ヤクザを敵に回したギャングたちの末路、とくとご覧あれ
2005年12月10日。
時刻は18時15分。
松金組への連絡を終えた俺は、七福通りの児童公園を訪れていた。
何処にでもある公衆トイレに簡素なブランコとベンチだけが置かれた何の変哲もない公園。
そこの中央に、分かりやすくたむろしている青いパーカー姿の連中がいた。
(あいつらがブルーZとかいうカラーギャングか)
特攻服に描かれた文字などで判別しないといけない暴走族とは違い、カラーギャングはそれぞれがテーマカラーとなる色を掲げてくれているおかげで非常にわかりやすい。
これなら海藤をはじめ松金組の連中も難なくギャングを見つけられるだろう。
「なぁ、アンタらちょっといいか?」
「あ?」
堂々と公園に入り、集団の中央にいる金髪に声をかける。
「なに?つか誰だオッサン?」
「お前ら、ブルーZとかいうギャングで間違いないか?」
「だったらなんだよ」
イラつきを覚える金髪。
それに呼応するかのように周囲にいた青い服の連中が次々と立ち上がって俺を取り囲んでいく。
「遥を何処へやった?」
「はぁ?」
「お前らが攫った小学生くらいの女の子だ。知らねぇとは言わせねぇぞ」
「さっきから何言ってんだオッサン?知らねぇよそんなガキの事ァ!俺らはホームレスを殴りに行っただけだからよ!」
下卑た笑い声をあげる金髪。
とぼけてるのか、それとも本当に知らないのか。
いずれにせよ、こいつらが賽の河原を襲撃した連中の内に含まれている事はわかった。
何より、このままじゃとても"話しにくそう"だ。
「なぁ、こいつやっちまおうぜ?」
「さっきは暴れたりなかったしな、一丁遊んでやるよオッサン!」
「はぁ……仕方ねぇ」
少し話しやすくしてやる必要がありそうだ。
「来いよガキ」
「死ねやオッサン!」
ブルーZ。
その頭目と思われる金髪が大振りな右ストレートを繰り出してきた。
俺はその分かりやすい一撃に左のストレートをカウンターで合わせる。
「ぎゃぶっ!?」
顎にまともに入った事で意識が飛んだ金髪の腹部に追撃のボディブローを叩き込む。
「グブォッ!?」
痛みと衝撃で意識が戻った直後、腹部を抑える金髪の顔面をアッパーで殴り抜いた。
「ぶげぁッ!!?」
開始わずか五秒。
ブルーZのリーダーはあっという間に地面に沈んだ。
「ヒッ───」
怯えた声を出す近場の二人目の顔面に肘を叩き込み、鼻柱を叩き折る。
「この───ッ!?」
ゴルフクラブで殴りかかってきた三人目の攻撃が振り抜かれるよりも早く、下顎にハイキックを叩き込んで失神させる。
「な、何だこのオッサン!?」
「化け物かよ!?」
リーダー含めメンバーが相次いで瞬殺された事で戦意を削がれるガキ共。
丁度いい。俺としてもこれ以上の手間は省きたい。
「おうコラ。次はどのガキが相手だ?あ?」
懐からドスを取り出して分かりやすく抜き放ち、切っ先をガキ共に向けて怒鳴りつける。
「あんまり大人をナメてると……ブチ殺すぞゴラァ!!」
「ひ、ぃぃぃい!?」
「すんませんでしたァぁあああ!!?」
完全に心が折れたガキ共は散り散りになってその場を立ち去っていった。
所詮は徒党を組んでイキがるしか能のないクソガキの集まり。少し脅しを効かせればこの程度だ。
「さて……」
ドスを仕舞い込み、俺は仰向けで伸びてる金髪の顔面を胸ぐらを掴み上げた。
「おいお前、本当に遥の事を知らねぇのか?」
「は、はい……自分らはチームの中でも下っ端ですから……」
「ほう、そうか……」
俺はそう答えた金髪の顔面を一発ぶん殴った。
折れ曲がっていた鼻が完全に潰れるのを確認する。
「ぶぎゃっ!?な、何を……?」
「しらばっくれてるだろうから、喋る気になるまでぶん殴ろうと思ってな」
「ほ、本当に何も知らないんです!」
「それを判断するのはテメェじゃねぇんだよ、ガキが!!」
もう一発、二発、三発。
頬骨が砕け、眼窩底の部分が折れるのが拳から伝わる。
「ひ、ィ……ゆる、じて……ごめんなさい、ごめんなさい……!!」
泣きながら許しを乞う金髪。
つい一分前までイキがっていた奴と同一人物とは思えない。
「痛ぇか?怖ぇか?苦しいか?」
「は、はィ……許して、許してください……!!」
「そうかそうか」
そこで俺は顔を近付けて金髪に告げる。
己のやった事の浅はかさを。
「良いかガキ、覚えとけ。これが暴力と恐怖。お前らがさっき蹂躙してたホームレスにやってた事だ」
「!?」
賽の河原に住んでいたホームレス達は、みんなそれぞれの事情があってあそこで生きていくしか無かった連中だ。
やっとの思いであそこに流れ着き、どうにか生きていた連中を遊び半分で痛め付け、ホームレス達が雨風を凌いでいたテントや家屋を燃やして壊した。
そんな不条理を許して良い訳が無い。
こいつらにはやった事の責任を取らせる必要がある。
「弱い物イジメはさぞ気持ちよかったろうな?抵抗出来ない相手を一方的に嬲る事が出来る。何なら今から俺がくれてやろうか?アイツらと同じ……いや、それ以上の痛みと絶望をよォ!?」
「ひ、ぃィ……!!」
小刻みに震えてこちらを見上げる事しか出来ない金髪。
これだけ恐怖を植え付ければ十分だろう。
「それが嫌なら、今すぐ賽の河原に行ってホームレス達に詫び入れてこい。そしてお前らが倒壊させた家達を元通りに戻すんだ。いいな?」
「は、はい……!」
「もしも約束が果たされねぇ時は……覚悟しろよ?」
涙目になりながら何度も頷く金髪を見て、俺はようやく金髪を解放した。
これであそこのホームレス達の復興も早くなるだろう。
ホームレス達がそれを許せばの話だが。
「よし、分かったらチームの連中かき集めてさっさと行け」
「か、かしこまりましたァ!」
金髪はそう言うと痛む体を引き摺ってその場から立ち去って行った。
「青はハズレ、か……ん?」
ふと、ポケットの中の携帯が振動している事に気付いた。
着信があったのは知らない番号からだ。
「誰だ……?もしもし?」
通話ボタンを押して耳を当てると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『錦山だな?』
「お前……羽村か?」
『そうだ』
電話の主は松金組の若頭、羽村京平だった。
『海藤から話は聞いてる。たった今ホワイトなんとかとか言うガキ共をシメた所だ』
「ホワイト……白のカラーギャングか」
海藤はどうやら羽村に要請を出したらしい。
自分の組のカシラを遣いに出させるとは、中々海藤も怖いもの知らずな事をするものだ。
もっとも、協力を要請してるのは俺の方なんだが。
『あぁ。組の代紋を見てもビビらなかった癖に、いざ目の前でチャカ弾いたら簡単に土下座してきやがったよ。ハッ、所詮はガキ共の集まりだな』
「おいおい、一端のヤクザがガキ相手に大人気ねぇ事するなぁ」
『例の嬢ちゃんが拉致られたんだろ?だったら状況は一刻を争う。そんなこと言ってる場合なのか?』
「……違いねぇ」
ギャング相手に拳銃を持ち出したと言う羽村だが、その後の言葉は俺を納得させるには十分だった。
現に俺も、つい先程はガキ相手にドスを振りかざしたばかりなのだから。
「それで?遥の事は知ってたのか?」
『いや、どうもコイツらは知らねぇみてぇだ。詳しい事はブラッディなんとかって連中が知ってるってよ』
「ブラッディ……赤のギャングだな」
そこには今、海藤が向かっている筈だ。
どうやら今回の当たりはアイツが引き当てたらしい。
「とにかく助かった、羽村。恩に着るぜ」
『おう。俺はこのガキともう少し遊んでるからよ。精々頑張るんだな』
「あぁ」
『クックック……さぁ、いい声で鳴けよ?ガキがぁ!!』
『ひっ、いぎゃぁぁああああああ!!?』
電話越しに聞こえる断末魔を無視して俺は電話を切る。
ヤクザ相手に一度は啖呵を切ってしまったのだ。
会ったことも無いだろうそのギャングにはご愁傷さまと言う他無い。
「これで白もハズレ……後は海藤が向かったブラッディ・アイか」
確か東の情報によれば、ブラッディ・アイの根城は劇場前のデボラ。
数日前に花屋の息子であるタカシが女を連れて逃げ込んだあの場所のはずだ。
「ここから距離も離れてない……どれ、応援に向かうか!」
児童公園を出てデボラへと向かう。
今度こそ、遥の手掛かりが掴めると信じて。
神室町。劇場前の広場に位置する地下クラブ"デボラ"。
この街を訪れる若者達が、酒と共に音楽やダンスを楽しむ場所として人気を博している場所だ。
しかし、現在このデボラはとある若者のグループが元締めとして支配しており、この店舗の売上はそのグループにほとんど吸い上げられていると言う。
「ここだな」
そんなデボラの前に一人の男が訪れた。
長い黒髪と、新品のレザージャケット。
整った顔立ちには生傷の絶えないその男の名は、錦山彰。
つい数日前に刑務所を出所したばかりの元極道だ。
(待ってろよ海藤)
錦山は地下へと続く階段を下り、入口のドアを開いた。
「あ?」
そこですぐ彼は店内の異変に気付く。
店内の照明はしっかり付いており、BGMも若者の盛り場らしく大音量で流れている。
しかし、その場には決定的にあるものが足りていない。
(客がいねぇ……?)
それは人気と活気。
本来であれば楽しげに過ごしている筈の若者達の姿が見当たらないのだ。
「どうなってやがる……?」
湧き上がる疑問のまま、錦山はダンスフロアへと通じる扉を開く。
その先に広がっていた光景を目の当たりにした錦山は、すぐにこのクラブから人が居なくなった原因を知った。
「ぬぉらァァァァ!!」
ダンスフロアのちょうど中央。
雄叫びを上げながら拳を振り抜く一人の男が居た。
東城会直系風間組内松金組若衆、海藤正治である。
「ぶげぁっ!?」
それを受けた赤いパーカーの男が吹き飛ばされて、そのまま動かなくなった。
海藤の周辺には同様に殴り飛ばされたであろう赤い色の格好をした男たちが転がっており、彼の暴れっぷりを如実に物語っている。
(そりゃ客が居ねぇ訳だ……)
突如として始まったギャングとヤクザによる殴り合いの大喧嘩。
巻き込まれたくない一般人は逃げるに決まってる。
「中々やるじゃねぇか、この人数相手によ」
「だが、それもここまでだぜ」
そんな海藤の前に二人組の男達が立ちはだかった。
一人は金髪の坊主頭が特徴の大柄な男で、もう一人はドレッドヘアにバンダナを巻いた小柄な男。
彼らこそがこのデボラの元締めを担うギャングチームのリーダーである。
「へっ、そうかぁ?こっちはようやく身体が温まってきた所だぜ?」
対する海藤は不敵な笑みを浮かべながら拳を鳴らす。
一見して余裕そうに見える海藤だが、錦山は彼が数日前に銃で撃たれたばかりである事を知っている。
弾丸は身体を掠めただけだったが、決して無視出来るダメージではない。
(まぁそんな状態でギャングの雑魚どもを片付けちまうんだから大したもんだが……このまま見てるだけって訳にも行かねぇ)
そうして錦山は大音量のBGMとミラーボールで彩られたそのコロッセオに足を踏み入れた。
「よう海藤!派手にやってるじゃねぇか」
「錦山?お前、ブルーZの所に行ってたんじゃ無かったのかよ?」
「そいつらならとっくにブッ潰したよ。さっき羽村から連絡を受けたが、ホワイトエッジもハズレだそうだ」
「マジかよ。って事ぁ……」
錦山は首を鳴らしながら臨戦態勢に入る。
目の前にいるギャング達は、錦山にとってただのならず者では無い。
「あぁ……こいつらが遥の居所を知ってると見てまず間違いないだろう」
「そうか……へっ、こりゃツイてるぜ!俺の喧嘩は無駄じゃなかった訳だ!」
それを知った海藤もまた俄然 奮起する。
今や彼にとって遥はただの子供ではなく、立派な顔見知りなのだから。
「さっきから何チョーシくれてんだ?」
「俺達"赤井兄弟"を前にして、いつまでも余裕かましてんじゃねぇぞ?」
スピードで圧倒する兄とパワーで押し切る弟のコンビネーションプレイで、彼らは一躍この街における不良少年達のヒエラルキーの頂点に立った。
彼らの強気な態度はその地位に根ざしたモノである。
「海藤。この喧嘩、俺もやらせてもらうぜ」
「あぁ。どうせ嫌って言っても聞かねぇだろ?」
「当たり前だ。コイツらには遥の礼をきっちりしなきゃならねぇからよ……!」
「よぉし……なら、もうひと暴れすっか!」
しかし、この二人は勤め上げの元極道と現役ヤクザ。
たかがカラーギャング風情に遅れを取る事など有り得ない。
「「行くぞぉ!!」」
カラーギャング"ブラッディ・アイ"リーダー。赤井兄弟。
錦山と海藤によるタッグマッチが幕を開けた。
「ぬぉぉぉおおおお!!」
雄叫びを上げながら錦山に突進してくるのは体格の良い赤井弟。
錦山はその突進に真っ向から立ち向かった。
「ふん!!」
空手の呼吸と姿勢をベースとした不動の構えでタックルを相殺し、両者の闘いは純粋な力比べへと移行する。
「ぐ、ぬぉっ!?」
恵まれた体格と筋肉量。そして若さと勢いを武器に押し切ろうとする赤井弟だったが、いくら押し込んでも錦山は微動だにしない。
「これで全力か?」
「な、なんだと!?」
困惑する赤井弟に対し、錦山は圧倒的な実力差を知らしめる為にあえて両手を相手と組んで押し相撲のような形を取る。
「は、っ……!?」
その後、錦山は腕力だけで赤井弟を押し返して格の違いを見せ付ける。
そして、驚愕を隠せない赤井弟が明確な隙を見せた瞬間。
「オラッ!!」
錦山の放った不意打ちの頭突きが赤井弟の鼻柱を直撃した。
「ぎゃぶっ!?」
鼻血を出して怯む赤井弟。
その一瞬がこの喧嘩の勝敗を分けた。
「セイッ!!」
「ぐぼ、ぉ、っ!?」
腰を落とし、体重を乗せて放たれた正拳突きが赤井弟の鳩尾を的確に撃ち抜いた。
腹部を抑えて蹲り、膝から崩れ落ちる赤井弟。
「蹴りやすい位置じゃねぇか……オラァッ!!」
錦山はそんな赤井弟の頭を両手で掴むと、トドメの膝蹴りを顔面に直撃させた。
「ぶぎゃ、ぁ……───」
完全に顔面が陥没し、見るも無惨な有様になった赤井弟が力無く倒れ込んだ。
「はっ、歯ごたえねぇな最近のガキは」
「───そいつはどうかな!?」
真横から聞こえてきた声に反応した錦山はすかさず後ろに飛び退く。
すると声のした右側から小柄な男が飛び出して、錦山の前を通過する。
あと一瞬反応が遅れていれば錦山はその男───赤井兄の飛び膝蹴りの餌食となっていただろう。
「海藤!?」
「ぐっ……クソッ……!」
ふと錦山が視線を向けると、赤井兄を相手にしていたはずの海藤がうつ伏せで倒れているのが見えた。
「たった一人でウチの連中を軒並みやっちまうのは大したもんだったが、蓋を開けりゃ大したこと無かったぜ?」
海藤を倒したのはあたかも自分の実力であるかのように語る赤井兄だが、錦山は内心で首を振った。
(ガキが、イキがりやがって……!)
海藤は今日この日まで決して少なくない揉め事に巻き込まれて来た。
錦山自身との喧嘩や街のゴロツキ達との諍い。
松金組との乱闘にレインコートの刺客からの銃撃、遥を拉致した謎の組織との闘い。そして今日のカラーギャング狩りである。
そんな連戦に次ぐ連戦による疲弊とダメージの蓄積が限界を迎え、そこを突かれた事で海藤は敗北を喫してしまったのだと錦山は考える。
もしも万全の状態であれば、錦山の知る海藤という男はこの程度の三下に苦戦するような男では無いのだ。
「さぁ……次はアンタの番だぜ、オッサン!!」
言うが早いか。
赤井兄は軽快な動きで錦山との距離を詰めると、姿勢を低くしたまま後ろ回し蹴りを放った。
「っと!」
僅かに顔を逸らしてその蹴りを躱した錦山だったが、赤井兄は回転した勢いを殺さぬまま下段の足払いを仕掛ける。
「チッ!」
「ヒャッハー!!」
軽く飛び退いてその蹴りをやり過ごす錦山だったが、赤井兄はそのままブレイクダンスの要領で身体をコマのように回転させて下段の連続蹴りを放った。
「チッ、ぐッ!」
単純に距離を離しただけではやり過ごせない。
そう判断した錦山は腰を下ろして不動の構えを取ることで足払いを受けて体制を崩すリスクを解消する。
「おらよっ!」
赤井兄はその行動を待ってましたと言わんばかりに身体の回転を止めると、敢えて錦山に背中を見せた一種のヨガポーズのような体制のままみぞおち目掛けて後ろ前蹴りを放つ。
「ぬッ!」
すかさず腹部をガードしてその一撃を防ぐ錦山。
すると赤井兄はそれすらも待っていたかのように次の行動に移る。
「てぇりゃァ!!」
赤井兄は蹴り足を素早く戻して軸足にすると、そのまま地面を強く蹴りあげてバク宙を行った。
そして彼の足が行く先は、ガラ空きになった錦山の頭部。
「ぐァッ!?」
不意打ちのサマーソルトキック。
軽業師のような身軽かつ変幻自在な動きに翻弄された錦山は、その蹴りをまともに喰らって片膝を着く。
(チャンス!!)
己の蹴りが齎したまたとない追い討ちの機会。
赤井兄はここを勝負所と認識し、すぐさま追撃を狙って右足を上げた。
(かかと落としで沈めてやるぜ、オッサン!)
勝利を確信する赤井兄。
しかし、彼のかかとが錦山に振り下ろされることは無かった。
「うらァっ!!」
片膝をついたままの錦山がもう片方の足を軸足にしてその場で回転し、かかと落としのために軸足となった赤井兄の左足を蹴り払ったのだ。
「ぐわっ!?」
予期せぬ奇襲に為す術なく転倒する赤井兄。
錦山はそんな赤井兄の左足に絡み付くと、肘裏と脇を使ってかかとを固定して両足で膝を挟み込むような体勢に持っていく。
「ふんっ!」
そして、その体勢のまま身体ごと捻った。
瞬間、赤井兄の左膝が惨たらしい音を上げて破壊される。
「いぎゃあああああああああ!?」
錦山が放ったのはヒールホールドと呼ばれる関節技の一種で、タップアウトをしなければ膝が壊れてしまう危険なプロレス技だ。
無論、喧嘩に待ったやタップアウトは存在しないので錦山はそのまま容赦なく膝を捻り上げる。
「せぇやァ!!」
錦山は膝を抱えてのたうち回る赤井兄の上に覆い被さる形でマウントを取り、がら空きの鳩尾に正拳突きを叩き込んだ。
「うぼァッ!?」
「オラァ!!」
左膝の激痛に加えて鳩尾を打ち抜かれた事で呼吸困難に陥る赤井兄。
錦山はそんな彼の胸ぐらを掴むと、鼻柱に左の肘を突き込んだ。
「ぶぎゃぁっ!?」
鼻が完全に折れ、とめどなく血が溢れ出る。
もはや赤井兄に抵抗する力など残されていなかった。
「手こずらせやがって、ガキが……!」
「う、うぅ……」
錦山は胸ぐらを離さないまま顔を近づける。
その顔は燃え盛るような怒りに染まっていた。
「おい、わざわざ気絶させねぇでおいたんだ。俺の質問に答えろ。遥はどこやった?」
「て……テメェ……こんな事して、死んだも、同然だぞ……!」
その返事に対する錦山の反応は迅速且つ無慈悲だった。
「そうか。なら…………いっぺん死ねや、ガキ」
「は、───ッ!?」
錦山は赤井兄の顔面を掴むと勢いよくその後頭部を床に叩きつけた。
そして。
「オラッ、オラッ、オラッ、オラッ、オラッ!!」
胸ぐらを左手で掴んだまま、何度も右の拳を叩き込んだ。
鼻が潰れ、目が腫れ、唇が断裂し、頬骨が砕けてもなお殴り続けた。
「……────」
やがて、当然のように意識を失う赤井兄。
錦山はそんな兄の壊れた左膝をさらに負荷をかけ、ついには逆方向にねじ曲げた。
「ッ、い、ぎゃぁ、あぁあぁッ……!!?」
壮絶な激痛で無理やり意識が覚醒した赤井兄の眼前には、依然として馬乗りになった体勢の錦山がいた。
「どうだよ?いっぺん死んでみた感想は?」
「ひ……や……──」
「次やったらホントに死んじまうかもな……あ?どうするよ?」
「た…………た、す、……たす、けて…………!!」
文字通り瀕死の重傷を負った赤井兄は確信した。
目の前の男は、殺ると言ったら本当に殺る。
これ以上強がればもう命は無いだろう。
彼に出来る事はもう、ただ命乞いをする事だけだった。
「ならもう一度だけ聞くぜ?…………遥はどこへやった?さっさと言えやクソガキがァァァ!!」
「───!!」
身も心も文字通り限界まで追い詰められた上で至近距離で浴びせられた最大級の殺気。
それは赤井兄の髪を真っ白にし、完全に心を折るのに十分な力を持っていた。
「……おれたちは、金で、やとわれ、ました……」
そして、赤井兄は飢えた乞食のようにたどたどしい口調で真実を告げた。
「やとい、主は……じゃかの、ラウ、カーロ、ン……です…………こどもは……ちゅうか、がいの、ラウさんの……とこ、ろ…………」
「……なに?」
じゃか。ラウ・カーロン。
錦山はその名前に聞き覚えがあった。
遡ること数日前。
錦山が関東桐生会の本部へ訪れていた時に、部下を引き連れたラウが関東桐生会と一触即発になっているのを錦山は目撃していたからだ。
「まさか……アイツらが……?」
中国マフィア"蛇華"。
今まさに関東桐生会と抗争状態にあるその組織が、遥を拉致した者の正体だった。
如何でしたか?
次回かその次辺りで、久々にあの人が出るかもしれません。
お楽しみに。