最近は色んな人が見てくれているので凄く嬉しいです。励みになります頑張ります
それではどうぞ
桃源郷への道筋
2005年12月12日。
俺は目を覚ました。
「ぅ……あ……?」
靄のかかった意識と視界の中、重い身体を動かす。
「おじさん」
「おぉ、錦山。目が覚めたか」
そう声をかけるのは遥と伊達さん。
視界に映りこんだ二人を認めた時、俺は自分がいる場所が賽の河原である事を知覚した。
「伊達さん……遥……」
ゆっくりと上体を起こして辺りを見回す。
思った通り、そこは俺らが拠点としている賽の河原。西公園のダンボールハウスだった。
「俺は……どうやってここに……?」
直前の記憶は、バッティングセンター裏の雑居ビル屋上だった。
シンジを喪った悲しみと憤りから、理性を失う程の怒りに犯され荒瀬を殴り付けていたのだ。
血塗れになるまで何度も何度も拳を振り下ろしていた矢先に首元に走った衝撃と共に意識が断絶し、そこから先の記憶が無い。
「ウチのモンに運ばせた。監視カメラでお前の居所は分かってたからな」
そう言って姿を現したのは、賽の河原の主である"サイの花屋"だ。
確かに、伝説の情報屋と呼ばれた彼にとっては俺の動向を探ることなど造作もない事だろう。
「そうか……なぁ、花屋。俺はあの後どうなった?あのヒットマンをぶん殴ってたところまでしか覚えてねぇんだが……」
「あぁ……あの時お前は背後からスタンガンを喰らって気絶したんだ」
「スタンガン?」
「黒い服の連中だった。おそらくは例の……」
「……MIAか」
「あぁ」
MIA。
伊達さんの行った調査によって捜査線上に浮かび上がった内閣府直属の特殊部隊。
神宮京平の私兵としてこの事件の影で暗躍している謎の組織。
そいつらが俺を不意打ちで気絶させたという事らしい。
「連中はお前を気絶させた後、虫の息だった荒瀬を救助して仲間の遺体を回収した。その後 お前にトドメを刺そうとしたんだが……妙な奴がお前を助けてな」
「妙な奴?」
「あぁ。こいつだ」
そう言って花屋は俺に一枚の写真を差し出した。
写真を受け取った直後、俺は僅かに目を見開く。
「……!」
そこに写っているのは、意識の無い俺を肩から担いだ謎の人物の姿だった。
黒いレインコートに身を包んでフードを目深に被ったそいつの正体は外観からは分かりにくく、背丈からおそらく男性である事とサイレンサー付きの銃を所持している事から一般人ではない事しか読み取る事はできない。
それでも、俺はその写真の男に見覚えがあった。
「その黒ずくめの奴が隣のビルからお前らのいたビルに飛び移ってきてな。黒服の奴らとやり合った後にお前を回収してビルの外に連れ出したんだ」
「コイツが…………」
「知っているのか?錦山」
「あぁ。同一人物かは分からねぇが……数日前、喫茶アルプスの裏路地でこの格好をした奴に襲われた」
羽村が俺を利用しようと交渉を持ちかけてきた時のこと。
交渉決裂に伴い店の裏で闘うことになった俺は、羽村達を退けた後にこのレインコートを着た男と決闘をする事になる。
その時はどうにか機転を効かせて勝つ事が出来たが、その後に逃げられてしまった。
(あの男が俺を助けた?だとしたら何故?なんの為に?)
もしもこの写真の男があの時の刺客と同一人物なのだとしたら、そいつにとって俺は殺し損ねた標的。
殺す理由こそあれど助ける理由などないはずだ。
しかし、サイレンサー付きの銃や黒いレインコート自体には見覚えがある。
何より隣のビルから飛び移って移動するなんて事を可能にする程の身体能力の持ち主となれば辻褄は合う。
(分からねぇな……仕方ねぇ。この件は一旦後回しだ)
俺は一度この男について考えるのを辞めた。
どんな理由があれ俺は今生きている。なら、あとは前にさえ進んでいれば良い。いずれ分かる時が来るだろう。
今はそのMIAの行方だ。
「それで、MIAは結局どうなった?」
「錦山の姿を見失った後は、仲間の遺体とシンジの遺体を回収した後、荒瀬をつれてビルを出てった」
「なに?シンジの遺体を?」
花屋の証言に引っ掛かりを覚えた俺は思わず聞き返す。
「あぁ。近くに用意してあったバンに乗り込んで神室町を出たっきり行方が掴めてねぇ」
「どういうことだ……なんでMIAがシンジの遺体を……?」
証拠隠滅を図ると言うのであればシンジや仲間だけではなく、岡部の遺体や任侠堂島一家の連中も回収するべきだ。
しかし、MIAが実際に回収したのは仲間の遺体とシンジの遺体。そして瀕死になっていたという荒瀬のみ。
(これじゃまるで、MIAがシンジの遺体を欲しがってるみてぇじゃねぇか?それに、なんで荒瀬を生かしたまま連れ出したんだ?奴はMIAとは何の関係もないヒットマンだぞ?)
MIAの不可解な行動の数々に俺は疑念を抱く。
連中がわざわざシンジの遺体を回収する理由。
そして、ただのヤクザでしかない荒瀬をわざわざ生かしたまま連れ出した理由。
事件の裏で暗躍するような連中がこの局面において意味の無い行動をするとは思えず、俺は勘繰らずには居られなかった。
(MIA……一体何をしでかすつもりなんだ……?)
しかし、花屋が言うには既に連中は神室町の外。
サイの花屋が伝説の情報屋と謳われるのはあくまで街の中だけの話だ。追いかけようも無い。
となれば、俺が追うべき事柄は一つに絞られる。
「花屋。シンジは親っさんを女の所に預けたらしい」
「女に?」
「あぁ。"アケミ"って名前だそうだ」
風間の親っさんの行方だ。
シンジは死の間際、自分の女に親っさんを預けたと言っていた。
その女を特定し会う事が出来れば、親っさんと合流出来る。
「だが、そんな名前の女 幾らでもいるぞ。それだけじゃなぁ……」
伊達さんが苦言を呈するのも無理はない。
神室町はアジア最大の歓楽街と言うだけあって、街中はキャバクラを始めとした所謂"夜の店"で溢れ返っている。
女の名前だけで人を探すのは骨が折れるだろう。
「いや、そうでもねぇ」
しかし、花屋はそれを否定してみせた。
伝説の情報屋の本領発揮という事だろう。
「風間組の田中のカシラは大の風俗好きでなぁ。知ってたか?錦山」
「あぁ、知ってるぜ」
ふと思い出したのは、俺が刑務所に入る前の記憶。
この世界へ入ったばかりのシンジが桐生とは別の兄貴分からこっぴどく絞られて意気消沈していたのを見かけた俺は、気まぐれにキャバクラを奢ってやった事がある。
それからというもの何かに目覚めたシンジは女遊びにハマり、次第に本格的な風俗へとのめり込んでいき、気付けば"豪傑の田中"なんて通り名がピンク通りから聞こえて来るほどにその界隈では有名になっていた。
(むしろキッカケになったのは俺なんだが……遥も居ることだし黙っておこう)
語るべき時などもう来ないのだろうが、俺の中での思い出として今後も残していきたいものだ。
そんな一見するとくだらない話だって、田中シンジという男が確かにこの街に生きていた事の証なのだから。
「ここ数年、奴が通っていた店がある。"桃源郷"ってソープだ。そこのナンバーワンが確か……アケミ」
「なるほどな」
「ただしだ。そこは普通の店じゃあない。ビル一軒丸ごとソープになってるが看板も無いしパッと見じゃそれと分からん。しかも……一回遊ぶのに100万はかかる」
「100万!?」
あまりにも高額な値段に伊達さんが驚きの声を上げる。
確かに、基本料金が100万単位のソープランドはバブルの時でも聞いたことが無い程の値段設定だ。
それこそ、江戸時代の吉原を彷彿とさせるような破格ぶりと言えるだろう。
「現役のタレントやらモデルやらが働いてるんだ。選ばれた人間の遊び場さ」
「なるほど……確かにな……」
その条件であれば、確かに一回100万円の殿様商売にも納得が行く。
バブルが崩壊して久しいが、それでもそう言った形でも営業が出来るあたりは流石神室町という他無いだろう。
「ねぇ、おじさん」
「ん?なんだ?」
と、俺が変に関心していた時だった。
「ソープって何?」
遥が爆弾を投下した。
一瞬にしてその場の空気が凍り付くのを知覚する。
(や、やべぇ……!!)
冷や汗が流れ、肌が粟立つ。
伊達さんや花屋もどこか気まずそうにしている辺り、遥に対しての返事を返せずにいるのだろう。
(どうする!?なんて言うのが正解だ!!?)
ソープランド。
神室町の中でもトップクラスの需要を誇る風俗形態。
嬢が個室で男性客を相手に性的なサービスを行うのが実態だが、罷り間違っても女の子である遥に馬鹿正直に話す訳には行かないだろう。
自分の娘にそんなふざけたことを教えたとなれば、あの世から由美が化けて出てくるに違いない。
「その……まぁ、なんだ。簡単に言うと、風呂屋だ。いや……どっちかっつーとサウナか……?」
「お、俺に振るな」
伊達さん困り顔で俺からのパスを拒否した。
花屋に至っては目すら合わせてくれない。
俺一人でこの難題を掻い潜らなければならない事実に思わず絶望する。
「銭湯ってこと?」
「まぁ、それとも少し違うんだが……風呂に入るって意味では同じだな」
「ふぅん……おじさんは行ったことあるの?」
「ぶっ!!?」
逃げ場の無い質問にいよいよ俺は追い詰められる。
正直に言えば、行ったことはある。
人付き合いの一環である事が殆どだが、経験としてはあるのが本当のところ。
だが、それを正直に答えた結果 後にソープの本当の意味を知られた際に幻滅されるのだけは避けたい。
女の子はそういうのに敏感なのだ。
「お、俺か?俺はぁ……そうだなぁ…………まぁ、いや…………うーん……………」
過去一番と言っても良いくらいに頭を働かせて最適な返答を思案する。
遥の純粋で素朴な疑問に答えつつ、俺を含めた大人達の尊厳を守り抜く為に適切な回答。
(ダメだ、全く出て来ねぇ!!)
万事休す。四面楚歌。孤立無援。
絶体絶命の状況の中、ただ一人。
「ふ……ふふっ……」
凍り付いたこの空気の中、遥だけが面白そうに笑顔を浮かべていた。
「は……遥……?」
「ウソ。私どんなとこか知ってるよ。何日も歩いてたんだから」
瞬間。全身から力が抜けるのと同時に、俺は自分の敗北をこれ以上ない程に悟った。
「おまっ……マジかよ…………」
「はっはっはっ……こりゃぁ、一本取られたな」
笑いながらそう言う花屋の言葉の通り。
俺、錦山彰は今日。
由美の娘である澤村遥に完全敗北を喫したのだった。
時刻は17時。
太陽が沈み、夜の帳が降り始める頃。
錦山彰はピンク通りを訪れていた。
ヘルスやソープなどの風俗店が数多く並ぶその一角に、一つのキャバクラがある。
「ここだな」
そここそ、錦山が目的としていた店。
SHINEだ。
と言っても、錦山は決して遊ぶ為にここを訪れた訳では無い。
(ここに、桃源郷の会員証を持ってる女がいるって話だったが……)
それは花屋からの情報だった。
シンメイと言う女性がかつて桃源郷のソープ嬢をしていて、現在はこのSHINEという店でキャバ嬢として働いていると言う事らしい。
その女性に接触することができれば、桃源郷の会員証に関する情報が手に入る。
(よし、行くか)
錦山はSHINEの階段を降りていく。
店の前にいたボーイに声をかけて入店の意を伝える。
「いらっしゃいませ、おひとり様ですか?」
扉を開けた直後、錦山を黒服が迎え入れる。
錦山はその黒服に、目当ての嬢を指名する旨を伝える。
「あぁ。シンメイちゃんを指名したいんだが、今日はいるか?」
「シンメイですね?かしこまりました。ご案内致します」
錦山は黒服の案内の従って店へと入ると、奥のソファ席に通された。
彼が煙草を蒸かしながら待っていると、一人の嬢が錦山の前に姿を現す。
「こんばんは。わたし、シンメイって言います。指名してくれて、ありがとう」
「あぁ、俺は錦山だ。よろしくな」
黒い髪に細目の顔をしたシンメイは、どこか独特の訛りある日本語で話をする。
錦山はその顔立ちと話口調から、シンメイが日本人でない事を見抜いていた。
(なるほど。シンメイは中国人なのか)
「お飲み物は何になさいます?」
ドリンクを勧めてくるシンメイに対し、錦山は早速話を切り出した。
「シンメイ……いきなりで悪ぃんだがよ」
「はい。なんでしょう?」
「……桃源郷の会員証。持ってねぇか?」
瞬間。
客を相手にしている前提が崩れ去ったのか、シンメイの顔から感情が消えた。
「…………あなた。何で、それを?」
シンメイはそう言って錦山を警戒する。
桃源郷の会員証は、裏の世界では100万円で取引がされていると言われている代物。
彼女にとっても、もしもの為の切り札のような存在なのだ。
その存在を見ず知らずの男に知られていたとなれば警戒するのは当然と言えた。
「実は……会わないといけない奴が居てよ。そいつに会うためには、その会員証がどうしても必要なんだ。それで、会員証を持っている奴の情報を集めていたらアンタに辿り着いた。」
「…………」
「いきなりで不躾だが、金は用意する。もしも持っているなら……譲ってもらいてぇ」
「……そうですか」
シンメイは少し考え込むような仕草をした後、錦山にこう切り出した。
「なら……私からのお願い、受けてくれたら、お譲りします」
「……分かった。聞かせてくれ」
それを承諾した錦山に対し、シンメイは己の現状を語った。
彼女が本当は密入国者である事。
数日前に警察に捕まりそうになって以来 店舗内で寝泊まりしていて、家にも帰れていない事。
もしも強制送還処分になれば、一緒に生活している腹違いの弟が一人になってしまう事。
そして、それを阻止する為にはパスポートが必要である事。
それは一人の若い女性が背負うには非常に重く、苦しい現実だった。
「パスポートか……だが、密入国者じゃ発行も出来ないだろう」
「はい。そこで、わたしが今さがしてるのが、"ニンベン師"です」
「……なるほどな」
ニンベン師とは、裏の世界の隠語で"偽造屋"を指す。
絵画やブランド物の贋作、偽札、偽造パスポート等を作成する裏稼業で、極道やマフィアなどからの依頼を受けて仕事をこなす事も多い。
シンメイはそのニンベン師から偽造パスポートを手に入れようとしていたのだ。
「その人の凄いところは、裏の戸籍まで完璧に用意してしまうって所なんです」
「ほう……大した腕なんだな」
「わたし、ここを出たら、警察に見つかっちゃう。お願いです、錦山さん。わたしの代わりに、偽造パスポートを手に入れて欲しいんです」
「なるほどな……それが条件か。いいぜ、引き受けた」
錦山としてもそれで桃源郷の会員証が手に入るならそれに越したことはない。
それに加え、錦山自身もその"ニンベン師"に興味が湧いていた。
「錦山さん、ありがとう!わたし、凄く嬉しい!」
「それで?そのニンベン師はどこに行けば会えるんだ?」
「七福通りの"Jewel"ってお店に行ってみて、ください。そこの、アヤカちゃんが、窓口してるみたいです」
錦山はその店名に覚えがあった。
それは現役時代に、かつて錦山が堂島組のヤクザとしてケツ持ちを行っていた店で、堂島組長に紹介した事もある店だったからだ。
(そうか……あの店、まだ残ってたんだな)
テナントの入れ替わりが激しい神室町において、十年以上続ける事の出来る店は稀であり、それは同時に確かな実力と信頼の証に他ならない。
大したものだと内心で思いつつ、錦山は席を立った。
「シンメイ。ここで寝泊まりしてるって話だったよな?」
「はい。外は警察がいて、おうち帰れないから」
「よし……分かった。パスポートを手に入れたらまたここに来る。遅くても明日中には手に入れてみせるからよ」
「ありがとう、錦山さん!わたし、待ってる!」
「あぁ。会員証、用意して待っててくれよ。じゃあな」
錦山はそう言うとシンメイと別れて席を離れた。
会計を素早く済ませると足早に店を出て、携帯電話を取り出す。
「さて……場所は分かったし、後は資金調達だな」
シンメイの話していた戸籍すらも偽造する程の"ニンベン師"。
そんな人物に仕事を依頼する以上、相当の金がかかるのは当然の事と錦山は考えた。
となれば、彼の取る手段は一つ。
『もしもし、錦山さん?』
「おうユウヤ。いきなりで悪ぃ、今大丈夫か?」
『はい、どうしたんです?さては……アキラさんの復活ですか?』
電話越しで声音の弾むユウヤ。
それに対して錦山は笑みを浮かべた。
「おう、そのまさかだ!一輝に話付けといてくれ、すぐそっちに行くからよ!」
『マジですか!?分かりました!お待ちしてますんで!!』
電話を切った錦山は、天下一通りに向けて足を運ぶ。
一夜限りのNo.1ホスト、アキラの復活は近い。
その電話から30分後。
銀座のとある超高級クラブが、突然の臨時休業を発表した。
その理由は、急遽不在となったママのみぞ知る────
新章開幕です。
いよいよ物語も終盤戦ですが、最後までお付き合い頂けたら嬉しいです
今後もよろしくお願いします