いよいよ新章が幕を開けます。
カラーギャング
2005年12月10日。
時刻は午後18時を過ぎる頃。
任侠堂島一家と一先ずの決着を付け、左手の応急措置を終えた俺は賽の河原へと向かっていた。
麗奈の想いに触れ、その象徴であるジャケットを纏った今、もはや一縷の迷いも無い。
だが、その決意とは裏腹に足取りは酷く重かった。
(遥には、どう伝えたもんかな……)
まだ幼い遥には、実の母親が受けたおぞましい行為についてこと細やかに話すのは非常に酷な事だ。
やはり、少しだけ暈して伝えるのがベターだろう。
(でも、いずれは知ってもらわなくちゃならねぇ。アイツの母親が死に、父親である桐生が組を割った事実を)
それに加え、今は伊達さんの事もある。
伊達さんは元々、世良勝を殺害した容疑者として桐生をマークしていた。
最初こそ否定していたが、今となっては話が違う。
あの時、桐生が内に秘めていた憎悪が世良が死んだ今となっても消えずに残っている事が見て取れた。
犯行可能かどうかは別として、動機は十分にあると言えるだろう。
(こう考えてみると、話さなきゃいけないことが多すぎるな……)
そんな事を考えながら街を移動し、七福通り東に差し掛かった辺りで異変に気付いた。
(ん?なんか騒がしいな……)
ちょうど俺が向かう先である西公園の付近に何人かの野次馬が集まっているのが見えた俺は、妙な胸騒ぎがした。
(まさか……)
胸の不安に突き動かされるように西公園の前まで駆け出した俺の前に現れた光景に、俺は目を疑った。
「なっ……!?」
大勢の野次馬と消防車で道は塞がり、消防隊員がそれらを取りまとめている。
そしてその奥にある西公園の中からは黒い煙が立ち込めていた。
俺は直ぐに近くにいた野次馬を掴まえて情報を聞き出す。
「おい、何があった?」
「いや、何か爆発事故みたいで……」
爆発事故?
そんなはずはない。
確かに焚き火をしていたホームレスはいたが、爆発するような危険物を表立って取り扱ってはいなかった。
(遥や伊達さんはどうなった!?)
事態は一刻を争う。
なりふり構ってなど居られなかった。
「おい、あんた!」
消防隊員の静止を振り切り、俺は西公園の中へと飛び込んでいった。
燃やされたビニールハウス。
痛め付けられたホームレスたち。
そこにあったのはつい数時間前まであった小汚くも平穏な賽の河原では無かった。
「クソっ!」
吐き捨てながら向かった先はアジトに使わせて貰っていたプレハブ小屋。
一刻も早く遥達の安否を確認しなければならない。
「遥!」
しかし、ドアを開けた先に遥の姿は無かった。
「錦山……」
代わりに俺を迎え入れてくれたのは神室署の刑事である伊達さんと、ここの主であった花屋だ。
「伊達さん、遥は?」
「すまん……まさか奴らここまで派手にやってくれるとは……」
俺の問いに答えた花屋がバツが悪そうに顔を伏せる。
それだけで何があったのか察しが着いてしまうが、状況を判断しない事にはどうしようもない。
「何があった?遥はどうした!?」
「……ほんの一時間くらい前だ」
伊達さんは、ポツポツと答え始めた。
俺が麗奈を助けに向かって間も無い時に、賽の河原から出ていこうとする遥を呼び止めた事。
遥が自分の存在が災いを呼び込んでいると思い込んでいた事。
それを気に病んで出ていこうとしていた事。
その矢先に西公園に火炎瓶が投げ込まれ、同時に大量の暴徒達がなだれ込んできた事。
その時に鉄パイプで頭を殴られて意識を失い、気付いた時には遥がいなくなった事。
全てを詳らかに話す伊達さんは、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
「すまねぇ、錦山。奴らは"ギャング"の連中だ。遥を攫って行きやがった」
「ギャングだと?」
ギャングと聞くと欧米辺りに居そうな不良達を思い浮かべるが、神室町にもそういった連中が流れて来ているのだろうか?
「この街の愚連隊だ。ヤクザのやばい仕事なんかを引き受けてる」
「この街の……相手は日本人か?」
「あぁ、年齢層は未成年から20代前半の若い連中が殆どだ。だがそういう奴ら程、加減を知らねぇもんだ」
花屋の話を聞いて合点が行く。
俺らの時代で言う所のヤンキーや暴走族といった悪さしてはしゃぐガキ共の延長と言った所だろう。
「なるほど、要は"族"みてぇなもんか」
「あぁ。お前らの知ってる世代だと暴走族がイメージしやすいだろうが、今の悪ガキ共は愚連隊の事を"カラーギャング"って言ってな。それぞれのチーム毎にイメージカラーを掲げている」
「なるほどな……」
この街で悪さするようなガキ共は、フットワークが軽い上に世間知らずなことが多い。
利用するだけ利用し尽くせる上に、始末も簡単。
ヤクザにとっちゃカモにして良し、道具にして良しのまさに格好のエサという訳だ。
「今この街にはそれぞれ"赤、青、白"の三つの組織が居るんだが、まとめて襲って来やがった」
「遥を攫ったのは何色なんだ?」
「河原のシステムがダウンしちまってる。分からねぇんだ」
「そうか……」
事態は深刻だ。
相手はヤクザから仕事を引き受けたとされるギャング連中。
遥が攫われたのがほんの一時間前である事を考えると、遥の身柄はもうギャング共の手を離れてクライアントであるヤクザ組織に引き渡されてる可能性も考えられる。
一刻も早く遥を救い出さなくてはならない。
「俺は署で情報を集めてくる。遥の居場所が分かるかもしれん」
「分かった……俺は遥を探してくる」
「気をつけろよ、錦山」
「はっ、ガキ共に遅れなんざ取るかよ」
そう言ってプレハブ小屋を出た俺は、携帯ですぐに電話をかけた。
自分一人で街中のガキ共を締めて回ってたんじゃ埒が明かない。
ここは協力者の力を借りるとしよう。
(待ってろよ、遥……)
錦山が賽の河原の異変に気づいたのと同じ頃。
東城会直系風間組内松金組若衆の海藤正治は、神室町の街病院である柄本医院に足を運んでいた。
「よう先生、邪魔するぜ」
「おう、海藤か」
院長を務める柄本は海藤の姿を認めると、海藤の目的である場所を促した。
「東ならそこだ」
「あぁ」
海藤は一言頷くと、一台だけ置かれた患者用のベッドへと近づき、側にあったパイプ椅子にどっかりと腰を下ろした。
「よう東。調子はどうだ?」
「あ……兄貴……?」
海藤の目的はただ一つ。
この病院に入院している弟分である東 徹を見舞いにきたのだ。
「ったく、一時はどうなるかと思ったぜ」
昨日、東はある組織とのいざこざに巻き込まれて怪我を負ってしまい、この病院に担ぎ込まれたのだ。
事件直後は意識も朦朧としていた東だが、現在では意識は回復している。
全治一ヶ月の怪我だ。
「あ、あの連中は……?」
「いや、それがよ。今ちょうど俺流のやり方で尋問してたんだが、一向に口を割ろうとしねぇもんでよ……見張りに他の組員達を付かせて、一服がてらにお前の様子を見に来たって訳だ」
東の言うあの連中とは昨日に松金組が錦山と共闘して確保した謎の組織の男たちの事である。
東はその連中に寄って集って殴られた事が原因でここに入院する事になったのだ。
「そう、ですか…………っ!」
「あ?東?」
東はベットに横になりながら、シーツを握りしめる。
その両目には涙が溜まっていた。
「兄貴……俺は、自分が情けないです……結局俺は、遥ちゃんを護る事が出来なかった」
「東……」
「せっかく兄貴が俺を信じて託してくれたってのに……俺は…………!」
澤村遥。
それは、訳あって神室町中の裏組織から狙われている少女の名前だ。
海藤はそんな彼女を守る為に遥を東に預け、自ら殿を買って出て追っ手を阻んだのだ。
しかし、東は追っ手に追い付かれて攻撃を受けてしまい、遥は連れ去られてしまった。
その後、遥は海藤と錦山の協力。並びに応援に駆けつけた松金組の尽力によって救出されたのだが、東は己の力で護れなかった事を深く悔いていたのだ。
「俺は弱くて、情けない男です……!」
「んな事ぁねぇよ東。」
「兄貴……?」
海藤はそんな東の頭に軽く手を置き、諭すように言った。
「あの後、遥の嬢ちゃん言ってたぜ?"東のお兄さん、私を護るために気を失うまで殴られてた"ってよ」
「!!」
目を見開く東。
その証言の通り、東は遥を連れ去ろうとする男達から彼女を護るために必死の思いで遥を抱き締め、そのまま男達の暴力に晒された。
多勢に無勢の袋叩きに遭いながらも、意識を失う瞬間まで決して遥を離そうとしなかったのだ。
「テメェの体を張って、お嬢ちゃんを護ろうとした。そんなこと、誰にだって出来る事じゃねぇ。特にこの街じゃな」
「…………」
「確かにお前は喧嘩は弱ぇ。でも、根性だけは据わってる。今はそれで充分じゃねぇか。俺は、お前みたいな弟分を持てて誇りに思ってるぜ」
「あ、兄貴ぃ…………」
慰めるつもりで言った海藤だったが、それにより余計に涙が零れそうになる東。
参ったと片手で頭を抱えていると、海藤の携帯電話に着信があった。
(あ?錦山?)
すぐにボタンを押して携帯を耳に当てる。
「海藤だ」
『聞こえるか?錦山だ』
「おう、どうした?」
『……遥が攫われた』
「なにぃ!?」
聞こえてきた錦山の声に、海藤は耳を疑った。
何せ遥が攫われるのは海藤の知る範囲で三回目だからだ。
「今度は何があった!?」
『遥を攫ったのはカラーギャングの連中だ。バックに何処かの組織が付いてると見て間違いない』
「カラーギャング?それって、青とか赤とかの奴か?」
『そうだ。それで、松金組に協力を頼みたいんだ。』
「そうか……ん?って事は……」
ふと海藤が東に視線を向けて、意味深に笑った。
『どうした』
「いや、分かった。ちょっと待ってろ」
そう言って海藤は携帯から耳を離しながら、東に問いかけた。
「なぁ東。お前今年でいくつだっけか?」
「えっ?じゅ、19歳ですけど……」
「ならよ、この辺でカラーギャングの溜まり場について何か知らねぇか?」
海藤も"カラーギャングは若い集団"である事は認知していた。
その多くは10代後半から20代前半。
であれば、ちょうどその世代にあたる東なら何か情報を持っていると踏んだのだ。
「カラーギャング、ですか……」
「おう」
「あんまり詳しくは無いですけど、大体のチームと色なら……」
「本当か!?ならここにそれを言ってけ!」
海藤は自身の目論見が当たった事に高揚しながら、携帯を東に突きつける。
東は何故か興奮してる自分の兄貴分に困惑しながらも、携帯に向かって自分の持ってる情報を話した。
「えっと……七福通り西の児童公園にたむろしてる"ブルーZ"。それからチャンピオン街にアジトがある"ホワイトエッジ"。最後に……デボラって劇場前クラブを牛耳ってる"ブラッディ・アイ"……こいつらが今、神室町で幅を効かせてるカラーギャングです」
「よし!」
海藤は再び携帯に耳を当て、意気揚々と応答する。
「聞こえたか錦山?今のがギャング共の情報だ!」
『あぁ、でかした海藤!』
「礼なら後で東に言うんだな。それで?俺達ゃどうすりゃいい?」
『松金組には手分けしてギャング共を締め上げて欲しい。そんで遥の居所を聞き出すんだ。』
「錦山はどっから攻める?」
『俺はひとまずブルーZってのを当たってみる。お前は?』
「そうだな……ここから近いとなると、デボラだな。よぉし……俺はブラッディ・アイをやらせて貰うぜ。ホワイトエッジには組の奴を向かわせるとしよう」
『あぁ。頼んだぜ、海藤』
「おう、任せとけ!」
電話を切り、ポケットにしまった海藤はそのまま勢いよく首を鳴らした。
これから始まるであろう喧嘩の気配に、荒くれ者としての血が騒いでいるのだ。
「あ、兄貴?結局何がどうなったんです?」
状況が飲み込めない東に、海藤は満面の笑みでこう答えるのだった。
「東っていう出来る子分のおかげで、俺は今日も喧嘩が出来るって事だよ!」
同時刻。
神室町の泰平通り東にあるパーキングにて、一台の車が停車した。
「はぁ……ったく、ひでぇ目に遭ったぜ」
運転席に座る男が悪態を着きながらタバコに火を付ける。
彼の名は羽村京平。東城会直系風間組内松金組の若頭を務める男だ。
今回の100億事件に便乗して松金組を直系昇格させようと企み錦山を罠にはめようとしたが、逆に錦山に窮地を救われる形となった事で今回の事件において錦山にとっての都合の良い協力者とならざるを得なくなってしまった男である。
(確かに自業自得とは言え、タニマチってのも楽じゃねぇな……)
つい数時間前も、羽村は任侠堂島一家にマトにかけられた錦山を東堂ビルの前に送り届けたばかりなのだ。
その後、錦山が事を収めている間に羽村は任侠堂島一家に目を付けられないように車を走らせて時間を潰し、ここに戻って来たという事だ。
(しっかし、連絡が来た時は驚いたぜ……あの野郎、本当に事を収めちまいやがった)
無論、羽村としても事が収まっていなければ狙われる可能性がある。
故に羽村も安易に神室町には戻れなかった訳だが つい数十分前に松金組の電話番から連絡があり、任侠堂島一家から錦山の一件とこれまでの事を不問にするとのお達しがあったと報せが届いたのだ。
(あの状況で一体何をどうしたら引っ込みが付くんだ……?)
羽村が錦山を送り届けた時、既に東堂ビル前には20人は下らないヤクザ連中が詰めていた。
あのまま行っていればなぶり殺しにされるのが関の山だろうと羽村は考えていたのだが、錦山はこうして結果を出した。
その事実に、羽村は肝が冷える思いだった。
("堂島の龍の兄弟分" 錦山彰……まったく末恐ろしい野郎だぜ……!)
協力関係となった今となっては敵に回さなくて良かったと安堵する羽村。
もしも本格的に敵に回す事になっていれば自分だけでなく松金組そのものが危なかったからだ。
(ん?電話……?)
ふと、羽村の携帯電話が振動を起こす。
表示されている番号は羽村の子分である海藤からだった。
「おう、羽村だ」
『お疲れ様です、カシラ。海藤です』
「……何の用だ」
『錦山から援護の依頼が来たんで、カシラに報告をと思いまして……』
「何?」
電話越し聞こえる海藤の言葉に羽村は怪訝な顔をする。
海藤は知る由もないことだが、彼はつい数時間前に錦山を送り届けたばかりなのだから。
「どういう事だ?任侠堂島一家の件は片付いたんじゃねぇのか?」
『いえ、それとは別件でして……』
そして羽村は海藤から情報の共有を受けた。
錦山の保護していた澤村遥がカラーギャングに拉致され、それらを締め上げて情報を吐かせる必要があると。
「ハッ、援護って言うから何かと思えば……ウチの組でそのガキ共を詰めろってか?トコトン良いように利用してくれるじゃねぇかあの野郎……」
『カシラ、そんな事言ったって仕方ありませんよ。松金の親父が錦山に協力しろって命令を出してんですから』
その事実を突き付けられ、羽村は苛立ちを覚える。
今の羽村がこうしてヤクザをしていられるのも、錦山がケジメの在り方を自身のタニマチという形で納めたからに他ならない。
羽村が今の地位を守っていきたいのであれば、幼稚な子供の相手をさせられる今の屈辱も耐え忍ぶしかないのだ。
「んな事は分かってるよ。で?その三つあるってガキ共のヤサは?」
『七福通りの児童公園、劇場前のデボラ。そしてチャンピオン街が連中のヤサみたいです』
「あ?チャンピオン街?」
羽村がふと視線を窓の外に向ける。
そこにはちょうどチャンピオン街へと続く細い抜け道が存在していた。
『えぇ。児童公園には錦山。デボラには俺が行くんで、カシラはチャンピオン街方面に若い連中を向かわして下さい』
「……終わったら錦山に電話入れりゃ良いんだな?」
『へい。そうです』
「分かった、あばよ」
携帯を切った羽村はタバコを咥えたまま静かに車を降りた。
そして車の後ろに回り込んでトランクを開けると、中に入っていたアタッシュケースから"道具"を取り出す。
「丁度いい……こっちは色々溜まっててムカついてたんだ」
羽村は取り出した"道具"を懐に仕舞い込んでトランクを閉じた。
その後、タバコを踏み消しながらチャンピオン街へと向かっていく。
「せいぜい、ストレス発散させてもらおうじゃねぇか……!」
その顔には、邪悪な笑みが浮かんでいた。
次回はカラーギャング共の一斉討伐が始まります。
ひと狩りいこうぜ!