しかし勇者君嫌われてるなぁ。まあ可哀想なヤツではあるけど同情は出来ない…
沢山の方の高評価、ありがとうございます。とても数が多く、今回以降は前書きに名前を書かない方針で行きますが、とても感謝していますし、創作の励みになります。
それでは第六話、スタートです。
光が収まった時、ハジメ達の目に飛び込んできたのは巨大な壁画だった。見ればシスティーナ礼拝堂にでもありそうな、一目で宗教画だと分かるデザインをしている。非常に素晴らしい壁画なのだが、残念ながらこの場にいるのは宗教という物には殆ど縁が無い日本人の学生だ。ハジメは画家という職業柄この絵の素晴らしさは分かるが、それ以上に薄ら寒さを感じ、視界から追い出した。
次に周囲を見回してみると、どうやら自分達は巨大な広間にいるらしい事が分かる。ついでに言うなら台座のような物の上にいる。ハジメはチラリと背後を振り返ると、呆然としてへたり込む香織の姿があった。怪我は無いようで、そこはひとまず安心だ。香織は正気に戻ると、すぐにハジメの所に寄ってきて、不安そうに手を握る。恋人の安全は確認したので再び周囲を見回すと、あの時教室にいた全員がここにいる事が分かった。溜息をつきながら「泣けるぜ」と言っている清水や、「デスゲームの開催か?」と縁起でもない、割かし有り得そうなジョークを言う恵里もいる。
「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様、歓迎しますぞ。私は聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願いしますぞ」
突然聞こえてきたその声に振り向くと、煌びやかな衣装を纏った老人が進み出てくる。教皇とか言っていたのでお偉いさんだろう。今のところファッションセンスが南米辺りにいそうなド派手な鳥に寄っていること以外有用な事は分からないが。そのままどこぞの女神みたいな名前の自称教皇様に案内されたハジメ達は、長大なテーブルの席に座らされた。ハジメの隣には当然のように香織が座り、逆の隣には優花が座った。香織が優花に対して少し威嚇するが、優花は席を変える気は無いようだ。
全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイドさん達が入ってきた。外国にいるような、やや厳ついメイドではなく、男子の夢を具現化したような美女・美少女メイドである。クラスメートの男子は鼻の下を伸ばし、女子生徒からは氷点下の視線を向けられる。因みにハジメは給仕してくれた事に礼は言ったが、その他は特に何の反応も示さなかった。もし反応したら隣に般若が顕現するだろうが、杞憂であった。そして実は軽度の女性アレルギーである清水の目が急速に死んだ。元から死んでいただろ、とか言う野暮なツッコミは無しだ。
全員に飲み物が行き渡るのを確認するとイシュタルが話し始めた。
「さて、あなた方においてはさぞ混乱している事でしょう。一から説明させていただきますのでな、まずは私の話を最後までお聞きくだされ」
そしてこの話、何処かの暴力教会のグラサンシスターがいたら『最後はどの辺だい? バルジ大作戦みたくトイレ休憩挟むのかい?』と言いそうなくらいクソ長いので要約する。
まず、この世界はトータスと呼ばれている。そしてトータスには大きく分けて三つの種族がいる。人間族、魔人族、亜人族である。
人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配しており、亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと生きているらしい。
この内、人間族と魔人族が何百年も戦争を続けている。
魔人族は、数は人間に及ばないものの個人の持つ力が大きいらしく、その力の差に人間族は数で対抗していた。戦力は拮抗し、大規模な戦争はここ数十年起きていないらしいが、最近、異常事態が多発しているという。
それが魔人族による魔物や機械生命体の使役だ。
魔物とは、通常の野生生物が魔力を取り入れ変質した異形の事だ、と言われている。正確にはよく分からんとのこと。それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく、強力で凶悪な害獣らしい。
機械生命体とは、地上を跋扈する金属製の何か。ある程度言語を話せる個体がいるらしく、機械生命体という呼び名はソイツ等自身が名乗ったらしい。見た目は様々で、球体のような頭部に円柱形の胴体、それに手足を生やしたモノ、頭だけが浮いているようなモノ、武器や盾を装備しているモノ、やたらとデカいモノなど。
今まで本能のままに活動する魔物や、独自のネットワークと意思で活動する機械生命体を使役できるものは殆どいなかった。出来ても精々1、2匹程度だったらしい。その常識が覆されたのである。さらに、魔人族自身も正体不明のアーティファクト(ロストテクノロジーが使われた魔道具)のようなもので武装し、強化されているとのこと。
これが何を意味するかと言うと、人間族側が割と詰んでいる。
「あなた方を召喚したのは『エヒト様』です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらくエヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という『救い』を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、『エヒト様』の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」
随分とまあ身勝手な理由で召喚されたものである。ハジメ達からすれば『勝手にやってろ』と言いたくなるような事情だ。オマケに召喚するだけして、神本人は姿を現さない。何処かのライオンの王と比べて、かなり他力本願な神様らしい。
イシュタルはどこか恍惚とした表情を浮かべている。おそらく神託を聞いた時の事でも思い出しているのだろう。空を飛べるかは知らないが、頭は確実にトんでいる。
イシュタルによれば、人間族の九割以上が創世神エヒトを崇める聖教教会の信徒らしく、度々降りる神託を聞いた者は例外なく聖教教会の高位の地位につくらしい。
ハジメが、「神の意志」を疑いなく、それどころか嬉々として従うのであろうこの世界の歪さに言い知れぬ危機感を感じていると、突然立ち上がり猛然と抗議する人が現れた。
「ふざけないで下さい!結局この子達に戦争させようってことでしょ!そんなの許しませんよ!ええ、先生は絶対に許しませんよ!私達を早く帰して下さい!きっとご家族も心配しているはずです!貴方達のしていることは唯の誘拐ですよ!」
抗議しているのは召喚時にたまたま教室に残っていた社会科教師の畑山愛子だ。身長150cmという低身長に童顔、けれど生徒の為にという心構えは人一倍強く、生徒たちからは人気があり、『愛ちゃん』の愛称で呼ばれるほどだ。本人は威厳ある教師を目指しているらしく、その愛称で呼ぶと怒るが。この異常な状況下で、生徒を危険な目にあわすまいと抗議する姿は教師の鑑と言える。
「お気持ちはお察しします。しかし、あなた方の帰還は現状では不可能です」
「ふ、不可能って…ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」
「先程言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんので。あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意志次第ということです」
「そ、そんな…」
無責任とも言うべきイシュタルの言葉に愛子は椅子に崩れ落ちる。それをきっかけに生徒達は軽いパニックを起こす。
「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」
「いやよ! なんでもいいから帰してよ!」
「戦争なんて冗談じゃねえ! ふざけんなよ!」
「なんで、なんで、なんで……」
「
「行先地獄希望ーってか。笑えるねえ…」
最後二人、清水と恵里だけは無駄に肝が据わった悪態をついていた。そして、香織とハジメも然程取り乱していなかった。
「香織、大丈夫ですか?」
「正直、怖い。でも、ハジメくんが一緒ならどこでも大丈夫だよ」
香織はハジメの手を握りながら答える。優花は羨ましそうだ。ハジメは「そうですか」と答え、何かを考え始める。
そんな中、光輝が立ち上がりテーブルを叩く。その音に驚き、注目する生徒達。光輝は全員の注目が集まったのを確認するとおもむろに話し始めた。
「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味が無い。彼にだってどうしようもないんだ。…俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。…イシュタルさん? どうですか?」
「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」
「俺達には大きな力があるんですよね?ここに来てから妙に力が漲ってる感じがします」
「ええ、そうです。ざっとこの世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」
「よし、なら大丈夫だ! 俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!」
拳を握り、そう宣言する光輝。無駄に歯がキラリと光る。
同時に、彼のカリスマは遺憾なく効果を発揮し、絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めたのだ。光輝を見る目はキラキラと輝いており、まさに希望を見つけたという表情だ。女子生徒の半数は熱っぽい視線を送っている。
「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。俺もやるぜ?」
「龍太郎…」
「今のところ、それしか無いわよね。…気に食わないけど…私もやるわ」
「雫…」
幼馴染達が光輝に賛同する。後は当然の流れというようにクラスメート達が賛同していく。愛子先生はオロオロと【ダメですよ~】と涙目で訴えている。
しかしそこに手を挙げる者がいた。
「Hey! Hey! Hey! ちょっと質問!」
全国三位のチェス棋士こと清水幸利である。
「何でしょうかな?」
「もう少し正確な情報が知りたい。魔物とやらの性質は? こっちの兵力はどれくらいだ? 物資は? 食糧は? ざっと数値化してみてどれくらいの差があんだ?」
「それは…騎士や宰相に聞いてみなければ、分かりませぬ」
「チッ、使えねえ」
清水が小さく毒づくのと、今度は恵里が質問する。
「僕も色々知りたいなあ。戦争に参加したらどれくらい報酬が貰えるの?」
「ほ、報酬…ですかな?」
「金だよカ・ネ。全人類共通の価値だ。貨幣制度無いなら現物支給でもいいけどさあ。最低でも衣食住くらいは保証してくれるんだよねえ?」
「そ、それは勿論ですとも。使徒様を無下にするなど…」
「良かったあ。その辺しっかりやってくれないと僕達だって信用できないもん。あ、それと衣食住は最低条件ね。それなりに手厚くないとサボっちゃうよん」
イシュタルは困惑していた。勇者と目される青年さえ懐柔すれば、後の有象無象は黙って付き従うものと思っていたのに、悪い意味で存在感のある二人が空気をかき乱したのだ。言っていることも盲言という訳ではないので、しっかりと答えなければならない。
「清水! 恵里! 君達はこの世界の人々が困ってるのを見捨てるというのか!? 俺達が戦わないと人間族は滅んでしまうんだぞ!」
案の定光輝が噛みつくが、
「運以外の全ての要素を塗り潰す。勝負事の定石だ。俺は無謀な賭けはしない主義でね」
「正義で腹は膨れない。こんな右も左も分からない場所で、他に何を信じろって言うのさ。この場において金に換えられないモノに価値なんて無いよ。なにせ金に換えられないんだから」
清水と恵里は鼻で笑いながら受け流す。なんでこの二人はこうも肝が据わっているのか。光輝がさらに噛みつこうとするが、そこにまた手を挙げる人物が現れる。南雲ハジメだ。
「イシュタルさん。少し提案があるのですが、宜しいですか?」
「はい。何なりと御提案ください」
先程の二人と違って物腰の柔らかい切り口に、イシュタルは鷹揚に頷く。
「ありがとうございます。実は我々は戦争や争いなどを体験したことがありません。いわば、文官を養成する場所にいた人間が力を得たからと言って急激に戦えるようになるとは思えないのです。過ぎたるは猶及ばざるが如し、何処においても変わらぬ真理です。そこで、戦争に参加する人間を志願制にしていただけませんか? 戦争に参加しない者も、例えば冒険者のような身分を保証してもらい、住む場所を提供していただきたいのです」
「志願制ですか…? ふむ」
考え込むイシュタルにハジメが続けて発言する。
「我々は確かに創世神エヒト様に召喚されたかもしれませんが、志願してきたわけではないのです。戦争に参加しない者は後方支援に振り分けます」
イシュタルはマジマジとハジメを見た。ハジメの提案はイシュタルにとっても悪くない物である。勇者の仲間が勇者と反目していては体裁が悪い。既に何人かは参戦の意志を示している。志願したものならば内心はどうあれ協力はするだろう。勇者以外は正直価値など無いという本音もある。
「確かに…文官に前線で戦え! というのは厳しいものがある。後方支援という形で協力していただけるなら重畳という物です。分かりました。そのように手配いたしましょう」
「寛大な処置、感謝いたします」
とりあえずハジメの交渉は成功した。光輝が大人しいと思ったら、清水と遠藤が抑え込み、恵里が光輝の喉に手刀を加えて黙らせていた。というか遠藤、いつの間に…
「皆さん、よく考えた方がいいですよ。人殺しというのは、案外疲れますから」
ハジメがダメ押しに一言。その言葉の真意を知る香織は悲しそうに俯いたが、ハジメが肩に手を置くと、少し安心したように微笑んだ。
「そうそう、よーく考えなね? 少なくとも戦場にメリークリスマスなんてないんだから」
恵里もサンタクロースのような姿のイシュタルをチラ見してから皮肉混じりに忠告した。
イシュタル曰く、この聖教教会本部がある『神山』の麓の『ハイリヒ王国』にて既に受け入れ態勢が整っているという。イシュタルの案内で向かう中、ハジメは笑みを浮かべていた。
(物事が計画通りに進むというのは嬉しいモノですね)
実を言うと、清水、恵里の質問から始まる一連の流れはハジメの計画だった。光輝が宣言し、クラスメートが賛同する中、ハジメは清水、遠藤、恵里の三人に地球でよく使っていたハンドサインで指示を送っていたのだ。清水と恵里の喧嘩腰からのハジメの丁寧な対応。落差を狙った心理戦。遠藤は光輝が暴走したときに止める為に、影の薄さを利用してこっそりと忍び寄っていた。
そしてハジメが悪い笑みを浮かべている事に気が付いたのは隣に座っていた香織と優花、そして計画に加担した三人だけであった。
はい。恵里と清水が大暴れ。反省も後悔もしておりません。そして裏で糸を引くハジメ君。香織さんが空気だが、まあ今回ばかりはしょうがないということで。
ハジメの「人殺しというのは案外疲れます」という言葉、病棟の惨劇を経験しているからこそ実感が籠っている発言です。
オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように
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修理して連れていく
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見なかったことにして放置する