錦が如く   作:1UEさん

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最新話です
察しの良い方はもう気付いてるかもですが、あの男が再び出てきます。


拳王、再び

2005年12月10日。

賽の河原の入口である西公園のトイレ前にて東城会のヤクザによる乱闘騒ぎが起きていた。

 

「退けやオラァ!!」

 

その騒ぎの中心に居たのは、黒スーツを着た長髪の男だった。

彼の名は錦山彰。先日出所したばかりの元極道である。

 

「クソっ、怯むな!」

「数で押し切れぇ!」

「死ねやァ!」

 

それに対するは東城会の二次団体。任侠堂島一家の構成員たちだ。

彼らは一様に鈍器や刃物などの武器を携えており、それらを一斉に錦山一人に向けている。

武器を持ったヤクザ達相手にたった一人で立ち向かう錦山。

一見して無謀にも見えるこの状況。

しかし、それは錦山彰が並の男であるならばの話である。

 

「うぉぉぉぉおおおおお!!」

 

錦山は襲い来るヤクザ達を相手に一切の引けを取らなかった。

ある時はボクシングのような軽快な動きで敵を翻弄し。

またある時は空手のように力強く構えて打撃を打ち込み。

そしてまたある時はヤクザ然とした荒々しい戦いぶりで並み居る敵を打ち倒していく。

 

「ぐはっ!?」

「ぶげっ!?」

「うごっ!?」

 

十年という刑期を終えて出所した錦山は、何も無意味にその時間を過ごしてきた訳では無い。

鍛錬や走り込みを欠かさず行ってきた彼の身体は無駄な部分が一つもなく、服役中 出所後を問わず多くのならず者たちと拳を交えてきた。

鍛え抜かれた身体と数多くの戦闘経験に裏打ちされた実力を併せ持つ彼の前では、並のヤクザ連中では太刀打ちなど出来ないのだ。

 

「はァッ!!」

 

裂帛の気合いと共に放たれた正拳突きによって、最後のヤクザが地面に転がる。

わずか一分足らずで錦山が襲いかかって来たヤクザ達全員を返り討ちにしてみせたのだ。

しかし。

 

「チッ、新手か……」

 

錦山の視界の先では、増援と思われる黒服の男達が押し寄せて来ていた。

いかに彼が常人の何倍強かろうと、頭数で攻められ続ければいずれ限界は来る。

このままでは彼が消耗し切った所を押し切られてしまうだろう。

 

(だが、やるしかねぇ……)

 

それでも、錦山は決して退く事はしない。

何故なら今の彼には、たとえ無理をしてでも辿り着かなきゃいけない場所があるからだ。

 

「……?」

 

覚悟を決めてファイティングポーズを取った錦山だが、目の前の風景に異変が起きた。

錦山目掛けて進撃を続けていたヤクザ達の前に、一台の黒い車が猛スピードで割り込んだのだ。

 

「何だありゃ……って、おい!?」

 

黒い車はヤクザ達の進路を妨害した後、進路を変えて錦山目掛けて走り始める。

轢かれる訳にはいかない錦山は、横に飛び退く事で車と距離を取る。

しかし、黒い車はそのまま駆け抜ける事はせずに公園の前で急停車した。

 

「乗れ!」

「っ!?」

 

運転席から聞こえた声とその主に錦山は思わず目を見開く。

だが、今の彼には驚いている暇も迷っている暇も無い。

促されるままに後部座席のドアを開けて車に飛び乗る。

 

「待てやテメェ!」

「逃げんなやコラァ!」

 

錦山を乗せた黒い車は急発進し、後ろから聞こえるヤクザ達の怒号を瞬く間に置き去りにしていく。

ヤクザ達を撒いたのを確認すると、運転席の男は錦山に声をかけた。

 

「危ねぇ所だったな、錦山」

「お前……!」

 

その人物を見た錦山は思わず目を見開いた。

彼を助けたのは伊達刑事でも風間組の田中シンジでも、ましてや松金組の海藤でも無い。

 

「羽村……!?」

 

東城会直系風間組内松金組若頭。羽村京平。

錦山だけではなく、彼の兄弟分である桐生ともそれなりに因縁のある男だ。

 

「とりあえず撒くことは出来たが油断は出来ねぇ。頭下げて隠れてな」

「お前、どうして……?」

 

交渉に失敗した上に彼に面目を潰された羽村は、錦山を強く恨んでいる筈だった。

しかし、今はこうして錦山の手助けをしている。

その事実に困惑する錦山だったが、羽村から返ってきたのは至極真っ当な返事だった。

 

「どうしても何もねぇだろ?松金組はお前と同盟を結んだ。アンタを嵌めようとした件も、アンタに協力する事で不問にするって組長のお達しだからな。それに……」

「それに……?」

「…………テメェにゃ借りがあるからな。これでチャラだ」

 

その言葉で錦山は合点がいった。

羽村の言う"借り"とは、松金組の事務所で錦山が羽村の思いを汲んで庇い立てた事を指しているのだ。

経緯はどうあれ錦山があそこで羽村へのケジメを松金組への同盟に差し替えたからこそ、今の羽村はこうしてヤクザを続けていられている。

羽村はただ、その借りを返しただけなのだ。

 

「フッ、なるほどな……恩は売っとくもんだぜ」

「勘違いするなよ錦山。俺たち松金組が協力すんのは今回の一件が終わるまでだ。俺をコケにしてくれやがった事……忘れた訳じゃねぇからな?」

「あぁ、分かってる。今協力してくれるだけで十分だよ」

 

受けた恩義はキッチリ返す。

今の羽村の行動は、松金の漢気ある教えが浸透している何よりの証拠だった。

 

「それで?どこまで行く?連中を本気で撒くつもりなら都内を出るしかねぇぞ?」

 

行き先を聞いてくる羽村に、錦山はハッキリとした口調で告げた。

 

「東堂ビルだ。近くまででいい。向かってくれ」

「東堂ビルだと?」

 

羽村は自分の耳を疑った。

錦山の口にした東堂ビルはかつて堂島組長が事務所として使っていた場所であり、現在は任侠堂島一家の根城と化している。

つまり錦山は、今まさに自分達の命を狙っている連中のいる場所に向かおうとしているのだ。

 

「お前なんのつもりだ?死にに行くようなもんだぞ?」

「俺も出来ることなら行きたくねぇんだがよ……俺の馴染みが、人質に取られてる」

 

口にした瞬間、錦山は改めて自身の中でのたうち回る怒りを自覚した。

目が吊り上がり、瞳孔は開き、額には青筋が浮き出る。

 

「たとえ無謀だろうがなんだろうが俺は行かなくちゃならねぇ。それを邪魔する奴は、どこの誰であろうとぶっ潰す。どこの……誰であろうとな……!!」

「っ!?」

 

瞬間、羽村は肌が粟立つのを知覚した。

それと同時に、約十年前の記憶が脳裏をよぎる。

それは、ある男を羽村が手をかけようとしたが為にとある極道の怒りを買った時のこと。

 

(同じだ……あの時と……)

 

その男の名前は、桐生一馬。

かつて、東城会の内外にその名を轟かせていた伝説の極道。堂島の龍。

今の錦山から発せられる怒りと殺気は、羽村にとって当時の事を鮮明に思い起こさせた。

 

(錦山彰……堂島の龍、桐生一馬の兄弟分。やっぱり……只者じゃねぇって事か……!)

 

今の自分が敵うような相手ではない。

羽村はまざまざと、それを見せ付けられた。

 

「そんな訳で羽村。東堂ビルまでやってくれ。で、俺を降ろしたらすぐに離れろ。良いな?」

「あぁ……そうさせてもらうぜ」

 

羽村はその指示を素直に飲み込んだ。

これ以上表立った手助けをすれば任侠堂島一家そのものから松金組が狙われかねない。

今の羽村に出来るのは、錦山が任侠堂島一家の暴走を収められるように協力する事だけなのだ。

 

(待ってろよ……麗奈……!)

 

錦山を乗せた車は、一度だけ神室町を出た後に松金組の事務所がある七福通りから再び街へと入っていく。

街中では任侠堂島一家の連中がそこかしこで目を光らせており、一瞬たりとも油断は出来ない。

だがその警戒具合とは対象的に、羽村の車は着々と目的地へと向かっている。

僅かに怪訝な顔をする羽村だったが、その表情は直ぐに変貌を遂げた。

 

「……錦山」

「どうした?」

「お前を送ったらその場を離れる手筈だったが……どうも無理らしい」

「なに?」

 

羽村にそう告げられ、車の前方に視線を向けた錦山は直ぐにその言葉の意味を悟った。

 

(こいつぁ、想像以上かもな)

 

劇場前に居を構える東堂ビルの前には、数十人は下らないであろうヤクザ達が待ち構えていた。

言うまでもなく、全員が任侠堂島一家の構成員である。

羽村の言う通り、錦山だけを置いて脱出するのは不可能に思える状況。

だが。

 

(ん……?)

 

ふと、錦山はその群衆の中に見知った顔が居ることに気づいた。

同時に確信する。錦山の想定が合っていれば、羽村に危害が加わる事は無いと。

 

「羽村、問題ない。このまま連中の前に車を停めてくれ」

「なんだと?」

「大丈夫だ、俺を信じろ」

「……チッ、分かったよ」

 

悪態を付きながら、羽村はその指示に従い車を停めた。

一斉に向けられるヤクザ達の視線に晒されながら、錦山は堂々と車を降りる。

 

「行け」

「あぁ!」

 

錦山を降ろした直後、急発進で羽村はその場を離れて行った。

すると、視線は自然と残された錦山に集中する。

 

「来やがったな錦山ァ!」

「正面から堂々と……舐めた真似しやがって!」

「いっぺん死ぬか?あ?」

「……」

 

ヤクザから因縁を付けられる錦山だが、今の錦山にとっては彼らなど眼中に無い。

その視線は、ビルの入口前で立っている一人の男に注がれていた。

 

「やめろ、テメェら」

 

そして、その男がたった一言発した瞬間。

ヤクザ達の視線が一斉にその男に向いた。

黒みがかったグレーのスーツに着崩したYシャツ。

白髪混じりのオールバックに、ティアドロップのサングラス。

そして、左手には黒い手袋が着けられている。

失った小指に義指を取り付けてそれをカバーしているのだろうか。

 

「やっぱり……貴方でしたか」

 

錦山はその男をよく知っていた。

かつて、東城会最強と謳われた全盛期の堂島組を己の拳一つで成り上がり、いつしか組織全体の"暴力"を一手に担った男。

その暴力的なまでの威圧感は、還暦間近となったはずの今でさえ微塵も衰えがない。

 

「来ると思ってたぜ……錦山」

 

久瀬大作。

元堂島組久瀬拳王会会長。

錦山とは、刑務所の中でやり合って以来の再会だった。

 

「お久しぶりです、久瀬の兄貴。俺の馴染みを……返して貰いに来ました」

「ハッ、そう焦るなよ」

 

久瀬がそう言って軽く手を上げると、その場にいた任侠堂島一家の連中が次々と捌けていく。

やがて東堂ビルの前は、錦山と久瀬だけの空間となった。

 

「組の連中は周囲の見張りに向かわせた。テメェとやり合うのに、余計な茶々は入れられたくねぇんでな」

 

錦山は自分の想定が当たった事を確信した。

久瀬は誰よりも暴力に忠実な男。

それは即ち、誰よりも喧嘩に飢えている事を指している。

錦山に協力したからと言って羽村を目の敵にする事は無いだろう。

 

「久瀬……俺の馴染みを人質に取ったのは、アンタの仕業か?」

 

錦山の問いに対し久瀬は毅然と答える。

 

「あぁ、そうだ」

「……アンタともあろう男が、関係ないカタギの女を拉致るだなんて……恥ずかしくないんですか?」

「人に偉そうに説教垂れる立場かテメェ。おぅ?」

 

久瀬は全身から闘気を滲ませながら錦山に告げる。

 

「元はと言やぁテメェが破門にされた分際で東城会のお家騒動に首突っ込んだのが原因じゃねぇか」

「ムショ出て早々知らぬ間に三代目が殺されてて、その犯人が桐生だと言われてるこの状況で、俺が黙ってられるとでも?」

「その過程で馴染みの女の店に駆け込んだ大馬鹿野郎はどこのどいつだ?テメェがあの店を根城にしなけりゃ、俺達が女を狙う事も無かったんだがな?」

「チッ……」

 

その言葉は今の錦山にとって最も効くモノだった。

彼の行動が、巡り巡って麗奈を巻き込んでしまったのは事実なのだから。

 

「だが安心しろ。例の女は弥生の姐さんが見張ってる。あの人は一度した約束を破る人じゃねぇ。お前がこうして一人でやってきた以上、危害を加える事はねぇだろ」

「……だったらもう麗奈に用は無ぇ筈だ。今すぐ解放しろ」

「そうは行かねぇよ」

 

久瀬がサングラスを外して地面に放り捨てる。

その時、錦山は久瀬の身体から発せられる闘気が先程よりも大きくなっているのを肌で感じた。

 

「あの女はお前をここに誘き出す為の餌。そして、任侠堂島一家がそうまでしてお前を呼び出した理由は二つ。一つは弥生の姐さんが手紙で書いた通り。そして、もう一つが…………俺だ」

「ッ!」

 

瞬間、久瀬の放つ闘気が殺気へと変わった。

その意味を、錦山は瞬時に理解する。

 

「なるほど…………つまりアンタは、あの時の決着を付ける為に麗奈を……」

「あぁ……そういう事だ」

「ふざけやがって……!」

 

錦山の心を怒りの感情が支配する。

麗奈を巻き込んだヤクザへの怒り。

そして彼女を巻き込んでしまった自分への怒りで、錦山は腸が煮えくり返っていた。

 

「さぁ……数年ぶりのタイマンだ」

 

拳を鳴らし、ファイティングポーズを取る久瀬。

互いの血肉を喰らい合う野蛮な戦いに飢えた閻魔の双眸が錦山を射抜く。

 

「テメェがどれほどの男になったのか……見せてみろ」

「上等だ……!」

 

それに応えるように、錦山も構えを取る。

それは奇しくも、かつて刑務所の中で久瀬と鎬を削る中で編み出したボクシングの構えだ。

 

「決着付けさせて貰うぜ……久瀬の兄貴」

「言うねぇ……上出来だよ。いつでもいいぜ」

 

闘気と殺気。

怒りと意地。

二人の男から滲み出るそれらが、静かに衝突する。

そして。

 

「────殺す気でかかって来いやぁ!!!!」

「行くぞ、久瀬ぇぇぇぇぇぇッッッ!!!!!」

 

東城会直系任侠堂島一家最高顧問。久瀬大作。

男同士のプライドをかけた"死合い"のゴングが鳴った。

 

 

 

 

 

 




次回
いよいよ閻魔のリベンジマッチが幕を開けます。
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