桐ぃぃ生ぅぅチャーン!!
会いに行くでぇ!!
2005年12月13日。
突如として神室町に訪れ、嶋野組系列の事務所を襲撃した桐生一馬。
そこから端を発して東城会の極道 総勢百人以上を巻き込んだ一大抗争が、劇場前広場で勃発した。
現在 跡目に最も近い勢力として幅を利かせている東城会の大幹部、嶋野組。
先代組長である堂島宗兵の死をきっかけに、若い極道と往年の極道の混成で組織された新時代の堂島組、任侠堂島一家。
そして、亡き三代目の出身団体でありながら 長年裏で汚れ仕事を担っていた東城会の暗部組織、日侠連。
これらの直系組織が包囲網を組んで、桐生一馬ただ一人に一斉に襲いかかる。
もはや集団リンチという言葉では生温い程の人数差。
ただの人間であれば八つ裂きどころか骨も残らない事は目に見えていた。
「ウオラァァァァァァ!!」
しかし。彼らが襲いかかったのは只人に在らず。
人のカタチを保っているだけの"龍"に他ならない。
「死に晒せ桐生ぅ!!」
五十人以上の数の暴力で一気に制圧を試みた嶋野組は、たった一人を相手に五分も持たずに瓦解し。
「桐生一馬、覚悟!」
ナイフや銃火器などの"殺しの道具"を携えた日侠連は、桐生の身体に傷一つ付ける事すら出来ず。
「このガキぃ!」
「オゥラァ!!」
「死ね桐生!!」
総長、若頭、最高顧問と組織の幹部をはじめ総動員で挑みかかった任侠堂島一家も、その幹部陣以外の構成員が全滅の憂き目に遭った。
「ウォォォオオオオオオオオッッッ!!!!」
暴れ狂いし応龍。留まる事を知らず。
息切れ一つ起こさぬまま、まだ喰らい足りぬと獲物を求めて吠え猛る。
「な、なんやコイツ……有り得へん……!」
瓦解し全滅した部隊を束ねていた嶋野組の植松は、未だ立ってはいるものの茫然自失としている。
龍の"覇気"を浴びせられ続けた挙句に自身の率いていた部隊を全滅させられれば、こうなってしまうのも致し方の無い事と言えた。
「くっ……堂島の龍…………よもやこれ程とは……!」
東城会の暗部組織として数々の汚れ仕事をこなし、その手練手管に死角無しと謳われた日侠連は、二代目総裁の国枝を除いて全ての構成員が地面に崩れ落ちていた。
その洗練された殺しの技術も、"龍"の前では無意味な小細工に等しかったのだ。
「チッ……相変わらずだなテメェは、どこまでも強くなりやがる……」
「はぁ……はぁ……桐生……!」
「こ、こんな事が……!」
堂島宗兵の仇を討つ事を悲願に掲げ、ほぼ全ての構成員を動員した任侠堂島一家だったが そのほとんどが桐生の拳の前に沈んでいった。
桐生一馬という男を古くから知っている久瀬はこの事態に今更驚きもしないが、総長の大吾と若頭の新藤はそのあまりの強さに戦慄していた。
「フン、東城会もこの程度か……なら、一気に終わらせてやる……!」
関東桐生会初代会長。桐生一馬。
戦力的にも人数的にも桐生が圧倒的に不利だったはずのこの抗争は、彼の理不尽なまでの強さの前に覆されていた。
「まずは貴様だ……国枝ァ!」
「くっ!」
すかさず防御の姿勢を取る国枝だったが、桐生にはそんなものは通じない。
桐生は国枝の防御の上からその拳を叩き込むと、その勢いのままに国枝を殴り飛ばした。
「ぐぁっ!?」
「セイヤァッ!」
防御を腕ごと破壊され大きく仰け反った国枝に、追撃の前蹴りを放つ桐生。
鳩尾を靴底で蹴り抜かれた国枝は後方に吹き飛ばされると、そのまま劇場前のビルの壁に背中から叩き付けられた。
「が、は─────────!!」
桐生は、甚大なダメージを受けた国枝が前のめりに倒れる事すらも許さなかった。
瞬時に距離を詰めると国枝の首を掴んで背中から壁に叩き付ける。
「ぅ……ぐ……!!」
そのまま万力のような握力で国枝の首を絞め上げた。気道が塞がり、呼吸の一切を封じられた国枝の顔が変色していく。
「─────!!」
「苦しいか?だが……由美の受けた仕打ちは、こんなもんじゃねぇ……!!」
桐生は怒りのままに両手に力を篭める。
「日侠連の連中は全員ぶっ殺す。まずは貴様からだ……!!」
「──────!!!!」
呼吸の出来ぬままに抵抗する国枝だが、当然桐生は手の力を緩める事はしない。
そのまま国枝の首の骨が折れんとした矢先。
「ん……!?」
けたたましいエンジン音とサイレンを響かせながら劇場前に一台の救急車が突入してくる。
しかし、その救急車は本来の役目とは思えない荒々しい運転で現れたばかりか、桐生目掛けて速度を上げて突進してきたのだ。
「チッ!」
桐生は国枝から手を離してその場を飛び退くと、迫り来る救急車の突進を回避した。
「なんだ!?」
救急車はその場にタイヤ痕が残る程の急ブレーキで停車すると、サイレンと共にエンジンを止めて沈黙した。
その運転席のドアを蹴破って何者かが勢いよく飛び降りる。
「お前は……!?」
そこから現れたのは、一人の男。
左目に付けられた黒い眼帯。
テクノカットの髪型をした頭と金色のジャケットの中の素肌には包帯での応急処置がなされているものの、その奇抜な格好をする人物に、桐生は一人だけ心当たりがあったのだ。
「よぉ、桐生チャン……会いたかったでぇ?」
「真島……!」
東城会直系嶋野組若頭。真島組組長 真島吾朗。
桐生にとっては、嶋野の狂犬との数日ぶりの邂逅だった。
「ま、真島のカシラ……!」
植松は自身の組の兄貴分にあたる真島の登場に息を飲む。
同じ組にいる以上、彼はその恐ろしさと危うさを間近で目撃する機会が多いからだ。
「おぅ植松、お前 桐生チャンにだいぶ派手にやられたらしぃのう……?大方、嶋野の親父にでも命令されたんやろうが……」
真島はそんな植松にゆっくりと近づくと。
「ぐほっ!?」
味方であるはずの植松の腹にその拳をねじ込んでいた。
「ぅ、ぐっ!?」
真島は腹を押さえて蹲る植松の髪を掴みあげると、顔を近付けてこう告げた。
「桐生チャンは俺の獲物や。余計な真似しおったら……お前から殺すで?」
「……!」
至近距離から放たれる狂犬の殺気に息を飲む植松。
真島はそんな植松の手を離し捨ておくと、桐生の方へと向き直る。
「……何がしてぇんだ、アンタ」
「あ?決まっとるやろ?」
真島はそう言ってドスを引き抜くと、真っ向から桐生にその切っ先を向けた。
「ワシの望みはいつだって……桐生チャン。お前と喧嘩する事以外に無いで」
「チッ……次から次へと、無駄だと分かっててもなお俺の邪魔をしやがるのか」
「ハッ、今更何を言うとんのや……桐生チャン」
真島は続ける。
「無理も無茶でも無謀でも……一度始まった喧嘩は絶対に引かへん」
「……」
その言葉を聞き、久瀬が。
「たとえ何度やられても、相手に一泡吹かせるまで決して諦めへん」
「……」
その言葉を耳にし、新藤が。
「それが……お前が喧嘩を吹っかけた東城会っちゅう組織や」
そして、その言葉を受けた大吾が。
否、今まで倒れ伏していた東城会の男たちが次々と起き上がる。
未だ目覚めぬ極道達もいるが、それでも何人かの男たちが痛みを抱えながらも戦線復帰を果たす。
その数、総勢四十名。
「ま、んな事言うても……俺はコイツらに桐生チャンを譲るつもりは無いんやけどな」
「随分な言い草だな、嶋野ん所の若造が」
「全くだ……桐生を殺すのは俺達、任侠堂島一家だ」
「えぇ、たとえ真島さんであってもそれを譲る事は出来ません……!」
それに呼応するかのように、立ち上がった極道達も桐生を倒すと息を巻く。彼らの闘志は 桐生の覇気に晒された上でねじ伏せられた後でさえも、衰えていなかったのだ。
「ヒヒッ、ほらな桐生チャン。ご覧の通り東城会は、どいつもこいつも馬鹿ばーっかりや」
「決まりだ。桐生の後はテメェをブチ殺してやる。おゥ総長。文句はねぇな?」
「えぇ、好きにしてください。ただ、桐生を殺るのは俺ですがね」
「いくら総長と言えどそれは譲れません……俺ももう、後には引けませんから!」
いがみ合い、譲らない姿勢を崩そうとしない彼らの在り方は決して一枚岩とは言い難い。
しかし、彼らは持ち前の"負けん気"を以て結果的に団結を成していた。
これこそが東城会。近江連合と双璧を成す、関東最大の規模を誇る極道組織の姿である。
「チッ、何奴も此奴も洒落臭いのぅ……なら───」
そして。その団結の最前線に立った嶋野の狂犬が。
「────早い者勝ちやァァァああああああ!!」
そう叫んで桐生へと挑みかかり、闘いの狼煙を上げた。
「死ねやボケがァァァァ!!」
「行くぞ、桐生ぅ!!」
「桐生の叔父貴、覚悟ォォ!!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」
それに続き、東城会の極道達が次々と桐生に向かって雪崩込むように襲い掛かる。
「上等だ……来い!!」
それに対し桐生もまた、何度目かも分からないファイティングポーズを取る。
東城会と関東桐生会による全面戦争。
その幕開けとして始まったこの抗争も、ついに佳境へと向かっていくのだった。
気付いた時には、空を見上げていた。
「…………──────────」
何も聞こえない、何も感じない。
辛うじて機能するだけのぼやけた視界で、ただ暗いだけの空を見上げている。
(俺は……何を…………?)
分からない。
ここ数日の記憶が無い。
俺は何をしていた?どうしてここにいる?
(確か、ムショから出て……親っさんに会いに行って…………)
出所して早々、三代目の葬儀に向かってから先が思い出せない。
頭が重く、それに伴い意識も段々と暗闇に沈み始める。
(だめだ……思い、出せねぇや…………)
諦めて瞼を閉じようとした、そんな矢先。
「ぁ……?」
空を見上げるだけだった視界を、大きくて黒い何かが横切った。
(なんだ、今の……?)
それは一度ではなかった。
もう一回、またもう一回と視界を横切るそれを見て行くうちに 俺はそれの信じ難い正体に気付く。
(人……?)
一体なんの冗談か、スーツを着た人影のようなものが次々と俺の視界を横切っていたのだ。
空を見上げている俺が仰向けの体勢なのであれば、彼らは何かが原因で空中を舞っている事になる。
(何が、起こってんだ……?)
鉛のように重苦しい身体では、首を動かす事が精々だった。俺は亀よりも遅く首を横に倒して彼らの飛んできた方向に視線を向ける。
(あ……?)
その視線の先では、大勢の男たちが揉み合いの大暴動を起こしていた。
その騒ぎの中央にいる一人の男に、自然と視線が吸い寄せられる。
(あれは……?)
次々と迫り来る敵を、その男は次々と迎撃していく。
拳で殴り飛ばし、足で蹴り飛ばし、胸ぐらを掴んで力づくで投げ飛ばすその様を見て、俺の視界を横切る男たちの正体が彼らであることを理解した。
あまりにも人間離れしたその所業を平然と行うその男に、俺は見覚えがあった。
ダークグレーのスーツとワインレッドのシャツ。彫りの深い顔立ちを怒りに歪ませながら暴れ回るその男は─────
「──────き、りゅう……?」
次の瞬間。
「ガハッ!!?」
腹部を貫かれたかのような壮絶な痛みと共に俺は吐血した。
全身の感覚が蘇るのと同時に、鋭敏になった痛覚が悲鳴を上げる。体中の神経という神経に電流が走り、今にも気が狂いそうなこの痛みの中で、俺は全てを思い出した。
(そう、だ……俺は……!!)
桐生を止める。そう息巻いて殴りかかった俺は桐生の反撃によって気絶していたのだ。
そして、止めることが出来なかったからこそ。
俺の目の前で惨劇は起きている。
「ぉ……あ…………」
視線を落として自分の腹部を確認する。
そこに大穴は空いていない。
だが、桐生の放ったであろう一撃は前を開けていたレザージャケットを抜けて中のインナーの上から俺の腹部を叩いていたのだろう。
拳を受けた部分の生地は無惨にも破れて穴が開き、中から除く地肌は青アザになっていた。
(なんなんだよ……あのパンチは……!)
すれ違いざまのボディブロー。
あの時、俺は鉄骨か何かが腹を貫いたのかと錯覚した。
それ程までの一撃だった。
(強いなんてもんじゃねぇ……あんなの、バケモンじゃねぇか……!)
再び視線を前に向ける。
大挙として桐生に押し寄せていた筈のヤクザ達も、気付けばたかだが数人程度の規模になっていた。
(俺は……こんなヤツと闘いたがってたのか?こんなバケモンと、肩を並べるだって……?)
格が違う所の騒ぎじゃない。
あの人のカタチをした"龍"と俺とじゃ、レベルも世界も何もかもが段違い。
文字通り、次元が違った。
(とんだ思い上がりだ……俺ごときが 桐生と対等に、ましてやアイツを超えるだなんて…………)
無理だ。勝てるわけが無い。
ただの人間の身で、遥か高みに居る龍に敵う訳が無かったんだ。
(俺は……もう…………──────)
気力が萎えていく。心が折れていく。
今まで培って来たモノが、全て幻想の下に消えていく。
(───────────)
このまま全てを投げ出してしまおう。
そんな事を思った矢先だった。
「あ…………?」
僅か十数センチ先に、光る何かが落ちているのが見えた。街灯と炎の光に照らされて、赤く輝くそれに対して自然と手が伸びていく。
(これ、は……!)
震える手で掴み取ったそれは、指先で摘めるほどの小さな何か。
金色の円環に赤い宝石をあしらった、一つのアクセサリー。
「────────!!」
指輪。
"YUMI"の名前が刻印された、彼女の形見。
───つたえて、ほしいんで、す…………おれのために……たたかわ、ないで……って…………────
───あにきは、やさし、い、から…………きっと、おれが、しんだら…………かたきを、うとうと、しちゃ…………い…………ま、す…………だ……だか、ら………………!!───
「───────あ、ぁ」
そうだ。そうだった。
俺は約束したんだ。
最後の最後まで根性見せて、最期の最期まで桐生とおやっさんを想いながら逝った、あの男と。
堂島の龍 桐生一馬が心から認めて信頼していた、最初にして最高の弟分 田中シンジと。
「ふっ……ぐ…………っ!!」
必ず桐生を止める。
シンジの願いだった、風間の親っさんと桐生の仲を取り持ち、この戦争を終わらせる事。
それを叶える為には立ち上がらなければならない。
そして、それを叶える事が出来るのは。
(俺しか、いねぇ……!!)
全身の細胞に活を入れる。
気合と根性、意地とプライド。
託された願いと己の魂をかけて。
「き……りゅう…………!!」
俺は、こんな所で死ねない。
死ぬ訳には行かないのだ。
「う、ぉぉ……ッッ!!」
手は震え、膝は笑い、汗は止まらず、口からは血を垂れ流す。
左半分の耳が聞こえず、視界も左側だけブレて見える。
自分でも分かる程に明らかな満身創痍。
それでも俺は立った。立てた。立ち上がれた。
なら、まだやれる。まだ抗える。まだ闘える。
(シンジ……俺は、お前との約束を、果たすぞ……!!)
指輪を拳の中に握り込み、俺は再び桐生の前に立つ。
「────桐生!!」
俺は今度こそ辿り着いてみせる。
お前の居る領域─────龍門へと。
次回、錦が如く
「覚醒めの一撃」