錦が如く   作:1UEさん

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最新話です。
リベンジマッチのゴングが鳴り響きました。

そして、今回はあの男の登場も……


閻魔の誓い

2005年12月10日。

錦山彰と久瀬大作。

ついに始まった二人の喧嘩は、同時に放った右ストレートによる壮絶なクロスカウンターから幕を開けた。

 

「ぶっ!?」

「ッ、ぐぁっ」

 

互いの一撃が顔を直撃し、二人の脳が同時に揺れる。

 

「っ、うぉらァ!」

 

先に体勢を整えた久瀬が、再び距離を詰めて得意のパンチを繰り出した。

腰の回転を活かしたレバーブロー。

かつてボクサーとして活躍した現役時代に、数多の猛者を屠ってきた必殺の一撃だった。

 

「!」

 

一拍遅れて体勢を整えた錦山だったが、地面を蹴ってその場を飛び退くように距離を取る事でその一撃を躱してみせる。

 

「逃がすかァ!」

「チッ!」

 

雄叫びを上げて再び距離を詰める久瀬に対し、舌打ちをしながらも迎え撃つ錦山。

両者の行動や態度には、それぞれのスタイルが起因していた。

 

「フッ、ハッ、オラァ!!」

 

吠えながらフックやボディブローなど、リーチの短い打撃を繰り出す久瀬。

彼の闘い方をボクシング業界においては"インファイト"と呼称する。

懐に飛び込んで近距離から破壊力のある一撃で相手を叩き潰すそのスタイルは、まさに真っ向勝負と呼ぶに相応しいだろう。

 

「シッ、フッ、ハッ!」

 

対して錦山はそれらの攻撃を十分な距離を取って躱し続け、遠距離からの打撃で牽制する。

彼の闘い方は"アウトボクシング"と呼称し、ジャブやストレートなどを駆使して中距離から攻めるスタイルだ。

互いのスタイルは一長一短で、強みもあれば弱点もある。

インファイトはパンチに体重や腰の力をダイレクトに入れられるため一撃の威力が高いのが利点だが、攻撃を当てるためには相手の懐に入り込まなくてはならない。

その間、中距離から相手のジャブやストレートの洗礼に晒される上に距離を詰めた瞬間にカウンターの餌食になる可能性も大きい。

逆にアウトボクシングは一発の威力はインファイトに劣るものの豊富な手数で相手を少しずつ削っていく事が可能で、相手の動きに応じて狙い澄ましたカウンターを叩き込めるのが特徴だ。

しかし、実際のリングでは広さが明確に決まっている以上、距離を取るにも限界がある。

もしもコーナー際に追い込まれてしまえば、為す術なく餌食にされてしまうだろう。

 

「っ、ヤバっ────」

 

そして錦山は、今まさに壁際に追い込まれていた。

距離を潰して圧力をかけてくる久瀬からの攻撃を避け続け、逃げ場のない状況へと陥ってしまったのだ。

 

「はァァ!!」

 

そんな錦山へと繰り出す渾身の右ストレート。

当たればKO必至のその一撃に対し錦山が取った行動は、防御でも回避でもない。

 

「────ッッ!」

 

錦山はその拳を額で受け止めた。

柏木直伝の呼吸法を用い、いかなる衝撃にも動じない身体を作った上での真っ向勝負。

 

「チッ!」

 

拳による一撃を弾き返される久瀬。

僅かに怯んだその隙を、錦山は見逃さなかった。

 

「せェッ!!」

 

腰だめに構えてから放たれたのは、渾身の正拳突き。

空手において最もポピュラーかつ威力の高い打撃技だ。

 

「ぐほっ!?」

 

全体重を乗せたその一撃で腹部を打ち抜かれた久瀬の身体が後方へと吹き飛んでいく。

それと同時に、錦山がその場に片膝を着いた。

 

「はぁ、はぁ……っ、く、そ…………!」

 

その原因は脳震盪。

久瀬の放った一撃による衝撃は、ゲイリーとの闘いで開眼した剛体の術を持ってしても無力化する事は出来ず、錦山の脳を揺さぶっていたのだ。

 

(流石は久瀬だ……あの歳になってもパンチの威力が全く衰えてねぇ……!)

 

加えて、今の久瀬は小指のカバーをした上で手袋も装着した状態。

かつて錦山が刑務所で闘った時とは違い、失った小指によるハンデが消失している。

つまり、今の久瀬は左の拳も脅威という事なのだ。

 

(オマケにこっちは、未だに左手の痛みが残ってる……拳に威力が乗らねぇのはこっちの方だ)

 

状況は錦山が不利。

このような調子では、久瀬のスタミナが切れるよりも早く錦山が圧力に呑まれてあっという間に倒されてしまうだろう。

 

「やって、くれんじゃねぇか……このガキが」

 

ふと錦山が視線を前に向けると、久瀬が先に立ち上がっていた。

老体である事に加えて先程の正拳突きが効いているのか、足元は僅かに覚束無い。

しかし、全身から滲み出る殺気と暴力的なまでの威圧感は微塵も衰える気配が無かった。

 

「テメェはここでぶち殺す!覚悟は良いな……!」

「……上等だ」

 

久瀬の覇気に乗せられたかのように、錦山もまた立ち上がる。

静かにファイティングポーズを取り、久瀬の身体をしっかりと視界の中央に収めた。

 

(今の久瀬には付け入る隙がねぇ。あるとするなら攻撃する瞬間だ。つまりは……)

「死ねやボケがァァァ!!」

 

吠え猛る閻魔の叫びと共に、殺意に満ちた全力の右フックが錦山を襲う。

それを見据えた錦山は顔一つ分後ろに下がってそれを躱す。

その直後。

 

「シッ!!」

 

連続して繰り出されようとしていた久瀬の左フックよりも早く、錦山は左の一撃を久瀬の顎に直撃させた。

 

「が、っ……?」

 

カウンター気味に貰った一撃で脳震盪を起こした久瀬は、既に振り向いていた左フックの勢いのまま回転するように地面へと倒れ込む。

錦山はそこで追撃せず、距離を取って再び久瀬の身体を視界に収めた。

 

(冷静に、的確に……攻撃する瞬間に一撃を入れ続ける。それしかねぇ!)

「──うぉぉらァァァァ!!」

 

気合いと共にすぐさま立ち上がった久瀬は、再び錦山との距離を詰める。

 

「シッ、フッ、ラァッ!!」

 

フック、アッパー、ボディブロー。

連続で繰り出されるパンチの一つ一つが気迫と体重が乗った重い一撃。まともに喰らえばダメージは必至だろう。

だが、これらの攻撃は錦山にとっては好都合だった。

 

「────ッ、ハッ、フッ」

 

錦山はそれらのパンチを冷静かつ的確に捌いていく。

真島吾朗の変幻自在なドス捌きを相手に生還した彼にとって、放たれる攻撃の全てに殺気が満ちている久瀬の打撃の軌道を予測して対処するのは容易い事なのだ。

そして。

 

「うぉりゃァ!!」

 

仕留めきれない焦りからか、大振り気味に放たれた右ストレート。

これを錦山は逃さなかった。

 

「フッ、ウラァ!」

 

錦山は襲い来る右ストレートを間一髪で躱しつつ、久瀬の顎をアッパーでかち上げる。

明らかに動きが止まる久瀬の顔面に、さらに追い討ちの右ストレートを叩き込んだ。

 

「ぶがっ!?、このガキぃ!!」

 

怒りのまま即座に反撃する久瀬だったがその一撃も躱され、カウンターのボディブローをまともに喰らってしまう。

 

「ハッ、オラァ!」

 

久瀬が再び怯んだ所で、錦山は自身の腕を自分へ引き寄せる要領で久瀬の後頭部を殴ってバランスを崩し、無防備になった瞬間を強烈なアッパーカットで殴り飛ばした。

 

「ぐはッ!?」

 

受け身も取れぬまま地面を転がる久瀬。

しかし、閻魔の闘志は未だに衰えを知らない。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

錦山は呼吸を整えながら久瀬の様子を冷静に観察する。

威圧感と迫力は健在だが、足腰に限界が来ているのを錦山は見逃さなかった。

 

(勝負を仕掛けるなら、今だ……!)

 

錦山はここに来て構えを変える。

ヒット&アウェイを主軸としたアウトボクシングから、ラッシュを得意とするインファイトへ。

彼はここに来て、閻魔と同じ土俵で決着を付ける事を選んだ。

 

「ナメてんじゃねぇぞ……」

 

そしてそのやり方を宣戦布告と取ったのか、久瀬が怒りの表情を顕にして立ち上がる。

最後の攻防が幕を開けた。

 

「本気で来いゴラァァァァッッ!!!!」

 

両者、足を止めての殴り合い。

フック、アッパー、ボディ、ストレート。

回避や防御はおろかジャブすらも無粋と言わんばかりのどつき合いが展開される。

 

「うぉぉぉおおおおおおおおッッ!!」

「はァァァああああああああッッ!!」

 

二人の男が至近距離で吠える。

この場のおいて、もはや技術は意味を成さない。

ただ本能のままに殴って、打って、叩いて、潰す。

そして。

 

「久瀬ェェェえええええええ!!」

「錦山ァァァあああああああ!!」

 

錦山の放った左のボディフック。

久瀬の放った右のストレート。

両者の放った渾身の一撃が、互いの身体を捉える。

 

「ぐ、ォ……!」

 

先に体勢を崩したのは、久瀬。

鳩尾にめり込んだ錦山の左拳は、久瀬の身体から最後の体力を奪い去ろうとしていた。

 

「オオオオオオオオオッッッッ!!!!」

「ぐ、っ、らァ!!」

 

雄叫びを上げた錦山が、全体重を乗せた大振りの一撃を振りかぶる。

久瀬は最後の力とプライドを振り絞って反撃に転じるが────

 

「オラァァァあああああああぁぁぁッッ!!!!!!」

 

それよりも速く、錦山の拳が久瀬の顔面を捉えていた。

 

「が、ァ…………──────」

 

錦山の全力をもって叩き込まれた最後の一撃は、ギリギリ繋ぎ止められていた久瀬の意識を断絶させた。

振りかぶっていた拳が虚しく空を切り、久瀬の身体が前のめりに崩れ落ちる。

地獄から這い上がった緋鯉が、閻魔の喉を喰いちぎった瞬間だった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

激しく息を切らす錦山。

額から流れる汗を拭おうと左手を動かし、彼はふと気付いた。

 

「チッ……ようやくマシになったってのによ……」

 

バンテージのように巻かれていた彼の左手の包帯が、手の甲を中心に赤く染まり始めていたのだ。

言うまでもなく、先の戦いで左の拳を使った事が原因である。

 

(痛みが酷くなる前に、さっさと行った方が良いな……)

 

やっとの思いで久瀬を退けた錦山だったが、今の彼には休んでいる暇も迷っている暇も無い。

こうしている今も、麗奈は捕らわれたままなのだから。

 

「待ってろよ、麗奈……!!」

 

意を決して、錦山は東堂ビルへと向かっていく。

時刻は午後五時を回ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久瀬をどうにか打ち倒した俺は、そのまま麗奈のいる東堂ビルへと足を踏み入れた。

視界に飛び込んできた殺風景なエレベーターホールは、十年前と変わらぬ姿で俺を迎え入れる。

まるで、俺をここに来るのを待っていたかのように。

 

「…………」

 

俺はエレベーターを使わずに、中の階段を使って上に向かう事にした。

ここは今や任侠堂島一家の拠点。

迂闊にエレベーターに乗って敵に待ち伏せされているとも限らないからだ。

 

「はぁ…………はぁ…………」

 

呼吸が荒くなる。

動悸も収まらない。

理由は、先程まで久瀬と闘っていたからというのもあるだろうが決してそれだけじゃない。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

この場所に来ると、否が応でも思い出すのだ。

十年前。消えることの無い十字架を背負った時の事を。

あの時の絶望感を忘れた事など、一日たりとも無かった。

あらゆる感情が綯い交ぜになってやがて全てが足元から崩れていくような、恐ろしい記憶。

 

(迷うな……恐れるな……!)

 

俺は自分自身に言い聞かせた。

そうだ。トラウマがなんだ。

今の俺には、そんなものに苦しむ資格すらも無い。

 

(麗奈……無事でいてくれ……!!)

 

俺なんかの為に、巻き込んでしまった。

何一つ悪い事など犯していない、善良な彼女を。

十年前に背負った十字架の、なんと軽くて愚かなことか。

 

(絶対に……絶対に助け出してやる……!!)

 

覚悟を決めて階段を上りきった俺は、周囲に人影がない事を確認しながら慎重に進んでいく。

やがて、事件の現場だった部屋の前にたどり着いた。

 

(開いている…………っ!)

 

そこで俺が見たのは、三足の靴。

和風の履き物と黒い革靴。そして、女物のヒール。

それらの靴が、この先にいるのが誰なのかを如実に表していた。

 

「麗奈……!」

 

俺は靴を捨てるように脱いで部屋に入り込み、真っ直ぐ続く廊下を進む。

そして、ある部屋の前までたどり着いた。

 

「っ、ここは…………」

 

家具がほとんど置かれていない、殺風景な部屋。

その中央に一つだけある机に、花束が乗せられている。

 

「堂島……組長……」

 

十年前の光景が、鮮明に蘇る。

襲われそうになる由美。

それを助けるために身体を張った桐生。

拳銃を持って踏み込む俺。

そして、銃声。

堂島組長の亡骸の傍で項垂れる、あの時の自分の姿までもが見えてくるようだ。

 

「…………」

 

俺はすぐに感傷を振り払った。

今はそれどころではない。

この奥で、麗奈が俺を待っている。

 

「麗奈、無事か!?」

 

最奥の部屋のドアを開けると、そこに麗奈の姿は無く。

代わりに、一人の女の姿があった。

古風に纏められた黒髪。

紫を基調とした和服。

鞘に収められた一振りの日本刀を持ち、その佇まいからは気品や優雅さすら感じられる。

俺は一目で確信した。

この人こそ、俺をこの場に呼び出した張本人。

 

「あの人が死んで、もう十年になるねぇ……」

「弥生の、姐さん……」

 

堂島弥生。

今は亡き堂島組長の妻。

かつての俺で言う所の"姐さん"にあたる人だ。

 

「姐さん……お久しぶりです。先日、出所して参りました」

「ここに来たという事は……あの手紙を読んだという事だね?」

「はい。俺の馴染みは……麗奈は何処にいるんですか?」

 

その問いに答えたのは弥生の姐さんでは無かった。

突然隣にあった和室の襖が開き、中から一人の男が姿を表す。

濃紺のジャケットに、黒のシャツと赤のネクタイ姿のその男もまた、俺のよく知る人物だ。

オールバックに纏めた髪と、弥生さん譲りの鋭い眼差し。

それはまるで、話に聞いた事のあるかつての漢気に溢れた堂島組長を彷彿とさせるような出で立ちだった。

 

「こうしてアンタの顔見るのも十年ぶりだな……錦山」

 

東城会直系任侠堂島一家総長。堂島大吾。

十年前の事件を皮切りに風間組から独立し、今や二次団体の一つにまで数えられる程の勢力を持った、新時代の"堂島組"。

そのトップを統べるこの男は、かつては堂島組の跡取りになる事を定められていた男でもある。

何故ならコイツは、あの堂島組長と弥生の姐さんの実の息子なのだから。

 

「アンタの馴染みなら、ここに居るぜ」

 

そんな大吾の背後に、麗奈はいた。

彼女はパイプ椅子に座らされ、両手を後ろに固定され、口には白い布を噛まされている。

 

「────!!」

 

なんの身動きも発言も。

ましてや抵抗も出来ない状態で、彼女は俺を認識すると涙目になりながら首を振った。

 

「麗奈!!」

 

俺の知っている麗奈は気丈な女だ。

いくらヤクザ達に脅されたとしても、決して恐れたり退いたりはしない。

そんな彼女がここまでの状態になる理由は、おそらく二つ。

一つはよっぽど怖い思いをした場合。

そしてもう一つは────

 

(麗奈……まさか、こんな時でさえ俺の事を……?)

 

先程表で久瀬も言っていたが、弥生の姐さんは約束を破る人じゃない。

こうやって縛ったりこそはするものの、必要以上に麗奈を傷付けたり怖がらせたりはしていない筈だ。

となれば、一見自意識過剰にさえ取れるこの考えも現実味を帯びてくる。

同時に俺は、更なる罪の意識に苛まれる事になった。

 

(本当にすまねぇ……麗奈)

 

全てを終わらせて必ずケジメを付ける。

そう決心した俺は、今にも蒸発しそうな理性を必死に繋ぎ止めて言葉を発した。

 

「若……教えて下さい。ここまでして俺を呼び出した理由は何なんですか?」

「その前に、その呼び方は辞めてもらおうか。俺はもう"若"じゃねぇ。アンタが組を荒らしてくれたおかげでな」

「……」

 

大吾の言葉はまさに恨み骨髄といった感じだ。

彼はあの事件によって最も人生を狂わされたと言っても過言では無い。

恨むのも当然と言えるだろう。

 

「……聞く相手を間違えましたね。教えて下さい、姐さん」

「錦山……テメェ……!!」

「いいだろう」

 

弥生の姐さんはそう言って頷くと、俺に自分達の要求を突き付けた。

 

「錦山。単刀直入に言おう。彼女を返して欲しければ……ここに桐生を呼び出すんだ」

「何……?」

 

任侠堂島一家の要求は、至ってシンプルだった。

関東桐生会の会長であり、俺の兄弟分である桐生をここに呼び出す。

それが彼らの目的だったのだ。

 

「……理由を尋ねても?」

「お前も新藤から聞かされているだろう?警察関係者からのタレコミで、あの人を殺ったのがアンタじゃない事が分かった。だが、今更その恨みを忘れられる訳もない」

「だからアイツを……桐生を殺ろうってんですか?」

「殺られたら殺り返す。それが極道の性だよ」

 

十年越しに分かった組長殺しの犯人。

それを狙おうにもソイツはもう神室町どころか東城会にすら居ない。

そこで姐さん達は、桐生と関わりがある俺に目を付けたという事だろう。

つまり、俺は桐生という獲物を釣るための餌でしかないって事だ。

 

「無事にこなしてくれれば彼女はこのまま返すと約束しよう。出来るね?」

「お断りします」

 

俺は間髪入れずに答える。

兄弟を売り渡す時点で論外だが、そもそも俺を餌としか見ていない点や何の罪も無い麗奈を巻き込んだ時点で俺が首を縦に振る事などない。

 

「なら、彼女がどうなっても良いって言うのかい?」

「そうは言ってないでしょう。これ以上麗奈に何かするのは俺が許さねぇ」

「だったら要求を呑みな!それしか道は無いよ!」

「呑めねぇって言ってんでしょうが」

 

コイツらの要求は決して呑まない。

だが麗奈は返してもらう。

真っ当な交渉なんぞするつもりは無い。

 

「要求は呑めねぇ。でも麗奈は返してもらう」

「……それが通るとでも思ってんのかい?」

「通しますよ。アンタらは極道の身勝手な都合でカタギを巻き込んだ。そんな連中を相手に交渉事なんざどうかしてる。全く……"任侠"が聞いて呆れますよ」

「……そうかい」

 

姐さんは静かにそう言うと、手にした日本刀を静かに抜き放った。

そして、切っ先を静かに麗奈へと向ける。

 

「私が、本気じゃ無いって思ってんなら大間違いだよ?アンタの返答次第じゃこの女は死ぬ。分かってんだろうね?」

「そいつは……俺への宣戦布告と取って良いんですね?」

 

俺は一切の淀みなく懐のドスを取り出した。

刃を抜きながら確信する。

今の俺なら躊躇いなく人を殺せるだろう、と。

 

「これ以上麗奈に何かをするつもりなら……俺はここでアンタも大吾も殺さなきゃならねぇ。そっちこそ、それが分かってんでしょうね?」

「お前……」

「いい、お袋。俺に任せてくれ」

 

俺と姐さんの間に、大吾が割って入る。

その目には明確な殺意が宿っていた。

 

「表に出てもらおうか、錦山。ここじゃ狭くて叶わねぇ」

「……それで未だ平行線のこの話が進展するなら、喜んで」

「進展はあるさ。もっとも、話し合いをするつもりなんぞ毛頭無いがな」

「……上等だ」

「ついて来い」

 

大吾はそう言うと俺の真隣を横切って部屋を出て行った。

俺は大吾の後を追うよりも前に、縛られた麗奈に視線を向ける。

 

「……もうちょっと待っててくれ、麗奈。直ぐに戻るからよ」

「───…………!」

 

当然、麗奈は何も答えることが出来ない。

だが、俺が勝手に約束する分には耳が聞ければ十分だ。

 

(これで、終わらせてやる……!)

 

覚悟を決めた俺は刃を納めて踵を返し、大吾の背中を追って部屋を出た。

十年越しの因縁に、決着を付けるために。

 

 




という訳で堂島組長の一人息子、大吾でした。
後に六代目を継ぐことになる若き日の大吾。
復讐に燃える彼を前に、錦山はどう立ち向かうのか。

次回はいよいよ十年越しの因縁に錦山がケリをつけます。
お楽しみに
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