とにもかくにも、ようやくオルクス大迷宮に突入です。年末年始に投稿できなかったのもあって長く感じました。
2022 3/10 遠藤の武器をククリナイフからマチェットに変更。リサーチ不足がバレますね。
現在、ハジメ達は『オルクス大迷宮』の正面入口がある広場に集まっていた。迷宮と言うと薄暗い陰気な入口を想像するが、まるで博物館の入場ゲートのようなしっかりとした入口があり、受付窓口まで存在する。なんでも、ここでステータスプレートをチェックし出入りを記録することで死亡者数を正確に把握するのだとか。戦争を控え、多大な死者を出さない措置というわけだ。入口近くには露店が所狭しと並び、祭の如き喧噪だ。迷宮の浅い階層はいい稼ぎ場所として人気があり、多くの人間が集まっている。
「雫ちゃん、大丈夫?」
香織が雫に声を掛ける。昨日はホルアドに着いた後、宿に泊まりそれぞれに割り当てられた部屋で休息を取っていたのだが、香織は雫に「一人にしてほしい」と言われ、ハジメの部屋で夜を明かした。
「ええ、大丈夫よ」
「…私が言えた義理じゃないけれど、無理はしないで。何なら死なない程度に私を殴ってくれてもいいから!」
「香織、それは僕が止めます」
香織自身、雫のストレスの原因になっている自覚はあるため、それしか雫が立ち直る方法が無いならやむを得ない、と意気込むがハジメがそれを制止する。単純に恋人が殴られるのは嫌であるし、二人のステータスの関係上香織が死んでしまう可能性もゼロではないのだ。
雫もその辺りは分かっているし、香織を殴ったところで何の解決にもならない事も分かっている。第一、雫とて親友を殴りたくはない。
その様子を見ていたハジメは、自分が持つ荷物の中から或る物を取り出す。
「八重樫さん」
「何かし!?」
呼ばれて振り向いた雫の顔に面を付けるハジメ。
「え!?ちょっと、にゃにこれ!」
慌てて面を外す雫。とりあえず一度付けたら外れない、というような代物では無かったことに安堵しつつ、ハジメを睨む。ハジメは悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべていた。
「にゃに…ふふ」
「な・ん・の・つ・も・り・か・し・ら!」
顔を真っ赤にした雫がハジメに詰め寄る。香織が微笑ましそうに見ていたのでそちらにも睨みを利かせる。
「もし別人になりたくなったら、それを使ってくださいな。無学故、このような解決方法しか思いつきませんでした。感情にメスを入れる事も、心に投薬をすることも出来ないもので」
暗に「選択は雫次第だ」と伝えるハジメ。
雫は自分の手にある面を見る。和風の狐の面だ。おそらく何処かのタイミングでハジメが作成したのだろう。予想外の方法ではあったが、どうにか自分のストレスを軽減しようとしてくれた事を嬉しく思う雫。おまけに自分には縁が無いと思っていた男の子からのプレゼント。雫は自分の頬が赤くなっていくのを感じていた。
香織は変わらず微笑ましそうだ。ヤキモチを焼かないわけではないが、ここ最近ずっと沈んだ表情だった親友の様子を祝福する気持ちの方が勝っていた。
しかしそんな光景に水を差す者が一人。何処か既視感を感じる。
「おい南雲!お前は一体雫に何をやっている!」
勇者、天之河光輝である。どうやら光輝の目にはハジメが雫に嫌がらせをしたように映ったようだ。
「ごきげんよう、天之河君。特に危害は加えていない、とだけ言っておきます」
「嘘をつけ!雫が嫌がってるじゃないか!」
「嫌ですか?」
「いいえ、全く。むしろ少し気が軽くなったわ」
「だそうです」
「こんな奴に気を使う必要なんか無いんだぞ、雫!」
雫は顔を顰めると、ハジメに貰った狐面を付けた。しかし、ご都合主義の塊の前でその抗議行動は逆効果であった。面を取り上げようとする光輝だが、素早さでは雫の方が上だ。面の没収が困難であることを悟ると、今度はハジメに対して口撃を仕掛けた。
「南雲!お前は弱さや病気を言い訳にして努力をしない上に、仲間に対して嫌がらせまでするのか!見損なったぞ!」
「はぁ…まあ、僕を攻撃するという『手段』の為なら『目的』を選ばない貴方の事です。何を言っても無駄でしょうがね。これだけは言わせてもらいますよ」
「何だ。俺が間違っているとでも言うのか」
「貴方、何様だ」
いつ振りかの静かな怒りを含む声。他人の幸せを勝手に定義する光輝の傲慢さにハジメは怒りを向けていた。やはり何処か既視感のあるやり取りである。光輝は少しだけたじろぐが、そのダメージは怒りへと転換された。
「俺は何も間違ったことなんか言ってない!だいたいお前は工房に籠って自主的な訓練なんか碌にしないじゃないか!」
「王国から課された物は全て出ていますし、僕がしているのは錬成師の訓練です。適材適所という言葉をご存じですか」
因みに、耐性の低いハジメや香織が今回の訓練に参加するのは、自衛のための訓練の実践編だ。ハジメの場合は武器のメンテナンスと、使われ方の観察という目的もある。
「一人だけ安全な場所にいようなんて虫の良い事を考えるんじゃない。そんな考え方が皆に移ったら救える物も救えない。お前はもっと努力すべきだ。そんなんだからこの世界の人に認められない―――」
光輝がハジメに善意100%(?) のお説教をしようとしたところ、光輝の近くの地面に何かが突き立てられ、大きな音を鳴らす。驚いた光輝がそちらを見ると、一台のチェロがエンドピンによって地面に刺さっていた。そしてそれを行った人物は…
「か、香織!?」
とても良い笑顔を浮かべた香織だった。清楚で優しいはずの幼馴染の暴挙に光輝が驚いていると、香織が口を開く。
「このチェロはね、ハジメくんがオーダーメイドで作ってくれたの。私の技能に合わせて魔法陣が複雑に刻まれてて、性能は最早アーティファクト並みなんだって」
香織専用の武器であるチェロ。名を『ウーベルチュール』といい、演奏者の技能を底上げする様々な魔法陣がそれぞれの邪魔をしない絶妙な塩梅で刻まれている。まさしく錬成師と数学者の技能を併せ持つハジメに成せる絶技だ。他に本物のチェロと違うところは見た目が少々、そして立ったままでも演奏できること。更にはエンドピンはブレードになっており、弓もレイピアのような武器となる。芸術美と機能美を極めたハジメの最高傑作だ。
「これでもハジメくんが努力してないって言えるのかな?かな?」
「でも、そんなの所詮戦いの役に立たない―――」
ゴウン!という音とともに再びチェロが地面を穿つ。演奏者の技能『破壊音響』により、光輝の足元の地面が抉れていた。
「何か言った?」
「……くっ」
光輝は反論の余地が無い事が分かり、本人も気付かぬうちに悔しそうな顔をしてその場を離れる。
「いやぁ、実に醜いなあ。僕もよく己の醜悪さには惑うが、ここまで来たら一種の芸術性すら感じさせる。そうは思わないかい?」
「どうも中村さん。僕はだんだんと面倒になってきましたね。特にここ最近は工房に籠っていたので彼と関わる機会は無かったですし」
恵里、鈴、清水の三人が登場した。鈴は杖を、清水は一冊の本を持ち、恵里は四本足の球体型のナニカと、浮遊する目玉のような小型のナニカを連れている。
「とりあえず光輝の事は置いといて、恵里の二体のソレはどうなっているの?」
雫は明らかにこの世界の産物ではない恵里のペット?に疑問を示す。すると恵里はニンマリと笑って答えた。
「この子達の名前はファイ、そしてカイ。飛んでるのがファイね。これ自体は魔法陣が刻まれているだけのただの金属塊だよ。それに僕の降霊術で幽霊を取り憑かせて動かしてるのさ」
幽霊という単語に香織が少し怯えるが、恵里の天職は降霊術師であるため仕方がないとなるたけ表情に出さないようにする。しかし恵里にはバレているようで、
「気を使わなくたっていいよ?寧ろ怯えてくれた方が面白い」
「こらこらエリリン」
「俺の『黒ノ書』もそうだが、次から次へとよくもまあ…」
「大胆な創作は芸術家の特権です」
ファイとカイを見ないようにしながら、ふと香織が不可解な顔をする。
「本当に…何処をどう見たら努力してないって思えるんだろう」
「無駄だ白崎。馬鹿にも分かるように説明したところで馬鹿はそもそも説明を聞いてねえ」
「辛辣ね…だけどさっきの言動を見た後だと否定できないわ」
「ま、俺は天之河の事嫌いだし、バイアスかかってるのは認めるけどよ。撤回する気はねえ」
「南雲の言う通り、手段の為なら目的を選ばないんだろうな。今回に限っては」
「遠藤?いたのか?」
「お前らが来る前からな」
更にそこに優花も加わり、いつものメンバー+雫で談笑していると、メルドから出発の号令がかかり、今回の訓練は20階層までである事、ハジメと香織は前線に出ないようにする事などの説明があり、一行は迷宮に入っていった。
そしてオルクス大迷宮内部。緑光石という発光する特殊な鉱石が多数埋まっているらしく、それで照らされた通路を一行はゾロゾロと進む。暫く進むと広間に出た。ドーム状で、天井はそこそこ高い。
と、その時、物珍し気に辺りを見回している一行の前に壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。
「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ!交代で前に出てもらうからな、準備しておけ!あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、大した敵じゃない。冷静に行け!」
その言葉通り、ラットマンなる魔物が結構な速さで飛び掛かって来た。
灰色の体毛に赤黒い目が不気味に光る。名前の通り外見は鼠に似ているが、上半身がやたらと筋肉質だ。腹筋と胸筋の部分だけ毛が無い。とりあえず倒すべし。罪状は公然わいせつ罪だ。
正面に立つ光輝達、特に前衛である雫の顔が引き攣っている。やはり気持ち悪いらしい。
間合いに入ったラットマンを光輝、雫、龍太郎の三人で迎撃する。その間に鈴が詠唱を開始する。しかし聞き覚えの無い詠唱に騎士団の面々は首を傾げた。恵里は魔法を詠唱するでもなく、近くをウロウロしているカイに何やら指示をする。尚困惑する部下たちをメルドはニヤニヤしながら見ている。
光輝は純白に輝くバスターソードを視認も難しい程の速さで振るって数体を纏めて葬る。光輝が持つ剣はハイリヒ王国が管理するアーティファクトの一つで、お約束に漏れず、名を『聖剣』と言う。光属性の性質が付与されており、光源に入る敵を弱体化させると同時に自身の身体能力を自動で強化してくれるという、名前の割には嫌らしい性能を誇っている。
龍太郎は天職が『拳士』であることから籠手と脛当てを付けている。これもアーティファクトで衝撃波を出すことができ、また決して壊れないのだとか。龍太郎はどっしりと構え、拳撃と脚撃で敵を後ろに通さない。その姿はさながら盾役の重戦士と言ったところか。
雫は天職が剣士であり、ハジメに作成してもらった『黒ノ誓約』で敵を切り裂いていく。抜刀術を使う雫に黒色の刀は最適であり、動きは洗練され、騎士団員をして感嘆させるほどだ。
ハジメが戦いぶりを見学し、データを記録していると、鈴と恵里が攻撃を開始した。
鈴は敵の頭上に結界で立方体を作り、それをハンマーのように敵に落とす事で攻撃。今まで見たことも無い結界の使い方に騎士団員は驚いている。これは鈴のオリジナルの魔法『伽藍ノ堂』だ。名は立方体の内部が、寺院を守護する伽藍神を祭る堂のように広々と何も無い事に由来する。この立方体を敵に対して弾丸のように射出する事で敵に攻撃を加える。内部に更に結界を詰めて強度を増すも良し、魔力を詰めて爆弾にするも良し、実に便利な魔法だ。
恵里の方は四本足の球体、カイに指示を出し、カイが敵の中心に飛び込む。そして回転し、展開したブレードで敵を切り刻む。仕事を終えたカイは素早く恵里の足元に戻っていった。
気が付けば広場のラットマンは全滅していた。他の生徒の出番は無しである。どうやら光輝達召喚組の戦力では一階層の魔物は弱すぎるらしい。
「あ~、うん、よくやったぞ!次はお前らにもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」
生徒達の優秀さに苦笑いしながら気を抜かないように注意するメルド。しかし初めての迷宮の魔物討伐にテンションが上がるのは止められない。「しょうがねえなぁ」とメルドは肩を竦めた。
また暫く進むと、今度は丸い頭を持った機械達が現れた。円柱の胴体に短い手足が生えた、先程のラットマンよりかは可愛らしいと思える外見である。
「あれは機械生命体だな。今までの訓練でも接敵したことがある小型短足タイプだ。お前達ならば油断をしなければまずやられることは無い。今度は浩介と幸利、優花に戦ってもらうか」
今回は存在を忘れられなかった遠藤。
前に出た遠藤に機械生命体の一体が飛び掛かるが、遠藤はバックステップで回避し、『鎮魂者』という名のマチェットで敵を切る。相手の身体は金属で構成されているため、一撃ではトドメを刺せないが、そこから連撃を繰り出せば機械生命体の動きは止まった。
清水はハジメの作品である黒ノ書を片手に魔法『黒ノ弾』を詠唱。すると本から黒い魔弾が飛び出し、機械生命体に降り注ぐ。
優花はハジメに作ってもらったワイヤーで敵を引き寄せ、ナイフで壊していく。更にバク宙しながらナイフを投げ、そこから更に投げナイフで連撃を加えていく。戦闘後にチラリとハジメを見ると、しっかりとデータを取っていた。
そんなこんなで機械生命体達を殲滅し、一行は順調に歩を進めていった。
やっぱ戦闘描写って書いてて楽しいです。苦労するけど。
後は備忘録として元ネタを書いておきます。
ウーベルチュール:パニグレのセレーナの武器の一つ。名前自体の意味は『序曲』。オーバーチュアの同義語。
ファイ/カイ:パニグレの21号の武器を模している。本家の名前は分からないのでオリジナルで名付けた。由来は21番目のギリシャ文字φとその次χより。
鎮魂者:パニグレのワタナベの武器。まだ明らかになっていない今作の遠藤の設定にも合致する。
オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように
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修理して連れていく
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見なかったことにして放置する