錦が如く   作:1UEさん

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最新話です

活動報告にてお知らせがあります。是非覗いて見てください


裏切り者

「────殺れるモンなら殺ってもらおうじゃねぇか!!」

 

そう息巻いたシンジと赤コートの男が引き金を引いたのは全くの同時だった。

空中で交差する二つの弾丸。

シンジの放った弾丸は赤コートの頬を掠めて壁に減り込む。

一方、赤コートの放った弾丸はシンジの頭を直撃した。

 

「ガ、ッ────」

 

吹き飛ぶハット帽。

飛び散る赤い液体。

後ろに倒れこんでいくシンジの体。

決着。

この場にいる誰もがそう確信し、一斉に警戒を解く。

直後。

 

「────なんてな」

「!?」

 

仰向けの体勢のままシンジが銃を発砲し、赤コートの拳銃がその手から弾き飛ばされる。

 

「ぎゃっ!?」

「ぐぁっ!?」

「ぉごっ!?」

 

その後、シンジは仰向けの体勢のまま自分の背後のいた敵を的確に銃撃した。

足や腕を撃たれた男達は次々と拳銃を取り落とし、一斉に無力化される。

 

「フッ!」

「テメェ ッ!」

 

シンジが素早く起き上がった直後、赤コートは懐に手を入れもう一丁の拳銃を取り出していた。

 

「──ッ!」

「死ねやァ!」

 

発砲。連射。

次々と鳴り響く銃声の中、シンジは即座に飛び退いて弾丸を躱すと、無力化した敵の一人の背後に回り込んだ。

 

「はっ?、いや待っ────」

 

敵は最期の肉声としてそう言い残すと、シンジを護る即席の肉壁へと成り果てた。

赤コートは味方だったはずの男を躊躇いなく射殺したのだ。

 

「ひっ────」

「た、助け────」

 

恐怖を浮かべた残りの二人も、赤コートは的確に頭を撃ち抜き射殺する。

シンジの肉壁になるのを防ぐ為だった。

 

(貰った!)

 

その隙を突いてシンジが赤コートに引き金を引く。

しかしそれを読んでいた赤コートは真横に飛び込むと事務机を盾にして身を護った。

 

「チッ!」

 

舌打ちをしつつ、シンジも同様に事務机を盾にする。

空になった弾倉を捨てて、新たな弾倉を装填しながらシンジは心臓が早鐘を打っているのを知覚した。

 

(あ、危ねぇ……特注ハットが無けりゃ殺られてたぞ、こりゃ)

 

シンジが頭に銃弾を受けてなお無事だった理由がそこにある。

彼の被っていたハット帽子は内側に鋼とセラミック板を重ねて補強した特殊な部材を仕込んだ特注品であり、頭を撃ち抜かれるのを防ぐ事が出来る立派な防具だったのだ。

加えて 生地の外側にはカモフラージュされた血糊が仕込まれており、弾丸を受けた衝撃で弾けることで血糊を吹き出し、死んだと思い込ませる事が出来る細工もされている。

赤コートの男やその仲間たちが目撃した赤い液体はこの血糊だったのである。

 

(あの赤いコートの男、人を殺す事に躊躇いが無さすぎる……ありゃ、ヒットマンの類か)

 

役に立たないと判断すれば仲間すらも平気で切り捨てる冷酷さ。

単独で極道の事務所に突撃して殲滅する程の実力。

シンジは確信した。"赤コート"は出来るヤツだと。

 

「スーッ……フゥー…………ッ────────」

 

覚悟を決めたシンジは一度、深呼吸をした。

昂った神経を鎮め鼓動を落ち着かせることで、あらゆる状況で動じない強靭な精神状態へと移行する。

 

(────いける)

 

そう確信した時、シンジの肉体は既に行動を起こしていた。

その場から立ち上がって銃を構える。

 

「くたばれェ!」

 

一方の赤コートの男は先程弾き飛ばされたもう一丁の拳銃を回収し、それぞれ左右に銃を持った二丁拳銃のスタイルで待ち構えていた。

 

「────ッ!!」

 

 

研ぎ澄まされた感覚で赤コートと相対したシンジの視界は、引き金にかけられた指が動く様をスローモーションで捉え、発せられる殺気や銃口の角度から発射される弾丸の軌道を瞬時に弾き出す。

 

(────躱せる)

 

右。肩狙い。

身体を横向けにして躱す。

左。足狙い。

そのままの体勢で一歩だけ後ろへ下がって回避する。

 

「ッ!?」

 

弾丸を見切ったかのような回避行動に驚きを隠せない赤コート。

そこが明確な隙となる。

 

(────貰った)

 

その瞬間をシンジは逃さなかった。

弾丸を回避した姿勢のまま一発の弾丸を撃ち込む。

 

「ッ、ク、ソがァァッ!!?」

 

その一発は再び赤コートの左手から拳銃を弾き飛ばし、それに激高した赤コートは右の拳銃を連射する。

 

「────────、」

 

シンジはそれらを冷静かつ的確に回避しつつ、赤コートのいる位置の天井に銃を撃った。

そこにあった蛍光灯が弾丸によって砕け散り、鋭利な破片が赤コートの頭上へと降り注ぐ。

 

「チッ、!?」

 

赤コートが舌打ちをしながら後ろに下がった直後。

シンジは一気に赤コートとの距離を詰めていた。

その距離、僅か1メートル。

 

「このッ!?」

「────ッ」

 

赤コートが至近距離でシンジの頭に向かって発砲する。

しかし、発射の直前に左手で右の手首を掴まれた赤コートの弾丸はシンジの頬を掠めるだけで終わってしまう。

 

「フッ、セッ、ハァッ!」

 

シンジは赤コートの鼻柱に頭突きを繰り出すと、そのままの勢いで腹部への膝蹴りを突き刺す。

更には右肘を使った鋭いエルボーを下顎に叩き込んだ。

 

「が、ぁッ、!?」

 

脳震盪を起こして両膝を着いてしまう赤コートの頭に、上から銃口を突き付ける。

こうなってしまえば如何なる抵抗や逃走も叶わない。

噎せ返るような硝煙の匂いに包まれながら、田中シンジによる制圧が完了した。

 

「諦めろ、お前の負けだ」

「はぁ……はぁ……」

 

赤コートの男は銃を捨て、両手を上にあげる。

降伏の意を示さなければ命は無いからだ。

 

「へっ、流石だな。風間組の……いや」

 

生殺与奪の権を握られているとは思えない程の不敵な態度で、赤コートの男はシンジをこう呼んだ。

 

「────関東桐生会舎弟頭。田中シンジさんよ」

 

関東桐生会舎弟頭。

あの風間新太郎にさえ告げていなかったシンジの"もう一つの顔"。

それを言い当てられてもなお、シンジは眉一つ動かさなかった。

 

「テメェ、やはり東城会か。どこの組のモンだ?」

「けっ、それを言って一体何に────」

 

赤コートが口答えをした瞬間、彼の足元に銃弾が撃ち込まれた。

シンジは一切表情を変えぬまま声のトーンのみを落として告げる。

 

「次は、当てるぞ……?」

 

脅しでは無い。もしも次に口答えをすれば本当に殺される。

それを知覚した赤コートは恐怖するでもなく、忌々しげに舌打ちをしてから自分の名を口にした。

 

「チッ…………嶋野組だ。嶋野組若中、荒瀬和人」

「嶋野組の、荒瀬……?」

 

シンジはその名前に聞き覚えがあった。

収集していた東城会の内部情報の中に"嶋野組にはお抱えの殺し屋がいる"という情報があり、嶋野はその殺し屋を使って組にとって都合の悪い人間や敵対組織の人間などを始末させていると言う。

特に"見せしめの為に殺せ"という命令で行った殺しは凄惨で、その時にターゲットになった者の死体はいずれも夥しい量の弾丸が撃ち込まれた状態で発見されている。

そのあまりにも凶悪な手口から、街で噂された渾名が────

 

「そうか……アンタがあの"嶋野の狂い蜂"か」

「はっ、くだらねぇ渾名だ。仕事がやりづらくて仕方ねぇ」

 

"嶋野組に逆らった不届き者は、身体中を蜂の巣にされて殺される"

そのように心に刻み込まれた嶋野組の縄張りに住む街の人々からそう呼ばれるようになった、危険な殺し屋。

それがこの荒瀬と呼ばれる男の正体だったのだ。

 

「荒瀬。いくつか俺の質問に答えろ」

「…………ふん、好きにしな」

 

シンジの要求を荒瀬はすんなりと受け入れる。

"嶋野の狂い蜂"と言えど、丸腰の状態で銃を突き付けられてしまえばどうしようもなかった。

 

「これは嶋野の命令か?」

「他に何がある?お前も極道なら分かるだろうが」

「余計な口ごたえは要らねぇ。聞かれた事だけに答えろ」

「チッ……」

 

その後、シンジは荒瀬にいくつかの質問を投げかけた。

何故嶋野組が自分を狙うのか。何故自分が関東桐生会と通じていると知り得たのか。何故この事務所を襲ったのか。

荒瀬はそれらの質問に対して"東城会の傘下にいる以上、東城会内部の裏切り者を始末するのは当然""自分に対して匿名の密告があった""シンジがこの事務所の極道と通じていることを組の情報網が突き止め、ここで待ち受けていた"と次々に答えていく。

そんな中。

 

「……嶋野の本当の目的はなんだ?」

「は?」

 

質問の意図が分からず意味が分からないとばかりに首を傾げる荒瀬に対し、シンジは続ける。

 

「俺を殺す事が目的なら、爆弾でも仕掛けといて俺がこの事務所に入った時点で爆破させれば良い。だがお前はそうしなかった」

 

荒瀬はシンジが来る事を見越してわざわざ殺害現場の真ん中で待ち受けていた。

そして部下達と銃を持って取り囲む。

最初から殺すつもりなのであればそのように回りくどい事をする必要は無い。

それはつまり、嶋野にはシンジを殺す以外の目的があるという事だ。

 

「どうなんだ、答えろ」

「さぁな。俺は嶋野の親父から"田中シンジを殺せ"って命令されただけだ。さっさと殺さなかったのは……俺の勝手な判断だよ」

「なに?」

「アンタには、風間の叔父貴の居所を吐いてもらおうと思ってたのさ」

 

シンジの眉が僅かに動いた。

風間新太郎の護衛という極秘中の極秘事項すらも向こうには筒抜けであった事に内心で驚くのと同時に、彼は納得もしていた。

 

「そうか……アンタらの狙いは風間の親っさんか」

「嶋野の親父は今の100億の騒動に乗じて東城会の跡目を獲る肚だ。その為には、風間の叔父貴は邪魔な存在なんだよ。だが消そうにも肝心の風間はアンタが何処ぞに隠しちまってる。だからアンタから叔父貴の居所を聞き出して報告すりゃ、親父にいい手土産が出来る……って、筈だったんだがな」

 

結果は散々。逆に嶋野の事を話さざるを得なかった。

そのように語る荒瀬だったが、シンジは一つ疑問を抱いた。

 

(こいつ……ヤケに素直に喋り過ぎじゃねぇか?)

 

本気で殺気をぶつけた上で銃を突きつけても、荒瀬に恐怖した様子は無い。

死ぬ事を嫌がってはいても怖がってはいないのだ。

それ程までの強い精神力を持っているのなら敢えて何も語らずに死を選ぶ事すらも可能なはずなのに、荒瀬はそんな様子も見せず聞かれた事に淡々と答えている。

とても親分に忠誠を誓った極道者とは思えないこの行動に、シンジは違和感を感じていた。

 

「さ、答えたぜ。他にはねぇのか?」

「テメェ……何を企んでる?」

「企む?自分の命握られてるってこの状況で何をどう企むってんだ?」

 

とぼける荒瀬だが、シンジは確信した。

荒瀬は何かを狙っている。

今の荒瀬の態度は絶望して命乞いをする弱者でも、諦めて命を差し出す愚者でもない。

最期の瞬間まで己の勝利を信じて狙い続ける、狡猾なる暗殺者のそれだった。

 

「くだらねぇ猿芝居はいらねぇ。さっさと答えろ!」

「おいおい、その質問にゃ答えようがないぜ。何故なら────」

 

直後。

 

「が、ぅっ!!?」

 

背後から聞こえた破裂音と共に、シンジの脇腹に灼熱が走った。

思わずシンジは自分の腹部に手を当てる。

 

「────時間切れ、だからだよ」

「な、に……?」

 

手に付着した赤を見た瞬間、シンジはその場に膝を着いた。

耐え難い激痛がシンジを苛み、立ち上がる事もままならない。

 

「危なかったなぁ、荒瀬」

 

そして、シンジを背後から撃った犯人が姿を現した。

小指の無い左手と、ダークグリーンのスーツ。

パンチパーマの頭が特徴のその男を、シンジは知っていた。

 

「アンタは……任侠堂島の、岡部……!!」

「気安く呼ぶんじゃねぇよ、裏切りモンが」

 

東城会直系任侠堂島一家舎弟頭。岡部。

総長である堂島大吾や相談役の堂島弥生のお墨付きで、シンジの始末を命令された彼は嶋野組の荒瀬と繋がっていたのだ。

 

「助かったぜ、岡部の旦那」

「お前ほどの男が追い詰められるのは意外だったが、予防線を張って正解だったな」

「て、テメェら……!」

 

余裕を取り戻した荒瀬は弾き飛ばされた拳銃を拾い上げるとシンジの頭に突きつける。

完全なる形成逆転だった。

 

「さて、散々喋らせてくれた礼だ。遺言くらいは聞いてやるよ」

「ッ……!」

 

前門の虎。後門の狼。

背中から腹部にかけて弾が貫通しており、立つことさえままならない。

あまりにも絶望的な状況の中。

 

「テメェらに、言い残すこと、なんざ…………」

 

シンジは、覚悟を貫く事を決めた。

 

「あるかよマヌケ!!」

「「っ!?」」

 

そう叫んだシンジの手に握られていたのは、ピンの外れた一発の手榴弾。

爆破に巻き込まれる事を恐れた二人がトドメを刺せずに硬直した隙に、シンジは手に取ったそれを地面に叩きつける。

 

 

そして。

神室町の一角にある小さな事務所の中は眩い光に包まれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2005年12月11日。

花屋の保有する賽の河原の情報収集システムによって、風間組の中に潜むスパイの正体を掴んだ錦山。

その者の名は、田中シンジ。

彼は現役の風間組構成員でありながら、東城会と一触即発の状態にある関東桐生会に情報を流していたのだ。

 

(シンジ……やっぱりお前は、桐生の事を…………)

 

錦山の脳裏には、数日前の記憶が蘇る。

三代目の葬儀で起きた騒動の後、セレナに電話をかけて来たシンジとのやり取りだ。

 

(思えば俺はあん時から、シンジが関東桐生会と繋がってるんじゃないかって疑ってたんだよな……)

 

シンジの機転と松重のフォロー。

そのタイミングが作為的であった事から錦山はシンジが桐生と繋がっていると思い、ある質問を投げ掛けたのだ。

"兄貴分とはまだ繋がっているか?"と。

 

(その時はシンジにシラを切られたが…………あん時はまだ、俺が関東桐生会にとって敵となるか味方となるかの判断が付かなかったって事なんだろう)

 

故に、シンジは風間組の人間として振舞っていた。

錦山だけではなく、東城会の極道達には例外なくその正体や目的を知られる訳にはいかなかったのだろうと錦山は推測する。

 

(それで言うと、秘密裏に親っさんを護衛するという今の立場はかなり有効だ。シンジの奴、上手く考えたじゃねぇか)

 

一命を取り留めた風間新太郎が行方をくらましていることを知っているのは、おそらく組織の中でも限られた人間のみ。

錦山に想像出来る範囲で言っても、せいぜい若頭の柏木くらいなものである。

それほどまでに重要な役目を背負った男が、まさか関東桐生会と繋がっているとは誰も思わない。

シンジは"重大な役目を背負った構成員"という立場を隠れ蓑としてスパイ活動を行っていたのだ。

 

「錦山、これからどうする気だ?」

 

そう伊達に問われた錦山は、迷わず回答する。

 

「シンジに連絡を取って合流する。そうすりゃ、風間の親っさんとも合流出来るからな」

 

そして風間と合流する事が出来た時、錦山は聞く事が出来るだろう。

葬儀の時に明かせなかった美月の正体や、優子の事を。

 

(それに、新藤の伝言が本当ならアイツのやってる事が東城会にバレ始めてるって事だ。急がねぇとシンジがやべぇ!)

 

もしもシンジが裏切り者として殺されるような事があれば、東城会はスパイをけしかけられたとして。

そして関東桐生会は会長である桐生の一番の舎弟を殺された報復として、双方に戦争をするキッカケを与えてしまう事になる。

それは即ち、両組織による全面戦争の勃発を意味していた。

 

「花屋、シンジが今どこにいるか探ってくれないか?」

「あぁ、分かった」

 

その最悪の事態だけは避けなければならない。

そう考えた錦山は、花屋にシンジの居場所の特定を依頼した。

百を超えるモニターの映像が目まぐるしく切り替わり、神室町中のあらゆる光景を次々に映し出していく。

そして。

 

「ボス!発見しました!」

「どこだ?」

「3分前の映像です。場所は公園前通り」

「公園前通りって……すぐ近くじゃねぇか!」

 

花屋の部下が探し当てた映像が中央の大型モニターに表示される。

そこには、シンジと思われるハット帽子を目深に被った男が一つのテナントに足を踏み入れる様子が映し出されたいた。

 

「何のビルだ?」

「ここには確か、風間組系列の組事務所だな。なんて事はねぇ四次団体の組だが……なんだってこんな所に?」

「おい、ちょっと待て」

 

映像を見ていた錦山が声を上げる。

シンジが足を踏み入れてからすぐに、怪しげな黒服の男たちが後を追うように建物の中へと入っていく。

それから程なくして、カメラ越しでも分かるほどの銃声が鳴った。

 

「なっ!?」

 

銃声は一度だけでは収まらず、耳を叩くような破裂音が何度も鳴り響いていた。

二階の窓ガラスに次々と白い罅が入り、やがて甲高い音と共に砕け散る。

その後 割れた二階の窓から謎の強い光が発生した次の瞬間、その中から一人の男が飛び出して背中から地上へと落下する。

間髪入れずに立ち上がったその男は、先程まで帽子を被っていたシンジだった。

 

「っ、シンジ!!」

 

錦山は思わず叫んでいた。

画面に映っているシンジは腹部を抑えており、そこから赤い染みが段々と拡がっていたからだ。

流血をしている様子のシンジはそれどころじゃないと言わんばかりに、すぐ近くにあったマンホールをこじ開けるとそのまま地下道へと逃げ込んでいった。

 

「シンジが……!おい花屋!どこ行ったか調べられねぇか!?」

「いや流石に無理だ。下水道の中にもカメラが無いわけじゃないが、神室町の地下道はかなり入り組んでいるし死角になる場所も多い。これじゃあ追跡は難しいだろう」

 

歯噛みする花屋。

如何に神室町中の情報を把握していると言えど、カメラの少ない地下道に逃げ込まれてしまえばその情報網は鈍ってしまう。

スパイとしての責務を全うせんとするシンジの意地が、伝説の情報屋の仕事を上回っていたのだ。

 

「クソッ、こうなりゃ行くしかねぇ!伊達さんは遥を頼む!」

「おい、一人で行く気か!?」

「今 遥を任せられんのはアンタしか居ねぇんだ!頼んだぜ!」

「し、仕方ねぇ……気を付けろよ!」

 

錦山はその場から駆け出すと、蹴破るようにモニタールームを飛び出して行った。

取り返しのつかない事になる前に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

賽の河原から地上に出た俺は西公園を飛び出し、映像にあったビルの前へと走って向かう。

襲撃のあった場所に行けば、何か手がかりが掴めるかもしれない。

そう考えていたが、その案は直ぐに潰された。

 

(チッ、遅かったか……!)

 

事件現場である組事務所前には既に多くのパトカーと野次馬でごった返しており、近付く事すら出来ない状態であった。

騒ぎを聞き付けた近隣住民が通報したのだろう。

 

(あれじゃ現場のサツに何もかも押収されて手掛かりどころじゃねぇな……それに今サツに見つかると面倒だ……!)

 

俺が神奈川県警の留置所から抜け出した事はもう警視庁にも知れ渡っている筈だ。

もし警察に捕まる事があれば、俺は留置所に逆戻り。

そのまま刑務所にぶち込まれる事になるだろう。

それだけは避けなくてはならない。

 

「ん?誰だ?」

 

俺が慎重に現場から距離を取っていると、ポケットの携帯が振動を始めた。

現場から完全に離れ切った後で携帯を取り出す。

表示されている番号は新藤のものだった。

 

「……もしもし?」

『兄貴。新藤です。例のスパイの正体………田中の叔父貴だったんです』

「あぁ。俺もついさっき知ったばかりだ」

『そうですか……実は今、その田中の叔父貴を殺る為にウチの総長が号令かけてるんです。』

「なんだと!?」

 

新藤が知らせてきたのは俺にとってかなり悪い報せだった。

確かにシンジは関東桐生会に内通していたとして大吾───ひいては任侠堂島一家から恨まれる動機は十分にある。

連中からしてみれば目の敵である関東桐生会のスパイが東城会の中に居るという事態を見過ごす訳にはいかないのだろう。

 

「シンジはあくまで風間組の人間だろ?外野のお前らが出る幕じゃねぇだろうが」

 

しかし、シンジが所属しているのは風間組。

その組員を始末しようとするのであれば風間組も黙ってはいない。

事情を知らない風間組構成員からすれば、自分達の兄貴分が言いがかりをつけられた挙句に殺されたように映るだろう。

もしもそんな事になれば、任侠堂島一家と関東桐生会と風間組の三組織が同時に激突する大惨事になりかねない。

 

『確かに二次団体という枠で言えばそうですが……今の田中の叔父貴の存在は東城会そのものに影響を及ぼしかねない。それを殺るのに文句を付ける奴は居ないでしょう。」

 

新藤の口調はどこか平坦で落ち着き払っている。

組のNo.2として適切な判断をする為に冷静でいるのか、それとももう止められないと諦めているのか。

 

「……新藤、お前はどうするつもりだ?」

『えっ……?』

 

その答えは、この問いで明らかになるだろう。

 

「東城会の極道として、任侠堂島一家の若頭として……何より一人の男として。お前はこの状況をどう見る?どんな決断をする?」

『………………』

「教えてくれ。新藤」

 

数秒の沈黙の後。

電話越しから返答がある。

 

『……今の田中の叔父貴は東城会にとって真っ先に排除しなければならない存在です。ですが、先日の麗奈さんの一件で兄貴とやり合った俺達は今、戦力を大幅に落としている。そんな状況で田中の叔父貴を殺って桐生の伯父貴の怒りを買っちまえば……俺たちに勝ち目はありません』

「……それで?」

『極道として、組を裏切ったケジメは付けさせなきゃいけません。ですが、任侠堂島一家の若頭として関東桐生会と事を構えるのは避けたい。そして何より……』

 

平坦だった声音が震えを帯びる。

極道としての立場。若頭としての立場。

相反する二つの立場に挟まれながら、それでも新藤は答えを告げた。

 

『…………田中の叔父貴には昔、色々とお世話になりました。そんな人を手に掛けるなんて事、俺はしたくありません』

「……そうか。それが聞けただけでも、十分だ」

 

100億という目先の金に囚われて泥沼の抗争を繰り広げる東城会。

そんな穢れた欲望を持ったヤクザ達の思想に染まる事無く、自分の一番の弟分がこうして仁義の心を持っている。

そんな事実がたまらなく誇らしかった。

 

『ですが、極道にとっては上の意向が絶対。総長や姐さんが号令をかけている以上、俺には組のヤツらを止める事は出来ません。』

「んな事ぁ分かってるよ。だから今、急いでシンジの奴を探してんだ」

『そうだったんですか…………兄貴。俺は今から、独り言を言います』

「は?」

 

突拍子も無い新藤の言葉に思わず目を丸くするが、その独り言を耳にした事で合点がいく。

 

『……"田中の叔父貴はバッティングセンターの裏手にある廃ビルの中に逃げ込んだらしい。ウチの組から追い込みに向かったのは……20人か"』

「────!」

 

シンジの居場所や任侠堂島一家の兵隊の数。

今の新藤にとってトップシークレットであるはずの情報を"うっかり呟いてくれた"のだ。

今の俺にとってこれ以上に有益な情報は無い。

 

『俺に出来んのはここまでです。どうかお気を付けて』

「新藤……ありがとな」

『失礼します』

 

電話が切れた事を確認して携帯をポケットに突っ込むと、俺は七福通りから回り込むようにして雑居ビルへと向かった。

 

(俺が行くまで死ぬんじゃねぇぞ、シンジ!)

 

時刻は午後17時頃。

夜の帳が、もうすぐ降りようとしていた。

 






錦山、間に合うのか
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