人形タチハ世界最強   作:三文小説家

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ようやく定期テストが終わり、時間が出来ました。社会人が多く集まるこのサイトでこれを言うのも憚られるのですが、一介の学生というのも時期を選べば多忙な身でして……

そしてそんな中でまた勢いで書いてしまいました。まさか優花関連で2話使うとは書き始めた当時は思っていなかった……


風ト共ニ去リヌ

 とあるレストランで、一人の少女がピアノを弾いている。この日のレストランは営業日であり、店内には幾人かの客がいた。とはいえ今は平日なので週末ほどの賑わいは無いが。

 

「優花ちゃん、どうしたのかしら」

 

 その中で、一人の老婦人がピアノを演奏する少女、優花を見て呟いた。彼女が演奏する曲は『He was too good to me』。過去の恋人を懐かしみ、惜しむ気持ちを歌詞に込めたジャズのバラードだ。この曲自体はそれなりに有名で、優花も過去にリクエストされて演奏したことがある。

 しかし、今日の演奏は一段と感情が籠っており、穏やかな旋律に支えられるようにどこか頼りなげに歌う優花の声は、隠しきれない悲哀が漂っている。歌い上げるごとに感情が増幅し、「I’m so blue」と心からの絶唱を響かせている。

 

(何やってるんだろ……私)

 

 その中で、優花は未練がましい恋心に自己嫌悪を抱いていた。

 

 

・・ ・-・・ ーーー ・・・- ・ -・ーー ーーー ・・-

 

 

(あれ? 南雲だ)

 

 或る日、優花は食材の買い出しの途中で自分が恋をする画家の少年を見つけた。彼はベンチに座って、本を読んでいる。距離が遠いために本のタイトルまでは分からなかった(数年後に、キェルケゴールの著作であった事が判明する)が、優花にとってはハジメの横に置いてあるチェロの方が気になった。ハジメに楽器を演奏する趣味があっただろうか、と今までのメールの内容を思い出していると、優花よりも先に彼に近づく少女がいた。

 

「おまたせ、ハジメくん」

 

 と言ったかどうかは優花の視点では不明だが、その少女、香織はハジメの横のチェロを背負った後に、ハジメに手を差し出した。そして、画家は演奏者の手を取り、手を繋いだままその場を去っていった。

 

 

 

(あれ、恋人繋ぎよね……)

 

 その日の夜、優花は眠る事が出来なかった。自分がハジメに恋をしている事は最早疑いようが無いし、疑いたくも無い。だが、彼には既に恋人がいた。

 

―――生活の大半がくだらない妄想気味の感傷で満たされていた。

 

優花は自身をそう評価する。自分が抱えていた悩みは、未開の世界へ踏み込んだが故に、前後不覚に陥ったものだった。洞穴の逆光、サイケデリックな皮肉と哲学の日射に酩酊し、足元すら覚束ない幻覚。

 

一方で、これがただの妄想である事も自覚していた。自分が魔境だと思っているその領域は、実際の所、既に誰かが開拓したものだ。周囲の人間から見たら、優花は異常者に見えていることだろう。何故なら目の前に見える大海も、オーバードーズの後のような歪みも、結局は園部優花という一人の少女の脳内で完結しているのだから。寧ろ、本を読んだだけでここまで悩めること自体、思春期の成せる業なのかもしれない。

 

―――蔑めばいい、暴けばいい、いっそ私を壊せばいい。

 

 やがて優花の心は、諦観と自棄に浸食されていった。友人に相談しても首を傾げられ、「もっと明るい事を考えなよ」とか言われる始末。彼ら彼女らは悪い人間ではないのだが、この手の相談には不向きであった。悩んでいる人間にとって「明るくなれ」と言われる事は、極論を言えば極刑宣告に等しいダメージを与える。

 

 ダメもとでクラス担任の教師に相談をしてみたが、結果は友人達のときよりも酷いものだった。優花が思索的な憂鬱や読んだ本の内容を口にする度に、教師の顔は不快気に歪んでいった。そして、ハジメに語ったように、悩みを拒絶された。後で分かった事だが、この教師は他の学校で文武両道の華々しい活躍をしていた天之川光輝という少年を中学生の模範とし、自分の生徒を彼のように育てようとしていた。

 そのような人間にとって、読書から哲学的な啓蒙を得てそれについて悩む優花のような生徒ほど不快で可愛げのない存在はいなかったに違いない。

 

 他人に相談する事を諦めた優花は、敢えて本を読み漁る事にした。本がきっかけの悩みなら、本を読めば解決するのではないかという発想だ。或る意味、毒をもって毒を制すという方法に近いものがある。選んだ本はアメリカ文学が多かった。意図して選んだわけではなく、自分の肌に合う物を選んだら偶々そうなっただけだが。優花は以前にも増して読書量が増え、友人との会話が減っていった。

 

仲の良かった友人は一人ずつ離れていき、中にはあからさまな陰口を言う者も現れた。後に本人はこの行動は致命的なミスであったと語るが、遅かれ早かれ同じような結末になったようにも思える。それでも付き合いを続けた宮崎奈々や菅原妙子といった友人は高校に入っても交流があるが、彼女らでも優花の悩みを解決できず、彼女が孤独に近づいたことは間違いない。

 

しかし、一部の悩みは解決したが、それはまた別の思考の迷宮を生み……という無限ループに陥り、一進一退の状態に嵌ってしまった。

 

そんな彼女にも転機が訪れる事になる。優花が無意識的に相談する事を避けていた両親が娘の変化に気付いたのである。二人が半ば強引に聞き出すという手法で優花と何度か話をした。そして、彼女の助けになればという考えで『ゼロ』ことハジメと対談させた。優花や自分達とは異なる経験を経てきたハジメならば、なんらかの化学反応を引き起こしてくれるのではないか、二人はそう思ったのだ。

 

結果から言えば、それは成功した。とはいえ娘がハジメに対して恋心を抱くことまでは予測できなかったようだが。

 

「あっ―――」

 

 優花の胸に痛みが走る。自分の悩みに寄り添ってくれた少年。優花は少年に恋をした。420ですら見放した地動説、天動説論者に潰される前に手を差し伸べた悪魔(ゼロ)。真善美を嘲笑うかのような飄々とした悪魔は、天使に救えぬ罪人を助け出した。おかしくなってしまう事をどうして恥じる? 完璧で間違った旋律を聞かせた彼。思考を休めるな、脳を研ぎ澄ませろ、と、この世界の人間にとっては拷問にも等しい行為が、優花にとっては救いだった。

 

 また胸が疼く。今度は声が出ない。空気が掠れたような音が漏れるだけ。胸元に『A』の文字を縫い付けられたような苦痛に、少女の目から涙が零れる。その涙でさえ、カプサイシンのような熱を持っていた。

 

 この世界に創造者が存在するなら、優花は恨み言を吐きたい気分だった。感情などという煩わしい物を創り出した存在に。

 

「―――っ」

 

 胸の『A』、ナサニエル・ホーソンの『緋文字』にて、牧師のディムスデールと不貞を働いたヘスターは胸にAdulteress(姦婦)を意味する赤いAの文字を縫い付けられる。部外者であるその話の語り手でさえ、「焼かれるような熱さを……まるでその文字が赤い布でなく、赤熱した鉄であるかのような熱さを感じた」と述べるほどの物だ。当事者の優花が感じている熱は、言語化するのは不可能であろう。

 

「……」

 

 優花はハジメをウィステリアの定休日に呼び出す事にした。縫い付けられた『A』を清算するために。

 

 

・・ ・-・・ ーーー ・・・- ・ -・ーー ーーー ・・-

 

 

 日が傾いた午後の洋食店に、一人の客が訪れた。この日は定休日だが、店側が招待したのである。その客、ハジメは店内に入り、程なくして招待した人物、優花を見つけた。

 

「早いわね」

「遅れたら大変ですから。ピアノの演奏を独り占めなんて、中々無いですからね」

「ふふ、それもそうね。ちょっと準備するから、セットリストでも読んで待ってて」

 

 ハジメは言われた通りにセットリストに目を通す。そして、彼女が自分を、それもわざわざ定休日に招待した理由が分かってしまった。

 

 

 

 優花はピアノの前に座る。今回演奏するのは、全てが自分で作曲したオリジナルだ。ハジメを巻き込んだ盛大な我儘に、セットリストのギミックに彼は気付くだろうか。酒も煙草も出来ない年齢が恨めしい。アルコールに酔って全てを忘れられたら、煙草の煙と共に憂鬱を吐き出し、想いを清算出来たらどれほど心地良いか。年齢に影響を受けない清算方法としてはドラッグというのもあるのだろうが、優花は手を出す気にはなれなかった。

 

 だから優花は音楽に酔い、想い人に当てつけるようにピアノを弾く。

 

 

 

 一曲目の演奏が始まった。曲名は『ウォッカギブソン』、ウォッカベースにドライベルモット、パールオニオンを加えた、強めの飲み口が特徴のカクテルの名前だ。『ギブソン』という名前はアメリカのイラストレーターが由来であるらしい。

曲自体もアップテンポで強めの音が多い物で、最初の曲としては無難なものだろう。だが、この曲、いや、この演奏会自体が、優花の想いの告白である事にハジメは気付いていた。過去に読んだ本にカクテルを扱った物があったのだ。

この曲のカクテル言葉は『隠せない気持ち』である。

 

優花は『ウォッカギブソン』を弾き終えると、一息吐いて二曲目の演奏に入る。曲名は『ライラ』、ウォッカ、コアントロー、ライムジュースというレシピのカクテルで、分量は殆どウォッカである、飲んだらしっかりと酔える代物だ。

カクテル言葉は『今、君を想う』。恋人を持つハジメへの恋に酔っているという、優花なりの懺悔の曲なのかもしれない。

 

三曲目は『テキーラサンライズ』。燃えるような朝焼けを表現したテキーラとオレンジジュースのカクテル。テキーラのパンチ力とオレンジジュースの飲みやすさを兼ね備えた定番のカクテル。

曲調は先程よりも緩やかで、スローテンポという程ではないが、先の二曲のように速い旋律は無い。ハジメのおかげで優花の夜が明けたというメッセージでもあった。

カクテル言葉は『熱烈な恋』

 

三曲目が終了して四曲目に入った。ここまで15分弱演奏しているが、演奏している方もそれを聞いている方も疲労は無い。何故ならこれは演奏会という名の二人の会話だ。言葉は一つも無いが、感情はダイレクトに伝わってくる。これは、二人の関係の清算だ。

 

四曲目は『フォーリンエンジェル』、ジンベースにレモンジュース、ミント、ビターズを加えるが、分量はほぼジン。飲み過ぎには注意が必要だ。『堕天使』の名を冠する、これまでとは打って変わったスローテンポの曲は、周りになじめずに弾き出された優花自身を象徴する曲なのかもしれない。理不尽に天界を追い出された堕天使が地獄の悪魔に恋をした。そういう恋物語の曲なのだろう。

カクテル言葉は『叶わぬ願い』

 

 ハジメが真剣に演奏を聴く中、演奏会は最後の曲に入る。ピアノは壁に向かって設置されており、ハジメからは優花の表情は見えない。それでも、ハジメは彼女がどんな表情で弾いているのか分かる気がした。

 

 最後の曲は『XYZ』。様々な感情や旋律が入り混じった、この演奏会のフィナーレを飾るのに相応しい曲だった。カクテル言葉は『永遠にあなたのもの』だが、今回ばかりはこの意味ではない。

 アルファベットの最後の3文字の名を冠したこの曲は、「これ以上は無い」「最後の」という意味を込めて演奏されていた。彼女なりのケジメなのだろう。

 

 

 

 全ての演奏を終えた優花はピアノの前で俯いたままだった。本来ならば顔を上げるべきなのだろうが、涙を流す顔を見られたくなかったのだ。

 しばらくそうしていると、ハジメが優花に近づき、鍵盤の上に一本の簪を置いた。

 

「演奏代です。在庫処理のようで気が引けますが、素晴らしいものを聞かせてもらったお礼に」

 

 優花が無言でいると、ハジメは再び口を開く。

 

「僕には恋人がいるから、貴女とは付き合えない。しかし、一人の人間として、貴女は魅力的だ」

「…………」

「貴女さえよければ、僕は友人として、話し相手になりたいと思っている。僕の恋人も、会ってみたいと言っていました」

 

 そう言ってハジメは店の扉に手を掛ける。

 

「強制はしません。携帯電話の連絡先を削除してくれても構わない。でももし貴女が、僕と話したければ、僕は出来る限りそれに応えます」

 

 その言葉を最後に、ハジメは店を出ていった。

 

 

 

「ふふふ……」

 

 ハジメがいなくなった後に、優花は笑みを零した。

 

(なんて……ひどい人)

 

 もう二度と会わないという覚悟で臨んだ演奏という名の告白。ハジメの顔を見るに、曲名がカクテルと対応していた事は分かっていたのだろう。そこに込められたメッセージも把握していたに違いない。

 だが、彼の最後の言葉が、彼との絶縁を許さなかった。優花の心に残る未練を、見事に奮い立たせてしまった。

 

「風と共に去るのは、私だと思ってたのに」

 

 そう言って、優花は扉を見つめた。

 

 

・・ ・-・・ ーーー ・・・- ・ -・ーー ーーー ・・-

 

 

(まあ、しょうがないか)

 

 時は現在に戻り、ウィステリアの営業日。一度は未練がましい自分に嫌気が差したが、あんな別れ方じゃ仕方が無いと、と開き直る事にした。

 

(全部南雲が悪いのよ)

 

 マーガレット・ミッチェルの小説のヒロインのような人間関係の崩壊を起こすまいと努力したのに、当の本人が傍にいる事を諦めさせてくれないのだ。これほどひどい事があるだろうか、と優花は思った。

 

(せめて、幸せになりなさいよね……)

 

 そう内心で独り言を言って、優花は演奏を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優花と別れた後ハジメは病室に一人、独白する。

 

「彼女にとっては実に残酷な結末だった……しかし、僕にはこうするしか無いのですよ。僕は『生きる』と決めたんだ。死に至る病(絶望)が終わる……その日まで。たとえ誰を、傷つけようとも」

 

病の苦痛に苦しみながら、悪魔(ゼロ)は祈りを捧げる。




うん、なんだろうこれ。中学生にしては大人びすぎている気もしますが、まあ自分含め読者かな中学生は一定数いるからヨシ(現場猫)

個人的に恋が成就するよりも失恋を書く方が手間がかかると思っています。この作品では失恋してしまった優花ですが、この描写をするにも苦労しまして……戦闘書いてる方が楽だったな……

オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように

  • 修理して連れていく
  • 見なかったことにして放置する
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