突然影から現れた海人族の少女がラングランスに抱き着く。外見からして4~5歳程度であろうか。ハジメ達とは初対面だが、フリートホーフに攫われていた子供なのだろうな、とは推測できた。様子を見る限り、随分とラングランスに懐いているらしい。
「あらかわいい」
「本当だね、雫ちゃん」
雫と香織が子どもを見て反応していると、ラングランスが説明を始めた。
「作戦中に下水道を流れているところを発見しましたの。ちょうど私達が動くきっかけになった海人族の子供だというのが分かったのですが……」
「ミュウも一緒にいくの! おいてかないでほしいの!」
「ご覧のように懐かれてしまいまして……ほら、あちらの方で子供たちと一緒に遊んでいなさいな」
「いーやーなーのー!」
「梃子でも動きそうにありませんね、これは」
無論、ラングランスの力であれば無理矢理引き剥がす事も可能ではあろう。それをしないのは、多少彼女の方でも情が湧いているのかもしれない。すると、ハジメ達のいる部屋に新たな人物が現れた。
「ここに……いた……」
その女性は通常の人間の耳の代わりに扇状のヒレが付いており、肌は文字通り陶器のように白い。ラングランスと同じく深人族なのであろうが、ゆらゆらと揺れるその言動はゾンビか幽霊を彷彿とさせる。見開かれた目には透明な虹彩が目立ち、その言動とは裏腹に髪は手入れされているのか緩いウェーブがかかっている。
「ゆ、ユークリッドお姉ちゃん……」
「ユークリッド……貴方いつからいましたの?」
「今……来た……攫われた子供の……人員整理してたら……その子が……逃げ出した」
その女性はユークリッドと言うらしい。ラングランスと言い、地球の数学者と似たような名前が多いなとハジメが
「私……ユークリッド……ラングランスさんの……秘書」
「これはご丁寧に。南雲ハジメです」
「君が……代行者の……少年」
「はい、そうですが?」
ハジメが答えると、ユークリッドはハジメに覆い被さるように見下ろしてくる。その態度は、好意と言うよりは警戒と言った方が適切であろう。
「私達深人族は……影から……君達を……見てる」
「はあ」
「神の使徒……神に……エヒトに……召喚された……」
「ああ、なるほど」
ハジメはユークリッドの言葉に納得した。要するに、ハジメ達はエヒトによって異世界から召喚された神の使徒である以上、信用するのは危険ではないのかという層がユークリッドを含め何人かいるのだろう。ラングランス自らがハジメ達に同行するというのも、そのような層へのアピールだろう。
別に、ハジメとしては異論はない。そもそも、召喚組を信用していないというのはリリアーナ自身が天人五衰限定で公言していることでもある。ハジメ達がイレギュラーというだけであり、天人五衰からすればそもそも敵側なのだ。
香織や優花も特に反発する様子はない。その胸中は同意か諦観か。どちらかと言うと後者のような気がしないでもない。合理的に考えればその結論に行きつくのは分かるので、反論できないという昇格者特有の諦念であろう。
「まあ、一夕一朝で信頼が勝ち取れるとは思っていませんよ。それに、監視目的とはいえラングランスさんが同行してくれるというのであれば心強い」
「はぁ……私としましてはそこまでの疑念は抱いていないのですけれど、疑う側の気持ちも理解できなくはありませんわ。ですので、折衷案として私が同行いたします。それでよろしいでしょう? ユークリッド」
「……ラングランスさんが……そういうなら」
「というわけで、今までよりは少し堅苦しい旅になるでしょうが、ごめんあそばせ。それから……」
ラングランスは足元の少女、ミュウを見る。ユークリッドがやんわりと引き離そうとするが、ミュウはラングランスの服を掴んで離さない。本人の強靭な意思もあるだろうが、海人族は海を泳ぐための膂力も備わっている。意外と力が強いのだ。
ラングランスは少し困った顔をしながらハジメ達に尋ねる。
「貴方達、これから何処へ向かうのですの?」
「グリューエン大火山に向かった後、メルジーネ海底遺跡に」
「おや、火山はともかく、後者は僥倖ですわね。この子を連れて行っても……」
「正気ですかご婦人」
「いえ……だって……その……ここまで懐かれてしまうとは思わなくて……」
「それで拒絶もできずこの状況と言うわけですか」
ハジメが何とも言えない眼でラングランスを見ていると、「そういえば……」とユークリッドが思い出したかのように報告を始めた。
「何人かの子供が……泣き出して……手が付けられない……その報告にも……来たんだった」
「手が付けられない?」
「ママの……ところに……帰りたいって……」
「言っては何ですが……それは普通のことなのでは? フリートホーフに囚われていたという事は、十中八九誘拐されてきたのでしょうし、早く親元に返せるようにするしかないと愚考しますが」
「違う……皆……帰りたくないって……言ってる」
「はい?」
その話を聞くと、ミュウがラングランスに縋りついて、怯えるように話し出した。
「そうなの! みんな、カラカラ音を立てる人形さんを〝ママ〟って呼んでたの! 痛くない身体にしてあげるって! 連れてかれた子もいるの! 他のみんなも連れていかれたがってたの! だからこわいの! お姉ちゃんと一緒にいきたいの!」
「人形さん……?」
ラングランスとハジメ達が顔を見合わせると、ラングランスの持つ通信端末から連絡が入る。どうやら、一部の子供たちが暴れ出したらしい。ラングランスはユークリッドと統括する部隊に鎮圧命令を出すと、ミュウに問い質した。
「ミュウ、その〝人形さん〟は何処にいるか、分かりますの?」
「わからないの……でも、いた場所なら知ってるの」
ミュウが話したのは、かつて自身が捕らわれていた場所、旧フリートホーフの拠点の一つだった。
「今からその場所へ向かってみましょう。ミュウの証言が正しいとすれば、既に連れ去られた被害者が何人かいるという事ですわ。フリートホーフの生き残りから得た証言と人数が合わないとは思っていましたが、よもやそんなことになっているとは」
ラングランスは敢えて言葉を濁した。そう、『改造されている』とは言わなかったのだ。フリートホーフの団員はこの事は把握していなかったらしい。せいぜいミュウのように逃げ出したと思っていたんだとか。
(妙ですね……ラングランスさんに今聞いたところによれば、行方不明になった子供はミュウが囚われていた拠点に限らない。ほぼ全ての拠点に満遍なく現れている……それもフリートホーフの団員に気付かれないように?)
ハジメとて作戦に参加した以上は、フリートホーフの警備状態は知っている。基本的に(ミュウは例外として)非力な子供では逃げ出すことができないし、保安局を襲撃できそうな程度には戦闘力もあった。それに感知されずに拠点に侵入し、子供たちを連れ去る相手……生半には倒せないであろう。
一体なのか複数なのか、子供たちは何処に連れ攫われたのか……謎は多い。
調査するメンバーはラングランス、ハジメ、香織に限定する事にした。ラングランスとハジメは戦闘力と言う点で言えば頭一つ飛びぬけており、香織は探し物のスペシャリストという点での人選である。あまり多い人数で言っても室内では身動きが取れないし、ミュウや子供たちの面倒を見る人員も残さなければならない。懸念点があるとすれば、香織の反響定位がどこまで役に立つか分からない点であるが、いないよりはマシであろう。
また、ミュウを連れて行くという案もあったが、却下された。敵の狙いは子供であり、ミュウを連れて行って被害者の仲間入り、では本末転倒である。そのため、出来る限りの情報をミュウから得た上で捜査に臨むことにした。
「やはり……空気の悪い場所ですね」
「うん……そこかしこから、悲しみの音が聞こえる」
ハジメ、香織、ラングランスはミュウがかつて囚われていた旧フリートホーフの拠点に赴いていた。拘束具や鉄格子が並ぶ室内には、人道の匂いなど欠片もしない。
「ここですわね……遡及装置を起動してみましょう」
ラングランスは遡及装置という過去を見る為のランタン型の装置を起動させると、囚われていた子供達が影になって現れる。皆、怯えているか、諦めているような様相なのがシルエットだけでも分かった。
痛ましそうな溜息を吐きながら、ラングランスは遡及装置を様々調整する。すると、それのシルエットは現れた。
それは異様なシルエットだった。身長だけでも子供たちの二倍以上はあり、身に纏っている服はドレスと言うよりはクラシカルなメイド服。背中に複数の機械の腕を収納しており、頭部に当たる部分には一つ目のような模様が描かれていた。
『ママの……子供……』
クラシカルメイド服の影、推定〝人形さん〟が喋り出した。
『ママの子供に……なりなさい……』
見るからに怪しい見た目だが、悪意と欲望の坩堝たる違法組織の拠点では聖母にでも見えるのだろうか。勿論それもあるだろうが、この人形、子供達の頭に何か魔法をかけている。詳細は分からないが、あまり縁起の良いものには思えない。
しかし、この人形の行動もまた意味深であった。外見が怖いせいで悪人にしか見えないが、どこか子供達に配慮するような素振りも見せている。目的が分からない。もしや本当にただ子供達を助けに来たとでも言うのか。
ただ、ミュウが尋常ではないほど怯えていたのも事実である。少なくとも行方不明となった子供たちを見つけなければならない。
ラングランスが遡及装置を調整して更なる調査を進めようとした時、上から何かが降って来た。
「何か来る! 気を付けて!」
香織がいち早く気付いて警告を飛ばす。
落ちてきたのは小さな機械生命体達。概形は子供のようにも見え、三角定規を持った女のこと、小槌を持った男の子。どちらも頭に釘が刺さったような見た目であり、あまり人道的な扱いを受けているようには見えない。
「これは……子供たちの、死体!?」
香織がそんなことを呟く。しかし、この十分に非道な推測さえも現実逃避に過ぎなかった。
「いえ……生体反応が確認されていますわ。生きたまま、機械に改造されているのです」
ラングランスの言葉に絶句する香織。反対にハジメは銃と刀を構える。
「我々も似たようなものですがね……罰の軛より解き放たれ、魂の救われんことを!」
ハジメは子供たちを殺すつもりだった。あの病棟の夜に、知人たちを殺した時のように。女の子が三角定規を投げつけ、男の子が小槌で殴りかかって来る。ハジメは両方を銃で撃ち落とすと、子供達の集団に朱樺で斬りかかる。
香織も覚悟を決めたようにワルドマイスターで戦闘に加わった。
「私も、見てばかりはいられませんわね」
ラングランスも背後に飛び掛かって来た子供を剣杖『ヘカテ』で斬り捨てる。その後、三角定規を回避し、逆手に持った剣杖を三度振り、空中で剣杖を錐揉み回転させてから受け取り地面に投げるように刺す。
「貴方達にコーダを捧げる……」
最後に香織の〝終嵐のコーダ〟によって子供たちの襲撃はひと段落した。
「子供たちは……」
「……生体反応は途絶えましたわ。敵のシステムに辛うじて生かされていただけのようです」
「そうですか……」
香織が最後の希望に縋るようにラングランスに問うが、結果はこの通りだった。
「あまり僕が言えた事ではありませんが……この胸糞悪い事件に、早く終止符を打つとしましょう。偽りの聖母に、死の救済を……」
魔人族の死体を無駄打ちしていたハジメが「どの口で」と自分でも思いつつ、子供達にこの改造を施した存在への怒りを滲ませながら呟いた。
改造された子供たちの顔は二種類に分かれている。無理矢理に作られた笑顔か、もしくは無理矢理に作られた泣き顔だ。いや、泣き顔の方は損傷こそあるものの、殆ど矯正の後が無い。本来は全員が泣き顔だったのかもしれない。そして、笑顔には〝いい子〟、泣き顔には〝悪い子〟とラベリングがされていた。
何が目的かは知らないが、悪趣味と言うほかない。
なお、ラングランスが調べてみたところ、設計ルールに合わない部品を多数組み込まれていることが分かった。なんとか作動しようとすれば計り知れない痛みを伴う。
『痛くない身体にする』とは何だったのか。
何にせよ、子供達をこんな状態にしてしまう事自体、残虐な〝お仕置き〟に当てはまる。
歪み切った
備忘録
>ユークリッド
深人族のオリキャラ。所属は影の国だが、粛清部隊に協力することも多い。記録係などの事務仕事も担当しており、常にペンと書類を持ち歩いている。クロス先と直接の関係はありませんが、深人族自体オリジナル設定なので、もういいかなと。
>リーマン
前回登場したが、書き忘れていたので。原作では人面魚だが、今作では深人族の男性。風来坊だった原作とは違い、ラングランス麾下に馳せ参じる仕事人。
>いい子・悪い子
パニグレのサイドストーリー『物言わぬ庭』にて登場した敵性体。いずれも規格に合わない改造をされているらしく、動く度に痛みを伴うようだ……
オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように
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修理して連れていく
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見なかったことにして放置する