男性トレーナーが走りまくるスズカを抑えるために膝枕付きの耳掃除をする。

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スズカの耳を掃除したい

 サイレンススズカはG1未勝利ながらも人気が出てきたウマ娘だ。

 彼女の走りはハイペースの大逃げで、スタートからゴールまで常に1番になり続けて勝つ姿に見る人が惚れていく。

 つい昨日の5月30日に走った金鯱賞のレースでは2着に大差をつけての圧倒的勝利ということもあって、さらに人気が上がっていく。

 1人で逃げていく姿に『速さは、自由か孤独か』という見出し記事になるほど注目度がある。

 またアイドル面ではスレンダーな外見から『最速の機能美』と。

 他にもいつもはクールなのに時々見せてくれる天然な発言や行動がかわいいとも。

 

 だがトレーナーの俺は本当のスズカを知っている。あの子は全然クールじゃない。

 俺が24歳になったばかりの新人男性トレーナーながらも、ただ走ることしか考えていない危ないウマ娘だと思うほどだ。

 趣味は走ること。それは雨にも強風にも負けず、雪の寒さや夏の暑さにも負けないほどに走るのが大好きな子だ。

 どれくらい好きかというと、練習メニューが終わった時にクールダウンと称して普通に走り続けるし、休みの日には山へと走ってくるぐらいに。

 しかも道がなくても山の中を走り、人がいないところは最高ですと見惚れるほどに素敵な笑顔を見せるほどにだ。

 

 そんな走りすぎるスズカを休ませるために説得やご褒美、友人であるエアグルーヴからのお願いでもスズカは走った。

 定期的に病院での検査では問題ないけど、それでもこれが続くのは心配だ。

 だから俺は実力行使をすることにした。

 それは耳掃除だ。前もってエアグルーヴの耳で3度練習したから準備は完璧。

 

 人でもウマ娘でも自分自身で耳を掃除するのは見えないところがあるため、どうしても耳垢が残る部分がある。

 そこを上手に取れれば、さらに速くなるとスズカに伝えるとすぐやりましょうと物凄く真面目な顔で俺に迫ってきた。

 このことを伝えたのは早朝練習の時だったため、やるのは時間がある放課後ということになった。

 

 そして放課後になって多くのウマ娘が晴天のグラウンドで練習している今、耳掃除をするために俺は制服姿のスズカと一緒にトレーナー室にいる。

 4人掛けのソファーに座る俺の太ももの上にはスズカの頭があり、腰ほどまでにある栗色の美しい髪は床へと着かないように手で髪を集めてスズカの体の上へと乗せている。

 ソファーの端っこにいる俺に対し、スズカは仰向けに寝ている状態だ。俺から見ると右側へ足を向けているスズカは、耳をピクピクと動かしながらワクワクしている様子だ。

 きっと俺が早くなるなんて言ったからに違いない。

 放課後のチャイムがなってすぐに耳掃除をお願いして来たスズカに、早くなるのは嘘だとはとても言いづらい。

 俺はただ、耳掃除をしてスズカが走る時間を減らしたかっただけなんだ。

 だからキラキラした目でみつめないでくれ!

 

「あの、トレーナーさん? 私の耳、掃除してくれないんですか?」

「いや、やるさ。やるに決まっているとも」

 

 期待に満ちている声を聞いて少しの罪悪感を覚えながら、それでもスズカのためだと自分に言い聞かせて準備していた耳掃除の道具を確認していく。

 用意したのは500mlのペットボトルに入っているぬるま湯と化粧なんかに使う四角いコットンパフ。それとスズカの視線を隠すために使う白いタオルだ。

 綿棒ではなく、パフなのはウマ耳と人耳の構造の違いから大きく掃除ができるこちらのほうが使いやすいからだ。

 

「じゃあ、浅いところから始めるぞ」

「はい、お願いしますね」

 

 歯医者に行った時に目隠しをされるように、それと同じやり方でスズカの視界を隠すためにしてタオルを置く。タオルを置く理由は単にスズカからみつめられて落ち着かなくなるのを回避するため。

 美人のスズカにじっと見られていたら、緊張して耳掃除をする心の余裕なんかなくなってしまう。

 しかも太ももに頭を乗せているという状況だから、普段よりもずっと距離が近いし息遣いなんて余裕で聞こえるほどだ。あとなんかいい匂いするのがずるい。

 あぁ、まったく! 男でこんな状況になったら誰だって緊張するだろう!? 緊張する奴がいないなら、ぜひとも俺の前に連れて来てほしいものだ! 土下座して緊張しないコツを教えてもらうから!!

 と、心の中で絶叫した俺は落ち着きを取り戻して耳掃除を始めていく。

 

 コットンパフにぬるま湯をしっとりさせる程度にしめらせると、スズカの左耳を左手で優しく持って右手に持つコットンパフで優しく耳の内側上部から拭いていく。

 くすぐったいらしく、耳をビクビクと動かそうとしているスズカだがそれを押さえる。

 コットンパフを軽く押しあてていくと、軽くてパサパサした白いのがたくさん取れていく。

 そんな様子を見ていると爽快感がある。自分の耳を綿棒で掃除するとちょっとしか取れないから、こうやって一気に取れていくのを見ると中々に気持ちがいいものだ。

 

「痛くないか?」

「はい、大丈夫です」

 

 そう返事したスズカに安心し、俺は続けて耳を掃除していく。

 耳の内側を拭いていく度に気持ちよさそうなスズカの声が部屋へと響く。

 ある程度の乾燥している耳垢を取ると、今度はぬるま湯をつけずに乾燥したので拭いていく。

 途中、細かい部分が溜まっていってコットンパフでは取りづらくなったので、スズカの耳に口元を近づけて静かに優しく息を吹きかける。

 

「っ……!! あの、トレーナーさん、息を吹きかける時は前もって言ってもらえると……」

「悪い。突然だとびっくりするよな。悪かった」

「いえ、背筋がぞくぞくする気持ちよさが来るとは思わなかっただけですから」

「そうか。嫌になってないならよかった」

 

 問題ないならよかった、と安心はしたがよくよく考えるとイケないことをしているんじゃないかという気持ちになってくる。

 俺とスズカしかいない狭いトレーナー室。

 その中で大人の俺は高等部のスズカを太ももの上に乗せていて、タオルで目を隠している。

 何も知らない人が見たら犯罪だと断言されてしまいそうだ。もしくはスズカの声だけでもヤバいかもしれない。

 ……今はこれでいいとして、またやることになった時は変に疑われないよう他に人かウマ娘がいる場所でやることにしよう。

 そうして心の中を整理したあとは、ぬるま湯をしめらせたコットンパフを今度は耳の奥へと持っていって掃除をする。

 奥は湿っている耳垢があり、少々力を入れて取っていく。

 

「……トレーナーさんの指が私の奥深くに……自分以外の人がする耳掃除がこんなに気持ちがいいだなんて思ってもみませんでした」

「気自分で見えない部分はどうしてもあるからな。たとえば……ここ。結構なかたまりがあってな」

「あっ……、そこ、気持ちいいです。もっとしてください……」

「やりすぎはよくないから終わりだ。うん、綺麗になったぞ」

 

 スズカの吐息が熱っぽくなって色気が出てきたのを無視しつつ、耳の中を覗き込むとやる前よりは綺麗になった。

 左耳を終えたあとは次に右耳をやろうとすると、スズカは自身の顔に乗っているタオルをずらし、うるんだ瞳で俺を見てくる。

 頬が紅潮している姿はかわいい。だが、俺に恋しているとかそんなんじゃないことを強く意識しないと俺がスズカに惚れてしまいそうだ。

 これはただ耳掃除が気持ちよかっただけ。それだけなんだ。

 俺は深呼吸をしてから、スズカに乗せていたタオルを目の位置へ戻すと耳掃除を始めた。

 さっきの左耳と同じ順番で掃除して終わる。

 

「よし。耳掃除は終わりだ。最後に耳のマッサージをするぞ」

「その前にタオルを取ってもいいですか?」

「あー……見つめてこないなら」

「それだとトレーナーさんの顔を見れないじゃないですか」

「恥ずかしいんだよ」

「……ダメなら明日、首都高を走ってきますからね?」

 

 どうしてもスズカに顔を見られたくない俺だが、スズカが脅迫してくるからタオルを取らざるを得ない。

 以前から首都高を走ってみたいなと憧れのように言っていたが、こういう風に脅迫して言う時は実際に実行するのを俺は知っている。

 この前なんてスズカの左回りの癖を強引に治そうとしたら、練習メニューを無視してゴールドシップと一緒に金属探知機を持ちながら山の中を走って財宝探しなんてことをやった。

 その時の怒りを治めた手段は、ミズノのウマ娘仕様ウェーブリベリオンを自腹で買うことで解決した。

 

「わかったよ。ほら」

 

 ため息をついた俺はスズカの目に乗せていたタオルを取り、ソファーの端へと置いてから耳マッサージを始める。

 俺はスズカに目を合わせないよう、スズカの耳だけを見て両手で揉んでマッサージをしていくがどうにも気になる。

 そう、俺をまっすぐに見つめてくる視線が。

 熱心に見てくる視線と、マッサージによって時々出る色っぽいあえぎ声が俺の理性を強く刺激してくるからやめて欲しい。

 本来は時間をかけてやるが、簡易的なのに途中から切り替えて終わらせる時間を早くする。

 そうして鋼の自制心でスズカの綺麗でさらさらしている髪やすべすべしていそうなほっぺたをさわりたくなる衝動を耐えつつ、無事にマッサージを終える。

 終わったら、すぐにスズカの体を起こしてスズカの視線から逃れることによって、ようやく俺は一息をつく。

 

「耳はどんな感じだ。違和感はないか?」

 

 スズカを視界に入れないようにして心に平静を取り戻しながら言うと、10秒ほどしてからようやく反応があった、

 

「……はい。驚きです。今までより音が綺麗に聞こえています」

「それはよかった」

 

 と、俺が耳掃除に成功したことを喜んでいると、スズカは急に立ち上がり耳と尻尾をそわそわと動かしながら部屋をぐるぐると左回りで歩き始める。

 それは早足で、時には遅く。小走りもして。

 狭いトレーナー室を5周ほどして俺の前へ来ると、物凄くいい笑顔を浮かべた。

 

「私、ちょっと走ってきますね!」

「待て! ここ最近は走りすぎだろ、お前は!! 走るならジャージに着替えてから行けぇぇぇ!!」

 

 俺の怒鳴り声をスズカは気にせず、ドアを勢いよく開け放っては走り出していった。

 ……元々は走らせない時間を作るために耳掃除をし、あとはおやつを食べて終わろうと思っていたのに。

 嘘でも耳掃除をしたら早くなるなんて言わなきゃよかったか。

 

 けれど、実際に早くなるわけじゃないんだし少ししたら文句を言いに帰ってくるだろう。

 サイレンススズカというウマ娘をどうやったら制御できるんだろうと悩みながら、耳掃除の道具を片付けてスズカの帰りを待った。

 帰ってきたのは20分後で、戻ってきたら興奮した様子で俺に感謝の気持ちを言ってきた。

 そのあとは俺がいるのを気にせずに、すぐに制服を脱いでので慌てて目をそらすとあっというまにジャージへ着替えていて、すぐに走っていった。

 まだ今日の練習メニューを言ってすらいないのに。

 俺はここ最近で最も大きなため息をついて、スズカを連れ返すために後をゆっくりと追いかけていった。

 スズカを休ませることには失敗したものの、あんなにも楽しそうに走っていくのを見ると今だけは自由に走らせてもいいかと思いながら。



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