錦が如く   作:1UEさん

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最新話です

ここまで急ピッチで進めてきた本作ですが、だいぶ時間が空いてしまいました。
ですが、本来は細々とやっていく予定でしたのでこれくらいがちょうど良いのかなと思ったりもします。

それでは、どうぞ


断章 2000年
龍の逆鱗


2000年12月25日。

都内某所に居を構える一つの巨大な屋敷があった。

東城会本部。

総勢2万5000人の極道者を束ねる広域指定暴力団 東城会の総本山だ。

葬儀幹部会などの行事が盛んに行われる他、会長の住居としても機能している。

そんな東城会本部の正門では現在、黒服を着た二人の男が門番を勤めていた。

 

「ふぁぁ…………暇だなぁ」

「おい、欠伸してんじゃねぇよ」

 

気の抜けたような欠伸をする男をもう一人の男が窘めるが、欠伸をした黒服は悪びれる様子はない。

 

「いいじゃねぇかよ。どうせ何も来やしねぇんだ」

 

ここ連日、東城会はこれといった抗争も抱えておらず平穏な日々が続いている。

東日本最強の極道組織と言えど、こうも平和ボケをするような毎日が続けば毒も抜かれるというもの。

 

「まぁ、気持ちは分からんでもないがな。何せ今の東城会は桐生組長のお陰で誰も手が出せねぇ」

「あぁ。桐生組長さえいりゃ、あの近江連合でさえウチらには強気に出れないんだ」

 

"堂島の龍"。桐生一馬の名前は今や日本中の極道に知れ渡っている。

あらゆる伝説を作ってきた彼の功績は眩い程の威光を放ち、数多の男たちを恐れ戦かせているのだ。

その結果、現状として誰も東城会に手を出せない状況が出来上がったという訳である。

 

「暴対法の煽りで先細りかと思っちゃいたが……この国のヤクザもまだまだ捨てたもんじゃねぇなぁ」

「ハハッ、違いねぇ」

 

軽口を叩き合う二人の黒服。

彼らはまだ知らない。

この直後、一台の車が彼らの守る正門に突っ込んでいく事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻。東城会本部 応接室。

そこには今、二人の男が居た。

 

「何やったか分かってんですか……?三代目」

 

杖を着いた中年の男が、鋭い眼差しでもう一人を睨み付ける。

東城会直系風間組組長。風間新太郎。

桐生や錦山の育ての親であり、もっとも次期組長に近いとされる男である。

 

「風間さん……」

 

そんな風間に対しバツが悪そうに顔を伏せる男。

彼の名は世良勝。東城会の三代目会長にして、東日本における極道社会の最高権力者だ。

本来であれば彼の方が風間よりも立場が上だが、かつて世良に極道のいろはを教えたのは風間であり、その尊敬の念から世良は現在も風間に対しては敬語を使って話している。

 

「こんな事をして、アイツが黙っているとでも思うんですか?三代目だって、知らなかった訳じゃないでしょう?」

 

風間は口調にこそ礼節を払っているが、その奥には燃え滾るような怒りを滲ませている。

かつて"東城会一の殺し屋"と言わしめた極道である風間の圧力に、世良は息を飲んだ。

下手な事を言えば殺される。

そう直感した世良だったが、彼の背負った東城会の三代目と言う看板が世良自身を律する。

 

「風間さん。これは……あの男との、約束だったんです」

 

世良は正直に告白する。

これは必要な事だったと。

だが、それは風間にとって容認し難い回答だった。

 

「女子供を犠牲にしてまで、守らなきゃいけない約束ですか……?」

 

杖を握る手に力が籠り、目尻が上がっていく。

 

「……」

 

そこで言葉を失う世良に対し、ついに風間は激高した。

 

「───そんなもんがある訳ねぇだろう!!」

「っ!」

 

世良の額から滝のような汗が吹き出てくる。

風間の鬼気迫る気迫には、東城会の三代目である世良も圧倒される他なかった。

 

「風間さん……」

「由美は……あの子は俺が育てた娘みたいなもんだ。それを知らないわけじゃねぇだろう?」

「……えぇ」

「極道にとって親の命令は絶対。それがたとえテメェの子を見殺しにしろってモノであってもだ。でもな……アイツにその理屈は通じねえ」

 

己の抱く怒りを二の次にしてまで、風間は告げた。

事態がいかに深刻であるかを。

状況がいかに最悪であるかを。

そして何より、その引き金を世良が引いてしまった事を。

 

「つまり風間組は……いや、東城会は"堂島の龍"を失う、と?」

「……それで済めば良いがな」

 

そんな風間の言葉を裏付けるかのように、彼らの居る応接室が外側から強くノックされた。

 

「入れ」

「か、会長!大変です!」

 

世良が入室を許可した直後、本部所属の構成員が血相を変えて入ってきた。

その顔には恐怖と緊張が張り付いている。

 

「どうした?」

「き、桐生組長が……!!」

 

噂をすれば何とやら。

早速桐生に動きがあった事を悟った世良は、その直後に衝撃的な報告をした。

 

「───桐生組長がカチコミをかけて来ました!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東城会本部正門前。

常に黒服を着た二人の門番が目を光らせているはずのそこは今、これ以上無いほどに無防備な姿を曝していた。

 

「…………──────」

「ひ、ひぃっ!?」

 

突っ込んできた車に跳ね飛ばされてそのまま動かなくなってしまった男を見て、もう一人が腰を抜かしている。

 

「………………」

 

そんな男たちを意に返さず、本部敷地内へと突っ込んだその車は急ブレーキと共に停車し、車内の人物がゆっくりと車を降りた。

車の中から現れたのは、威圧的な佇まいをした大男。

彼もまた門番たちと同じ東城会の極道である。

しかし、今日の彼は様子が違う。

トレードマークだったグレーのスーツの袖は返り血で真っ赤に汚れ、彫りの深い顔立ちは彼の内側で暴れ狂う真っ赤な怒りとドス黒い憎しみによって更なる強面と化している。

 

「待っていろ……世良…………!!」

 

東城会直系風間組若頭補佐。桐生一馬。

つい数分前まで門番達が話をしていた、日本の裏社会においてその名を知らぬ者は居ないとされるほどの伝説の極道だ。

 

「そこまでです、桐生組長」

 

屋敷へと近づく桐生だったが、彼の前に五人の男達が立ち塞がった。

そのいずれもが白い服に身を包み、各々別のデザインの仮面を着けている。

桐生はそんな彼らの姿に既視感を覚えた。

 

「日侠連……!!」

 

東城会直系日侠連。現三代目会長の世良勝の出身団体であり、表沙汰に出来ない汚れ仕事等をこなしている東城会の暗部組織だ。

かつて起きた"カラの一坪事件"では風間の思惑で桐生達に協力した事もあるのだが、今の桐生にとって日侠連は憎むべき敵でしかない。

 

「三代目からの伝言です。今すぐ────」

「うるせぇ!!」

 

男の言葉を遮り、桐生が激情のままに叫び声を上げた。

今の桐生に、彼らの言葉を聞く意思は欠片も存在しない。

 

「お前ら雑魚に用はねぇんだ。退かねぇならここでぶっ殺してやる!!」

「っ、殺れ!」

 

桐生の全身から溢れ出る殺気を敏感に感じ取った日侠連が一斉に拳銃を抜くが、その時にはもう全てが遅かった。

 

「オラァ!!」

 

瞬く間に肉薄された一人目が、右ストレートで仮面ごと顔面を打ち砕かれる。

あまりの威力に吹き飛ばされた一人目が東城会の本部屋敷の扉にぶつかり、勢いのままに扉が開かれた。

 

「この!」

 

真横にいた二人目がすかさず拳銃を向けるが、彼が発砲するよりも桐生が二人目の手首を掴みあげる方が早かった。

 

「ぎゃあああああああ!?」

 

桐生はいとも簡単にその手首をへし折ると、その手に持った拳銃を容易く奪い取った。

残る構成員達が一斉に桐生に銃を向ける。

 

「がふ、っ────」

 

複数の発砲音が重なって本部内に響き渡った。

その結果、吐血する男が一人。

桐生が拳銃を奪った二人目だった。

 

「なに!?」

「ウラァァァ!!」

 

二人目を肉壁として弾丸から身を護った桐生は、奪い取った拳銃を躊躇いなく発砲した。

乾いた銃声が連続で鳴り響き、残る男たちが一様に無力化される。

 

「ひぃ、ぎゃあっ!?」

 

桐生は拳銃を放り捨て、男の腕を背後から捻り上げた。

関節が砕ける音を聞いた桐生は、背後から声をかける。

 

「言え。世良は何処にいる?」

「な、はっ……?」

「……何処にいるのかって聞いてんだ!!」

 

桐生は理解が追いつかない二人目の腕を更に捻り上げて肩から腕をへし折った。

絶叫をあげる男をうつ伏せになるように押し倒して、更に問いかける。

 

「話さねぇなら次は首を折ってやる。言え」

「────!!」

 

有無を言わせぬ迫力と"本当に殺られる"という恐怖感から、男はついに世良の居場所を告白した。

 

「に……二階の、お、応接室に…………」

「…………」

 

必要な情報を聞き出した桐生は男を捨ておき、足早に邸内へと足を踏み入れる。

中は騒ぎを聞き付けた黒服で溢れかえっており、先程桐生が吹き飛ばした男を安全な場所へ下がらせようとしている最中だった。

 

「き、桐生!」

「テメェ……!」

「どういうつもりだ!?」

 

殺気立ったヤクザ達が一斉に桐生を取り囲む。

並の男であればこの時点で戦意を失い命乞いをするか敗走するのが関の山だ。

しかし、今日ここまでたどり着いた男 桐生一馬はたとえ相手が100人居ようと決して退く事は無い。

 

「お前らに用はない…………そこを退け」

 

それでいて無謀な弱者でも、気の狂った愚者でもない。

この戦力差を単独で覆す程の力を持った、圧倒的強者に他ならないのだ。

 

「さもなきゃ……お前ら、皆殺しだ……!!」

「「「「「────!!?」」」」」

 

故に。

それほどの人物の放つその言葉は、決してただの威嚇ではない。

この男の往く道を阻んだ先に起こりうる、必然である。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

結果。

一人、また一人と黒服のヤクザ達が道を開け始める。

親の為なら喜んで命を投げ出すはずの極道が、あろう事か親の命を狙う不届き者を無抵抗のまま素通りさせるという暴挙に出たのだ。

 

「それでいい……通してもらうぜ」

 

しかし、それは詮無き事。

彼らの前にいるのはただの極道に在らず。

ましてやただの男でも無し。

逆鱗に触れられ怒り狂った────紛れもなき"龍"の化身に他ならない。

只人の身で、敵うこと能わず。

 

「…………!」

 

そして、程なくして桐生はたどり着いた。

東城会本部応接間。

五年の後に出所した彼の兄弟分が、育ての親と再会を果たすその場所に。

 

「世良ァァァあああああああ!!」

 

勢いよく扉を蹴破り、中へと足を踏み入れる桐生。

そんな彼を待ち受けていたのは二人の男。

 

「一馬……!」

「…………」

 

孤児だった桐生の育ての親であり、今では渡世の親でもある風間新太郎。

そして、桐生が今一番探していた男である東城会三代目会長。世良勝だった。

 

「世良……!!」

 

殺意を漲らせ、世良に一歩迫る桐生。

しかし、それを遮るべく立ちはだかったのは他でもない。

風間新太郎だった。

 

「待て、一馬!」

「……!!」

 

敬愛する親分の顔を認識した事で一瞬だけ我に返った桐生だったが、直ぐにその顔を怒りで染め上げる。

 

「邪魔しないでくれ、親っさん。俺が用あるのは世良だけだ」

「一馬……命令だ。今すぐ引け」

 

さらに怒りを募らせる桐生だったが、風間はそんな彼に対して毅然とした態度を崩さない。

それどころか風間もまた、内に秘めた極道としての性を解き放とうとしている。

 

「そっちこそ退いてくれ親っさん。アンタが退いてくれなきゃ、後ろに居る腐れ外道とおちおち話も出来やしねぇ」

「"桐生"!……てめぇ、三代目に向かってなんだその口の聞き方は?」

「いえ、良いんです。風間さん」

 

互いに一歩も譲らずにヒートアップしていく二人を制したのは、今しがた話題に上がった世良だった。

 

「世良……?」

 

真珠色のスーツを着用した気品溢れる佇まいの世良は風間を庇うように前に出ると、剥き出しの殺意を向けてくる桐生に対して真っ向から立ち向かう。

 

「何か俺に言いたいことがあるらしいな、桐生」

「あぁ、そうだ」

「言ってみろ」

 

世良の言葉に対し、桐生は懐から何かを取り出すと世良に向かって投げ渡す。

反射的に受け取った世良の手が掴んだモノは、彼にとって見覚えのあるものだった。

 

「コイツは……」

 

白い能面。

彼の出身団体でもあり直属組織でもある"日侠連"の構成員が任務を遂行する際に正体を隠す為に顔に着ける代物だ。

しかし、その表面は血痕で真っ赤に染まっている。

 

「澤村由美……俺の女に手ぇ出した挙句に殺しやがった男が身に付けていたモノだ」

「それがどうした?」

「とぼけるな!ウラもとっくに取れてんだ……ソイツが、日侠連のモノだってことはな」

 

決定的だったのは、由美の護衛役を仰せつかっていた斎藤と呼ばれた男の証言とシンジから齎された情報だった。

斎藤は重傷を負いながらも攫った連中の仮面を断ち切ることに成功しており、その時に顔の一部を目撃したのだ。

彼の証言に拠ればその時の顔が"日侠連"に所属する知人に特徴が一致していたと言う。

ここにさらに、シンジからの情報が加わった。

曰く、シンジの携帯宛に"日侠連のスパイ"を名乗る男から連絡があり、由美達が攫われ場所をシンジにリークしたと言うのだ。

半信半疑だったシンジだが、情報が本当である事が分かるとすぐさま桐生へと一報を入れたという経緯だ。

 

「……これを着けていた男はどうした?」

 

世良は桐生に問いかける。

その能面を着けていた男がその後にどうなったのか。

心のどこかでは分かりきっていたその答えを、目の前の男に問いかけた。

そして。

トレードマークであったグレーのスーツの両袖を返り血で真っ赤に汚した"堂島の龍"は、ハッキリとした口調で言ってのけた。

 

「殺してやったさ。俺がこの手で……一人残らずな」

(一馬…………)

 

その言葉を聞いた風間は、自身の胸に張り裂けそうなほどの痛みを感じていた。

自分の育てた子が、ついには自分と同じ"人殺し"になってしまったのだから。

 

「そうか……それで?俺に言いたい事と言うのはなんだ?」

「世良……心して答えろ…………」

 

己の内側で膨らみ続ける怒りと殺意を止めぬまま、桐生は世良に問うた。

 

「これは……アンタの命令なのか?」

 

並の極道が我が身可愛さに道を開ける男、桐生一馬。

そんな彼からぶつけられる殺気に対して、東城会の三代目は臆すること無く言い放った。

 

「あぁ……間違いない。澤村由美を殺すように日侠連を仕向けたのは他でもない。この俺だ」

「────!!!!」

 

瞬間。

桐生の怒りが限界を超えた。

血走った目は見開かれ、食いしばった歯は僅かにすり減り、握られた拳からは血が流れている。

 

「世良、お前……!」

「風間さん。後の事を頼みましたよ」

 

世良は短くそう告げると、彼が得意とする武術の構えを取った。

 

「これが……俺のケジメだ」

 

それを合図に。

猛り狂いし応龍は。

身を焦がす程の怒りと。

心を蝕む憎しみを。

 

「────世良ァァァああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!」

 

本能のままに解き放った。

そして。

 

「来い……桐生!!」

 

東城会三代目会長。世良勝。

東日本を総べる極道の頂点が、前代未聞の"龍殺し"に挑む。

 

 

これは、惨劇の後に起こった激動の一幕。

 

 

桐生一馬が東城会を抜けるまで、あと数分────




いつもより若干短めですが、今回はここまで。

次回は本編です。よろしくお願いします
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