喧嘩の時間だオラァ!
2005年12月15日。
風間組が所有するクルーズ船の上で始まった嶋野組と錦山の闘いは、これから始まる大抗争のオープニングセレモニーに過ぎない。
「セェェイヤッ!!」
しかし、そのセレモニーの立役者たる錦山の闘いぶりは余興と言うには勿体ないほどに洗練されたモノだった。
「ぐへぁっ!?」
正拳突きを受けた一人目が派手に吹き飛ばされて再起不能になる。
「てめ──ヴゲッ!?」
「この──ギャッ!?」
背後と真横から襲い来る二人目と三人目だが、彼らが攻撃に移るよりも早く錦山の後ろ蹴りや裏拳が彼らを打ちのめす。
まるで背後にも目が付いているかのような状況判断力からなせる全方位攻撃──"古牧流・八面打ち"と呼ばれるそれは、数で優るはずの嶋野組構成員達を寄せ付けない。
「ナメてんじゃねぇ!」
しかし、中にはその全方位攻撃を掻い潜るヤクザもいる。
彼らに攻撃の範囲内まで侵入を許してしまう錦山だが、そこに隙を作る程この男は甘くは無い。
「ハッ!」
ヤクザが振り抜いた右ストレートを掴んで引き寄せ、左のエルボーを顔面に抉り込む。
「ディヤッ!」
背後からドスを持って迫るヤクザには、振り向きざまに顔面を掌底で打ち抜く。
「オラッ!」
掴みかかるヤクザには胸ぐらを逆に掴み返して頭突きを叩き込み。
「セェイヤッ!!」
迫り来るヤクザには鳩尾に右の正拳を突き入れたあと、悶絶するヤクザを掴み、地面に投げ落とす。
「な、なんやコイツ……!」
「全然近付けんやないか……!」
前後左右。どの方向から襲いかかっても、四神の如く変化した技で迎撃されてしまう。
"古牧流・無手返し"。全方位攻撃の間隙を埋めるには、あまりにも強力なカウンター技だった。
「怯むな!数で押し切るんや!」
「エモノでも何でも使ったらんかい!!」
しかし、そこは武闘派の嶋野組。
この程度で音を上げる程甘い教育はされていない。
「こんなもんかよ……もっと来いや!!」
余裕を見せる錦山を抹殺せんとヤクザ達が襲いかかる。
「ぎゃっ!?」
「ぐへっ!?」
「ぶごっ!?」
だが、その威勢も虚しくヤクザ達は次々と錦山の持つ"技"の前に倒れていく。
日本刀を振りあげれば"古牧流・無刀転生"で投げ落とされ、銃を持ち出せば"古牧流・火縄封じ"で無力化される。
ドス持ちは腕ごとへし折られ、バットや鉄パイプは即座に奪われ逆に利用され、ハンマーを持った大男は振り下ろした直後を狙われて飛び膝蹴りを喰らって沈んでいった。
「錦山ぁぁぁ!!」
やがて、最後の一人となったヤクザが錦山の名を叫んで襲いかかる。
その手に、唸るほどの音を響かせる得物を携えたまま。
「なっ!?」
錦山も面食らう。
ヤクザの持ち出した得物とは、電動の丸ノコギリだったのだ。
木材はもちろん、コンクリートやアスファルトですら裁断を可能とする電動工具。高速回転する鉄の刃が当たれば最後、錦山の身体はバラバラになってしまうだろう。
「なんだそりゃ……そんなもん人間相手に持ち出してんじゃねぇ!」
「死に晒せぇ!!!」
丸ノコを唸らせながら迫り来るヤクザ。
錦山はそれをまるで闘牛士のように躱す。
「どりゃァ!」
「チッ!」
振り向きざまに丸ノコを振り下ろすヤクザの一撃を、錦山は受け止めた。
地面に落ちていた鉄パイプを両手で持って盾とする事で。
「うぉおおおおおおっ!?」
両腕に伝播する振動。吹き出る火花。耳を劈く金属音。
数秒後、鉄パイプは両断されて錦山の肉体を引き裂く。
それを防ぐ為の策を、錦山は既に思い付いていた。
「おぉりゃッ!!」
鉄パイプが両断される直前。錦山はガラ空きとなっていたヤクザの股間を蹴り上げた。
「お、ぼぉっ!?」
この世の終わりを顔に貼り付け、ヤクザが弱者へと成り下がる。
錦山はその隙に飛び退いて距離を取ると、他の嶋野組が持ち出していた拳銃を拾い上げた。
「─────」
即座に"無我の境地"へと足を踏み入れ、集中力を極限まで上げる。
そして。波一つ無い水面の如き精神のまま、静かにその引き金を引いた。
「な、ぁ……!?」
放たれた弾丸は三発。
いずれもが電動丸ノコを撃ち抜いていた。
煙をあげて漏電を起こし、即座にその役目を終える丸ノコ。それは、弱者に成り下がった男が"狩られる獲物"にまで落ちぶれた瞬間。
「オォラァッ!!」
拳銃を捨てたのと同時に錦山は駆け出して助走をつけると、男の顔面に飛び膝蹴りを叩き込んだ。
「ぐべ────」
鼻が砕け顔が陥没する手応えを感じ、錦山はセレモニーの幕を引いた。
動かなくなったヤクザを相手に残心を解くのも束の間。
「おうお前ら!ドッカンドッカン投げ込んだれや!!」
「!!」
船の外から響く声。錦山は聞き覚えがあった。
しかし、その顔を思い浮かべる時間は残されていない。
「クソッ!」
錦山の足元に放り込まれるのはピンの抜かれた大量の手榴弾。
背筋に氷が走るのを実感しながら、錦山は船首目掛けて全速力で駆け出した。
「うぉぉおおおおおおおお!!」
船上で倒れたヤクザ達も巻き添えになる爆発の中、船首から勢い良く海へと飛び込む錦山。
直後。
一際激しい轟音と共に、クルーズ船が火の海へと包まれていくのだった。
「はぁ……はぁ……」
背中に爆風を受けながら東京湾にダイブした俺は、どうにか自力で岸へと上がった。
もしも数秒でも飛び込むのが遅れていれば、今頃俺の身体は粉々になっていたはずだ。
(野郎……滅茶苦茶しやがって……!)
12月の東京湾という極寒の冷たさも手榴弾の熱波に比べれば幾分かマシに思えてくる。
全身が吹き飛ぶよりかは遥かに良いのは確かだ。
「錦山さん!」
声のした方を向けば、寺田が風間の親っさんを連れているのが見えた。その先から遥が駆け寄って来るのが見える。
どうやら無事に脱出できたらしい。
「大丈夫、おじさん!?」
「あぁ……ちょっとばかりヒヤッとしたがな」
安心させる為に頭を撫でようと手を伸ばすが、今の俺はどうも磯臭いので止めておいた。
それに、そんな事をしている場合じゃないのもある。
「くっ!」
突如、大量の光が俺達を眩く照らし出した。
嶋野組の連中が乗ってきた車のヘッドライトだ。
「はっはっはっはっは!」
高笑いを上げながら前に出てくる半裸の男とは、実に数日ぶりの再会になる。
スキンヘッドに猛虎の刺青。鋼の如き肉体と余りにも恵まれた体格。
そいつは東城会きっての超武闘派。あの"嶋野の狂犬"を飼い慣らしていた極悪非道の大親分。
「やっと会えたなぁ……錦山ぁ!」
東城会直系嶋野組組長。嶋野太。
風間の親っさんと並ぶ東城会の大幹部が、抜き身の日本刀を片手で担ぎながら現れた。
「それと……風間!ヘヘヘヘ……コソコソしやがって」
「嶋野……!」
睨み合う親っさんと嶋野。この二人は堂島組時代から犬猿の仲だったと聞いている。まさに因縁の相手という訳だ。
「寺田はん。アンタ……大吾のガキ裏切ってワシに付くフリ見せてたけどなぁ。そんなん裏の裏まで全部お見通しや。ずっと、見張らしてもろてましたわ」
「くっ……!」
苦虫を噛み潰したような顔をする寺田。
寺田は風間の親っさんの指示で東城会に探りを入れる役目をしていたと言う。その過程で任侠堂島一家や嶋野組とのやり取りを裏でしていたはずだ。
嶋野の言う"大吾を裏切る"や"ワシに付くフリ"ってのは、その時の行動を示しているのだろう。
「風間。お前、近江を隠れ蓑にして小賢しい事逃げ回ってみたいやけどな……近江連合と繋がっとるんがお前だけやと思うとったら大間違いやで」
「なに……?」
嶋野が口にした直後、示し合わせたかのように別方向からヘッドライトの洪水が埠頭へと流れ込んできた。
十数台にも及ぶ黒の車。
そこから姿を表したのは、スーツ姿の極道たち。
そして。
「また会うたなぁ……錦山」
「テメェは……」
パンチパーマと長い手足が特徴の男は、俺がミレニアムタワーで拳を交えた"西"からの刺客。
「近江連合の、林……!」
五代目近江連合の林 弘。
仕事の手際とタフさが特徴のやり手だ。
「林……!?お前こないなとこで何しとるんや!?」
「寺田はんこそ、近江の本部長ともあろう者がこんなところで何しとるんですか?」
驚愕する寺田と訝しむ林。
近江連合の極道同士である彼らが相対している所を見ると、日本最大の組織も一枚岩じゃないらしい。
「林はワシのビジネスパートナーや。100億獲ったら分け前をやる代わりに協力する、言うてな」
「えぇ、嶋野はんには良うしてもろてます」
「なるほどな……合点がいったぜ」
嶋野と林の関係性が見えた事で、また一つ謎だった部分にピースがハマる。
「ミレニアムタワーで近江連合の林が遥を奪おうとしたのは……嶋野。テメェの差し金だな?」
何故実力派である林がわざわざ大阪から子供一人を拉致する為だけに東城会の膝元である神室町にまで来たのか。そして 何故東城会の睨みがあるはずの中で街にすんなり入れたのか。
それは東城会内部に関西と繋がっている裏切り者が居るからであると、俺は賽の河原で情報を買った時に仮説を立てていた。
そして、その仮説が正しかった事の証明が今なら出来る。
「近江連合を引き込んで100億を狙う東城会内部の裏切り者……それがテメェだ、嶋野!」
100億の鍵を握る遥を拉致って金を奪い、近江連合を後ろ盾にして東城会の跡目を獲る。
嶋野がどこまで遥の価値を分かってるかは不明だが、神宮との関係の事まで掴んでいるのであれば蛇華のラウ・カーロンと同様にその事で神宮を強請って裏金をせしめる所まで計算ずくのはずだろう。
まさに虎視眈々といった所だろうか。
「極道は所詮"チカラ"が全てや。チカラの無い組織は、より強い組織に喰われてその血肉になる。それが自然の摂理っちゅうもんや」
「くだらねぇ……偉そうな事言って、実際は近江に媚びて尻尾振ってるだけじゃねぇか。東城会の極道としてのプライドはねぇのか!!」
「それこそくだらん拘りや。テッペン獲る為やったら不要なモンを切り捨てる。それも出来んとそんなモンに固執し続ける。せやからおどれは青二才なんや、錦山」
やれやれと呆れる様子の嶋野だが、呆れ果ててるのはこっちの方だ。
裏切ってのし上がるようなやり方をし続ければ、いずれ自分が裏切られるのは自明の理。
裏切りの結果東城会を獲った挙句に、嶋野はその東城会を近江へと売り渡すような真似をしようって言うのだ。仮に嶋野が跡目を獲った所で既存の東城会の極道から反感を買うに決まってる。下手をすりゃ、第二第三の内部抗争が勃発する事にもなるだろう。
もっとも 嶋野の中ではそうならない為の方法もあるんだろうが、いずれにせよその野望を成就させる訳にはいかない。
「お前といい、大吾と言い……ホンマ、考えも脇も甘いわ。ガキは貰ってくでぇ。お前らはここで終いやけどなぁ」
「チッ……!」
だが、状況は深刻かつ残酷だった。
敵は嶋野と近江の連合部隊。頭数も百は下らない。
対してこちらの戦力は俺と寺田が率いていた兵隊のみ。
いくら古牧流の修行をして強くなったとは言え、遥と親っさんを守りながら百人を相手に戦うのはあまりにも現実的とは言い難い。
戦力差は火を見るより明らかだ。
「フッ……嶋野よ」
「なんや?」
でも、勝敗はそうじゃなかった。
「お前さんも────相当脇が甘いぜ」
そう。俺は失念していたのだ。
俺の敬愛する渡世と育ての親。風間新太郎は。
"絵を描く"事において右に出る人物は居ないという事に。
「あぁ?」
嶋野が怪訝な声を上げた直後、エンジン音をと共に埠頭へとやってきたトラックが俺達の前で停車する。
台数は四台。その先頭車両の運転席から降りてきたのは、俺にとって非常に懐かしい顔だった。
「親父!」
鼻のあたりに走る傷跡。オールバックの髪型には少し白髪が混じっているが、その風貌から漂う威圧感は忘れようが無い。
風間の親っさんが育ての親なら、この人はさしずめ育ての兄貴って所だろう。
「柏木さん!」
東城会直系風間組若頭。柏木修。
長年 風間の親っさんの右腕として組を支えてきた忠臣。
俺に空手と喧嘩のイロハを叩き込んでくれた恩師だ。
そして。
「俺も居るぜ、錦山」
二台目のトラックから降りてきた男にも、俺は見覚えがあった。
柏木さんと共に親っさんを支えてきた、三次団体の長。
「松金の叔父貴!」
「おう!」
東城会直系風間組内松金組組長。松金貢。
神室町の中では数少ない、俺の味方でいてくれる事を約束してくれた仁義ある極道だ。
「遅せぇぞ柏木、松金」
「へへっ、もうすぐクリスマスですしね」
「俺達からの、屈強なプレゼントです」
得意げに笑う柏木さんと松金の叔父貴。
そんな二人に呼応するように、トラックの荷台から次々と男達が飛び降りて来る。
風間組と松金組の構成員による増援部隊。トラック一台あたりにおよそ二十人。
合計で約八十人相当の極道達が俺達の味方に付いた。
「錦山……随分苦労したみてぇだな。松金から話は聞いてたぜ」
「フッ……柏木さんこそ。久しぶりに会えて、俺ァ嬉しいですよ」
これで戦力差はかなり埋まった。
兵隊の数じゃまだ嶋野側に分があるが、この程度は誤差の範疇だ。
勝機は十分にある。
(なるほど……親っさんはこれを待ってたって訳だ……!)
嶋野が策を巡らせてるのと同じように、親っさんもまたこの事件の裏で絵を描いていたのだ。
撃たれた傷を庇いながら隠れ潜んで生き長らえ、寺田を裏で暗躍させつつ情報を整理し、跡目や遥たちを狙う連中を炙り出す。
そして、その敵がハッキリしたところを総動員で迎え撃つ。
決して多くは語らない風間の親っさんだが、その目はきっとこの状況になる事すらも全て見通していたに違いない。
東城会一の殺し屋。風間新太郎。
俺の敬愛する親っさんは、戦略を練らせれば右に出る者は居ないのだ。
「なんや、風間組はやる気みたいやなぁ」
「ほな、ワシらも一丁やったりましょうか。嶋野はん」
嶋野組と近江連合。
二つの組織のヤクザ達が目を血走らせる。
十秒後にはここは戦場と化すだろう。
でも、負ける気はしない。
「柏木。久々の喧嘩だ。腕は訛ってねぇな?」
「フッ……松金こそ、ヒヨッてんじゃねぇだろうな?」
"仏の松"と"鬼柏"。
風間組が誇る両翼と、その二人が率いる風間組の屈強なプレゼント達。
そして。
「柏木さん、松金の叔父貴……俺が居んのも忘れんで下さいよ」
元堂島組若衆。錦山彰。他ならぬ俺自身。
未だ肩書のない出所明けのチンピラだが、十年前の俺とは訳が違う。
刑務所で徹底的にカラダを鍛え上げた。娑婆に出てから色んなヤツらと喧嘩に喧嘩を重ねて。古牧流の技も全て修めた。
ここに至るまでに俺は、誰にも文句を言わせないくらい努力を重ねてきたんだ。
そんな俺が今、この場に立ってるんだ。
「悪ぃが…………今日は俺の日ですよ!!」
負けるなんて、あるわけが無い。
「フッ……言うようになったじゃねぇか、錦山」
「ウチの海藤が目を付けるだけの事はあるな……益々気に入ったぜ」
柏木さんと松金の叔父貴もまた、俺の両脇で構えを取る。
それに呼応するかのように、風間組のプレゼント達も次々と拳を握る。
嶋野組と近江連合。
風間組と松金組。
対峙すべくして対峙した男たち。
その血で血を洗う大喧嘩は。
「よっしゃ!血の雨降らしたるわ!!」
刀を掲げた嶋野の号令により、幕を開けた。
次回も喧嘩です。