錦が如く   作:1UEさん

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最新話です。
ついに謎が明かされます。


真相

2005年12月15日。

東京都港区。芝浦埠頭に停泊した一台のクルーズ船。

その船内にて、ついに俺は育ての親である風間の親っさんと再会していた。

そして、全ての謎が今明らかになろうとしている。

 

「まずは……遥の事から話していこう。遥の母親の美月は、由美の妹じゃない。美月と言うのは、かつて由美が外行きで名乗っていた偽名だった。」

 

その話は知っている。桐生がまだ東城会にいた頃、由美が他の組織から狙われないようにする為の策だったと。

 

「えぇ。それを親っさんから提案された桐生と由美は、それを受け入れた」

「あぁ。だが……五年前のクリスマス。遥の母である由美は……死んだ」

「………………」

 

桐生の話では、由美は優子と一緒に出かけていた際に日侠連に拉致されたらしい。

共に拉致された優子を守る為にその身を犠牲にした由美は日侠連の男達に弄ばれ、桐生に最期の言葉を遺して息絶えた。

 

「何故、由美は死ななければならなかったのか……その理由は、遥の父親にある。」

「!!」

 

遥の父親。ここまで明らかにならなかったその正体だが、俺はそれに心当たりがあった。

 

「まさか……その父親ってのは……!」

「あぁ……神宮京平だ」

 

神宮京平。警察庁出身の代議士であるその男は、政府直属の裏組織である"MIA"の首領でもある。

そして、100億のペンダントを狙う事件の黒幕。

 

(くそっ、嫌な予感が当たりやがった……!)

 

俺が最初に違和感を覚えたのは、MIAの連中とスターダストでやり合った時だ。

あの時、100億の鍵を握るペンダントを手に入れようとしていたMIAは、遥を人質に取った時に容赦なく銃口をあの子に突き付け、あろう事かその後に屋内で銃撃戦を行ったのだ。

跳弾の可能性もあり、遥を巻き込みかねない危険な行為だった。

それらの行動から、奴らの優先順位が浮き彫りになっていく。

 

(100億を優先、遥の身柄は二の次。最悪の場合殺しても良い…………いや、もしもペンダントだけ手に入れてたら遥を殺す事すら視野に入れてた可能性もあるな)

 

神宮が100億と遥の命を狙う理由。その一端が明かされた。

"遥が生きていると神宮にとって不都合な事がある"という事。

 

「それにしても……由美はどうして神宮と?奴と由美はどこで知り合ったんですか?」

 

墓地で桐生の口から聞かされたのは遥と新一が由美の子供であるという事だけ。

桐生と由美の間に子供が出来るのはまだ分かるが、神宮と由美の関係については聞きそびれていた。

 

「由美が事件のショックで記憶を失っていたのは、知っているな?」

「はい……」

「神宮は世良と深い繋がりがあって、よく東城会に出入りしていた。その時、偶然由美と知り合ったんだ」

「神宮と、世良会長が?」

「あぁ。政界を目指す神宮は世良から裏でバックアップを受けていたんだ」

 

政治家と極道の癒着。

代議士にとってはスキャンダル以外の何者でもないが、相手が関東の裏社会のトップともなればそのリスクを負ってでも得られるリターンは多いだろう。対立候補の政党を暴力で脅したり、裏金で抱き込んだり、邪魔な立候補者を秘密裏に消したりなんて事も簡単に出来る。

世良が会長を務めた長期政権時代を考えると、神宮は相当なバックアップを長年受けていた事になる。

 

「神宮は由美と出会って、恋をした。そして記憶を失っていた由美は、心の隙間に入ってきた神宮を受け入れた」

「親っさんは……それを止めなかったんですね?」

「……あぁ」

 

いくら記憶を失っているからと言って由美が神宮のような外道に惹かれるとは考えにくいし、何よりそれなら親っさんは止めるはずだ。

それが意味するところは一つ。

 

(神宮も、最初からゲスな奴じゃ無かったって事か)

 

もしも神宮と幸せな生活が送れるのなら、極道社会とは縁が切れるかもしれない。

親っさんも桐生も極道者だ。二人のそばに居るよりも、その方が幸せを掴めるのかもしれない。

当時の親っさんはそう考えたのだろう。

 

「そして由美は、神宮の子を産んだ。それが遥だ」

「…………」

 

俺は、遥の表情から目を逸らすように後ろを向いた。

見れなかったのだ。実の父親から自分が命を狙われている事を知った、あの子の顔を。

 

「だが神宮の元に総理の娘との縁談が舞い込み、その時籍を入れていなかった由美は自ら身を引いた。神宮の為を思ってな」

 

政略結婚、なんて言葉がある。

自分より上の立場の人間、又は有用な人脈の家柄に取り入る為に結婚をするというものだ。

古くは武士がいた時代から存在するそれは、この平成の世においても例外では無い。

神宮にとってその縁談は、政界でのし上がるためには必要なものだったに違いない。

 

「だが、愛した男と離れ離れになる悲しみは由美を深く傷付けた。そんなあの子に再び光を与えたのが、一馬だったんだ」

「桐生……」

「俺はアイツに、殴られる覚悟をして全てを打ち明けた。だが、由美を想っての行動なら言う事は無いと俺の独断を許した。代わりに一馬は、由美と会わせてくれと俺に頼んで来た」

 

惚れた女が記憶を失い、写真を見せればトラウマを呼び起こす。そんな状態でも幸せを掴めるならそれも良い。桐生は当時そんな事を思ったんだろう。だが、それが崩れるというのなら話は別だ。

 

(たとえ極道であっても、惚れた女を幸せにする……その時の桐生はその覚悟をしたに違いない)

 

下手をすれば、由美のトラウマを刺激して傷つけるだけになりかねないその行為。

 

「俺は、一馬と由美を一年ぶりに引き合わせた。そして……由美は記憶を取り戻したんだよ」

「由美……」

 

でも、それは成功した。

それはきっと、桐生と由美がお互いを想い合う気持ちが、正しく実った瞬間だったのだろう。

 

「そして、桐生と由美の間に……新一が生まれた」

「そうだ。あの子は、桐生と由美の間に生まれた子供だ。」

 

それからはきっと、俺が葬儀会場で聞いた通りの筈だ。

由美と結ばれ、組はデカくなって、俺が託した約束も守って優子も救い、桐生は身の回りの大事なモンを守れるだけの力を手に入れた。

アイツの渡世はきっと、順風満帆だったに違いない。

 

(いよいよだ)

 

ここから先がきっと、俺が葬儀会場でも聞けなかった秘密。

俺が追ってきた事件の真相だ。

 

「一馬と由美は、それから本当に幸せそうに過ごしていた。何度か危ない事もあったが、それでも二人支えあって生きていた。だが……由美と別れたあとの神宮は、大きく歯車を狂わせていった」

 

風間の親っさんが滔々と語り始める。

その話口調は、非常に重いものだった。

 

「所詮神宮が持つ権力は他人から与えられたものだ。だが、神宮はそれを守る為に少しづつ変わっていった。自分の中では正当化しながらな」

 

政治とは、国家そのものの運営を司る人類の営みだ。

自分の組や会社を回すのとじゃ訳が違う。故に、国そのものを動かす代議士にはそれ相応の立場や権力が齎される。

そういう意味じゃ、政界は神室町以上に欲望と権力に渦巻く世界と言ってもいい。

 

(その中で揉まれる内に、出世欲に取り憑かれたって訳か……)

 

だが、金や権力はその人間の人格をいとも簡単に変えてしまう。本人は変わっていないつもりでも、かつて大事にしていたはずのモノが見えなくなってしまう。

そうやって己の人生を破滅させてった人間を、俺は極道だった頃に何人か見てきた。

神宮もその中の一人って事なんだろう。

 

「そしてある日、神宮から世良に一本の電話が入った」

「電話?」

「あぁ。不味い事になったと言って、世良を一人で呼び出したんだ」

「一体、何があったんです……?」

 

親っさんは僅かに顔を下に向けた。

きっと余程の事なのだろか、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべている。

 

「……親っさん」

「あぁ……すまない。続けよう」

 

親っさんはそう言って話を続けてくれた。

 

「死体を一つ始末して欲しい。神宮は世良にそう頼んだ」

「死体を?」

「あぁ。神宮ははずみで起きた事故だと言い張ったそうだ。死体の正体はフリーの記者で、神宮のスキャンダル……由美と遥の件で強請ろうとしてきたらしい。」

「!」

 

"総理の娘と結婚した大物政治家に、かつて内縁の妻と子供が居た"。

この特大のスキャンダルを手にしたその記者は、ただ載せるだけでは無くそれをネタに神宮を脅して裏金を得ようとした。突然の事で気が動転した神宮は、目の前の記者の口を封じる為に突発的にその記者を殺害。

世良会長は、その尻拭いの為に呼び出されたのだ。

 

「依頼を受けた世良は記者の家からメモや写真を奪って全て灰にした。」

「……ちょっと待ってください、親っさん」

「なんだ?」

 

再び嫌な予感が脳裏を過ぎる。

その記者は"由美と遥"の存在を掴んで、強請りを企てた。

神宮にとってそれは、政治生命を終わらせかねない特大の爆弾に違いない。

だが、その記者を殺して証拠を消したとしてもまた同じような輩が出てくる可能性は高い。

 

「神宮は……それだけで終わらせたりしてませんよね?」

「……」

「俺が神宮って男の立場で同じものを目指しているのなら……こういったスキャンダルは元を絶とうとします。二度と火が起こらないよう、徹底的に」

 

"遥が生きていると神宮にとって都合の悪い事が起こる"。MIAが100億の次に遥の身柄、場合によってはその命を狙う理由がそれなのだとしたら辻褄が合う。

 

「彰……」

「親っさん……由美を…………」

 

俺は確信した。してしまった。

それは、俺が予想しうる限りの最悪の顛末。

 

「──世良会長が日侠連を使って由美を殺したのは、神宮の差し金なんですね……?」

「!!」

 

実の父親が、実の母親を殺す事を望んだ。

あまりにのショッキングな真実に、隣に居た遥が息を飲む。まだ十歳にもならないこの子にとって、これほど残酷な真実があるだろうか。

 

「…………そうだ」

「やっぱり……!」

「世良はそのスキャンダルの元を断つために、由美と遥の命を奪う事を世良に依頼した。そして……あの事件が起きたんだ」

 

そして、2000年のクリスマス。

桐生が愛する女を失った、あの惨劇が起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時。

由美と優子が日侠連に攫われた事を知った一馬は、連絡があった部下の元へと走っていった。

俺は一馬に起きた事を全て報告するよう伝え、子供たちとのクリスマスパーティーを先に始めていた。

パーティーを楽しみにしていた子供たちを、不安がらせる訳には行かなかったからな。

だが、いつまで経っても一馬がヒマワリに戻る事は無かった。

 

「さぁ、パーティーは終わりだ。ちゃんと歯を磨いて寝るんだぞ?」

 

そして、料理とケーキを平らげた子供達が寝静まろうかといった時だった。

 

「ん……?」

 

俺はヒマワリの玄関先に人の気配がある事に気付いた。

数は三人。僅かに聞こえる足音から、俺は一馬達じゃないとすぐに分かった。

 

「…………」

 

俺は音を立てぬように子供達のそばを離れると、静かに銃を抜いて息を殺し、その気配に集中した。

やがて、子供達が寝静まってヒマワリの明かりが消えた時。

 

「─────」

 

微かにピッキングの音を立てて玄関を開けた日侠連の構成員がその扉を開けた瞬間。

 

「ガッ───────」

「「!!?」」

 

俺は一人目の脳天に躊躇いなく引き金を引いた。

サイレンサーを付けた拳銃は銃声を立てる事無く一人目の命を奪った。

 

「「ッ……!!」」

 

突然の出来事で硬直する構成員が動き出すよりも早く、俺は玄関先へと躍り出て二人目の心臓を撃ち抜いた。

 

「チッ!!」

 

三人目が銃を向けるよりも早く、俺はその肩と足を撃ち抜いて行動を封じた。

殺さなかったのは、そいつらの目的を聞き出すためだった。

 

「お前ら……世良のとこの奴だな?何が目的だ?」

「か、風間の、親分……!」

「答えろ。でなければ殺す」

 

俺が銃口を突き付けて殺気をぶつけると、その構成員は直ぐに吐いた。

世良の命令を受け、遥を始末しに来たんだとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「後のことは、彰……お前が一馬から墓地で聞いた通りだ。」

「……!」

 

自分の手で日侠連の連中を八つ裂きにし東城会に絶縁を宣言した桐生は横浜で組を独立。関東桐生会として組織を再始動させる。

それら全ての元凶は、スキャンダルに端を発した神宮による身勝手な動機。

これが、クリスマスに起きた惨劇の真実だった。

 

「テメェのスキャンダルを隠蔽する為に由美と遥を……神宮、なんて野郎だ……!」

 

これで倒すべき敵がハッキリした。

神宮京平。裏で糸を引くそいつこそが由美の仇であり、復讐するべき相手だ。

 

「俺は世良を説得し、遥を神宮の目から欺く工作をした。表向きは始末した事にし、遥をヒマワリの周囲から外出させず、学校の登下校も車の送迎を徹底させた」

 

だが、と。

親っさんが遥の目を見て続ける。

 

「それが遥の、両親に会いたいって想いを抑圧する結果となってしまった。新一の事も、あったからな」

「風間のおじさん……」

 

自分の親に会いたい。その気持ちが遥を突き動かし、あの子を神室町へと導いた。

でもそれが、遥の正体の露呈と、神宮に狙われる理由を作ったのだから皮肉と言う他無いだろう。

 

「親っさん。もう一つ、聞きたい事があります」

「なんだ?」

「美月の正体です。」

 

ここに来て俺は、ずっと謎のままだった美月の事について切り込んだ。

 

「俺が初めて美月の事を知ったのは、桐生から写真を見せられた時です」

 

出所したばかりの俺が、優子の事を尋ねた時。

桐生はその写真に写った"美月"が、優子の情報を知っていると聞かされていた。

その美月を桐生の元へ連れていく事で、桐生は俺に知りうる全てを打ち明ける。そういう約束だった。

 

「ですが美月を追っていく内に、美月という名前が由美がよそ行きで名乗っていた偽名である事。そして、その由美がもう死んじまっている事を知りました」

 

しかし、それでは説明が付かない。

美月の写真やアレスの存在。そして麗奈の証言から、美月という人物が存在している事は確認出来る。ただしそれは由美の妹として実在している訳でも無ければ、由美が生きていてそれを名乗っている訳でも無い。

それを騙っている人物が存在しているのだ。

 

「"由美の偽名だったはずの美月を騙る何者か"……その正体を、親っさんはご存知ですよね?」

 

根拠は、先日会ったニンベン師の存在だ。

彼女は風間の親っさんからの依頼を受けて、免許証からパスポート、卒業証書に到るまでの書類を偽造し、戸籍上にだけ存在する架空の人物を丸ごと捏造したのだ。

その正体が"美月"なのであれば、親っさんはその正体を知っている筈だ。

 

「……あぁ、知っている」

「教えてください、親っさん。俺たちが追いかけて来た"美月"は……一体何者なんですか?」

 

そして。

その正体を耳にした俺は。

 

「……優子だ。」

「…………えっ?」

 

一瞬、その現実を認識出来なくなった。

 

「錦山優子。お前が美月だと思って探していたその女は、彰。お前の妹なんだ」

「な、ん……!!?」

 

雷にでも打たれたかのような衝撃だった。

美月が優子?馬鹿な。有り得ない。

予測はおろか想像すらも出来なかったその答えに、俺は理解が追い付かないでいる。

 

「どういう、事なんですか……?」

「これは……優子が望んだ事なんだ。」

 

親っさんは語る。

俺の妹──優子が選んだあまりにも険しい選択を。

 

「由美と一緒に日侠連に拉致された優子は、自分を守る為に犠牲になった由美の姿を……そして、由美の遺体を抱き締めながら泣き叫ぶ一馬を目の当たりにした……事件の後のあの子は、酷く憔悴していてな。力の抜けた人形のようになっていた」

「そっか……優子先生、そんな事になってたんだ……」

 

遥は納得がいったのか、そう呟く。

ミレニアムタワーで俺に語ってくれたクリスマスの後。

ヒマワリで再会した時の事を思い出しているのかもしれない。

そんな事になっていたのであれば、遥の口から語られた当時の優子の状態も頷ける。

 

「そんなある日。優子は俺の元へと尋ねて来た……夜中の事だった。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの子は俺に、どうしてこんなことが起きてしまったのか、その全てを明かすように言ってきた。

俺は最初拒もうとしたが、あの子の"目"が俺にそれを許さなかった。

覚悟を決めた者だけがする、あの据わった目。

断ればこの場で死ぬとでも言わんばかりの気迫に、俺は折れざるを得なかった。そして全てを明かした。

 

「じゃあ……その神宮ってやつのせいで、由美ちゃんはあんな目に遭ったんですね?」

「……あぁ」

「風間さんは……東城会は今後、どうするつもりなんですか?まさか、まだ神宮との付き合いを続けるつもりじゃないですよね?」

 

怒りに震える彼女を見て、俺は確信した。

優子が、何をしようとしているのかを。

 

「あぁ……今、世良と話を進めている所だ。奴を失脚させる為のな」

「……なら」

 

彼女の選んだ選択。

 

「その話……私にも協力させて下さい」

 

それは、復讐だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「優子が、そんな事を……?」

 

俺は親っさんの話が信じられなかった。

何故なら、親っさんの口から語られた優子の様子は俺の知っている妹のものとはかけ離れていたからだ。

 

「あぁ」

「そんな……まるで人が変わったみたいだ……」

 

俺の知ってる優子は、幼い頃から病気がちだった事も相まってかどこか内向的で大人しく、物静かな性格だった。

精神力も強いとは言えない。少なくとも、クリスマスの事件のようなショッキングな事が起きればトラウマになってきっと立ち直れないだろう。

由美の無念を晴らすために復讐を企てられるような、強かな子じゃないのだ。

 

「彰は知らなかったかもしれないが、術後の優子はどこか性格や表情が明るくなった。それに加え、言うべき時はハッキリと自分の意見を言うようになった。」

「……いくら病気が治ったからって、そんなことあるんですか?」

「詳しいことは俺も分からないが……どうも、臓器移植で病気の治った患者にはよくある話らしい。性格が変わったり、苦手だったものが食べれるようになったり、とかな」

 

優子が受けたのは心臓移植の手術だ。

あの子に心臓を託してくれた顔も知らない患者は、当然もう亡くなっているのだろう。

その亡くなった患者の持っていた性質が優子の性格にも影響を及ぼしていた、と言う。

 

(そんな事が…………いや、でも………)

 

俄には信じられない話だとも思ったが、考えてみれば不思議な話じゃない。

"病は気から"なんて言葉はあるように、患者のメンタルが体調や病気が作用するって事があるくらいには人間の体は繊細だ。

そんな繊細な器に形や血液型が適合するだけの赤の他人の心臓を移植するのだ。

その後に快復した人体に及んだ影響がそれなのであれば説明はつく。

俺は医学に関しては門外漢だし詳しい事は分からないが、自分の知らないだけの知識や情報を"有り得ない"と決めつけるのは物事の視野を狭める結果にもなり得る。

ここは"そういう事だ"と一旦の納得をするべきだろう。

 

「そう、ですか…………それで親っさん、その後優子は?」

 

俺は話を戻した。

優子の性格の変化から、復讐を誓った"美月"の行方に。

 

「あぁ。そうして優子は、俺と世良が企てたある計画に自分から志願した。ニンベン師、偽造屋を雇って優子の顔を変えて架空の戸籍や身分を見繕い、優子は美月へと変身した」

 

これが、俺たちの追っていた美月の真相。

復讐を誓った優子が自らの意思で自分の姿形を変えた。

 

(由美の妹を名乗ってセレナで働き、アレスを持ったのも、その計画のため……)

 

ミレニアムタワー最上階に位置する店、アレス。

セレナで数年働いただけで経験も資金もまだ浅い美月が 、あんな一等地に店を構えられるとは考えにくい。

余程のコネがあるのだと思っていたが、それの正体が風間の親っさんだったのであれば説明がつく。

 

「親っさん。親っさんが企てた計画ってのはなんなんですか?」

 

神宮を失脚させる為に風間の親っさんが世良会長と共に企てた計画。復讐の為にそれに志願した優子。

その中身こそが、この一連の事件の本当の核心。

 

「あぁ……それが、消えた100億事件。あの金を盗んだのは、優子と、俺と世良なんだ」

「なん、ですって……!?」

 

今日、何度目かも分からない驚愕が襲う。

東城会が今まさに揺れに揺れ動いている"消えた100億"。跡目争いにまで発展したこの事件の発端。その犯人が親っさんと世良会長。そして美月──優子だと言うのだ。

 

「あの金は東城会の金じゃない。神宮の100億だったんだ。」

「神宮の……?」

「あぁ、神宮は東城会を使って"闇の金を洗ってた"」

 

闇の金を洗う。

親っさんがそう言うところの意味を、俺は一つしか思いつかなかった。

 

「"マネーロンダリング"……ですか」

 

一般的にそれは、違法取引や詐欺、脱税などと言った犯罪で得た収益を他人名義の口座を何重にも経由させて出処を曖昧にし、表向きは真っ当な収益であると偽装する事を指す。

出世欲に取り憑かれ、東城会をバックに好き勝手やってきた神宮京平。強請りや脅迫はもちろん、賄賂などで得た収益もきっと馬鹿にならない。

神宮はそうやって得た"闇の金"を東城会に預け、その出処を撹乱する事で表向きにも使える収益とし、それこそが神宮の権力の源となっていたのだ。

言わば東城会は、奴にとっての金庫番。黒い金を預けられる銀行のようなものだったのだ。

 

「そうだ。俺と世良は神宮を失脚させる為に、その100億を盗んだ」

「ちょっと待ってください、親っさん」

 

その話には一点、引っかかる所がある。

 

「今回の事件で知り合った刑事が俺に教えてくれたんですが……100億を盗った犯人は、由美だと警察は見ています。」

 

初めてアレスに行った時、俺は伊達さんからそう電話で伝えられた。現場の落ちていたネックレスが、俺が十年前に由美にプレゼントしたものと一致したからだ。

だが、由美はもう既に死んでいる。この時点で警察の主張は破綻する訳だが、そうなってくると謎なのはネックレスの存在だ。

わざわざそんなものを現場に残す──それはまるで、犯人が由美であると思わせたいかのような作為的な意志を感じざるを得ないのだ。

 

「現場にネックレスが落ちてたのは何でですか?」

「それは……────」

 

しかし、親っさんの口から続きを聞くことは出来なかった。

 

「風間さん!!」

 

突如、血相を変えた寺田が部屋の中へと飛び込んできたのだ。

 

「どうした?」

「嶋野組の連中が!ここはヤバいです!」

 

直後。轟音と共に船が揺れる。

襲撃を仕掛けてきた嶋野組が何らかのアクションを起こしたのだ。

 

「嶋野め……無茶しやがる……!」

「おじさん、怖いよ……!」

 

突然の事に怯える遥の頭を、俺は優しく撫でた。

もうこれ以上、この子に怖い思いはさせない。

 

「大丈夫だ遥。必ず守ってやる」

「おじさん……!」

「寺田さん、アンタは親っさんと遥を頼む」

「分かった!錦山さんは表のヤツらを蹴散らしてくれ!」

「あぁ、任された!!」

 

言うが早いか。

俺は客室を飛び出して廊下を抜けると、階段を駆け上がって甲板へと躍り出た。

 

「オラァ!」

「ボケがッ!」

「死にさらせぇ!」

 

そこでは既に、嶋野組と風間組の構成員が乱闘状態にあった。

全員がそれぞれ武器を手に持ち、容赦なくそれを振るうさまは正に戦争という他ない。

 

「居たぞ、錦山だ!」

 

風間組を沈黙させた嶋野組のヤクザ達が一斉に俺へと視線と敵意を向ける。

その頭数は、十数人といった所だろうか。

 

「ハッ、イイねぇ。もう余計なお喋りは必要ねぇって訳だ」

 

拳と首を鳴らし、肉体を臨戦態勢に移行する。

ちょうどいい。コイツらを使って、修行の成果を確かめてやろう。

 

「かかってこいや……嶋野のザコ共ォ!!」

「上等やボケ!ぶち殺したれや!!」

 

東城会直系嶋野組構成員。

ヤクザ共を使った激しめのウォーミングアップが幕を開けた。

 

 

 




次回、錦が如く。

大喧嘩
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