錦が如く   作:1UEさん

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筆が進んだんで最新話です
今日から新章入ります
どうぞ!


第十七章 報復
厄災を齎す龍


2005年12月13日。

錦山彰が桃源郷に足を踏み入れた頃。

西公園の前の路上に、一台の車が停まった。

運転席のドアを開けて中から降りてきたのは一人の大男。

ダークグレーのダブルスーツを身に纏い、サングラスをかけたその男は後部座席のドアを開けるとそこからあるものを取り出した。

黒い布製のそれの正体は遺体袋。事故現場や葬儀場などで既に亡くなってしなった人間の遺体を収納、運搬する為の袋。

そして今、その中にはその男の"弟"の遺体が入っている。

 

「…………」

 

男は弟の遺体の入った袋を担ぎ上げ、車から離れていく。しかし、そんな彼の向かった場所は葬儀場ではなく西公園の公衆トイレだった。

 

「おいアンタ」

 

男子トイレに足を踏み入れた男を待っていたのは、一人のホームレス。花屋の手下だ。

 

「使用厳禁の張り紙あったろ?ちゃんと見たか?」

「お前らに用はない。そこを退け」

 

男がここに来て初めて口を開く。

渋さのある低い声で道を塞ぐホームレスへと言葉をなげかけた。

 

「用が無いのはこっちも同じだ。」

 

その直後、男の背後に数人のホームレスが現れた。

全員が銃を持っており、銃口を男に向けて突き付けている。

 

「さっさと消えろ。消えないなら……ここで死ぬ事になるぞ」

 

直後。

モニターに男の姿を確認した花屋が、インカムでホームレス達に警告と武装解除を命令するよりも早く。

 

 

 

 

「────やってみろ」

 

 

 

 

男が、殺気を放った。

 

 

「「「「!!?」」」」

 

そのあまりにも圧倒的な威圧感は一瞬にしてホームレス達に絶大な恐怖心を与える。

震える身体。音のなる歯。そして吹き出る冷や汗。

 

「やらねぇなら退け。今すぐにだ」

 

気付けば彼らは瞬く間に戦意を喪失し、銃口を下ろし道を開けていた。

男は堂々と彼らの真ん中を歩いて一番奥の個室から、賽の河原へと足を踏み入れる。

 

「動くな」

 

その直後、男の真横から声が響く。

男が視線を向けた先に居たのは、拳銃を握った一人の刑事。

 

「久しぶりだな…………伊達さん」

 

男は刑事───伊達の名をどこか懐かしむように呼ぶ。

対する伊達は油断なく銃を男に向け、緊張の糸を張り詰めさせながら男に問い質した。

 

「お前、ここに一体何の用だ?」

「欲しいものがあってここに来ただけだ。それから、つけるべきケジメもな」

「なんだと?」

「アンタこそどうしてここに居る?ここは警察が来れるような場所じゃ無いはずだが……」

「お前には関係ない事だ。とにかく妙な真似をするな」

 

男は眉をひそめる。

先のホームレス達と違い、伊達という刑事が殺気や脅しに屈さない人間であることを彼は理解していた。

それは即ち、男が目的を果たす為の手段が実力行使しかなくなってしまう事を意味する。

 

「通してくれ伊達さん。俺はこの場所で手荒な真似をするつもりはねぇ」

「笑わせるな。お前がこの街に来た時点で東城会とお前ら関東桐生会の戦争は避けられねぇ……この場所がどうこうって話じゃねぇ。犯罪に関わる事を見過ごす訳にはいかねぇんだ」

 

堂島組長殺害事件の一件で四課に左遷され、その後も錦山と行動を共にし挙句の果てには留置所からの脱走を手引きしてしまった伊達。彼はこの先、真っ当な警察官としての人生を歩む事は不可能に近い。

それでも、彼は目の前できる犯罪や争いの種を野放しにする事など出来なかったのだ。

 

「……変わらねぇな、アンタは」

「…………」

「だが……どうしても退かねぇってんなら…………力づくで押し通るだけだ」

 

そして、男の体からホームレス達に向けたものよりも強い殺気───否、覇気が放たれる。

 

「っ!!」

 

次の瞬間、自分の命が奪われる。

そんな事を錯覚してしまう程の圧力と威圧感が襲いかかり、本能的危機感を伊達に抱かせた。

 

「お前……!」

「────!」

 

拳が握られる。

引き金が引かれる。

お互いがそれらの行動を起こす。その直前。

 

「そこまでだ」

 

そう言って二人の間に割って入ったのは一人の男。

賽の河原の主である伝説の情報屋、花屋だった。

 

「花屋……」

「お前が来る事は分かっていた。その担いでいる袋の中に誰が居るのかもな」

「…………」

 

花屋は伊達を手で制して銃を下げさせると、男の目的を達成させるために協力的な姿勢を見せた。

 

「着いて来い。お前の欲しがる情報を提供してやろう。お前に暴れられて、これ以上ここを荒らされる訳にもいかねぇからな」

「あぁ……頼む」

 

そうして花屋と伊達は一人の男を賽の河原の最奥へと招き入れた。

銃を向けられても臆さず、暴力に訴え出るまでもなく他者を押し退けることの出来るその男を。

 

 

 

その男の名は───桐生一馬。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は18時。

ダンプカー二台を突っ込ませて襲いかかって来た真島組。そして嶋野の狂犬をどうにか退けた俺は、警察が来ない内にアケミと遥を連れてその場から離れようとしていた。

 

「あ……?」

 

桃源郷を出てすぐ、俺は街の様子がおかしい事に気づいた。

人の数が少ないのだ。

最初はダンプカーが桃源郷に突っ込んだ事が原因で怯えた住民達が逃げ出したのかとも思ったが、どうも違うらしい。

 

「どうしたの?おじさん」

「いや……なんか、街全体がおかしい事になってる気がしてな……」

 

桃源郷から離れ、七福通りへと向かう途中もやはり人通りが少ない。

そしてその数少ない人たちもみな、せかせかと移動をしていた。まるでこの街から逃げようとしているみたいに。

 

(桃源郷の周辺だけじゃねぇ……一体何が起きている?)

 

そんな時、ポケットの中の携帯がバイブレーションを起こした。

着信相手は伊達さんだった。

 

「もしもし、伊達さんか?」

『やっと繋がったか、錦山!今どうしてる?』

 

切羽詰まった様子の伊達さんの声を聞いた俺は、唯ならぬ事が起きている事を察した。

 

「今、アケミさんと遥を連れて桃源郷を出た所だ。真島組からの襲撃があってな」

『なに?大丈夫なのか?』

「あぁ、どうにか切り抜けた。それよりそっちこそどうした?何かあったのか?」

 

次の瞬間飛び込んできた報せに、俺は耳を疑った。

 

『今、神室町に桐生が来ている』

「なに!?」

 

桐生がこの街に来ている。

その事実は、東城会と関東桐生会にとってあまりにも重大な意味を持っていた。

 

『奴は、一人で賽の河原までやってきたんだ』

「どういうこった!?なんでそんな事に!?」

『……桐生の手には田中シンジの遺体が入った死体袋があった。奴が言うには、関東桐生会の本部前に遺棄されていたらしい』

「なんだと……!?」

 

MIAの連中はシンジの遺体を回収した後、関東桐生会の前に棄てていた。

その行動から考えられる理由はただ一つ。

 

(MIAのヤツら、東城会と関東桐生会の抗争を煽ってやがる……!?)

 

だからアイツは来た。

シンジを殺った奴の情報を手に入れてそいつに落とし前を付けさせる為に。

そして、先の真島組との戦いで疲弊した関東桐生会を守る為に。

護衛もつけずにたった一人で。

 

「アイツは今どこに居るんだ!?」

 

俺は直ぐに伊達さんに桐生の居所を聞いた。

一刻も早く止めなくてはならない。

取り返しのつかない事になる前に。

それが、シンジが俺に託した最期の願いなのだから。

 

『桐生は荒瀬の居所を探している。奴がよく出入りしていた嶋野組系の事務所に向かったらしい。場所は劇場前広場近くの雑居ビルだ』

「劇場前だな?分かった!」

『おい、まさか行く気か?』

「あたりめぇだろ!伊達さんは遥とアケミさんを頼む!今からそっちに向かわせる!」

 

電話を切った俺は、すぐに遥たちに向き直る。

 

「遥。今からアケミさんと二人で賽の河原へ行くんだ。」

「おじさん……?」

「アケミさん、遥を連れて賽の河原まで頼む。それと……シンジの遺体が今、そこにある」

「えっ?シンちゃんの……?」

「今は時間が無い。詳しい事は向こうにいる伊達さんに聞いてくれ、頼んだぞ!!」

 

ほぼ一方的にまくし立てるように言った後、俺はタクシー代をいくらかアケミに握らせて直ぐにその場から動き出した

向かう先は無論、劇場前広場。

 

(早まんなよ……桐生!)

 

胸を焦がすような焦りを抱えながら、俺は神室町をひた走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

錦山彰が真島吾朗との闘いを終えた頃。

劇場前の雑居ビルに居を構えるとあるヤクザの組事務所が襲撃に遇い、壊滅状態となっていた。

 

「ぐぁ……─────」

「う────────」

「ひぇ……!」

 

廊下、階段、そして部屋の中。

それら全てに血を流して倒れたヤクザ達が転がっていた。

あるものは苦悶に喘ぎ、あるものは気絶し、あるものは痛みと恐怖から失禁している。

彼らに共通して言える事は、既に抵抗の意思はおろか指一本動かすつもりすらも消え失せているという事だ。

そして。その惨状を引き起こした男がただ一人、無傷でその事務所に佇んでいた。

男はその組の組長の胸倉を掴んで恫喝した。

 

「────吐け。荒瀬は何処だ?」

 

関東桐生会初代会長。桐生一馬。

かつては東城会の極道として名を馳せ、神室町で知らぬ者はいないとされていた伝説の男である。

そんな彼は今、古巣である東城会系の組織の事務所を襲撃していた。

理由はただ一つ。亡き弟の仇を探す為である。

 

「おどれ……こないな事して、タダで済むと───」

 

組長の発した言葉を桐生は即座に封じた。

内臓を揺さぶるほどの威力を持ったボディブローを捩じ込む事で。

 

「ガハッ!!?」

「余計な口ごたえは要らねぇ。聞かれた事だけに答えろ……お前の口が利けなくなる前にな」

 

桐生は今にも爆発しそうな激情を抑え込みながら組長に詰問を続けていた。

彼がその気になれば組長を殺す事など造作もない。

組長は今や、情報を聞き出すために生かされているも同然だった。

 

「ぐふ、っ、ぅ……し、知るか……くたばれやボケ……!」

 

しかし、そんな状況においてもなおそのような啖呵が切れるのは偏に極道としての意地か。はたまた彼の親分である嶋野組長の教育の賜物か。

 

「……────そうか」

 

だが。それを持ってしてもなお。

 

「─────なら、覚悟は出来てるな……!」

 

龍の放つ"覇気"の前では無に等しかった。

 

「──────────! !!!」

 

その瞬間。

頭や心。ましてや根性や精神でもなく。

組長の中に眠る生物としての根源───本能が立ち所に全てを理解した。

"自分は今、ここで死ぬ"と。

 

「───────ぉ」

 

組長の顔は血行不良により青ざめ、脂汗の大量放出により肌は乾燥し、その頭髪は極度のストレスによってその色を失う。

只人の身である以上、龍の前では頭を垂れる事しか出来ない

 

「ぉ……れた、ちは……ほん、ま、に、知らん、です……………」

 

それを実感した組長の口は、その生存本能に従うような形で言葉を紡いでいた。

 

「あら、せ、のあに、きは……きのう、から、れんらくが、取れんの、です……」

「なんだと?」

「ほんと、です。おれ、たち、も、さがして、いる……くら、い、で…………──────」

 

次の瞬間、組長は極度の緊張から泡を吹いて気絶してしまう。桐生の覇気に当てられて限界を迎えたのだ。

 

「チッ……」

 

賽の河原を訪れ、田中シンジを殺した犯人である荒瀬が東城会直系嶋野組の組員であり"嶋野の狂い蜂"の異名で恐れられた殺し屋である事を掴んだ桐生は、荒瀬がよく出入りしていた嶋野組系の事務所へと押し入って情報を得ようとした。

しかし、結果は失敗。

そこに荒瀬の姿は無く、それどころか構成員たちでさえ昨日からその姿を見ていないと言う。

 

(嶋野組の関係者がその行方を知らないとなると……やはりきな臭いのは例のMIAとかいう連中か)

 

桐生は賽の河原で、シンジが東城会に殺された際の一部始終を目の当たりにした。

シンジの受けた傷や怪我が荒瀬と任侠堂島一家の構成員達によるものである事。

直接の死因である岡部はシンジと相討ちになって死亡した事。

そして、桐生の親友である錦山の腕の中で何かを伝えてから息を引き取った事。

その壮絶な最期が映し出されていたモニター映像の最後、謎の黒服の男たちがシンジの遺体と荒瀬の身柄を回収してその場を去って行くのが映っていた。

 

(MIA。内閣府が直接指揮を執る特殊部隊、だったか。あの映像を見る限り、本部前にシンジの遺体を棄てて行ったのもコイツらの可能性が高い……)

 

桐生はここで松重が言っていた事を思い出した。

"これは東城会の仕業とは限らない。裏で糸を引いている黒幕がいる可能性がある"と。

 

(つまりこのMIAってのが、松重の言っていた裏で糸を引いている連中……って事か?だが、ソイツらは何故東城会の人間である荒瀬を連れていったんだ?)

 

賽の河原で得た情報と嶋野組が荒瀬が行方をくらました理由を知らない事実。

それらが関係している事が判明したものの、桐生にとっては未だに分からない事が多いのが現状であった。

 

(いずれにせよ荒瀬を見つけ出せば分かる事だ。奴には必ず、シンジと同じ苦しみを味わわせてやる……!)

 

この事務所にはもう用はない。

そう判断した桐生が外へと出ようと事務所のドアを開けた。

その時だった。

 

「ん……?」

 

硬い何かが数個、桐生の足元に転がった。

 

「──────!!」

 

それは。

安全ピンの抜かれた、いくつかの手榴弾。

 

(まずい!!)

 

危機を察知した桐生が事務所の窓を目掛けて駆け出した。

直後。

 

「うぉぉぁぁあああっ!!」

 

閃光。爆発。

事務所の窓ガラスが一瞬にして砕け散り、桐生の身体が爆風と共に外へと吐き出される。

 

「はっ!」

 

着地と同時に受け身を取り脱出に成功する桐生。

僅かでも遅れていれば爆発の餌食になっていたであろう事は想像に難くない。

 

「っ……これは……!?」

 

劇場前広場のちょうど中央に降り立つ形となった桐生は、直ぐに周囲の異変に気付いた。

一般的な神室町の住人の姿は無い。

スーツを着た大勢の屈強な男たちが、桐生を囲むようにして睨み付けていたのだ。彼らの正体が一体何なのかは、もはや言うまでも無い。

 

「お前ら……!」

「やはりあの程度じゃ死なないか、アンタは」

 

屈強な群衆の中から現れたのは、紺色のスーツを着たオールバックの男。

桐生はその男の正体を直ぐに理解した。

間違えるはずが無い。なぜなら桐生はその男にとって、実の父親の仇なのだから。

 

「大吾……!」

「五年ぶりだな、桐生」

 

東城会直系任侠堂島一家総長。堂島大吾。

父親を殺した桐生と錦山に復讐する為に組織を拡充し続け、今や直系に名を連ねるまでに急成長を遂げた新世代の堂島組を束ねる若き極道だ。

 

「アンタが神室町に来たという情報は直ぐに広まった。ここに居る俺たちだけじゃねぇ。いずれ神室町中の極道がお前の命を狙いに来るだろう」

「…………」

「だが……アンタの首を、みすみす他の連中にくれてやるつもりはねぇ」

 

大吾の言葉を合図に、桐生を囲む極道たちが次々と得物を取りだして臨戦態勢へと移る。

 

「テメェを殺るのは……俺たち、任侠堂島一家の悲願だ!!死んでもらうぜ、桐生!!」

「どうやら……」

 

事ここに至って。

桐生一馬という男は決して取り乱す事などしない。

無力であるにも関わらずただ向かってくるだけの愚かな人間など、"龍"の前では塵芥に等しいのだから。

 

「やるしかねぇようだな……!」

 

おもむろに首元に手をかけ、締めていた黒のネクタイを解いて捨てる。

それは、人の形をした"龍"が戒めから解き放たれた合図。そして。

 

 

「殺れ!桐生を殺せ!!」

「「「「「「うぉおおおおおおおお!!」」」」」」

「かかって来い……まとめて面倒見てやるぜ!!」

 

桐生一馬と任侠堂島一家の激突。

その闘いは、東城会と関東桐生会の全面戦争の幕開けを意味していた。

 

 

 

 

 

 

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