錦が如く   作:1UEさん

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深まる謎

2005年12月13日。

時刻は午後15時。

俺、錦山彰は痛む頭を抑えながら七福通りへと向かっていた。

 

(うぅ、頭が痛てぇ……)

 

昨日 一夜限りのホストとして再びスターダストに出勤した俺は馴染みの店、セレナのママである麗奈と俺を本指名してくれた鮎美ママの二人を持て成すことになった。

大学時代の同級生であり同じ店で働いた事もあると言う二人は久々の再会に喜びを分かち合うも、その後は水面下でバチバチにやり合っていた印象があった。

 

(まさか朝まで付き合わされる事になるとはな……)

 

酒を交えた二人の思い出話を色々聞きつつ相槌を打ち、俺への質問攻めに対しては細心の注意を払って答えていく。

そんな事をしているうちに二人はまるで競うように高額なボトルを次々と入れ、最終的にはシャンパンタワーまで注文が入った。

延長に延長を重ね、閉店時間になってもまだ足りなかった二人は当然の如く俺をアフターへと連れ出した。

その後は、麗奈の店を貸切にして朝まで呑みに呑みまくったのだ。

 

(うっ……まだ気持ち悪ぃ……)

 

麗奈も鮎美ママも、水商売の世界で成り上がった女傑。

酒の強さは半端ではなく、セレナで行われたアフターという名の二次会で俺はあっという間に潰されてしまった。

そして、セレナのバックヤードで目を醒ましたのがつい2時間前。

あれだけ飲んだのにピンピンしている様子の麗奈から胃に優しい軽食と水を馳走になったのが1時間前。

スターダストからの給料として相当の金額を渡されたのが、つい先程だ。

 

(麗奈……"昨日はとっても楽しかった"っつってたけど、安心して良い……んだよな?)

 

てっきり詰め寄られる事も覚悟していた俺だったが、麗奈はそう言って満足気に笑っていた。

その言葉や態度を額面通りに受け取る事も出来るが、その結果すれ違いが起きていた、なんてことになるケースが多い事を知っている俺は少し疑心暗鬼になっている。

女は役者なのだ。

 

(とにかく、これで金は手に入った。後は仕事を依頼するだけだな)

 

ちなみに一輝曰く、昨日はスターダストの歴代最高売上を大きく更新したらしい。

おかげで俺の懐に入ってきた金額も相当なものになった。

これも麗奈と鮎美ママのおかげである。

 

(ここに来るのも久しぶりだな……)

 

程なくして俺はニンベン師がいるとされる場所へと辿り着いた。

キャバクラ"Jewel"。刑務所に入る前はケツ持ちのシノギを行っていた店だ。

堂島組が無くなった今となっては何処の組がケツを持っているかは定かではないが、少なくとも東城会系の組織である事は確実だ。用心に越したことはない。

 

(よし……行くか……)

 

十年前から変わらない店のドアを開け、店内へと入る。

 

「いらっしゃいませ、おひとり様ですか?」

「あぁ。アヤカって子に会わせて欲しいんだが……」

「アヤカさんですね?アヤカさん、ご指名です!」

 

ボーイが嬢を呼びかけた後、案内されるままに席へと着く。

程なくして茶髪にキャバ嬢が現れた。どうやらこの子がアヤカらしい。

 

「こんばんは、アヤカでーす!指名してくれてありがとう!」

「あぁ、錦山だ。よろしくな」

「今日はどこかで飲んできたの?」

「いや、今日はちょっと君に聞きてぇ事があってよ……」

 

この子には申し訳ないが、俺は今日飲みに来たんじゃ無い。仕事を依頼しに来たんだ。

 

「なに?」

「……"ニンベンシ"って言葉に聞き覚えは?」

「……えっ?」

「SHINEって店でキャバやってる、シンメイの代理で来たんだが……」

「……………………」

 

沈黙するアヤカ。その視線が何かを思考するように揺れたのを俺は見逃さなかった。

 

「……初めて聞いたわよ、それ。」

「…………」

「あ、それって新しいお笑い芸人?あはははは!」

「ほう……お笑い芸人に聞こえたか?」

「えっ違うの?分かった、新手の詐欺師でしょ!違う?」

「……なるほどな」

 

そう言って俺が頷くと、アヤカは話題を変えようとし始めた。だがもう遅い。

俺は今の会話で彼女がニンベン師の窓口であるというシンメイの情報に信憑性が高い事を理解した。

 

「もぉ、そんな事より楽しく飲みましょうよ〜。焼酎とかでいいかしら?」

「いや、それはこの話が終わってからにしようぜ」

「えぇ……だから私、そんな人知らないって────」

「おぉっと、それは可笑しいなアヤカちゃん」

 

そして今。それは確信へと変わった。

 

「アヤカちゃん……俺は──ニンベンシって言葉に聞き覚えはあるかって聞いたんだぜ?」

「────!?」

 

目を見開くアヤカに対し、俺は淡々と彼女の弱点を突いた。

 

「俺の質問に対し君が出した答えは、お笑い芸人と詐欺師……いずれも人を指す言葉だ。そして今、君は"そんな人は知らない"と言った。何で君は────"ニンベンシ"が人を指す言葉であるかのように言ったのかな?」

「……………………」

「もっとも、俺も意地悪な聞き方はしたと思うよ。シンメイの代理で来たと伝える事で、俺の発したその言葉が"ニンベン師"であると認識させたんだからな」

 

そして、そんな俺のミスリードに彼女はかかった。

シンメイを始めこの街で不法滞在をしている外国人は多く、彼らの多くは日本語特有の言い回しや言葉遊びが不得手だ。

だから彼らのたどたどしいコミュニケーションでは今のようにとぼけられてあしらわれてしまう。

だが、自分の言った言葉が次の瞬間殺し合いの引き金になるような極道の世界において一度吐いた唾は飲み込めない。この程度の"言った言わない"の駆け引きが出来ないようじゃ命がいくつあっても足りないのだ。

 

「っ……!」

 

顔を顰め、言葉に詰まるアヤカ。

その態度が何よりの答えだった。

 

「なぁ、アヤカちゃん……意地悪しちまったのは申し訳ねぇと思ってる。でも俺にも退けない事情があるんだ。金はある。シンメイのパスポートを用立てるように掛け合ってくんねぇか?」

 

そう言って俺は100万円の札束を机の上に出した。偽造パスポートの相場は分からないが、足りないと言われれば追加の投資も厭わない。

俺は彼女に、仕事の依頼をしに来たのだから。

 

「決してアヤカちゃんや、ニンベン師に迷惑をかけたりはしねぇと約束する。だから────」

「お客さん?ちょっといいかしら」

 

そんな俺に声をかけてきたのは黒いドレスを身にまとった女性だった。

風貌や佇まいからこの店のママであろう事が推察出来る。

 

「何だ?」

「申し訳ありませんが、うちのキャストを困らせる方を接客する訳に行きません。お代は結構ですので、どうぞお帰りください」

「いや、俺はそんなつもりじゃ……」

「……お引取りを」

 

毅然とした態度でそう告げるママ。この口ぶりから察するにこの人も一枚噛んでいるのだろう。

仕事を依頼する上で信頼関係は大事だ。これ以上怪しまれてしまうのは得策ではない。

だが、かと言ってここで一度退いた時にニンベン師に拠点を変えられて逃げられてしまえば元も子も無い。

 

(どうする……?)

 

粘るか、引き下がるか。

その選択を迫られた矢先だった。

 

「ちょ、お客さん困ります!」

「うるさい、どけェ!」

 

店のボーイを押し退けてやってきた男が二人いた。

僅かに拙い日本語で話す彼らのその手には青龍刀が握られている。

 

「おい女、貴様に用があル」

「な、なによ」

「ニンベン師って野郎は何処にいル?奴のおかげでウチの商売はあがったりなんダ」

 

アヤカに向かって青龍刀を突き付ける男。その風貌や粗暴な態度。そして持っている武器から、中国マフィアであると推測する。

 

(まさか神室町にもシノギを持ってるとはな……亜細亜街辺りにでも潜り込んでたって所か?)

 

亜細亜街とは、戦後の頃から存在する神室町のとある区画を指す。

戦後の影響で元の国に帰れなくなった中国の残留孤児と呼ばれる連中や、その子供達である二世がお互いに肩を寄せあって住まう地域だ。あの場所であれば中国マフィアがいたとしても不思議ではない。

 

「何を言って……」

「とぼけるナ。昨日お前が公園でパスポートの受け渡しをしてるのを目撃してるんだヨ」

「それはたまたま友達と買い物に言っただけで……」

「ガタガタ抜かすんじゃねェ!!」

 

激高したマフィアが青龍刀を振り上げる。

俺はマフィアの右手を掴んで青龍刀を止めた。

 

「何ダ、貴様!?」

「それはこっちのセリフだ。人が楽しく飲んでる所に割り込んだ挙句にそんな物騒なもん持ち出しやがって……どういうつもりだ?あ?」

 

手首を握り潰す勢いで力を込めると、マフィアはあっさりと青龍刀を手放した。

鼻柱に頭突きを叩き込み、勢いよく突き飛ばす。

 

「き、貴様ァ……!」

「お前らの正体や目的なんざどうでもいいが……俺はこの子に用事があったんだ。それを邪魔するってんなら容赦はしねぇ」

「ン……ちょっと待テ?コイツ……ニシキヤマじゃねぇのか?」

 

すると、もう一人のマフィアが俺の名前を呼んだ。

中国マフィアに名前を覚えられる所以など、俺には一つしかない。

 

「なるほど……お前ら蛇華の残党か」

「お前のお陰で俺達は大打撃を受けタ……この落とし前、付けさせてもらうゾ!」

「ハッ、神室町で細々とパスポートの内職するしか能がねぇチンピラ風情が笑わせんじゃねぇ。やれるもんならやってみな」

「ふざけるナ!ナマス切りにしてヤル!!」

 

激高したもう一人のマフィアが青龍刀を持って襲い掛かるが、俺はすぐさま距離を取るとその斬撃を回避する。

 

「死ネェ!!」

 

そこへ先程頭突きをかましたマフィアが再び俺へと向かってくるが、俺はそのマフィアの腹部に三日月蹴りを叩き込む。

 

「グホォ!?」

「オラァ!」

 

腹部を抑えて怯んだマフィアの顔面に膝蹴りを叩き込んで鼻を折り、一瞬の内に無力化した。

 

「貴様ァ!」

 

もう一人のマフィアが青龍刀を振り回しながら迫る。

俺はその斬撃を冷静に見切ると、懐から取り出したスタンバトンで応戦する。

 

「取った!」

 

一瞬の間隙を突いた俺は、マフィアの手首にシャフトを当てて電流を流す。

高圧電流に晒されたことでマフィアの手から弾かれるように青龍刀が離れ、無防備な状態を晒した。

 

「オラァァァ!!」

「ブゲァッ!?」

 

すかさず顔面に右ストレートを繰り出す。

文字通り殴り飛ばされたマフィアが無様に店の床へと倒れ込んだ。

時間にして僅か数秒。闘いは即座に決着した。

 

「ガッ!?」

「ヌゥッ!?」

 

俺は二人のマフィアの首根っこを掴むと、そのまま力づくで引き摺って店のドアから外へと放り投げた。

 

「おいテメェらよく覚えとけ。今日からあの子達のバックには俺が着く。もしもまたふざけた事しやがったら……楽に死ねると思うなよ?」

 

完全に戦意を失った二人のマフィアに、俺は全力の殺気を叩きつける。

もう二度とこの店にちょっかいをかけられないようにする必要があるからだ。

 

「……分かったらさっさと消えろ!!」

「「ヒィィィ!!?」」

 

最後に怒号で脅しをかけ、男達が散り散りになって逃げるのを確認する。

先の攻防と今の脅しで奴らの心は折った。

これでもうこの店に来る事は無いだろう。

 

「お客様……」

 

ふと振り返ると、そこにはアヤカちゃんとお店のママさんがいた。

とんだ邪魔が入ってしまった上に店の中でも暴れてしまった以上、ここは出直すしかないだろう。

 

「すまねぇな、二人共……一旦出直させてもらうよ」

「待って!」

 

背中を向けようとした俺を引き止めたのはアヤカちゃんだった。

 

「さっきはありがとう、助かったわ。あなた、ニンベン師に頼み事があって来たんでしょ?」

「……あぁ」

「ごめんなさい、本当は騙すつもりはなかったんだけどさっきみたいな連中がいるのもあって……試させてもらってたの」

 

そう言って頭を下げるアヤカちゃんだが、俺は彼女を責める気は全くない。

こういった商売の窓口をしている以上、先のような危険は憑き物だ。

もしも彼女が全く警戒をせずに窓口をしていれば、むしろこっちが裏があると警戒してしまうだろう。

 

「仕方ねぇさ。経験上こういう駆け引きには慣れてるんでな、気にしないでくれ」

「そう、良かった」

「それで……俺の依頼は取り次いで貰えるのか?」

 

アヤカはその問いに頷くと横にいたママに声をかける。

 

「わかったわ。いいよね、ママ?」

「えぇ、そうね」

「えっ?って事はまさか……」

 

思わず目を丸くする俺の前でママ──ニンベン師は薄く微笑んだ。

 

「ふふふっ、その通りよ。少しだけお時間いただけるかしら?その間、中で待っててちょうだい?」

「……あぁ!頼むぜ!」

 

ニンベン師の信頼を勝ち取った俺は再び店内へと足を踏み入れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニンベン師に因縁をつける為にやってきた中国マフィア"蛇華"の残党を追い払ってから約二時間。

店内で待っていた錦山の元へニンベン師とアヤカがやってきた。

 

「はい。これがお望みの品よ。これをシンメイに届けてあげて」

 

そう言ってニンベン師が手渡してきたパスポートの仕上がりは、素人目の錦山からしても完璧に作りあげられたものであった。

記事の質感や写真の写り具合に記載された情報など、どれを見ても本物にしか見えないほどの完成度に錦山は舌を巻く。

 

「コイツはすげぇな、たった二時間でこれだけのモンを作り上げるとは……」

「元々、シンメイから情報や写真だけは貰っていたからね。あとはそれを加工して仕上げるだけだったのだけど、その矢先に彼女が警察にマークされてしまったから……」

「なるほどな……」

 

錦山の目的は達成された。

後はこれをシンメイの元へと届けて桃源郷の会員証と引き替えれば、いよいよアケミの元へと向かう事が出来る。

 

「世話になったな、ママさん。依頼料はいくらだ?」

「お代は結構よ。貴方にはさっき助けられたからね。それに……」

「ん?それに?」

 

少しだけ思案するような素振りを見せた後、ニンベン師は言った。

 

「錦山さん、貴方の事は知っています。……風間さん、撃たれたみたいですね」

「っ!」

 

錦山は少しだけ目を見開くが、その口ぶりから風間の関係者であると予測する。

もしも風間の口から錦山のこと事を聞かされていれば不思議な事では無い。

 

「その事と関係あるかは分かりませんが……実は五年前に風間さんから依頼があったんです」

「風間の親っさんがアンタに……?」

 

ニンベン師曰く、風間はその時"ある一人の人間を捏造してくれ"と依頼したと言う。

出生記録や住民登録は勿論のこと、卒業証書や免許証に医療記録とパスポート。

果てには公共機関にも捏造した記録を仕込む事で、記録の中でのみ存在する人物を丸ごと作り上げたとの事だった。

 

(まさか、それが美月……?)

 

かつて由美がよそ行きの時に名乗っていたという偽名。

それを騙る何者かが神室町のどこかに居る。

記録上作られたその人間が美月なのであれば、錦山が今追っている美月の謎にも辻褄が合う。

しかし、肝心の正体については未だ不明瞭なままだった。

 

「私たちが話せるのはここまでです……どうかお気を付けて」

「あぁ……ありがとよ。世話になったな」

 

錦山はニンベン師に礼を言ってその場を去る。

さらに深まる美月の謎を、胸に抱えたまま。

 

 

 




如何でしたか?
今月から忙しくなって投稿頻度が落ちるかと思いますが、よろしくお願いします!
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