっくれるのはやめてくださいよ。桐生の叔父貴」
新藤の背後にいる部下たちが一斉に得物を取り出し、それぞれ構えた。
彼らからは、桐生に対する明確な殺意が見て取れる。
(俺ではなく桐生に向けられた殺意……まさか……!!)
そこで俺は思い至った。
任侠堂島一家が桐生に殺意を向ける理由。
それは、俺だけが認知している筈だった出来事。
「桐生の叔父貴……まさかアンタが堂島の親父を殺った真犯人だったとはね!!」
「なっ……!?」
宣言する新藤と驚愕する桐生。
ついにこの時が来てしまった。
俺だけが知っているべき真実に、桐生が晒されてしまうこの時が。
「どういう、事だ……?」
「警察関係者からのタレコミがあったんですよ。十年前の堂島組長殺害の一件で押収された拳銃の証拠品から、錦山の兄貴以外の指紋が検出された、とね」
十年前のあの事件において迅速な解決を願った当時の神室警察署の刑事たちは俺を犯人とする事で決着を付けようとしていたが、その中で伊達さんだけが綿密な捜査の末に"弾の線条痕が違う"という点に辿り着き、俺の取り調べの時にそれを指摘していた。
それを聞いた俺は確信していたのだ。
堂島組長を殺った弾丸は、桐生の持つ拳銃から発射されたものであると。
そして、俺は桐生へ罪の追求が行かないように決してそれを口外することは無かった。
それはまさに、俺だけが知っている真実。
神室警察署の杜撰さが引き起こした、俺にとって都合のいい誤算だった。
「なんで、今になって……?」
俺は今日この日まで、この事を誰にも打ち明けずにいた。
実刑判決を受けた俺が懲役に行って、刑期を終えて帰ってきた今になってそれが掘り起こされると言うのは考えにくい。
それこそ、警察上層部に何かしらの圧力が無ければ成立しないだろう。
だが、それに対して新藤は首を振った。
「さぁ、俺もそこまでは分かりません。ですが……"桐生の叔父貴が堂島の親父を殺した"。これは、紛れもない事実です」
そう言って新藤はその手に持った刀の柄を握り、勢いよく刀身を抜き放った。
鈍色の刃が鋭く輝き、そこに秘められた純然たる殺意を露わにする。
「桐生の叔父貴……俺ぁ、貴方に恨みはありません。むしろ、貴方が東城会に居た時にはお世話になった事もありました。なので本当はこんな事したくないのですが……俺も極道の端くれ。上の命令には逆らえません」
「新藤……お前……」
ふと新藤は、僅かに俺に視線を向ける。
その目は、俺が今まで見たことの無い感情を讃えていた。
「新藤……?」
「……兄貴」
まるで何かの希望に縋り付くような、そんな目だった。
何故今そんな目をするのか。
それは。
「これでもう、俺たち任侠堂島一家は……いや、東城会は兄貴を狙う事はしません。東城会にとっての敵は、桐生の叔父貴だけなんです。ですから…………こっちに来てください、兄貴」
「!!」
それは、至極簡単な事。
新藤は俺が東城会に戻ってくる事を望んでいたのだ。
十年以上前から、こんな俺の事を"兄貴"と呼んで慕ってくれた数少ない弟分の一人である新藤。
そんな新藤にとって、俺というかつての兄貴分と今いる組織との板挟みになっている今の立場は、辛く苦しいものであったのだとその表情が物語っていた。
「東城会に戻って下さい。そしてもう一度やり直しましょう。俺達と一緒に……!」
「新藤……」
間違いない。新藤は本気だ。
本気で俺の身を案じ、本気で俺を救おうとしてくれている。
東城会に戻り、再び極道として復帰する未来がそこにはあった。
「桐生、俺は……!」
「…………………………」
俺は堪らず桐生の方を振り向く。
この局面において、桐生は何も語らない。
伝えるべき事は伝えた。あとを決めるのはお前だと言わんばかりに、ただ真っ直ぐに俺を見つめている。
(桐生……お前…………)
桐生は俺の答えを尊重してくれるのだろう。
俺がたとえどんな選択をしたとしても、コイツはきっと文句を言わない筈だ。
味方になるなら力を貸し、敵になるならたとえ俺でも容赦はしない。
どんな結果になったとしてもあるがままにそれを受け入れ、己のやり方に従ってそれらに応える。
それが、桐生一馬という男の在り方なのだから。
「さぁ、兄貴。そこをどいてください。そして願わくば……共に加勢して頂きたい」
「新藤…………」
「正直な所、俺達だけじゃ叔父貴を殺れるか心配なんです。ですが兄貴が居れば話は違います。お願いします、兄貴」
対する新藤は、東城会に戻る為に自分たちに加勢する事を要請してくる。
今や桐生は任侠堂島一家だけではなく、東城会の敵そのものだ。
今後、俺に今まで向けられていた矛先のほとんどが桐生に向けられると考えるとその凄まじさに実感が湧く。
今 俺は、重要な選択を迫られていた。
(俺は……俺は…………)
桐生と新藤。
関東桐生会と東城会。
幼き頃から共に過ごした親友と俺を慕い付いてきてくれた弟分。
「兄貴……!」
「錦……」
どちらかを選び、どちらかを裏切る。
突如として迫られた選択に。
俺は───────────
錦山彰の明日はどっちだ。
次回もよろしくお願いします