錦が如く   作:1UEさん

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桐生一馬、神室町に襲来。
その報は、直ぐに東城会のヤクザたちの耳に届いた。


「なに?桐生が神室町に来とるやと?」
「なんでも荒瀬の兄貴を探してらっしゃるようでして……」
「ほう……桐生がのぅ……」
「どうしますか?」
「適当にいくらか兵隊向かわせろや。今はそっちに多く勢力を割いとる場合やない。」
「へい」



「久瀬の兄貴。桐生の叔父貴が神室町に来ました」
「そうか……いよいよだな……」
「えぇ。総長が兵隊と共に先んじて桐生の元に向かったの事です」
「よし……俺達も行くぞ、新藤」
「はい。」



「総裁、桐生一馬が神室町に来ました。」
「そうみたいだな……」
「嶋野組系の組織に襲撃をかけているそうですが、如何致しますか?」
「……堂島の龍、桐生一馬。先代が受けた屈辱を晴らすには、またと無い機会だ。我々も出るぞ。準備をさせろ」
「かしこまりました」




一方その頃。
都内某所。一台の救急車の車内にて。

「おうおう救急隊員の兄さんよ?ホントに親父は助かるんだろうな!?」
「もしダメやったら承知せんぞ!?おぉ!?」
「そ、そんな事言われましても……」

その時、組員の携帯が鳴る。

「もしもし?……え?桐生が神室町に!?」

次の瞬間。

「ふっかぁぁぁぁっつ!!」

酸素マスクを付けながら起き上がる急病人。

「「「お、親父!」」」
「今どの辺や?」
「神室町を出ました」
「ドアホ、はよ戻らんかい!!」
「「「えぇ!?」」」


この後、一台の救急車がヤクザに乗っ取られ、サイレンを掻き鳴らしながら神室町へと向かっていく。

「桐生チャンが来とるなら……寝とる場合とちゃうからなぁ……!!」


その男の顔には、狂気の笑顔が張り付いていたと言う。




龍門、未だ遠く

「おい、なんだよあれ!」

「やべぇって、警察!誰か警察呼べよ!」

 

すれ違いながら逃げ惑う住民達の声を聞きながら、俺は彼らが逃げる方とは真逆の方向に走っていた。

 

(桐生……!)

 

街の人間の反応を見るに、事態は既に悪い方向へ転がっている気がしてならない。

劇場前に近づいていくにつれ、俺の中の嫌な予感はどんどん膨れ上がっていた。

 

「あと少し!」

 

ミレニアムタワーの前を突っ切って劇場前の角を曲がる。

あと数秒。それで俺は桐生の所にたどり着ける。

 

「っ、きりゅ──────」

 

次の瞬間。

声を上げようとした俺は。

 

「──────────」

 

目の前の光景に唖然としていた。

 

「ぐ……」

「ぅぅ……」

「────」

 

劇場前広場に転がる、大勢の男たち。

そのいずれもが力無く倒れ伏して起き上がる気配がない。

彼らの顔や格好を見れば、堅気でない事はすぐに分かる。

だがそこじゃない。俺が唖然としている理由はそこには無い。

 

「オラァァァァあああああああッッ!!」

 

"龍"だ。

今俺の目の前で、人の形をした"龍"が荒れ狂っている。

 

「桐生……?」

 

俺はその正体が桐生である事に一瞬気付かなかった。

雄叫びを上げながら、群がるヤクザ達をたった一人で殲滅していくその姿は。

少なくとも俺の記憶にいる桐生一馬では無かったからだ。

 

「ウオラァァァァッッ!!」

 

桐生の放つ攻撃は、その全てが必殺のそれだった。

殴って、蹴って、叫んで、投げる。

やっている事はそれだけ。にも関わらず、桐生に挑みかかったヤクザ達がまるで冗談かのように吹き飛ばされてそのまま動かなくなる。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

やがて、たった一人を除いて桐生へ襲いかかっていたヤクザ達は全員が地面に沈んだ。

そして、その残った男も満身創痍といった有様だった。

 

「うおおおおおおお!!」

 

最後の男が雄叫びと共に殴り掛かる。

桐生はその一撃を躱そうとすらせず、それよりも早く右手を伸ばして男の首を掴んだ。

 

「ぐっ!?」

「セィヤァ!」

 

桐生は男の首を持ったまま片手で持ち上げると、腕力に任せて思い切りぶん投げた。

 

「がはっ!?」

 

近くにあった壁に背中から叩きつけられるその男。

その正体が堂島大吾であると気づいたのは、その時ようやく大吾の顔が見えたからだ。

 

「う……ぐ、っ……!」

「─────────」

 

動けずにいる大吾に黙ったまま近づく桐生。その手がトドメの一撃を叩き込む為の拳を握り────

 

「やめろ!!」

 

そこでようやく、俺の喉は声を発した。

こちらを振り返った桐生の目元が一瞬だけ丸くなるが、直ぐに怒りに満ちた険しい表情に戻っていく。

 

「錦…………」

「やめるんだ……桐生!」

 

大吾に向けていた拳を下ろし、桐生は静かに向き直った。

 

「どういう事だ?なんで止める?」

「おめぇこそどういう事だ!?なんでこの街に来やがった!?」

 

桐生を始め関東桐生会の人間は神室町に入る事が出来ない。そう言っていたのは桐生の方だった。

それが意味するところがひとつしか無い事を、桐生だって分かっていた筈だ。

 

「それにこんな……こんな事したらお前……!?」

 

死屍累々。その言葉が似合ってしまいそうなこの状況。

東城会の極道を相手にここまでの事をしてしまえば、もう戦争は避けられない。

シンジの願いが、叶わなくなってしまう。

 

「あぁ……戦争だろうな」

「テメェ、分かってんなら何でこんな事を!?」

「殺られたら殺り返す……それが極道だ」

 

毅然とそう言い放つ桐生。

その瞳は怒りに燃えている。

周りの事など知った事かと言わんばかりだ。

 

「馬鹿野郎!目ぇ覚ませ桐生!東城会全部を敵に回す気か!?関東桐生会の戦力だけで太刀打ち出来るような相手じゃねぇんだぞ!?」

「そんな事にはならねぇ。その為に俺は一人でここに来た。俺がいくらここで暴れようが、それは俺が一人で起こしたただの喧嘩。組同士の争いにはならねぇ」

「そんな言い訳が通用する訳ねぇだろうが!」

 

組長というのは言わば組の顔であり代表だ。組の看板を最も重く背負う立場にある。

そんな組のトップが敵地のど真ん中で大立ち回り。

その上で組は関係ない。責任は自分だけ、なんてのは問屋が卸さない。

 

「馬鹿な事言ってねぇで今すぐ神室町から逃げろ!分かってんのか!?街中の極道がお前のタマを取りに来るんだぞ!?」

「いくらでも取りに来りゃいい。全員ブチのめすだけだ」

「お前、いい加減に────」

「うるせぇ!!」

「!!」

 

桐生の一喝に、俺は思わず口を噤んだ。

 

「……俺にだって分かってんだそんな事は。でも……もう後には退けねぇ。俺は必ずシンジの仇を討って、裏にいる黒幕とやらも残らず叩き潰す!!」

 

そう宣言する桐生の目には絶対に揺るがない覚悟があった。こうなってしまえば、もうコイツに言葉は届かない。

テメェが納得の行くまで暴れるだけだ。

 

「桐生…………」

 

だったら。

 

「俺は……お前を止めなきゃならねぇ」

 

こっちもやる事は一つだけだ。

 

「なんだと……?」

「今のまま突き進んでったら待ってんのは破滅だけだ。お前だけじゃねぇ……関東桐生会もシマの堅気達も、お前の大事な人たちも全員を巻き込んだ破滅だ。」

 

如何に桐生や関東桐生会が屈強だとしても、二万五千の兵力を相手にたったの五百人規模の組織が太刀打ち出来る訳が無い。その無理筋を桐生が意地と力で押し通すというのなら。

こちらも覚悟と腕づくでそれを止める。それが、今の俺のやるべき事だ。

 

「そんな事にはさせねぇ……!俺がお前を、ここで食い止める!」

「……錦」

 

直後。

桐生が俺の"覚悟"を問うた。

 

「─────本気で言っているのか?」

 

次の瞬間。

かつて感じたことの無いほどの重圧が一気に襲いかかって来た。

 

「──────!!?」

 

プレッシャーや恐怖などと言ったそんな生易しいものじゃない。

まるで見えない鎖に雁字搦めにされているかのような感覚。その鎖の正体は"本能"だ。俺の中の本能が警鐘を鳴らし訴えているのだ。

"この男に───龍に挑めばお前は死ぬ"と。

 

「……やめろ、錦」

「あ……?」

 

桐生は一瞬だけ目を伏せた後、再び俺に対して毅然と言い放つ。

 

「お前じゃ……俺には勝てねぇ」

「!!」

 

その言葉は、俺の中の火をつけるのには充分過ぎた。

 

「なんだと……?」

 

桐生は相手を煽るような事をする奴じゃない。

それは俺が一番分かってる。だからこそ、その言葉を見過ごす事は出来ない。

それは即ち、桐生が本心から思っている事を指すからだ。

錦山彰は、桐生一馬に劣っていると。

 

「…………じゃねぇ」

 

見えない鎖が軋んだ。

恐怖も、不安も、そして本能も。

俺の中のプライド。桐生にだけは負けられないという男の意地で捩じ伏せる。

 

「ナメてんじゃねぇぞ、桐生ぅぅうううう!!!!」

 

引きちぎった。己を戒める生存本能の鎖を。

重圧を跳ね除けた俺はその勢いのままに桐生に向かって駆け出した。

 

「─────────」

 

桐生は表情を変えないまま静かにファイティングポーズを取る。

俺は滾る怒りのままに右の拳を振り上げた。

 

「オォラァ!!」

 

この時。俺は気付いていなかった。

自分がしてしまった、意地とプライドと怒りに呑まれた勢いのまま殴りかかるという最大の失策を。

見失っていたのだ、俺の本来の在り方を。

目の前の"龍"を相手にその出方や動きを見極める事もせず、愚かにも無策で特攻を仕掛けてしまったのだ。

そして、そのツケを俺は直ぐに払わされる事になる。

 

「────フッ!」

 

怒りのままに振るった右のオーバーフック。

桐生はその一撃を顔一つ分ズラして躱した。

直後。

 

「ガッ───────!!!!?」

 

俺の腹を、何かが、貫いた。

銃弾でも刀でもない。

もっと太くて大きい何かが、俺の腹部を貫いている。

 

「ぉ、……ぇ?────────」

 

痛覚は既に消失している。それに伴い触覚も、聴覚も死んだ。

視界の端が白く染っているのを見ると、視覚もまともに機能していないのだろう。

分からない。理解が及ばない。

俺は何をされたんだ?俺は、なにを。

 

「ウラァァァッッ!!」

 

何者かの雄叫びと共に、真下から何かが迫って来る。

回避も防御も受身も反撃も何もかもが間に合わない。追いつかない。

 

「ぁ─────────────」

 

その何かが眼前に迫った直後、俺の意識は断絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

錦山彰に放たれた攻撃は、至ってシンプルなものだった。

 

「オォラァ!!」

 

雄叫びを上げながら迫り来る右のオーバーフックに対し桐生は冷静に間合いを見測ると僅かに顔を反らせて回避し、同時に自身もまた拳を振るったのだ。

相手の勢いに合わせたカウンターのボディブロー。

その一撃は錦山の腹部を的確に抉り打ち、その衝撃は錦山の内臓に届いて揺さぶるだけでは飽き足らず背中から突き抜けるほどだった。

 

「ガッ───────!!!!?」

 

まるで自身の腹部が何かに貫かれたかのような錯覚を引き起こした錦山の身体は、一瞬にして戦闘の続行を不可能にする。

そして。

 

「ウラァァァッッ!!」

 

桐生はすかさず左の掌底で錦山の顎をカチ上げてその意識を奪う。

 

「ハッ、セイッ、シャァッ!!」

 

宙へと浮き上がった錦山の顔へ右の掌底、右手の甲と連続で叩き込み、最後に右の張り手でその身体を大きく叩き飛ばした。

数メートルの距離を滑空した錦山は背中から地面に叩き付けられるとそのまま地面を転がり、そのまま地面に倒れ伏す。

時間にして僅か三秒。

数多の敵を乗り越えてきたはずの緋鯉は、怒れる龍を前にあっけなく散った。

 

「に、錦山……!」

 

その一部始終を目撃していた大吾は愕然としていた。

つい数日前に自身を圧倒していたはずの錦山が、文字通り一瞬で返り討ちにあったのだ。

大吾はあまりにも理不尽な力の差を思い知らされるのと同時に、自身が敵に回したのが一体何者だったのかを実感した。

 

「すまねぇ……錦…………」

 

意識を失い動かなくなった親友に一言だけそう零した後、桐生は再び大吾へと向き直る。

 

「大吾……終わらせよう」

「くっ……!」

 

迫り来る強大な敵を相手に、疲弊し切った大吾は動くことが出来ないでいる。

そこへ。

 

「ちょっと待てや、桐生一馬ァ!!」

 

桐生の名を叫ぶ怒号が劇場前に響き渡った。

 

「!」

 

声のした方向から現れたのは、軽く五十人は超える程のヤクザ達。

 

「おどれ……よくもナメた真似してくれよったなァ!?」

 

関西弁で捲し立てる先頭の男の胸元に光る代紋を見た桐生は、直ぐに彼らの正体に察しが着いた。

 

「お前ら……嶋野組か」

「そうや!嶋野組の植松ってモンや!」

 

荒瀬を探すために嶋野組系の事務所を壊滅させた桐生。

そんな彼に"返し"をする為に現れたのが彼らだった。

 

「何が目的か知らんがウチの系列の事務所に殴り込んで来よってからに!死ぬ覚悟は出来とんのやろな?」

「そうか……丁度いい。この後も嶋野組系列の奴らから話を聞こうと思ってたんだ」

 

殺られたら殺り返す。極道としては当然の大義を掲げてやってきた植松たちだが、今の桐生にとっては都合のいい存在でしか無かった。

 

「お前らをブチのめして、荒瀬の居所を吐かせてやる」

「やかましい!!ブチ殺したるわクソガキぁ!!」

 

殺気を撒き散らしながら息巻く植松。

そして彼が率いる嶋野組系の構成員達を前に一歩も怯むこと無く構える桐生。

 

「そこまでだ。桐生一馬」

 

しかし、そこへ待ったをかける男が現れる。

 

「お前ら……!」

 

現れたのは約三十人前後の兵隊を連れた男。

その男を含め兵隊の全員が白い詰襟の服に身を包んでいる。

彼らに目を向けた途端、桐生の顔が一気に強ばった。

全身から溢れ出る闘気がさらにその大きさを増していく。

 

「日侠連……!!」

 

桐生が口にした彼らの名は、東城会の直系組織を指す名称だった。亡き先代会長の世良勝の出身団体でもあり、表向きには代紋を掲げずに数々の汚れ仕事をこなして来た 言わば東城会における秘密集団である。

そして、桐生にとっては愛する存在を穢して亡き者にされた因縁の相手でもあった。

 

「二代目総裁の国枝だ。随分と好き勝手やってくれたようだな」

「なんだと……?」

「貴様の命を狙っているのは任侠堂島一家だけでは無い。我ら全員、五年前に世良会長が受けた恨みを忘れてはいないからな」

「それはこっちのセリフだ。由美が受けた屈辱……今ここで晴らしてやる。お前ら ここで 皆殺しだ!!」

 

これ以上無いほどの怒りと覇気を昂らせて戦闘態勢に入る桐生。だが、彼の命を狙う刺客は嶋野組や日侠連だけでは無かった。

 

「待ってたぜ……この瞬間をよぉ!!」

 

直後、けたたましいエンジン音を唸らせながら一台のバイクが劇場前広場へと乱入する。

そこに跨るのは桐生のかつての兄貴分。

 

「久瀬……!」

 

東城会直系任侠堂島一家最高顧問。久瀬大作。

渡世というリングで未だ現役を張り続ける極道の中の極道だ。

 

「桐生ぅぅぅううううううう!!」

 

久瀬は桐生の名を叫びながらアクセルを吹かすと、片手で持った鉄パイプを引き摺りながら桐生に迫る。

 

「オォリャァァアアアア!!」

 

その速度を上乗せした鉄パイプの一撃に対し、桐生は真っ向から挑み掛かる。

 

「セイヤァッ!!」

 

迫り来る久瀬に対して桐生は地面を蹴って跳躍すると、両足を揃えたドロップキックを久瀬に叩き込む。

 

「ぐほぉっ!?」

 

鉄パイプで桐生を殴打する事に注力していた久瀬は突然の奇襲に反応が遅れ、その蹴りを真っ向から受ける事になった。

久瀬が蹴り飛ばされた事により制御を離れたバイクはその勢いのまま激しく転倒して街灯に激突し、直後に大爆発を引き起こし車両は大破炎上。

一瞬にして廃車となってしまった。

 

「久瀬……アンタ、まだ生きてやがったのか」

 

ドロップキックの体勢から立ち上がって構えを取る桐生。

かつての"カラの一坪"事件の際には五回に渡って桐生に襲いかかってきた久瀬。

その執念には目を見張るものがあり一目置いていた桐生だったが、同時にその執拗さに辟易もしていた。

 

「ぐっ…………言っただろ、桐生……極道は…………張り続けられなかったヤツが、負けるんだってな……!」

 

バイクの上から蹴り飛ばされ倒れていた久瀬が、鉄パイプを杖にしながらも起き上がってその闘志を燃やす。

 

「またと無い機会だ……今度こそテメェを、ブチ殺してやる!!」

 

堂島の龍、桐生一馬。

今や名実共に"本物の極道"と成ったその男を前に、かつて堂島組の"暴力"を一手に担っていた彼のヤクザ者としての血が騒いでいた。

 

「ん……?」

 

そこへ、東城会側の更なる増援がやってくる。

 

「総長!ご無事ですか!?」

 

十数台の車と若い衆を連れて現れたのは、ショートリーゼントの髪型と白いスーツを着た男。

東城会直系任侠堂島一家若頭。新藤浩二。

大吾が率いる組織のNo.2が、先んじて桐生の襲撃に向かった大吾の応援に駆けつけたのだ。

 

「なっ……これは……!」

 

彼はその惨状を前にして言葉を失った。

倒れて動かなくなった先遣隊の組員。

手榴弾の爆発により割れた窓か煙を昇らせる嶋野組系の事務所。街灯を歪ませ燃え盛り廃車となったバイク。

桐生を取り囲む日侠連と嶋野組。

鉄パイプを持った最高顧問の久瀬と動けずにいる総長の堂島大吾。

まさに地獄絵図と呼ぶに相応しいその光景の中、新藤はあるものを見た途端に直ぐにその場から駆け出した。

 

「あ……兄貴ぃ!!」

 

それは、倒れ伏して動かなくなったかつての兄貴分。錦山彰の姿だった。

 

「兄貴、しっかりしてください!兄貴!!」

 

抱き起こして呼び掛ける新藤だが 既に錦山に意識は無く、端正だった顔にはいくつもの痣や傷痕が刻まれているだけでなく 片側半分が完全に内出血を起こして腫れ上がってしまっていた。

 

「そんな、兄貴…………」

 

新藤は長年、錦山の弟分を務めていた男だった。

故に、彼の男気や行動原理には理解がある。

東城会と袂を分かった親友にして兄弟分の桐生が神室町を訪れ、そこで極道を相手に大立ち回りをしていたら。

きっと錦山は桐生を止めようとする。だから今ここに居る。

 

「…………よくも」

 

そして、そんな錦山が変わり果てた姿で気を失い 地面に倒れ伏していた。では誰が彼をこのような目に遭わせたのか。答えは明白だった。

 

「よくも兄貴を……!!」

 

手にしていた日本刀を鞘から抜き放ち、その鋭利な殺気と切っ先をを桐生に向ける新藤。

彼は今 任侠堂島一家の若頭としてではなく、錦山彰の弟分として怒りに駆られていた。

 

「……お前には関係ねぇ」

「ふざけんな!これが……これがかつての兄弟分にやる事か!?許さねぇ……絶対に許さねぇぞ 桐生!!」

 

その声に呼応するかのように、新藤の連れて来た若い衆達や日侠連の男たちもまた、各々の得物を構えて臨戦態勢を整える。

 

「まだだ……」

 

そしてこの男もまた。

再び龍へと挑まんと立ち上がった。

 

「まだ終わってねぇぞ……桐生!」

 

東城会直系任侠堂島一家総長。堂島大吾。

増援の子分達や若頭の新藤と最高顧問の久瀬。更には日侠連の姿を見た彼は、己の体を奮い立たせる。

桐生一馬を殺す。その役目を他の者に奪われる訳にはいかなかった。

 

「大吾…………」

「テメェのタマは俺が……俺達 任侠堂島一家が取る!!」

「そうはいかない。桐生一馬を殺し、世良会長の無念を晴らすのは我々 日侠連だ。」

「おどれら全員引っ込んどれ!!桐生の首獲るんはワシら嶋野組や!!」

 

嶋野組。任侠堂島一家。日侠連。

天下の東城会における三つの直系組織から同時に命を狙われるこの状況下においてもなお、桐生の在り方は微塵も揺るがなかった。

 

「くだらねぇ……全員まとめて相手をしてやる」

 

荒れ狂う龍の前では、彼らなど精々 喰らい甲斐のある得物でしかない。

 

「俺のタマが欲しいなら…………殺すつもりでかかって来い!!」

 

こうして。

東城会と桐生一馬の全面抗争は拡大を続けていく。

 

「──────────」

 

未だ目覚めぬ緋鯉を置き去りにするように。




次回。錦が如く


総力戦
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