人形タチハ世界最強   作:三文小説家

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厳粛ナル哀悼—movement-5

 魔物と人間の集合体『ウェンディ』。人間の身長をゆうに越した巨大な球体のような外見をしており、中心には赤い瞳のような同心円がある。更に、天使文字で構成された触手とも外殻ともつかないものに覆われてもいた。ただ、タコなどの海洋生物というよりは、巨大な植物の種子といった印象を受ける。

 

「私タチの世界……ワタシタチの街!」

 

 ウェンディはそう言うと、瞳から大量の魔弾を放出してくる。一致団結の結果、新たな境地に至ったらしい。いくらなんでも協調性が高すぎる。

 

「なんで私達の方に悪感情向けてくるのかしら。結果的にとはいえ、見捨てたわけでもなく真面目に対処しているのに」

「さあ? とはいえ、どのような行動を取ろうと結局は非難される定めにあるようですねえ、我々は」

 

 優花が魔弾を戦輪『イエスタデイ』で吸収する傍らにハジメに疑問を呈するも、ハジメも弓型に変形したアストレイアで攻撃部位兼弱点と思われるウェンディの赤い瞳を射抜く。

 

「分からないけれど、聞こえてくる旋律は嫉妬、怒り、羨望、悲しみ……私は心理学者じゃないから詳しい考察は出来ないけれど、侵略してきた魔物への憎悪と、自分達の手で解決できなかった哀しみ、後は、私達の力への羨望や避難のためとはいえ強引な手段を取った事への不満かな」

「もう諦めて帰りません? 敵強いですし。あ、土に還るでもウェルカムですよ痛い」

「ハジメ、学んで」

 

 ハジメの足を香織が踏んでおり、ユエがそれに呆れながら苦言を呈する。どちらにしろ放置はできないし、土に還るにしても香織達が許してはくれないだろう。

 

「まあ、そもそもヤバけりゃ逃げるっていうのは最初から決めてたしね……逃げるって手もあるわよ」

「そうですね。カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさいとイエス・キリストも仰っているわけですし? トータスの厄介ごとはトータスに返すのが道理かもしれませんね」

 

 優花が念の為の確認としてハジメに進言する。キリストの教えを凄く自分勝手に解釈して異世界転移ものを全否定しているが、それに異を唱える者はいない。そもそも、自分達が何をやっても街の住人は非難するのだ。他者からの承認などとうに諦めている身ではあるが、ここまでロバを売りに行く夫婦のようなことをされてはアホらしくもなってくる。

 

 それに、『困っている人がいるから』『逆境から逃げない』といった理由で行動するほど純粋でも単純でもない。非難したいならすれば良いと思うが、安全圏から主戦論を唱えるほどに容易な事もまた無い、とハジメ達は言いたかった。

 

「とはいえ、目の前のコレは気に入らないんですよね」

「……というと?」

「美しくない」

 

 ハジメはウェンディの放ったレーザーを〝黒ノ哀悼〟からミウラ折りにされていた盾を展開して防ぐと、余った腕でゼロスケールを撃った。

 

「こういうのに美しいも汚いも有るの?」

「文学的、美術的、道徳的観点からの美はこの際考えていませんが、あくまで数学的感性によって、目の前の魔物『ウェンディ』を『美しくない』と結論付けました。いわば未回答の予想、不完全な証明、非論理的な思考……僕が考えた1京2602兆1232億9733万5631の煽り文句の方が美しい」

「それが冗談じゃないとしたら、もっと他にやるべきことがあると思うよ、コンダクター」

「なので、僕はこの悲劇的な醜さを劇的に解決するという非論理的で非倫理的な証明を行う。ついてきてくれますか? 楽団員たちよ」

 

 人間達にとって、美しく生きて死ぬ事は非倫理的であるらしい。ハジメが人間達の人生と、優雅で論理的な人生を送る人間やキャラクター達に批判を寄せる者達を見て言い放った言葉だ。

 

 尤も、『美しさ』の基準はハジメ本人のみぞが知るものであり、香織、優花、ユエも知らない。だが、三人にそれに対する恐怖は無い。何故ならお互いに理解できない部分があるのは当然だから。

 ハジメの芸術も、香織の音楽も、優花の文学も、ユエの月光もお互いに理解しきっていることなど何も無い。

 

「聞いて」

「なるほど……周囲に魔物の影を召喚する能力もあると」

 

 香織によって周囲の戦況が正確に明らかになる。ハジメ達の周囲には怨嗟の声を上げる魔物の影たちが楽団死期を取り囲む。そして、軽く殴ってみたところ、どうやら実体よりも強いらしい。防壁外で攻撃を仕掛ける雫、紅、シア、睚眦部隊達も苦戦を強いられているようだ。

 

「怨霊……というものでしょうか。攻撃は通るようですが」

「無限に無秩序に影を召喚して、無数に魔弾を放つ……正に無法ね」

 

 ウェンディが影を召喚する場所に制約はなく、もはや防壁すら意味はない。最優先目標はウェンディの討伐である事に変わりはないものの、影も放置すれば致命的な戦況を招くだろう。

 

「廷さんも空中戦が忙しいようですし、我々で対処するしか」

 

 ハジメがそう言った瞬間に、ミサイルのような熱線が降ってきた。おそらく竜のブレスだろう。流石は代行者。恐れ入る。

 

「……いずれにせよ、ウェンディの討伐と影の排除を同時に行わなければならない。というわけで、コンサートミストレス」

「アレを出すんだね? コンダクター」

 

 香織はチェロ型のアーティファクト『ワルドマイスター』を地面に突き刺すと、ハジメが新たな楽器を取り出した。

 

 それは宙に浮かぶ人間大のハープだった。

 

 香織が本体の下部に足をかけて搭乗し、弦を弾いて音を奏でる。すると、五線譜のような衝撃波を周囲に放った後、香織の周囲を折鶴が旋舞し、彼女を護りつつ敵を攻撃する攻防一体の陣形が完成した。

 

 ハープ型アーティファクト『エーリエル』。シェイクスピアの戯曲『テンペスト』に登場する風の精霊にして、ジョン・ミルトンの『失楽園』に登場する堕天使の名を冠した兵器。空中戦と広範囲の殲滅に特化したアーティファクトであり、破壊力は随一である。今まで出していなかったのは威力が大きすぎて香織が扱いきれない部分があったことと、ウェンディ出現以前は分身生成技の〝ファントム・オブ・ザ・オルケストラ〟すら使わずに闘えていたからである。

 

「蜂と一緒に蜜を吸い、九輪草の花に()ね……」

 

 香織が原典のエーリエルと同じ事を歌いながらハープを奏でる。戦場においては場違いな静かな旋律によって引き起こされるは音波による殺戮。嫋やかな機械の指で弦が弾かれる度に周囲を破壊する音響が紡がれる。だが、それでは影は殲滅出来ず、ウェンディにダメージは入らない。

 

「コンダクター、一度スフォルツァンド(大きめの一撃)を入れる。実行後のアフターケアは任せたよ」

「……承知しました。ユエ、結界をお願いします。優花はその中に。その他の皆さんは戦闘を放棄して今から通達する範囲外へ離脱してください!」

「んっ!」

 

 ハジメの言う通りにユエは結界を展開し、優花とハジメはその中へ退避する。なお、シアや雫からは「一体何をするつもりなの!?」という悲鳴にも似た声を上げていた。特にシアは攻撃の主が香織なのも相まって、ウルに来る前の修行時に大音量によって一方的に封殺されたトラウマが蘇り、身体強化をフルに使って逃げたとか。

 

「ファーストヴァイオリン、セカンドヴァイオリン、チェロ、チューニング完了。アウフタクトののち総奏(トゥッティ)

 

 香織は旋回する折鶴に自分を護らせながら蔓で作った分身を戦場に配置していく。それぞれ、ハジメに頼んで量産してもらったヴァイオリン型アーティファクト『オディリア』とチェロ型アーティファクト『ワルドマイスター』を持たせて指示を出す。

 

「〝テンペスト〟」

 

 ファーストヴァイオリン、セカンドヴァイオリンが高速の剣技と超音波メスで敵を切り裂き、チェロが電撃を放つことで雷の雨を降らせ、最後に香織本体がハープの弦を思いきり弾き、チェロとヴァイオリンも参加して広範囲に破壊音響を撒き散らす。

 

 視認不可能、生半可な手段では防御も不可能な攻撃が音速で広範囲に響き渡る。大気を揺らし、範囲内のもの全てを破壊しつくす死の演奏だ。超音波メスも雷鳴も全ての音が香織の支配下に置かれ、攻撃を増幅させる旋律と化す。

 

「Oh, it’s a この世の終わり」

「聖書に書かれた終末ってこんな感じなのかしらね」

「あ、今までで最高の出来の結界にヒビが……」

 

 ユエが展開した結界内の三人が外の光景を見て虚無顔になる。影の耳から血のようなどす黒い何かが噴き出し、周囲の地形が木端微塵に破壊され、深刻なダメージを負いつつもなんとか生き残った影はヴァイオリンの斬撃やチェロの雷撃に狩りつくされる。まさに黙示録に描かれた天使のラッパによって告げられる終末のような光景だったのだから。

 

 また別の場所では、

 

「あのー、すみませんカオリさん。この曲を作る際に殺意以外の何かを込めましたか?」

「殺意以外も込めてはいるでしょうよ」

『殺意を込めているのは否定しないのね』

 

 シアと雫と紅が遠い目をしていた。攻撃の範囲外であればこの上なく美しい旋律が聞こえてくる。激しくも繊細であり、なおかつ壮大な弦楽器の調べとそれを盛り上げるパーカッション(雷鳴)に文句なしに感動できただろう。凄惨な光景という視覚情報を入れなければの話だが。

 

「というか……ここまで離れてても大音量として聞こえてきますぅ……街の人は大丈夫ですかねえ」

 

 シアの心配は的中しており、シア達のいる場所よりも離れた位置の避難所にいるはずの住人や愛ちゃん護衛隊の面々はこの演奏の後しばらく耳鳴りに苦しむ事となった。

 

「やったかしら?」

 

 ネタバレ。やってない。

 

 ここまで大規模な攻撃を行ってもウェンディは破壊できていない。少なくないダメージを負ってはいるが、殲滅するには足りないのだ。

 

「〝緋槍・零式〟」

 

 ハジメがアストレイアをチャージし、周囲に展開した再現魔法とともに無防備となったウェンディの目玉のような魔法陣を射抜く。

 

「ヨソモノ……この街ヲ……守る……? ギゼンシャ……」

「正直言ってこの街がどうなろうと、どうでもいいです。ただ、貴方達を殺したいだけだ」

「ドウシテ……私達を憎ム!」

「憎んでないですって。殺したいだけで」

 

 ハジメの感情のトリガーがどこにあるのか、もはや味方にすら分からない。ただ、淡々と受け答えをするハジメに、誰もが狂気を感じ取った。ライセン大迷宮での狂気的演説すら上回る上質の狂気。

 

 死んでいる目で口にするその感情を、ハジメは目の前の魔物に向けていた。

 




 備忘録

ハープ型アーティファクト『エーリエル』:

 パニグレのコレドールの武器を参考にしている。静かな所作と旋律で周囲が更地となっていく兵器。名前はシェイクスピアの戯曲『テンペスト』に登場する風の精霊から。『五線譜』が『天使文字』だったらヤバかった。

 テンペスト:

 斬撃、衝撃、電撃がキロ単位の範囲を破壊しつくす技。潜在的なあれこれを考えても、間違いなく殲滅力最強は香織。名前はエーリエルと同じくシェイクスピアの戯曲。

殺したいだけだ:

 DOD3のゼロのセリフが参考にされている。

オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように

  • 修理して連れていく
  • 見なかったことにして放置する
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