2005年12月13日。
時刻は午後17時。
桃源郷へと行く手筈を整えた俺は、遥と合流して桃源郷へと向かっていた。
「桃源郷〜♪桃源郷〜♪」
何処か上機嫌な遥を一瞥し、俺は手に持った桃源郷の会員証へと視線を落とす。
やっとの思いで手に入ったそれに対し、俺は変な愛着を持ち始めていた。
(ったく、ホントこれを手に入れるのに苦労したぜ……)
シンメイという外国人のキャバ嬢が桃源郷の元従業員で、彼女が会員証を持っているという情報を掴んだ俺はシンメイの出した条件を呑んだ。
それは、不法入国者の彼女が日本で仕事が出来るようにする為の偽造パスポートの手配だった。
神室町にいる偽造屋とコンタクトを取り、仕事を妨害して来た蛇華の残党を跳ね除けてようやくパスポートを入
手したのだが、パスポートを届けに行った俺に対してシンメイはこう言ったのだ。
パスポートを他の人間に譲ってしまった、と。
(一時はどうなるかと思ったが……)
騙すつもりは無かったと訴えかけるシンメイだが、当然それでは話が違う。
俺はシンメイにパスポートを渡すことを拒否し、シンメイがパスポートを譲ってしまったという人物に会いに行った。
水野と言うその人物はかつてシンメイと懇意にしていたソープの客であり、今までとても良くしてもらった恩義からシンメイは会員証を譲ったと言う。
俺は水野に対してシンメイの事と彼女の置かれた状況、更には偽造パスポートの入手と引き替えに会員証を譲って貰う手筈だった事を説明し、彼に会員証と偽造パスポートを交換する事を持ちかけた。
(水野がまだ話のわかる奴で良かったぜ……)
その時水野から、何故シンメイに偽造パスポートを渡さずに彼女を困らせるのか?と問われたがそもそも先に約束を反故にしたのはシンメイであり、俺はあくまで当初の約束に則った上でこちらの要求を主張しているだけだ。
それを追求される謂れは無い。
それに、神室町の夜の女。それも日本語も不慣れな外国人のソープ嬢であるシンメイを懇意にしていたからには、水野にはシンメイに対する普通の客には無い特別な感情があると俺は踏んでいた。
結果としてその読みは当たっており、シンメイの思い出の品として会員証を譲り受けていた水野は偽造パスポートの交換に応じると、その足でシンメイの居るであろう店の方へと足早に向かっていった。
水野は無事に偽造パスポートを渡せるのか。
シンメイはそれを受け取れるのか。
いずれもそれは彼ら次第。後は俺の預り知らない領分だ。
(ともあれ、これでようやく前進だ)
高級ソープランド、桃源郷。
そこにシンジが風間を託したと言う女が居る。
その女の名前は"アケミ"。
彼女に会えば、風間のおやっさんの居所が掴めるのだ。
「ついたよ、おじさん」
「おう」
程なくして、俺達はたどり着いた。
まるで宮殿を思わせるような造りの、白い建物。
この街で長く暮らしていた俺でさえ、古くから街に存在するこの建物の正体を知らなかった。
「ここが、桃源郷……」
花屋の言っていた情報通り 看板のようなものは一切出ておらず、ただ見ただけではそれとは分からないだろう。
「いらっしゃいませ。桃源郷の会員証はお持ちですか?」
「あぁ、これだろ?」
「……はい、確かに。どうぞお入りください」
店の前にいたスタッフに会員証を見せると、スタッフはあっさりと退いた。
「わぁ……!」
宮殿を思わせる外観から想像した通り、白を基調とした荘厳な印象を持った内装が俺たちを出迎える。
遥には初めて見る光景に目を輝かせていた。
「あ、あのお客様。申し訳ございませんが、お子様連れはちょっと……」
俺達の姿を認めた会計係のスタッフが声をかけてくる。
当たり前だ。
彼の言う通り、子供を連れて来るような場所では無いのだから。
「あぁ……社会見学の一環だ。悪ぃけど大目に見てくれ」
「しかし、ほかのお客様のご迷惑にもなりますので……」
やはりスタッフの言っている事は正しい。このまま真っ当に交渉をするのは難しいだろう。
だが問題ない。こうなることは想定内だ。
「まぁまぁ、固ぇ事言うなって」
「……!」
俺はそう言うとポケットからあるものを取り出してスタッフの手に握らせた。
「これは……」
それは小さく折りたたまれた紙幣。一万円札が五枚分。
つまり賄賂だ。
(スターダストでたんまり稼がせて貰ったからな。この程度は痛くも痒くもねぇぜ)
俺はスターダストの昨日の利益から、売上の一部を一日分の給料として頂いた。
その金額、なんと500万円。
下手なサラリーマンの年収分はあるだろうその額は、今の俺にとっては貴重な軍資金だ。
こう言った場面で有効活用するべきだろう。
「な?いいだろ?」
「で、ですが……」
明らかに動揺した様子のスタッフ。
反応から見るに突然の事に面食らってるだけで、もっと欲しいからゴネている様子でも無さそうだ。
真面目なスタッフを懐柔するようで気が引けるがそんな事を言ってる場合じゃない。
「なぁ頼むって兄さん。絶対に迷惑掛けたりしねぇからよ?」
そう言って今度は両手でスタッフの手を握った。
当然そこには追加の賄賂が握られている。
「……か、かしこまりました」
やがて、スタッフはついに首を縦に振った。
どうやら俺の"誠意"が伝わったらしい。
俺はスタッフから桃源郷のシステムの簡単な説明を受けてから、遥を連れて改めて店内へと足を踏み入れた。
「すっごく広いね、おじさん」
「あぁ、こんだけ広けりゃ親っさんも安全に匿える。シンジの奴、よく考えたじゃねぇか」
「アケミさんのお部屋、何処だろう?」
親っさんを護る事に力を注いでいたシンジの功績を讃えながら、俺達は階を移動しながら桃源郷の中を練り歩いていく。
(さっきのスタッフの話じゃ、空席の札がかかってる部屋に嬢がいるって話だったが……)
何せこれだけ大きな店舗の客室だ。仮に空席の札がかかっていたとしても、そこにアケミが居るという保証は何処にも無い。
(しらみ潰しに探しても良いんだが"コト"の最中に邪魔するのは忍びねぇし、今は時間が惜しい。何より、遥にその現場を見られる訳には行かねぇ)
風間の親っさんを不自由無くかつ安全に匿えて、それでいて万が一敵からの襲撃にあった際に少しでも時間を稼ぐ事が出来る所。
もしも俺がシンジの立場だったら、そんな場所を隠れ家とするだろう。
(その条件に当て嵌めるなら最上階か地下だな。最上階なら敵襲の際に敵が来るまで時間が稼げて、隣接するビルから抜けて逃げられるし、地下なら抜け道を用意できる。そして……)
その二択で考えるのであれば、地下の可能性は低いだろう。
フロントを見た感じ地下に通ずる階段はなかったし、仮にあったとしてもそれこそ従業員用かであると考えるのが自然だ。
シンジとしてもそんな所に親っさんを匿う訳には行かないだろう。
そして、親っさんのそばに居ると言う"アケミ"はNo.1のソープ嬢。つまりは稼ぎ頭だ。
そんな彼女が居るのはきっとグレードの高い部屋なのは想像に難くない。さらに言えば彼女が近くにいない状況下で桃源郷が敵の襲撃に遭えば親っさんの身も危なくなる。
となれば、可能性が高いのは最上階。それも最も広い部屋だろう。
「よし、行くぜ遥」
「うん」
方針を定め、俺達は最上階を目指す。
風間の親っさんと、この事件の真相に辿り着くために。
錦山彰が桃源郷へと足を踏み入れる約一時間前。
田中シンジの遺体が遺棄されるという騒動から一夜明けた今日。
神奈川県横浜市にある関東桐生会の本部では、今回の事態を受けての緊急幹部会が開かれていた。
若頭代行の松重をはじめ、若頭補佐の村瀬や直参組長の長濱。舎弟頭補佐を務める斎藤。
そして、そんな幹部陣の頂点に君臨する関東桐生会初代会長。桐生一馬。
錚々たる面々が集う中、松重が幹部会の進行を始める。
「よし、全員揃ったな。今回の議題は……関東桐生会の今後についてだ」
厳かで張り詰めた空気の中、松重が議題の発表と整理を始める。
「お前らも知っての通り、先日関東桐生会の本部前に田中の遺体が遺棄されていた。遺体の傍には東城会の代紋があり、田中を殺した何者かが意図的に捨てて行った可能性が高い」
東城会と関東桐生会の多重スパイとして孤独な闘いをしてきた田中シンジ。
そんなシンジが殺されたというショッキングなニュースは、関東桐生会の人間に危機感と怒りを抱かせるのには充分な報せだった。
「今回の一件を踏まえ、今後の我々の動きを決定すべくこの場を設けさせてもらった。意見のある者は発言をしてくれ」
「そんなの決まってるじゃないですか、代行」
真っ先に発言の口火を切ったのは、舎弟頭補佐の斎藤だった。
「田中の兄貴は、関東桐生会にとって無くてはならない人でした。それを殺られたからにゃ……仇を討つのが当然ってモンですよ」
自身が尊敬する兄貴分を殺され、斎藤の顔は誰よりも憤怒に歪んでいた。
一歩間違えばこの幹部会にも参加せずたった一人で行動を起こしかねない程の怒りが、今の彼の原動力だった。
「俺も、斎藤の意見に賛成です」
そんな斎藤に同調したのは若頭補佐の村瀬だった。
「本部前に堂々と。それもあんなにも分かりやすく田中の叔父貴の遺体を遺棄しやがった上に、ご丁寧に代紋まで捨てて行ったんです。こんなモン東城会から名指しで喧嘩を売られたようなもんじゃないですか。ここでこの喧嘩を買わないようじゃ、極道の名が廃りますぜ」
表向きは東城会の人間として活動をしていたはずの田中シンジ。そんな彼が殺されて関東桐生会の前に捨てられていたという事実からは"貴様らなどいつでも潰せる"と言う報復と警告から来るモノであると村瀬は捉えていた。
そして、そこまでされた以上は許す訳には行かないとも。
しかし。
「いえ、ここは組織を立て直すべきだと思います」
「なに?」
"返し"に息巻く村瀬と斎藤とは打って変わり、冷静に発言をしたのは直参組長の長濱だった。
「錦山さんを始め、村瀬の兄貴や斎藤の活躍のおかげで蛇華は実質的な壊滅状態に追い込めましたが、連中の残党はまだ残っています。ここで神室町侵攻を強行してウチらのシマの守りを手薄にするのは連中に隙を見せる事にも繋がります。得策ではありません。」
村瀬はあくまで俯瞰的視点から物事を見ていた。
感情に身を任せて行動を起こした結果、足元を掬われるような事態は避けるべきだと主張する。
「テメェ……そんな弱腰で良いと思ってんのか?連中は俺たちをナメ腐ってんだぞ!?」
「だからこそですよ兄貴。東城会二万五千に対し関東桐生会はたったの五百。さらに言えば先日の真島組との抗争の影響で兵力は消耗してます」
このまま抗争が始まれば、関東中の東城会系組織から瞬く間に包囲網を敷かれての総力戦が始まるだろう。
もしもそうなれば、1000人にも満たない兵力しか持たない関東桐生会に勝ち目はない。
物量で押し切られるのが関の山である。
「敵は殺るべき時に殺る。"返し"をするのであればそれを徹底すべきです。その為にも今は組織の立て直しに注力すべきかと」
「長濱の意見には俺も賛同だ」
長濱の発言に対して好意的な態度を取るのは若頭代行の松重だ。
彼もまた、この難局を乗り越えるには冷静になるべきだと考えていた。
「それにな、今回の一件だって東城会の仕業である確証はねぇ。遺体のそばに代紋が落ちていたのは事実だが、その代紋が本物かどうかは調べてねぇし、田中の遺体はこっちで回収したまま警察に届け出てないんだからな」
松重は今回の事態が東城会以外の思惑で動いている可能性を捨てていなかった。
シンジの遺体には銃創が二つと腹部に突き刺されたドスがあり、一見するとヤクザの抗争に巻き込まれたであろう痕跡に見える。
しかし、警察に届け出ていない以上は司法解剖などを出来る訳もなく。神室町に入り込めない彼らでは犯人を探す事も出来ない。
死因も分からなければ、犯人すらも分からない状況下であたかも宣戦布告であるかのように置き去りにされた東城会の代紋。
「田中の死体は明らかにウチと東城会の抗争を煽ってるとしか思えねぇ……だが、いくらなんでもやり方が不自然だ。何故東城会は"今、このタイミングで"俺達にこんな事をしたんだ?」
五年前。
本部で起きた桐生による乱闘騒ぎにおいて、東城会は三代目会長の世良が半殺しにされる、本部の構成員が全員倒される等といった甚大な被害を被った。
その事件以降、東城会はただの一度も関東桐生会に表立って喧嘩を仕掛ける事はしていない。
それは一重に、東城会が関東桐生会を──桐生一馬を恐れていたからに他ならない。
「今回の一件。俺は、裏で糸を引いている連中がいる可能性があると考えている」
三代目会長が殺害され、消えた100億を巡る跡目争いの騒動で揺れ動いている東城会。
そんな状態では、他組織との抗争などを抱えてなどいられない。ましてや相手は関東桐生会。
その気になれば単騎で本部を壊滅させる事が出来る程の兵力を持つ組織を相手に抗争するのであれば、尚更万全の体制で望むべきであろうことは明らかだ。
「ガタガタの東城会と消耗した関東桐生会。一件不自然なタイミングで起きた田中の一件だって、その黒幕が俺達の共倒れを狙っているのだとすれば筋が通る。だとするなら、その思惑にまんまと踊らされる訳には行かねぇ。敵の正体がハッキリするまでは組織の立て直しを優先すべきだ」
しかし、その意見に対して徹底抗戦を主張する村瀬と斎藤は食ってかかった。
「組のモン殺られて黙って引き下がれってんですか!?」
「ナメられたら終わりの極道が、やる前から勝つか負けるかの心配なんざくだらねぇ!俺たちはメンツが全てだ!黙ったままの時間を作ること自体論外だろうが!」
殺られたら殺り返す。売られた喧嘩は買う。
極道としての荒くれ者の性質が、組織の立て直しを優先する長濱の意見を受け入れようとしなかった。
「個人間の喧嘩ならそれでもいいかもしれませんが、組織単位での抗争は訳が違います!勢いでどうにかなる程の相手じゃ無いって事くらい兄貴にだって分かるでしょう!?」
「それがどうした!?東城会二万五千?関東桐生会総勢五百人!一人あたり五十人ぶっ殺せば済む話だろうが!!代行も代行だ!そんないるかも分からねぇ黒幕とやらにビビってケツ捲るなんざ、何考えてんです!?」
「誰がビビってるって言った?俺や長濱は返しをするなと言ってるんじゃねぇ。喧嘩するタイミングを考えろって言ってんだ。お前らが勝手なタイミングで喧嘩始めてもし負けるような事があれば俺らを信じてくれた堅気連中はどうなる?東城会や蛇華の連中から散々食い物にされるのは目に見えてるじゃねぇか」
「だったら負けなきゃいいだけの話ですよ代行!俺が100人でも200人でもぶっ殺して、ついでにその黒幕とやらも殺ってやろうじゃないですか!!」
冷静に意見する松重と長濱に対し、頭に血が上る村瀬と斎藤は聞く耳を持たない。
「チッ、ここで話してても埒があかねぇ!村瀬一家と舎弟衆は独自の行動を取らせてもらうぜ。行くぞ斎藤!カチコミだ!」
「はい!」
「おい待て!」
平行線の一途を辿る幹部会に痺れを切らした村瀬と斎藤が席を立ち上がった直後。
「────そこまでだ、お前ら」
ここに来て、一言も発さなかった桐生がついに口を開いた。
そのたった一言で村瀬と斎藤の怒りは瞬く間に鎮火する事になる。
「か、会長……!」
「っ……!」
沸騰しきっていた村瀬や斎藤が瞬間的に我に返った理由。
それは、桐生が口を開いた瞬間に僅かに彼の身体から漏れ出た"覇気"があまりにも凄まじかったからに他ならない。
「村瀬、斎藤」
どこか平坦な声で部下の名前を呼んだ桐生は、二人に礼を告げた。
「お前らの想いは伝わった。ありがとうな」
「会長……」
「だが、あくまでここは幹部会だ。その事も肝に銘じておけ」
「し、失礼しました……」
勇み足で神室町侵攻を企てる二人を黙らせた後、今度は松重と長濱に視線を向ける。
「長濱、松重。お前らは組織を立て直すべきだと、そう言っていたな?」
「はい。先程も話した通り未だ蛇華の残党は残っていますし、東城会の側からもいつ仕掛けられるか分からない状況です。ここは敵対組織に隙を見せないためにも護りを固めて、組織を磐石にするべきです」
「それに、今回の田中の一件の事もあります。今迂闊に動けば敵の思う壷になるかもしれません」
「……なるほどな」
先日の真島組との乱闘騒ぎによる怪我などで消耗してしまった関東桐生会の構成員たち。
彼ら全員を縄張りの守護に付かせた場合、万全の状態で戦える兵力はその時に参戦していなかった約二百人。
その全員を神室町侵攻に向かわせる事は可能だが、その間の関東桐生会の縄張りの護りは普段よりも脆弱になり、長濱の言う蛇華などの敵対組織や松重の言う"黒幕"に付け入る隙を与える事になる。
ならば構成員たちの怪我の治療やシノギの運営などに注力して組織を立て直す事で来たるべき時に備える、というのが彼らの意見だ。
(松重たちの言い分はもっともだ。だが……)
しかし、村瀬たちの言うことにも一理あると桐生は考える。
極道の稼業において最も大事なモノはメンツだ。
その組の代紋に人々が畏怖や敬意を抱くからこそ、彼らの在り方は成立する。
彼らの生きる裏社会は一度でも弱い所を見せたら最後、他組織からは目の敵にされ堅気からは頼りにもされなくなってしまう。
仲間を殺されたにも関わらず即座に行動を起こさないようでは、傍から見た時に"関東桐生会は東城会に臆している"とされても不思議では無い。
そうなってしまえば組織そのものの沽券に関わってくる事態となり、ひいては彼らの商売や稼業の停滞。組織の運営などと言った今後にも影響を及ぼす可能性も十分にある事だ。
(組織を立て直してメンツも保つ…………両方をやる為にはもう、これしかねぇ)
自身の弟分に献杯したあの夜から今日に至るまで、桐生はずっと考え続けていた。
もう二度と、誰も失わない為の方法を。
「……お前ら、よく聞け」
そして。
関東桐生会初代会長、桐生一馬は。
悩みに悩んで、考えに考えた結論を。
覚悟を決めて皆に告げた。
「俺は……今から神室町に行く。そして、この手で全てに決着を付けてくる」
「「「「っ!?」」」」
目を見開く幹部衆たちに対し、桐生は懐から一枚の書状を取り出した。
そこには、遺言状と記されている。
「松重、お前にこれを託す。俺にもしもの事があったら、ここに書いてある通りにしてくれ」
そう言って書状を差し出す桐生の目を見た松重は確信した。
桐生は今、関東桐生会の為にその命を投げ出そうとしているのだと。
「何言ってるんですか会長!馬鹿な事言わないで下さい!」
「そうですよ!会長がいなくなったら、俺たちはどうすりゃ良いってんですか!?」
突拍子な発言に驚きながらも、松重と長濱は桐生を説得しようとする。
「その為の遺言状だ。関東桐生会が存続する為にはもう、それしかねぇ」
「会長!だったら俺達も連れて行ってください!」
「そうです!田中の兄貴の仇、俺達だって討ちたいんです!」
それに対し村瀬と斎藤は、桐生だけが神室町に向かう事に不服を申し立てた。
彼らからしてみれば、自分たちのやりたかった事を取り上げられた挙句に会長に横取りされようとしてるに等しいからだ。
「お前らの想いは預かった。シンジの仇は……俺が取ってやる」
構成員たちには組織の立て直しと敵対組織への警戒を優先させ、シンジを殺られた事の"返し"を自らが行う事でメンツも保つ。その結果、自らが犠牲になる事も厭わない。
それが、桐生の出した結論だった。
「考え直してください会長!今回ばかりはいつものように無理を通す訳には行きません!」
「そうです!どうか冷静な判断を!」
「納得出来ません会長!俺たちにだって田中の兄貴の仇を討つ資格はあるはずです!」
「会長が行くなって言っても、俺は行かせてもらいますよ!」
静観か、侵攻か。
いずれにせよ幹部陣からは不満の声が噴出する。
だが。
「────うるせぇ!!」
桐生が発した怒声と殺気により、その場の全員が硬直する事を余儀なくされた。
額からは脂汗が滲み、歯はカチカチと音を鳴らし始める。
「……これは会長としての命令だ。逆らう事は許さねぇ」
そう言った桐生が立ち上がって会長室を出ようとする中、幹部陣はそれを見送る事しか出来ない。
(((殺される……!!)))
逆らえば命は無い。
自らの生物的本能にそう訴えかけられた今の彼らは、指一本動かす事すら出来ないのだ。
「──いや、そうはさせませんよ」
そう、たった一人を除いて。
「松重……」
関東桐生会若頭代行。松重。
彼は組織を預かる者として、これ以上の身勝手を許す訳には行かない。
その意志を示すかのように、松重は会議室の出入り口を塞ぐように立ち塞がった。
「分かっています。一度そうなった貴方は決して考えを変える事はしない。ならば……」
松重はファイティングポーズを取ると、真っ向から桐生を見据える。
「──力づくで貴方を止めるまでです」
「………………」
直後。
(((────!!?)))
桐生以外の全員が、その場の空気が更に数段重くなったのを肌で感じ取った。
桐生が殺気で留めていたモノ──"覇気"を解き放って松重にぶつけたのだ。
並の極道であれば気絶する事すらも有り得るほどの重圧と緊迫の中、桐生は厳かに口を開く。
「最後の警告だ松重。今すぐそこを退け。これ以上は……俺も自分を抑えられる自信がねぇんだ」
「……ッ!!」
真っ向から全ての覇気を一身に受ける松重の身体が警鐘を発するのと同時に、数年前の記憶を呼び起こす。
それは、彼が桐生組時代に受けた仕置きの出来事。
あの時の松重は桐生一馬という"龍の化身"に畏れを抱き、屈する事しか出来なかった。
「それでも……」
しかし、今の松重はそうじゃない。
関東桐生会の若頭代行としての立場や矜恃が、今の彼に膝を屈する事を許さなかった。
「それでも俺は、引く訳には行かねぇんだよ!!」
覚悟の声を上げ、松重は右の拳を振り上げた。
「────ッ!!」
桐生はその拳を避ける事も防ぐ事もせず、ただ顔面で受けた。
渾身の右ストレートが直撃し、肉と骨を打つ鈍い音が響き渡る。
しかし。
「……いい拳してるじゃねぇか、松重」
それを持ってしても、桐生にダメージを与える事は叶わなかった。
「なっ!?」
「フッ!!」
驚愕した松重の隙を突くように、桐生の拳が唸った。
「グホォッ!!?」
鳩尾へと叩き込まれたその一撃による衝撃は、かつての時と同じように松重の腹部を貫いて背中から抜き出ていった。
足腰が力を失い、その場で崩れ落ちていく。
だが。
「う……ぉ…………!」
松重は突き出された桐生の右手を両腕で抑えると、桐生を真っ直ぐに見据えた。
その目は、未だ力を失っていない。
「お願いです……早まらないで、ください…………桐生の、親父……!!」
心底惚れ込み、命を懸けて担ぐと決めた"親"をみすみす死なせたくない。
「その拳を持つお前になら……何の心配もなく組を預けられる」
そんな"子"の想いを受けてもなお、桐生の結論は揺るがなかった。
「お前が若頭代行で……本当に良かった」
「親、父ィ……!!」
「────ウォラァッ!!」
無防備な松重の顔面に桐生は左のストレートを叩き込む。
殴り飛ばされた松重の身体によって会議室のドアを打ち破るように開け、廊下の壁に叩き付けられる事でようやく止まった。
「ぉ……や、…………じ…………──────」
うわ言のように呟いた後に意識を手放した松重の元へと歩み寄って膝を折り、力の抜けたその手に遺言状を握らせる。
「後の事は頼んだぜ…………すまない、松重」
眉根を寄せてそう口にする桐生だったが、直後に立ち上がると足早にその場を立ち去った。
(シンジを殺した奴。それに関係してるであろう東城会。そして、その裏で糸を引いている黒幕とやら……!)
身を焦がす怒りと。
心を蝕む悲しみと。
留まることの無い憎しみを抱え。
ついに。
(首を洗って待っていろ。全部まとめて、俺が叩き潰してやる……!!)
────────"龍"が動き出した。
次回もお楽しみに!