今回は導入部分だけですが、楽しんでいただけると幸いです。因みにですが、今回の時系列は『反撃ノ始マリ』の前の話になります。そのため、優花やシア、ロックはいません。
コラボー甲 電子世界カラノ賓客
これはオルクス大迷宮の最深部のオスカー・オルクスの隠れ家にて、昇格者達が反撃の準備をしていた頃の出来事である。この話を全くの虚構と捉えるか、この物語において実際に起きた物と捉えるかの判断は読者の皆様に任せる。
しかしながら、これは大変興味深く、また大変珍しい偶然の上に成り立つ一幕であるため、風化させるには実にもったいない。故に、ここに書き記しておこうと思う。
或る日、香織は戦闘訓練の気分転換とアーティファクト『ワルドマイスター』に慣れるための修練を兼ねて、チェロで音楽を奏でていた。すると、どこからか物音が聞こえてきた。一瞬、誰かが自分がいる部屋を訪ねてきたのかと思ったが、誰かがドアをノックする音でも、ドアが開かれた音でもない。
不審に思った香織は音の発生源を探す。周りを見回すと、ある一カ所の虚空に映像のような物が映し出されていた。部屋に投影機のような物が存在しない事は知っているため、敵襲かと考え、バックステップで距離を取り、ワルドマイスターを構え、戦闘態勢を取る。念の為、『通達』にてハジメ達にこの事態の旨を伝えておく。
不審な映像を睨みつけながら香織は部屋の出口へと近づく。万一、自分の手に余る事態であった場合、いつでも逃げ出せるようにしておくためだ。
『……ん? あれ? また何か映ってる!』
『なんだって? 同じところか?』
「……え?」
香織とて、ここに至るまでかなり数奇な運命を辿っている。故に並大抵の事では驚かない自信があったのだが、今回に関しては例外だ。
なぜなら―――
「私? それに、コンダクター……?」
映像の中には右眼の花が無いこと以外は自分と瓜二つな少女に、少々顔つきは異なっているが、自分がコンダクターと呼ぶ最愛の恋人、ハジメに似た雰囲気を持つ少年が映っていたからだ。
香織が困惑している間も映像の中の人物たちは動き続ける。
『一回つながると結構スムーズにつながるのか? なんにせよ、またアイツ等に……て、あれ? 今度は一人だ』
『あの子は……香織? でも、香織は眼に花は咲いてないし、楽器も弾けないはず……』
『これはこれは……また別の世界につながったようだな』
映像の中の登場人物たちは混沌を極めていく。自分達に似た人物だけでなく、人語を話す獣たち、顔の見えない魔術師のような存在、さらに、ミュオソティスと同じメイドや、銀髪を持つもう一人のメイド……
あまりの情報量に、香織の頭がオーバーヒートし始める。「何かのオペラでも始まるのかな?」と軽く現実逃避気味の思考に移った時、部屋のドアが開く。
「香織、大丈夫ですか?」
「カオリ!」
「要請:武装展開の必要の有無を指示」
入ってきたのはハジメとユエとミュオソティスだ。三人とも警戒態勢であり、ハジメはゼロスケールを、ミュオソティスはガラティアを映像に向け、ユエは背後にオズマを起動している。ターミナルは外出しており、デボルとポポルは非戦闘員であるため、付いてきていない。
『待ってくれ。俺達に攻撃の意思は無い。まずは話を聞いてくれ』
「…………(どうやら嘘を言っているわけではないらしいが、判断するには情報が少なすぎますね)」
一応警戒はしたままで、武器を下ろすハジメ達。相手が話してくれるというなら願ったり叶ったりである。
「では聞かせていただきましょうか、この倒錯した命題の証明を。ただの覗き魔だった、というオチは勘弁してくださいね」
『何か鼻に付く言い方だが……まあいいか。俺の名前は南雲ハジメ。高校二年生だ。ある日、勇者召喚に巻き込まれて異世界トータスに召喚された。紆余曲折あってオルクス大迷宮の最深部まで探索してオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いた。そこで見つけたアーティファクトを調べていたら偶然にも別の世界に繋がった事があった。今回繋がったのは、おそらく誤作動の類だと思う』
少なくとも今回の事は向こう側にとっても想定外であり、本当に攻撃の意思は無さそうである。昇格者達は警戒を解いた。
「なるほど、少なくとも外敵ではないという事は分かりました。まだ聞きたいことはありますが、まずはこちらも名乗るべきでしょうね。僕の名前は南雲ハジメ。トータスに召喚され、奈落に落ちたという流れは変わりません。そして、ダンテ・アリギエーリの神曲よろしく奈落を遍歴し、この隠れ家へと辿り着いた」
ハジメが自身の名を名乗ると、向こうは何やら思案する顔となる。人語を話す獣達といい、どうやらこちらの世界に負けず劣らずの数奇な運命を辿っているようだ、と昇格者達は思っていた。
『前の世界もそうだったが、大まかな流れは殆ど一緒だな……』
『南雲ハジメ? アレが向こうのハジメだってのか? 随分と雰囲気が違うというか……それ以前に顔つきも違うぜ? なんか、俺の知ってるハジメよりも女っぽいというか。て、スマン! 馬鹿にする意図はねえんだ!』
地味に気にしている事を指摘され、頬が引き攣るハジメ。
『私は香織の方が気になるぞ。何故か目に花が咲いているし、さっきも言ったが楽器は弾けないはずだ』
『そうだよ! 私、太極拳はやってたけどチェロなんて触った事無いよ!』
「太極拳……? 格闘技? 凄い事やってるなあ、向こうの私……」
『そっちの私はずっとチェロをやってたの?』
「チェロは小さい時からやってたし、後はずっと本読んでたかな、シェイクスピアとか。あ、フェンシングはちょっとやってた」
『わあ、如何にも文学少女って感じなんだ……』
「文学少女の皮被った肉食動物ですね」
「後でお話ししよっか、コンダクター」
『そちらの香織はハジメの事をコンダクターと呼んでいるのか……なんというか、テイマーとは少し違った響きに感じるな』
二人の香織と猫っぽい何かは会話を弾ませている。傍から見たらかなりシュールな光景だが、下手に険悪になるよりは良いだろう。
『……そっちの私は何故白髪なの? そして何故ツインテールなの?』
「……そっちの私は昔の自分にそっくり。封印される前まではそんな感じだった。若い頃の自分を見てるみたい」
『あれ? 同い年じゃないの? そっちのユエは』
『……あと、貴女の後ろに浮いている黒い物体は何? 拘束具?』
「……オズマ。ハジメが私に作ってくれた武器」
『変わった武器……』
ユエはオズマを変形させて斧や槍を形作る。魔法使いであるはずのユエがゴリゴリの近接武器を持っている事に、映像の向こうのユエ達はちょっとした新鮮さを感じていた。そして、メイド同士の会話は、
「報告:私の名前はミュオソティス。何者かによって製作された、人型随行支援ユニットと推測」
『過去の記憶は無いのですか?』
「肯定:作成者、及び行動目的についてのデータは存在しません」
『なーんか全体的に受け答えが機械的ですねえ……フリージアと同じ見た目をしていますけど、更に上を行っていますよ。雑に扱われる事は無さそうですけど、同時につまらない生活になりそうです』
「疑問:エガリというメイドの扱い」
『知らなくていいですよ』
機械的ではあるが……盛り上がっているのかもしれない。
「うきうき、情報交換か~い」
『ん? ん?』
「ということで、視界は僕、南雲ハジメが承ります」
『オイ待てちょっと待ちやがれ』
一先ず状況を説明しよう。軽く対話を終えた後、唐突に昇格者達がテーブルとティーセットを取り出し、昇格者のハジメが無表情かつ平坦な声で上記のセリフを発したのである。当然、何の説明もなく一連の行為を見せられた並行世界のハジメは疑問を隠せず、並行世界の香織、ユエ、デジモン達は宇宙猫のようになっていた。
「……何です?」
『何がだ』
「何って何が?」
『コイツ……』
なお、昇格者のハジメは「どうしてそんな反応をしているのだろう」とでも言いたげに首を傾げ、並行世界のハジメは頭を抱えていた。
「この状況……主にコンダクターが滅多に発揮しないパリピ精神で音頭を取ろうとしている事について説明しろって事じゃない?」
『助かる。そっちの香織……いや、名前は失礼か。そっちの白崎』
「……なるほど? なに、簡単な話です。我々はラプラスの悪魔ですら予測不可能な類稀なる偶然によって邂逅いたしました。しかし、並行世界とは言え歩んできた道のりはあまりにも違う。故に情報交換をしようという趣旨です」
『そうか……確かにそう言う発想に至るのは普通だな。で、さっきの微塵も表情に合っていない口調は何だったんだ?』
「ささやかな気遣いです。邂逅した途端に閉口され、並行世界の僕に即行で友好を切られないように」
『よく舌が回るね……』
宇宙猫状態から帰還した並行世界の香織が昇格者ハジメの語りに称賛と呆れが半々の評価を下す。それをきっかけに他の面々も現実世界に復帰した。
とにもかくにも、まずは説明である。並行世界に繋げてしまったのは並行世界のハジメ達であり、やはり順番的に向こうからの方が良いだろうという結論に達した。そして、目に見えて違う箇所は、人語を話す人間ではない生物達だ。
『俺はガブモン! ハジメのパートナーデジモンだ。よろしくな』
『私はテイルモン。香織のパートナーデジモンをしている。よろしく頼む』
『ルナモン。ユエのパートナーデジモン。よろしく』
並行世界のハジメ達のパートナーデジモンの自己紹介だ。案の定、昇格者達は首を傾げている。
「デジモン……ですか」
「名前だけは辛うじて知っているけれど……」
地球の出身であるハジメと香織が名前に憶えを見せる。
『そうだ。俺達のいた地球にはデジモンがいる。そっちは違うみたいだけどな』
「ええ、都市伝説、街談巷説、道聴塗説……そう言った物でしか聞くことの無い名前です」
『なあ、向こうのハジメは一体何を言っているんだ?』
『街談巷説は世間の噂、道聴塗説も同じような意味だ。おそらく、創作物の類でしか存在しないという事だろう』
『だったらそう言えばいいのに……回りくどい』
「だからそう言ったのですよ?」
『………』
昇格者のハジメと自分達で言語の感覚が違う事を如実に感じる並行世界のハジメ達。特にパートナーデジモンの面々は種族上の違いだけではない差異に少し慄いていた。と、そこで並行世界の香織が疑問を呈する。すなわち、そのような話し方で他者とコミュニケーションがとれるのかと。それに対しての昇格者の答えは、
「楽章は
と、音楽用語を用いた輪をかけて難解な答えが昇格者の香織から返って来た。流石に、実は学業にて優秀な成績を収めている並行世界のハジメや香織でも音楽の知識は自然に手に入れられるものでは無い。並行世界のハジメ達は彼らが持っていたノートパソコンに入っている辞書機能でなんとか昇格者の香織の言葉を解読した。
『要するに……方向性が違えど同類なんだね。そっちの南雲君と私は』
並行世界の香織がそう言うと、昇格者の香織は少し嬉しそうにはにかんだ。
『どこが誉め言葉に聞こえたのかな? かな?』
『はあ……まあ、いちいちこの程度の事でツッコんでいたら話が進まないみたいだな。とりあえず転移前の事から話す。その方がおそらく早い』
それからハジメは自身の幼少期からのことを話し始めた。
小学5年生の時に偶然からデジタマを拾い、そこから孵ったガブモンをパートナーにしてテイマーになったこと。
そこから親友である松田タカト達テイマーズと共に、リアルワールドとデジタルワールドに迫る危機に立ち向かい、世界を救ったこと。
数年後、香織と雫に出会い、パートナーとの再会と抱いた夢の為に勉学に励んだ日々の事。
その途中で、いきなり異世界トータスへと召喚されてしまったこと。
その物語は、昇格者達にとって憧憬であった。並行世界の彼らの半生を語るには余白が足りず、その証明は概要だけであったが、自分達と似ているようで、あまりにも違うという事は自明であった。
無論、並行世界のハジメ達とて苦悩もあっただろう。それは間違いない。民意の敵となってしまったデジモンという存在。ニコライ・ゴーゴリの小説『外套』のように、個人であれば善良な市民達が、社会の一員となった途端に加害者に豹変する様は、昇格者達とてよく知っている。
しかし、その業苦の中で並行世界のハジメ達は確かな光を持っていた。それは間違いなく、自分達には無いものであったが故。
「なるほど……苦労されたのですね」
「せめて祈りを捧げる。貴方達の
昇格者ハジメがそう口にした時、画面の向こう側の人間とデジモン達が浮かべた顔はちょっとした驚きだった。何せ、先程まで鼻に付く物言いで揶揄うように言葉を発していた人物達が本気の同情を顔に浮かべて瞑目している様は意外な物であった。
『んっん……とりあえずトータスに召喚されるまではこんな感じだが、そっちはどうなんだ?』
並行世界のハジメが咳払いをして昇格者達に話しを促す。長編小説の半分くらいはある過去をハジメと香織がどう纏めたものか相談している横で、地球の事情には絡んでこないユエはミュオソティスに頼んで運んでもらった茶や菓子を嗜んでいた。昇格者のユエは自分が絡まない事では比較的マイペースなのである。
やがて、昇格者達の話が纏まるが、あまり芳しくない表情であった。
『纏まったみたいだが……』
『なんか不穏な空気が漂ってるぜ……』
並行世界のハジメとガブモンがその雰囲気にやや警戒心を見せる。やがて昇格者のハジメが厳かに口を開く。
「今から我々の過去を話しますが、少し覚悟を決めておいてください」
『え……?』
「うん……素敵な夢を話してもらった後に申し訳ないのだけど、今からする話ってかなり陰惨なんだよね」
陰惨、基本的に暗く惨たらしい様を指す言葉だ。並行世界のハジメ達は少し話を聞くのを躊躇った。召喚前の故郷である地球、それもハジメ達が住んでいた日本は、不良のような人間も存在するとはいえかなり平和な部類の国だ。その話である以上、トータスのような闘争とはあまり縁がないはずなのだ。
その様子を見ていた昇格者のユエが口を開く。
「……並行世界とは言え、現状違う空間に住まう者が今から話す知識をどうしようが私達には何も関係が無い。それでも話すのを躊躇う、秘する事を視野に入れるという事はそれなりの理由がある。近づくべきでは、ないかもしれない」
静かに告げるユエの言葉に、ハジメ達は確信した。ユエは知り得る全てを知った上で昇格者としてテーブルについている。そして、同時に並行世界のハジメ達も理解した。昇格者達の機械の手足、そして時折見せる能面のような表情。それを
少なくとも、話も聞かずに彼らを拒絶することは、デジモンについて好き勝手に批判する一般市民と同じなのだから。
夢を持つ者の矜持か、はたまた特殊過ぎるカリギュラ効果か、並行世界のハジメ達は秘密に踏み込む覚悟を決めた。
何というか、ウチのハジメ達って第三者視点だととんでもない異常者だからボケ役になりがちなんですよね。とはいえ、竜羽様の作品のハジメ君達と境遇としては似ている部分もあるので、その辺りで話を膨らませられればいいなと思っております。
竜羽様の作品が気になった方は是非ともお読みになってみて下さい。非情に王道な冒険活劇であり、とても面白い作品です。
オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように
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修理して連れていく
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見なかったことにして放置する