錦が如く   作:1UEさん

7 / 102
お待たせしました桐生編です。
桐生編は極での錦山の追加ストーリーみたく、章の合間に挟む形で進行させるつもりでいます。
こレの投稿を最後にまったり更新にはなるかと思いますが、是非お付き合いいただけると嬉しいです。
それではどうぞ



断章 1995年
長い一日の終焉


錦山が逮捕されたその日。

事件現場から離れ、風間組の事務所に由美を預けた桐生はとある場所に訪れていた。

堂島組本部。

かつて最盛期を迎えていた頃に建てられたその外観は、事務所や屋敷では無く要塞と呼ぶのが相応しい程の威容を放っている。

所属する構成員もしくは警察以外の人間は近づこうとすらせず、建物の周囲には常に殺風景な空気が漂っていた。

 

「親っさん……」

 

桐生がここに来たのは、風間新太郎に呼び出されたからである。

風間は突如として起きたこの非常事態の中、堂島組の若頭として誰よりも早く本部へと向かい組の舵を切る必要がある為、桐生が由美を預けた風間組の事務所に今すぐ戻る事は出来ない。

しかし桐生と錦山があの場にいた事を知った風間は、いち早く真実を聞き出す為に桐生を本部へと呼びつけたのだ。

 

(今はなるべく組の連中に見つからない方が良いな……注意しながら進もう)

 

桐生は、今回の事件を引き起こした錦山の兄弟分。

もし誰かに見つかれば何かしらの追求がある事は避けられない。

 

(応接間には誰かいるか……?)

 

桐生は応接間の扉を軽く開け、身を隠すように中を覗き込む。

そこに居たのは三人の堂島組構成員だった。

 

「クソが!!錦山の野郎、無能の分際で組引っ掻き回すような真似しやがって!!」

 

椅子に座って不機嫌そうに机を蹴り飛ばしたのは、堂島組の舎弟頭。

桐生の直属の兄貴分にあたる人間だ。

 

「本当ッスよね……今回ばかりは、いくら風間のカシラでも弁護のしようが無いんじゃ無いですか?あの人、特になんの役職も無いですし、助ける価値もありませんから」

 

それに同意を示すのは舎弟頭の付き人を務める若い衆だ。

一構成員でしか無かった錦山を随分と貶している。

 

「まぁ、あんな小賢しいだけのチンピラは、ムショでいたぶられて殺されんのがオチでしょう。東城会の大幹部を殺ったんだ。絶縁は決まったも同然です」

 

そう言ったのは堂島組の舎弟頭補佐。

桐生とは対等の立場ではあるが、舎弟頭補佐の経験は桐生よりも長い。

この三人は主に、桐生と良く一緒に仕事をする同僚のようなものだった。

 

(アイツら……)

 

自分達の組織の組長を殺されて、その矛先が錦山に向いているのだ。

当然と言えば当然なのだが、桐生からすれば決して面白くはない。

 

「はっ、違いねぇ。あんな三下のチンピラなんぞ、一年も持たずにあの世行きだろうな」

「ですが叔父貴。堂島組長が手ェ出したのって桐生の叔父貴の馴染みの女だったんスよね?もしかしたら桐生の叔父貴が殺ったって可能性もあるんじゃないですか?」

(!!)

 

若衆の何気ない言葉にハッとする桐生。

あの現場において、桐生と錦山は同時に銃を放った。

錦山は自らが出頭すると決意したが、桐生が殺してしまった可能性も未だに存在しているのだ。

 

「ほーう?面白ぇ事言うな、お前」

「す、すんません!出過ぎたこと言いやした……」

「いや良いんだ。俺は本当に面白ぇと思ったんだからよ」

「あ?どういうこった兄弟?」

 

意味が飲み込めない舎弟頭に、舎弟頭補佐はほくそ笑みながら言った。

 

「いえね?もしそうだとしたら、あの錦山は桐生を庇って出頭したって事になるでしょう?もうすぐ組を立ち上げる兄弟分の将来を憂い、身代わりとなって自ら地獄に落ちる……ククッ、美しい兄弟愛だなぁって思ったんですよ」

 

それに合点が言ったのか、舎弟頭も邪悪な笑みを浮かべた。

 

「はっ、なるほどそういう事か。確かに、それで本当に桐生が逮捕されてりゃ話も今より大分拗れてたかもしれねぇな!」

「つまり何の取り柄も無かった錦山さんの唯一の貢献は、桐生の兄貴のスケープゴートって訳っすね」

「ははははっ!まぁ、本当に桐生が殺ってたらそういう事になるな!」

(…………)

 

話が盛り上がる三人のヤクザ達。

しかし、これ以上を黙って聞いていられるほど桐生は大人では無かった。

ノブをしっかりと握ると、ドアを開けて応接間へと入る。

 

「あ?おぉ桐生じゃねぇか!」

「桐生の叔父貴、お疲れ様です!」

「おう兄弟。噂をすればなんとやらか」

 

三人の視線が桐生へと向き、注目が集まる。

彼らからすれば今一番話題に上がっている人間と言っても過言ではないからだ。

 

「兄貴、お疲れ様です」

「おう、今堂島組はお前の兄弟分のせいでてんやわんやよ。お前も風間のカシラに呼ばれて来たんだろう?」

「えぇ……兄貴達も?」

「あぁ。何せ組長が死んだんだ。今後の組の方針を決めるにゃ俺やお前らみたいな舎弟衆が必要だろうが」

 

舎弟頭はそう言うと、懐からタバコを取り出して一本を口にくわえた。

すかさず隣にいた若衆がライターで火を付ける。

 

「ふぅ……ったく、お前の兄弟分も厄介な事してくれたもんだよなぁ?そう思うだろ?桐生」

「…………」

 

知ってか知らずか、桐生の逆鱗に触れるような問いかけをする舎弟頭。

桐生の眉間に僅かばかりのシワが寄った。

 

「じゃあ桐生さんも来たことだし、風間のカシラ呼んできますね。」

 

若衆はそう言うと桐生の脇を通るようにして応接間を出ようとした。

 

「ちょっと待て」

「へ?」

 

そんな若衆を呼び止めて、桐生がその肩を掴む。

直後。

 

「オラァァッ!!」

「ぶげぁっ!?」

 

"堂島の龍"の拳が若衆の顔面をぶち抜いた。

 

「「!!?」」

 

ぶっ飛ばされた若衆の体が、驚愕する舎弟頭と舎弟頭補佐の間を通過して応接間の壁に激突する。

壁にもたれ掛かるように倒れた若衆の体はピクリとも動かなかった。

 

「な、何やってんだテメェ!!?」

 

その突拍子もない行為に困惑した舎弟頭が桐生に向かって叫ぶ。

それに対し桐生は、さも当然のように告げた。

 

「何って、俺の兄弟を侮辱した野郎をぶん殴っただけですが……?」

「っ……桐生、お前聞いてやがったのか……?」

 

滾る怒りを全身から滲ませる桐生にヤクザ達は慄く。

桐生は今どきの極道の中では珍しくすらある、義理人情に厚い男だ。

しかしそれは同時に、身内に対する無礼や被害を何よりも許さないという事でもある。

 

「アンタも、随分錦山の事を悪く言ってたみたいだが……アイツの何を知っているって言うんだ?」

「っ、な、何を知ってるもクソもあるか!アイツは堂島組長を殺ったんだぞ!?貶されるどころか、本来は殺されてもおかしくねぇだろうが!」

 

怒気を隠さずに問いかける桐生に対し、舎弟頭補佐が吠えるように言い返す。

だが桐生にとってはそんな事は関係無い。

 

「錦の犯した罪が重いからって、アンタらに悪く言われなきゃならねぇなんて道理はねぇ。たとえ親殺しの外道でも、俺にとってアイツは兄弟なんだ」

「テメェ……組長の仇を庇うってのか……?」

 

舎弟頭が手に持ったタバコを灰皿で消し、ゆっくりと立ち上がる。

堂島組の舎弟頭として、今の桐生の発言は決して聞き流せるものでは無かった。

 

「お前、それがどういう意味か分かって言ってんだろうな?あぁ!?」

 

極道社会最大の禁忌である親殺し。

それをした錦山を庇おうとする事はつまり、堂島組そのものに対して反旗を翻していると受け取られても何らおかしくは無い。

 

「兄貴がどう捉えるかは自由です。ですが俺は、兄弟を馬鹿にされて黙っていられるような極道になるのは死んでも御免だ」

 

しかし、いくら凄んでも桐生は己を曲げる事はしない。

己の信じた道や意見を不器用にも貫き通す。

それが桐生一馬という男の生き様なのだ。

 

「テメェ……風間のカシラの子飼いだからって良い気になってんじゃねぇぞコラァ!!」

 

激昂した舎弟頭は机にあったガラスの灰皿を手に取ると、それで桐生の頭を殴り付けた。

 

「ぐ、っ……こ、んの野郎ォ!!」

 

しかし、その程度で止められる程"堂島の龍"は甘くない。

桐生は灰皿の一撃を頭で受けると、反撃として舎弟頭の腹部に膝蹴りを叩き込んだ。

 

「ぐほっ、!?」

 

たたらを踏んだ舎弟頭の目に、右の拳を振り上げる桐生の姿が写った。

 

(やべぇ!)

 

舎弟頭はすかさず手に持った灰皿を顔の前に掲げて即席の盾を作る。

ガラス製の灰皿は中までガラスが詰まっており、滅多な事で壊れる事は無い即席の鈍器であり強固な盾にもなりうる代物だ。

 

「ドラァッッ!!」

 

しかし、桐生は構わずにそのまま右の拳を振り抜いた。

 

「ぐぶぁっ!?」

 

桐生の剛腕によって放たれた右ストレートは、ガラスの灰皿を容易に打ち砕いて舎弟頭の顔面に叩き込まれる。

幾多の敵を屠ってきた桐生の拳は、その程度で止まることは無いのだ。

 

「次はアンタか?」

 

あっけなく沈んだ舎弟頭を尻目に、桐生は最後の敵へと目を向ける。

 

「き、桐生テメェ……!」

 

舎弟頭補佐が応接間にあった傘立てから木刀を取り出し、切っ先を突き付ける。

彼にとってはおもちゃ同然のそれを全く意に介さず、臨戦態勢を取って油断なく相手を見据える桐生。

直後。

 

「おい、何の騒ぎだ」

 

何者かが放ったそのたった一言で、場の空気が一変する。

桐生と舎弟頭が同時に同じ方向に視線を向けると、そこには杖をついた初老の男が立っていた。

 

「風間のカシラ!」

「親っさん……!」

 

風間新太郎。

堂島組長亡き後、実質的トップとして組の舵取りを行う堂島組の若頭が騒ぎを聞き付けて姿を現したのだ。

 

「テメェら今の状況が分かってんのか……?身内同士でやり合ってる場合じゃねぇだろう!!」

「「!!」」

 

風間は心胆から震え上がる程の怒声を上げ、その場の二人の戦意を完全に削ぐ。

 

「で、ですがカシラ!桐生が先に手ェ出てきやがったんです!!」

 

しかし、舎弟頭補佐からしてみれば道理は通らない。

一方的に喧嘩を仕掛けたのは桐生の方からなのだから。

 

「それは本当か……?"桐生"」

「っ!……はい、その通りです。申し訳ありません」

 

苗字で呼ばれた桐生の額に、冷や汗が滲み出る。

普段は桐生の事を家族として下の名前で呼ぶ風間だが、極道として振舞っている時は話が違う。

下手なことを言えば、たとえ桐生と言えどタダでは済まない。

桐生は素直に自分の非を認め、直角に頭を下げた。

 

「桐生……頭、下げる相手が違ぇだろう?」

「くっ……」

 

風間に指摘された桐生は舎弟頭補佐に向き直り、その場で正座をする。

 

「今回の御無礼、誠に申し訳ありませんでした……!」

「な、っ……!」

 

床に頭を付けた綺麗な土下座で謝罪の意を示す桐生。

あの堂島の龍をたったの二言で従える風間の器量に、舎弟頭補佐は面を喰らうしか無かった。

 

「なぁ……これで手打ちにして貰えねぇか?」

「へっ、あ、はい……」

「そうか、ありがとよ。ついでにそこで伸びちまってる二人を介抱してやってくれ。桐生、行くぞ。お前は俺について来い」

「はい……」

 

あっという間に場を収めた風間が杖をついて歩き始める。

桐生はその後ろをピタリとついて歩き、応接間を出ていった。

 

「……すまねぇな、一馬」

「お、親っさん?」

 

誰も居ない廊下を歩きながら、風間が桐生に謝罪する。

その声音には先程のような苛烈さは無い。

桐生と錦山が父と仰いだ親の声だった。

 

「お前の事だ。理由もなく手ぇ出すような事はしねぇだろう。おそらく、アイツらが錦山の事を悪く言っていたんじゃないか?」

「っ!はい、そうです」

 

風間は桐生一馬という人間をよく理解していた。

義理人情に厚く、誰よりも仲間や家族を想う桐生が理由もなく自分の兄貴分に手を出す事など有り得ない。

となれば、桐生が自ら手を出すだけの理由が舎弟頭達にあると風間は考えたのだ。

そしてその理由は現在の組の状況を鑑みれば自然と浮かび上がってくる。

 

「やはりな。お前がそれを黙って聞き流せるような男じゃねえ事は分かってる。だが彰が逮捕された今、お前の立場まで危うくさせる訳にはいかねぇ。それに、今は身内同士で争っている場合じゃねぇのも事実だ。悔しいかもしれねぇが、ここは耐えてくれ。一馬」

 

今回の騒動で事件の中心人物となった錦山と幼少の頃から共に過ごし、同じ組に渡世入りした桐生。

そんな彼に対しての見方が今回の一件で変わるのは至極当然と言える。

風間は、そんな中での桐生の立場を守る為に彼に頭を下げさせたのだ。

 

「親っさん……いえ、自分の方こそ勝手な真似しちまって、申し訳ありません」

 

桐生はそんな風間に罪悪感を覚えるのと同時に、その思慮深さと聡明さに感銘を受けていた。

 

(俺はまだ、親っさんの足元にも及ばねぇな……)

「表に車を回してある。詳しい話はそこで聞かせてくれ」

「分かりました、親っさん」

 

廊下を歩き終え玄関口へとたどり着く二人。

そこには風間の言った通り、黒塗りの高級車が一台停車していた。

車の前にいた構成員が二人の姿を見るとすかさず頭を下げた。

運転手役として待機していたのだろう。

 

「親っさん、兄貴!お待ちしてました!」

「シンジか」

 

東城会直系堂島組若衆。田中シンジ。

初めて出来た桐生の弟分であり、昨夜も二人でセレナへと立ち寄っていた。

そこで桐生は由美が攫われた事を知り、桐生は現場へと向かったのである。

 

「シンジ。スマンが急いで車を出してくれ。まだ片付けなきゃいけねぇ事が山ほど有る。」

「分かりました親っさん!どうぞ!」

 

シンジは急いで後部座席のドアを開けた。

風間と桐生が乗り込むのを確認し、自らも運転席に乗り込む。

エンジンがかかり、車は直ぐに発車した。

 

「さぁ一馬。早速で悪いが、あの場であった出来事を話してくれるか」

「はい」

 

そうして桐生は事の次第を全て風間に打ち明けた。

シンジと二人でセレナへ立ち寄り、由美が堂島組長に攫われた事を知った事。

急いで事務所に向かい由美を救おうとして、堂島組長の怒りを買ってしまった事。

殺される寸前の所に錦山が現れて間一髪助かった事。

そして、自分達のどちらかが堂島組長を殺してしまった事。

 

「そうか……つまり、どっちが本当に殺したかどうかは分かって無いんだな?」

「はい……錦はその後、俺に由美を託したんです。そして、妹の事も……」

「妹……優子の事か」

 

錦山の妹の事情は風間も把握していた。

最先端の医療を受けさせてやりたいという錦山の願いで、東都大学医学部付属病院を推薦したのは他でもない風間本人だからだ。

 

「えぇ。きっとアイツはあの一瞬で沢山悩んで葛藤したはずです。俺と由美は、錦の事を家族のように想っている。でも優子は、アイツにとってたった一人の血の繋がった妹なんです。そんな妹が生きるか死ぬかの瀬戸際だってのに、放ったらかしに出来るわけがねぇ……」

「一馬……」

 

桐生にとって家族と呼べる存在は、同じ孤児院で育った錦山と由美。そして風間の三人だけだ。

故に桐生は、肉親がどういうモノかを想像する事は出来ても心で実感する事は出来ない。

だが、錦山がどれほど妹の事を大切に想っていたかはよく知っていた。

 

「俺は、錦が妹の治療費や手術費を稼ぐ為に必死になっているのを間近で見てきました。アイツのシノギに手を貸したことも一度や二度じゃありません。きっとアイツは、側で妹の事を見守っていたかったはずだ……!」

 

だが、錦山はそうしなかった。

新たに組を立ち上げようとする兄弟の門出を邪魔しない為に。

これからの東城会に必要な桐生一馬という極道の人生を台無しにしない為に。

そして、由美と優子。二人の家族を心から愛するが故に、彼は自らの人生を擲ったのだ。

"堂島の龍"桐生一馬に全てを託して。

 

「東城会の行く末と一馬の今後。そして由美と優子の安否を考えて、自らその罪を被る……それが、彰の出した結論だって言うのか……?」

「錦山の叔父貴……」

 

錦山の出した結論は、紛うことなき自己犠牲に他ならなかった。

おそらくこのままいけば、錦山に待っているのは絶縁処分。

無事に刑務所から出れたとしても、堂島組からの報復に遭い惨めな最期を迎える事になるだろう。

 

「事情は分かった。話してくれてありがとうな、一馬」

「親っさん……」

 

だが当然、風間はそんな事を容認するつもりは無い。

桐生と錦山は、元々は二人の意思があったとはいえ風間がこの世界へと導いた経緯がある。

育ての親としても、渡世の親としても。彼はこの事態を見過ごす訳には行かないのだ。

 

「俺は事務所に戻って由美の状態を確認した後、東城会本部に向かう。そして今聞いた彰の件を世良会長に報告して、彰の絶縁処分を避けてもらえるように直談判してくる」

「えっ、出来るんですか?そんな事が……!?」

 

親殺しという極道社会最大の十字架を背負ってしまった錦山。

堂島の龍としての看板があり"カラの一坪"の一件で世良会長から高く評価されている桐生ならまだしも、今回事件を引き起こしたのは本家から見れば何の実績や役職も持たない一構成員の錦山なのだ。

普通に考えれば絶縁は待ったなし。それどころか、今すぐヒットマンが送り込まれてもおかしくは無い。

しかし、風間にはこの状況を打破するアテがあるらしい。

 

「俺も極道の端くれだ。こういう時の交渉材料はちゃんと用意してある。心配するな」

「……分かりました」

 

そうしてる内に、堂島組本部を発車した車は神室町へと戻って来ていた。そこでシンジが思い出したように言った。

 

「そうだ桐生の兄貴。自分、麗奈さんから兄貴をセレナへお連れするよう言われてるんです。麗奈さん、あの後の事情を聞きたがっています」

「そうか……分かった。俺の事はセレナの前で下ろしてくれ。事情は俺から説明する」

「分かりました」

 

シンジはすっぽん通りから神室町に入ると、言いつけ通りにセレナの前で車を止めた。

ドアを開けて車から降りる桐生に対し、風間が忠告する。

 

「一馬。麗奈さんに事情を説明したらお前は直ぐに家に帰れ。お前が由美を連れて組長の事務所から出た所は、既に街の誰かに見られてるかもしれねぇ。今日この街に長居するのは危険だ」

「はい、分かってます」

「明日、また連絡する。じゃあな」

「お疲れ様です」

 

桐生は風間の乗った車が走り出すのを見届けた後、セレナの裏路地へ回った。

非常階段を上がり、裏口のドアを開ける。

 

「桐生ちゃん!」

「麗奈……」

「由美ちゃんは!?由美ちゃんはどうなったの!?」

 

桐生が店に入るなり、麗奈は涙目になりながら訴えかけてきた。

店内に客の姿は無く、営業はしていなかったのだろう。

身内が拉致されたのだから無理も無い話ではあるが。

 

「由美は無事だ。今、風間の親っさんが様子を見てくれている」

「そうなんだ……」

 

それを聞いた麗奈は安堵のため息を漏らす。

風間の名前は麗奈も知っている。

桐生と錦山がこの世で最も信頼する親分が居るのであれば、心配は無いと判断したからだ。

 

「麗奈、聞いてくれ」

「桐生ちゃん……?」

 

しかし、麗奈にとって重大なのはここからだ。

桐生は現場で起きた事を滔々と語った。

己の親友が、自らの為に消えない十字架を背負った事を。

 

「そんな……嘘でしょ……!?」

 

ショックのあまり開いた口が塞がらない麗奈。

つい昨日まで、楽しく飲み明かしていたのが嘘のような残酷な現実。

それに耐えかねた麗奈は泣きながら桐生に詰め寄った。

 

「桐生ちゃん、嘘って言ってよ!だって、桐生ちゃん言ってたじゃない!俺が必ずなんとかするって……!それなのに、どうして……」

「……」

 

いつも冷静で笑顔を絶やさない麗奈が我を忘れて取り乱すのを見て、桐生は思い出した。

麗奈が密かに、錦山に対して想いを寄せていた事を。

 

「桐生ちゃん……!ねぇ、なんとか言ってよ!」

「すまない……」

「桐生ちゃん、錦山くんの事助けてあげられなかったの!?何も出来なかったの!?」

「っ……!」

 

麗奈の悲痛な糾弾を甘んじて受ける桐生。

彼は今、己の至らなさを痛感していた 。

 

「俺は……錦と違って器用に立ち回れたり、頭が回る方じゃねぇ。俺に出来んのは、テメェの大事なモンの為に身体を張る事だけだ。」

 

不器用なまでに真っ直ぐ、己の信念を貫く。

それが桐生の強さでもあり、弱点でもあった。

今回はその弱点が露呈し、悪い方へと発展した事態と言える。

 

「でも、それじゃあダメだった。あの時、もし錦が助けに来るのが遅れていたら……俺は堂島組長に撃たれて死んでいただろう」

「桐生ちゃん……」

「俺のやり方が、甘かったんだ……俺が……俺がもっと上手くやれてりゃ、錦は……!!」

 

後悔と罪悪感に打ちのめされて俯く桐生を見て、麗奈も言葉を失った。

誰よりもショックを受けているのは、他ならぬ桐生自身なのだ。

 

「……ごめんなさい桐生ちゃん。私、少し言い過ぎちゃった」

「……いや、良いんだ。気にしないでくれ」

 

重たい沈黙がセレナの中を満たす。

それは、つい昨日まで四人で楽しく時を過ごしていたのが嘘のような光景だった。

 

「……麗奈、水を一杯貰えねぇか」

「え?う、うん。分かった」

 

その沈黙に耐えかねた桐生は、セレナのカウンター席に腰掛けた。

麗奈もこのままではいけないと感じたのだろう。

直ぐにカウンターへと入り、桐生に水の入ったグラスを手渡す。

 

「ん……ん……ん……っはぁ……ありがとう、麗奈。少し頭が冷えた」

「そう……良かったわ」

 

グラスの水を一息に飲み干し、桐生は礼を告げる。

落ち着きを取り戻した桐生は、やがてふと呟くように言った。

 

「……俺は決めたぜ」

「桐生ちゃん……?決めたって、何を?」

 

問いかける麗奈の目を、真っ直ぐに見つめ返す桐生。

その瞳には先程までの後悔や罪悪感といった曇りは無く、断固たる決意を持った男の輝きに満ちていた。

 

「俺は必ず優子を助ける。桐生組を立ち上げて、立派な組織にしてみせる。そして……錦の帰る場所を俺が作るんだ」

「桐生ちゃん……」

「俺はこれまで、アイツに沢山の借りを作っちまってた。そして今回の事も……俺はまだ、アイツに何も返せてねぇ。だから今度は、俺の番だ」

 

桐生は強く感じていた。

今がその借りを返す時なのではないかと。

錦山から託された妹を助けて、彼が出所してきた時の居場所を作る。

それが、自らに与えられた果たすべき使命であると桐生は定義した。

 

「そう……うん。私も決めたわ」

「麗奈?」

 

覚悟を決めた桐生の姿を見て、麗奈もまた一つの決意を固めた。

 

「私はこれからもお店を続けるわ。桐生ちゃんが錦山くんの居場所を作るなら、私はみんなの居場所を守る。」

「麗奈……」

「その為なら私は何年だって待ち続けるわ。だから必ずもう一度、ここでみんなで集まりましょう?」

「あぁ、そうだな……ん?」

 

頷いた桐生の前に、麗奈は酒のボトルを置いた。

中途半端に中身の入ったそのボトルを開けると、先程まで水が入っていた桐生のグラスに注いでいく。

 

「麗奈、何やってるんだ?」

「これ、錦山くんがボトルキープしていたお酒。彼、当分は飲めないでしょ?一杯だけだから付き合ってちょうだい」

「そういう事か……」

 

麗奈も自分のグラスに酒を注ぎ、錦山のキープしていたボトルが空になる。

麗奈はグラスを片手に、桐生に約束事を持ちかけた。

 

「桐生ちゃん。今決めたこと、このお酒に誓いましょう。確かヤクザの世界じゃ約束事をするのにお酒を飲むのよね?」

「……もしかして盃の事を言ってるのか?」

 

極道の世界における盃事とは、格式高くれっきとした順序を踏んで行わなければならない厳格な儀式のようなものだ。

麗奈の想うイメージとは大分かけ離れている為、違和感を覚える桐生。

 

「あら、何か違ってた?」

「いや、間違っちゃいないんだが……まぁ、細かい事は良いか」

 

だが、それを指摘するのを桐生は酷く無粋に感じた。

錦山の残した酒に、誓いと祈りを込めて口にする。

この場における酒は、そういった意味を持つものだ。

 

「それじゃあ桐生ちゃん、グラス持って」

「あぁ……」

 

麗奈に促され、桐生はグラスを手に取った。

錦山の愛飲していた琥珀色のブランデーの水面に、お互いの顔が映る。

 

「俺は錦から託されたものを護り、アイツの帰る場所を作る」

「私はみんなが集まるこの場所を、何があっても守り抜く」

 

それぞれの誓いと共にグラスを掲げ、酒を飲み干す二人。

1995年10月1日午後11時49分。

彼らにとって最も長い一日が、もうすぐ終わりを迎えようとしていた。

 




次回はみんなが好きなあの人が登場します。
1や極の原作にはない展開となりますので、是非お楽しみに!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。