是非お楽しみに
堂島組長射殺事件から一年。
錦山彰は依然、とある刑務所で集団生活を送っていた。
入所したての頃のような刺客からの襲撃もなく、義務付けられた規則正しい日々を過ごす錦山だったが、新たな問題が浮上していた。
「おい」
「はい?」
ある日、刑務作業の一環である農作業中に他の受刑者から声をかけられた錦山。
「ぐ、……っ」
しかし声の方を向いた瞬間、後ろから何かが頭に当たる。
錦山背後を振り返るとクワを持った受刑者が薄ら笑いを浮かべて立っていた。
「悪い悪い。手が滑っちまってよぉ、土が飛んじまったぜ」
「……」
声音や態度から反省の色は感じられず、錦山にはこの受刑者が故意にやったとしか思えなかったがその瞬間をこの目で見た訳では無い。
「ぅあ……!」
すると今度は背後から水がかかって錦山の体を濡らす。
振り向いた先にいたのは先程声をかけた受刑者だった。
その手には空になったバケツが構えられている。
「大丈夫かよ錦山ぁ?汚れてたから水かけてやったぜ?」
「……」
錦山の元に降って湧いた新たな問題。
それは受刑者達が彼に対して行い始めた行為。
いじめや迫害による被害だった。
錦山が服役した直後に起きた東城会からの刺客による暗殺が中途半端に失敗したのを多くの囚人が見つめていた。
そして、その中で為す術なく痛めつけられている錦山を見た他の囚人達はこう考えたのだ。
こいつは虐めても良い奴だ、と。
「なんだよぉ?人が親切で綺麗にしてやったってのにだんまりかぁ?」
「……どうも」
それからというもの、錦山に対しての陰湿なイジメが発生するようになった。
他の作業の為に必要な道具を隠されたり、故意に足を踏んだり唾をかけたりする行為などは当たり前。
場合によっては、人目のつかない場所で言葉にするのも憚られるような卑劣極まりない行為を行う者もいる。
その為、今の錦山にとっては今更ズブ濡れになるくらい些末なことだったのだ。
「作業終了!これより点呼を行う!全員並べ!」
刑務所の一声で農作業中の囚人達は手を止めて整列をする。
「錦山」
「はい」
「よし、次は……」
刑務官は錦山の名を呼んで彼の存在を目視で確認したあと、何事も無かったかのように点呼へ戻った。
ただ一人、頭からズブ濡れになっている受刑者が居るにも関わらずだ。
(今更だろ……)
刑務所が意図的に触れないのは今に始まったことでは無い。
錦山も最初は刑務官に事情を訴えていたのだが、どういう訳か妙な事で騒ぎ立てるなの一点張りで誠意ある対応はない。彼を迫害する連中もお咎めなしで状況が決して変わらないことを理解した錦山はいつしか抵抗する事をやめていた。自分から行動を起こして、刑期延長なんて事になれば目も当てられない。彼は一刻も早くここを出なければならないのだから。
「点呼終了!これより運動時間とする!」
刑務官の号令と共に、受刑者達が作業場から離れて運動場に散り散りになっていく。
集団でスポーツをやる者、ランニングをする者、椅子に座って日向ぼっこをする者など様々だ。
「なぁ錦山」
「……何か?」
運動場を抜けて房へ戻ろうとする錦山に対し、一人の囚人が声をかけた。
それは先程、クワで錦山に土をかけた受刑者だった。
「さっきは土かけて悪かったよ、わざとじゃねぇんだ」
「いえ、気にしてませんよ。それじゃ……」
相変わらずの薄ら笑いを浮かべる囚人をあしらい、錦山はその場を離れようとする。
しかし、囚人はそれを許さなかった。
「待てよ、せっかくの運動時間だってのにどこ行くんだ?」
「自分の房に戻るんです……いけませんか?」
この刑務所では、運動時間終了後に房の中で点呼があり、最初から房へと戻る事も出来るのだ。
極力人との関わりを避けたい錦山は房に戻ろうとしていたのだが、囚人はそれを許そうとはしなかった。
「そうだなぁ、いけなくはねぇけどよ……?」
その言葉を合図に、物陰から次々と囚人が現れて錦山を囲むように立った。
錦山はもう、彼らが退かない事には房へ戻る事は出来ない。
「……何の用です?」
「錦山よ……俺ぁ本当に反省してるんだよ。だからさぁ、これからアンタに"お詫び"がしたいんだ。ちょっとだけ顔貸してくれよ」
そう嘯く囚人だが、大勢で錦山一人を囲んだり、薄ら笑いを浮かべたままな状態である事から謝罪をしたいという旨の雰囲気は一向に感じられない。
しかし、錦山はこのパターンを知っていた。
(またか……)
週に一度か二度。
錦山は継続的に集団暴行を受けているのだ。
こうした時は決まって、逃げられなくした上で人気のない所へ連れ出される事が多い。
今回もその例に漏れなかった。
「……分かりました」
「ヒッヒ、ありがとよ錦山。こっちだ、ついて来てくれ」
錦山は特になんの抵抗もせずに囚人達に言われるがまま移動を始める。
今日は一体どんな暴行を受ける事になるのか。
本来であれば恐怖や絶望を抱くところだが、錦山は対して興味も無かった。
(こんな生活をあと九年、か……)
ふと見上げた空は雲ひとつない晴天で、綺麗な青空が広がっている。
こんな時に思い出すのは娑婆に残してきた兄弟と幼馴染。そして病床に伏せていた妹の安否だ。
(みんな何してんだろうな……?)
今日までに錦山の元には面会どころか手紙すら一通も来た試しが無かった。
風間も桐生も、娑婆で忙しくしているという事なのだろうか。
(優子は、どうなったんだろうか……)
錦山は、妹がもう長くないのを薄々分かっていた。
本来立ち会うべきだった手術が仮に成功したとしても、延命できるのは一年が限界であると、担当医から聞かされていたからだ。
それでも彼女には幸せに生きて欲しい。それは錦山の偽りのない本心だった。
同時に。
(どっち道、俺が死ぬのが先だろうな……)
その幸せな場所にきっと自分は居られない。そう思うのもまた彼の本音だ。
元堂島組構成員。錦山彰。
収監されて早一年。その心は、まもなく折れようとしていた。
「囚人番号1240。面会だ」
刑務官からそんな言葉をかけられたのは、夕食後の余暇時間中だった。
雑誌やテレビを見るでもなくただぼーっとしていた俺に、刑務官は房から出るように促す。
「面会……?」
「そうだ。早くしろ」
「……いえ、良いですよ。誰だか知らないけど、帰ってもらってください」
来てもらった誰かには悪いが、今の俺は誰とも会いたい気分じゃなかった。
ただ、何も考えずにいたかったのだ。
「おい、行けよ」
「久瀬の兄貴……?」
そんな俺に対して声を掛けたのは刑務官でも無ければ素性も知らない同部屋の受刑者でも無く、久瀬大作だった。
久瀬はイライラした様子で俺に吐き捨てる。
「前から言おうと思ってたんだけどな。お前にそうやって辛気臭ぇツラでここに居られちゃこっちもイライラして迷惑なんだよ」
「……」
「俺はな。余暇時間でくらい、少しでもお前のいない空気が吸いてぇんだ。分かったらさっさと消えろ。それとも……今この場でぶち殺されてぇか?」
「おい、妙な事言うんじゃない!」
ドスを効かせた声でそう迫る久瀬。
このまま面会を拒めば、おそらく久瀬は刑務官の注意や警告も意に返さず本当に殺しにくるだろう。
殺ると言ったら本当に殺る。久瀬大作とはそういう極道だ。
「……分かりました、行きます」
俺は久瀬の兄貴の声に従い、雑居房から出ることにした。
房の扉が開き、俺が外へと出た後に再び施錠される。そして刑務官に言われるがまま後を追ってついて行った。
刑務官と俺は雑居房のある棟から離れ、主に事務仕事などを行う職務棟へと向かって歩く。
程なくして俺は面会室の前へと辿り着いた。
「面会希望者は既に面会室で待っている……少しはシャキッとしろ」
呆れた様子の刑務官は俺にそんな言葉をかけると、面会室の扉を開けた。
この扉の奥に、俺と会いたがっている誰かが居るのだろう。
「さぁ、入れ」
「……はい」
俺は言われるがままに面会室へと足を踏み入れる。
白を基調とした一室は厚めのガラスを一枚隔てて向こうの部屋と繋がっている。
そしてその部屋の中央の椅子に座り、俺を待っていた人物と目が合った。
「錦……!」
グレーのスーツにワインレッドのワイシャツ。
彫りの深いヤクザ丸出しの顔立ち。
そして聞き慣れた渋い低音の声。
そこに居たのは間違いなく、俺の親友にして渡世の兄弟分。
桐生一馬だった。
「桐生……!桐生じゃねぇか!」
俺の顔に自然と笑顔が張り付く。
兄弟との一年ぶりの再会に、俺はかつての"錦山彰"を表に出した。
「久しぶりだな、錦。来るのが遅くなって悪かった」
「はっ、気にすんじゃねえよ。お前こそ組の方はどうなんだ?その様子じゃ、結構調子良いんじゃねぇのか?」
俺がここに収監される直前、桐生は組を任されるのがほぼ決定していた。
順当に行けば直ぐにでも組を立ち上げて、組織に貢献しているだろう。
「錦」
「なんせ兄弟の面会を後回しにするくらいだ。もう結構な実績を残してんじゃねぇか?はっ、それでこそ堂島の龍だぜ」
「錦」
「やっぱり俺は、お前に託して正解だったよ。カラの一坪の一件でお前の評価は本家にも届いてる。俺みたいな末端のチンピラじゃ、きっとこうはならなかった筈だからなぁ」
「錦ぃ!!」
桐生の当然の大声にこの場の全員が面を食らう。桐生の背後にいた刑務官もだ。俺の背後にいる刑務官も、厚めのガラス越しに驚いているのが見て取れる。
「な、なんだよ急に。そんな大声出すんじゃねぇよ」
「……なぁ、錦」
桐生は少しだけ俯いたあと、俺の目を見て言葉を発した。
「お前……大丈夫なのか?何かされてんじゃねぇのか?」
「は、はぁ?いきなりどうしたんだよお前」
「答えろ錦。お前、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だ、別に何もありゃしねぇよ。お前、いつからそんな心配性になったんだ?」
「……だったらよ」
そうして桐生は突き付ける。
俺の保っていた"錦山彰"が根本から瓦解する、決定的な一言を。
「
「は……?」
俺は反射的に右手で目元を拭う。
そこには確かに、透明な雫が付着していた。
「……くっ、ぐぅぅ……うううううう………ッッ!!」
認識してしまったのが運の尽きだった。
"錦山彰"の瓦解と共に、決壊した涙腺からとめどなく涙が溢れ出てくる。いや、それは透明な血だ。
心の傷から出血したかのような冷たくて痛々しい涙。
「錦……何があったか話してくれ」
嗚咽を漏らしながら泣く俺に対し、桐生は優しく声をかける。
しかし、今の俺にとってはその優しさが何より辛いものだった。
「お前にもしもの事があったら、俺は」
「うるっせぇんだよッッ!!」
俺は桐生の言葉を遮るように叫んだ。
その態度が、まるで俺を憐れんでいるかに思えた俺は、自分のちっぽけなプライドのために兄弟の優しさを踏みにじった。
「どいつもこいつも俺をナメては寄って集って迫害してきやがる!刑務官連中も見て見ぬふりだ!ここに来てはっきり分かったぜ!俺にはお前みたいな実績も看板もありゃしねぇ、ただの無能なチンピラなんだよ!お前は良いよなぁ!風間の親さんや世良会長からも高く買われて、"堂島の龍"なんて看板がお前を守ってくれる。俺なんかが居なくたって立派にやっていけるんだからよ!!」
「錦……」
それは、心の奥底で燻っていた劣等感の発露。
決して表にする事は無かった黒い感情。
それを見せれば最後、桐生との縁は切れてしまうだろうから。
そうなれば俺は生きていけない。何をやっても半端で意味の無い人生を歩む事になるだろう。
「どうせ俺なんかが居なくたって、娑婆での出来事は何もかも上手くいくんだ!俺はいない方がいい存在なんだよ!東城会にとっても、お前にとってもな……!!」
だがもう、どうせ俺には未来が無い。
このまま迫害の末に衰弱して、野垂れ死ぬのは目に見えている。
だったらいっそここで、全てをぶちまけるのも悪くない。
桐生が俺に幻滅し、縁を切りたくなる程に。
「……はぁ。今の言葉、聞かなかった事にするぜ」
「なんだと……!?」
しかし桐生は。俺の無様を見せ付けられてもなお、決して感情を荒立てない。
そんな大人ぶった態度が、ますます俺の醜い怒りを刺激した。
「なぜなら、お前が居なくなって困る人間が確かにいるからだ」
「誰だって言うんだ……?言えるもんなら言ってみろよ!!」
溢れ出る感情のままに言葉を叩きつける俺を、桐生は静かに見据えたまま答えた。
厳かに、俺に大切な事を思い出させるために。
「錦山優子。お前の……たった一人の血の繋がった家族だ」
「っ!!?」
その名前を聞いた瞬間、沸騰していた感情が急速に冷めていくのが分かった。
錦山優子。俺がここに来る前桐生に託した妹の名だ。
病床に伏せ、余命幾ばくもなかった彼女の最後の手術前に俺はここに収監された。
それ以降、優子がどうなったかを俺は一切知らなかったのだ。
「錦……俺が今日ここに来たのはお前に報告したい事があったからなんだ」
「報告……?」
そうして桐生は懐から一枚の写真を取り出すと俺に見せてきた。
とある病室の情景が写った写真。
中央にはベッドで眠っている優子の姿が確認出来る。
しかし、優子が寝ているのは俺が知っている病院の病室じゃなかった。
「これは……?」
「海外の病院で撮影されたものだ。錦。優子は心臓移植を受けたんだ」
「心臓移植……?」
それはドナー登録をされた患者から臓器提供を受けて移植する治療法で、近年でも法律改正の影響から注目を浴び始めた最先端医療の一つだった。
莫大な資金と臓器を提供してくれるドナーが見つからなければ成立しないが、成功すれば健康的な心臓そのものを移植する事になるので、心臓病は事実上完治する。
「そしてこれは、手術後に撮影された写真だ」
「そ、それじゃあ優子は!?」
「あぁ……優子は。お前の妹は助かったんだよ」
それは刑務所という地獄に突き落とされた俺にとって、初めて齎された希望の福音だった。
死を待つだけだったはずの優子の命を、桐生は救った。
助けてやってくれと願った俺の約束を、見事に果たしてくれたのだ。
「あ……あぁ……優子ぉ……!!」
涙腺から熱いものが込み上げてくる。
ドス黒さの発露であった先程のとは違う、暖かくて優しい雫が俺の頬を伝って落ちる。
「それにお前、優子にこう伝えたじゃねぇか。"俺は信じてる。だから絶対諦めるな"ってな」
「っ!桐生、お前それを何処で!?」
「風間の親さんから聞いたんだ。お前が親っさんに伝言を頼んだんだろ?」
ここに収監される前。
親っさんとの留置所での面会の際に、別れ際に託した妹への伝言。
それははっきりと、優子に伝わっていたのだ。
「優子はそれを聞いて覚悟を決めたんだ。そして逃げずに手術に臨んで、病気に打ち克った。錦……お前が死んじまったら、せっかく助かった優子はこの先一人ぼっちだ。お前、それでもいいって言うのか?」
「桐生……」
「それにお前がいらない存在だって言うのなら、親っさんもお前の為にケジメ付けたりなんかしねぇ。お前は確かに、誰かから必要とされる存在なんだ。だからよ、錦」
桐生は、まっすぐに俺の目を見て。
己が大切にする信念を、俺に伝えてきた。
「お前も。生きる事から、逃げるんじゃねぇ」
俺がどれだけ無様を晒しても、俺の醜い部分をどれだけ見せ付けられても、その瞳には一遍の曇りもない。
桐生一馬にとって俺は。錦山彰は、どこまでいっても兄弟分なんだ。
「……そうだな、ありがとよ兄弟。お陰で目が覚めたぜ」
「フッ、気にするな兄弟。これでやっと一つ、お前に借りを返せたな」
俺たちは顔を見合わせて笑い合った。
かつて、娑婆にいた時と同じように。
「時間だ」
背後で刑務官が声をかける。
面会の時間が終わりを告げ、俺たちはそれぞれの日常に戻る。
「俺は行くぜ……待ってるからな、兄弟。」
「あぁ……!お前も負けんなよ、兄弟!」
最後にエールを送りあって、俺たちは互いに背を向けた。
桐生は娑婆に。俺はムショに。
いつかもう一度、出会える事を信じて。
そして、1996年某日。
とある刑務所の運動場の端にある倉庫小屋で、事件は起きていた。
「オラァ!」
薄暗い部屋の中、三人の囚人が一人の受刑者に寄って集って暴行を加えていた。
「うぐっ……!」
羽交い締めにされた状態でボディブローを喰らい、受刑者が床に倒れ込む。
「ひゃはっはっは!コイツ、ちょっと腹を小突いただけで簡単に倒れやがったぜ!」
「おいおい、そう簡単にくたばってもらっちゃ困るぜサンドバッグさんよぉ?」
「俺らの数少ない楽しみなんだ……まだまだ頑張って貰わねぇとなぁ!」
下卑た笑い声を上げて状況を楽しむ囚人達。
刑務官の目も届かないこの場所は、卑劣を好む彼らにとって格好の遊び場だった。
「テ、テメェら……こんな事して、タダで済むと思ってんのか……?」
受刑者ーーー錦山彰は、自分を見下す囚人を睨み付ける。
犯罪者を更生させる為の施設である刑務所において、このような行為は当然許されない。
本来なら直ちに懲罰房に入れられて、刑期延長も考えられるだろう。
「はっ、まだそんな事言ってんのかよサンドバッグくん」
「お前だってもう、分かってんじゃねぇのか?何をした所で刑務官はこの場に干渉しねぇって事をよ?」
囚人達の言うことは事実であり、現に一度も刑務官達が今回のことで動いた試しはなかった。
「これがどういうことか分かるか?お前はこの刑務所にとっての生贄になったってワケだ!」
「俺らがこうやってストレスを発散すりゃ、刑務所の中で騒動も起きねぇからな!」
「ひゃっはっは!俺たちの番が回ってくるのを待った甲斐があったってもんだぜ!」
錦山に暴行を加えるメンバーは回を追うごとに変化している。
さながら、ストレス発散用の人間サンドバッグの順番待ちといった所だろうか。
「オラ、いつまで寝てんだよ!」
「ぐっ……」
囚人の一人が這いつくばった錦山を無理やり起こして羽交い締めにする。
人間サンドバッグの刑はまだ終わっていないのだ。
「よっしゃ、今度は俺の番だ。しっかり抑えとけよ?」
無抵抗のままの受刑者の前に、順番の回ってきた囚人が立つ。
薄ら笑いを浮かべながら拳を鳴らし、準備を整えている。
「よし、いったれ!」
「ぶっ殺せ!ひゃっはっは!!」
「うぉらァ!!」
身動きの取れない錦山の顔面に囚人の拳が迫る。
その顔はこれから来る衝撃と激痛に歯を食いしばっているのか。
それとも助けの来ない孤立無援の現状に絶望しているのか。
(あ?)
拳を振り抜く刹那、囚人の目に映ったのはそれらの内のどれでも無かった。
「へっ……!」
錦山は不敵な笑みを浮かべると、迫り来る拳を頭突きで受け止めた。
硬いものを殴った反動で囚人の拳にダメージが入る。
「いっでぇ!?」
「「なっ!?」」
想定外の出来事に驚く囚人たち。
錦山は拘束が緩んだその一瞬の隙を逃さず、身体を前のめりに倒して背後に肘打ちを叩き込んだ。
「ぶげっ!?」
「はっ、でやぁッ!」
不意の一撃で完全に拘束が解け身動きが自由になると、彼はすかさずボディブローとアッパーで追撃をかける。
「ぶぎゃぁっ!?」
「て、テメェ!どういうつもりだコラァ!?」
受刑者からの予想外の反撃に戸惑い、怒れる囚人達。
しかし錦山は不敵な笑みを崩さない。
彼はもう、ただ死を待つだけの人形では無いのだ。
「やっと納得がいったぜ……確かにこの閉鎖的な空間じゃストレスも溜まる。それが爆発した際に暴動が起きない為の措置として、ガス抜きの為の生贄が必要だった。だからこんな事を黙認してたって訳か……」
蓋を開ければ単純な事。
集団で一人をいじめる事でいじめをする者たちの間で結束が出来るような、そんな子供のような理屈だ。
「だったら問題解決だぜ……!」
錦山は高らかに宣言すると、自分の上着に手をかけて一気に脱ぎ捨てる。
その首から下には、今まで受けた痛ましい虐待の痕が鮮明に残っている。
しかし彼のその背中には、遥か先にある門を目指して懸命に滝を昇る一匹の勇ましい鯉の姿があった。
「今日から生贄はテメェらの方だ……!手始めに、俺のサンドバッグになりやがれ!!」
錦山彰の逆襲劇が今、幕を開ける。
その心に揺るぎない希望を宿して。
さぁ、ここからが反撃開始です!
次回もお楽しみに