錦が如く   作:1UEさん

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最新話です

この章はここで一区切りとなります。

また、JEをプレイ済みの方へ。
"例の男"がまた出てきますが、コメントを書いてくださる時は前回と同様でよろしくお願いします。


それでは、どうぞ。


託された願い

2005年12月11日。

この日、俺は信じ難い現実を直視する事になった。

 

「ガハッ……!」

 

満身創痍の身体で俺を援護してくれた桐生の弟分。田中シンジが。

 

「死ねや、田中ァ」

 

敵である岡部の握ったドスに腹部を突き刺されている。

 

「────────シ」

 

その光景を目の当たりにした瞬間。

思考が弾けた。

 

「シンジィィィいいいいいい!!」

 

気付けば俺はそう叫んで駆け出していた。

一刻も早くシンジの元へ向かいたい。ただその一心で。

 

「に、錦山ァ、次はテメ────」

「余所見してんなよ、馬鹿が」

 

その直後。

シンジは至近距離で岡部の腹を撃ち抜いた。

 

「ぅごぉっ!?」

「なっ!?」

 

衝動的に動いた身体が目を覚ましたかのように立ち止まる。

仰向けに倒れた岡部は突然の痛みと恐怖に驚いたあと、顔を歪ませ青ざめた。

 

「あ、ぁぁ、ぁぁぁああああああっ!!?」

「──────」

 

情けなく悲鳴を上げる岡部に対し、シンジは眉一つ動かさない。

肩と脇腹から血を流し、ドスが腹部に突き刺さったままにも関わらず、その顔は憑き物が落ちたかのような穏やかさすら漂わせていた。

 

「────先に、逝っててくださいや…………岡部の叔父貴」

「や、やめ────────」

 

そう言ってシンジは引き金を引き切り、岡部の額に風穴を開けた。

目を見開いたまま肉塊となった岡部は、きっと苦しむ間もなく死ぬ事が出来ただろう。

 

「へ、へ……叔父、貴…………っ、」

「し、シンジ!!」

 

ついに力を失ったシンジの身体が前のめりに倒れ込む。

俺はそんなシンジをどうにか受け止め、ゆっくりと仰向けにした。

 

「シンジ、お前……!!」

「す、すみま、せん……叔父貴…………下手ぁ、打っちまい、まして…………ゴホッ、ゴホッ!!」

「やめろ、喋んな!!待ってろ、今救急車を────」

 

そう言って俺が携帯を引っ張り出した手を、シンジは力なく握った。

 

「も、う……間に、合いませ、ん…………」

「し……シンジ…………」

 

そう言われた俺は、思わずシンジの身体に視線を落とす。

左の肩と脇腹には赤黒い銃痕。

そして、腸のあたりを深々とドスが突き刺さっている。

もはや手遅れなんてもんじゃない。

今もまだ息があるだけ奇跡に近かった。

 

「叔、父貴……か、風間のおやっさんは…………アケミって女に……預け、ました…………俺の……女、です…………」

「……分かった。アケミだな……?」

「は、い…………」

 

シンジの顔から色味が消えうせ、どんどん生気を失っていく。

もう、長くは持たない。

 

「シンジ……!!」

 

目頭が熱くなり、視界がボヤける。

こんな事があっていいのか。

こんなふざけた事が。

世の理不尽を。裏社会の残酷さを。

そして、自分の無力さを思い知らされたようで、涙が止まらない。

 

「シンジ……お前、辛かったよな?大変、だったよな?」

「おじ、き……?」

「お前、おやっさんの葬儀の後 電話で言ってただろう?桐生とは袂を分かったって…………」

 

でも違った。

シンジは桐生と袂を分かってなどいなかった。

いや、出来なかったのだ。

自分にとっての兄貴分と親父分を天秤にかけるなんてことが。

 

「お前は……ただ、止めたかっただけなんだよな?桐生と、親っさんたちの喧嘩をよ……!」

「────!」

 

その結果シンジが選んだ道こそが、東城会と関東桐生会の多重スパイ。

東城会の情報を関東桐生会に流し、逆に関東桐生会の情報も風間組に流す。

そうやって両組織の間を裏側から取り持つ事で、シンジは東城会と関東桐生会の仲を企てたかったのだ。

 

「葬儀の時、親っさんの指示で俺を見守ってくれてたのだってそういう事なんだろ?あの時の俺の立場なら、あの手紙を桐生に渡せるって……そう思って託してくれたんだろう!?」

 

その最たる例が、風間のおやっさんが俺に託した手打ち盃の嘆願書だ。

アレは風間のおやっさんの意志とシンジの並々ならぬ尽力が形になったモノ。

あの盃を桐生に受けさせる事が、シンジの悲願だったに違いない。

 

「……流石、にしきやま、の、おじきだ…………おれの、考えなんて、おみとおし……なん、ですね……」

「すまねぇ……本当にすまねぇ、シンジ……!俺が、俺がもっと早く気付けてりゃ……こんなことにはならなかったってのに……!!」

 

葬儀の時。

セレナでの電話の時。

歌彫先生のアトリエの時。

気付くチャンスはいくつもあった。

なんかしらの思惑があるのも薄々分かってた。

にも関わらず、俺は美月や優子。

そして遥の事ばっかりで、シンジの目的になんか見向きもしなかったのだ。

 

「へへ……気付け、ないの、なんて……あたりまえ、ですよ…………きづかれ、ない、ように、やってたん、ですから…………」

「シンジ……」

「でも…………悔し、い、なぁ…………」

 

シンジの目に、涙が溜まる。

 

「兄貴、と……親っさんの、ケンカをとめる、って……いきまいて、たって、のに…………けっきょく、おれは…………はんぱな、まま、で…………────」

「シンジ……おい、しっかりしろシンジ!!」

「お…………おじ、き…………さいごに…………おれのたのみを、きいて……くだ……さ…………────」

「分かった!なんでも聞いてやる!言え!!」

 

断絶しかかる意識を無理やり引きずり起こす。

辛いだろう、苦しいだろう。でも許して欲しい

シンジの最後の頼みだけは、何がなんでも聞かなきゃいけないのだから。

 

「こ…………これ、を…………あにきに、わたして、ください…………」

 

そう言ってシンジは血まみれの手のひらに何かを乗せて差し出してきた。

 

「お前、これ……っ!!?」

 

赤いダイヤが美しく輝き、眩いほどの光沢のある一つの指輪。

間違いない。それはかつて、桐生が由美の誕生日に贈ったモノ。

今や由美の形見となってしまった、彼女と桐生の思い出の品だった。

 

「そして……つたえて、ほしいんで、す…………おれのために……たたかわ、ないで……って…………」

「!!」

 

その言葉に俺は目を見開いた。

死の間際。この世に何かを言い遺せる最後のチャンス。

そんな最後の最後って時にまで、シンジは桐生の為に尽くそうとしていたのだ。

 

「あにきは、やさし、い、から…………きっと、おれが、しんだら…………かたきを、うとうと、しちゃ…………い…………ま、す…………だ……だか、ら………………!!」

 

この戦争を食い止め、桐生と親っさんが殺し合う未来を変えて欲しい。

シンジは俺にそう願った。

 

「────分かった」

 

勿論、俺の返事は決まっている。

これに頷けないようじゃ、俺は極道どころか人間失格だ。

 

「桐生は……おめぇの兄貴分は必ず俺が止める!約束する……絶対に止めてやるからな!!」

 

 

安心させるように、力強く。

己に誓うようにハッキリと。

俺は、宣言した。

 

「へ、へ…………よ……よか、っ、た……………………」

 

そして。

 

「あに、き……おやっ、さん……………すみ、ま……せ……ん………ごめ、ん……な……あ、け…………み…………」

 

長年 桐生を傍で支えて来た、最初にして最高の弟分。

田中シンジは。

 

「お…………お、じ…………き……………………」

 

悲壮な覚悟を背負って歩いた渡世の道を。

過酷で壮絶な闘いの日々を。

 

「あ、と……た……た、の………み、ま……す────────────────────────」

「シンジ…………ッ!!」

 

 

 

あまりにも短過ぎたその人生を。

 

 

 

 

「────シンジィィィいいいいいいいいいい!!!!」

 

 

 

"男の意地"を抱いたまま。

静かに、笑顔で、終えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神室町。

とあるビルの屋上で、田中シンジの亡骸を抱きながら泣き叫ぶ錦山彰。

『彼』はその姿を、別のビルの屋上から双眼鏡で観察していた。

 

「……………………」

 

黙して何も語らない『彼』の目的は、錦山彰の殺害にある。

今の『彼』は錦山に、極めて個人的な怨みがあったからだ。

 

「……………………」

 

周囲に邪魔者が居ない今の状況は『彼』にとって都合が良い。本懐を遂げるチャンスが来た事を内心喜んでいると、状況に変化が現れた。

 

「ぐ…………こ、の…………!」

 

気を失っていた荒瀬が意識を取り戻し、抗戦の意志を示したからだ。

 

「っ!テメェ……!!」

 

錦山の目元が目に見えて吊り上がり、膨れ上がった殺気が何棟かのビルを跨いで『彼』のいる所まで届いた。

それほどまでに錦山の中で燃え上がる怒りは絶大で、既に歯止めは効かなくなっていた。

 

「この野郎ォォォォおおおおおおおおおッッ!!」

 

絶叫を上げた錦山が荒瀬に突撃すると、拳銃が発砲されるよりも早く錦山の拳が荒瀬の顔面を捉えた。

 

「ぎぇぁっ!?」

 

文字通り殴り飛ばされた荒瀬は屋上の壁に背中からぶつかり、そのまま仰向けに倒れる。

しかし、錦山の怒りは留まる所を知らない。

 

「よくも!よくもシンジを!!」

「がぶっ、ぶげぇっ!?」

 

上から覆い被さるようにマウントを取った錦山が、身を焦がす程の激情に身を任せて両の拳を振るった。

サングラスが砕け、破片が荒瀬の顔面と錦山の拳に突き刺さる。

 

「────絶対にぶっ殺してやるッ!!!!」

 

しかし、それでもなお錦山は殴るのを止めない。

文字通り血塗れになりながら、彼は殺意と憎悪のままに拳を振り下ろし続けた。

 

「……………………」

 

『彼』はその光景を無感動に見続ける。

その光景や状況は『彼』にとって重要ではない。

重要なのは錦山が人を殺める事ではなく、自分が錦山を殺める事だからだ。

 

「…………?」

 

しかし、ここに来て状況が『彼』にとって都合の悪い方向へと転がり始める。

荒瀬を殴り付けるのに夢中になっている錦山の背後から、見慣れない黒スーツの男達が迫っていた。

 

「……………!」

 

『彼』が双眼鏡越しに目を見開くのと、黒スーツの男の一人が錦山を背後からスタンガンで攻撃したのは全くの同時だった。

 

「ぐぁぁっ!!?」

「────!!」

 

錦山の危機を察知した『彼』は行動を開始した。

双眼鏡を仕舞い込み、自分のいるビルの屋上から助走を付けて隣接するビルへと跳躍する。

パルクールのような軽快な動きでビルからビルへと飛び移っていく。

 

「ぁ……ぅ、──────」

 

背後からのスタンガンを受けた錦山は、荒瀬に覆い被さるように気絶してしまった。

連戦と死闘によって著しく疲労していた錦山の肉体は、スタンガンによる不意打ちに耐え切れなかったのである。

 

「…………」

「…………」

 

錦山の無力化を確認した男達の行動は早かった。

瀕死の荒瀬を保護し、シンジの遺体やヤクザ達の遺体などを回収していく。

そして、最後の仕上げと言わんばかりに身動きの取れない錦山に銃を向けた。

その直後。

 

「────待て」

 

同じビルへとたどり着いた『彼』が男達の背後からそう呟いた。

 

「っ、貴様───」

 

男たちが振り向いた瞬間、その内の一人の頭が正確に撃ち抜かれる。

サイレンサーの付いた拳銃を持った『彼』の仕業だった。

 

「殺せ!生かして帰すな!」

 

男たちが一斉に拳銃を『彼』に向かって発砲するが、それらを苦もなくやり過ごしてみせる。

 

「───ッ」

 

そして弾丸を避ける最中に『彼』は閃光手榴弾を投げ放ち、男たちのちょうど真ん中辺りで炸裂させた。

 

「ぐぁっ!?」

「ぬぅっ!?」

 

男達が眩い光に視界を奪われている隙に『彼』は気絶した錦山を抱きかかえると、米俵のように担いで屋上の出入口から逃走した。

 

「ハッ……ハッ……ハッ……」

 

普段から鍛錬に余念が無い『彼』でも、大人一人を担いでの移動にはかなりの労力が伴う。

『彼』は追っ手が来ない内にエレベーターへと乗り込むと、一気に下の階まで降りて行った。

 

「────────」

「……………………」

 

意識の無い錦山を左肩で担ぎ、右手に銃を握る。

エレベーターが1階へと到着して扉が開いた直後、執拗に周囲を見渡して敵が居ないことを確認した『彼』は、ビルの裏口から外へと出ると、外階段の影になる場所に錦山を放り捨てた。

 

「う…………ぁ…………────────」

 

『彼』は、自らの手で殺す為に錦山を付け狙っていたのであって、この行動は善意に基づくものでは決してない。

 

「──これで……終わりにしてやる」

 

未だ意識が戻らない錦山に向けて『彼』は静かに銃口を向けた。

あとはその引き金さえ引けば錦山への復讐は果たされる。

 

「…………………………………………」

 

しかし今、『彼』はその指を動かさない。

その理由は、無防備な姿で動かない錦山を見た事で『彼』が抱いた一つの疑問にあった。

 

(……本当に良いのか?)

 

『彼』が錦山に殺意を抱く理由。

それは以前『彼』が裏社会の人間からの依頼を受けて錦山を殺そうとした事に起因する。

その時に、錦山は『彼』を返り討ちにしたのだ。

間一髪で危機を逃れて逃走することに成功した『彼』だが、その出来事の影響でプライドを打ち砕かれた『彼』は激しい憎悪を抱いた。

錦山はいずれ己の手で殺す。

そう決意した『彼』は、錦山の暗殺を取りやめるよう説得してきた元の依頼主の意向を無視し、今日この日まで密かに錦山の動向を追っていたのだ。

 

(ここでコイツを殺して……俺の心は晴れるのか?)

 

そして、ようやく訪れた絶好の機会。

これ以上ない程に隙だらけな錦山を前に、『彼』が引き金を引く事を邪魔するモノ。

それは、『彼』自身のプライドだった。

 

(今、コイツを殺しても……)

 

情報屋。危険物の売人。そして暗殺。

表の顔を持ちながら裏の仕事をこなしていく内に、『彼』は自分には裏の世界で生きる才能があると信じるようになっていた。

それを錦山がいとも簡単に覆した。

たとえ今ここで錦山を殺したとしても、その事実が覆る事は無い。

 

(コイツを越えた事にはならない…………!)

 

『彼』が本当の意味で復讐を果たす方法はただ一つ。

闘える状態の錦山彰を相手取り、打ち倒した上で殺す事のみ。

 

「…………いいだろう」

 

一言。

『彼』はそう言って銃を下ろした。

 

「錦山彰。お前は俺が必ず殺す。だが……俺のプライドの為だけにこの場は見逃してやる」

「────────────」

「……せいぜい、その時を楽しみにしておくんだな。ヤクザ崩れが」

 

『彼』は吐き捨てるようにそう口にすると、その場から姿を消した。

まるで、暗闇に潜む土竜のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、翌朝。

関東桐生会の本部前に一つの死体が打ち捨てられていたのを、本部の構成員が発見した。

 

 

────遺体のそばには、東城会の代紋が落ちていたと言う。

 

 

 




東城会直系風間組特務構成員



関東桐生会舎弟頭


田中シンジ

死亡

享年 33歳
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