トータスにおいて人間や魔人、亜人達が文明を築く大陸の外、茫洋たる海原の上を、巨大な船が航海していた。この船は大力神級武装巨船、その名を「九龍夜航船」といい、五百年前の竜人族に対する大迫害の後、再起を、生存と繁栄を志した一派が造り上げた文明の一端。
当初は竜人族内部、竜人としての誇りを胸に滅びを受け入れる心算の派閥からの反発もあったが、今ではその声も下火だ。何故なら現在の指導者である九龍衆が開発した人工知能『
そして現在の実質的首領である九龍衆の「我らは人間達への復讐をするつもりは無い。竜人としての誇りを捨て去ったわけでもない。我らの望みはただ生き永らえる事。淘汰される獣ではなく、竜人という種族の誇りを持つ人間として」という演説により、反対派はかなり少数になった。それでも全くいないわけでは無いので警戒はしているが。
そしてその船の部屋の一つで、黒い衣服を纏う竜人と赤い服の少女が話していた。
「新たな昇格者候補に『花』か。前者は喜ばしい事じゃが、後者は歓迎できぬのう」
「君達はどう出る?彼らを弑するか、利用するか」
「妾達に関わらぬのなら放置、と言いたいが、それは楽観に過ぎると言うものじゃろう。こちらの方でも人間族へ探りを入れる。神の抹殺を掲げるお主らが本格的に動く以上、お主らと同じ『昇格者』である妾が無関係では終わらぬじゃろう」
「ほう、意外だな。私は君達九龍衆は沈黙を貫くと思っていたが」
「どのみち、神によって異界から召喚されたという人間族の『勇者』達を調査せねばなるまいて。調べる事が多少増えるだけの違いじゃ」
船室にて話す一人は九龍衆の一柱である
「それに、妾とてお主らに対する恩を忘れたわけではない。華胥の開発を始め、現在の竜人族の繁栄はお主らの助力に寄るところが大きい。お主らが必要とするなら可能な限りの援助はしよう」
「随分と気前がいい事だな。君達に対する報復を恐れているのか?私のような概念情報に過去や恩義など意味が無いが…」
「無論、それもある。しかし、妾が警戒するのは人間族の支配者、聖教教会じゃ」
「ほう?」
「『勇者』という手札を手にした教会が、嘗て『神敵』とした我らを討とうとする可能性もある。備えておいて損は無い。お主らへの支援もその一環じゃ」
「…教会に位置は捕捉されていないのだろう?仮にそうなったとして君達と華胥ならばさほど労せずして彼らを退ける事が出来ると思うが」
「お主には分からぬじゃろうが、妾達は臆病なのじゃ。特に、一度敗北を期した存在にはのう。今の竜人族の存続と繁栄こそが妾の全てと言っても良い。打てる手は打っておくのみじゃ」
その時、船上舞台の準備が整った事を告げる音が響き渡った。日が落ちる薄暮、まるで白日のように明るい舞台で舞い踊る操り傀儡。今宵も夜の幕が上がる。
「時間のようじゃな。妾達の方針は先に言った通りじゃ。これから妾は船上の舞台を見に行くが、お主はどうする?」
「折角だ。私も見ておくとしよう」
「では先に行っておれ。妾も後から行く」
赤い少女は部屋から消える。そこで
「何用でありましょう。姫様」
「
「そうはいきませぬ。縁璃は姫様の従者にございます。主である貴女を蔑ろにするなどと…」
「お主は従者である前に妾の第二の母じゃ。無理強いするつもりは無いが、少々寂しいぞえ」
廷はそう言いつつも、彼女を信頼する様子で口を開く。
「近いうちに妾はここを発つ。妾の留守を任せたぞ」
「承知致しました。姫様」
それぞれたった二言だけの会話だが、二人の間には絶対的な信頼があった。
そして縁璃が部屋を出た後に、廷は独り言ちる。
「華胥よ…お主が欲してやまぬ『肉体』も、手に入るかもしれぬのう」
視点は変わってクラスメート達。時系列としてはハジメと香織が苦刑ノ乙女と闘い、勝利を収めた日。光輝達勇者一行は再び『オルクス大迷宮』にやってきていた。訪れている者の内訳は光輝達勇者パーティーと小悪党組、永山重吾という大柄な柔道部の男子生徒が率いるパーティー、そしてハジメ達の痕跡を捜しに来た恵里、鈴、遠藤の三人だ。雫は光輝を見限ってはいるものの、暴走を抑えるという役回りを買って出た。鈴が名乗りを上げたが、光輝が話を聞かない為、雫が立ち回るしかなかったのだ。とはいえ、雫の精神衛生上良くはないので以前よりも頻度は減っている。それに、他よりはマシであると言うだけで、雫の忠告もそれほど耳を傾けるわけではない。
「ウチで飼ってる梟の方が話聞いてくれるよ…」
とは鈴の言であり、どうやら鳥類以上に話が通じないと認識されてしまったようである。
そんな鈴は地球にいた頃はマスコット的な愛されキャラだったのだが、今では一部を除いて敬遠されてしまっている。「ミネルヴァの梟」を例とする独特な価値観に基づく言動が増えたのも原因の一端ではあるが、一番の原因は背中に背負うチェーンソーだろう。
始まりは鈴が独自の訓練中に敵性機械生命体から武器のチェーンソーを奪って使ってみたら、思いの外自分に合っていたという事だ。その後、鈴は自分の持つ知識を使ってチェーンソーに改良を施した。ホワイトハッカーである鈴は、部品さえあればコンピューターを自作できる技量の持ち主でもあったのだ。流石に中世レベルの文明においてゼロから作り出すのは不可能だが、原型さえあれば自分好みに改造できるのである。因みに恵里のファイとカイのメンテナンスを行っているのも彼女だ。
しかし元は機械生命体が使っていた武器という事と、地球組にとってもホラー映画の殺人鬼が使うイメージのあるチェーンソーは敬遠されるには充分であった。
まあそれを抜きにしても
「文明の利器ゲット。ひれ伏せ回転機構の前に」
とか言いながら笑顔で殺傷能力の高い武器を振り回すチビッ子とか、あまり近付きたくはないかもしれない。
閑話休題
光輝の放った光の斬撃が魔物を斬り裂く。光輝の聖なる一撃の前に魔物は倒れ伏した。
「やったな、光輝!」
「やっぱり強えな、天之河!」
「ありがとう、皆!訓練の賜物だよ!」
クラスメート達とパーティーメンバーである龍太郎の賛辞に、光輝は気を良くしたように礼を言う。そこへ更なる賛辞の声が響いた。
「素晴らしい!流石は勇者だ!やはり光輝こそが人間族を救う真の英雄だな!」
その声は神殿騎士の鎧を着た、メルドに代わる新しい戦技教官、ミゲル・ワーグナーだ。彼の誉め言葉に光輝は照れくさそうに笑う。彼の部下たちも光輝に賛辞を送り、さらにクラスメート達が歓声を上げていた。しかし状況を冷静に見ていた雫が、言い方は悪いが水を差す。
「光輝、明らかにオーバーキルよ。しかもこんな狭い場所で使うべきじゃないわ。生き埋めになりたいのかしら」
「うっ…すまない雫…」
「雫…調子が戻ったのはいいが…ちょいと言い方がキツくないか?」
「私は必要な事を言ったまでよ。だいたい貴方も…」
と雫がお説教をしていると、遠慮がちに声を掛ける者が一人。
「あの…ミゲルさん」
それは違う場所で魔物を倒すように指示を受けていた永山重吾達だった。
「こっちも魔物を倒し終わりました」
「ん?ああ」
先程と違い、投げやりな態度で応じるミゲル。歴然とした扱いの差が見て取れる。
「引き続き警戒に当たれ。暗殺者の…何だったか?」
「…遠藤です」
「そうそう、ソイツだ。ソイツを索敵に回せ。光輝達が戦いやすいように魔物やトラップを見つけ出せ。卑怯者にはそれくらいの事をやるのがちょうど良い」
「…分かりました。遠藤に伝えておきます」
まるで光輝の小間使いのような命令に唇を噛みながら従う永山。しかし溜息と共に現れた卑怯者(笑)の遠藤は片手でマチェットを回しながら歩いてくる。そして永山が口を開く前にミゲルに答えた。
「俺が行くよりも中村に任せた方が早く終わりますよ。生憎、俺はまだ人間で、しっかり足が付いてるんでね…幽霊には負ける。てか味方の能力くらい把握してくださいよ。いい加減」
「ふん…まあどちらでも良い。光輝が戦いやすくなる事が重要なのだからな」
「中村ー、出番だぜ」
「はいはい、全く人使い…いや、死者使いが荒い奴だねえ」
恵里がファイに指示を出すと、ファイは通路の奥に消えていった。
「はぁ…」
今までの出来事を思い出して雫は小さく溜息を吐く。教官が変わってから光輝の自分勝手な物言いが加速しているのだ。前職のメルドが如何に人格者だったかを痛感していた。
現教官であるミゲルは簡単に言えばステータス偏重主義で、更に悪い意味での騎士道精神の持ち主だ。ステータスの上昇が大きく、勇者という貴重な天職を持った光輝をひたすらに褒め称え、逆にステータスが光輝達よりも低く、現在伸び幅が少ない永山パーティーのような人間には冷淡な態度しか取らない。なまじ中途半端に『ステータス』などという物が分かるために生まれた性格と言えよう。まあ、恵里が指摘した通り知力等は表示されないのだが…。この世界に脳筋思考が多いのはこのステータスプレートのせいではないだろうか。
ついでに言えば、彼は鈴や恵里、遠藤と言った面々にも冷たい態度をとる。この三人は独自の武装や知略により強さを得た人間だ。ステータスは光輝達に及ばないが、『実戦』という意味においては比類なき強さを発揮する。普通ならばこれだけでも認めるに足るものなのだが、今回ばかりはそうではない。訓練以外の方法で効率よく強さを獲得し、実戦において数多ある手札から最適な物を選び、予想だにしない搦手も使ってくる。なんとも馬鹿げた話だが、そんな人間は光輝やミゲルの目には『卑怯な手を使う狡賢い人間』と映り、彼らに対する態度は下手をすれば永山達に対する物よりも冷たいのだ。どうやらこの世界は四大文明の頃の中国よりも知的レベルが低いようで、兵法三十六計の内容を説明しても理解は出来ないだろう。
どうやら教会は操りづらいメルドを放逐するタイミングを図っていたようである。メルドが追い出されてから待遇が決まるまでが不自然に早いのがその証拠だ。光輝が啓蒙を得て、意見を覆されては困るのだろう。
そんな性格の男が教官となってから、光輝を始めとしたステータスが高い者は優遇されるようになった。訓練場の後片付けや、野営の準備と言った雑用は遠藤や永山達に押し付けられ、戦闘においても光輝の露払いに徹底されていた。幾分不愉快な四面楚歌。敵ではなく味方からこのような仕打ちを受けるとは、人間とはげに恐ろしき生き物である。
先に言っておくと、恵里、鈴、遠藤の三人は「楽できてラッキー」程度にしか思っていない。元々実戦においての強さは群を抜いている。右倣え右の空っぽ達の評価など意に返さない。
問題なのは永山パーティーを含むその他の人間である。彼らは他人の評価を得られず、実績を挙げようにも現状は不可能。永山達はこの不当な扱いに抗議の声を上げた。しかし、
「こんな時に我儘は良くないんじゃないか?永山」
まるで仲間の和を乱す人間を咎めるような口調で、光輝は厳しい顔をして言う。ミゲルは特に口を挟まない。全て予定調和と言わんばかりの態度だ。
「ステータスが低いから皆の足並みが揃わないんだ。俺ならもっと努力してステータスが伸びるようにするのに、君達は自主練にだって来ないじゃないか。そんな集団を乱す君達にミゲルさんは仕事を割り振ってくれてるんだぞ。感謝はすれど文句を言うべきじゃない!」
「ちょっと光輝!それはいくらなんでも―――」
「いや、天之河の言う通りだ!」
檜山が同調するように声を上げる。彼を始めとする小悪党組もステータスの伸びは良く、「特別扱い」を受けていたのだ。彼等の嗜虐心を抑制する物はない。
「足手纏いのお前らに迷惑してるのはこっちなんだよ!お前らみてえな雑魚は雑用くらいやって役に立てよ!それともアレか?南雲見てえに引き籠もりでもするのか?」
「そうよそうよ!」「あんまり迷惑かけんな!」などと、特別扱いされた者達から逆に糾弾され、ハジメ達を嫌う人間から嘲笑の念を向けられ、雫と永山達の抗議の声は黙殺された。彼等は「兵を養う事千日、用いるは一朝にあり」という言葉を知らないのだろう。
そしてそんな光景を見て鼻で笑う人間が一人。
「南雲がいなくなったら次はソイツ等というわけか。どこかの魔女狩りにそっくりだな。学習機能があるにも関わらず何度も同じ過ちを繰り返す人間達。こうなれば、地上的な希望はとことんまで打ちのめされるだろう。そうなってようやく、人間は真の希望で自分自身を救える。感動で涙が止まらない」
それは一時的にその場の全ての人間から忘れられていた遠藤だった。彼の発した言葉の詳細な意味は分からないながらも、馬鹿にされた事と罵倒された事は強烈に分かった光輝達は眉を吊り上げて遠藤に詰め寄る。
「遠藤、この際だからハッキリと言わせてもらう。君は一体何なんだ?自主的な訓練はしないばかりか、今みたいに馬鹿にするような態度でクラスの和を乱す!この場にはいないが鈴や恵里もだ!南雲に騙されているんだろうがもう許すことはできない!」
いかにも正義100%!みたいな顔で遠藤を糾弾する光輝に、遠藤はたじろぐばかりか悪びれもせずにこう返す。
「悪いな、キルレートは俺らの方が上だ」
暗に「自分達の方が強い」と言われた光輝達の顔は怒りに染まる。堅実に訓練をしている彼らよりも「サボっている」遠藤達の方が優れているなどという主張は到底受け入れられるものでは無かった。
尚、和を乱すと言っているが、遠藤達は光輝達から離反したいのである。しかし何故かオルクス大迷宮には勇者の同伴無しでは入れないと言われ、受付で止められてしまったのだ。まあ、「神の使徒が反目し合っていては困る」という裏事情があるのだろうが。
「ならよお、お前俺よりも強えんだよなあ!」
そう言って檜山が遠藤に斬りかかる。ステータスでは檜山が勝っているため、遠藤に負けるなどという事は有り得ない。檜山の顔にはそう書いてあった。しかし遠藤はそれを一瞥すると、
「フッ」
檜山の攻撃を回避し、蹴りによるカウンターを決める。すると面白いように檜山は吹っ飛び、訓練場の壁に激突した。遠藤はそれを見ると、
「反論は?」
と問うた。それに対する答えは、近藤、中野、斎藤、そして壁から起き上がった檜山の戦闘態勢だった。
「獣に言葉は通じないか」
遠藤はその様子を見て冷笑する。そして両手にマチェットを握り、戦闘態勢に入った。
全てのありふれ二次を読んだわけではないのですが、メルドさんが左遷された後に(言い方は悪いが)あまり質の良くない教官が就く、という展開はほとんど見ない為、やってみました。
ミゲル・ワーグナー:メルドの後任。変な騎士道精神は、神殿騎士であまり前線に出る事が無いからか。名前の由来は『ドン・キホーテ』の作者『ミゲル・デ・セルバンテス』より。
オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように
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修理して連れていく
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見なかったことにして放置する