※この小説には暴力的なシーンが含まれています。
そして、今話にて竜羽様の作品のネタバレ注意です。
「ほう……別に構いませんが……して、その心は? 貴方に心が有るのなら」
現在、昇格者のハジメ達は自分達の過去を話そうとしていた。しかし、並行世界のハジメがそれに待ったをかけたのである。というのも、彼らに話す内容は昇格者達の全てではなく概要だけにしてほしいとの事だ。
『心が有るからそう言ってんだ。実は、俺達は以前にも並行世界にチャンネルを繋いだことがある。そしてその時に思ったんだ。並行世界への深入りは自重しようってな』
曰く、その世界は召喚前から流れは彼らの過ごした時間と大きく変わっていた。ならば、彼らの世界と昇格者達の世界も全く異なる世界であると考えるのが妥当である。その世界の話に深入りする事は意味が無いし、逆に知る事で必要の無い事を考えてしまい、思いもよらない事が起こるかもしれない。並行世界のハジメはそれを懸念し、予防線を張ることにしたとの事だ。
その理論を聞いた昇格者達はその願いを肯定した。『以前につなげた世界』について話す時、なんとなく辛そうな表情を彼らがしていたのも一因である。
「なるほど? まあ分かりました。好奇心がものの見事に猫を殺して見せたのだとしたら、明日は我が身と恐れるのも自然です」
だいたいそのような理論で合っているが、昇格者ハジメの言い方に少し引っかかるものを感じた並行世界のハジメ達。人を喰ったような物言いは処世術として既に板についているが、純情な学生である並行世界の彼らには少し刺激が強かったようだ。
「しかし、先に忠告しておいて何ですけど、もう少し気軽に考えてもいいのでは? 僕なんか内心お祭り騒ぎ……とまではいかなくとも、少し浮かれていますよ。常に深慮遠謀に基づいて考えているわけではありませんからね」
途轍もなくリラックスしたような状態で茶菓子に手を伸ばしながら真偽不明な感情を口にする昇格者ハジメ。とはいえ、ティーセットまで持ち出している所を見るにあながち嘘ではないのかもしれない、と並行世界の彼らは考えた。それに、時に短絡的にもなり得るというのは人間誰しも同じである。そうでないのはラプラスの悪魔くらいだ。
『確かに、所詮はただの情報って考え方も出来る。話を聞いたくらいで何かが変わるってのは無いのかもしれない。有ったとしても天文学的な確率かもしれない。それでも俺達はそう考えるんだ。アンタから見りゃくだらないかもしれないけどな』
『でも、少し意外だな……私達が映った時はいの一番に警戒していたし、今までの印象から割と計算で動くタイプだと思っていたのだが。そこに信念が有るのかはともかく』
並行世界のハジメが昇格者のハジメに対して応え、その横で並行世界の香織のパートナーデジモンであるテイルモンが意外そうに呟く。しかし、次の瞬間に思ってもみなかった答えを聞くことになった。
「信念とか計算とか、どうしてそんな読まれやすい事しなきゃならないんです?」
並行世界のハジメ達の親近感が恐怖感に変わっていく。計算高いとは、言い換えれば論理的に考えて最適な行動を取るという事である。つまり、もう一人同じ考え方をする敵がいれば簡単に見破られるという事。
昇格者ハジメはそれを防ぐために思考を切り替える、一貫した信念も論理も無い行動を起こすというライフスタイルを取っている事になる。そんなことが可能なのか? 果たして人間に出来る事なのか? 並行世界のハジメ達は目の前の存在達がひどく歪なものに思えてきた。
「って、その実何も考えてないだけなんですけどぉ~」
「コンダクター、場を和ませようとしても、もう手遅れだと思う」
「既に空気が凍り付いてる。もしかしてハジメの技能の〝零度〟は自動発動?」
昇格者ハジメはケラケラと笑っているが、表情がアルカイックスマイルなので更に空気が凍り付く。せめて横の二人がまだ常識的な感覚なのが救いか。しかし、並行世界のハジメは一つ、これだけは聞いておかなくてはならなかった。
『……なあ、過去を聞く前にこれだけは教えてくれ。アンタに譲れない信念はあるか?』
「ありますよ」
昇格者ハジメは笑みを消してそう答えた。そして、並行世界のハジメが何かに突き動かされるように『それは何だ』と問うと、昇格者ハジメは今までにない真面目な口調で答えた。
「全ての存在は滅びるようにデザインされている」
並行世界のハジメは危うく表情を歪めるところだった。だが、昇格者ハジメの哲学を否定するような事は言わなかった。何故なら自分達は並行世界の事には干渉しないというルールに反するから。
しかし、内心では別だ。嘗て、自動消去システムとも言えるデ・リーパーと闘い、そのデ・リーパーがデジモンを「他のデジモンを捕食し、定められた進化をするだけの存在」と断じ、「デジモンを生み出した人間もまた不完全」と言った。「人とデジモンの融合による可能性」を信じる並行世界のハジメには、昇格者ハジメの哲学は肯定できなかった。
『えっと……念の為理由を聞いてもいいかな。どうしてそういう信念を持つようになったのか』
黙ってしまった並行世界のハジメに代わり、並行世界の香織が昇格者に問う。あまりにもショッキングな文面ではあるが、「読まれやすい」とまで言った信念にそれを当て嵌めているのには何かしら理由があるはずだからだ。
その問いに昇格者ハジメは嬉々として答えた。
「何故『死』という存在が、生物の進化において淘汰されていないのか、考えたことがありますか?」
『……一応お医者さんを目指してるけど、まだ考えたことは無かったかな』
「詳細な理由は生物学的な物から何から色々あるのでさておき、少なくとも『死』というものを生命が必要としているからに他なりません」
『………だから、全ての存在は滅びるようにデザインされている、と?』
「ええ、『死』とは、『生』の対極に存在する物ではなく、生命に組み込まれた機能の一つに過ぎません。故に、『死』を間近で見なければ生きる事の全体像は掴めない……正気を疑うかもしれませんが、僕はそれがこの世の存在の安息であると考えています。仮に『死』が無いとしたら、夢も希望も、成立し得ないでしょうね」
昇格者ハジメは最初は笑っていた。しかし、徐々に表情が無くなり、完全に無となったところで、一筋の涙が零れた。泣き顔でも怒りでもない、ただ涙だけが零れる表情。それを見た並行世界の香織は、少し息をついて口を開いた。
『貴方の話を消化できるかは分からない。でも、これだけは言わせて。ありがとう』
『香織……?』
テイルモンが香織の反応に疑問を持ち、昇格者ハジメは無言であった。しかし、並行世界の香織は言葉を続ける。
『さっきも言ったけど、私の夢はお医者さん。この道を選んだことを後悔はしていないけど、それには貴方が言ったことは、いずれは考えなければならない事だから』
人の死に立ち会わない医者はいないとされる。そして、それ以前にも、大学などで病理解剖などに立ち会えば否が応でも死を意識せざるを得ない。香織の夢のために、それは避けては通れない事だった。
『今すぐは考えられないけど、将来の夢のために必要な事。貴方は一つの解を示してそれを思い出させてくれた。だから、ありがとう』
ハジメは一度目を閉じ、開いて答える。
「今示したのはあくまで一例。この問題についての全てではありません。しかし、貴女の夢の一助となれたなら幸いです。どういたしまして。仁術を志す者よ」
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『………』
並行世界のハジメ達は絶句した、昇格者達の過去に。彼らは戦慄した、パニシングという人が機械と化す奇病に。彼らは恐怖した、昇格者ハジメが経験した病棟の惨劇に。
特に最後だ。昇格者達は婉曲的に表現していたが、どう考えても人間同士の殺し合いが発生していた。それも、当時の昇格者ハジメが親しかったであろう人間達と。人型の相手を殺しただけで寝不足となってしまった並行世界の香織はひどくショックを受けたようだ。
(俺もデジタルワールドでの出来事やデ・リーパーとの闘いは経験しているから大丈夫だと思ったが……予想以上にキツい内容だったな)
昇格者達が警告した意味がよく分かった。機械となったハジメが経験したのは闘いではない。まるで何かに規定されたかのような殺し合い。『苛烈』でも『勇猛』でもない、正に『陰惨』と表現できる出来事だろうことは想像できた。医療者でありながら人を救えず、為す術の無いまま安楽死させるしかなかった業病。悪より暗く、悍ましい何か。そんなものを経験していたのなら、『死こそが安息である』という価値観になったとしてもおかしくはない。そう並行世界の彼らは思った。
同時に並行世界のハジメは妙な共感というか、同族意識も覚えていた。何せ、今の彼の身体はパニシング患者のように、肉体が変質しているのだ。様々な要因と香織の意志によって落ち着いてはいるが、今後どうなっていくのか全く分からない。パニシング患者と同じような末路を辿ることも、人とは違う存在になり果てることも、どちらもあり得るのだ。
「僕の青春は悲惨な嵐に終始した。時たま明るい日差しも見たが、雷雨にひどく荒らされて、紅い木の実は僅かしか僕の庭には残っていない」
ボードレールの詩『敵』で締めくくられた話は陰鬱なる暗き気体であった。しかし、何も悲劇ばかりではなく、早くも思索の秋が来た。その後、昇格者ハジメが〝ゼロ〟と名乗る画家として、パニシングの患者であった彼に対する差別への対抗として行っていた芸術的テロ行為は痛快な話であった。本人がやや愉快犯的な目的で行っている点が気になりはしたが。
「普通でしょう……健全な男子高校生なら一度や二度、青春や日常を爆破したいと思うものです」
『〝普通〟〝健全〟で辞書引き直してこい。アンタの前世は爆弾魔か』
「前世では丸善書店で
『向こうのハジメの前世が奇天烈すぎないか?』
「梶井基次郎の作品じゃん」
「何故数秒でバレる嘘を吐くの」
昇格者ハジメが何の茶目っ気を発揮したのか吐いた嘘を香織に元ネタを特定され、茶菓子を齧っていたユエに呆れた視線を向けられていた。しかし、その過程で昇格者達が友人(仲が良いのかは微妙)を得ていたことが分かり、並行世界の妙が発揮されていた。
『そういえば、そっちの天之河君はそっちの恋愛関係について文句は言わなかったの?』
「「あー……」」
並行世界の香織が昇格者達の話を聞いていて疑問に思った事を聞くと、昇格者のハジメと香織は揃って遠い目をした。その反応で並行世界の彼らは色々と察してしまった。
想像がつかないわけではない。哲学、芸術、陰惨な過去と数え役満であれば天之河光輝に嫌われないわけが無かったからだ。寧ろ、嫌われる要素のロイヤルストレートフラッシュである。
「正義とは善人の失敗作に過ぎないのか、それとも善人こそ正義の失敗作に過ぎないのか……」
『物っ凄い哲学的だけど言いたいことは大体わかるよ。こっちも天之河君はデジモンを危険な存在だと決めつけて、私や雫ちゃんがハジメ君と一緒にいるのを見ては屁理屈付けて何としてでも引き離そうとするし』
「そっちも似たような感じなんだ。こっちもレ・ミゼラブルとか見せたことはあったけど、結局よく理解できてないみたいだったし」
『うわぁ、向こうの私容赦ない……』
レ・ミゼラブルはヴィクトル・ユゴーの小説の事であり、同名の映画やミュージカルの事である。登場人物によって正義と悪が入れ替わり続け、それに翻弄される作品は確かに正義を妄信する少年には理解不能な代物だろう。並行世界の香織はそこまで詳しくはないものの、一般常識程度の概要は知っていたため、教材にそれを選んだ昇格者香織に鬼教官のような感想を抱いた。
きっと、その作品を見ていた光輝は理解できないながらも苦渋の表情を浮かべていただろうことは想像に難くない。実際、昇格者の世界の光輝が理解できたのは圧制への怒りを歌う『民衆の歌』だけであったから。
「というか、そっちの雫ちゃんはコンダクター―――コホン、南雲君とよく一緒にいるんだね」
『うん、私と同時にハジメ君に告白して、返事は保留中』
「わお……」
『言いたいことは分かる。だから何も言わないでくれ』
並行世界のハジメが遠い目をしている。隣で『ラノベの主人公みたいだよな!』とはしゃいでいるガブモン。更に並行世界のユエも告白したらしく、三角関係ならぬ四角関係に昇格者ハジメは慄いていた。
「……ハジメも人の事言えない」
「そうだねー。私とユエと付き合ってるもんね」
「誰のせいだと思ってんですか誰の」
今度は並行世界のハジメ達が驚いた。何せ、恋愛関係においては自分達よりも発展していたからだ。しかも、並行世界でもクラスメイトであった園部優花もハジメに好意を抱いているというのだ。そして、ユエと恋人関係になっているのは香織が勧めた事だという。
優花が合流していない状態で何故、と思った並行世界のハジメ達だが、話を聞いてみるとそう単純ではないらしいことが判明した。
「私は盗んででも愛が欲しかった。過去は遠く過ぎ去って、殺された未来が復讐に来る。だから月は太陽の光を盗んだ。……恋愛はその一つの手段」
昇格者のユエは静かに語る。だが、それに並行世界のユエが首を傾げる。それだけが理由なら、恋愛関係にならずとも良いのではないかと。並行世界の香織も昇格者ユエの言い分には素直に頷けなかった。まるで恋愛を道具のように使う昇格者ユエの思考は受け入れられないのだろう。
彼らの表情を見て昇格者ユエは目を細める。
「……理解を求めた覚えはない。王族だった私は、恋愛を自分に有利に事を進めるための道具として教わっただけ。でも安心して? 私は、今は王族じゃない。単なる酔狂で恋愛関係を持つ感性は持ち合わせていない。ハジメの弱った顔はとても可愛くて、胸が締め付けられる」
「自慢にもなりませんが、僕は大抵弱ってますよ……」
あまりに倒錯して見える恋愛関係に並行世界の香織達は絶句した。もはや恋愛と言えるかすら怪しい関係。それを昇格者香織は了承したのか。誰よりも純粋にハジメを愛している自負を持つ並行世界の香織には理解できない話だった。
しかし、昇格者香織はそれを気にしている様子も無く、どちらかと言えば昇格者ユエに何かしらの役割を期待しているかのような目で彼女を見ていた。その答えに行きつくヒントは、話すかふざけるかしていない時に常に死人のような目をしている昇格者ハジメにあるのかもしれない。思えば、昇格者ハジメは笑みを浮かべている時でさえ作り物めいたアルカイックスマイルだった。
と、そこで並行世界のハジメが香織を制止して言葉を発した。
『不快に思わせてしまったのならすまない。だが、これだけは分かってくれ。俺達はそっちの関係に口出しをするつもりは一切無い』
そう言いながらも、並行世界のハジメも完全には納得していないようだった。デジモンと絆を結ぶ彼にとって、打算で恋愛関係を築くというのは少し理解しがたい事なのかもしれない。
そして、それを見て昇格者ハジメも言葉を発した。
「その辺にしておきなさいな、ユエ。彼らには彼らの価値観がある」
「……分かった」
静かではあるが、どこか強制力のある厳かな声。話し合い開始時にふざけていた面影は微塵も無い。
両者ともに恋愛関係についての言及は出来る限りしない事に決めた。主に、並行世界のハジメ達が昇格者達の闇を見て冷静でいられる気がしなかったからである。
と、そこで昇格者香織がパンッと手を叩いた。巧妙に調節された、自分に注目を集めさせるための音である。
「とりあえず、次は転移後の話を始めようか」
コラボ2話です。
少しギスりました。全部昇格者達の面倒くさすぎる価値観がいけないんだ。とはいえ、中々いい塩梅ではないでしょうか。馴れ合いでもなく、全面戦争でもありませんから。
オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように
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修理して連れていく
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見なかったことにして放置する