VSS(仮題) 作:ヴィントレス
「そうか。君は壮一、鹿島壮一というのか。俺は錆兎だ。改めて、今回は本当に世話になった。ありがとう」
狐面の少年――錆兎は、鞘に納めた日輪刀を差し出しながら頭を下げる。それを受け取った銀髪の彼――鹿島壮一と名乗った少年は、受け取った日輪刀を腰帯に差すと、徐に引き抜いて刀身を検め、二度三度と振っては様子を確かめてようやく納得したように鞘へと刃を納めた。
「ふむ、問題はなさそうだな……。ああ、気にすることはない。まあ、本当なら、必要のない助太刀だったがな」
「え? ああ、そういえば、なぜそこまで俺の腕を高く評価してくれているんだ? さっきも、俺が奴の首を斬れると断定していたが……」
「……お前の腕前が優れているのは知っていたからな」
「なに?」
少々バツが悪そうに、壮一は小さく頬を搔いて目線を逸らした。
「お前もそうだろうが、この度の最終選別が初めての鬼狩り、命懸けの勝負だ。はて自分の腕は如何ほどか、と思案しながら刃を振るうこと五度。六度目の鬼との対峙にて、次はどの型を使ってみるかと構えていれば……」
「……あー、俺が割って入ったのか」
今度は錆兎が気まずさに視線を逸らす番だった。
壮一の腕が優れている、どころか、己を上回ってさえいるのではないかと思い知らされた今となっては、自分はなんと恥知らずな真似をしたものかと内心頭を抱えてすらいた。
「唖然とするこちらを差し置いて、『向こうでみなが集まっている、そこまでいけば安全だ』などと言い捨ててさっさと行ってしまったからな。これは一言文句を言わねばならぬと追いかけていた次第だ。……まあ、行く先々で流麗な剣技を見せられて、声をかける機会を逸してしまっていたのだが」
「それはその、すまなかった」
「いや、いい。冷静に考えてみれば、鬼を倒すことこそが重要で、余程のことが無ければ、誰が斬ったかなど瑣事だ。しかし、そもそもお前はなぜあんな真似をした?」
「……それは」
――錆兎は、正義感の強い性格である。加えて、面倒見もいい。だから、この最終選別が命懸けの戦いであり、集った同期生のほとんどは今日初めて顔を会わせた者ばかりであったが、誰にも死んでほしくはないと思っていた。
そんな彼であったから、深夜の山に響く悲鳴を無視するなんてことはできず、助けを求める声が聞こえる方へと向かってはがむしゃらに剣を振るい続けていたのだ。
錆兎と壮一が遭遇したのは、そうやって錆兎が山を駆けまわっているさなかの事だった。
全集中の呼吸が五大流派の一つ、雷の呼吸は抜刀術の面を持つ。納刀状態からでも素早く抜刀し、瞬き一つの間に鬼の首を斬り落とす。故に、待ちの姿勢にあっては刀を鞘に納めているのは珍しくない。
錆兎はそうやって鬼の出方を窺っていた壮一を、恐怖で刀を構えることもままならず立ちすくんでいると誤解したのだ。
「そんなところだとは思っていた。だが、それでお前自身が死んでは元も子もないだろう」
「それでも、だ。例え、選別のためであったとしても、これ以上鬼に殺される者など居てほしくはない。いや、居てはならない。そのために、俺は剣を学んだんだ。……まあ、結果は御覧の通りだが」
そういって、錆兎は腰に納めた日輪刀の鞘を撫でる。ほぼ真っ二つとなった日輪刀。もはや修復は望めまい。
師から借り受け、今日に至るまで苦楽を共にした日輪刀を、自分の不手際で破損させてしまった――そのことに、錆兎はずいぶん気を落としているようだった。
そこへ、壮一が声をかける。素っ気ない物言いだが、彼なりに錆兎を案じてのことであった。
「あれは、お前の未熟さ故の結末ではない」
「え?」
「いや、ある意味では未熟さが原因ともいえるが……簡単に言えば、体より先に道具に限界が来たということだ」
「それは、どういう意味だ?」
「俺が見ている前で七……いや、八は斬ったな。それ以外にも、かなりの鬼を相手にしただろう」
「ああ」
「それだ。立て続けに無数の鬼を斬り続けたことで、お前自身より先に日輪刀に限界が来たのだ」
錆兎の実力は、決して彼が思っているほど低くはない。むしろ、平均的な試験者を大きく上回ってさえいる。彼自身の才能と、ひたむきな努力を厭わない気質、そして同じ師の下で日々切磋琢磨しあう同期の存在が彼の実力を飛躍的に高めていた。
そう。本当ならばあの「打ち潮」の一閃で異形の鬼の首を落とせていた筈なのだ。
しかしながら、日輪刀は鬼に対抗する唯一の手段なれども無敵の武装というわけではない。鬼の肉体は強靭無比であり、たとえ一方的な戦いをしたとしても必ず摩耗する。それが積み重なれば、やがて刃は欠け、刀身は歪み――最後には、折れてしまう。
「案じてはいたのだが、さてどう声をかけたものかと思っているうちに、奴とぶち当たった」
「……そして、刀が折れた」
「ふつうは逆だ。俺たちのような若輩では、刀が折れるより先に体力が尽きる。結果として無茶な扱いをして、刀が折れることはあるだろうがな。しかしお前の場合は、単純に日輪刀を酷使した結果だ。だから、自分の腕前を卑下することはない。むしろ誇ると良い。異形の鬼を、流派の異なる日輪刀を用いて尚一刀のもと下すなど、そうできることではないだろうからな」
「そこまで言われると、なんだか面はゆい心地だな……」
と、そこで壮一は険しい顔をしてくぎを刺す。
「だがな、自分のことを度外視するのは宜しくない。『為さねばならぬことがあるのなら、それを為すための土台をこそ重視しろ』――俺の師は、俺にそう言ってくれた。誰をも助けたいと思うなら、それをこなす肉体と道具にこそ気を払え」
「なるほど。……良い師を得たな」
「その言葉だけ切り取れば、な。普段はどうしようもなくだらしのない人だよ」
そういいながらも、壮一の表情は若干緩い。本気で己の師を厭うているわけではないと、ここで初めて会ったばかりの錆兎にもよくわかる表情だった。
「さて」
「うむ」
空気が変わる。
雑談にゆるんでいたそれが、張りつめた弦のように引き締められる。
ざわざわと、森の木々が騒めいた。
「――いただ」
「霹靂一閃」
「がっ!?」
「死ねぇェ!!」
「流流舞い!」
「な、に?!」
樹上から躍りかかった一体の鬼の首が、迅雷めいた居合の一撃で空を飛ぶ。
木陰から虚を突いたつもりで飛び出した鬼の手刀が、激流じみた受けで流され、返す一閃で両腕が地へ落ちる。
「壮一!」
「承知――熱界雷」
どぅと地を踏み鳴らす電光石火の踏み込み、そして天を衝きあげるが如き逆雷の一撃。半ば弾き飛ばされるように宙を舞った鬼の首は地へ落ちる前に灰と消え去った。
「流石だな」
「折れた刀で鬼を翻弄するお前が言うか」
「師の教えが活きた結果だ」
軽口を交わしながらも警戒は緩めない。たがいに背を預けながら闇に包まれた森の気配を探る。
いまだ夜明けは遠く、血に飢えた鬼たちは獲物を探して彷徨っているはずだった。
「かなり斬ったと思ったが、まだまだ残っているようだな」
「無茶はするなよ。今の要領で、こちらに流せ」
「有難い。君になら、遠慮なく任せられる。さあ――かかってこい!」
「……本当に、わかっているんだろうな」
◆◇◆◇◆◇◆
「それにしても」
「うん?」
時折襲い来た鬼を返り討ちにしながら進むこと半時あまり。周囲からは鬼の気配がぱたりと消え去って久しかった。とはいえ油断はならぬと警戒しながら、二人はゆっくりと歩みを進める。目指すは錆兎が救い、合流するよう呼び掛けていた今期選抜者たちの集団だ。
そこには錆兎と同じ師の下で育った兄弟弟子の富岡義勇なる少年もいるはずだった。それなりの負傷を負い、移動もままならなくなった彼を他の少年たちに預けたまま錆兎は飛び出してきたので、状況が落ち着いた今、錆兎は義勇の容体が気掛かりでならなかった。
「……この最終選抜は、本当に過酷だ。なにも、あんな異形の鬼まで用意しなくてもいいだろうに」
額からだらだらと血を流す兄弟弟子、そしてつい先ほどまで相手をしていたあの異形の鬼を思い起こし、沈鬱な表情を浮かべる錆兎。鬼との戦いが過酷なものであることは師からも耳にたこができるほどきかされ、その上で筆舌に尽くしがたいほど激烈な修練を積まされたことで理解しているつもりだったが、それが本当に「つもり」であったことを痛感させられた気分であった。
何よりも錆兎の心を占めるのはやはりあの異形の――手鬼とでも呼ぶべき鬼の存在だった。
明らかに、あの鬼だけは格が違った。十、二十と斬り倒した鬼が、まさしく雑魚と表現できるほどには。
もし、あの鬼が義勇たちを襲っていたら。
いやな想像が錆兎の脳裏を過る。
「――俺の、憶測だが」
徐に、壮一が口を開く。
「この選抜において重視される要素は二つだ」
「戦闘能力と……生存能力、か?」
「いわずとも、わかっていたようだな」
「ああ。あの鬼には、存在する理由があった」
鬼殺隊に必要とされるものは何か。
一つは当然、戦闘力。鬼を斬り伏せ、世に平穏をもたらすにはまずもって強くあらねばならない。最低限とさえよぶべくもない前提条件だ。
次いで、生存能力。生き残る力、生き延びる力。戦闘力にも由来するものだが、それ以外の面でも、例えば野宿など、自らを万全に保ちながら戦闘を続行するための能力である。
とはいえ、手鬼によって試されていたのは平時の生存能力ではない。
「自分の力量を凌ぐ相手と出くわした時、どう生き残るか。生き残ったとして、相手の情報をどれだけ得られるか。そしてなにより――」
「――鬼に食われず、生き残れるか」
「ああ」
鬼にとって、人は餌であり、同時に己の能力を高める道具でもある。あの手鬼は、子供ばかりとは言え三十人余り食らっているという話であった。もう少し時を経れば、より子供たちを食らって血鬼術――摩訶不思議な異能をすら身に着けていたかもしれない。鬼に人を食わせることは百害あって一利なしなのだ。
そして、鬼の食人による強化には「効率」が存在する。
それは数百人に一人という珍しい血の質、「稀血」であったり、十二分に鍛えられた上質な肉体であったり。
兎角、鬼にとって御馳走とでもいうべき人間の区切りというのが確かに存在するのだ。
特に鬼殺隊員などは誰もが鍛え上げられた肉体の持ち主であり、鬼にとっては天敵であると同時に格別な獲物でもあった。
「野良の鬼に、下手な人員を送り込んで強くなられるとまずい。だから、管理している箱庭の中で、ある程度の強さの鬼を使って篩にかける。つまりは、そういうことだ」
「わかっている、分かっているが……やりきれない」
「……そうだな。俺もそう思う」
十一人。
錆兎の師、鱗滝左近次に鍛えられた兄弟子姉弟子たち、十一人。それらすべてが、あの手鬼に食われていた。
誰もかれも、覚悟はしていたはずだ。だが、やりきれないという思いが確かに残る。
そして何よりも、あの苛烈でありながら底抜けに優しい老翁がどれほど悲しみ、苦しんだのか。錆兎には想像もつかなかった。
理解は出来ようと納得できない現実を前に、脳内に澱が溜まっていく感覚。鬱屈とした思いが何時までたっても錆兎を捉えて離そうとしない。
もっとやりようはなかったのか。
より効率のいい手段は、本当に存在しないのだろうか。
「……ここはひとつ、上のたくらみをつぶすのも一興かもしれん」
思考が底なし沼にはまりゆく中、天啓のような言葉が隣を歩く壮一から飛び出した。
「な、なに? それは、どういう」
「何、簡単なことだ」
「この山の鬼を全滅させる。俺と、お前で」
唖然とした錆兎をしり目に、出会ってから初めての笑み――それも、見ようによっては随分と酷薄なそれを浮かべて、こともなげに壮一は言う。
「弔い合戦、というわけだ。派手にいこうじゃないか」
「お前……なんだか、凄まじい悪人のように見えるぞ。気を付けた方がいい」
「…………どうせ、悪人面だよ、俺は」
――かくして、これより後の年の最終選別は、それまでとは少しばかり様相を変えることとなった。というのも、若干二名によって山に配された四十体あまりの鬼のすべてが討伐されてしまったからである。
鬼を捕らえるのは途方もなく難しい。放っておけば回復することに加え、飢えによって狂暴化した鬼を抑え込みながら山まで運ぶのは途轍もない労苦であるからだ。四十体もの鬼を用意するなど、どれほど時間と労力がかかるか見当もつかない。
しかも、ただでさえ鬼殺隊は積年の課題として第一に挙げられるほどに人手不足のうえ、鬼の攻勢が強まりつつある昨今の事情を鑑みれば、そんな余分な苦労を抱える余裕などあろうはずもない。
加えて、篩役として生かしていた異形の鬼をすら討伐された。体よく利用していたものの、そもそもあのような異形の鬼が生れたこと自体が異常であり、また再びそのような鬼が生れるのを待つのはそれこそ人員を無駄に消耗するようなものだ。それならば、篩役の人間を用意して、一定以下の力量の持ち主は後援組織である『隠』に回すほうがまだ効率的と言えるだろう。
結果として、その後の最終選抜においては細々と捕らえられた数体の鬼と、各地に散らばった育手の中から余力がある者、そして現役の鬼殺隊員の中でも指折りの強者――柱と呼ばれる、同時に九人しか存在しない最高峰の剣士とその後継である継子による直々の選抜が執り行われるようになったのである。
要望があれば詳細な設定とかも上げるかもしれません。
とりあえず鬼滅はここまでです。