錦が如く   作:1UEさん

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最新話です

ダラダラ気ままにやってくつもりだったこの作品も、気付けばすっかり後半戦。これも皆さんのおかげです
いつもありがとうございます


第十五章 火種
不穏


2005年12月11日。

時刻は午前5時。

空がうっすらと明るみを帯び、朝の訪れを感じさせる。

朝の早い職人達のトラックが既に何台か通り始める中、俺たちはついに東京まで戻ってきた。

 

「錦山。ここまで来ればとりあえず大丈夫だろう。バイクの連中にもそう伝えてくれ」

「あぁ、分かった」

 

俺は車のスライド窓を開き、過酷な中で護衛を務めてくれた関東桐生会の若い衆に礼を告げた。

 

「お前ら、ありがとうな!護衛はここまでで良い!自分らの組に戻ってくれ!」

「押忍!錦山さん、どうかお気を付けて!お疲れ様でしたッス!!」

 

ライダースジャケットを纏った若い衆が元気よく返答をすると、バイク達はそのまま加速して先に行ってしまった。

大急ぎで逆側の高速道路へと戻る為だろう。

言動や彼らのバイクでの身のこなしから察するに元は暴走族だった連中が準構成員になったといった感じだが、俺達に気づいて貰う為の奇行以外では道路交通法をキッチリ守っているあたり、徹底的に教育を施されたのだろう。そう言った部分が如何にも関東桐生会らしい。

 

「すぅ……すぅ…………───」

 

スライド窓を閉じると、規則正しい寝息が隣から聞こえて来た。

遥だ。バイクのエンジン音にさえ動じずに眠りに耽けっている。よほど疲れていたのだろう。

これ以上、この子に苦労はかけられない。

 

「そうだ、錦山。お前の携帯」

「あぁ、すまねぇ」

「何か伝言が入ってるみたいだぜ。聞いてみな」

 

伊達さんが渡してくれた携帯電話の画面を見ると、留守電が一件入っているという表示が出ていた。

対象のボタンを押し、耳に当てる。

 

『お疲れ様です、錦山の兄貴。新藤です。』

(新藤?)

 

何処で俺の番号を知り得たのかという疑問を飲み込み、伝言に耳を傾ける。

わざわざこうして伝えてきたという事は、余程の事態に違いない。

 

『東城会の内部で妙な動きがあります。なんでも、風間組の中に他組織に情報を流しているスパイが居るとかで』

(スパイだと?)

『それで今、ソイツを見つけて始末しようと息巻いてる連中がいるみたいです。今回の件とどこまで関係あるかは分かりませんが、兄貴もお気を付けて。また連絡します』

 

伝言の内容は以上だった。

突如として明らかになったスパイの存在。

風間組の中に居るというソイツの正体も気になる。

が。

 

「はぁ……ダメだ。頭が回らねぇ」

 

度重なる闘いによる疲労とダメージから、上手く頭が働かない。

何かを考えようとすると猛烈な眠気が襲ってくる。

 

「高速からは降りるが、神室町に着くまではまだ時間がある。お前もそれまでは寝てな」

「あぁ……そうさせて、もらうぜ…………────」

 

伊達さんの言葉に甘えるような形で、俺はゆっくりと意識を手放した。

隣で頭を預けてくる、大事な姪っ子の存在を感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、起きろ二人とも」

 

次に錦山が目を覚ましたのは、神室町の西公園前。

車を運転していた伊達が声をかけている。

神室町には朝の時点で到着していたものの、深刻な疲労からか決して目覚めない二人を起こす事を諦めた伊達は、自らも車内で仮眠を取る事にしていた。

そして、時刻は午後16時。

十分な休息と判断した伊達が、いよいよ二人を起こしにかかっているということだ。

 

「あ……あぁ…………」

「うー……ん…………」

 

中々微睡みから目覚める事が出来ない二人。

彼らの疲労は未だ取れていなかった。

 

「遥はせめてプレハブ小屋までは頑張れ。錦山、お前はさっさと起きろ」

「あ、ぁ……おう……」

 

軽く頭を振って眠気を飛ばす錦山。

遥を連れて車から降り、公衆トイレを経由して賽の河原へと足を踏み入れる。

 

「おぉ、お前!無事だったか!」

 

広場に差し掛かると、ホームレスと一緒になってドラム缶の焚き火で暖を取っていた花屋が声をかけて来た。

任侠堂島一家にギャング集団、更には中国マフィアと連戦を重ねてきた錦山が今も尚生きている事に喜びを覚えている。

何せ錦山の乗り越えた修羅場は並のチンピラであれば既に三回は死んでいる程の地獄なのだ。花屋の反応は至極正しいものと言える。

 

「…………」

 

しかし、そんな錦山は英雄の凱旋と言うにはいささか浮かない表情を浮かべていた。

肉体の疲労が蓄積しているのも原因としてあるが、一番の理由は錦山が思考を巡らせているからである。

テーマは無論、風間組のスパイについてだ。

 

(風間組の中に入り込んだ内通者。そいつは他の組織に風間組の情報を横流ししているらしい……)

 

情報を横流ししている先の組織については伝言で明らかにされていなかったが、錦山の脳裏には一人気になる人物が浮かび上がっていた。

 

(現役の風間組構成員であり、かつ東城会以外の外部組織にパイプを持っている可能性のある人物…………)

 

錦山は己の記憶を遡り、自分が出所した翌日に起こった出来事から今日までのことを順番に考察していく。

 

「……花屋」

「どうした?」

 

そして。

己の中である結論を出した錦山は、それを確かなモノにすべく花屋を頼った。

 

「河原のシステムは復旧してるか?」

「あぁ、今はもう問題ねぇ」

「それを使って頼みてぇ事がある。聞いてくれるか?」

「……どうやら訳アリのようだな。いいぜ、ついてきな」

 

花屋は錦山の頼みを快諾すると、彼らを賽の河原の最奥部まで導いていく。

地下空間から監視システムのある部屋へと向かい、モニタールームへと辿り着く一同。

 

「で、何をどうすりゃ良いんだ?」

「映像を洗い出してくれ。場所は……千両通りとピンク通りの裏路地だ」

「錦山、一体どういうことなんだ?」

「伊達さん……俺は、伝言にあった風間組のスパイってのに、心当たりがある」

「なに!?」

 

驚きを隠せない伊達に、錦山が説明を始める。

 

「まず、世良会長の葬式の時を思い出してくれ。伊達さんは、俺の身柄を手元に抑える為にあの場に居たはずだ」

 

錦山が言及したのは、彼が出所して間も無い頃に参加した三代目会長の葬儀。10年後の東城会や桐生の真相を聞き出す為、錦山が変装して潜入した時の事だ。

 

「あぁ、そうだ」

「実は……葬儀会場で乱闘騒ぎになる前、俺は一人の風間組構成員と接触しているんだ」

 

その男は錦山を本部邸内へと誘導し、合流予定だった新藤の元へと導いてくれた人物でもある。

懐に拳銃を装備して厳戒態勢を敷いていた彼を、当時の錦山は組織に忠実な極道としてしか見ていなかった。

 

「そして、俺が辛くも本部の外へと出た途端。伊達さんに先んじて俺の身柄を奪っていった車があった。そうだよな」

「……あぁ、関東桐生会の奴だったな」

「実はその時、俺はその男が機転を効かせてくれたおかげで脱出する事が出来ていたんだ」

 

錦山が初めて違和感を感じたのはここだった。

関東桐生会の助けが来るタイミングが、あまりにも"出来過ぎている"。

まるで狙ってやったとしか言い様のない程に完璧なタイミングで、錦山は窮地を脱する事が出来たのだ。

偶然の一言で片付けられる事象では無いだろう。

 

「じゃあ、その男が情報を横流ししてる先の組織ってのは……関東桐生会か?」

「そうだ。そしてそう考えると、俺が思い浮かべてるその人物とも色々と辻褄が合う」

 

風間組の構成員として、狙撃されて負傷した風間新太郎が狙われないように隠れ家を転々として逃げながら守護しているであろうその人物。

その人物は、決して広いとは言えない神室町の中で怪我人を抱えながらそれでも追っ手に見つからずに逃げる事の出来るフットワークの良さ。

東城会と一触即発状態にあるはずの関東桐生会の実質的なNo.2である松重と、示し合わせたタイミングで計画を実行できる程の信頼関係の元に築かれた強固なパイプ。

そして、刑務所での経験から人一倍視線に敏感な錦山にも気付かれない程に気配を遮断する能力を兼ね備えている。

 

「出るぞ、錦山。龍神会館付近の映像だ」

「4日前の昼間の映像だ。映し出してくれ」

 

モニターに表示されたのは、錦山が龍神会館へと入っていく時の映像。

人気のない路地裏にひっそりと事務所を構える歌彫の居所へと錦山が足を踏み入れた後、映像内に一人の男が現れる。

 

『…………』

 

黒いコートにハット帽子を被ったその男は、錦山が建物に入っていくのを見届けた後で足早にその場を去っていく。

 

「その男の映っている映像を追いかけてくれ」

「分かった」

 

花屋の忠実な部下たちによって、ハット帽子の男が移動するのに連動して監視カメラの映像が切り替えられていく。

やがてその男はとある路地裏の角に身を隠すと、慎重な手つきで携帯電話をダイヤルし始めた。

 

「……音声、拾えるか?」

「あぁ、任せろ」

 

街の喧騒をノイズとして処理し、ハットの男の声をカメラのマイクで集音する。

 

『……もしもし、俺です。今、錦山の叔父貴は龍神会館に入っていきました。……えぇ。おそらく、例の水死体の件で歌彫先生の意見を聞きに行ったのかと…………えぇ……えぇ、はい…………分かりました、失礼します』

 

その声を聞いて、錦山は確信した。

このハット帽子の男の正体が、一体何者であるかという事を。

 

「……歌彫先生の所へ行った時、桐生は俺に電話をかけて来た。携帯じゃなく、先生の所にあった固定電話にな。そう……アイツには俺の動きが見えていたんだ。この男の存在のおかげでな」

「じゃあ、コイツが噂のスパイか?」

「あぁ。道理で桐生の傍に居ないわけだぜ。まさか、こんな事してやがるなんてな……」

 

映像の中の男が、携帯電話をしまってハット帽子を取る

そこにあったのは、錦山にとってもよく見慣れていた坊主頭。

関東桐生会に居たのなら間違いなく最古参幹部とされていたであろう、桐生一馬の弟分。

 

「なぁ……"シンジ"……!」

 

風間組構成員。田中シンジ。

東城会にとっての裏切り者が発覚した瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、同時刻。

田中シンジは、神室町の外れにあるとあるテナントに向かっていた。

そこはかつて桐生組が事務所として使っていたテナントであり、現在は小規模な風間組系の枝組織の事務所となっている場所である。

もっとも、そこはタダの風間組系組織ではない。

 

(親っさんの移動先の手配がもうすぐ整う。こちらも準備を進めよう)

 

そこは、星の数ほど存在する神室町のヤクザ組織の中で唯一"田中シンジの息がかかっている"組。

つまり、そこにいるヤクザ達は"風間組でありながら関東桐生会のスパイでもある田中シンジの味方をしている"のだ。

人数は僅か五人ほどの小さな世帯で上納金の額も少なく組織内では影が薄いその組だが、だからこそ"人目を惹きたくない案件"においては都合が良い。

今回のような風間新太郎の護衛任務がまさにそれに該当する。

故にシンジは唯一の協力者である彼らの事務所へと向かっていたのだ。

 

(…………)

 

ふと、シンジは街の様子がいつもと違う事に気づいた。

住民達の喧騒の中には不安げな声が入り交じり、殺気立ったヤクザ達とそれを追う警察が忙しなく動き回っている。

当然見つかれば都合の悪いシンジはなるべく人目を避けて事務所に向かっているのだが、彼は今 妙な胸騒ぎを感じていた。

 

(街の様子がいつもとはおかしい……急いだ方が良さそうだ)

 

神室町を知り尽くしたシンジだからこそ知りうる裏道や路地裏を駆使して、人目につかない状態で事務所へと辿り着くシンジ。

だが。

 

「……!」

 

そこでシンジは、ある致命的な事に気付く。

 

(事務所の鍵が壊されてる……!?)

 

鍵は自分か組長しか持っておらず、出入りする際は鎖と南京錠での施錠を徹底しているはずのその組織。

そんな事務所の錠前が原型が歪むほどに破壊され、無理やりこじ開けられていたのだ。

 

(馬鹿な、一体誰がこんな事を……!?)

 

シンジがふと地面に落ちた南京錠の残骸を見ると、焦げ付いた痕とそこを中心に大きく歪んでしまっているのに気付く。

まるでなにか強い熱と衝撃を与えられたかのように。

シンジは確信した。

 

(これは銃痕……って事は、堅気の仕業じゃねぇ……!)

 

相手は、まだ比較的明るいこの時間帯から銃を使う事も厭わない程の人間。

シンジにとって、危険分子以外の何者でも無かった。

 

(マズイな、どうする……!?)

 

只事じゃない事態に内心焦るシンジ。

彼の脳裏にはいくつかの選択肢が浮かんでいた。

 

(南京錠が破壊されてからどれだけ経ったのかはまだ分からんが、犯人がまだ近くにいる可能性もある。今は風間の親っさんの安全が最優先、だが…………)

 

下手に関与せずにその場を離れ、風間の元に戻るという選択。

事件性のあるこの現場にわざわざリスクを背負って居残るよりも、護衛対象である風間の安全が今のシンジにとっては重要だ。

それは非常に合理的かつ正解に近い選択肢といえるだろう。

ただし。彼にとって重要な"ある一点"を除けば。

 

(やっぱり、放っておく事は出来ねぇ……!)

 

シンジが複雑な立場である事を知った上で、惜しみない協力をしてくれた組織に危機が迫っている。

そんな時、何も見なかった事にして立ち去ってしまうという選択は、彼の掲げる"仁義"に反していた。

 

(行くぞ……!)

 

覚悟を決め、シンジはゆっくりとビルの中へと足を踏み入れる。

懐から拳銃を取り出し、テナントのある二階を目指して階段を登っていく。

建物の中には人の気配がなく、廊下などは荒らされた形跡が無い。

 

(静か過ぎる……まさか……!)

 

恐る恐るといった様子でテナントのドアを開けるシンジ。

そこで彼が見たのは、変わり果てた事務所の光景。

倒された家具、散乱する書類。

そして、物言わない存在と成り果てた組織の構成員達が、全員血の海に沈んでいるという地獄のような惨状。

そして。

 

「あ?おう、ようやくお出ましか馬鹿野郎」

「……!」

 

そんな血溜まりの中央に立ち、優雅に煙草を蒸かす一人の男。

オールバックの黒髪にシャープなデザインのサングラスをかけ、赤いロングコートを着用したその男の手には一丁の拳銃が握られている。

 

「悪ぃな。テメェが来る前に一仕事させて貰ったぜ」

「テメェ……カタギじゃねぇな?どこの組のモンだ!?」

 

シンジは迷い無く銃口をその男に突き付けた。

彼の脳が警鐘を発している。この男は危険だと。

 

「それは言っても意味がねぇだろう……何せお前は────」

 

直後。

シンジの背後から数名の男達が現れて退路を塞いだ。

彼らの手にもまた、拳銃が握られている。

 

「もうすぐ、コイツらと同じ末路を辿るんだからよ」

「ッ!」

 

赤いコートの男が言う"コイツら"とは、ドスや刀などを握ったまま屍となった極道達の事だ。

彼らの遺体の至る所には夥しい数の赤黒い銃痕が存在しており、それが彼らの死因を如実に物語っている。

 

「お前に怨みはねぇが、これも仕事なんでね。大人しく死んでくれや」

 

そう言うと、赤いコートの男もまた拳銃をシンジに突き付けた。

まさに絶体絶命。

次の瞬間には命が潰えているであろう危機的状況。

 

「……フッ」

「あ?」

 

そんな状況の中、シンジは笑みを浮かべていた。

あまりにも似つかわしくないシンジの表情に怪訝な顔をする赤いコートの男。

 

「面白ぇ……!」

 

その笑みはただの痩せ我慢でも無ければ、相手の動揺を誘うハッタリでもなく。

ましてや勝利を確信したが故の不敵なものでも無い。

 

「────殺れるモンなら殺って貰おうじゃねぇか!!」

 

己の掲げた意志を貫く覚悟を持つ者だけが浮かべる────"男の意地"の発露だった。

 

 

 




シンジの運命や如何に……
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