人形タチハ世界最強   作:三文小説家

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魔ノ山―Prelude-2

「で? 一体何が起きたんです?」

 

 ハジメはメフィストフェレスの食堂兼会議車両に笑顔で入ってきた。確実に何かに怒っている。香織との逢瀬が果たせなくなったことか、それともこの期に及んで問題を起こされた事か、その両方か。

 

「ハジメ、これ見て」

 

 優花が一つの紙切れをハジメに差し出した。それは「もう疲れてしまいました」という一文から始まり、家族や生徒達や転移前の同僚の教師達への懺悔がつらつらと書かれ、最後に「先立つ不孝をお許しください」と締めくくられた、有り体に言えば遺書であった。

 

 それを読んだハジメの感想は。

 

「見かけないと思ったら……随分と突然な自殺ですね」

「突然拳銃自殺するハジメさんには言われたくないと思いますよ」

「ただ、リアルだとは思うわよ。自殺なんて基本的に前触れはないもの」

「妙に実感が籠っておるな……」

「私自身……も、まあ関わりが無いわけじゃないんですけど、転移前の芸能人自殺ラッシュとか鑑みるとね……」

「お主らの世界もトータスとは別の意味で闇が深いな……」

「もしかして地球には自殺文化もあるんですか?」

「いや、地球でも自殺はそうあるもんじゃないわ! 南雲君が標準だと思わないで! 自殺文化なんて悪夢みたいな単語を生み出さないで!」

「それでもラッシュと形容できるくらいには自殺した人がいるということ……」

 

 平和な地球……少なくともハジメ達の故郷に静かに浸透している闇を聞いてトータス勢が少し慄く。現に愛ちゃん護衛隊の面々は動揺しているが、ハジメ一行は(雫を除いて)動揺していないので、『地球ではこれが普通なのか!?』と動揺してしまった。

 

「因みに先生がいなくなったことに気付いた人は?」

「アタシね。既に遺書だけが置いてあったけど」

「子どもって急にいなくなる特殊能力ありますよね」

縁璃(ヴェンリ)さん、先生は一応成人女性です……」

 

 第一発見者は加百列(ガブリエラ)であり、縁璃(ヴェンリ)が妙に実感の籠った声色で相槌を打つ。幼き日の(ティオ)に相当手を焼いたらしい。

 

 現在、聞き込みやハジメの折鶴、香織の反響定位などを使って愛子の捜索を(おこな)っている。念の為山脈の方に行った事も考慮しているが、流石に夜に直接捜し回るのはリスクが高い。

 

 そんな中で、優花が口を開く。

 

「まあ、突然謎の行動するのは今に始まった事じゃないけど、今回は群を抜いてるわね」

 

 それに対して清水は同意しつつも、彼の分析を話し始めた。

 

「それにしたって、この世界に来てからは変な方向にトチ狂ってたがな。まあ、あくまで予想の範囲内だが、理由は分からない事は無い。俺も似たような物だし」

「アンタそんなナイーブな悩み抱えてたの?」

「当たり前だろ。身近にいる人間が妙にスペック高い兄弟とハジメと優花(お前ら)だぞ。周りに出来る奴ばっかだと焦るんだよ……」

「ふーん……」

「お前ホント同情すんの下手くそだな。どうやって接客してたんだ今まで」

「仕事って割り切ったらそりゃ態度変わるわよ」

「ああ、お前そういうタイプだったっけね……」

 

 清水は兄弟達に対する劣等感に悩み、更に国境を越えて活躍する画家『ゼロ』ことハジメや、読書家で演奏者の香織、料理であれば同年代に比肩する者がいない優花と高スペックに囲まれていた。

 

 だから、愛子が壊れた理由もある程度は想像がつく。

 

「とりあえず転移前の学校を考察してみる。まず浅田先生。性格には難があるが仕事としては基本正しい。柳先生もまあ多少撃たれ弱い面はあるが授業は円滑に進む。天之河は教師じゃねえが、教室の壁貫通するほど圧倒的実績と成績があった。毎回遅れる、ミスる、実績が無いってのは畑山先生だけだったわけだ。で、畑山先生が一番やる気に満ち満ちているんだよ」

「理想と現実の乖離、ですか」

「つらいもんだぜ……まあ、俺達みたく結果を出して逃げられる奴ばかりじゃねえって話だ。先生だけじゃなく、護衛隊の奴らもな」

 

 一応同席していた護衛隊の面々は顔を逸らした。別に責めているわけではないのだが、護衛対象を見逃した罪悪感の手前、何を言っても批判に聞こえるのだろう。

 

 そして、原典であれば護衛隊側である優花は何かを考え、そして諦めたようにこう言った。

 

「やっぱり、よく分からないわ。そういうの」

「嘘でもいいから寄り添えや。まあ寄り添った所で不幸マウント取られて只々不愉快な思いして終わるかもしれんし、何なら拳とか水とか飛んでくるかもしれんけど、表面上くらい寄り添えや」

「なんでそこまでのリスク背負って寄り添わなきゃならないのよ」

「ん? この声、八重樫だな? シームレスに人格切り替えたな……」

 

 この話の有り余る面倒さを察知したのか、クラスメイトの前にしては人格を保っていた雫は紅に切り替わった。紅に頼りすぎないようにしようとしている雫だが、クラスメイトの前では割り切る事にしたようだ。

 

 トータスに来てからは何かと不憫な雫だが、転移前の地球では文武両道、才色兼備の女子高生だった。すなわち〝持つ者〟である。〝持たざる者〟からの好意も悪意も一通り経験済みだ。どちらかといえば好意の方が多めではあったが、今現在護衛隊から向けられているように、根の深い悪意を向けられることも多い。

 

 〝非の打ちどころがない〟人間は、凡人からすれば存在自体が罪なのかもしれない。その人間の蝶の標本を雑に扱い、手を鱗粉だらけにしながら謝っていれば、許さない方が悪という人間は多いだろう。

 

「雫達は自分の人生を生きているだけじゃない。何の法に反しているのよ」

「そんな自分勝手が許されるわけねえじゃんかよ……」

「貴方達の中では『自分勝手』なのね。このクラス、あまりに毒気に満ちてるわ。あまりに甘くて心地よい、それでいて確実に脊髄から腐らせてゆく。良かった。雫が完全に毒に浸る前に私に助けを求めてくれて」

「何が……何が言いたいんだよ!」

「貴方達に言う事は何も無いわよ。でもそうね……敢えて一つ言わせてもらうわ。雫が傷つく事で喜びを感じる奴がいるなら、私は隕鉄の刃とイザナミの雷霆(らいてい)で全ての傷を拒絶する。貴方達を喜ばせる為だけに、雫は絶対に傷つけさせない」

 

 隕鉄は天から与えられた金属として神聖視されたことも有った。イザナミは冥界に下った後に、蛆が湧き八雷神(やくさいかずちのかみ)が身体に湧いた姿を見られて傷ついた訳だが、紅はその雷霆を用いて雫を傷から護ると宣言した。どれほど強い意志なのか、ハジメ達には痛いほどに伝わる。

 

 尤も、日本神話など知らない護衛隊の面々には伝わっていないのだが。

 

「なんだよそれ! 意味わかんねえよ!」

「じゃあ最後の言葉だけ覚えておきなさい」

「自分だけは傷つきたくないってか! 良いご身分だな!! 訳の分からねえこと言って、訳の分からねえことやって、俺達も愛ちゃんも馬鹿にしていじめたくせに!!!」

「我々は理解を求めた覚えは無い」

 

 紅と護衛隊の言い争いに、ハジメは静かに終止符を打った。そして、

 

「ただいま。いいご身分の捜索隊の帰還だよ」

 

 今しがた帰ってきた香織が機械の肌に青筋を浮かべて立っていた。

 

「おかえりなさい、香織。調子はどうですか」

「駄目だね。声も聞こえないし、音響測定にも引っかからない」

「なんだよ。見つかんなかったのかよ」

「それなら、自分達で探しに行けばいいんじゃないかな?」

 

 文句を言う護衛隊達に、香織はすげなく返した。その言葉に反論する術が無い事を、香織は知っている。そして、先程から何も発言できず、ただ黙って縮こまるだけの奈々と妙子を優花が外に連れて行った。

 

「それで、さっきから外まで聞こえていたけれど、貴方達は私達になりたいのかな? 正確には私達の位置、だけど」

「違えよ! 俺達はただお前らが自分勝手な事に怒ってるんだ! 論点すり替えるなよ!」

「じゃあ、こういうことかな。自分達と同じ苦しみを味わえ。自分達と同じ位置まで堕ちろ。これが貴方達の言いたいことなんだね」

 

 香織は感情を感じさせない声でそう言った。そして、護衛隊の返事は沈黙だった。この場合の沈黙は、肯定と受け取って良いだろう。香織は溜息を吐いて言葉を続けた。

 

「あまり自分を憐れまない方が良いよ。それは終わりなき受難曲の始まりだから」

「憐れむ必要の無い奴に言われてもな……」

 

 自虐した表情で吐き捨てる護衛隊に、香織は眼を細くして告げる。

 

「何度も憐れみそうになったよ。ヴィヴァルディ、バッハ、モーツァルト、ヴィエニャフスキー、シェイクスピア、ディケンズ、ゲーテ、マン、ダンテ……私の敵わないライバルがどれだけいると思ってるの」

「誰なんだよそれ! 分かんねえよ!!」

 

 護衛隊達は香織の上げた作曲家や文豪の名前を半分も知らなかった。そして、本を読まない彼らに、音楽を聴かない彼らに、香織の苦悩は理解できない。哲学も美術もジャズも料理もチェスも知らない彼らには、ハジメ達の苦悩は永遠に理解する事などできないのだ。

 

 無益な言い争いにハジメは再び終止符を打つ。

 

「奥底にある他人の気持ちを推し量れる者など、いやしない。我々に許されているのは、ただ惑う権利だけです。理解したくないというのならしなければいい。それは貴方達の選択だ。我々の妨害をしないのならば、目障りな我々は近いうちにいなくなる」

 

 『僕達』ではなく『我々』。ハジメはクラスメイト達と明確に別の組織であると線を引いた。それは、護衛隊達との溝が決定的となった事を意味する。

 

 ハジメは外に出る前に、クラスメイト達の方を振り向いた。

 

「そうそう。無能だなんだと蔑まれましたけど、僕は『錬成師』と『数学者』という天職で良かったと思っていますよ」

「……何が言いたいんだよ」

「別に。ただ、愛しい人に言われたんです。破壊するよりも、作る方が良い。その方が幾分か素敵だ、とね。そうでしょう? 香織」

 

 香織は頷く。人類殲滅計画を提案した時の、病室の会話が思い出された。香織は、ハジメに優しさを忘れるように提言したが、結果的にハジメは文学や音楽や絵画の世界に戻る事が出来たのだ。

 

「貴方達がその汚泥から抜け出せるとしたら、孤独を恐れない事が必要でしょうね」

 

 ハジメの背に、再び心無い言葉が投げつけられる。

 

「そんなのは、所詮そうできた奴の言葉だ!」

「待てよ! 逃げるのか!」

 

 逃げるに決まっているだろうとハジメと香織は思う。どうあっても、彼ら自身が選択するしかないのだ。汚れてしまった悲しみに降りかかる吹雪は、さぞや心地の良い事だろう。それに浸っていたいというのであれば好きにすればよいのだ。

 

「これが〝寂しくない生き方〟ですか。先生」

 

 「くだらない」と、ハジメはここにはいない教師に向けて毒を吐く。自分の人生は自分で決める。あの中で泥水のような言葉を投げつけられるくらいならば、愛子曰く孤独に生きた方が余程マシだ。幸い、パトロンはいる。

 

 画家は演奏者と手を繋いで、夜道を歩いた。その時間は無為で、穏やかで、ゆったりとした時間だった。

 

 散ってしまっても構わない。春になれば、また満開の桜が咲くのだから。

 




 別に護衛隊の面々が嫌いなわけじゃないんですけどね。ほら、IQが違い過ぎると会話が成り立たないっていうじゃないですか(酷い)。それと同じようなものです。

オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように

  • 修理して連れていく
  • 見なかったことにして放置する
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