子供達の誘拐事件は幕を閉じた。マドラの存在は機密事項となり、死亡した子供たちについてはフリートホーフの仕業という事で決着をつけた。確かにフリートホーフによって殺された子供たちもいたが、フューレンについてからのほとんどはマドラによるものと見られている。
しかし、肝心のマドラは壊れ、今ではただの金属塊。捨て子や孤児はともかく、誘拐された子供たちの親は納得しないだろう。そう言った相手への、謂わばスケープゴートにフリートホーフにはなってもらおうというわけである。
また、子供達も精神汚染を受けていた。マドラを母親と慕い、深刻な依存状態に陥っていたのだ。母親、という生物的な弱点を突く洗脳。こればかりは地道にメンタルケアをしていくしかないだろう。子供たちの言うままに、マドラに〝殉教〟させるつもりは、ラングランスにもイルワにも無かった。
子供たちにとっての母親とは、生みの親か、それとも自分を作り変えた創造主を指す言葉か。家族の呪いとの闘いは、まだ始まったばかりだった。
「さて、後は部下たちに任せ、我々は出発するといたしましょう。ハジメ殿には、せめて空間魔法程度は習得していただかなくては困りますわ」
「そうですね。その剣杖―――ヘカテでしたか。まだ見ぬ神代魔法の力が付与されているようですし」
「こちらの科学力で再現は出来ますが、魔法があった方が早いのは確かですわ。いずれは学んでもらうつもりですが、入り口として魔法から習得するのは決して悪手ではなくてよ」
深人族の科学力はどこまで進んでいるのやら、とハジメは思った。影の中に国を作るという大胆な事までやってのけるだけはある。仮に魔法を封じられても第二、第三の手を用意しているのだろう。そして、ここまで準備が整っているという事は、神に挑むまでそれだけ時間が無いという事でもある。ウルの時もそうだったが、本来はこんな〝些事〟に構っていられる程の余裕は、ハジメ達には無かった。
「とはいえ、一箇所だけ寄りたいところがあるのですが、構いませんか?」
「ふむ……場所によりますわね。何処ですの?」
「ホルアドという街です。今頃、友人が迷宮での訓練に駆り出されていまして、彼等を回収したいのですよ。彼等なら、影の国に対しても役に立つと思われます」
「分かりましたわ。会ってみなければわかりませんが、楽しみにしておきましょう」
ハジメとラングランスが次の目的地を決めていると、清水が手を上げて懸念事項を伝える。
「遠藤達三人を回収するのは良いが、他のクラスメイトどもはどうする?」
「ああ……あのクソ拭き紙どもか……」
「凄いこと言いますね、カイネさん……」
ハジメがそう言うと、カイネは忌々しそうに答える。
「私に対する扱いや仕打ちはまだいい。所詮、人は異端を排除する。それは何処に行っても変わらない。小悪党どもが戯れた所で、大した被害も無かったしな。それより、私は幸利が心配だよ。私を庇ったせいで、魔法の集中砲火を受けたじゃないか」
「……判断を誤ったんだ。それでも、俺はカイネさんを護りたかった。嗤えるだろ? カイネさんは俺より強いってのにな」
「嗤わないさ……お前の行動には、怒りと共に嬉しさを感じたよ。だが、私は奴らを許す事が出来なさそうだ。幸利を撃った四人ども……お前の言う三人は、今も奴らと行動しているのか?」
清水は溜息を吐く。
「だろうな。〝仲間外れ〟はいねえって体面のためにも別行動は許されねえだろうよ。護衛隊は別としてだが……フレンドリーファイアをやらかした檜山も一緒だったぜ? 信じられるかよ。メルドさんの苦労が目に浮かぶ。はあ……今からアイツ等に会うわけかあ。機械化した上でもあんまり気が乗らねえぜ……」
「もはや人間って存在に未練が感じられない」と機械と化した清水が遠い目をしながら説明する。
『南雲、俺を機械に出来るか? その昇格者って奴によ』
『……良いのですか? 人間を捨てても』
『もう未練はねえ……それに、迷ってられるのも、もうリミットらしいからな』
手袋の中の機械化した指を見せる清水。パニシングに侵されたとはいえ、ハジメ一行の中で、自ら機械と化したのは清水のみである。人間に愛想が尽きたのもあるだろうが、カイネと共に添い遂げたい思いもあったのだろう。
「優花や八重樫さんからも聞きましたけれど、この国の上層部というものは……」
なお、リリアーナとしては、神の使徒が瓦解してくれるのであれば御の字だと思っているため、この状況については静観している。むしろ、檜山達小悪党を使って内部から崩壊させるのも良いかもしれない、とすら思っていた。
なので、ハジメには檜山を殺すのは少し待ってくれと言われている。元より教会から目を付けられるリスクが高く、今はまだ殺すつもりも無かったのだが、これによって本格的に取りやめる事となった。
『後は魔人族でも攻めてきてくれれば、神の使徒は容易に瓦解するでしょう』
そう、涼しい顔で零すリリアーナ。魔人族が攻めてくるのは避けられない。それならば、天人五衰が暗躍するための布石となってもらおう。そう彼女は考えたのだろう。
「いずれにせよ、三人は早急に回収したほうがいいですね。リリアーナ王女の策略に巻き込まれる前に」
「珍しく気が合うじゃねえか。だが同感だぜ。沈む泥船に乗せておくこともねえ」
そこでハジメは一息ついて香織と雫を見る。
「お二人も、覚悟を決めておいてください。〝彼等〟を、天之河君達を見捨てる事になるかもしれませんから……」
「分かった……とは言っても、既に私達は逃げ出した身だもの。どうなろうと受け入れるよ。私の心は貴方のもの。コンダクター」
「そうね……自分が逃げた結果は、しっかりと受け止めなきゃ(でも、本当に見捨てるのが正解なの?)」
香織はハジメの非情な宣告にも動じずに答える。天之河光輝達を見捨てる事になるかもしれない。それは香織と雫が選択した業だった。しかし、雫はまだ飲み込み切れてはいなかった。天之河光輝は困った奴ではあるが、悪人ではない。曲がりなりにも家族ぐるみの付き合いをしていたが故に、情はまだあるのかもしれない。
そして、迷わずに光輝を見捨てる選択をした香織に、少し恐怖を抱いたのだった。
「助けたいって言ったら、助けてくれるのかな、コンダクター……」
香織が小声で呟いたことに、気付かないまま。
場所は変わってオルクス大迷宮。
カトレアとミハイルは迷宮に潜伏しながら勇者達の到着を待っていた。人間族の勇者ともなれば、見敵必殺と自分達を殺しに来るだろう。故に、勇者たちに会う気など毛頭なかった。自分達が逃げ出すための偽装死の準備をしただけである。そのために、到達した場所よりも上層まで引き返して、適当な戦闘の後を見つけて細工をした。
そしてそんな時に、あの女は現れた。
「ゲームセットとは、行かせませんよ? 何のために貴方達をオルクス大迷宮まで手引きしたと思っているんです?」
それはギャンブラーのような服装の女。リリアーナの分身体である二体目のリリスだった。片手にカードを弄びながら、二人に近づく。
「何者だい? アンタ」
カトレアが武器を抜いて尋ねると、リリスは笑って答える。
「怪しいものではありませんよ」
「怪しい奴ほどそう言うんだ。そもそも、ここは人類が未到達の区域だぞ。ここにいる事自体が怪しい……」
「あら、情報収集には余念がないようですね」
今度はミハイルが答えても、リリスは相変わらず笑うばかりだ。そして、二人が戦闘態勢に入っている事など目に入っていないかのように歩み寄る。
「そんなにもヨルハ部隊から逃げ出したいのであれば、私が逃げ場所を用意しましょうか」
「何だって?」
「人間族からも魔人族からも、隠れられる場所があると言っているのです。私達の組織の一員となれば、それが叶います。少なくとも、他力本願の偽装死を実行するよりは余程確実ですよ」
カトレアとミハイルは顔を見合わせる。果たして目の前の女を信用して良いものか、逃げ場所を用意するというのは本当なのか。二人の頭は計算を始める。
「……要求は何だ?」
「あら、前向きに考えて下さるので?」
「御託はいい。こんな場所までやってきたのは、単なるボランティア精神では無かろう。俺達に何をさせるつもりだ」
「話が早くて助かります」
リリスはカードに舌を這わせながら笑顔で要求を述べる。
「やがてここに来る人間族の勇者……彼を倒して欲しいのです」
淡い緑色の光だけが頼りの薄暗い地下迷宮に、激しい剣戟と爆音が響く。
その激しさは、苛烈と表現すべき程のもので、時折、姿が見えない遠方においても迷宮の壁が振動する程だ。銀色の剣線が、虚空に美しい曲線を無数に描き、炎弾や炎槍、風刃や水のレーザーが弾幕のごとく飛び交う。強靭な肉体どうしがぶつかる生々しい衝撃音や仲間への怒号、気合の声が本来静寂で満たされているはずの空間を戦場へと変えていた。
「万象切り裂く光 吹きすさぶ断絶の風 舞い散る百花の如く渦巻き 光嵐となりて敵を刻め! 〝天翔裂破〟!」
聖剣を腕の振りと手首の返しで加速させながら、自分を中心に光の刃を無数に放つ光輝。今まさに襲いかかろうとしていた体長五十センチ程のコウモリ型の魔物は、十匹以上の数を一瞬で細切れにされて、碌な攻撃も出来ずに血肉を撒き散らしながら地に落ちた。
「さてと、そろそろ動くとするかね……」
「良いんじゃない? Kと坂上以外は碌に連携取れてないんだしさ。鈴、カウント、十」
「永山ども……教えたことが身になるのはまだ先かね……」
遠藤がナイフを回しながら戦線への突入を決めると、恵里が周囲のへの嫌味を言いながらファイとカイに攻撃姿勢を取らせる。
ギチギチと硬質な顎を動かす蟻型の魔物、空を飛び交うコウモリ型の魔物、そして無数の触手をうねらせるイソギンチャク型の魔物。それらが、直径三十メートル程の円形の部屋で無数に蠢いていた。部屋の周囲には八つの横穴があり、そこから魔物達が溢れ出しているのだ。
「それじゃあ行くよ。〝デルタディセント〟」
恵里がファイに行動阻害フィールドを設置させ、そこに遠藤が回転斬りで斬り込む。更に、瞬間移動と見紛うほどの連続高速移動で魔物の群れを切り裂く。それだけで前面の魔物達は壊滅した。
「はいはい! 魔法攻撃いっくよー!」
鈴が結界で作った小型の立方体の群れを弾丸のように魔物に飛ばす。一部は斜方投射のように上から降り注がせ、飛行型への対応も欠かさない。
永山たちはその光景を呆けたまま見つめ、光輝はどこか納得いかないような顔をしている。その間にも遠藤は高速移動を繰り返しながら一体一体確実に魔物を屠っていく。
恵里は3本の闇の楔、ディムマトリックスを放ち、ファイから三角形の回転刃を放つ『スピニングダスク』を使用させる。トワイライトゾーンのディムマトリックスは起爆し、回転刃によるダメージも加算され、魔物達は壊滅した。
「ふぅ、次で九十層か……この階層の魔物も難なく倒せるようになったし……迷宮での実戦訓練ももう直ぐ終わりだな」
「ああ、そうだな……けどよ、この空気はどうにかした方が良いんじゃねえか? こうもギスってちゃ、いつ何が起きてもおかしくねえぜ」
「龍太郎……それもそうだな。ちょっと待っててくれ」
光輝はそう言って遠藤達三人の所へと向かう。嫌な予感がした龍太郎は止めようとするが、その前に光輝が三人を咎めた。
「三人とも! 自分達だけで独断専行しちゃ駄目じゃないか! 他の人たちとも連携しないと!」
言っている事自体は正しいのだが、やはりどこかズレている。そう言われた遠藤は「心底面倒です!」という顔を隠そうともせずに反駁する。
「独断専行しちゃいない。
「大ありだ! 本来ならば檜山や永山達とも連携しなくちゃいけない! それなのに君達は三人だけで完結してるじゃないか!」
「だ、そうだぜ?」
遠藤は永山達に向けて視線を寄越す。だが、彼等はその視線を逸らした。
「おい! 今彼らは関係ないだろう!?」
「あるだろ。皆仲良くしたいってんならな。だが、その道は断たれたみたいだぜ? お前らの
「な!? 差別だって!? 俺はそんなことはしていない!」
「お前は、な? だが、お前以外の奴らは違った。クラスメイトの中には一連の差別で溝が生まれたようだぜ?」
「まあ、俺達も是正は出来なかったがな」と遠藤は独り言ちる。ミゲルによるステータス差別が横行してから、また、愛ちゃん護衛隊を始めとする戦線離脱組が現れてから、クラスメイト同士の仲は最悪と言っていい状態だった。
ミゲルという教官の出現は、どうも何かに操られているとしか思えない遠藤。如何せん証拠が無いので何も言えないが、何者かが自分達を内部から崩壊させようとしているように思えてならないのである。
だとしてどんな目的なのか。こんなことをしでかす以上、自分達がいなくなった後の代替戦力が存在するのだろうか……
「いや……」
もしやそれが目的か? その〝代替戦力〟を用意するために自分達には消えてもらいたい。そのために不和と言う形で内部崩壊してもらい、神の使徒達が使い物にならない状態まで追い込む。そして、どんな戦力だか知らないが(教会にとって都合が悪いのは確実だろう)、それを呼び込む。今、自分達はその策略に巻き込まれているのか?
だとしたら帝国の使者を使って自分達を助けた理由が今一つ分からないが、リリアーナ王女は味方と見て良いのだろうか。
たとえ策略に巻き込まれているとしても、だとしても、遠藤にも許せない事はあるのだ。
「それに、俺はまだ檜山を許したつもりはない。いつ後ろから撃たれるか、たまったもんじゃないんでね」
「それは……冤罪だろう!? 園部さんが怒りに囚われて
遠藤が言っているのはその事だけではないのだが……それを遠藤が指摘する前に、
「おいおい……仲間割れの最中かい……? 緊張感が無いねえ」
突如、聞いたことのない女の声が響き渡った。男口調のハスキーな声音だ。光輝達は、ギョッとなって、咄嗟に戦闘態勢に入りながら声のする方に視線を向けた。
コツコツと足音を響かせながら、広い空間の奥の闇からゆらりと現れたのは燃えるような赤い髪をした妙齢の女。その女の耳は僅かに尖っており、肌は浅黒かった。
「しかし、助かるのではないか? カトレア。こちらの方が俺達の仕事も終えやすい」
そして、金髪の、しかし女と同じ特徴を持つ男も現れる。光輝達が驚愕したように目を見開く。男女のその特徴は、光輝達のよく知るものだったからだ。実際には見たことはないが、イシュタル達から叩き込まれた座学において、何度も出てきた種族の特徴。聖教教会の掲げる神敵にして、人間族の宿敵。そう……
「……魔人族」
誰かの発した呟きに、魔人族の女、カトレアは薄らと冷たい笑みを浮かべ、男、ミハイルは憮然とした表情で光輝達を見据えていた。
「さてさて、魔人族のお二方、勇者様とその御一行、そして、巻き込まれてしまった遠藤様、恵里、鈴……最高のゲームを始めましょう? あっけなく死んだり、しないで下さい、ね?」
敵国の兵士、自国の勇者、そして組織の同僚の友人までもチップにした賭けを主催したリリアーナは誰にも見えない場所で笑みを浮かべる。遠藤、恵里、鈴のための救済措置として、ハジメ一行の到着を早めたが、リリアーナにとっては勇者一行が勝とうが魔人族が勝とうがどちらでも良かった。
魔人族が勝てば邪魔な勇者が消え、勇者が勝てば魔人族が二人消える。世はことも無し。あの魔人族二人は戦場から逃げようとしていたようだが、その運命は是非、自力で勝ち取っていただこう。友人を賭けの材料にしたことをハジメは怒るだろうが、それはこちらの話だ。
そして、勇者が勝てば……リリアーナにとっては更なる教会への一手を得ることになる。それは、ただこの場で殺してしまうよりも愉快な一手だった。
「さあ、ゲームスタートです! うふあははははは!」
ちょっと無理矢理感あるかな、と思いつつも、リリアーナの策略家としての側面と賭ケグルイな側面を両方書けたので、満足しています。策略と言っても色々ガバガバな気もしているんですけどね……恵里、鈴、遠藤を巻き込んだ辺りとか。リリアーナもまた完璧ではないってことで此処は一つ。
ただまあ、天人五衰の人間族侵攻を交渉で止めてはいるので、有能な子ではあるんです。それでも、三人を巻き込んでしまったのは間違いなく失策だったと思います。理由はこの話の前半で語った通り、三人を光輝達から引き離すことができなかったから。メタ的な視点で言うなら、三人がいないとハジメが助ける理由が無くなってしまうからですね。香織と雫も光輝や龍太郎を見捨てたことを引きずりはしてもそれだけでしょうし。
香織と雫の辺りはどうしようか、さんざん悩みました。もう、光輝を見捨ててもおかしくない段階まで理由づけはしたと思う(更に言うなら組織に逆らうほどの理由にならない)のですが、それでも死ぬとなったら少しは動揺するかな、と。香織と雫は原作でも光輝を(引っぱたきはしても)見捨てる方向には舵を切っていませんから。勿論、本作と原作では両者(特に香織)の性格や思考回路は違います。愛子先生を拒絶したのが最たるものでしょうかね。それでもまあ、人間だし、少しは揺れる事があってもいいのではないかと思います。
2026/02/26∶少し修正しました。
オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように
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修理して連れていく
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見なかったことにして放置する