ハジメ達はメフィストフェレスでフューレンに向かっていた。勿論、捜し人であるウィル・クデタも同乗させている。というか、色々あって忘れていたが、彼を連れ帰ることが当初の目的であった。
案の定、「自分も街の役に立ちたい!」とウィルがごねたが、ハジメ達にも都合というものがある。そもそも、ハジメ達はあの闘いに参加する必要すらなく、逃げ遅れたがために敵の迎撃に徹したに過ぎない。後は廷率いる九龍衆とリリスがどうにかしてくれるだろう。幸い、彼女等はハジメ達よりも強い。その辺りの事を懇切丁寧に説明した後、ウィルをメフィストフェレスに放り込んだ。納得したかは分からない。が、彼が納得するまで待つ義理もない。
奇しくも優花の言っていた『行ってみて、ヤバけりゃ逃げる』が実行に移されたのであった。
「きっと、今すぐ魔人族の工場に戻って、ウルの街を救済するのが正しい人間のする事なのでしょう。しかし、僕は正しさの側から嫌われた人間だ」
運転席でのハジメの独白を聞いていた香織は、何の反応も示さなかった。その言葉の正しさを、トータスにおいては誰よりも知っていたから。それよりも、ハジメの病がこれ以上進行しなかった事を喜ぶべきであろう。あの亡霊のような魔人族はハジメにとって劇薬だった。愛子達もそうだ。ウルの街はあらゆる病原が入り混じった、〝魔の山〟であった。
「フューレンの街での先約は優花ちゃんだけど、移動中くらいは私が傍にいても良いよね……」
香織は無表情で列車を走らせるハジメに寄り添う。ハジメの
愛子達は置いてきてしまった。目的地も違うし、廷達ならば悪いようにはしないだろう。諸々の問題が解決した後に元気に農地改革を続けて欲しい。結局和解は出来なかったが、それも仕方のない話である。
ハジメと愛子では、結局のところ生きる世界が違い過ぎたのだ。そして、暗い情念渦巻く中世の欧州社会のようなこの世界では甚だしく不適合だったとも言える。
「それよりも……はあ……天人五衰は人使いが荒い」
「……今度はなにを頼まれたの?」
「それはですね―――」
ハジメは香織に説明する。フューレンの街で起きる、〝鮮血のヴァレンタインデー〟について。
「ウィル! 無事かい!? 怪我はないかい!?」
以前の落ち着いた雰囲気などかなぐり捨てて、視界にウィルを収めると挨拶もなく安否を確認するイルワ。それだけ心配だったのだろう。
「イルワさん……すみません。私が無理を言ったせいで、色々迷惑を……」
「……何を言うんだ……私の方こそ、危険な依頼を紹介してしまった……本当によく無事で……ウィルに何かあったらグレイルやサリアに合わせる顔がなくなるところだよ……二人も随分心配していた。早く顔を見せて安心させてあげるといい。君の無事は既に連絡してある。数日前からフューレンに来ているんだ」
「父上とママが……わかりました。直ぐに会いに行きます」
イルワは、ウィルに両親が滞在している場所を伝えると会いに行くよう促す。ウィルは、イルワに改めて捜索に骨を折ってもらったことを感謝し、ついで、ハジメ達に改めて挨拶に行くと約束して部屋を出て行った。
ウィルが出て行った後、改めてイルワとハジメが向き合う。イルワは、穏やかな表情で微笑むと、深々とハジメに頭を下げた。
「ハジメ君、今回は本当にありがとう。まさか、本当にウィルを生きて連れ戻してくれるとは思わなかった。感謝してもしきれないよ」
「いえいえ……彼のメンタルについては心配していましたが、あまり気にする必要もなさそうで」
「まあ、その辺りはサリアがいればどうとでもなるだろう。それより、天人五衰という組織についてはキャサリン先生から聞かされていたが、まさか何万もの魔物の大群を撃退できる戦力があるとはね……おまけに、大半は君が倒したらしいという話じゃないか」
「随分と情報が早いですね……」
「ギルドの幹部専用だけどね。長距離連絡用のアーティファクトがあるんだ。私の部下が君達に付いていたんだよ。といっても、あのとんでもない移動型アーティファクトのせいで常に後手に回っていたようだけど……彼の泣き言なんて初めて聞いたよ。諜報では随一の腕を持っているのだけどね」
そう言って苦笑いするイルワ。最初から監視員がついていたらしい。ギルド支部長としては当然の措置なので、特に怒りを抱くこともないハジメ。むしろ、支部長の直属でありながら、常に置いていかれたその部下の焦りを思うと、中々同情してしまう。
「さて、君達の所属する天人五衰という組織にも興味がある。話を聞かせてくれるかい?」
「構いませんよ。ちょうどこちらからもお願いしたいことがありましたし、とはいえ僕は新入りですからね。知っていることもそれほど多くは無いですよ」
「構わないよ」
ハジメは天人五衰について話した。
「これはまた、凄い組織だね……竜人族に深人族、更にはリリスと名乗る道化師のような女性……更には、お願いとは何だい?」
「なんでも、〝海〟を荒らした非合法組織の本拠地が、此処フューレンに存在するようで。彼等の殲滅作戦を決行する許可を頂きたいそうです」
「なるほどね……」
イルワは少し考えたが、許可を出した。そして、ハジメの冒険者ランクを金ランクにし、可能な限り天人五衰の後ろ盾になるとも言質を取った。ウィルについての恩もあるし、これほどの規模の巨大組織を敵に回すというのはイルワ個人としても、ギルドの長としても有り得ない事だった。
「ご協力、感謝いたしますわ、ハジメ殿」
街の地下で、粛清部隊を率いる深人族の長であるラングランスは〝通達〟によって、交渉結果を満足そうに受け取った。ラングランスが直接出向いても良かったのだが、折良くハジメが依頼を達成したとのことで、その対価としてラングランス達の活動許可をもぎ取らせる方向で動かしたのである。
「しかし、肝心の本拠地の場所が分かりませんわね」
『ご心配なく。イルワ支部長から提供されたデータに存在する彼らの活動地点や範囲から、本拠地の所在は粗方
「それはそれは……何とも手際の良いことですわね」
『この程度のプロファイリングでしたらお安い御用ですよ。後で候補地の画像を送信します。それから……』
「何ですの?」
『幹部と思しき人間は殺さないでください。ギルドの方から何人か生け捕りにしてくれと打診が有りましてね……そして、出来れば保安所の職員に捕らえさせてほしいと』
「生け捕り……ですか。それが街で作戦行動をする事に対する対価ですのね。確かに、今はまだ裏組織の一つである天人五衰よりも、公式に発表できる保安所やギルドの職員に任せたいというのは理解できますわ。しかし、保安所の職員を作戦に加えるとなると、大幅な見直しが必要ですわね」
『その必要はないかと。幹部と思しき方は意図的に逃がして頂けませんか。こちらで待ち伏せ場所に誘導し、捕獲します』
「了解いたしました。ギルドへの引き渡しはそちらにお任せいたしますわ」
通信を切ると、ラングランスは腕の中の海人族の少女を起こさないように待機中の部隊に指示を出した。
「いや全く、貴方とのデートがこんな形になってしまって申し訳ない」
「別に良いわよ……天人五衰には協力しなければならないものね」
『悪党どもが安楽の道を去り、 危険な細道に侵入して、正義の人を 不毛の地に追いやった。 今や卑劣な蛇蝎が腰を低くして おとなしそうな顔をして歩いている。 正義の人は獅子のうろつく荒野で 激怒にかられて絶叫している……教えてあげよう。澱んだ水は毒だってことをね』
「結構過激ですね、香織」
ハジメはフューレンの噴水広場で優花と共にいた。優花はピアノを弾いており、まるで演奏会のようである。しかし、その場には本来あるはずの観客の姿が無い。香織が不快音を鳴らす事で人払いをしたのである。
優花は鍵盤に手を置くと、ハジメに囁くように質問した。
「ねえ、これからまた人を殺すの?」
「ええ。今回は違いますがね」
あまりにも簡潔なハジメの返答。それと同時に、天人五衰の殲滅対象、裏組織フリートホーフの複数の拠点への同時攻撃が開始された。
『拠点A、拠点B、拠点C、攻撃完了』
『ただいまより拠点Dの地下室を制圧する』
『拠点E、〝商品〟の救助に成功。拠点取締役はポイント6に逃走中』
『……ん。ポイント6からターゲットの姿を確認。これからポイント8に誘導する』
今回、ハジメは殺しをしない。する必要が無いからだ。ただ、これから必要が有れば躊躇いなく殺しをする。優花は宝物庫から出したピアノ(耐水性)を弾きながら憂いの表情を見せる。
「心配ですか?」
「当然じゃない。私は貴方が壊れる事を恐れてる。貴方は自分を悪魔だと自称するけれど、本当の悪魔になる必要は無いわ。ましてや名前の無い怪物なんかになってしまわないで」
『こちらポイント12.今からポイント24に誘導するわ』
『了解ですう! 今から追い込みますね!』
『幻聴を聞かせてポイント24で合流させるね。それから、〝隠れ家〟の制圧は完了したみたい。そっちに逃げる事は無いよ』
優花はジャズを奏でながら溜息を吐く。曲は二曲目に入り、ややアップテンポなリズムとなる。
「重々承知していますよ。僕とて、怪物にはなりたくない。心のうちの悪魔とは早いところ話を付けてしまった方が良さそうです」
「算段はあるの?」
「一応は、しかし、優花達を頼る事になってしまいそうですね。この絶望は神の恩恵に達するに値するものなのか……」
「キルケゴールかしら? 勿論、値するわ。私は、いえ、私達は貴方を信仰の道に導いて見せる。理性を越えた一瞬の狂気で全てを決めてしまいそうになったら、私達がロゴスの森に導いてあげる」
「狂気がミソスに必要なものだとしても?」
「変わらないわ。貴方には人間でいてもらう。あくまで、悪魔を気取る人間でいてもらうわ。ゲーテの悲劇のように悪魔に魂を売り渡そうとしても、私達はグレートヒェンとなって貴方を連れ戻す。とは、香織の受け売りだけれどね」
「この世界で殺人が避けられない以上、甚だ困難な事だと思いますがね……現に僕は、殺人があったと聞きながらも、ジャズの演奏に身を任せてしまっている」
「身を任せるのが音楽ならば良いわ。野蛮な快楽に身を任せず、幻想を退け、真理を追究するのが貴方の仕事でしょう? 心配しないで。貴方は人間と言うイデアから抜け出す事は出来ない」
ハジメと優花が終わらない哲学談義に花を咲かせていると、目当ての足音が近づいてきた。ハジメが銃で合図を撃つと、保安署の職員が何人も出てきて、誘導されて噴水広場に逃げてきたフリートホーフの幹部たちを捕まえていった。抵抗しようとすれば、ハジメが手足を撃ち抜いて行動不能にしていった。
「空は鳥のため、海は魚のためにある如く、下劣なものには軽蔑を」
いつか、貴族にも言い放った詩の一節を宣いながらハジメはフリートホーフの幹部たちを注意深く観察していた。一人がナイフを投げれば、それを撃ち落とす。優花は演奏を続けており、それが不気味なスパイスとなって逃げてきた構成員達を不可思議な恐怖が襲う。
白昼の街中で街の警察機構が裏組織を捕らえる。その筋書きのために仕組まれた逃走劇。
こうして、フューレンの三大裏組織の一つ、フリートホーフは静かに壊滅する事となった。
ほぼナレ死したフリートホーフ……まあ、あんまり詳細にやる必要も無いかなと思い、思い切って飛ばしました。逃走劇、というか特定の場所に誘導するというのは思いつきです。理由づけに無理があるかなとは思いつつも、そこは小説のご愛嬌という事で。
そして、久しぶりに登場したラングランスさん。次回は彼女との会話になる予定です。そしてミュウの扱いも(ミュウって言っちゃったよ)。
オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように
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修理して連れていく
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見なかったことにして放置する