人形タチハ世界最強   作:三文小説家

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この辺の魔物殲滅戦が何気に癒し説在り。作者的に。


厳粛ナル哀悼―movement-1

 ウルに魔物の群れが押し寄せる数刻前、ハジメは香織の膝枕で眠っていた。目を閉じ、四肢から力が抜けきったその寝姿は人間と相違ない。

 そこに睚眦部隊の人員を配置し終わった廷がやってきた。

 

「おや、休憩中であったか」

「戦闘前に悠長とは思いますが、どうか寝かせてあげて下さい」

「良い良い。敵が来るまでは寝かせておけ」

 

 香織は傍から見たら恋人の逢瀬にしか見えない状況が廷の不況を買うのではないかと心配したが、廷は笑って済ませた。リリスの話ではかなり冷厳な人物という印象だったが、存外寛容なのかもしれない。

 

「童の天職の根幹は演算能力の強化。確かに、人間共には理解しがたい……否、評価されがたい物であろうな。そして、ステータスこそ代行者の中では脆弱じゃが、根幹がシンプルかつ凶悪であり、それ故に対処は難儀を極める。どのような力を持っておれど、観測、知覚不可能な事象や時間軸からの攻撃は厄介極まりないからのう」

 

 一息ついて、ハジメの頭を撫でながら廷は続ける。

 

「しかし、それ故に意識海への負荷は計り知れぬ。機体自体のスペックを向上させて尚、行動不能な時間が発生する程にな」

 

 廷はハジメの弱点を正確に見抜いていた。脳を酷使した人間が睡眠を要するように、膨大な量と速度で演算を行うハジメには休息期間が必要となる。機械故に味方は見落としがちで、更に敵からも気付かれにくい脆弱性。

 

 ややあって、香織は口を開いた。

 

「私、本当はコンダクターに戦いに参加してほしくはありません。それに、優しさや勇気という物を彼に与えるのも怖いんです」

 

 嘗て、ハジメの優しさに触れて好きになった香織からは少し意外な発言かもしれない。しかし、それにはしっかりとした理由がある。

 

「コンダクターは、優しすぎるんです。あまりにも優しすぎるから、自分や他者から苦痛を完全に取り除くことを考えました。考えて……しまったんです」

 

 色々と複雑な理論や哲学を語ってはいたが、元を正せば至ってシンプルな発想であると香織は語る。自分や他者から苦痛や不幸を取り除くにはどうすれば良いのか。哲学の至上命題の一つ、『幸福』に通ずる部分でもある。

 

「そして、彼は全てから救済されるには『死』以外有り得ないという結論に達してしまいました」

 

 実際、パニシングの患者が地球にて救済されるには『死』以外に有り得なかった。しかしハジメとて、その経験から一足飛びにその結論に至ったわけではない。持ち得る、そして手に入れ得るあらゆる知識と思想を用いて思考し、検証した。

 

 だが、『死』以外の方法は見つからなかった。苦痛を取り除く、安息を与える、それらの行為を可能にするには常に死が纏わりつく。

 

 ハジメは死に執着しているのではなく、消去法的に考えてそれ以外の方法が見つからなかったのだと香織は語る。

 

「万物に遍く死を……元は優しさによって培われた行動や価値観が、独善的な救済に集約されてしまった。病室で笑顔と共にその思想を語られた私は、言葉を失いました」

 

 まだ青年どころか少年の域を出ていないハジメが純真無垢な笑顔で語ったその救済は、同い年の香織を戦慄させた。後に〝魔王〟と呼ばれる少年が垣間見せた利他の精神、人類への献身。それは人類殲滅の思想だった。

 

「……訳もなく、『止めなきゃ』と思いました。私が望む通りにコンダクターを支配する行為と言われれば、反論は出来ませんけれど。畑山先生を始めとする、『優しさ』や『勇気』を信奉する人を拒絶したのもそれが理由です」

 

 仮に『優しさ』を極めてしまえば、ハジメは人類に死の救いを与えるだろう。仮に『勇気』を極めれば、やはり人類の殲滅の為に動くだろう。『寂しくない生き方』、利他の精神、それを遂行するには虐殺者となるほかない。

 

 そして厄介な事に、その理屈を語ったところで大抵の人間は納得しない。何故なら、普遍的な人間にとっては死は救済とは対極に存在するものだからだ。だから、愛子や光輝にハジメを説得する事は不可能である。

 

 全く以て皮肉な事だが、逆説的にハジメが自己中心的に生きているうちは常識の範疇に収まるのである。どれだけ奇行をなそうとも、どれだけ弾丸のような言葉を放とうとも、人類殲滅シナリオよりかは幾らかマシであろう。

 

『私は人類がどうなろうがどうでもいい! 仮にハジメ君の言う通りだとしても、君が、壊れちゃうよ……』

 

 そんな壊れた思想を語るほどには、ハジメは既に壊れているのだろう。しかし、それが善行であれ悪行であれ、ハジメも世界も壊れてしまうであろうことは想像に難くなかった。ハジメにとっては、人を救うも殺すも同じ結論なのだろう。

 

 だから、香織は第三の道を与えることにした。すなわち、人類なんて、善性なんてどうでもいいと少しずつ刷り込んでいったのである。

 

 虚空で不確かで虚飾で、心に存在するのが信念も何も無い虚無であっても良いじゃないか、我儘で良いじゃないか、エゴばかりで良いじゃないか……そう吹き込むたびに、香織は自分が塵になっていく気がした。灰になっていく気がした。爪が、腕が、眼が、声が、心臓が、霧に、空になっていく。

 

 きっと、これは褒められた行為ではない。しかし、他者に尽くした先に迎える終焉より、自己中心的に生きて終わる方が少しは素敵だろう。そんなどうしようもない理念のもとに、香織はハジメに尽くした。

 

 世界の終焉を視野に入れた天人五衰に所属しているのも、クラスメイトを救うよりも多少はマシな結果になるというだけの理由である。

 

 廷はその話を黙って聞き、そして同意した。

 

「実は、妾も似たような結論に達した事がある。利他の精神を発揮すればするほどに、行動は独善的に、自己中心的になるのじゃ。反対に、妾が私利私欲によって動いた事がきっかけで莫大な利他行為となった事もあるしのう……この不可解な業は呪いか罰か、数百年生きておる妾にも分からぬわい」

 

 香織がこの話をした理由は、人生の先達である廷ならば何かしらの答えを期待できると思ったからかもしれない。しかし、そんな彼女を以てしても暫定的な答えすら出ない。

 

 他者の為に命を間引く事は、自己の為に敵を滅するより崇高な事か? そう思えたら楽なのだろう。善性や道徳を疑いもせずに受け入れられればそれは幸福であろう。しかし、善性や道徳の果てに存在する物が救いのない物であった場合、それは世に言う悪行と大差無いのではないだろうか。

 

「さて、そろそろ敵が来る頃ですかね」

 

 そんな話をしていると、香織の膝からハジメが起き上がり山脈の方を見据える。その傍らで香織の手を取りお礼を言った。

 

「すみませんね。寝てしまって」

「娘にも言ったが構わぬ。配備や準備は全て終わっておるでな」

「ええ本当ですよ。第三障壁まで作りましたからね。もはやどんな敵が押し寄せるんだか戦々恐々としておりますよ」

 

 ハジメ達は背後に並ぶ二枚の防壁を見やる。エリコの壁のように頑丈な防壁が今乗っているものも含めて三枚。これだけあっても街への被害は発生するであろう想定の敵が今から押し寄せるらしい。

 

 ハジメが装備の点検をしていると、優花とユエ、そしてリリスが戻ってきた。

 

「ただいま。街の住人は全員追い払った……んっんっ、避難したわよ」

「……この状況で『故郷を離れられない』とかいう奴いたけど、ハッキリ言って邪魔。黙って死ぬだけなら良いけど、連鎖的に私達まで被害を受けかねない」

 

 防壁まで作って大げさと思うかもしれないが、敵が律義に壁の向こうから来るとは限らない。上空から直接兵器や魔物を投下してくる可能性だって大いにある。そして、敵はそれが可能である。

 

 故に、住人は作戦行動の邪魔にならないように全員を避難させ、各ポイントにそれぞれ人員を配置した。幸い、それなりに人数も戦力も多い。

 

「触らぬ神に祟りなしと言いますが、この世界にいてこの組織に属する以上は触らぬ神にダル絡みする必要もあるわけで」

「エキセントリックな自殺方法ね」

「ならせめて万全の状態でやりたいじゃないですか」

 

 なお、今回はリリスの展開する異空間は使わない予定らしい。なんでも王都に似たような防御措置を講じているらしく、あまり大規模な物を展開してタネが露見するのを防ぎたいとか。

 

「まあ、どうにもならなくなったら使いますよ。もうバレてる可能性もありますしね」

 

 何処からバレるのかという問いはあまり意味を成さないとリリスは語る。裏の性格など完璧に隠すのは不可能に近いし、リリアーナ王女を排除するためなら敵に情報漏洩する位普通にやるのが人間である。

 

 また、正面の壁に配置するのはハジメ、香織、優花、ユエ、廷、リリスの六人である。他は側面から攻めてくる敵や街を直接攻撃してくる敵、隠密行動をしてくる敵の対処に割り振られている。

 

「おっと、作戦会議が終わったところで敵がおいでなすったようです」

「……ねえ、ちょっと聞きたいんだけど」

「何です?」

「なんで今の一瞬で腕が五本になってるのよ」

 

 六人で話し合っている間にハジメの腕が三本増え、うち二本は後ろ手に棺を抱えており、一本は首と背中の間から真後ろに伸びていた。

 

「まあ、増えたというか外付けのアタッチメントなんですけどね。なんか腕二本じゃ足りなくなりそうだったので」

「それで実際に腕増やしたのね……」

「それで、その棺は何が入ってるの? 黒ノ哀悼とは別の物みたいだけど」

「朱樺やアストレイア等の武器一式ですね。まあ、収納以外にも機能はありますが」

 

 尤も、この腕や棺は宝物庫に仕舞っておくことも出来る。しかし、今回のように出しておく方が便利な事もあるのだ。現に、二本の手で棺を開き、もう一本の手で武器を取り出している。

 

「て、それは良いから早く迎撃しないと」

「慌てる必要はありませんよ、香織。既に攻撃は開始されています」

 

 見れば、ハジメが配置した数々の黒ノ哀悼から無数の折鶴が魔物に向けて飛来している。千や二千はゆうに超えているだろう小型機の群れを直接操作しているハジメの演算能力はやはり昇格者から見ても人並外れている。

 

「吹雪は終焉の使令なりて」

 

 折鶴の群れが通った後に全てを凍てつかせる吹雪が過ぎ去る。折鶴の周囲の気体を操り、局所的に天候を操作したのだ。

 

「生者は歯ぎしりしながら罰を憎む」

 

 折鶴によって作られた乱層雲が凍てついた魔物やそうでない魔物を雨で進路を遅らせ雹や落雷で滅ぼしてゆく。

 

「しかし赦しは慈悲に非ず」

 

 また別の場所では炎属性の最上級魔法〝蒼天〟に匹敵するような炎を展開していた。ハジメがユエと共に魔法を解析、演算して再現した〝蒼天・零式〟を折鶴によって更に再現したのだ。

 

「齎すは悲劇最果ての顫音(せんおん)

 

 かと思えば折鶴が竜巻を作り、炎をも巻き込んで周囲の全てを滅ぼしてゆく。その規模は日本であればビル数棟は軽く吹き飛んでいる程。そんな規模の現象が手を変え品を変え各地点で同時多発的に発生している。

 

 事前に黒ノ哀悼を配備するなどの準備有りきとはいえ、殲滅力は圧倒的な力で茯神を一方的に叩きのめした廷も少し驚くほどであった。

 

 これが大量の小型アーティファクト〝折鶴〟による攻撃。総じて〝厳粛なる哀悼〟と呼ばれている。敵を蹂躙する様を哀悼と呼べば、少しは崇高なる行為と思われようか。

 

「さて、正面の粗方は削りましたが……」

 

 香織の反響定位には上空からの攻撃や側面からの隠密部隊、更には大雑把な攻撃を掻い潜ってきた正面からの敵もいる。

 

「ここからが本番のようですね……」

 

 ハジメ以外も戦闘態勢を取った。ウルでの闘いはまだ始まったばかりである。

 




 もうハジメが名実ともに死んだ蝶の葬儀になってきました。見た目や技名からして隠す気ないし。何処に向かってんだろ。おまけに側だけならともかく理念自体もそっち寄りという。

備忘録

ハジメ:優しさに従うと殺人鬼になる。とりあえずこれだけ覚えておいて欲しい。仮にコイツが寂しくない生き方を選択したら人類殲滅に舵を切っていた。クソメンヘラがよ……

厳粛なる哀悼:小型アーティファクト〝折鶴〟によって為される一連の行為。流石に全て直接操るのは効率が悪いため、ある程度の規則性を確立するために行動命令となる言葉が設定されている。が、普通にランダムに動かす場合もあるのでやはり化け物。行動命令となる言葉は全て合わせるとハジメが作った詩になるとか……

吹雪は終焉の使令なりて:言葉通り、吹雪を起こす。しっかり気温も下げていくため、敵が生物であれば体温が急激に低下する。そして凍るので動け無くなる。

生者は歯ぎしりしながら罰を憎む:乱層雲を作り出す。直接的な攻撃は雹や落雷だが、雨で行動阻害したり、前述の吹雪を作る補助にしたりもできる。

しかし赦しは慈悲に非ず:炎によるシンプルな熱攻撃。重力魔法で周囲の気体の分子運動を加速させるなどの操作を加え、発熱や燃焼を引き起こしている。

齎すは悲劇最果ての顫音:折鶴を周回させ、竜巻や台風を引き起こす。周囲の炎を巻き込むことも可能。

汝を見つけるは月明かりを撫でる協奏:行動命令となる文言は登場していないが、ウィルを探していた時に使った。偵察目的で動かす場合に使う。

オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように

  • 修理して連れていく
  • 見なかったことにして放置する
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