錦が如く   作:1UEさん

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最新話です。
全編通して喧嘩シーンとなります。


ReceiveYou ─Re:vive─

「よっしゃ!血の雨降らしたるわ!!」

 

2005年12月15日。

嶋野、近江の連合軍と風間組による大喧嘩は、その叫びを合図に勃発した。

 

「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」

 

怒号を上げた男たちが、文字通り正面から激突した。

拳。蹴り。ドス。ナイフ。警棒。バット。メリケンサック。トンファー。バール。ゴルフクラブ。鉄パイプ。日本刀。拳銃。

この世に存在するありとあらゆる暴力が、両組織が入り乱れた中で行使される。

 

「オラッ!」

 

風間組の極道が拳を振るえば。

 

「ボケェ!」

 

嶋野組のヤクザはドスで突き刺し。

 

「ウラァ!」

 

松金組の若衆が蹴りを飛ばせば。

 

「クソがァ!」

 

近江連合のチンピラが鈍器で殴りつける。

 

「この野郎!」

「いてもうたる!」

「ダボがァ!」

「死にさらせ!」

 

暴力が暴力を呼び、報復は新たな報復を生み出す。

"殺られたら殺り返す"。

裏社会に足を踏み入れた男達の、愚かで不器用な生き様の体現がそこにはあった。

そんな暴力の荒波の中。

並み居る敵を寄せ付けない強者達が一定数存在する。

 

「オォラッ!!」

 

気合いと共に嶋野組のヤクザを殴り飛ばしたのは、東城会系松金組の組長。松金貢だ。

義理人情に重きを置く昔気質の極道である松金。

その優しさと器の広さから"仏の松"などと言われている彼だが、ひとたび喧嘩となれば話は変わる。

 

「もっと来いや!」

 

全盛期を過ぎたとは言え彼の本質は極道者。眼前に迫る敵を見境無く殴りつける姿は、まさに"喧嘩"と呼ぶに相応しかった。

 

「死ねや!」

 

迫り来る近江のヤクザの一撃を恐れず、豪快な右フックでノックアウトする。

 

「このボケ!」

 

鉄パイプを持った嶋野組が襲いかかるが振り下ろされるそれを手で掴み取ると、ガラ空きとなった腹部に拳をねじ込む。

 

「ぐぉっ!?」

「オラァ!」

 

怯んだヤクザの顎を松金は渾身のアッパーでカチ上げる。脳震盪を起こしたヤクザが糸の切れた人形のように地面へと沈んだ。

 

「死ねやボケがァァァ!!」

 

怒号を上げた敵がドスを構えて松金へ特攻を仕掛ける。

アッパーカットの打ち終わりに襲いかかられた松金は、一瞬の出来事に反応が遅れた。

 

「チッ……!?」

 

その一瞬が命取り。

一秒後、松金の腸は刃で貫かれる。

 

「セッ!!」

 

その決定事項は、横合いから飛び出た正拳突きがドスを叩き折る事で覆った。

 

「なっ!?」

「ハッ!!」

 

驚愕するヤクザの側頭部に回し蹴りが炸裂し、横薙ぎに倒されたヤクザはそのまま動かなくなった。

 

「油断してんじゃねぇぞ松金!」

 

助太刀ならぬ"助突き"に現れてそう一喝した男は、松金にとっては苦楽を共にした兄弟分。

 

「柏木!」

 

東条会直系風間組若頭。柏木修。

"鬼柏"の異名を取る風間組No.2の実力派極道は、腰を落とした空手の構えを取って松金の背を護る。

 

「お前は昔っから隙がデカいんだよ!」

「すまねぇな柏木!でも、これが俺の喧嘩だァ!」

 

言うが早いか再び右のオーバーハンドフックでヤクザを打ち倒す松金。

 

「ふん、相変わらずだな!」

 

対する柏木は重く鋭い空手の打撃でヤクザを沈めていく。

 

「このボケェ!」

 

バットの一撃をいなし、正拳突きをヤクザの胴体に"捩じ込む"。

 

「いてまうぞコラァ!」

 

メリケンサックの一撃を距離をとって躱し、下段蹴りでヤクザの片足を"蹴り壊す"。

 

「ぶち殺したるわ!」

 

振りかざされたドスの持つ手を掴み、がら空きの胴に貫手を"突き刺す″

 

「セッ、ハッ、セェイッ!!」

 

手足すべてがまさに凶器。

柏木の振るう技の数々は的確に人体を破壊する威力を持っていた。

 

「どぉらぁぁああッ!!」

 

そして、ここにもう一人。

並み居る敵を寄せ付けない猛者がいる。

 

「な、なんなんだコイツ!?」

「バケモンじゃねぇか……!」

 

戦々恐々とする風間組の極道達の視線の先に居るのは。

 

「おう、こんなもんやないやろ?もっと気合い入れてかかってこんかい!」

 

五代目近江連合舎弟頭。林 弘。

喧嘩の強さと仕事の手際から、若くして幹部衆に取り立てられた関西ヤクザ。

凄腕と称された彼の喧嘩の実力は、得物を持つ事で数倍に跳ね上がる。

 

「シャァァッ!!」

 

と言っても、林の持つ得物は何も特別なものでは無い。

言ってしまえばどこにでもある、ただの鉄パイプだ。

しかし、林が扱う事によってその認識は覆される。

 

「ぎゃっ!?」

「がぁっ!?」

 

両手に持ったそれを勢いよく振り回し、顎や頭と言った急所を的確に殴り砕く。

 

「この野郎!」

 

相手の得物による攻撃も片手の鉄パイプで受け、もう片方のパイプで胴を突く。

 

「ごっ!?」

「ドリャァ!」

 

鳩尾に入り苦しむヤクザの側頭部をパイプで殴り抜き、昏倒させる。

鉄砲玉やチンピラがただの長物として扱うのとは訳が違う。

殴る、打つ、突く。

受ける、守る。流す。

攻防一体の全てをその二本だけで賄い、並み居る極道を次々に薙ぎ倒す事を可能とするそれはまさに"武具"と呼ぶに相応しいだろう。

 

「おい、柏木……」

「……あぁ」

 

そして。

 

「あ……?」

 

そんな猛者同士が巡り会った時。

 

「……二人がかりでやるぞ、松金」

「おう……!」

「ほぉ……中々骨のありそうな奴らやないけ」

 

闘いは、加速する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無我の境地。

波紋の一つも無い程に澄み切った精神状態。

それは俺に、いかなる事象にも動じない心の余裕を。

そして、あらゆる事象を鮮明かつ正確に知覚出来る鋭敏な感覚を齎してくれる。

敵の動き。攻撃の動作。

それを視認した時点で次に打つべき最適解が脳裏に浮かぶ。後はそれを実行に移すのみ。

 

「錦山ァァァ!!」

 

───鉄パイプ振り下ろし。

右に避けつつ"古牧流・捌き打ち"

アッパーで顎をカチ上げ昏倒。詰み。

 

「覚悟しろやボケェ!」

 

───ドス刺し。

半身の入れ替えと同時に回避。

持ち手に膝蹴りを入れて腕を破壊。

顔面に右フック。詰み。

 

「死ねコラァ!!」

 

───トンファーの突き。

後ろに距離を取って躱し、腹に前蹴り。

怯んだ所にハイキックで顎を蹴り上げ。詰み。

 

「錦山、このガキ……!」

「余裕かましおって……!」

 

忌々しげに呟くヤクザ達の言葉が聞こえる。

十秒もしない内に三人の味方が倒されればそうもなるだろう。

そして、彼らの単細胞ぶりは実に都合がいい。

頭に血が上った彼らは、今の俺の余裕から"ナメられている"と捉える。

すると彼らは感情と熱量だけで発生させた"暴力"でもって俺を制圧しようとするのだ。

粗と無駄にまみれたそれは非常に隙を突きやすく御しやすい。

しかし、彼らはそんな事にも気付かずに力任せに暴れるだけだ。

 

「───フッ」

「後悔させたるわボケェ!」

「死に晒せやァ!」

 

その愚かさにこぼれた僅かな嘲笑。

敵たちはそれすらも怒りのスパイスとして加え、苛烈で粗い暴力による訴えにより一層の力を入れる。

まさに悪循環。ヤクザ達が怒りを暴力に変換すればする程、彼らは俺により追い詰められて行くのだ。

 

「オラッ」

 

───雑な右のフック。

スウェイで背後に回り込んでワンツー。

たたらを踏んだ所で下顎に右ストレート。詰み。

 

「うぉぉっ」

 

───背後からの打撃。

古牧流・無手返し。振り向きざまの掌底打ちで迎撃。

倒れた所にサッカーボールキック。詰み。

 

「デリャッ」

 

───真横からのハイキック。

しゃがんで避けつつ相手の軸足に足払いのローキック。

転倒した直後を狙って顔面に鉄槌。詰み。

 

「このボケェ!」

 

───背後から羽交い締め。

 

「よっしゃ、そのまま抑えとれ!」

 

───正面から金属バットの振り下ろし。

前屈みになりつつ首を捻る。

 

「ぎゃっ!?」

 

バットが背後のヤクザの頭を打ち、俺を戒める拘束が解かれる。

 

「なっ!?」

 

バットを持ったまま硬直するヤクザの手を掴み、鼻柱に肘鉄。胴に膝蹴りし前屈みにダウン。詰み。

 

「な、ぁっ……!?」

 

バットで叩かれたヤクザに接近。

レバーブローで悶絶させ、アッパーと鉄槌で打ち倒す。後頭部を踏みつけ。詰み。

 

「ぎぇっ!?」

「あがっ!?」

「ぐぉぅっ!?」

 

詰み。詰み。詰み。

迫り来るヤクザを的確に捌いて潰していく。

最小限の労力で最大限の効果を発揮し続ける。

それが"無我の境地"最大の強みだ。

だが、強大な力にリスクが付き纏うのは自明の理。

 

「──ハッ……ハッ……!」

 

ここまで無双の如き活躍を見せた"無我の境地"

その最大の弱点は、二つある。

一つは長続きしない事。

"無我の境地"と言えば聞こえはいいが、実際は脳細胞に加速を要求し 神経に過度なレスポンスを強要する事でこの超集中とも言うべき状態を維持しているのが現実だ。

この状態を維持しようとすればするほど、俺の肉体には多大な負荷がのしかかり続けるのだ。

そして、もう一つ。

 

(──そろそろか)

 

それは、"無我の境地"が途切れた瞬間、俺に莫大な反動が襲ってくると言う事。

脳細胞と神経の酷使によるツケを払わされ、体調の悪化とそれに伴う戦闘力の大幅な低下が確定する。

この状況でそんな事になればどうなるか、なんてのは火を見るより明らかだ。

 

(──早々にケリをつけよう)

 

時間が残っている内にこの抗争に決着を付ける。

そう決議したら、取るべき行動は一つだけだ。

 

「どぅりゃぁぁぁああ!!」

 

少し先のところで上裸で日本刀を振り回す大男に狙いを定めた俺は、静かにスタンバトンを取り出すと背後から気配を消してソイツの元へと向かう。

 

「てぇぇぇぇい!!」

 

大男が右手に持った日本刀を木の枝のように軽々振り回すと、ソイツの前は文字通り血の海に染まった。

 

「かっ───────」

「ぎゃあっぁああぁぁっ!!?」

「あごっ─────────」

 

首が飛び、腕が落ち、胴が両断される。

夥しいほどの返り血を浴びながら死体を量産するスキンヘッドの大男。ソイツが手に掛けているのは当然、風間組や松金組の極道達だ。

 

(──仕留める)

 

これ以上の暴虐は許さない。

確固たる決意と共に背後から接近した俺は、気配を悟られる前に背後からソイツに襲いかかった。

 

「ぬぅっ!?」

 

脊椎の辺りにシャフトを当ててスイッチを押す。

最大出力で放出された高圧電流が大男を襲い、瞬間的な全身麻痺を引き起こす。

 

「──フッッ」

 

日本刀を手放して両膝を着く大男の首元に抱きつき、腕を回して首を絞める。

チョークスリーパー。頚椎を締め上げて失神させる関節技の一つだ。

 

「ぐ、ぉ、ぅ……!」

「──チッ」

 

直後、俺はこの作戦の失敗を悟る。

大男は全身を苛む痺れの中で、顎を引いていた。

背後から首に回した腕は、大男の下顎に阻まれている。

つまり俺の腕は今、大男の首を完全に締め上げていないのだ。

 

「ぅぅ、ぅおおおおおおおおお!!!!」

 

大男は俺の腕を掴むと力づくで引き剥がし、そのまま腕力だけで前へと放り投げた。

 

「──ハッ」

 

俺は地面に激突する瞬間、受身を取って身体を回転させる事で勢いを殺した。

背後を取られないよう即座に振り返り構えを作る。

 

「やってくれるやないか、錦山……!」

 

そうしてやり過ごした俺の視線は、日本刀を拾い上げた上裸の大男へと向けられる。

2メートル近い巨躯。分厚い筋肉の鎧と、その上に見える猛虎の入れ墨。

スキンヘッドの頭は返り血で染まっており、そのおっかない顔面を更に凶悪なものにしている。

 

「──嶋野」

「このガキ……ここでワシが息の根止めたるわ!!」

 

東城会直系嶋野組組長。嶋野太。

残虐非道の最凶ヤクザとの"タマ殺り合戦"が幕を開けた。

 

「シェェアァァァ!!」

 

嶋野が右手で振り上げる日本刀。

一秒後に振り下ろされるその斬撃は、空間ごと断ち斬るかの如き速さと重さを有しているだろう。

 

「─ハッ」

 

距離を取ってその一太刀を躱す。

風を引き裂いた鋼の刃は、アスファルトの地面に突き刺さる。

 

「─セィッ!!」

 

嶋野が刀を抜くよりも早く、俺は嶋野の側頭部にハイキックを叩き込んだ。

腰の回転を乗せた完璧な一撃。

 

「ぐ、ぬぅ……!!」

 

だがその威力は、奴の太い首に吸収されていった。

 

「─チッ」

「ドラァァァ!!」

 

刀を引き抜いた嶋野が横薙ぎにその太刀を振るう。

軸足で地面を蹴って飛び退いた直後、鈍色の刀身が空を切る。

あと一秒行動が遅ければ俺の胴は下半身と泣き別れていたであろう。

 

(─まずは刀を潰す)

 

あの怪力で振り回される日本刀は厄介だ。

新藤のように隙のない太刀筋とは違う力任せの扱いだが、血の海に沈んだ風間組や松金組の極道たちを見ればその脅威は一目瞭然。

 

(─警棒ではダメだ。ドスもリーチが足りない。なら……!)

 

加速する脳細胞が導き出した答えに従い、俺は両手をポケットに突っ込む。

 

「ぬぅ、ぅらァ!!」

 

迫り来る嶋野が刀を振り上げる。

だが 俺の方が早い。

 

「ぬぅ!?」

 

キン、と甲高い音が響く。

俺が選んだ得物──メリケンサックを嵌めた拳が嶋野の刀を弾いたのだ。

 

「ナメおってぇ!!」

 

─右斜め上から左斜め下にかけての袈裟斬り。

左に身体を傾けつつ刀身の横腹に左フック。

 

「デャァ!」

 

─左から右にかけての薙ぎ払い。

刀身の真正面から右フックで迎撃。

 

「ぬぉっ!?」

 

大きく体制を崩す嶋野。

明確に晒されたその隙を利用しない手は無い。

 

「─うぉぉぉぉおおッ!!」

 

鋼の手甲で嶋野のボディに連続で拳を叩き込む。

素手では普通に殴っただけでは通りにくいその拳も、これならまともなダメージになりうる。

 

「─セイヤッ!!」

 

怯んだところに畳み掛けるように、上段と中段における突きを同時に放った。

 

「ぐぁぁっ!?」

 

鼻を折り 鳩尾を突いたその一撃は、嶋野に片膝を付かせた。

俺が勝負を決めにかかろうとした、その直後。

 

「う、っ……!!」

 

激しい頭痛と目眩が襲い、俺はその場で膝を着いた。

それは脳細胞と神経の酷使によるバックファイヤのよるもの。

即ち────"無我の境地"の時間切れだ。

 

「く、そ……!」

 

気を抜けば気絶してしまいかねない程のそれに必死に抗う。

頭を内側から金槌で叩かれているかのような頭痛と共に視界が明滅し、地面が歪む。

とてもじゃないが立っていられない。

 

「錦、山ぁ……!」

 

頭上から嶋野の声が落ちてくる。

この僅か数秒の間に戦線復帰を果たしたらしい。

 

「し、まの……!」

「このガキ……覚悟せい!!」

 

そのタフネスにうんざりしたのも束の間。

俺は嶋野の圧倒的腕力でいとも簡単に持ち上げられ、米俵の如く抱え込まれた。

 

「どっせぇぇい!!」

 

直後。全身に訪れるのは浮遊感。

まるでジェットコースターに乗ったかのような風の抵抗。

 

「!!」

 

そんな中視界に写ったのは、こちらに迫り来る一台の車。

確信する。あれに当たって俺は死ぬ。轢き殺される。

 

(────────!!!!!!)

 

停滞していた脳細胞が命の危機を前にして活性化。光の速さで回転を始める。

直後、俺の肉体が導き出した応えはほぼ脊髄反射に近かった。

 

「────ッッ!!」

 

空中へと投げ出された俺はあえて頭から地面へと向かっていき、両手で地面を叩くように受け身を取り身体を跳ね上げる事で車の突進を回避する。

"古牧流・猫返り"。強力な攻撃を受けた際に即座に戦線復帰を可能とする、古牧流の受け身技。

じいさんとの修行の中で染み付いた動きが自然と出た瞬間だった。

 

「ハァ……ハァ……!」

 

ファイティングポーズを取って嶋野を視界の中に入れ、未だ苛む頭痛を無視して目眩を気合でねじ伏せる。

この男を相手に、痛いだなんだと言ってなど居られない。

 

「錦山ぁぁぁあああああ!!」

「クソッ……!!」

 

嶋野との闘いはまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

芝浦埠頭で幕を開けた嶋野組と風間組。そして近江連合を巻き込んだ一大抗争。

殺らねば殺られる極限状態の中、猛者達の闘いが激化の一途を辿っていた。

 

「かかって来いやぁ!!」

 

鉄パイプを振り上げる長身のヤクザ。林 弘。

若くして近江連合の幹部に上り詰めた実力派。

 

「オラァァァ!!」

 

そんな林に雄叫びと共に殴り掛かるのは松金 貢。

東城会系の極道である彼は武器を持った林に対して臆する事無く素手の真っ向勝負を仕掛ける。

 

「ぐっ、ぬぅおらァ!!」

 

林の振り抜いた鉄パイプが松金の脇腹に直撃する。

松金はそのパイプを左手で掴んで固定すると、残った右手で豪快なフックを叩き込んだ。

 

「こ、んのボケ……!」

「なに……!?」

 

松金にとって確かな手応えのある一撃だったが、林のタフネスは彼の想像を上回っていた。

鼻から血を流しつつもほとんど動じていない林に僅かに戦く松金。

 

「ドォラァ!」

 

林はその隙を突いてもう片手の鉄パイプを振り上げる。

そのまま無防備になっている松金目掛けて凶器を振り下ろす。

 

「させねぇよ!」

 

しかしその一撃は横合いから伸びた第三者──風間組若頭の柏木修の手によって阻まれた。

 

「オラァッ!」

 

柏木は鉄パイプを掴むと、ガラ空きとなった林の胴に正拳突きを叩き込む。

 

「ぐほぉ!?」

 

たたらを踏んで後退りする林。

これを好機と見た柏木は追撃を加える為に拳を振り上げる。

 

「ボケが、ァッ!!」

 

だが林はそれを許さなかった。

コンクリートブロックを容易く打ち砕く柏木の正拳突きを受けながらも、その痛みをねじ伏せて反撃に転じたのだ。

 

「くっ!」

 

林の放った膝蹴りに腹部を打たれた柏木が苦悶の表情を浮かべる。

 

「柏木っ!この野郎ぉ!」

 

柏木の援護に回った松金が掴んでいた鉄パイプを離して林に前蹴りを叩き込む。

両者を引き剥がすことで無理やり距離を作った松金は柏木を庇うように前へと立った。

 

「平気か、柏木……?」

「あぁ……大丈夫だ」

 

痛みに顔を歪めながらも立ち上がる柏木。

 

「チッ……やってくれるやないか」

 

対する林は首を数回鳴らしながら鉄パイプを持った手首を軽く回す。

未だに余裕を見せる林に対し、柏木たちは策を講じる必要に迫られた。

 

(野郎、俺ら二人を相手にこうもやるとはな……想像以上に出来る奴だな)

 

仏の松と鬼柏。

風間組が誇る二人の武闘派を相手に互角以上の闘いを繰り広げる林。パワーやタフネスは勿論、喧嘩における直感の良さやセンスもずば抜けていた。

 

(だが……突破口が無いわけじゃねぇ)

 

そんな林の数少ない弱点に気づいたのは、意外にも松金の方だった。

 

(俺の拳は耐えきってたが、柏木の正拳突きは僅かに効いてた様子だった。野郎に有効打を与える事が出来んのは柏木……となりゃ)

 

ふと、松金は柏木に視線を向ける。

 

「!」

 

それに気づいた柏木は、敵に悟られない様に微かに頷く。

それはまさに阿吽の呼吸と呼ぶに相応しかった。

 

「行くぞコラァァァアア!!」

 

怒号をあげた松金が林に真っ向から襲い掛かる。

 

「ドラァ!」

 

林が右手の鉄パイプを斜めに振り下ろす。

頭部を狙ったその一撃を、松金は左腕を盾とする事でやり過ごす。

 

「ぐっ、ぬぉぉぉ!!」

 

腕に走る鈍痛をものともせず距離を詰めた松金が右の拳を繰り出した。

狙いは顔。力任せの豪快な一撃。

 

「ッ!」

 

林がすかさず左手の鉄パイプを翳して防御の姿勢を取る。

生身の拳では、鉄を砕く事は出来ない。

林の防護策は非常に理にかなったものだ。

しかしそれは。相手の攻撃手段がパンチであることが前提である。

 

「なッ!?」

 

林が驚愕の声を上げたのは、松金が振り抜いた拳を途中で開いて鉄パイプを掴み取ったからだ。

 

「フッ!」

 

松金はその勢いのまま左腕に当たっていた鉄パイプを跳ね除けると、林の腰にタックルを仕掛けて流れるように背後を取った。

 

「お、おどれッ!?」

 

左腕で受けた鉄パイプも、振り上げた右拳も全て布石。

松金の狙いは最初から林の懐に飛び込む事。

 

「今だ、柏木ィ!!」

 

そして、林を羽交い締めにして自由を奪いこの状況を作り上げる為のものだったのだ。

 

「フーッ……─────」

 

松金が文字通り体を張って生み出した絶好の機会。

それに対して柏木は、過去最高にして最強の技で応える。

 

「─────ッッ!!」

 

刹那。

数メートル離れていたはずの林と柏木の距離が一瞬にして零となる。

肉薄とも呼べる距離にまで接近した柏木が、腰だめに構えた"それ"を解き放った。

 

「────ォォオオッッ!!!!」

 

空手における基本中の基本。正拳突き。

相手の正中線に真っ直ぐに拳を突き出すだけの単純な攻撃。

しかし。"鬼柏"と呼ばれ恐れられた柏木が万全の状態で放つそれは、ただの空手家が放つそれとは訳が違う。

完璧な呼吸と脱力を持って突き出されたその一撃は、まるでマグナム弾の如き重さと鋭さ。何より目にも止まらぬ"疾さ"をもって林の胴を完璧に捉えた。

 

「ガハッ!!?」

 

林の肉体を衝撃波が貫いた。

肉を潰し、内臓を透過し、骨を軋ませるその圧倒的破壊力を前に林の肉体が悲鳴を上げる。

 

「くっ……!」

 

その衝撃波は松金にも伝わり、二人の身体を数メートル後方へ吹き飛ばした。

 

「ウォォオッ!!」

 

松金は林を抱えたまま倒れないようにその衝撃を堪え切ると、林の腰に手を回して固定し雄叫びを上げながら林の体を持ち上げた。

 

「ォォラァァアアッ!!」

 

そのまま背中を反らせるように倒れ込み、林の身体を後ろ向きに叩き付ける。

 

「が、ぁ……!」

 

見事なジャーマンスープレックスを受けた林の身体から力が抜ける。

勝利を確信した松金が起き上がると、林はそのまま大の字に倒れた。

 

「はぁ、はぁ、へっ……ざまぁみやがれってんだ」

「やったな、松金」

 

労いの言葉をかけた柏木が松金の元へと歩み寄る。

しかし、突如として彼は血相を変えた。

 

「っ、松金ェ!!」

「あ?」

 

声を上げて駆け出した柏木が目にしたもの。

それは。

 

「こ、の…………!」

 

鉄パイプを持って立ち上がった林の姿だった。

 

「な、テメ────」

「ボケがぁッ!!」

 

松金が異変を感じて振り返った時にはもう、林は鉄パイプを振り下ろしていた。

 

「ガッ!?」

 

衝撃。激痛。金属音。

松金がこの三つを知覚した直後、その頭部からは多量の血が流れ出していた。

 

「この野郎ォォォ!!」

 

怒りに駆られた柏木が再び林との距離を一瞬で詰め、腰だめに右拳を構える。

林はこれに対し、二本の鉄パイプを交差させる事で防御の姿勢を取る。

 

「セェィヤッ!!!!」

 

そして激突。

先程よりも強い威力の乗った正拳突きは、林の持った二本の鉄パイプを一瞬で捻じ曲げて使い物にならなくさせた。

 

「ぐふ、っ……!」

 

衝撃で後退せざるを得なかった林が膝を突いて口から血を零す。林にとって、先程受けた正拳突きは致命傷に近かった。

 

「松金!しっかりしろ松金!」

「ぁ…………ぅ…………」

 

頭部から血を流して微かな呻き声をあげる松金。

そんな彼に手を差し出そうとし、柏木は気付いた。

 

「なに……!」

 

それは己の右拳の異常。

瓦やコンクリートブロック、木製の板やバットなどを持って殴り割ってきた柏木の拳であっても、鉄パイプを正面から殴ってはタダでは済まなかったのだ。

 

(親指以外が全部折れてやがる……これじゃ拳を握れねぇ……!)

 

利き手の負傷。空手家にとってこれ以上の痛手は無い。

 

「ホンマ……やりよるわ、アンタ……」

「!」

 

柏木が振り返った先にいたのは、口元から垂れる血を拭った関西の極道。

両手に持った武器を失った彼は、いち早く素手でのタイマンに持ち込むつもりでいた。

 

「今度こそ……殺らせてもらいまっせ……!」

「チッ……!」

 

すぐさま構えを取る柏木。

折れた右手。戦闘不能の相方。

相手は手負いと言えど五体満足の関西ヤクザ。

圧倒的不利と言えるこの状況。

 

「行くでぇ!」

「ォォオオオッ!!」

 

それでも柏木は吠えた。

己に流れる"極道の血"に従って。

 

 

 




次回、嶋野戦。

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