錦が如く   作:1UEさん

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第十二章 愛憎
愛と怒り


2005年12月10日。午後16時。

神室町天下一通りに居を構えるバー"セレナ"にて。

 

「〜♪」

 

今は開店の一時間前。

この店の主である美人ママの麗奈は、上機嫌に鼻唄を謳っていた。

その理由は、彼女の手に持たれた一つの紙袋にある。

 

(はぁ……思い切って買っちゃったわ)

 

その中には、一つのプレゼントが入っている。

彼女が密かに想いを寄せている男への贈り物だった。

 

(今は100億円の騒動があるから無理かもしれないけど…………それさえ収まれば、きっと)

 

刑期を終えて出所したばかりでありながら抗争の渦中に飛び込もうとするその男を心配し、麗奈は一度彼を引き留めようとした。

しかし、彼は"大丈夫だ"と毅然と言ってのけたのだ。

それ以降の彼の活躍は、危機的状況に陥る事もあれど有言実行と呼ぶに相応しいものだった。

麗奈に言わせれば、そういう所も昔から変わっていない

 

(もう……17年も前にもなるのね)

 

そんな彼と麗奈が出会ったのは、今から17年前。

当時 神室町で幅を効かせていた堂島組の新入り若衆だったその男は、兄貴分達から散々っぱら酒を飲まされて体調を崩してしまい、一人公園で項垂れていた。

そんな彼を偶然見掛けたのが、セレナを開いたばかりの麗奈だった。

麗奈は具合の悪い彼に水を与え、ついでに自分の店に招待したのだ。

 

(もしもあの時、彼が居てくれなかったら……)

 

麗奈はそんな彼に店を閉めるかもしれないと告げる。

理由は当時、彼の兄貴分が率いていた"泰平一家"と呼ばれるヤクザの存在にあった。

泰平一家は地上げに明け暮れている最中で、セレナに法外な金額のみかじめを要求していたのだ。

麗奈はその支払いや嫌がらせのひがいに遭った事で、利益を出す事に苦心していた。

 

(凄かったな……本当にどうにかしちゃうんだもの)

 

そこで助け舟を出したのが、他でもないその男だった。

彼は話を自分に預けるように告げると、当時のセレナの常連で商店街の地主を勤めていた男と結託し、泰平一家の組長に話をつけたのだ。

結局 その時その場所でで何が行われていたかを彼は決して麗奈に語ろうとはしなかったが、相手は東城会最強と言われた堂島組を支える一柱である"泰平一家"。

何事も無く交渉が終わるはずが無い事くらいは麗奈にも分かった。

 

(ふふっ……それ以来、ずっとなのよね……)

 

開店前で人目が無いのを良い事に、麗奈は一人思いを馳せる。

その頬は、僅かに赤く染っていた。

 

(あぁ、いけないいけない私ったら。もうすぐ開店なんだし、しっかりしないと)

 

軽く頭を振って気持ちを切り替える麗奈。

ここはセレナ。麗奈の想い人である彼が守り、愛し、帰ってくると誓った場所。

そんなこの店を守っていく事が、今の麗奈の役目なのだ。

 

「ん……?」

 

気を取り直して開店準備に取り掛かろうとした麗奈は、エレベーターの音が鳴った事に気づいた。

 

(何かしら……?)

 

天下一通りの雑居ビルに居を構えるこの店だが、エレベーター前にあるテナント表にはきちんと営業時間の記載がある。

そのため、納品業者でも無い限りは開店時間前にこの階に訪れるはずが無い。

 

(納品はもう済んでるはずなのに……)

 

この奇妙な出来事に、麗奈は妙な胸騒ぎを感じずには居られなかった。

そして、その悪い予感は的中する事になる。

 

「───おう、邪魔するぜ」

 

その言葉と共に、一人の男が店内へと足を踏み入れる。

いや、正確に言えば一人ではない。

男の背後には、スーツを着た数人の取り巻きが着いて来ていた。

瞬く間にバーカウンターを取り囲んだ男たちの人相は強面ばかりで、いずれも善良な市民とは言い難い。

麗奈は直ぐに彼らがヤクザである事を見抜き、言葉を紡ぐ。

 

「あの、まだ開店前なのですけど」

「アンタがこの店のママだな」

 

冷静かつ毅然とした口調でヤクザ達に告げる麗奈。

この街で商売をするのであれば相手がヤクザである事など日常茶飯事。

怖がったり弱みを見せたりすれば、骨の髄までしゃぶり尽くされてしまう。

 

「突然だがな……アンタには、俺らと一緒に来てもらう」

 

先頭にいる男は麗奈に対してそう告げた。

年齢は五十代。

白髪混じりの髪を後ろに撫でつけ、ティアドロップのサングラスをかけたその男は人相の悪いヤクザ達の中でも群を抜いて強面であり、まさに"泣く子も黙る"と言う言葉を体現したかのような風貌だ。

 

「何を言ってるんですか……警察呼びますよ?」

「下手な事はしない方がいいぜ。アンタがサツを呼ぶよりも俺たちがアンタをねじ伏せる方が早ぇ……それくらいは分かるよな?」

「…………」

 

表情を変えずに黙り込む麗奈。

弱みを見せないと気丈に振る舞うが、男の言っている事は真実だ。

下手に抵抗しようとすれば逆に危険な目に遭う可能性が高い。

 

「一体、何が狙いなんですか……?」

「フッ、安心しろ。別にとって食おうって訳じゃねぇ。アンタに……協力してもらいてぇ事があんのさ」

「協力……?」

 

困惑する麗奈に対し、男は一枚の写真を見せる。

 

「っ、これって……!?」

 

そこに写っていたのは、白いジャケットを着た長髪の男。

麗奈がよく知る人物だった。

何故なら。

 

「あぁ。アンタにはこの男を呼び出すための餌になってもらう。この意味が分かるな?」

「そんな……!」

 

写真の男の名は、錦山彰。

十年の刑期を終えて出所した元極道であり。

麗奈が密かに想いを寄せる男でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桐生を逃がすために任侠堂島一家に楯突いた俺は、襲いかかってきた新藤をどうにか退けた後に急いでその場を後にした。

俺をここまで連れてきた斎藤の車は既になく、おそらく桐生を乗せてその場から逃げたのだろう。

おそらく桐生は良い顔をしなかっただろうが、正しい判断だ。そうでなければ俺も体を張った甲斐がない。

俺は近場のタクシーを拾って、急いで神室町へと戻っていった。

そして、時刻は16時30分。

料金を支払ってタクシーから降りた俺は、ふとある違和感に気付いた。

 

「ん……?」

 

街の様子が何やらおかしい。

相変わらず道行く人の喧騒の絶えない街ではあるのだが、それがいつもと違う。

そもそも喧騒と言うのは、この街にいる人々が喜怒哀楽といったそれぞれの感情や何かしらの思惑に基づいて行動や言動をした事によって起こりうるものだ。

言ってる事もやってる事もみんなバラバラ。規則性や法則性などありはしない。それが普通だ。

 

(この感じ……)

 

当然だが、俺も街ゆく人々の雑多な声を全て言葉として認識してる訳では無い。

一度に十人の話を同時に聞いたとされる聖徳太子ですら、そんな事は不可能だろう。

だが、デタラメであるはずの喧騒の中で明らかに統一した感情を持った声を俺の耳は聞き取った。

困惑した時や、恐怖を感じた時のような声の独特のトーン。

不特定多数の人間がいる中でそれを発している人間が複数人、確実にいる。

 

(これって、まさか……)

 

俺はこの感覚に覚えがあった。

"カラの一坪"事件の折、桐生をマトに掛けた堂島組の連中が街中を探し回っていた雰囲気に酷似していたのだ。

ヤクザ達が誰かを探して殺気立ったことで怯えた市民たちの声。それがこの違和感の正体だ。

そして、恐らくそのヤクザ達が狙っているのは。

 

「見つけたぞ、錦山ァ!!」

 

背後から聞こえた怒号に、俺は嫌な予感が当たった事を知覚する。

振り向いた先に写っていたは得物を携えた大勢のヤクザ達がこちらに走ってくる光景だった。

 

「任侠堂島一家か……!」

 

十中八九俺を狙っているであろう連中と、ここでやり合うのは得策ではない。

こうして見つかった以上、連絡を受けた増援が次から次へとやってくるだろう。

じきにこの場はヤクザ共で溢れかえる。まともにやり合えば消耗するのは俺の方だ。

 

「チッ!」

「逃がすかボケェ!」

「死ねやコラァ!」

 

俺は追っ手の連中を振り切る為にその場を駆け出した。

幸い、今の俺が根城にしている賽の河原はここから距離が近い。

あそこまで逃げ切れれば連中も手出しが出来ないはずだ。

しかし。

 

(クソっ、待ち伏せか!)

 

敵はそう甘くなかった。

賽の河原への入口である西公園の前には既にヤクザが待ち構えていたのだ。

 

(頭数は五人……一気にやるしかねぇ!)

 

追っ手が来る前に連中を片付けなくてはならない。

覚悟を決めた俺は足を止めずにヤクザ達へと突っ込んだ。

 

「来たぞ、錦山だ!」

「待ってたぞ錦山!テメェはこれで────」

「邪魔だァァァ!!」

 

先頭の一人目に対し、俺は走り込んだ勢いのままに飛び膝蹴りをぶちかました。

顔面の骨が陥没する感触を確かな手応えとして感じた俺は、そのまま二人目へと向かっていく。

 

「この──」

「シッ!」

 

鋭く息を吐きながら右ストレートを二人目の下顎に叩き込んで昏倒させる。

 

「死ねやァ!」

 

バットを振り上げる三人目の腹部に三日月蹴りを突き刺し、蹲った直後に顔面をアッパーでカチ上げる。

 

「くたばれやァ!」

「ッ!」

 

四人目の振り抜いた木刀の一撃をギリギリで躱し、脇腹をボディブローでぶっ叩いた。

木刀を手早く奪い、悶絶する四人目の頭に振り下ろす。

 

「野郎!」

 

最後の五人目が懐から拳銃を取り出すよりも早く、俺の手にはスタンバトンが握られていた。

 

「ぎゃっ!?」

 

手首を打ったスタンバトンの一撃によって拳銃を取り落とす五人目。

 

「ドラァ!!」

 

無防備になった五人目をバックスピンキックで蹴り飛ばして無力化し、その隙に公衆便所へと飛び込んだ。

最奥の個室のドアを開け、さらに奥のドアを開いて賽の河原へと転がり込む。

 

「はぁ、はぁ……危なかったぜ」

「帰ったか、錦山」

 

間一髪逃げこんだ俺の元に現れたのは賽の河原の主、花屋だった。

取り巻きを釣れた派手な格好のその男は、険しい表情を浮かべている。

 

「花屋……?」

「無事に戻れて何よりだ、と言いたいところだが……どうにもそんな事は言ってられないらしい」

「なんだと……?」

 

怪訝な顔を浮かべる俺に対し、花屋は険しい顔のまま一枚の封筒を俺に渡してきた。

高級な和紙で作られたその封筒から差出人が普通じゃ無いことがひと目でわかる。

 

「コイツは?」

「つい数十分ほど前だ。お前を探して一人の女が来てな。ここには居ないと言ったらコイツをお前に渡せと言ってきた」

「女……?」

 

困惑しつつも俺は花屋から封筒を受け取り、中身の手紙を取り出して広げる。

そこに目を通し────絶句した。

 

「な、ん…………!?」

 

 

────拝啓。錦山彰 様

 

この度はお勤め誠にご苦労さまでした。

 

貴方の兄弟分、桐生一馬のことでお話がございます。

 

つきましては、誠に勝手ながら貴方の大事な人の身柄を預からせて頂きました。

 

こちらの要求を呑んでいただけるのであれば、人質には一切の危害を加えない事をお約束致します。

 

それでは、十年前のあの場所でお待ちしております。

 

必ず、お一人でいらっしゃってください。

 

────敬具。堂島弥生

 

 

達筆な文字と丁寧な文章で記されたその手紙を見て胸騒ぎがした。

弥生姐さんが預かったという"大事な人の身柄"。

この局面において、俺にとって大事な人と呼べる人物はそう多くはない。

 

「花屋、伊達さんと遥は?」

 

俺はすぐに遥の無事を確認した。

あの子は今、この街で最もヤクザ達から狙われていると言っても過言ではないからだ。

 

「アイツらは病院から戻ってきている。今頃は例の小屋で休んでいるはずだ」

「って事は……まさか……」

 

花屋のその返事を聞いたことで、俺はついに攫われたのが誰かを確信した。

今の俺が密接に関わっているカタギの人間。

新一の可能性も考えたが、任侠堂島一家は新一が桐生の息子であることを知らないはず。

となるとあとは遥しかないのだが、遥でないとするならば答えはもう決まったようなもの。

 

「攫われたのはセレナの店主、麗奈だ。任侠堂島一家に迫られて連れていかれたのをウチのカメラが捉えている」

「麗奈……クソッ!!」

 

やってしまった。

俺は麗奈を。出所したばかりで身寄りのない俺にあんなにも良くしてくれた彼女を、ヤクザのゴタゴタに巻き込んでしまったのだ。

その事実に深い罪悪感を覚えた俺は、すぐに踵を返して入口のドアノブに手をかける。

 

「行くのか?」

「決まってんだろ……止めんじゃねぇ」

「さっきここの入口の前で任侠堂島一家の連中とやり合ってたみてぇだな?今頃その先には応援の組員がうじゃうじゃ居るはずだぜ。一人で来るようになんて手紙じゃ言ってたが、奴らはハナから"話し合い"なんざするつもりはねぇ。今出ていっても殺られるだけだぞ」

 

花屋は俺に忠告してきた。

この手紙は俺を誘き出して仕留めるための罠であると。

だが。

 

「────それがどうした」

 

そんなもの、今となっては関係ない。

ここに来る前、俺は新藤に忠告した。

俺の身内に手を出すようなら容赦はしないと。

その上で任侠堂島一家の出てきた答えが"これ"なのであれば、俺がやるべきことは一つしかないのだ。

 

「花屋。伊達さんと遥には、くれぐれも賽の河原から出ないように言っておいてくれ」

「どうしても行くんだな?」

「あぁ。俺は必ず麗奈を救う。そしてこの一件の落とし前をキッチリ付けさせてやる」

「……そうか」

 

俺の覚悟を聞いた花屋はそれ以上俺を引き止める事はせず、静かに背を向けて言った。

 

「麗奈は劇場前にある"東堂ビル"に連れ込まれた。あそこは今じゃ任侠堂島一家の拠点だ、大勢のヤクザが詰めているだろう」

「東堂ビル……」

 

そこは十年前に堂島組長が亡くなった場所。

旧堂島組の事務所だった場所だ。

手紙にあった十年前のあの場所というのは、こういう事なのだろう。

 

「言っとくが、俺や伊達も嬢ちゃんをいつまでも見てられる訳じゃねぇ。その事を思うなら……必ず生きて帰って来い。良いな?」

「……あぁ、すぐに戻る」

 

花屋にそう約束し、俺はドアノブを捻って個室へと入った。

個室のドアをそのまま開けて足早に公衆便所の外へと出る。

 

「待ってたぞ、錦山ァ……!」

 

その先に待ち受けていたのは応援を受けて駆け付けていた任侠堂島一家の連中だった。

頭数は軽く十人を超えていて、その場にいるヤクザ達全員が木刀やバット、鉄パイプにドスなどの得物を携えている。完全に俺を仕留める気なのだろう。

 

「テメェはもう終わりだ!」

「観念して死ねや!」

「……ごちゃごちゃうるせぇよ」

 

ヤクザ共のくだらない戯言に俺は吐き捨てるように呟いた。

今はとてもコイツらと会話出来るような気分じゃない。

 

「あ?なんだとコラ?」

「お前状況分かってんのか?」

「この人数相手に勝てるとでも────」

「────うるせぇって言ってんだよゴラァァァッ!!!」

 

一番近くにいたヤクザの頭を右手で掴み、髪の毛を引っ張って無理やり頭を下げさせる。

それと同時に顔面に膝蹴りをぶち込んだ。

 

「あがぶっ!?」

 

鼻を折り潰された事により顔を抑えて悶えるヤクザ。

俺は更にそのガラ空きの鳩尾に正拳突きを放って呼吸困難に陥れる。

 

「ぉ、ごぉっ!?」

 

いよいよ地面に這いつくばったヤクザの後頭部を革靴の底で思い切り踏み付けた。

意識を失ったヤクザがピクリとも動かなくなる。

 

「て、テメェ……!?」

 

取り巻きのヤクザ達が一斉に警戒度を引き上げる。

大方、頭数の多さに圧倒されてこちらが押し負けるとでも思っていたのだろう。

ナメられたものだ。

 

「テメェらみたいな雑魚に用はねぇんだ……!!」

 

左手に走る痛みを無視し、両の拳を握り締める。

コイツらには悪いが、今の俺は自分を制御できる気がしない。

だが。

あくまでも俺の道を阻むと言うのなら。

 

「さっさと退けや……チンピラァァァッッ!!」

 

コイツらには、地獄を見てもらうとしよう。

 

 

 




ついに麗奈に裏社会の魔の手が……
錦山、一体どうする?

次回もよろしくお願いします
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