ここから亜人族との交渉に入っていきます。とはいえ大まかな流れは原作と変わらない部分も多いのですが。ただ、今回はハジメ達に同行しているのがシアのみなので、原作でのコミカルなやり取りは無いです。
樹海の中で人間族と亜人族が共に歩いている。その有り得ない光景に、目の前の虎の亜人と思しき人物は裏切り者を見るような眼差しを向けた。その手には両刃の剣が抜身の状態で握られている。周囲にも数十人の亜人が殺気を滾らせながら包囲網を敷いているようだ。
(村に近づいたことによって亜人達の戦闘部隊と遭遇してしまったらしい……)
ハジメは現状をそう分析した。確かに不都合ではあるが、これはこれでやりようはある。
「白い髪の兎人族…だと? ……貴様ら……報告のあったハウリア族か……亜人族の面汚し共め!」
シアを視界に捉えた亜人の表情は更に険悪なものになる。今のままでは話し合いは出来そうにないと見たハジメは、香織に何かを耳打ちする。香織は少し表情を曇らせるも、やむなしと頷いた。
「長年、同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは! 反逆罪だ! もはや弁明など聞く必要もない! 全員この場で処刑する! 総員かッ!?」
ドパァァァァン!
虎の亜人が問答無用で攻撃命令を下そうとしたその瞬間、ハジメの腕が跳ねあがり、真上に向かって銃撃した。しかも香織の技能で発砲音を増幅した上で、だ。
理解不能な現象に亜人達が硬直する。それを見たハジメは口を開いた。
「失礼、このままでは会話も出来そうになかったので威嚇させてもらいました」
ハジメは笑顔だ。一触即発のこの状況で笑っていられるその精神性に、亜人達は理解不能な恐怖を覚える。
「とりあえず文明的に話し合いといきましょう。どうやら
『魔物と違って』という部分を強調するハジメ。魔物と同じ力を持つという理由でシアを差別した亜人達に対する皮肉だろう。
亜人達は恐怖を抱きながらも、どうにか攻撃できないかと隙を探るが、それに気付いたハジメの笑顔はさらに深くなり、
ドパンッ!
自分のこめかみを撃ち抜いた。突然の自殺行動にシアは悲鳴を上げ、亜人達も驚愕するが、ハジメは笑顔のままその場に立っていた。そして頭から循環液を流しながら口を開く。
「このように、シアさんを含めた僕達は殺すことができません。よって、闘うという事は推奨できませんね。貴方達が無駄死にするだけだ」
ハジメの頭の傷は既に殆ど修復されている。『殺せない』という言葉が真実であると痛感する亜人達。ハジメが周囲を囲んでいる者達を視線で牽制すると、彼らは手を出せなくなった。
「……一つ聞きたい。何が目的だ?」
少しすると、隊長格らしき男が問いかけてきた。とりあえず会話をする気にはなったらしい。ハジメとしてはどう答えたものかと思案していた。しかし、此処は正直に答えるしかない。
「機械生命体の村へと赴こうかと思っておりまして」
「な…んだと? 貴様、何を企んでいる!」
やはりこうなるか、とハジメは溜息を吐く。まあ当然だろう。敵対勢力の元へ行くと言われて動揺しない方がおかしい。
「何も企んでいませんよ。少なくとも貴方達に危害を加える気は無い」
「だが、機械どもの村へ行くというのだろう! それが危害でなくて何だというのだ!」
「攻撃を仕掛けたのはそちらでしょう? 相手には対話をする意図があったにも関わらず。ああ、貴方達の個人的な感情はこの際無視します。考えて分かる事でもありませんし。少なくとも出会い頭に敵意をぶつけてきた貴方達と、対話の意図がある機械、どちらが安全かと言われれば、後者です」
「…………」
「欲を言えば機械達への攻撃を止めて欲しい所ですが、別に強制はしません。多少僕達の手間が増えるだけですし。運が良ければ、いえ、運が悪ければ、また戦場で相見えるかもしれませんね」
虎の亜人は答えに窮した。ハジメは変わらず笑顔だ。しかし目は笑っていない。先程威嚇目的に使った武器、機械生命体も似たような物を持っていたが、亜人達の目の前の男が持つ物は機械達の武器の性能を軽く上回るものであると戦士の勘が告げている。
そう、勘だ。ハジメの目を見た時から隊長格の男は攻撃を仕掛けようとはしていない。何故なら自分たち全員でかかったとしても勝てる未来が見えないからだ。虎人族の腕力は亜人の中でも上位に位置する。本来なら線の細いハジメなど一捻りにできるはずだった。
しかし自分達が攻撃を仕掛けたが最後、目の前の男に蹂躙される未来しか見る事が出来なかった。
(死神……)
それが虎人族の男がハジメに抱いた印象だ。トータスの人間領の住人にとって『神』とは通常エヒトの事を指す。しかしハジメの纏うオーラはエヒトとは違う死を司る神、『死神』を連想させるものだった。
(この件は俺の手には余る。ここで一斉に襲い掛かったとしても奴には敵わん……しかし、機械に与する人間を野放しにするわけにはいかない)
虎の亜人は、フェアベルゲンの第二警備隊隊長だった。フェアベルゲンと周辺の集落間における警備が主な仕事で、魔物や侵入者から同胞を守るというこの仕事に誇りと覚悟を持っていた。その為、例え部下共々全滅を確信していても安易に引くことなど出来なかった。
虎の亜人は掠れそうになる声でハジメに要求を伝える。
「この件は一警備隊長の私ごときの手には余る。本国に指示を仰ぐ。お前に、本当に含むところがないというのなら、伝令を見逃し、私達とこの場で待機しろ」
冷や汗を流しながら、それでも強い意志を瞳に宿して睨み付けてくる虎の亜人の言葉に、ハジメは少し考え込む。
虎の亜人からすれば限界ギリギリの譲歩なのだろう。樹海に侵入した他種族は問答無用で処刑されると聞く。今も、本当はハジメ達を処断したくて仕方ないはずだ。だが、そうすれば間違いなく部下の命を失う。それを避け、かつ、ハジメという危険を野放しにしないためのギリギリの提案。
結局ハジメはその要求を受ける事にした。機械生命体の村やハウリア族だけでなく、大迷宮の探索も控えている。この機にフェアベルゲンの住人と話をつけておくのは得策と言える。
「分かりました。お手数おかけします」
そして伝令を見送って一言、
「賢明な判断をお待ちしております。お互いの利益と、安全のためにね」
と笑顔で宣うハジメに、一部は恐怖と敵意が混じった表情を浮かべた。
(ひとまずポーンとナイト、ルークは侵攻を停止できたか? 後はビショップとクイーン、そして、チェックメイト)
その中で、ハジメはチェス棋士の友人を思い出しながら今後の算段を練っていた。
なお、ハジメが警戒を解いた今なら、とシアだけでも処断しようと視線を巡らす亜人もいたが、彼女の傍にいたミュオソティスがスカートの中から銃やナイフ付きのアームを出現させ、更には香織が音波を飛ばして牽制したことで事なきを得た。
そして暫く経ったあと。
霧の奥から、数人の新たな亜人達が現れた。彼等の中央にいる初老の男が特に目を引く。流れる美しい金髪に深い知性を備える碧眼、その身は細く、吹けば飛んで行きそうな軽さを感じさせる。威厳に満ちた容貌は、幾分シワが刻まれているものの、逆にそれがアクセントとなって美しさを引き上げていた。何より特徴的なのが、その尖った長耳だ。彼は森人族(いわゆるエルフ)なのだろう。
ハジメは、瞬時に、彼が〝長老〟と呼ばれる存在なのだろうと推測した。その推測は、当たりのようだ。
「ふむ、お前さんが問題の人間族かね? 名は何と云う?」
「南雲ハジメ……名がハジメです。貴方の名は?」
ハジメは依然、死神の目をしていた。目の前の男は先の虎人族のように怯える事は無かったが、やや頬を引き攣らせていた。
「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。お前さんの要求は聞いている。機械生命体への攻撃の停止、ハウリア族の引き渡し、そして樹海の深部に存在する大樹の探索だったか」
「ええ、そうですよ」
「気になるのは最後の要求だな。何故わざわざ大樹へと行きたがる?」
(先の二つはノータッチ……?)
亜人族の現状を揺るがす二つの要求を聞き流し、最後の物だけを聞き返すアルフレリックに違和感を覚えるハジメ。とはいえここで嘘を吐くのは悪手だ。
「真の大迷宮攻略のためですよ。現状大迷宮である可能性が高いのが、その大樹です」
その言葉に、先の警備隊長が疑問の声を上げる。
「本当の迷宮? 何を言っている? 七大迷宮とは、この樹海そのものだ。一度踏み込んだが最後、亜人以外には決して進むことも帰る事も叶わない天然の迷宮だ」
ハジメはそれを否定する。
「その解は完全では有り得ません」
「なんだと?」
「第一に、此処の魔物は弱すぎる。少なくともオルクスはこれの比ではありませんでした。第二に、大迷宮という物は〝解放者〟が遺した試練です。亜人族が挑戦者だった場合、簡単に深部に到達できる。これでは、大迷宮の存在意義と矛盾します」
「ちょっと待て、〝解放者〟とは何処で知った?」
「オルクス大迷宮の奈落の底、解放者の一人、オスカー・オルクスの隠れ家ですが」
目的などではなく、解放者の単語に興味を示すアルフレリックに訝しみながら返答するハジメ。一方、アルフレリックの方も表情には出さないものの内心は驚愕していた。なぜなら、解放者という単語と、その一人が〝オスカー・オルクス〟という名であることは、長老達と極僅かな側近しか知らない事だからだ。
「ふむ、奈落の底か……聞いたことがないがな……証明できるか?」
あるいは亜人族の上層に情報を漏らしている者がいる可能性を考えて、ハジメに尋ねるアルフレリック。ハジメは表情を動かさずに〝宝物庫〟からオスカー・オルクスの指輪を取り出す。
アルフレリックはその仕草に不気味さを覚えつつも指輪を確認するが、その指輪に刻まれた紋章を見て目を見開いた。そして、気持ちを落ち付かせるようにゆっくり息を吐く。
「なるほど……確かに、お前さんはオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いたようだ。他にも色々気になるところはあるが……よかろう。取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう」
アルフレリックの言葉に、虎の亜人を筆頭に、猛烈に抗議の声があがる。それも当然だろう。かつて、フェアベルゲンに人間族が招かれたことなど無かったのだから。
「彼等は、客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に就いた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ」
アルフレリックが厳しい表情で周囲の亜人達を宥める。ハジメもそれに賛同した。
「他の二つの条件に付いても、話し合わねばなりませんしね」
「その通りだ」
そう言ってフェアベルゲンに向かうアルフレリックについていくハジメ達。ターミナル達に「亜人達と話をつけてくる」という旨の連絡をしながら、ふとアルフレリックの声を拾う。
「これで、無益な争いが終わればよいのだが……」
どうやら亜人族も一枚岩ではないようだ。
フェアベルゲンに向かう最中、ハジメがまた色々と考えていると、香織がハジメの袖を掴んで言葉を吐き出す。
「出来れば、あまりああいう事はしないで」
香織の声は泣き出しそうなくらいに震えていた。死なない事が分かっているとはいえ、恋人としてはあまりあのような光景は見たくない。
「出来る限り他人を傷つけない方法を選んだんだろうけど、あんな方法を取るくらいなら、そんなの考えなくていいよ」
香織にとって最優先するのはハジメの事だ。顔も知らない他者などより、余程大切だ。
「だから、やめて」
ハジメはユエの顔を見る。言葉は発していないが、香織と同じ心情であることは表情から読み取れた。その刹那の間に、香織はハジメの手を握る。銃など持たせたくないのかもしれない。
「……分かりました。安易にあのような事はしません」
ハジメがそう言うと、香織は少しだけ安心したように微笑んだ。
一回切ります。まあ、なんというか……な回でしたね。
ハジメの自傷行為:お前そういうとこやぞ……という部分が如実に現れた瞬間。とはいえウチのハジメに限らず再生能力高いキャラって平気で自傷行為するよね。そしてクロス先の事を考えると香織もなぁ……
死神:以前からちょいちょい出てきた死の欲動(タナトス)。どうやら他人にも観測できるようで
オルクスの隠れ家の作りかけのメイドロボの目が瞬く。まるで何かを伝えようとするかのように
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修理して連れていく
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見なかったことにして放置する