人形タチハ世界最強   作:三文小説家

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 展開については永遠に何が正しいかって分からないんだろうな。


魔ノ山―Prelude

「この世界の洗礼を受けた、といった風情かのう」

 

 復讐者が連れ去られた後のハジメに話しかけたのは(ティオ)だった。

 

「おや、廷さん。商談の方はもう良いのですか?」

「戦闘前に粗方決まっておったからのう。それに、あのような衆人環境で話せる事など、さして重要でもない。そのような事を話すならば、密室か雨の路上じゃな」

 

 特に雨の路上は良い。傘は容貌を隠し、声は雨がかき消すために盗聴も困難。そして悪天候故に狙撃手や暗殺者を妨害する。密室や船上よりも密談に向いている。と、廷はハジメにレクチャーした。そして、ハジメがそれに対して「今後の参考にする」と無表情で返事をすると、廷は暫く黙り、驚きの提案をした。

 

「お主、妾と結婚せぬか?」

 

 刹那、音が消えた。

 

「ふっ、流石に驚いた顔じゃな。幻夢の権化たる(わっぱ)の鼻を明かす事が出来たとは愉快よのう」

「脈絡が無さすぎて意味不明です」

「何、単純な話じゃよ。無数に陳情される求婚を避けるための、いわば形式的な夫婦じゃな。ビジネスパートナーとしても申し分ない。流石に全てとはいかぬが、九龍の財力や技術を使う権利も得られるぞえ」

 

 要するに、婚姻という形の政治や商売の話である。という事だろう。九龍はこの世界においては進んだ文明ではあるが、そういう所は中世らしく婚姻政策等もまだまだ残っているらしい。廷への求婚というのも純粋な好意というよりは、そのような政治的意図によるものが多いのだという。

 

「それに、妾とて酔狂で結婚などと言いだしたわけではない。童の容姿は十代後半の域を出ないが、それでも美しきことよ。白磁のような皮膚に、水滴のような瞳、そして眉目秀麗とばかりに整った並びの貌。鼻は程良い大きさで、唇は機械とは思えぬほどに潤っておる」

「機械なんですからある程度はカスタムできますよ。まあ、気が付いたらこの外見となっていた部分もありますが……近寄らないでください」

 

 廷は至近距離にまでハジメに近づき、嫋やかな指でハジメの輪郭をなぞる。この人にセクハラという概念はないのかと思うハジメだったが、そもそも異世界である。にしたって女性からここまで迫ってくるかと思わなくもないが。

 

「頬骨はこの位置か。それにしても細い(くび)じゃのう。そして不自然でない程度に長いときている。鎖骨もまた色情を煽る……これで男か。女から殺意の念を向けられそうじゃのう」

「やたらと容姿にこだわりますね」

「妾の好みは『妾よりも強い男』じゃが、政略結婚の相手に多くは求めぬ。とはいえ、外見は及第点じゃ。せめて美術品くらいの価値は見出したいと思うのが人情というものじゃろうて」

「身も蓋も無い……」

「ほれほれ怯えた表情をするでない。その仕草は妾の情を煽るだけじゃぞ」

「そうかそうか、つまり貴女はそんなやつなんだな」

 

 廷はハジメよりも背が高い。そして、ステータスはハジメよりも高い。少し押せば押さえ込まれるだろう。そうなる前にハジメは持てる演算能力の全てで廷から距離を取った。ようやく鱗粉のついた手から離れられたハジメはホッと息をつく。蝶の標本のように扱われては、たまらない。微妙なとび色がかった翅の粉が、廷の指にくっついているのをハジメは見た。

 

「折角ですが、お断りします。あまり誰彼構わず手を出すわけにもいかないものでして」

「ほう、恋人と称する女を三人も侍らせておる故、色豪の気が多少なりともあると思うたが、違ったか」

「全然違います。肉欲の宴ではなく黒死病時代の饗宴だ」

「ふむ……英雄にしては無欲に過ぎるな」

「誰も彼もが色を好むと思わないでいただきたい」

「計算違いじゃな。体のいい仮面結婚かつ、此度の戦で多大なる戦果を上げたお主への褒美となればと思うたが」

 

 廷は自分の容姿にかなりの自信があるらしい。まあ、かなり美人ではあると思うハジメ。傾国の美女とはこのような人物を言うのだろう。一部中世の美的価値観とは合致しない部分があるが、まあ、そこは異世界である。地球の史実と寸分違わぬ価値観である方がおかしい。

 

 キルケーかヴェーヌスベルクのニンフか、男の行動への熱意を妨げるものとしての官能的な喜びの女性の約束は、多少なりとも死に関心のあるエンジニアには媚薬となり得るであろう。政略結婚という微妙な関係から生まれてくる興奮、緊張、満足、失望などをこの旅路の真の目的と考えそれに夢中になり、それによって気分を左右され始めるなどということも有るかもしれない。

 

 機械の身の上でこの思考をするのもおかしな話だが、肉体、愛、死……これらは本来一つのものであり、肉体は病と快楽であり、肉体こそ死を生せしめるものである。愛と死とはいずれも肉体的な物であり、そこに愛と死の恐ろしさ、恐るべき魔力が宿る。しかし、死は一方でいかがわしく破廉恥なものであると同時に、他面実に荘重で高尚なものであり、世間一般のように金儲けに腐心するより遥かに上品かもしれない。

 

 トータスにおいて財力最強の地位に就く廷が、政略の一環とはいえ恋愛に興味を示した時点で成長かもしれない、と、廷を良く知る加百列(ガブリエラ)縁璃(ヴェンリ)が見たらそう思うだろう。

 

 しかし、ハジメにとっては知った事ではない。

 

「間に合ってます。褒美と言うなら財力と情報だけ下さいな」

「おい最低か。性格どころか顔も身体も無視して金だけタカる奴があるか」

「仮面結婚を提案して人を美術品扱いした女性が何言ってるんですかねえ。恋愛の駆け引きからビジネスの駆け引きになっただけでしょうが」

「妾はしっかり顔も求めておるわ。金以外全て切り捨てたお主と違ってな」

「最低な事には変わりないでしょうが。恋愛ごとくらい中世の欧州社会の陰鬱な駆け引きとも古代中国の後宮じみた陰湿な情念とも決別したいと言っているのが分からないのですかね。それは褒美じゃなくて嫌がらせって言うんですよ」

「嫌がらせ!? 言うに事欠いて嫌がらせじゃと!? 女を三人も侍らせておるくせして何を青い事を言うておるのか! この世界に来たからには婚姻も策略の一つと心得よ! 勝手に入り込んだ虫の分際で部屋が汚いとか抜かすでないわ!」

「そんなふうに思ってたんですか僕達転移者の事を。しかし、だらしなく窓を開けてる方が悪いですし、生ゴミまで使って呼び込んだのはこの世界ですけどねえ!?」

 

 実に醜い言い争いを代行者同士が繰り広げていた。ダヴォスのサナトリウムで展開される口論などとは比べようもなく非生産的な口論である。無論、虫だの嫌がらせだのは言葉のあやである事は両者百も承知だが、普段は冷静沈着、才色兼備で通っている二人にしては珍しく、お互いの挑発に乗ってギャアギャアと鴉のような声で喧嘩をしているのである。恩義も蟠りも無い対等な立場の二人だからこそ成り立つ光景とも言えよう。

 

 一頻り言い合った後、二人は精神的な疲労によって冷静さを取り戻した。

 

「まあ、婚姻は諦めるとしよう……」

「そもそも……政略という意味での婚姻ならば僕にこだわらなくてもいいでしょう。麗しの九龍であれば、他に優良物件が数多といるのでは?」

「九龍は天人五衰の一部じゃ。その巨大組織の中で、妾と同じく代行者である童との婚姻は本来、他の追従を許さぬ……とまではいかずとも、かなりの良縁なのじゃよ」

「思えば遠くへ来たものですねえ……実感が湧きません」

「雫や優花から聞いたが、人間族から雑に扱われ過ぎなのじゃよ、お主は。仮に召喚されたのが九龍やアトランティスであったら、瞬く間に出世したであろうよ」

「なるほど、確かにそれは破格の報酬ですね」

「しかし、お主はあまりに無欲に過ぎる。地位にも美女にも興味はない……典型的な学者タイプのようじゃからな」

「自分が美女であることをごく普通に会話に入れ込んできますね」

「この容姿で醜女と自称するのは謙遜を通り越して宣戦布告であろうよ……要らん争いを招きかねん」

 

 廷は遠くを見る。おそらく、過去に謙遜して大炎上したことがあるのだろう。それに、彼女の肩書は人間でいう所の王族に該当する物であり、謙虚なだけでは生き残れないに違いない。

 

「まあ、そんな話はよいのじゃ。とりあえず、お主に金銭面の援助と資料の閲覧権限の拡大を約束しよう」

「おや……要求しておいて何ですが、随分と気前がいいですね」

「警戒するでない。褒美は褒美じゃ。あとは好感度稼ぎといったところかの」

「前半だけであれば警戒する理由も無いのですがね……」

「青いのう……さて、お主は妾から逃げきれるかの。無論、気が変わったというのであればいつでも歓迎じゃ」

 

 〝逃げれば追いかける〟。愛子からも同じような事を言われたが、言葉の重みが違うと言わざるを得ない。愛子の場合は『面倒だが逃げる事は可能』、廷の場合は『逃げる事は甚だしく困難』といえる。

 

 そして、廷は内心でこうも考えていた。

 

(子供……じゃな)

 

 戦闘時の葛藤、非戦闘時の会話、そして恋愛や婚姻に対する青すぎるとも言える感性。それらを総合して廷が出した結論は、『南雲ハジメは頭が良すぎるだけの子供』というものだった。

 

(あまりに頭が良すぎたのじゃな……希死念慮も、天才であるが故に世界の全てが虚しく見え、意味や価値を見出せないのが理由の一つであろうな。そして、清水という男が言うには南雲ハジメの生命力は悪夢の域だそうじゃが……本質は死生有命の輪の中で苦しみ藻掻き、教師が見る光の世界よりも、妾達が見る闇の世界よりも遥かに何もない虚無の世界に独り取り残され、ただ()いている子供なのじゃろう。そして、その虚無に土足で踏み入る事ができるのは恋人の三人のみ、ということか)

 

 廷は代行者としてハジメに言うべき事を考え、口を開いた。

 

「聞け、南雲ハジメよ」

「……何です?」

「お主はおそらく、人を救う側になろうと殺す側になろうと、お主の頭脳を超える者は現れぬ」

「……今まさに思考を超えられている所ですが」

「今は、な。しかし、おそらくその環境に置かれればものの数日で適応し、全ての予測を凌駕するじゃろう。お主はそう言う意味では、生涯孤独じゃな。そして、お主の孤独を埋めるものは何処にも存在しない。お主は永遠に闇の中を彷徨うであろう」

「…………」

 

 ハジメの頭脳を超える者は現れない。ハジメの意表を突くとか、鼻を明かすとか、そのような次元の話ではないだろう。全ての存在は滅びるようにデザインされていると悟っている以上、恋人の香織が死んだとて、悲しくは有っても予想の範囲内では有るのだから。

 

「なれば、その虚無に耐えられなくなった時、妾がお主に束の間の安らぎを与えよう。お主が妾を超える刹那の間くらいは、妾はお主を楽しませる事を保証する。たった数年か、或いは数日か、お主を延命することが伴侶としての務めじゃ。延命治療を受けたくなったならば、妾の名を呼べばよい」

 

 ハジメが光の無い目で廷に答えようとした時、二人に通達が届いた。二人は顔を見合わせると、廷はハジメに問うた。

 

「童、これは予想しておったか?」

「……数ある可能性の一つとして予感はしていました。まったく、悪い意味で目の離せない人だ。この後は、香織と逢瀬をする予定だったのですけれどね。全て白紙ですよ」

「そうか……他者と関われば関わるほどに、孤独になっていくな、お主は」

 

 廷とハジメは人を集めるためにメフィストフェレスに向かった。その途中で、ハジメは独り言ちる。

 

「寂しくない生き方……それを追求すればするほどに、僕自身は寂しくなっていくのは何なんでしょうね。一人でいるよりも、香織とだけいるよりも僕は孤独を味わっていますよ、先生」

 

 遺書のような手紙を残して消息を絶ったらしい愛子に、恨むような、しかし悟ったような声で語りかけた。

 




 というわけで、ウル編はもう少し続きます。ハジメの苦悩は本当に共感できる人が少ないと思いますが、原理的に寂しくない生き方ができないんですよね、彼。彼の虚無に踏み込む事が出来たのが香織、優花、ユエであり、そんな彼女達を以てしてもハジメの孤独は埋まりません。しかし、特に香織が最もハジメに寄り添える人物であることは間違いありません。

 備忘録

タイトル:

 トーマス・マンの『魔の山』より。

オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように

  • 修理して連れていく
  • 見なかったことにして放置する
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