「調子はどうですか?」
口を開いたのは裏切りのシスター。
「忙しいな」
答えたのは赤い少女だ。いつかの問答とは立場が逆転している。そして少女の顔は無表情ではあるものの、何処か焦りを感じさせるものであった。おや?とシスターは思う。この少女が浮かべる表情は無関心な無表情か、好奇心に駆られたような、全てを見下すような薄気味悪い笑顔だけであった。見たことの無い『焦り』の表情をシスターはまじまじと見つめる。
そうしていると少女は一つの画像をシスターに見せた。そしてシスターは全てを悟った。その画像に映っていたのは奈落に落ちた授格者達。そして自分がエヒトと袂を分かつきっかけとなった悪夢、演奏者の少女の右目に咲く災厄の兆し『花』であった。
「これ…は」
「『花』だな。エヒトに弑された嘗てのこの世界の女神が最後の足搔きで創り出した反撃の一手。女神の意志がかろうじて残る『聖剣』よりも強力ではあるが制御が利かず、エヒトの神域どころかこの世界をも壊しかけた。輪廻を狂わせ、生み出されるは破壊の機械と魔物達。我々を昇格者たらしめたパニシングも、元を辿ればこの『花』だ」
赤い少女が事実を確かめるように解説する。授格者、南雲ハジメの疑惑を形式上払拭した二人。あの判断は正解であったと言える。もし異端者認定でもされて、二人を狩ろうとする人間達を制御しきれない『花』の力を以って虐殺すれば、どんな二次災害が起こるか知れたものでは無い。なにせ理論上は世界を滅ぼせる力だ。
だがシスターはこれを見ても特に表情を動かさない。それどころか「楽しみが増えた」と言わんばかりだ。
「私は逆に好機と捉えますが」
「ほう?」
「見た所理性は残っているようですね。ならば簡単な事です。『花』の力を制御できるようにお膳立てすればよい。我々にとっても未知の領域ですが、エヒトへの反撃の狼煙となる事は間違いないのですから」
その言葉を聞いて少女は焦りの表情を消した。そして劣化版口裂け女のような笑みを浮かべる。この少女の顔は何処までが演技で何処までが本気なのかいまいち量りかねるシスターであった。
「ならばひとまずの目標は昇格者の数を増やすことだ。『花』によって創られた昇格ネットワークは昇格者の数が多ければそれだけ安定する。強すぎる力は分散させれば良い」
シスターが求めていた解答を披露したためか、やや上機嫌で話す少女。
「だが人選は慎重にせねばならない。有象無象に力を授けた所で結局は制御できずに災厄を撒き散らすだけだ。仕入れた情報によればあの者達の故郷は阿鼻叫喚なことになっているそうだからな」
上機嫌ではあるが、しっかりと釘を刺す少女。このシスターは感情を持ってから暴走しかけたことが何度かある。故にこちらも手綱を握っておかなければならない。
しかし当のシスターは「はいはい分かってますよ」と言いたげな顔で『昇格者候補』とやらの画像を見せる。その中には優花や遠藤などのハジメの知り合いの姿もあった。
「順当にいけばこの辺かと。まあまだ様子見の域を出ませんが」
「まあいい。エヒトや神域とて大きなダメージを被った事は事実。猶予はあるからな」
「奈落の授格者達はどうするのです?こちらから介入する必要は?」
「今のところはないだろう。それよりも九龍衆の
シスターは了承の意を伝え、持ち場に戻っていった。
視点は変わり、雫視点。え?雫視点が多くないかって?話を書くのに都合がいいから仕方がない。閑話はさておき、彼女は部屋でふさぎ込んでいた。先日自棄になって取り乱した後、結局光輝や龍太郎とは話していない。時々話す恵里や鈴から聞くに、光輝は今までにも増して訓練に励み、龍太郎は色々な事が起こりすぎて脳がフリーズしたらしい。龍太郎に関して言えば、鈴の助言もあり異常さに気付ける程度には常識人だが、香織の狂気、雫の自棄、光輝の引き起こすディストピアという彼からすれば異常すぎる出来事の連続に、ついに認識がバグったとか。元々脳筋で負の感情が極端に少ない龍太郎、繊細さと感情理解を必要とする局面は苦手なようだ。
その後、志願制を提示したハジメが行方不明になったからか教会がやんわりと戦線復帰を促してきたが、愛子先生が抵抗。愛子の天職は、『作農師』というこの世界の食料関係を一変させる可能性がある激レアである。その愛子先生が、不退転の意志で生徒達への戦闘訓練の強制に抗議しているのだ。関係の悪化を避けたい教会側は、愛子の抗議を受け入れた。
そして、トラウマこそ残っているが、せめて任務であちこち走り回る愛子の護衛をしたいと奮い立つ生徒達が少なからず現れた。そして現在は『愛ちゃん護衛隊』とも呼べる生徒達と共に各地を遍歴している。なお、檜山と天之河に怪我をさせた清水と優花は厄介払いとしてこの集団についている。優花に関しては「どんな形にせよ天之河からは引き離した方がいいだろう」という周りの気遣いでもあった。「仲間の死によって心を病んでしまった雫と園部さんを立ち直らせないと」というお節介のもと優花に声を掛けようとして顔面に上段回し蹴りをくらったのだ。以前にアレフをぶつけている事を考えると、大分抑えた一撃であったと言える。
これらの情報を整理し、雫は再び自己嫌悪に陥る。思えば(他に方法が無かったとはいえ)自分が光輝に追従して戦争参加を表明した事が全ての始まりとも言える。それなのに自分は光輝から逃げ、迷宮攻略と必要な訓練以外は部屋に引きこもっている。その事実が雫をどうしようもなく追い詰めていた。そして何度目かの溜息を吐こうとした時、
「レズセクハラ」
「ふんぎゃあ!?」
後ろから胸を揉まれ、素っ頓狂な悲鳴を上げた。咄嗟に後ろを向くと、いつの間にか部屋に入り込んでいた鈴と目が合う。
「す、鈴!?一体どうやって…」
「鍵、開いてたよ。引きこもるにしても最低限セキュリティはしっかりしておかなきゃ。シズシズは女の子なんだから」
注意力散漫により初歩的なミスを犯していた事に気付き、雫は慌てて鍵を確かめようとするが、その時には恵里が後ろ足でドアを閉め、鍵をかけていた。
「とりあえず足は付いてるね。KKKにも遭遇していないようで何よりだ」
揶揄っているのか心配しているのかよく分からない表情と言葉だ。あとKが二つほど増えている。
「…そのKKKというのは光輝の事かしら」
「その通りさ。自分の正義に合わないと見るや周りを扇動し排斥する。その様子たるや北方人種至上主義で他の人類を排斥するクー・クラックス・クランに瓜二つだ。オマケにこの場にいない南雲ハジメに対して火の無い所に煙を立たせ、本物の連帯集会よろしくキャンプファイヤーさ」
辛辣に過ぎる恵里の現状分析に親友の鈴も苦笑いだ。しかしながら光輝の事を心底嫌悪し、また軽蔑している恵里にとってはこれでも抑えた方である。天職が魔法系の後衛職であるために、優花のような膂力は持ち合わせていないが、その分口の悪さはずば抜けている。
「―――なさいよ」
「ん?」
「嗤いなさいよ!アンタの嫌いな男に付いて回って、結局は光輝の物語の一部に過ぎなかった。しかも光輝やクラスメートから逃げて部屋に引きこもってる臆病で惨めな女だって!」
今にも壊れそうな雫の叫びに鈴は心配そうな顔をするが、恵里は鼻で笑う。
「僕を十字架やロンギヌスの槍に当て嵌めようとしているのならお断りだね。全ての罪を背負い、キリストやジャンヌダルクになりたいのなら
自分の罪に酔い痴れ、罰を受ける事によって清められたいのだろう?と暗に指摘されたような気がして、雫は押し黙る。否定したくともそういう部分があるのは薄々自覚していた。
「難儀なものだねえ…
「……恵里は随分と変わったわよね」
露骨な話題転換だが、気になっていた事でもある。恵里は以前まではごく普通の大人しい図書委員の女子生徒であった。しかしある時期を境として彼女は豹変した。明るくはなったが、黒い面と毒舌を撒き散らすようになった。親友の鈴には大きな変化はないが、よくルービックキューブと梟の小物をいじっており、ムードメーカーをしている裏で変わり者というか、少し不思議ちゃんな印象を雫は受けていた。
「…少し前まで僕はKの事が好きだったのさ。親からの虐待に苦しみ、己が生命を断とうとしていた僕にアイツは言った。『もう一人じゃない。君を守ってやる』とね。簡単に言えば、僕はその言葉に逆上せ上がった。アイツの周りの女の子を、香織や雫も含めて貶めて、処理しようと思う程度には」
雫は恵里の話の内容に吃驚していた。恵里が親から虐待を受けていた事、そして友達かと思っていた相手が実は自分を貶めようとしていた事、どれも雫にとっては寝耳に水だった。
「だけど僕としたことが詰めが甘かった。僕が香織に目を付けた時、既に香織は南雲君と付き合っていて、Kのことなんて眼中に無かったんだ」
「エリリンはいつも細部は適当だもんねー」
「だまらっしゃい」
急に漫才を始める二人に雫は咳払いをする。すると恵里は「ごめんごめん」と言い、話を再開する。
「で、香織を処理する為に材料探しをしている間に南雲君に見つかった。香織の恋人だと言われた時には驚いたね。僕の所業を告発するのかと聞いたら、奴はこう言った。『大規模テロとか興味ありません?』とね」
「!?!?」
ハジメの普段の様子からは想像もつかない言葉に雫が驚く中、恵里はその時の会話を思い出す。
『大規模テロ?揶揄っているのかい?僕が興味を持つのは光輝君の事だけだよ。そもそもそんな事が出来るかどうかも知らないし、よしんば出来たとしてどうでもいいけどさあ』
『まあまあ結論を急がないで。テロとは言っても大雑把に民衆を混乱させる、くらいに考えて下さい。好きでしょう?そういうの』
『お前さあ、黙って聞いてれば他人の事を社会不適合者か危険思想犯みたいに…』
『違うんですか?』
『………………』
「その後奴は一枚のカードを手にこう言った。『あくまでも僕達に危害を加えると言うのなら、このゲームに勝利してごらんなさい』と。渡されたカードを見たら『青イ鳥を探せ』という文と、一つのURLが書いてあった。これに勝てば奴の邪魔は無くなる。それからは、まあ色々とやったよ。暗号解いたり画像解析したり素因数分解したり…やってる過程で分かったのは、南雲ハジメは合法的なテロリストって事さ。自分の絵に謎を組み込み、解けば財宝が手に入る。資産家の協力者がいたらしいね。中には億に届く価値の物もあった。それを使って人々に強烈な印象を残し、不特定多数の心で生き続ける。それが奴の計画」
随分と壮大な計画を立てたものである。雫の頬は引き攣っていた。恵里の話では、仕掛けられた謎解きゲームはいずれも高難易度で、特定の場所や人物に誘導する物もあったらしい。舞台は雫達が住む新宿全体。その規模を考えればハジメが光輝を中心とした自然発生クラスカーストに動じなかったのも頷ける。
「謎を解いていくうちに、なんだかKの事がどうでもよく思えてきてね。結局僕は生きる理由が欲しかっただけなのさ。だから形だけは正しかったKに執着した。でも謎解きが続く限り僕は生きていてもいい、この瞬間がもっと続けばいいってね。そして全ての謎を解き終わった先で待っていたのは…鈴だった」
「えっ?」
雫はたまたま持っていたらしい梟のストラップを弄るおさげの少女を見る。
「鈴も計画に加担してた…というよりゲームの段取りを考えたのは鈴なのだー。ホワイトハッカーの技術を使えばネット上に謎を作る事も可能なんだよねー」
「ノートパソコンが置かれたデスクの前で椅子に座ってる鈴を見た時は流石に驚いたね。でも謎解きの最中に何度か登場した梟を思い出して合点がいった。そういえば鈴はよく梟のアクセサリーを弄っていたな、と」
「まあ、鈴も親友が破滅するのは歓迎できない。だから南雲君に協力して謎を作った。エリリンにはとりあえず『敵対するならホワイトハッカーの技術を総動員して邪魔する』と伝えたんだ。でもエリリンにはもう敵対の意思は無かった。その後はエリリンもホワイトハッカーになって、南雲君のテロ計画に二人して加担してる、と」
雫はその話を聞いて、改めてハジメ達に畏怖と尊敬の念を抱いた。彼らは自分の人生を『生きている』と思ったのだ。
「でも、結局光輝に付いていくしかないのよね。他に地球に帰れる方法は無いわけだし」
「ハッキリ言って、光輝君に追従しても鈴達が地球に帰るよりリーマン予想が解決する方が早いんじゃない?確約されたわけでもないし」
「うっ」
鈴に「150年間誰も証明できていない未解決問題よりも難しい事を光輝はやろうとしている」事を指摘され、尚且つそれも確実なものでは無いと言われ意気消沈する雫。そして今後の予定を話し合おうとした時、
「雫!そろそろ訓練に行こうじゃないか。君に相談したいというクラスメートもいるし、早く部屋から出てきたらどうだい?」
喧しいノックと共に勇者こと天之河光輝が来訪した。部屋の中の三人は溜息を吐く。因みに今は王国から課された訓練ではない自由時間だ。
「光輝、貴方が私達の行動を縛る理由は無いわ。自由時間くらい好きにさせてちょうだい」
「なっ!?世界を救うためには訓練によって力を付けなきゃならない。部屋に引きこもってる場合じゃないだろう!」
「幸い南雲君が作ってくれた『黒ノ誓約』で自分なりに訓練できてるわ。ステータスの上り幅も大きいわね」
それでも扉の前で何かを言う光輝。恵里はいい加減うんざりして扉に向けて口撃を行う。
「ヨハネ伝第五章で、イエス・キリストがなんて言ったか知ってる?『厄介ごとを持ち込むな、この馬鹿ども』だよ」
「ば、馬鹿!?訓練と相談が馬鹿だと言うのか!?」
「なんにせよ、神の使徒と木の洞は留守だ。休暇取ってベガスに行ってる」
形式上正しい事を言う光輝に対し、欲望渦巻く賭博の街を引き合いに出す恵里。光輝は絶句するが、状況が把握できないながらもこのまま呼びかけ続ける事は悪手である事をなんとなく察した龍太郎が光輝を引きずっていく。
雫は恵里と鈴に感謝していた。なんだか心の呪縛が少し解けたような気がしたのだ。ベガスに行ってる事にされたのだけは不満そうだが…
女神様大戦犯。一応フォローしとくと意図して生み出したわけじゃないんです…まあ元を辿ればエヒトのせいだが
備忘録
九龍衆:パニグレやってる人なら分かるかも?
花:DOD3の厄ネタ。(作者の知る限り)本家の方でも正体は断言されていない謎の存在。今作ではこういう設定である。
オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように
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修理して連れていく
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見なかったことにして放置する