そして唐突ですが、『ワタシノキオク』にて香織の歌はモールス信号になっており、解析すると『I love you』になります。気付いている方も多いかもしれませんが……
「はぁ~、おいおい、勇者ってのはこんなもんか? まるでなっちゃいねぇ。やる気あんのか?」
平凡な顔に似合わない乱暴な口調で呆れた視線を送る護衛。その表情には失望が浮かんでいた。現在の構図を説明すると、光輝は護衛を見た目で判断して無造作に正面から突っ込んでいき、あっさり返り討ちにあったというものだ。この護衛、見た目に反して闘いの技量は凄まじいのである。
光輝は相手を舐めていたのは自分の方であったと自覚し、怒りを抱いた。今度は自分に向けて。
「すみませんでした。もう一度、お願いします」
今度こそ、本気の目になり、自分の無礼を謝罪する光輝。護衛は、そんな光輝を見て、「戦場じゃあ〝次〟なんてないんだがな」と不機嫌そうに目元を歪めるが相手はするようだ。先程と同様に自然体で立つ。
光輝は気合を入れ直すと再び踏み込んだ。
(あの動きは
護衛と光輝の戦いを見ながら相手を観察する遠藤。英国保安局のエージェントである彼は数多くの対人戦もこなしてきた。その経験を基に動きを分析し、護衛がただの兵士ではない可能性に行きついていた。
(殺し屋のアレンとは違う。あれは殺人のために最適化された動きだ。俺にも同じ訓練が施されている。どちらかと言えば特殊部隊総隊長のバーナードだな。アイツに中世風の剣を持たせてある程度訓練すればああいう動きをするだろうよ)
エミリーと付き合う事になった事を話したときに嫉妬と羨望の眼差しで見つめてきた同僚と、死亡フラグを毎回建てては何故か生還してくる仕事仲間を思い出す遠藤。あとこの異世界召喚という名の誘拐を喜びそうな女捜査官。どうせ帰ったら根掘り葉掘り聞かれるのだろうが、アイツからの質問が一番多いだろうなあ、と考えていた。
「わあ、凄いねあの人。光輝君相手に善戦してる」
「ミゲルの顔。いやー、今夜の飯は美味いだろうなあ」
鈴と恵里が機械達を椅子にして戦いを眺めている。コンプライアンス的に大丈夫なのだろうか。まあ機械達も嫌がっている様子は無いが。遠藤が考えてる最中に「座っていいの?ありがとー」とかいう声も聞こえてきたし。
そして恵里、日頃の鬱憤が溜まっているのだろう。ステータスでは説明のつかない事態に顔を歪ませているミゲルを見て笑っている。
「………………」
そんな様子を見ていた龍太郎は無言で三人を見る。龍太郎とて今の自分達の環境、とりわけ光輝の行動の異常さには気づいている。しかし『異常だ』という事は分かっているが、対処法が分からない。光輝は実績を挙げているし、表面上の不具合は起きていない。永山達への冷遇は龍太郎も疑問視しているが、『彼らがもっと努力すればいいのでは』という気持ちも拭えない。
強化されたベヒモスを倒した時は遠藤達の事を見直したが、その数日後の夜に再び恐怖することになった。
(鈴のヤツ……こんな夜中に一体何して……)
或る夜、トイレに起きた龍太郎は夜中に外に出ていく鈴を見つけた。最初は心を入れ替えて修行しているのかと思った。しかし後刻その考えを修正することになる。
鈴は夜の森まで赴き、そこで足を止める。
「ストーカーとは感心しないなあ。龍太郎くん」
バレていた。一応、龍太郎としては細心の気配操作をして後をつけていたのだが、影の薄さ生涯世界一位を相手にしている鈴には見破られてしまった。バレてしまった以上、龍太郎は当初の目的を果たす事にした。
「何やってるんだ? 鈴。修行ならこんなにこっそりとやらなくても」
鈴は少し考えて答える。
「修行と言えば修行だね。間違ってはいないよ。でも、この修業は割と実益を伴うかな」
まるで自分達の修業には実益を伴わないかのような言い方にカチンとくる龍太郎。
「俺達だって魔石を取ったり迷宮を攻略したりして強くなって―――」
「反映されるのはいつなんだろうね。まあ、長期的な利益を考えないわけではないよ? でも、些か弱い」
まあ、リリィの受け売りなんだけど、と付け足す鈴。龍太郎はそれに対して言葉を返す事が出来なかった。確かに自分達の修業は対外的に何の利益も生み出していない。だが自分達は魔人族と戦うために来たのであって、それ以外の事まで求めるのは違うではないか。という思いもある。
実のところ龍太郎の考えは間違っているとは言えない。しかし人間というのは強欲であり、非常に短気だ。個人個人では差異があれど、集まってみればそういう性質が浮き彫りになる。崩壊した論理、苛烈な学生達のテロ行為、灰になった権力者……全て人間の集団によって引き起こされたものだ。
「だからさ、龍太郎くん」
鈴は片手でチェーンソーを突き立てて地面を抉る。その跡はまるで龍太郎と鈴の間に引かれた境界線のようにも見えた。
「鈴達は民衆のご機嫌取りをしなくちゃならないんだ」
鈴がそう言った瞬間に複数人の悲鳴と呻き声が聞こえる。そしてそれに付随するナイフの音や、鈴が持つものとは別のチェーンソーの音、銃火器の発射音…それが如実に表わしている事実、それは
「あれ? 龍太郎君じゃん。君って深夜徘徊するような年だっけ?」
龍太郎が見たのは、盗賊と思しき男の首をへし折りながら軽口をたたく恵里と最小の動きで盗賊を殲滅していく遠藤だった。
そして頭目と思われる大男が鈴に近寄る。
「お前は囮か……チビガキ」
「……前半は当たりだね」
「なら、囮らしく死ね!―――っ!?」
大男は鈴に大剣による攻撃を仕掛けようとしたが、それは叶わなかった。何故なら鈴が後ろに向けたチェーンソーの凶刃が男の腹部を貫いていたからである。途切れる事の無い痛みと連続的な流血。しかし男は即座に鈴から離れ、チェーンソーを奪う。抜いても失血死するだけであるため、巧妙な力加減で抜けないように退いたのだ。
(チビガキの武器は奪った! どうせ俺は助からねえ。なら一人でも多く道連れにっ!?)
男は何かに足を引っ掛けて仰向けに転倒する。鈴が男の足元に目立たないように結界を配置していたのである。その一瞬の隙を見逃さず、鈴は刺さっているチェーンソーで上半身を縦に両断した。
「ひゅーぅ、一番の手柄じゃないか。鈴」
頭目の首を討ち取った鈴を恵里が口笛と共に称賛する。鈴は無表情で応えた。笑顔ではないのは、殺人を褒められるのは現代の日本人としてはあまり嬉しくはないからだろう。そんなやり取りをしながらも『霊視』による索敵で討ち漏らしが無い事を確認する恵里。
そしてすっかり忘れていた龍太郎の方へ視線を向ける。当の龍太郎は…
「う、うわぁぁぁぁ!!」
悲鳴を上げて逃げてしまった。まるで怨霊か殺人鬼にでも遭遇したかのようである。事実、龍太郎はそれに近い恐怖を鈴達に抱いていた。
人殺し……日本では外患誘致罪の次くらいには刑罰が重い禁忌。魔人族と戦争をする以上、それを犯すことになるという事実を龍太郎は分かっていなかったのか、それとも分かった気になっていたのか。
いずれにせよ、龍太郎は恵里、鈴、遠藤の所業に怯えてしまった。
(あれは……あれは駄目だ……人を殺しといて、まるで壁のシミでも見るみてえな……!)
「あーあ、逃げちゃったか」
「言っとくけどあれが普通だからね? エリリン。鈴も初めての時は吐いた上に二日寝込んだし」
「そりゃ一般人の学生だからな。死体すら見た事ないだろ」
「学生(笑)……いや、公務員(笑)の遠藤君は手馴れてる感じだけどねえ」
「寧ろ一般人のはずのお前が躊躇いなく殺してることに驚きだな。……実はこっそり何人か殺ってたのか?」
「えー? まあ、社会的には?」
「まあその辺は日本の公務員に任せるとして……あーあ、年内の休暇使い切っちまった。帰ったら職はあるのかね……」
三人が談笑していると、付き添いで来ていたクゼリーが話しかける。
「使徒様、ご助力感謝いたします。後は我々が始末しておきますので……」
「ああ、任せた」
実は遠藤達は時々盗賊の討伐などを手伝っていた。対人戦や夜間戦闘の訓練でもあり、何より人殺しを経験するために。一般人の学生で、殺人を経験していないのは鈴も恵里も同じだ。しかし教官のミゲルは当てにならず、リリアーナやクゼリーの伝手をたどって盗賊などの討伐を行っている。当初は死体の後片付けなどの雑用もやるつもりだった遠藤達だが、それは付いて来た騎士団が行う事になっている。『ただついて来ただけ』という印象を残さないためだ。
そんな出来事があってからクラスメート達と三人の溝は更に深まってしまった。龍太郎が恐怖に負けてこの出来事を光輝に話してしまい、どう捻じ曲がったのか『遠藤達が辻斬りをしている』という噂が流れるようになってしまった。龍太郎は『盗賊を討伐していた』とありのままを伝えたのだが、周りが曲解してしまったのだ。これについては龍太郎自身に非は無いのだが、罪悪感は感じたらしく三人に謝罪に来た。
後にリリアーナが『正式な依頼による討伐であり、三人は犯罪者ではない』という声明を出し誤解は解けたのだが、『人殺しの経験者』というレッテルはクラスメート達との間に溝を作るには充分だった。
余談だが、「檜山はあんなにあっさり許したくせに、頭湧いてんの?」と嘲笑する降霊術師がいたとか。
「………」
光輝が模擬戦をしている最中、雫もまた三人を見ていた。普段であれば「あんな殺人鬼達に構う必要なんて無いんだ!」と光輝が邪魔するせいで話しかける事が出来なかったが、今なら可能である。
「……ねえ」
「「「ん?」」」
「なんで……そんなに平然としているの? 人を、殺してしまったのに」
雫とて魔人族との戦争が始まれば嫌でも人殺しをしなければならない事など分かっている。故に人殺しそのものを咎めるつもりは無い。しかし遠藤達はまるでそれが当たり前のように平然としているのだ。雫にはそれが理解できなかった。
「先に言っておくけど、鈴は二日くらい寝込んだからね?」
鈴が一部訂正すると、雫は残り二人を見る。二人は少し考えると、同時に答えた。
「「業だな(ね)」」
あまりにシンプルな回答に、雫は絶句する。現代の日本に生きる高校生の業が殺人などと言われたのだから、それも当然だろう。
遠藤はこれについて議論するつもりは無いのか、「訳アリの公務員ってだけだ」と言ったきり口を閉ざしてしまい(ついでに存在感も消してしまった)、恵里が異合火力ユニット:エータの上で器用に胡坐をかきながら答える。
「なんにも可笑しな話じゃないよ。朝の報道ニュースに紹介されるためだけに包丁を研いでる人間だっているのさ。人に優しい雫には分からない話だろうけどね」
「……そう」
「現に見てみなよ、この惨状を。或る意味トロッコ問題の理想的解答じゃないか。多くを助けるには誰かが犠牲にならなければならない。ならば、くだらない倫理観に頭を悩ませるよりも登場人物全員が殺人鬼であることを証明する方が余程建設的だ。さて、一体正義感という名の不確定性原理は誰を選ぶのか、他人事なら面白いんだけどね」
正義には信念も何もない。ただ数字に弄ばれるように結果を出すだけだ。と暗に言われた気がして鼻白む雫。しかし光輝の行動を見ていると否定できないのが辛いところだ。そして鈴が口を開く。
「鈴達は正式な依頼に則って殺した。慣れる気配は無いけれど、不必要な事だとは思わないかな。ただでさえ、デスゲームみたいな状況なんだし」
確かにこの状況は互いに殺し合いを強制するデスゲーム。おまけに通常ならタスクが示されるにも関わらず、今回はそれを達成しても解放されるか分からないというクソゲーっぷりである。なお、鈴達は知らない事だがこの世界にはジグ○ウもドン引きするレベルのゲームマスターがいる。
「Aも、Bも、Cも、Dも、EもFもGも全部すっ飛ばして分かり合えればいいのにね」
「現状すっ飛ばさなくても分かり合えてないけどね」
「
「「A HA HA HA HA」」
酔っ払いみたいなテンションで諦めの会話をする二人。半分自棄になっているのかもしれない。まるで徹夜作業明けの作者のようだ。雫はかける言葉が見つからず暫く立ちつくしていたが、光輝が戻ってきて険しい顔をしていた。
「遠藤はいないようだが、恵里に鈴、雫に話しかけるなら人殺しの罪を償ってからにするんだ。そうじゃなければ俺は君達を許すことはできない」
「戦争という名のデスゲームに引きずり込んだ張本人がなんか言ってる~」
今の発言は恵里ではなく鈴であり、恵里は「お前そんなキャラだったっけ?」という怪訝な視線を向けている。因みに遠藤は光輝の隣にいる。
「俺は人殺しなんて勧めていない! 相手は魔人族なんだ! 人間を殺した君達とは違う!」
「そりゃ僕らだって出来れば殺したくはないよ? でもこの世界の住人は必要としていたんだ。まあトータスで一番安全な所は墓の中だろうし」
「平和主義者が死人しかいないってのもどうかと思うね。鈴は」
「いや、死人も安全じゃないよ。だって至る所に怨念がおんnゲフンゲフンいらっしゃるわけなんだから」
正義の発言をブラックジョークで返された光輝は一瞬黙り込むが、すぐに反論する。
「君達がやったのは辻斬りじゃないか! 誰も必要としてなんか―――」
「依頼だっつってんだろニワトリ」
恵里、鈴と光輝の言い争いが続く中、それを止めるに値する破壊音が響く。何事かと全員がそっちを見ると、大鎌を携えた金髪縦ロールのドレス姿の女性が仁王立ちしていた。帝国の使者達は頭の痛そうな顔をしている。「ああ、来ちゃったか……」みたいな声も聞こえてきた。
遠藤達が「誰だよ……」という顔をしていると、護衛に化けて光輝の相手をしていた帝国のトップ、ガハルド・D・ヘルシャー皇帝が答えを言った。
「合図するまで出てくるなっつっただろ、トレイシー!」
「余興は終わりまして?お父様」
この場に乱入してきたのは帝国の皇女、トレイシー・D・ヘルシャーだった。勇者との模擬戦を『余興』扱いしたトレイシーに光輝やイシュタルが青筋を浮かべるが、本人は訓練場を見渡して、やがて目当ての人物を見つけて高らかに宣言する。
「中村恵里! 谷口鈴! 遠藤浩介……あら、いない? まあいいですわ! 私、トレイシー・D・ヘルシャーはこの三名に決闘を申し込みますわ!」
「「「はい……?」」」
いきなりのぶっ飛んだ要求に宇宙猫みたいな顔になる三人。リリアーナが見かねて止めようとするが、この破天荒な皇女様は止まらない。
「五月蠅いですわ腹黒姫! こうなる事を狙ってあの写真を送って寄越したくせに止めないでくださいまし! 珍しく貴方の思惑通りに動いて差し上げてるんですから、邪魔される筋合いは無いですわ!」
エリヒドがリリアーナを見る。あの写真は処分したはずなのに何故、と。
「あら? 私はただオルクス大迷宮で起きた異変の情報を同盟国と共有しようと思っていただけなのに、こんな事になってしまうなんて……予想していませんでした。処分したはずの写真が紛れ込んでいたなんて……」
全員が思った。「コイツ、確信犯だ!」と。しかし写真がいつ、誰の手によって紛れ込んだのか明確な証拠がない以上追及はできない。
「しかし今だけは感謝いたしますわ! 類稀な強者と闘う機会を得たのですから。さあ、さっさと出てきてくださいまし!」
こうして模擬戦第二幕が始まったのである。
はい、まさかのトレイシー殿下乱入。原作よりも早い段階で大鎌を手に入れています。とはいえ久しぶりに書いたからか雑だな。また書き直すかもしれません。
オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように
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修理して連れていく
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見なかったことにして放置する