錦が如く   作:1UEさん

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最新話&新章です。
また前書きを狂犬に乗っ取られました(笑)

ちなみに断章はお休みです。そもそも今後も描いてくかについてもまだ未定ですのでよろしくお願いします。
まぁ、幕間とか間話とかってのもありかもですがそれはおいおい決めてければと思ってます



第十四章 奪還
強行突破


横浜中華街。

神奈川県は横浜市に存在するその場所は、日本でも有数の観光名所の一つとして挙げられる。

一度アーケードを潜ればそこには日本の面影など無い華やかな中国風の街並みが広がっており、所狭しと立ち並ぶ飲食店では様々な種類の本格中華料理が楽しめるグルメの街だ。

しかし、光ある所には影が差すのが世の常。

この華やかな中華街を陰から支配するマフィアの存在があった。

その名は、蛇華。

中国に本部を置くマフィア組織だが、日本においてはこの横浜中華街を拠点として暗躍している。

その影響からか、最近では出自の分からない外国人が街によく現れるという噂がある。

その実態が、様々な事情があって不法滞在を余儀なくされた外国人を蛇華が経営する飲食店で不当な賃金で雇い劣悪な環境下で働かせているという、如何にもマフィア然とした非道な行いによるものである事を知る者は少ない。

 

「……見えたぞ、あそこだな」

 

そして今日、錦山彰が辿り着いた店もその内の一つ。

名前は「翠蓮楼」。

表向きは中華街でも有数の高級料理店だが、実際はこの街を牛耳る中国マフィア蛇華の本部がある場所だ。

 

「えぇ、あそこが蛇華の本部です」

「ここにラウの野郎がいやがるんですね?」

 

錦山の背後でそう声をあげるのは、関東桐生会が誇る凄腕の幹部陣だ。

関東桐生会若頭補佐の村瀬と、同じく関東桐生会舎弟頭補佐の斎藤だ。

錦山はこの二人を引き連れて中華街へと足を運び、この店の前まで辿り着いたのだ。

 

「しかし、錦山のカシラ。本当に良かったんですか?」

「何がだ?」

「何って、折角連れてきたウチの兵隊を使わないなんて……」

 

ここに来る前、錦山は関東桐生会初代会長の桐生一馬から村瀬と斎藤。

そして村瀬が率いる村瀬一家の構成員総勢70人を預かっていた。

蛇華と抗争する上で十分な程の頭数だ。

にも関わらず錦山はそんな村瀬一家の若衆に中華街に入ることを禁じ、三人だけでここまで来ていた。

村瀬は、そんな錦山の采配に疑問を抱いていたのだ。

 

「それは誤解だぜ、村瀬。アンタんとこの兵隊は使ってない訳じゃない。もしもの為に控えて貰ってるだけさ」

 

錦山は70人の兵隊たちをそれぞれ5人規模の小隊に区分けし、それらを中華街を囲むように配置したのだ。

当然、彼がそのような手段を取ったのには理由がある。

 

「この店はいわば蛇華って言うデカイ蜂の巣だ。そこを突っつけば中から蜂共が飛び出してくるのは当然だろ?」

「えぇ、まぁ……」

「となりゃ、その中には当然逃げ出すヤツらも出てくだろう。で、もしもその中に遥を連れてる奴が居たらマズイ事になる。これは、その為の防護策だ」

 

関東桐生会の面々が考える本来の目的とは違い、錦山の目的はあくまで遥の救出なのだ。

 

「じゃあ、ここに俺らだけで来たのもその為に……?」

「当然だ。大人数で押しかけた結果 蛇華の連中が関東桐生会からのカチコミであると認識した上、そこに桐生が居ないとなれば遥は人質としての意味を無くす。もしもそうなれば、逆上したラウが遥にどんな危害を加えるか分かったもんじゃねぇ」

 

現状、錦山が持っている情報で推察出来る"蛇華が遥に見出している価値"は二つ。

一つは遥が持っている100億円の価値を持ったペンダント。

そしてもう一つは、関東桐生会初代会長、桐生一馬のアキレス腱としての役割である。

錦山は以上の事柄から、表立っての突入は遥を危険に晒すだけだと判断。結果として自分を含めた少数のみでの突入を決めたと言う訳なのだ。

 

「それに、確か昨日は桐生の奴がここに乗り込んで暴れ回ったんだったよな?なら、連中だってまだ組織を立て直せていないはずだ。多少の抵抗はあるかもしれねぇが……俺らなら十分やれる。頼りにしてるぜ?二人とも」

「「おぉ……!」」

 

錦山の理にかなった説明を聞いた村瀬と斎藤は、思わず感嘆の声を上げていた。

その態度に首を傾げる錦山。

 

「……なんだよ、その反応は」

「い、いえ……錦山のカシラが、なんだかすっげぇ頼りになるなと思いまして……」

「ウチらの組の連中はみんな腕っ節や義理人情ばっかで、こんなにも頭がキレる人がいなかったもんですから……」

 

それを聞いた錦山は酷く納得した。

関東桐生会は東城会時代から数えると創立してから十年しか経っていない若い組織。

その上組長である桐生一馬が誰よりも表立って身体を張って暴れ回る鉄砲玉気質だ。

それでも尚タガの外れた暴れるだけの無法者集団に成り下がらないのは、ひとえに桐生一馬のカリスマや漢気に惹かれたからである事は錦山も良く分かっている。

しかし、組織というのは言わば人の集まり。

その上に立つ者の気質や特性が色濃く出るのもまた自然な事。

 

(子分ってのは親分の背中を見て育つもんだ。そして、コイツらにとっての親は桐生。となりゃ……その子分であるコイツらもまた、アイツと同じく漢気や腕っ節に自身があるタチって事か……)

 

もちろん、構成員の全員がその有様では組織が回るはずもない。

放置すればすぐに暴走気味になってしまう組全体を諌めてコントロールする役回りが必要だ。

そして、その役割を率先して担っていたのがあの若頭"代行"である。

 

(松重さん……アンタ、苦労したんだな……)

 

組長やその部下の無茶や暴走に引っ掻き回され、頭を抱えていた松重の姿が錦山の脳裏を過ぎる。

桐生一馬という男の無茶苦茶ぶりをこの世の誰よりも知っている錦山からしてみれば、その心労は計り知れないものだった。

 

「と、とにかくカシラ!そういう事なら俺らに任せて下さい!ね、村瀬さん!」

「あぁ。腕っ節で鳴らしてるのは会長だけじゃないってところを、錦山のカシラにお見せしますよ!」

「お、おう。気合いを入れるのは良いんだがよ……」

 

ここまで彼らと話している中で、錦山にはどうしても気になることがあった。

 

「その……"カシラ"ってのやめてくんねぇか?」

「「え?」」

 

錦山の言葉に、二人は心底不思議そうな顔で首を傾げた。

まさに、鳩が豆鉄砲を食らったような表情である。

 

「いや、え?じゃなくてよ……」

「だって……錦山さん、もうウチのカシラですよね?」

「会長がさっき言ってたじゃないですか?」

 

まるで少年のように純粋な瞳で疑問をぶつける村瀬と斎藤。

そんな二人に対し、錦山は弁明した。

 

「あのな……アレは桐生があの場で勝手に言っただけで、俺はまだ正式に承諾してねぇぞ?」

「「えぇっ!!?」」

 

絵に書いたような反応で驚愕する二人に、錦山もまた勢い良く指摘する。

 

「そこそんなに驚く所かよ!?」

「だ、だってあの場で会長が言ってた事だし……ねぇ?」

「あぁ……俺らはてっきり何の疑問も持ってなかったでしたけど……そうなんですか?」

「だからそうだって言ってんだろ?俺があの場で引き受けるって一言でも言ったかよ?第一、盃だってまだ交わしてねぇじゃねぇか」

「い、言われてみれば……」

「確かにそうだ……」

 

目を見開きながらも納得する二人のその姿から、錦山は確信した。

彼らは紛れもなく、桐生の子分だと。

 

(なるほどな……これが関東桐生会。腕っ節と義理人情に特化した極道の形か……)

 

騙し騙され、殺し殺されが当たり前の極道の世界において、この組織の在り方は非常に不向きである。

だが、これこそが桐生一馬の目指した任侠の姿。

弱きを助け強きをくじく、彼らなりの"筋"を通す集団なのである。

 

(悪くねぇ……本当にお前らしい組だよ、桐生)

 

そして、そんな組織の在り方を錦山は非常に好ましく感じていた。

いずれは本当にこの組の盃を受けたい。そんな事を思う程に。

 

「まぁ、その話はまた今度だ。今は遥の救出へ急ぐぞ」

「は、はい、そうでした!」

「俺らはいつでも行けます!」

「よし……じゃあ行くぜ」

 

意を決し、錦山達は店の中へと足を踏み入れた。

 

「ほぉ……立派な店じゃねぇか」

 

中国の弦楽器である二胡の穏やかな音楽が流れる中で、老若男女様々な人達が食事を楽しんでいる。

赤を基調とした内装や、天井に備え付けられた中華風のシャンデリアからもこの店の格の高さが伺えた。

 

「いらっしゃいませ、三名様でしょうか?」

 

蝶ネクタイをつけたウェイターの男が錦山達に声を掛ける。

その問いに対し、錦山はこう返答した。

 

「"劉家龍"に伝えてくれ……錦山彰が、会いに来たってな」

 

それを聞いたウェイターは困惑した表情で錦山を見つめる。

 

「いえ、あいにく当店にそのような者はおりませんが……」

 

錦山の中でその返答は想定済みだった。

蛇華のような如何にもな強面の男が、店の顔とも言えるホールスタッフに紛れているはずが無い。

 

「……」

 

もしも可能性があるのであれば、店の中の情報が伝達されるフロントやカウンターである。

そう考えた錦山がすぐ隣のカウンターに目を向けると、一人の黒服が受話器を耳に当てて何処かと連絡を取っていた。

 

「!」

 

その男は錦山と視線が合った瞬間、即座にカウンターの下に隠れるように屈んだ。

 

「っ!アンタ、そこ退いてろ!!」

「え?」

 

錦山が叫ぶのとほぼ同時に、姿勢を下げていたウェイターが再び立ち上がった。

その右手に、この場に似つかわしくないアサルトライフルを持って。

 

「クソっ!」

 

そう叫んで反射的に目の前のウェイターを押し倒したのは、錦山の隣に居た村瀬だった。

一秒後にここは阿鼻叫喚の地獄と化す。

そして、その引き金が引かれる刹那。

 

「シッ!!」

 

錦山の背後から飛来した何か高速で横切っていく。

風切り音を上げて宙を滑空したそれは、一本のナイフだった。

ナイフはどこか軽快な音を立てて男の右腕に突き刺さる。

 

「グアッ!?」

 

突如として突き立てられたナイフによる痛みと驚愕で仰け反ったアサルトライフルの男は、全く見当違いの方向に弾丸を乱射していく。

 

「うぉらァ!!」

 

そして、錦山がその暴虐を止めるべく動いた。

錦山はカウンターを飛び越えるように跳躍すると、未だ引き金を引き続ける男へ強烈なドロップキックを炸裂させる。

 

「グォアッ!?」

 

発射された弾丸は店内の内装を壊し、天井のシャンデリアの支柱をも破壊した。

やがて、シャンデリアそのものが重力に従って落下して大きな音を立てて砕け散る。

 

「きゃあああああああああ!!?」

「逃げてええええええええ!!?」

 

訳も分からぬまま弾丸の掃射に晒された一般人達が、次々と店を飛び出していく。

そして、証明も落ちて無人となった店内に明らかに一般人とは言い難い男達が姿を現した。

 

「アンタ、大丈夫か?」

「は、はい……!」

「よし、ならとっとと逃げろ!!」

 

押し倒した男の無事を確認した村瀬は、すぐさま彼に逃げるように促す。

そして、ウェイターの男が店を出たことで。

ついにこの場は蛇華と錦山達だけとなった。

 

「危ない所でしたね、村瀬さん、錦山さん」

 

そう二人に声をかけるのは鬣のような髪型をした男、斎藤。

彼の両手には、刃渡りの厚いサバイバルナイフと小振りのナイフが一本ずつが握られている。

 

「そうか、お前がナイフを……!」

「えぇ。間一髪でしたが、間に合って良かった」

 

彼はかつてとある男に復讐するためにナイフ術を磨いてきた経験があり、刃物を使った近接戦闘においては関東桐生会で一番の実力を誇っている。

そんな彼によるナイフの投擲は、寸分違わずアサルトライフルを持った男の腕に命中していたのだ。

 

「しっかし、随分な歓迎だなぁオイ」

 

アサルトライフルの男の気絶を確認した錦山が、村瀬達と合流する。

そんな彼らの前には、既に青龍刀などで武装した中国マフィア"蛇華"の男達が臨戦態勢で待ち構えていた。

 

「ただまぁ、変に話し合うなんて事にならなくて正直ホッとしてますよ……!」

「全くだ。何せ俺たちゃ、会長から"喧嘩の止め方"に関しちゃ教わって無いもんでね……!」

 

斎藤はナイフを構え、村瀬は拳と首を鳴らしながら言う。

もはや彼らの中に、止まるという選択肢は存在していなかった。

 

「へっ、そうかい……まぁ、それは俺も同感だぜ」

 

そして、それは錦山もまた同じ。

静かにファイティングポーズを取りながら、その視線は油断なくマフィア達を見つめている。

 

「さて……覚悟は良いな?」

「えぇ!」

「もちろんです!」

 

自分の両脇を固める二人の極道達に最後の確認を終え、ついに錦山が号令を掛けた。

 

「────強行突破だ!行くぞ、野郎共!!」

「「おう!!」」

 

中国マフィア、蛇華構成員。

遥救出作戦の一環として、命を張った喧嘩の幕が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それと時を同じくして。

横浜第四倉庫街で始まった真島組と関東桐生会の全面戦争は、苛烈を極めていた。

 

「オラァ!」

「ボケェ!」

「くたばれぇ!!」

「いてもうたる!!」

 

男達の怒号と絶叫が響き渡る中、双方の男達の拳や蹴り、そして得物同士がぶつかり合う。

それはまさに大乱闘と呼ぶに相応しい光景だった。

そして。

 

「イーッヒッヒッヒ!!」

「せいやァ!!」

 

桐生一馬と真島吾朗。

両組織の大将同士による闘いに至っては、もはや喧嘩の領域をゆうに超えていた。

 

「セイッ、デリャ、ウゥリャァ!!」

 

常人では目にも止まらぬ速さで動き続け、不規則かつ奇怪な軌道でドスを振り抜く真島。

それはまさに狂犬の牙。

一瞬の後に獲物の喉を喰い千切る、致死の刃だ。

 

「フンッ、タァッ、ハァッ!!」

 

桐生はそんなドスによる斬撃を躱し続け、それら全てに合わせた一撃を繰り出していく。

それはまさに応龍の爪。

一撃で肉を潰して骨をも打ち砕く、必殺の拳だ。

 

「エヒャッ!」

 

しかし、狂犬はそのカウンターで放たれた一撃にすら難なく対応して躱してみせる。

人間離れした動体視力と反射神経が為せる神業であった。

 

「チッ……!」

 

桐生は舌打ちを打つと、バックステップの要領で後ろに飛び退いて距離を取った。

如何に桐生と言えど、本気を出した真島の動きを捉え続けるのは困難を極める。

その動きを見極めるためには、距離を取るのが一番有効なのだ。

 

「ヒッヒッヒッ……やっぱりえぇのぅ桐生チャンとの喧嘩は!それでこそ俺が見込んだ男や!!」

「真島の兄さん……!」

 

楽しげに笑う真島とは対照的に、桐生の表情には焦りがあった。

彼は本来、こんな所でこんな事をしている場合では無いのだ。

 

(こうしてる間にも、遥が……錦が……!)

 

大切なものを失う恐怖が、桐生の心を苛む。

惨たらしい最期を遂げた最愛の女の姿が脳裏を過ぎり、この闘いにさえ集中出来ない。

 

「せやけど……まだや。まだ足りん。お前の実力はそんなもんや無いはずや」

「頼むから引いてくれ、真島の兄さん!俺は今、こんなことをしてる場合じゃねぇんだ……!!」

 

まるで絞り出すかのように放ったその言葉に対し真島はこう返す。

 

「ほぅ……そんなに錦山と嬢ちゃんが心配なんか?」

「なっ……!?」

 

その答えは、まるで今の桐生の心中を見透かしているかのようであった。

驚愕を隠せない桐生に対し、真島は続ける。

 

「何も不思議がる事は無いで。お前に娘がいるっちゅう事はとっくの昔から知っとるし、あの子が今どういう立場でなんで狙われとるのか……今の神室町でヤクザやっとんのやったら誰でも知っとるわ」

「真島……!」

 

その言葉に対し、桐生は怒りを覚えた。

真島は桐生が置かれた状況も事情も全て承知している。

つまり、その上でこの喧嘩を仕掛けていると言う事になるのだ。

それは即ち────

 

「じゃあお前は、それが分かっていながら俺の邪魔をするって言うのか……!?」

「あぁ、その通りや」

 

真島の返答により、桐生の怒りが燃え上がる。

しかし、真島は今の態度を決して崩そうとはしなかった。

 

「貴様───!!」

「せやけどそれは……ホンマに桐生ちゃんが気にかける必要がある事なんか?」

 

直後、真島の放ったその言葉が桐生の脳裏に空白を生じさせる。

彼には、真島の言っている意味が理解できなかった。

 

「……どういう意味だ」

「どういう意味もそのまんまやろが。さっきお前……錦山に嬢ちゃんを助けに行かせたんやろ?だったらそれでええやないか」

「ふざけるな!勝手な事ばかり言いやがって!!」

「確かに勝手やな。せやけど、ワシの見立てに狂いは無いで」

 

あっけらかんと答える真島に対して吠え立てる桐生だったが、真島は一転して毅然とした口調で答えた。

 

「錦山は必ず嬢ちゃんを救い出す。間違いあらへん」

「なに……?」

「それに、今アイツには関東桐生会の兵隊が増援で居るんやろ?それじゃむしろ失敗する方が難しいで。過剰戦力っちゅうやっちゃ」

 

真島は先程、錦山は眼中に無いかのように扱っていた。

しかし、今彼の口から出ているのは錦山の実力を肯定するものばかり。

その行動と言動のギャップが、桐生を困惑させていた。

 

「何故だ……錦の事をロクに知らないはずのアンタが、何故そこまで言える!?」

 

再三にわたる桐生の問いかけ。

それでもなお真島の態度は変わらなかった。

変わらず、淡々と。

ただあたり前の事を告げるように答える。

 

「言えるに決まっとるやろが。なんせアイツは……この俺と引き分けた男なんやからなァ」

「!!」

 

その言葉を聞いて、桐生は思い出した。

数日前、真島組の連中からバッティングセンターに遥を拉致した事を聞かされた桐生は松重達の制止を振り切って東京に向けて車を走らせていた。

しかし、後に遥が救われたと言う情報が"協力者"から齎された事で、その時桐生が神室町に乗り込む事はなかった。

 

(まさか、その時兄さんと闘っていたのは……錦だったって言うのか?)

 

その後 遥を保護しているのが錦山である事を知り、それと同時に真島から遥を救い出したのが錦山である事も知った桐生だったが、二人が交戦していた事実を桐生は認知していなかったのだ。

無論、その結果が相打ちであった事など知る由もない。

 

「モチロン手は抜いてへんで。俺は本気やった。アイツは───"本気で殺しに来る俺を相手に生き残り、引き分けた"。桐生チャンなら、この意味が分かるやろ?」

「…………」

 

この時、桐生の脳裏には数年前の記憶が蘇っていた。

それはまだ彼が東城会に居た頃。神室町で桐生組を率いて活動していた時期の出来事だ。

真島から些細な事で因縁を付けられた桐生は"筋の通らない喧嘩は買わない"と発言した事により、文字通り四六時中付け狙われる事になった。

ありとあらゆる手段で桐生に干渉し、彼が手を出さざるを得ない状況を作る事で喧嘩に発展させる。

そんな揉め事に溢れたストーカー被害を、桐生は東城会を脱退する五年前まで受け続けていたのだ。

 

(錦が、本気の兄さんを相手に引き分けた……?)

 

故に桐生は、本気を出した真島吾朗がいかに危険で厄介な存在であるかを熟知している。

一瞬でも油断をすれば文字通り命は無い。

そんな命のやり取りを錦山は経験し、あまつさえ引き分けたというのだ。

それはつまり、錦山の実力が並大抵のものでは無いという事に他ならない。

 

「まぁ桐生チャン程やないにしても……今の錦山は、蛇華のドアホ共に遅れを取るような奴とちゃうで」

 

自分を相手に一歩も引き下がらずに引き分けた程の男が、蛇華を相手に負けるはずが無い。

そう確信しているからこそ、真島の態度は一切崩れないのだ。

 

「むしろ……桐生チャンは己の兄弟分の事がそんなに信じられんのかいな?」

「……なに?」

「聞くところによれば、お前、最初は錦山を危険に巻き込まないように遠ざけようとしとったそうやないか。」

 

そこで真島は、"わざと"下卑た笑みを浮かべて見せる。

 

「それはつまり……錦山の事が信用出来へんかったって事やろ?ムショ暮らしでヒヨったかつての兄弟分に、お情けをかけとったちゅうわけや。っかァー!錦山も気の毒やなぁ。五分だと思うとった自分の兄弟分にそない情け掛けられるなんざ、屈辱もええとこやったやろうに」

「…………」

 

そして真島は、桐生の琴線に触れるような事を次々と口にしていく。

彼は今、"堂島の龍"の本気を引き出そうとしていた。

そして。

 

「まぁ、お前の気持ちも分からんでもないで?アイツは所詮、昔から桐生チャンに金魚の糞みたく引っ付いとるだけの小物やったからなぁ。それがムショに入ったとなりゃ益々────」

 

彼の目論見は成就した。

それ以上の真島の言葉を遮るように顔面に叩き込まれた拳によって。

 

「ぐぶぉぉォオオオッッ!!?」

 

文字通り殴り飛ばされた真島の身体は、二度に渡るバウンドを経てダンプカーのコンテナに叩き付けられた。

激しい轟音が響き渡り、彼らの周囲で取っ組みあっていた男たちの手が思わず止まる。

 

「ぐッ……ぬ、ゥ……!」

「────何か勘違いしてるみてぇだな」

 

真島に繰り出された鉄拳の威力とは裏腹に、桐生の声はどこか平坦だった。

 

「俺が錦を信用しなかった事なんてただの一度もねぇよ。錦を突き放そうとしたのは、俺が"失うこと"に臆病だったからだ」

 

だが、それは決して冷静になった訳では無い。

 

「錦の実力や漢気は、俺が一番よく知ってる。だからこの状況で、俺が遥の事を頼めるのもアイツを置いて他には居ない。だが……だからといって放っておいて良い理由にはならねぇ」

 

それは、言わば防波堤。

次の瞬間には決壊するであろう怒りの濁流を抑え込む、最後の砦。

 

「でもな、それももう良い。お望み通り、アンタの口車に乗ってやるよ。ただし……遊びは一切ナシだ。何故ならアンタは────」

 

そして。

その壁がついに打ち破られ。

 

「たった今 錦の事を侮辱した挙句 知った風な口を聞きやがったからな……!!」

 

眠っていた"龍"が目を覚ます。

 

 

 

「吐いた唾は飲まさねぇぞ、真島ァッッ!!!!」

 

 

 

瞬間。

ついに爆発した桐生の怒りが全身から溢れ出る闘気────否、"覇気"となって放出された。

それは極めて苛烈な重圧となって周囲に伝播し、極道達の戦意を敵味方問わず喪失させていく。

 

(な、なんや……これは……?)

(寒気が……寒気がする……!)

 

自分達が先程まで抱いていた怒りや闘争心は瞬く間に霧散し、得体の知れない悪寒とプレッシャーに苛まれる極道達。

彼らが直面しているのはあくまでも余波であり、決して自分達に向けられたものでは無い。

それを認知した上でもなお、彼らは一同に思った。

 

((((こ……殺される……!!))))

 

しかし、そんな中。

 

「ヒッ……ヒヒッ……」

 

これ程の"覇気"を真っ向から受けてもなお、愉快そうに声を上げる男が居た。

 

「ヒャーッハッハッハ!!そう、これや!これこれ!!ワシが待っとたんはこの瞬間なんや!!」

 

嗤い、笑って、また呵う。

それは"狂気"。

常軌を逸した者だけが辿り着く、禍々しき境地。

 

 

 

 

「会いたかったでぇ……?"堂島の龍"───桐生一馬チャン!!!!」

 

 

 

 

"嶋野の狂犬"、真島吾朗。

彼の全身から溢れ出た"鬼の狂気"が"龍の覇気"と衝突する。

 

(なんなんだよ、これ……?)

(アカン……アカンでこれは……!)

(た、立ってられねぇ……!)

 

覇気の"恐さ"と狂気の"怖さ"。

それらがぶつかり合った事による余波は周囲の極道達に文字通りの"恐怖"を与え、正気を保つ事すら困難となった男達が次々と戦線を離脱していく。

そんな中、当事者である桐生と真島だけが一歩も引かずに睨み合いを続ける。

 

「さぁ、もう辛抱たまらんで!始めようやないか。俺とお前の……本物の喧嘩ちゅう奴をな!!」

 

やがて、真島が金色のジャケットを脱ぎ捨てて上裸を晒した。

般若と白蛇の彫られた混沌とした背中が顕となり、身に纏う狂気の色をより一層濃くしていく。

 

「上等だ。アンタがここを退くつもりがねぇなら……叩き潰して、押し通る!!」

 

そして、桐生もまたダークグレーのスーツと紅いシャツを脱ぎ捨てて上裸を晒す。

天高く飛翔する応龍の入れ墨が顕れ、その身から発する覇気がより強くなる。

こうなってしまった以上、もはや誰にも止める事は出来ない。

桐生と真島。

応龍と般若。

堂島の龍と嶋野の狂犬。

出会うべくして出会った二人の伝説。

 

 

「来やがれ、真島ァッッ!!!!」

「行くでぇ、桐生チャン!!!!」

 

 

そんな彼らによる、究極の闘いが幕を開けた。

 

 

 




ヤーッハッハッハッハ!!!!

血湧き肉躍るこの感覚!それでこそ桐生ちゃんや!!

さぁ、もっとワシを楽しませてみろや!!
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